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First author's

ヒトにおける基底状態の多能性幹細胞への扉を開く

2014年10月21日

高島康弘・Austin Smith
(英国Cambridge大学Wellcome Trust-Medical Research Council Stem Cell Institute)
email:高島康弘
DOI: 10.7875/first.author.2014.129

Resetting transcription factor control circuitry toward ground-state pluripotency in human.
Yasuhiro Takashima, Ge Guo, Remco Loos, Jennifer Nichols, Gabriella Ficz, Felix Krueger, David Oxley, Fatima Santos, James Clarke, William Mansfield, Wolf Reik, Paul Bertone, Austin Smith
Cell, 158, 1254-1269 (2014)

要 約

 ヒトにおける既存の多能性幹細胞はプライム型であり,マウスにおいてES細胞を維持するために重要とされる転写因子を発現しておらず,ナイーブ型の転写因子ネットワークは形成していない.この研究では,マウスにおいてナイーブ型の転写因子ネットワークの形成に重要とされる転写因子NANOGおよびKLF2を一過性に発現させることにより,既存のヒトの多能性幹細胞はナイーブ型の転写因子ネットワークを形成しリセットされることが明らかにされた.このリセット細胞はERKシグナルおよびPKCシグナルを阻害することにより維持され,in vitroおよびin vivoにおいて多分化能をもっていた.樹立されたリセット細胞がナイーブ型の特徴をもつかどうか調べたところ,細胞における代謝経路は解糖系が中心となるプライム型から好気系のナイーブ型へと移行していた.ゲノムの全体におけるDNAメチル化について調べたところ,リセット細胞はDNA脱メチル化されており,遺伝子発現パターンはナイーブ型へと変化していた.ナイーブ型の維持に重要とされるTFCP2L1あるいはKLF4をリセット細胞においてノックダウンしたところ,自己複製能は失われた.リセット細胞において,ナイーブ型の転写因子は発現しているだけでなく機能的にはたらいていることがわかり,マウスのナイーブ型の特徴をそなえたヒトのリセット細胞が樹立された.

はじめに

 ヒトの多能性幹細胞は胚あるいは体細胞からのリプログラミングにより樹立されるが,その性質はマウスのES細胞(embryonic stem cell,胚性幹細胞)とは異なることが知られている.これは,もともとは種による違いではないかと考えられていたが,2007年,マウスの着床後の胚よりエピブラスト幹細胞が樹立され,初期のナイーブ型と後期のプライム型という発生段階の異なる2つの多能性幹細胞が存在するという仮説が提唱された1).そして,ヒトのES細胞はプライム型ではないかと考えられるようになった.
 ERK阻害剤およびGSK阻害剤とLIFをくわえた2iL培地は,それまでES細胞を樹立できなかった系統のマウスからのES細胞の樹立を可能とし,また,ラットからもES細胞の樹立を可能にした.逆に,2iL培地をマウスのエピブラスト幹細胞やヒトの多能性幹細胞に対して用いると細胞は分化していき,ナイーブ型の細胞のみに有効であることがわかった.
 2iL培地を用いてヒトの多能性幹細胞をナイーブ型へと誘導する試みは,2010年に最初に報告された2).しかしながら,その維持は不安定であった.そののちもヒトにおいてナイーブ型の多能性幹細胞を維持する試みがつづけられたが,それらはFGFシグナルおよびTGFβシグナルに依存する培養をベースにしており,プライム型の細胞と比べ明らかな差があるかどうかは不明であった3-6).この研究では,ヒトにおいて,着床前のエピブラストに近い遺伝子発現パターンをもち,FGFシグナルおよびTGFβシグナルに依存しないナイーブ型の多能性幹細胞を樹立し,この細胞が機能的なナイーブ型の転写因子ネットワークを形成しているかどうかを解析した.

1.ヒトにおけるリセット細胞の樹立と多分化能

 既存のヒトの多能性幹細胞は着床前の胚に由来するが,プライム型の性質をもつ.このヒトの多能性幹細胞からリセット細胞を誘導した(図1).マウスにおいてプライム型からナイーブ型への移行を誘導する転写因子のうち,NANOGとKLF2はもっとも効果的にはたらくとされている.そこで,ドキシサイクリン誘導系を用いてNANOGおよびKLF2をヒトの多能性幹細胞に過剰に発現させ,2iL培地において培養した.その結果,約10~14日で,平坦な形状をとるプライム型の多能性幹細胞から,ナイーブ型のドーム状のコロニーへと変化した.このNANOGおよびKLF2の過剰発現により樹立された細胞は,2iL培地においてGSK3阻害剤CHIR99021を3μMから1μMに減少させPKC阻害剤Go6983をくわえたt2iL + Go培地を用いることにより,その維持が可能になった.この細胞はin vitroにおいて三胚葉に分化しテラトーマも形成したことから,ヒトのナイーブ型の多能性幹細胞としてリセット細胞と名づけた.

figure1

 リセット細胞は,培地にFGF受容体阻害剤であるPD173074やALK受容体阻害剤であるA83-01をくわえても維持できたことから,FGFシグナルおよびTGFβシグナルには依存しないことがわかった.一方で,リセット細胞をFGF/KSR培地において培養すると,遺伝子発現および形態がプライム型へとシフトし,ふたたびNANOGおよびKLF2を過剰に発現させないかぎりt2iL + Go培地において培養することができなくなった.以上から,発生の流れと一致して,t2iL + Go培地において培養されたリセット細胞をFGF/KSR培地においてプライム型へと誘導することはできるが,逆に,プライム型になるとt2iL + Go培地では培養することができなくなり,これら2つは依存するシグナルの異なる細胞であるといえた.

2.リセット細胞においてエネルギー代謝はナイーブ型へと移行する

 マウスのES細胞はミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によりエネルギーを得ているが,マウスのエピブラスト幹細胞やヒトの多能性幹細胞は解糖系を用いているとされる7).そこで,リセット細胞および既存のヒトの多能性幹細胞のエネルギー代謝を解析した.その結果,リセット細胞では酸化的リン酸化が上昇し,酸素の消費量が増加していることが示唆された.TMRE染色によりミトコンドリアの膜電位を調べたところ,既存の多能性幹細胞ではミトコンドリアの脱分極は陰性であったが,リセット細胞ではミトコンドリアの脱分極が起こり電子伝達系のはたらいていることが示唆された.培地に2-デオキシグルコースをくわえてグルコースの取り込みを阻害する,あるいは,培地からグルコースを除くと,既存の多能性幹細胞は急速に維持できなくなったが,リセット細胞はより長期にわたり維持することができた.すなわち,リセット細胞においてエネルギー代謝は機能的にもナイーブ型へと移行していることが示唆された.

3.リセット細胞は全ゲノムにおいてDNA脱メチル化している

 マウスにおいて,着床前のエピブラストは全ゲノムにおいて低いDNAメチルの状態であることが知られている.ヒトのエピブラストもマウスと同様に,低いDNAメチル状態であることが報告された8,9).血清およびLIFを含む従来の培地ではマウスのES細胞は高いDNAメチル状態であったが,2i培地で培養されたマウスのES細胞はエピブラストと同様に低いDNAメチル状態であることがわかった.逆に,エピブラスト幹細胞は高いDNAメチル状態である.質量分析計による網羅的な解析により,リセット細胞においてはメチルシトシンの量が低下していることが明らかになった.さらに,バイサルファイトDNAシークエンス法によるDNAメチル化の解析により,既存のヒトの多能性幹細胞と比較し,リセット細胞ではCpG領域および非CpG領域はともにDNA脱メチル化していた.このことから,リセット細胞は胚と同様に,全ゲノムにおいて低いDNAメチル化状態であることがわかった.

4.リセット細胞における遺伝子発現は内部細胞塊と近く既存の多能性幹細胞とは異なる

 樹立されたリセット細胞のマイクロアレイおよびRNA-seq法によるデータと,これまでに報告されたデータ3,4,10,11) とを用いて,遺伝子発現パターンを網羅的に解析した.リセット細胞はナイーブ型の遺伝子の発現が上昇し,分化マーカー遺伝子の発現が抑制されるというナイーブ型の遺伝子発現パターンを示した.主成分解析を行ったところ,リセット細胞における遺伝子発現パターンは,既存のヒトの多能性幹細胞に比べ,マウスのES細胞およびヒトの胚の内部細胞塊に近い特徴を示した.一方,以前に報告されたヒトのナイーブ型の多能性幹細胞における遺伝子発現パターン3,4) は,既存のヒトの多能性幹細胞とほとんど同じで,ヒトの胚の内部細胞塊やマウスのES細胞とは離れていた.ごく最近に報告されたヒトのナイーブ型の多能性幹細胞における遺伝子発現パターン11) は,マイクロアレイのバージョンが異なることから完全な比較はできなかったが,リセット細胞と似ているようであった.
 これらRNAレベルでの発現がタンパク質レベルにおいて胚でも発現しているかどうかを確認した.マウスにおけるナイーブ型のタンパク質の代表であるKLF4およびTFCP2L1をヒトの胚において免疫染色したところ,内部細胞塊と考えられる部位にKLF4およびTFCP2L1の二重陽性を示す細胞が存在し,リセット細胞はKLF4,TFCP2L1,NANOGの三重陽性を示した.以上から,リセット細胞は既存の多能性幹細胞とは異なる遺伝子発現パターンを示し,ヒトの内部細胞塊やエピブラストと近いことがわかった.

5.リセット細胞にはナイーブ型の転写因子ネットワークが存在する

 近年,マウスのナイーブ型の多能性幹細胞における転写因子ネットワークが明らかにされた12).マウスにおいては,1つの遺伝子のみを欠失させても補完しあうことにより転写因子ネットワークは破綻せず維持されることがある.このマウスのナイーブ型の多能性幹細胞において存在する転写因子ネットワークは,リセット細胞にも存在するのだろうか.あるいは,リセット細胞がマウスと同様のナイーブ型であるなら,マウスのナイーブ型の多能性幹細胞と同様のふるまいをするはずではなかろうか.
 そこで,リセット細胞においてsiRNAおよびshRNAを用いてKLF4およびTFCP2L1をノックダウンした.すると,KLF4あるいはTFCP2L1のいずれかをノックダウンするとリセット細胞は維持できなくなった.リセット細胞はマウスのナイーブ型の多能性幹細胞とは異なりESRRBを発現していない.そのため,1つの遺伝子のみをノックダウンしても転写因子ネットワークが破綻してしまうのだろう.すなわち,マウスと同様に,ESRRBのみのノックダウンでは自己複製能は維持されるが,もう1つ遺伝子をノックダウンすると自己複製はできなくなる.このリセット細胞の表現型はおのおのの遺伝子の再発現でもレスキューされ,また,ESRRBを過剰に発現させるとTFCP2L1をノックダウンしても自己複製するようになった.以上から,リセット細胞の転写因子ネットワークは,マウスのナイーブ型の多能性幹細胞と同様に,ESRRBおよびKLF4,あるいは,ESRRBおよびTFCP2L1の組合せでノックダウンすることにより破綻することがわかり,ナイーブ型の遺伝子は発現しているだけでなく,リセット細胞を維持するため機能的にはたらいていることがわかった.

おわりに

 多能性幹細胞は,着床前のエピブラストの性質をもつナイーブ型と,着床後のエピブラストの性質をもつプライム型に分けられる.基底状態の多能性幹細胞(ground-state pluripotent stem cell)とは,着床前のエピブラスト細胞とかぎりなく同一でありin vitroにおいて均一に維持し増殖させることに成功した細胞と考えられる.これまで,いくつかの研究グループから,ヒトにおいてナイーブ型の多能性幹細胞あるいは基底状態の多能性幹細胞の樹立に成功したとの報告があった.筆者らを含むおのおのの研究グループの細胞はどのように違うのか,そして,何を指標にナイーブ型と考えたらいいのだろうか.
 既存の報告および筆者らのマイクロアレイあるいはRNA-seq法を用いた遺伝子発現パターンのデータを検討した結果から,FGFを含む培地ではナイーブ型へと移行させることはむずかしく,プライム型のままあるいはプライム型を誘導すると考えられた.プライム型とほぼ変わらないのにもかかわらずナイーブ型と報告された原因のひとつとして,ヒトのナイーブ型の多能性幹細胞の対照となる適切な細胞がないことが考えられた.リセット細胞も,主成分解析により既存の報告と比較して基底状態の多能性幹細胞に近づいていることが示されたが,着床前のエピブラストにさらに近づいた細胞が別に存在する可能性は厳密には否定できないだろう.
 今回の論文において明らかにされた重要な指標は,リセット細胞における転写因子ネットワークの存在である.リセット細胞では,マウスにおけるナイーブ型の転写因子が,発現しているだけではなく機能的にはたらいていた.今後は,遺伝子の発現レベルを定量するだけでなく,機能をもっているかどうかを確認することが,ヒトのナイーブ型の多能性幹細胞のひとつの有力な指標となるだろう.
 生命のはじまりの科学として,真のヒトの基底状態の多能性幹細胞を樹立し維持することとは,着床前のエピブラストと同一の細胞をin vitroにおいて維持することである.30年にわたり解析がつづけられてきたマウスですら,着床前のエピブラストと基底状態の多能性幹細胞とは完全に同一とはいえず,これからも研究は長くつづくだろう.
 ナイーブ型の多能性幹細胞を再生医療などのツールとして考える際はどうであろうか.現時点では,ナイーブ型の多能性幹細胞が既存の多能性幹細胞に比べ分化に対し優位であるというデータはない.ただし,DNAメチル化が低下するというデータは,細胞を分化させるはじまりの細胞として,分化の方向性のバイアスが消失している可能性を示唆しているのかもしれない.細胞株のあいだでの分化能の差が小さくなっているのかもしれないし,多能性幹細胞に残された“記憶”が消去されることにつながるのかもしれない.応用のためのツールとしては,着床前のエピブラストとの完全な同一性は必ずしも要求されないかもしれない.遺伝子の改変が簡便であったり,維持,継代,分化が簡単であったり,能率的であったりする点も重要であり,究極的な基底状態の多能性幹細胞である必要はないのかもしれない.すなわち,リセット細胞をより洗練された基底状態の多能性幹細胞へとみちびく研究と同時に,現時点におけるナイーブ型細胞を用いて,ツールとして可能性を評価したり利用を進めたりする研究および技術開発が重要になるだろう.

文 献

  1. Nichols, J. & Smith, A.: Naive and primed pluripotent states. Cell Stem Cell, 4, 487-492 (2009)[PubMed]
  2. Hanna, J., Cheng, A. W., Saha, K. et al.: Human embryonic stem cells with biological and epigenetic characteristics similar to those of mouse ESCs. Proc. Nalt. Acad. Sci. USA, 107, 9222-9227 (2010)[PubMed]
  3. Gafni, O., Weinberger, L., Mansour, A. A. et al.: Derivation of novel human ground state naive pluripotent stem cells. Nature, 504, 282-286 (2013)[PubMed]
  4. Chan, Y. -S., Goke, J., Ng, J. -H. et al.: Induction of a human pluripotent state with distinct regulatory circuitry that resembles preimplantation epiblast. Cell Stem Cell, 13, 663-675 (2013)[PubMed]
  5. Valamehr, B., Robinson, M., Abujarour, R. et al.: Platform for induction and maintenance of transgene-free hiPSCs resembling ground state pluripotent stem cells. Stem Cell Rep., 2, 366-381 (2014)[PubMed]
  6. Ware, C. B., Nelson, A. M., Mecham, B. et al.: Derivation of naive human embryonic stem cells. Proc. Nalt. Acad. Sci. USA, 111, 4484-4489 (2014)[PubMed]
  7. Zhou, W., Choi, M., Margineantu, D. et al.: HIF1α induced switch from bivalent to exclusively glycolytic metabolism during ESC-to-EpiSC/hESC transition. EMBO J., 31, 2103-2116 (2012)[PubMed]
  8. Smith, Z. D., Chan, M. M., Humm, K. C. et al.: DNA methylation dynamics of the human preimplantation embryo. Nature, 511, 611-615 (2014)[PubMed]
  9. Guo, H., Zhu, P., Yan, L. et al.: The DNA methylation landscape of human early embryos. Nature, 511, 606-610 (2014)[PubMed]
  10. Yan, L., Yang, M., Guo, H. et al.: Single-cell RNA-Seq profiling of human preimplantation embryos and embryonic stem cells. Nat. Struct. Mol. Biol., 20, 1131-1139 (2013)[PubMed]
  11. Theunissen, T. W., Powell, B. E., Wang, H. et al.: Systematic identification of culture conditions for induction and maintenance of naive human pluripotency. Cell Stem Cell, 15, 471-487 (2014)[PubMed]
  12. Dunn, S. J., Martello, G., Yordanov, B. et al.: Defining an essential transcription factor program for naive pluripotency. Science, 344, 1156-1160 (2014)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

高島 康弘(Yasuhiro Takashima)
略歴:2007年 神戸大学大学院医学系研究科 修了,同年 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター リサーチアソシエートを経て,同年より英国Cambridge大学 研究員.
研究テーマ:ヒトのナイーブ型の多能性幹細胞の樹立および維持の機構.

Austin Smith
英国Cambridge大学 教授.

© 2014 高島康弘・Austin Smith Licensed under CC 表示 2.1 日本


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