ライフサイエンス新着論文レビュー

前頭極は未経験の出来事に対するメタ認知判断をつかさどる

宮本健太郎・長田貴宏・宮下保司
(東京大学大学院医学系研究科 生理学)
email:宮本健太郎長田貴宏宮下保司
DOI: 10.7875/first.author.2018.022

Reversible silencing of the frontopolar cortex selectively impairs metacognitive judgment on non-experience in primates.
Kentaro Miyamoto, Rieko Setsuie, Takahiro Osada, Yasushi Miyashita
Neuron, 97, 980-989.e6 (2018)




要 約


 古代ギリシアの哲学者ソクラテスのとなえた“無知の知”に代表される,経験したことのない出来事を評価する心のはたらきは抽象的かつ概念的な思考のために重要である.しかし,われわれの脳がどのようなしくみにより“無知の知”の意識を生むのかについてはまったくわかっていなかった.この研究において,筆者らは,マカクサルにおける行動生理学的な実験によりこの問題の解決を試みた.まず,脳機能イメージングにより,前頭極とよばれる前頭葉の先端部に位置する領域が未知の図形の記憶に対する確信度を判断することが明らかにされた.さらに,前頭極に対する薬理学的な不活性化により,前頭極は“無知の知”の自覚を生む神経中枢であることが示唆された.

はじめに


 われわれは日々の生活において未知の人や物に出会うと,それを経験したことがないという事実を認識し,その認識にもとづき行動を変えることができる.たとえば,パーティーや学会において初めて会う人に対し挨拶する際には,“その人と過去に会ったことがない”という事実に対する確信の程度により挨拶の仕方を変えることがあるだろう.このように,自分自身の認知の過程を主観的にとらえて内省的に評価する能力は“メタ認知”とよばれる1,2).われわれはメタ認知のはたらきにより自分自身の意思決定に対し確信をもつことができる3).しかし,とくに古代ギリシアの哲学者ソクラテスがとなえた“無知の知”の概念につうじる,未知の出来事に関するメタ認知に関しては,どのような脳のはたらきにより実現されるのかまったくわかっていなかった.筆者らは,これまでに,生物学的にヒトと近いマカクサルが自らの記憶に対し確信している程度を客観的かつ行動学的に評価する方法を確立していた4)新着論文レビュー でも掲載).そこで,この研究においては,マカクサルが未経験の出来事について確信度を判断する際の脳のはたらきを脳機能イメージングおよび薬理学的な不活性化により調べた.

1.前頭極における神経活動は未知の出来事に対するメタ認知判断の成績を予測する


 マカクサルに対し記憶課題を課し,さらに,記憶課題における自らの回答に対しどのくらい自信があるのか確信度を判断するように要求した(図1).確信度が記憶にもとづき適切に判断されているかを言語をもたないマカクサルにおいて裏づけるため,賭けパラダイムを用いた5).マカクサルは4枚の図形を見てこれを記憶し(記銘),記憶した図形のリストをもとに再認記憶課題6,7) を遂行した(想起).この記憶課題においては,呈示された図形が記銘のときに記憶した図形のなかに含まれない未知のものであった場合,“見ていない”と回答することが求められる.この際,正解あるいは不正解のフィードバックおよび報酬はいっさいあたえられない.つづいて,再認記憶課題の自らの回答に対し自信があるかどうかの確信度を判断させた.確信度の判断は,正解だった場合には多量の報酬がもらえるが不正解だった場合には報酬はまったくもらえない高リスク選択肢と,正解あるいは不正解にかかわらず少量の報酬がもらえる低リスク選択肢のどちらかを選ぶ“賭け”の形式で行われた.もし,マカクサルが自らの確信度にもとづきこの“賭け”を適切に行うことができれば,再認記憶課題に正解していたときは,不正解だったときに比べ,より高い頻度で高リスク選択肢を選び最終的にもらえる報酬の総量を最適化できると予想される.自らの再認記憶課題の成績にもとづき,どの程度の割合の試行において最適な“賭け”を行うことができたかをファイ係数とよばれる指標により評価した.このファイ係数がゼロよりも大きければ大きいほどメタ認知判断の成績がよいことを意味する.すべてのマカクサルにおいてファイ係数はゼロより有意に大きかったことから,マカクサルは自らの記憶に対する自信にもとづき確信度を適切に判断していることが裏づけられた.



 この課題を遂行しているマカクサルの脳の神経活動を磁気共鳴機能画像法による脳機能イメージングにより計測した.この手法は,脳の全体の神経活動を同時かつ非侵襲的に計測できるため,ヒトを対象とした研究において広く用いられている.記憶の想起にかかわる脳の神経活動を脳の全体のボクセル(画像素子)において計算し,メタ認知判断の成績との相関係数を計算して脳のどの領域の神経活動がメタ認知判断の成績を予測するのか調べた.すると,前頭葉の先端部にあたる前頭極(細胞構築学的な分類における10野)とよばれる領域の神経活動のみが,未経験の出来事に対するメタ認知判断の成績を予測することがわかった.また,前頭極の神経活動は,過去に経験した出来事に対するメタ認知判断の成績を予測しなかったほか,未経験の出来事を正しく未経験だと判断する記憶課題の成績とも相関しなかった.一方で,筆者らによる過去の研究の知見のとおり4,6),背側前頭葉(9野)の神経活動は過去に経験した出来事に対するメタ認知判断の成績,海馬の神経活動は記憶課題の成績を予測することが確かめられた.

2.前頭極における神経活動を薬理学的に不活性化すると未知の出来事に対するメタ認知判断のみができなくなる


 マカクサルに対し,神経活動が未経験の出来事に対するメタ認知判断の成績と相関する前頭極にGABAA受容体の作動薬であるムシモールを微量注入し,前頭極の神経活動のみを可逆的に抑制した.その結果,未経験の出来事に対するメタ認知判断の成績のみが悪化した.過去に経験した出来事に対するメタ認知判断の成績,あるいは,記憶課題の成績に変化はみられなかった.また,同量の生理食塩水を微量注入する対照実験においては,メタ認知判断の成績あるいは記憶課題の成績のいずれも変化しなかった.これらの実験により,前頭極が未経験の出来事に対するメタ認知判断のみを特異的に担い,無知であるという判断に対し自己評価をくだす役割をはたすことが明らかにされた.

おわりに


 この研究により,未知の出来事に対するメタ認知判断の神経中枢は前頭極(10野)にあり,過去に経験した出来事に対するメタ認知判断の神経中枢(9野)とは異なることがはじめて明らかにされた.さらに,脳機能イメージングの結果,未知の出来事に対するメタ認知判断の成績がよいときほど,前頭極と海馬の神経活動が同期を強めることが見い出された.これらの結果から,前頭葉の神経ネットワークが未知の事象と既知の事象とを異なる情報伝達系にもとづいて処理し,その両方が統合されて既知感および未知感の意識体験を生むことが示唆された(図2).前頭極は進化的にもっとも新しい領域のひとつであり,ヒトをはじめとした霊長類のみで発達している8).近年,ヒトを対象とした脳機能イメージングによる知見から,前頭葉の前側に近い領域ほど抽象度の高い情報を処理し,もっとも先端にあたる前頭極は課題の解決のために前頭葉のほかの領域における認知の過程を制御するという仮説が提唱されている9,10).また,筆者らの過去の研究による,時間順序記憶課題を遂行しているマカクサルの神経ネットワークが前頭極を最上位とした階層構造をかたちづくるという知見11) をあわせると,前頭極は前頭葉におけるネットワーク的にも,担う認知機能的にも,最上位に位置すると考えられる.最近の研究により,前頭極は新しいルールの習得や12),実際に得ていない報酬に関する情報の処理など13),さまざまな課題の遂行に関与することが示されてきた.しかし,前頭極がこれらの課題を達成するために具体的にどのような役割を担うのかについてはよくわかっていなかった.この研究により,前頭極は未知の環境に適応するための基礎となる能力である“無知の知”を生むことに貢献することがはじめて明らかにされた.前頭極の機能をさらに調べることにより,“無知の知”の自覚にもとづき,自分自身の知らない情報を集めたり新しいアイデアを着想したりする際にはたらく高度な思考がどのように生じるのかが解明されるのではないかと期待される.




文 献



  1. Dehaene, S. (ed.): The Cognitive Neuroscience of Consciousness. MIT Press, Cambridge (2001)

  2. Miyashita, Y.: Cognitive memory: cellular and network machineries and their top-down control. Science, 306, 435-440 (2004)[PubMed]

  3. Kiani, R. & Shadlen, M. N.: Representation of confidence associated with a decision by neurons in the parietal cortex. Science, 324, 759-764 (2009)[PubMed]

  4. Miyamoto, K., Osada, T., Setsuie, R. et al.: Causal neural network of metamemory for retrospection in primates. Science, 355, 188-193 (2017)[PubMed] [新着論文レビュー]

  5. Hampton, R. R., Zivin, A. & Murray, E. A.: Rhesus monkeys (Macaca mulatta) discriminate between knowing and not knowing and collect information as needed before acting. Anim. Cogn., 7, 239-246 (2004)[PubMed]

  6. Miyamoto, K., Osada, T., Adachi, Y. et al.: Functional differentiation of memory retrieval network in macaque posterior parietal cortex. Neuron, 77, 787-799 (2013)[PubMed]

  7. Miyamoto, K., Adachi, Y., Osada, T. et al.: Dissociable memory traces within the macaque medial temporal lobe predict subsequent recognition performance. J. Neurosci., 34, 1988-1997 (2014)[PubMed]

  8. Petrides, M. & Pandya, D. N.: Dorsolateral prefrontal cortex: comparative cytoarchitectonic analysis in the human and the macaque brain and corticocortical connection patterns. Eur. J. Neurosci., 11, 1011-1036 (1999)[PubMed]

  9. Badre, D. & D'Esposito, M.: Is the rostro-caudal axis of the frontal lobe hierarchical? Nat. Rev. Neurosci., 10, 659-669 (2009)[PubMed]

  10. Passingham, R. E. & Wise, S. P.: The Neurobiology of the Prefrontal Cortex: Anatomy, Evolution, and the Origin of Insight. Oxford University Press, Oxford (2012)

  11. Osada, T., Adachi, Y., Miyamoto, K. et al.: Dynamically allocated hub in task-evoked network predicts the vulnerable prefrontal locus for contextual memory retrieval in macaques. PLoS Biol., 13, e1002177 (2015)[PubMed]

  12. Boschin, E. A., Piekema, C. & Buckley, M. J.: Essential functions of primate frontopolar cortex in cognition. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E1020-E1027 (2015)[PubMed]

  13. Boorman, E. D., Behrens, T. E., Woolrich, M. W. et al.: How green is the grass on the other side? Frontopolar cortex and the evidence in favor of alternative courses of action. Neuron, 62, 733-743 (2009)[PubMed]


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東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール


宮本 健太郎(Kentaro Miyamoto)
略歴:2014年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同 博士研究員を経て,2017年より英国Oxford大学 博士研究員.
研究テーマ:不確定性をともなう環境における意思決定の神経機構.
抱負:これまで哲学や文学が対象としてきた人間の複雑な“こころ”のはたらきを,自然科学的な手法を用いて解明していきたい.

長田 貴宏(Takahiro Osada)
順天堂大学大学院医学研究科 助教.

宮下 保司(Yasushi Miyashita)
順天堂大学大学院医学研究科 特任教授.
研究室URL:http://www.physiol.m.u-tokyo.ac.jp/

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