転写因子Zic3およびEsrrbが代謝系を制御することによりナイーブ型の多能性幹細胞への初期化が相乗的に促進される
曽根正光・山本拓也
(京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門)
email:曽根正光,山本拓也
DOI: 10.7875/first.author.2017.041
Hybrid cellular metabolism coordinated by Zic3 and Esrrb synergistically enhances induction of naive pluripotency.
Masamitsu Sone, Nobuhiro Morone, Tomonori Nakamura, Akito Tanaka, Keisuke Okita, Knut Woltjen, Masato Nakagawa, John E. Heuser, Yasuhiro Yamada, Shinya Yamanaka, Takuya Yamamoto
Cell Metabolism, 25, 1103-1117.e6 (2017)
多能性幹細胞には着床前胚に相当するナイーブ型と着床後胚に近いプライムド型とが存在する.エネルギー代謝において,プライムド型の多能性幹細胞は解糖系のみにほぼ依存するのに対し,ナイーブ型の多能性幹細胞は解糖系にくわえ酸化的リン酸化経路も利用する.この研究において,iPS細胞の作製におけるオリジナルの初期化因子であるOct4,Sox2,Klf4にくわえ,Zic3およびEsrrbという2つの新たな転写因子をマウスの繊維芽細胞に同時に導入することにより初期化の効率は劇的に上昇することが明らかにされた.そして,Zic3およびEsrrbは協調的に解糖系の代謝を上昇させること,また,酸化的リン酸化に対するZic3とEsrrbの作用は対照的で,Zic3は酸化的リン酸化を抑制する一方,Esrrbは酸化的リン酸化を活性化することが見い出された.さらに,Esrrbによる酸化的リン酸化の活性化は多能性幹細胞のプライムド型からナイーブ型への初期化にも関与することが示された.以上の結果から,Zic3およびEsrrbによる代謝のバランスの制御がナイーブ型の多能性幹細胞への初期化に重要であることが示唆された.
iPS細胞の発見は再生医療を実現するための大きな一歩となると同時に,少数の遺伝子の発現により細胞運命を転換できることを示した点において生物学にパラダイムシフトをもたらした1).以後,この現象の機構について精力的に研究が進められた結果,体細胞からiPS細胞への初期化には確率的な要素の存在することが明らかにされた2).すなわち,初期化因子を同じく発現する複数の体細胞が存在する場合,そのうちどの細胞がiPS細胞へと運命を転換するかは確率的に決まると考えられている.また,初期化の確率は低く,マウスにおけるOct4,Sox2,Klf4,c-Mycによる一般的な初期化の手法において,iPS細胞になる細胞は1%以下で,ほとんどの細胞は多能性を獲得できない.
この確率的な要素のひとつとして,体細胞の初期化の過程における解糖系と酸化的リン酸化のバランスの制御が考えられる.一般的に,体細胞はおもに酸化的リン酸化を利用してエネルギーを産生するのに対し,多能性幹細胞におけるエネルギーの産生は解糖系に大きく依存しており,これらの違いは細胞の性質を規定する要因のひとつであると考えられている3)(図1).実際,体細胞の初期化の過程において,解糖系が活性化することが多能性の獲得に非常に重要な役割をはたすことが知られている4).一方,初期化の過程において,酸化的リン酸化が一過的に活性化することが必要であるとの報告もある5).解糖系の活性化は酸化的リン酸化を抑制する作用のあることから,初期化の過程において解糖系と酸化的リン酸化のバランスを適切に制御することが重要であると考えられるが,その機構については不明である.さらに,一般的な体細胞の初期化において,代謝が解糖系あるいは酸化的リン酸化に大きくかたよることが大半の細胞が多能性を獲得できない理由のひとつかもしれない.
多能性幹細胞には着床前胚に相当するナイーブ型と着床後胚に近いプライムド型とが存在し,プライムド型の多能性幹細胞は解糖系のみにほぼ依存するのに対し,ナイーブ型の多能性幹細胞は解糖系にくわえ酸化的リン酸化経路も利用する6).これまで,プライムド型の多能性幹細胞であるヒトのiPS細胞への初期化において転写因子HIFが解糖系を活性化し代謝系のシフトを制御することが報告されている7).しかしながら,ナイーブ型への初期化においてどのような遺伝子がその代謝を制御するのかについては明らかではなかった.
iPS細胞の作製におけるオリジナルの初期化因子であるOct4,Sox2,Klf4に追加するとナイーブ型の多能性幹細胞への初期化を促進するような遺伝子を探索した.網羅的なリアルタイムPCR法を用いて,体細胞の初期化の過程においてiPS細胞へと運命決定した細胞においてのみ高い発現を示す遺伝子を選別し,候補となる遺伝子を16個に絞り込んだ.それらの遺伝子をOct4,Sox2,Klf4に個別に追加してマウスの繊維芽細胞に導入したが,iPS細胞への初期化の効率はさほど変化がなかった.そこで,2個ずつ組み合わせて導入したところ,Zic3およびEsrrbという2つの転写因子を追加した場合に初期化の効率が10倍以上も上昇した.また,CRISPR-Cas9系を用いたノックアウトや優勢不能型を用いた実験により,従来のOct4,Sox2,Klf4,c-Mycによる初期化においてもZic3およびEsrrbが標的とする遺伝子の活性化が必要であることが示された.
Zic3およびEsrrbによる相乗的な初期化の促進の機構について調べるため,Oct4,Sox2,Klf4とともにZic3とEsrrbを導入した細胞においてChIP-seq解析によりこれらの転写因子の結合部位を網羅的に解析した.その結果,Zic3の結合部位はEsrrbの有無により変化しなかったが,Esrrbの結合部位の過半はZic3に依存的であり,EsrrbがZic3により標的遺伝子へとリクルートされることが示唆された.
Zic3およびEsrrbの多能性幹細胞における機能について調べるため,マウスのES細胞においてCRISPR-Cas9系を用いてこれらの遺伝子をノックアウトした.その結果,Esrrbの機能欠損により大きな変化は観察されなかったが,Zic3の欠損により解糖系にかかわる遺伝子の発現が低下した.そこで,これらの遺伝子が初期化の過程において解糖系を活性化する可能性について検証した.その結果,1)ChIP-seq解析により,Zic3が解糖系に関連する遺伝子の近傍に結合しEsrrbがそこにリクルートされること,2)トランスクリプトーム解析により,Zic3およびEsrrbがそれらの遺伝子の転写を相乗的に活性化すること,3)細胞外フラックス解析およびメタボローム解析により,実際に解糖系がZic3およびEsrrbの導入によりいちじるしく活性化すること,が明らかにされた.また,核酸の合成にかかわるペントースリン酸経路の代謝産物も増加したことから,Zic3およびEsrrbがペントースリン酸経路を活性化することにより細胞の増殖を促進する可能性が示唆された.くわえて,ヒトのiPS細胞への初期化において解糖系を活性化することが報告されていた転写因子HIFをCRISPR-Cas9を用いてノックダウンした場合にも,Zic3およびEsrrbの導入によるマウスにおける体細胞の初期化の効率は低下しなかったことから,Zic3およびEsrrbによるナイーブ型の多能性幹細胞への初期化にHIFは関与しないことが示唆された.
細胞外フラックス解析によりZic3およびEsrrbがミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を制御する可能性について検証した.その結果,Zic3とEsrrbの作用は対照的で,Zic3は酸化的リン酸化を抑制したのに対し,Esrrbは酸化的リン酸化を活性化し,Zic3およびEsrrbを同時に導入した場合にはEsrrbがZic3による酸化的リン酸化の抑制を回復させた.また,Esrrbは電子伝達系複合体IVの構成タンパク質の発現を上昇させること,電子顕微鏡を用いた観察よりミトコンドリアを多能性幹細胞に特徴的な丸い形態に変化させることが示された.以上の結果から,Esrrbは酸化的リン酸化を正に制御することにより初期化を促進する可能性が考えられた.そこで,Oct4,Sox2,Klf4,Zic3にくわえてPgc1αなどミトコンドリアを活性化する転写因子を導入したところ初期化の効率が上昇し,Esrrbの効果は部分的に模倣された.したがって,Esrrbは少なくとも部分的には酸化的リン酸化の活性化を介して体細胞の初期化に寄与すると考えられる.
マウスにおけるプライムド型の多能性幹細胞であるエピブラスト幹細胞からナイーブ型の多能性幹細胞であるiPS細胞への初期化において,これらの転写因子がどのような影響をおよぼすかについて調べた.これまで,Klf4あるいはEsrrbを強制発現させるとエピブラスト幹細胞をナイーブ型へと初期化できることが知られていたが,それらを比較すると,EsrrbのほうがKlf4よりも圧倒的に初期化の効率が高かった.その理由として,EsrrbはKlf4と異なり酸化的リン酸化を活性化できるためではないかと考え,Klf4とともにPgc1αを導入したところ初期化の効率は飛躍的に上昇した.一方,解糖系を促進するHIFを強制発現させる,あるいは,HIFを活性化させる低酸素の状態に細胞をおくと,初期化はむしろ阻害される傾向にあった.これらの結果から,多能性幹細胞のアイデンティティとエネルギー代謝は密接に結びついており,細胞の運命転換において代謝を制御するタンパク質が重要な役割をはたすことが示された(図2).
この研究において,Zic3およびEsrrbの2つの転写因子が体細胞の初期化を相乗的に促進することが示された.その機構として,Zic3およびEsrrbが協調して解糖系を促進する一方,Esrrbが酸化的リン酸化の活性を維持することにより,初期化に最適な代謝のバランスが獲得されることが明らかにされた.しかしながら,ナイーブ型の多能性幹細胞への体細胞の初期化において,どうして解糖系と酸化的リン酸化の両方が必要とされるのかについては明らかでない.この研究における解析において,導入する遺伝子の違いにより細胞に存在するATPの量に大きな差はなかった.筆者らは,ATPの産生ではなく,これらの代謝系の活性化により産生される副産物が鍵ではないかと考えている.この研究により見い出された初期化の手法を用いることにより,今後,この問題にアプローチできるであろう.
近年,ヒトのプライムド型の多能性幹細胞もまたナイーブ型へと初期化できることが示され,医療への応用の可能性が期待されている8).しかし,プライムド型からナイーブ型へと初期化された多能性幹細胞には培養や維持がむずかしいなどの問題が存在する.ナイーブ型へと初期化された多能性幹細胞もまたプライムド型の多能性幹細胞に比べ酸化的リン酸化経路が活性化されていることから9),今回の知見をもとに最適な代謝の状態をつくりだすことができれば,プライムド型からナイーブ型へと初期化されたヒトの多能性幹細胞のもつ問題も解決できるのではないかと考えられる.
略歴:2008年 京都大学大学院生命科学研究科 修了,同年 理化学研究所 特別研究員を経て,2010年より京都大学iPS細胞研究所 特定研究員.
研究テーマ:細胞の運命転換と代謝.
関心事:代謝の解析のための斬新なツールの開発.
山本 拓也(Takuya Yamamoto)
京都大学iPS細胞研究所 講師.
研究室URL:http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/yamamoto/
© 2017 曽根正光・山本拓也 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門)
email:曽根正光,山本拓也
DOI: 10.7875/first.author.2017.041
Hybrid cellular metabolism coordinated by Zic3 and Esrrb synergistically enhances induction of naive pluripotency.
Masamitsu Sone, Nobuhiro Morone, Tomonori Nakamura, Akito Tanaka, Keisuke Okita, Knut Woltjen, Masato Nakagawa, John E. Heuser, Yasuhiro Yamada, Shinya Yamanaka, Takuya Yamamoto
Cell Metabolism, 25, 1103-1117.e6 (2017)
要 約
多能性幹細胞には着床前胚に相当するナイーブ型と着床後胚に近いプライムド型とが存在する.エネルギー代謝において,プライムド型の多能性幹細胞は解糖系のみにほぼ依存するのに対し,ナイーブ型の多能性幹細胞は解糖系にくわえ酸化的リン酸化経路も利用する.この研究において,iPS細胞の作製におけるオリジナルの初期化因子であるOct4,Sox2,Klf4にくわえ,Zic3およびEsrrbという2つの新たな転写因子をマウスの繊維芽細胞に同時に導入することにより初期化の効率は劇的に上昇することが明らかにされた.そして,Zic3およびEsrrbは協調的に解糖系の代謝を上昇させること,また,酸化的リン酸化に対するZic3とEsrrbの作用は対照的で,Zic3は酸化的リン酸化を抑制する一方,Esrrbは酸化的リン酸化を活性化することが見い出された.さらに,Esrrbによる酸化的リン酸化の活性化は多能性幹細胞のプライムド型からナイーブ型への初期化にも関与することが示された.以上の結果から,Zic3およびEsrrbによる代謝のバランスの制御がナイーブ型の多能性幹細胞への初期化に重要であることが示唆された.
はじめに
iPS細胞の発見は再生医療を実現するための大きな一歩となると同時に,少数の遺伝子の発現により細胞運命を転換できることを示した点において生物学にパラダイムシフトをもたらした1).以後,この現象の機構について精力的に研究が進められた結果,体細胞からiPS細胞への初期化には確率的な要素の存在することが明らかにされた2).すなわち,初期化因子を同じく発現する複数の体細胞が存在する場合,そのうちどの細胞がiPS細胞へと運命を転換するかは確率的に決まると考えられている.また,初期化の確率は低く,マウスにおけるOct4,Sox2,Klf4,c-Mycによる一般的な初期化の手法において,iPS細胞になる細胞は1%以下で,ほとんどの細胞は多能性を獲得できない.
この確率的な要素のひとつとして,体細胞の初期化の過程における解糖系と酸化的リン酸化のバランスの制御が考えられる.一般的に,体細胞はおもに酸化的リン酸化を利用してエネルギーを産生するのに対し,多能性幹細胞におけるエネルギーの産生は解糖系に大きく依存しており,これらの違いは細胞の性質を規定する要因のひとつであると考えられている3)(図1).実際,体細胞の初期化の過程において,解糖系が活性化することが多能性の獲得に非常に重要な役割をはたすことが知られている4).一方,初期化の過程において,酸化的リン酸化が一過的に活性化することが必要であるとの報告もある5).解糖系の活性化は酸化的リン酸化を抑制する作用のあることから,初期化の過程において解糖系と酸化的リン酸化のバランスを適切に制御することが重要であると考えられるが,その機構については不明である.さらに,一般的な体細胞の初期化において,代謝が解糖系あるいは酸化的リン酸化に大きくかたよることが大半の細胞が多能性を獲得できない理由のひとつかもしれない.
多能性幹細胞には着床前胚に相当するナイーブ型と着床後胚に近いプライムド型とが存在し,プライムド型の多能性幹細胞は解糖系のみにほぼ依存するのに対し,ナイーブ型の多能性幹細胞は解糖系にくわえ酸化的リン酸化経路も利用する6).これまで,プライムド型の多能性幹細胞であるヒトのiPS細胞への初期化において転写因子HIFが解糖系を活性化し代謝系のシフトを制御することが報告されている7).しかしながら,ナイーブ型への初期化においてどのような遺伝子がその代謝を制御するのかについては明らかではなかった.
1.Zic3およびEsrrbは体細胞の初期化を相乗的に促進する
iPS細胞の作製におけるオリジナルの初期化因子であるOct4,Sox2,Klf4に追加するとナイーブ型の多能性幹細胞への初期化を促進するような遺伝子を探索した.網羅的なリアルタイムPCR法を用いて,体細胞の初期化の過程においてiPS細胞へと運命決定した細胞においてのみ高い発現を示す遺伝子を選別し,候補となる遺伝子を16個に絞り込んだ.それらの遺伝子をOct4,Sox2,Klf4に個別に追加してマウスの繊維芽細胞に導入したが,iPS細胞への初期化の効率はさほど変化がなかった.そこで,2個ずつ組み合わせて導入したところ,Zic3およびEsrrbという2つの転写因子を追加した場合に初期化の効率が10倍以上も上昇した.また,CRISPR-Cas9系を用いたノックアウトや優勢不能型を用いた実験により,従来のOct4,Sox2,Klf4,c-Mycによる初期化においてもZic3およびEsrrbが標的とする遺伝子の活性化が必要であることが示された.
2.Zic3はEsrrbをリクルートし標的遺伝子の発現を活性化する
Zic3およびEsrrbによる相乗的な初期化の促進の機構について調べるため,Oct4,Sox2,Klf4とともにZic3とEsrrbを導入した細胞においてChIP-seq解析によりこれらの転写因子の結合部位を網羅的に解析した.その結果,Zic3の結合部位はEsrrbの有無により変化しなかったが,Esrrbの結合部位の過半はZic3に依存的であり,EsrrbがZic3により標的遺伝子へとリクルートされることが示唆された.
3.体細胞の初期化においてZic3およびEsrrbは解糖系を相乗的に亢進する
Zic3およびEsrrbの多能性幹細胞における機能について調べるため,マウスのES細胞においてCRISPR-Cas9系を用いてこれらの遺伝子をノックアウトした.その結果,Esrrbの機能欠損により大きな変化は観察されなかったが,Zic3の欠損により解糖系にかかわる遺伝子の発現が低下した.そこで,これらの遺伝子が初期化の過程において解糖系を活性化する可能性について検証した.その結果,1)ChIP-seq解析により,Zic3が解糖系に関連する遺伝子の近傍に結合しEsrrbがそこにリクルートされること,2)トランスクリプトーム解析により,Zic3およびEsrrbがそれらの遺伝子の転写を相乗的に活性化すること,3)細胞外フラックス解析およびメタボローム解析により,実際に解糖系がZic3およびEsrrbの導入によりいちじるしく活性化すること,が明らかにされた.また,核酸の合成にかかわるペントースリン酸経路の代謝産物も増加したことから,Zic3およびEsrrbがペントースリン酸経路を活性化することにより細胞の増殖を促進する可能性が示唆された.くわえて,ヒトのiPS細胞への初期化において解糖系を活性化することが報告されていた転写因子HIFをCRISPR-Cas9を用いてノックダウンした場合にも,Zic3およびEsrrbの導入によるマウスにおける体細胞の初期化の効率は低下しなかったことから,Zic3およびEsrrbによるナイーブ型の多能性幹細胞への初期化にHIFは関与しないことが示唆された.
4.Esrrbは酸化的リン酸化を活性化することにより体細胞の初期化を促進する
細胞外フラックス解析によりZic3およびEsrrbがミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を制御する可能性について検証した.その結果,Zic3とEsrrbの作用は対照的で,Zic3は酸化的リン酸化を抑制したのに対し,Esrrbは酸化的リン酸化を活性化し,Zic3およびEsrrbを同時に導入した場合にはEsrrbがZic3による酸化的リン酸化の抑制を回復させた.また,Esrrbは電子伝達系複合体IVの構成タンパク質の発現を上昇させること,電子顕微鏡を用いた観察よりミトコンドリアを多能性幹細胞に特徴的な丸い形態に変化させることが示された.以上の結果から,Esrrbは酸化的リン酸化を正に制御することにより初期化を促進する可能性が考えられた.そこで,Oct4,Sox2,Klf4,Zic3にくわえてPgc1αなどミトコンドリアを活性化する転写因子を導入したところ初期化の効率が上昇し,Esrrbの効果は部分的に模倣された.したがって,Esrrbは少なくとも部分的には酸化的リン酸化の活性化を介して体細胞の初期化に寄与すると考えられる.
5.酸化的リン酸化の活性化はプライムド型からナイーブ型への多能性幹細胞の初期化を促進する
マウスにおけるプライムド型の多能性幹細胞であるエピブラスト幹細胞からナイーブ型の多能性幹細胞であるiPS細胞への初期化において,これらの転写因子がどのような影響をおよぼすかについて調べた.これまで,Klf4あるいはEsrrbを強制発現させるとエピブラスト幹細胞をナイーブ型へと初期化できることが知られていたが,それらを比較すると,EsrrbのほうがKlf4よりも圧倒的に初期化の効率が高かった.その理由として,EsrrbはKlf4と異なり酸化的リン酸化を活性化できるためではないかと考え,Klf4とともにPgc1αを導入したところ初期化の効率は飛躍的に上昇した.一方,解糖系を促進するHIFを強制発現させる,あるいは,HIFを活性化させる低酸素の状態に細胞をおくと,初期化はむしろ阻害される傾向にあった.これらの結果から,多能性幹細胞のアイデンティティとエネルギー代謝は密接に結びついており,細胞の運命転換において代謝を制御するタンパク質が重要な役割をはたすことが示された(図2).
おわりに
この研究において,Zic3およびEsrrbの2つの転写因子が体細胞の初期化を相乗的に促進することが示された.その機構として,Zic3およびEsrrbが協調して解糖系を促進する一方,Esrrbが酸化的リン酸化の活性を維持することにより,初期化に最適な代謝のバランスが獲得されることが明らかにされた.しかしながら,ナイーブ型の多能性幹細胞への体細胞の初期化において,どうして解糖系と酸化的リン酸化の両方が必要とされるのかについては明らかでない.この研究における解析において,導入する遺伝子の違いにより細胞に存在するATPの量に大きな差はなかった.筆者らは,ATPの産生ではなく,これらの代謝系の活性化により産生される副産物が鍵ではないかと考えている.この研究により見い出された初期化の手法を用いることにより,今後,この問題にアプローチできるであろう.
近年,ヒトのプライムド型の多能性幹細胞もまたナイーブ型へと初期化できることが示され,医療への応用の可能性が期待されている8).しかし,プライムド型からナイーブ型へと初期化された多能性幹細胞には培養や維持がむずかしいなどの問題が存在する.ナイーブ型へと初期化された多能性幹細胞もまたプライムド型の多能性幹細胞に比べ酸化的リン酸化経路が活性化されていることから9),今回の知見をもとに最適な代謝の状態をつくりだすことができれば,プライムド型からナイーブ型へと初期化されたヒトの多能性幹細胞のもつ問題も解決できるのではないかと考えられる.
文 献
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- Hanna, J., Saha, K., Pando, B. et al.: Direct cell reprogramming is a stochastic process amenable to acceleration. Nature, 462, 595-601 (2009)[PubMed]
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- Folmes, C. D., Nelson, T. J., Martinez-Fernandez, A. et al.: Somatic oxidative bioenergetics transitions into pluripotency-dependent glycolysis to facilitate nuclear reprogramming. Cell Metab., 14, 264-271 (2011)[PubMed]
- Kida, Y. S., Kawamura, T., Wei, Z. et al.: ERRs mediate a metabolic switch required for somatic cell reprogramming to pluripotency. Cell Stem Cell, 16, 547-555 (2015)[PubMed] [新着論文レビュー]
- Zhou, W., Choi, M., Margineantu, D. et al.: HIF1α induced switch from bivalent to exclusively glycolytic metabolism during ESC-to-EpiSC/hESC transition. EMBO J., 31, 2103-2116 (2012)[PubMed]
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- Takashima, Y., Guo, G., Loos, R. et al.: Resetting transcription factor control circuitry toward ground-state pluripotency in human. Cell, 158, 1254-1269 (2014)[PubMed] [新着論文レビュー]
- Sperber, H., Mathieu, J., Wang, Y. et al.: The metabolome regulates the epigenetic landscape during naive-to-primed human embryonic stem cell transition. Nat. Cell Biol., 17, 1523-1535 (2015)[PubMed]
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著者プロフィール
略歴:2008年 京都大学大学院生命科学研究科 修了,同年 理化学研究所 特別研究員を経て,2010年より京都大学iPS細胞研究所 特定研究員.
研究テーマ:細胞の運命転換と代謝.
関心事:代謝の解析のための斬新なツールの開発.
山本 拓也(Takuya Yamamoto)
京都大学iPS細胞研究所 講師.
研究室URL:http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/yamamoto/
© 2017 曽根正光・山本拓也 Licensed under CC 表示 2.1 日本