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霊長類の回顧および内省をつかさどるメタ記憶の神経基盤の因果的な実証

2017年2月8日

宮本健太郎・宮下保司
(東京大学大学院医学系研究科 生理学)
email:宮本健太郎宮下保司
DOI: 10.7875/first.author.2017.014

Causal neural network of metamemory for retrospection in primates.
Kentaro Miyamoto, Takahiro Osada, Rieko Setsuie, Masaki Takeda, Keita Tamura, Yusuke Adachi, Yasushi Miyashita
Science, 355, 188-193 (2017)

要 約

 自分自身の記憶を内省する能力はメタ記憶とよばれ,ヒトだけがもつ高度な認知能力と考えられてきた.しかし,記憶そのものの処理と独立したメタ記憶の神経基盤が実際にヒトの脳に存在するかどうかは現在までわかっていなかった.なぜなら,ヒトを対象にした研究において,ある認知処理に相関した脳の活動を計測することはできるが,その脳の活動と行動とのあいだの因果関係を調べることは不可能だからである.そこで,筆者らは,ヒトに近縁の霊長類もメタ記憶の能力にもとづく行動の兆候を示すという近年の報告に着目し,マカクサルにメタ記憶の課題を訓練することによりこの問題の解明を試みた.メタ課題を遂行している脳の全体の活動を機能的MRI法により計測することにより,時間的にへだたった記憶あるいは近接した記憶に対するメタ記憶の処理において,異なる前頭葉の領域が活性化することが見い出された.さらに,同定された領域の神経活動を薬理学的に抑制したところ,記憶課題の成績にはまったく影響しなかったこととは対照的に,時間的にへだたった記憶あるいは近接した記憶それぞれに対するメタ記憶の判断のみに特異的に機能不全がもたらされた.この研究により,記憶そのものの処理と独立したメタ記憶の複数の神経基盤が霊長類の大脳の神経回路に存在することが実証された.

はじめに

 自分自身の記憶を客体化して自己評価する能力はメタ記憶とよばれる1).この能力はヒトが自らの知識と照らしあわせて外界からの情報を効率よく収集するために欠かせない.たとえば,外国語でエッセイを書くとき,よく慣れ親しんだフレーズや表現を用いるときにはスラスラと書けるが,記憶のあいまいな単語や表現を用いるときは辞書をひいて確認する.このとき,自らの記憶の確かさを判断するはたらきはまさにメタ記憶によるものであり,そのおかげですべての単語について逐一調べることなく効率よくエッセイを書ける.メタ記憶は心理学において提唱された概念であり,字義どおり“メタレベル(高次)の記憶”として記憶とは独立した認知機能だと考えられてきた.しかし,これまで記憶における神経回路の作動の原理がくわしく解明されてきたのとは対照的に1,2),メタ記憶の神経基盤はまったく明らかにされておらず,実際に,記憶の神経回路とは独立にそれを監視するようなかたちで存在するのかどうかすらわかっていない.メタ記憶は自らの認知情報の処理を客体化し内省的に評価することが必要になる高度な精神機能なので,ながらくヒトのみに特有の能力だと考えられてきた.しかし,近年の心理学的および行動学的な実験系の確立により3),知覚情報に対するメタ認知に関しては動物を対象とした実験によりその神経基盤を客観的に調べることができるようになった4-6).一方,メタ記憶は知覚情報に対するメタ認知とは異なり,現在進行形の知覚情報の処理に対してではなく,過去の経験の主体的な認知情報の処理に対する自己評価を要し,より内省的な認知情報の処理が必要なため動物にはとくに困難で,その神経機構の解明に成功した例はない.筆者らは,マカクサルを訓練して言語による報告のできない動物の確信している程度を行動学的に客観的に評価する方法を確立し,それにもとづき霊長類のメタ記憶の神経基盤を探った.

1.マカクサルはメタ記憶にもとづき記憶の確信度を評定できる

 マカクサルに記憶課題を課し,さらに,記憶課題の自らの回答に対する確信度の判断を要求することによりメタ記憶にもとづく行動を示すかどうか調べた(図1).確信度の評定がメタ記憶にしたがってなされているか裏づけるには賭けパラダイムを用いた3).まず,マカクサルは4枚の図形を見て記憶し(記銘),記憶した図形のリストをもとに再認記憶課題7,8) を行い(想起),呈示された図形があらかじめ記銘した図形のうちのひとつと一致するかどうかを回答した.この段階では報酬はあたえられず,また,再認記憶課題の正答率は60~70%であった.つづいて,マカクサルは再認記憶課題の自らの回答に対し自信があるかどうかの確信度を判断した.高リスク選択肢を選ぶと正解だった場合に多量の報酬がもらえるが不正解だった場合には報酬はまったくもらえない一方,低リスク選択肢を選ぶと正解あるいは不正解にかかわらず少量の報酬がもらえる.すると,正解のときのほうが不正解のときよりもより多く高リスク選択肢を選んでいた.このことから,マカクサルは確信度を記憶に対する自信,すなわち,メタ記憶にもとづき判断することが確かめられた.

figure1

2.メタ記憶の神経基盤は時間的にへだたった記憶あるいは近接した記憶に対して前頭葉の異なる領域に存在する

 課題を遂行しているマカクサルの脳の活動を機能的MRI法により計測した(図2).この手法は,脳の全体の活動を同時かつ非侵襲的に観測することができるためヒトを対象とした研究において広く用いられている.その結果,時間的にへだたった記憶にかかわるメタ記憶の処理の際には,背外側前頭葉の9野が特異的に活動することが見い出された.これまで,この領域の担う認知機能についてはまったく報告はなかった.一方,時間的に近接した記憶にかかわるメタ記憶の処理の際には,6野が活動することがわかった.これまで,この領域の周辺は視覚刺激の知覚にかかわるメタ認知の処理と相関して活動することが報告されており6),時間的に近接した記憶に対するメタ記憶の領域と共通することが示唆された.さらに,課題に応答して生じる脳の領域のあいだの機能的な結合の強さの変化について調べた.すると,メタ記憶の課題を遂行するとき,時間的にへだたった記憶のメタ記憶をつかさどる9野は頭頂葉の下頭頂小葉と,時間的に近接した記憶のメタ記憶をつかさどる6野は頭頂葉の上頭頂小葉と,結合を強めることがわかった.筆者らによる先行研究により7),頭頂葉の下頭頂小葉および上頭頂小葉は,それぞれ,時間的にへだたった記憶および近接した記憶の想起において中心的な役割をはたすことが見い出されている.この解析の結果から,9野および6野がメタ記憶の判断に必要な情報を,それぞれ,時間的にへだたった記憶および近接した記憶を処理する神経回路から読み出す役割をはたすことが示唆された.

figure2

3.メタ記憶の領域の不活性化はメタ記憶の判断の成績を悪化させるが記憶課題の成績には影響しない

 9野あるいは6野に対しGABAA受容体の作動薬であるムシモールを微量注入し,この領域の神経活動を可逆的に抑制した(図2).不活性化の前後の確信度の判断の成績をファイ相関係数とよばれる指標により定量化し,その指標の増減をメタ記憶に関する機能不全の度合いの評価に用いた.すると,9野を不活性化したときには時間的にへだたった記憶に対する確信度の判断の成績が悪化したのに対し,近接した記憶に対する確信度の判断には影響しなかった.一方で,6野を不活性化したときには時間的に近接した記憶に対する確信度の判断の成績が悪化したのに対し,へだたった記憶に対する確信度の判断には影響しなかった.これらと対照的に,どちらの領域を不活性化したときにも,時間的にへだたった記憶あるいは近接した記憶にかかわる再認記憶課題の成績にはまったく影響しなかった.この実験により,記憶そのものの処理と独立したメタ記憶の神経基盤が霊長類の大脳の神経回路に存在することがはじめて実証された.

おわりに

 この研究により,霊長類の大脳には大脳皮質における情報処理を監視して自己評価する神経回路の存在することがはじめて示された.ヒトはものを考えるとき,さまざまな情報をもとに思考し,その思考の過程や結果を内省することにより情報処理の抽象度を高めて思索を深めるが,大脳の神経ネットワークもその思索の過程と同様に階層的な構造をもつことが示唆された.この研究の成果は,ヒトの抽象的な思考を可能にする回顧や内省などの自己言及的な認知情報の処理の大脳における機構の解明につながり,将来的には,脳の機能にもとづいた効果的な教育法の開発や,前頭前野を病巣とする記憶にかかわる高次脳機能の障害の診断法および治療法の確立にも貢献すると期待される.また,言語をもたないマカクサルにおいてメタ記憶に特化した神経回路が発見されたことから,動物も自らの記憶を自己評価し内省することが示唆された.これまで,ヒトの前頭葉の知覚に関するメタ認知能力への寄与については報告されているが9),現在まで,メタ記憶に対する前頭葉の寄与に関しては解明されていない.この研究の結果は,ヒトとマカクサルの前頭葉のあいだの解剖学的および機能学的な相同性また相違性についての議論を深めるとともに10),従来,ヒトに特有と考えられてきた高度な思考あるいは推論の進化論的な起源の解明につながることが期待される.

文 献

  1. Squire, L. R., Knowlton, B. & Musen, G.: The structure and organization of memory. Annu. Rev. Psychol., 44, 453-495 (1993)[PubMed]
  2. Miyashita, Y.: Cognitive memory: cellular and network machineries and their top-down control. Science, 306, 435-440 (2004)[PubMed]
  3. Hampton, R. R.: Multiple demonstrations of metacognition in nonhumans: converging evidence or multiple mechanisms? Comp. Cogn. Behav. Rev., 4, 17-28 (2009)[PubMed]
  4. Kepecs, A., Uchida, N., Zariwala, H. A. et al.: Neural correlates, computation and behavioural impact of decision confidence. Nature, 455, 227-231 (2008)[PubMed]
  5. Kiani, R. & Shadlen, M. N.: Representation of confidence associated with a decision by neurons in the parietal cortex. Science, 324, 759-764 (2009)[PubMed]
  6. Middlebrooks, P. G. & Sommer, M. A.: Neuronal correlates of metacognition in primate frontal cortex. Neuron, 75, 517-530 (2012)[PubMed]
  7. Miyamoto, K., Osada, T., Adachi, Y. et al.: Functional differentiation of memory retrieval network in macaque posterior parietal cortex. Neuron, 77, 787-799 (2013)[PubMed]
  8. Miyamoto, K., Adachi, Y., Osada, T. et al.: Dissociable memory traces within the macaque medial temporal lobe predict subsequent recognition performance. J. Neurosci., 34, 1988-1997 (2014)[PubMed]
  9. Fleming, S. M., Weil, R. S., Nagy, Z. et al.: Relating introspective accuracy to individual differences in brain structure. Science, 329, 1541-1543 (2010)[PubMed]
  10. Neubert, F. X., Mars, R. B., Thomas, A. G. et al.: Comparison of human ventral frontal cortex areas for cognitive control and language with areas in monkey frontal cortex. Neuron, 81, 700-713 (2014)[PubMed]

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東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

宮本 健太郎(Kentaro Miyamoto)
略歴:2014年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同 博士研究員を経て,2017年より英国Oxford大学 博士研究員.
研究テーマ:不確定性をともなう環境における意思決定の神経機構.
抱負:脳の神経回路の作動の原理を追究することにより,理性が生み出される機構を解明したい.

宮下 保司(Yasushi Miyashita)
順天堂大学大学院医学研究科 特任教授.
研究室URL:http://www.physiol.m.u-tokyo.ac.jp/

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