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過剰学習による学習の過固定および脳における興奮と抑制のバランスの変化

柴田和久・佐々木由香・渡邊武郎
(米国Brown大学Department of Cognitive, Linguistics, & Psychological Sciences)
email:渡邊武郎
DOI: 10.7875/first.author.2017.021

Overlearning hyperstabilizes a skill by rapidly making neurochemical processing inhibitory-dominant.
Kazuhisa Shibata, Yuka Sasaki, Ji Won Bang, Edward G. Walsh, Maro G. Machizawa, Masako Tamaki, Li-Hung Chang, Takeo Watanabe
Nature Neuroscience, 20, 470-475 (2017)




要 約


 課題の遂行能力に向上がみられなくなったのち,なおも訓練を行うことを過剰学習という.19世紀に過剰学習の効果が指摘され,それ以来,多くの研究がなされてきたがはっきりした結論は得られていなかった.今回,筆者らは,100年以上の歳月を経てはじめて,脳における明確な神経化学的な変化に裏打ちされた過剰学習の新たな効用を発見した.視覚課題の成績の向上が頭打ちになるまえに訓練を終了した場合,すなわち,過剰学習をともなわない通常の訓練の直後は,学習の内容は不安定であり数時間かけて固定されるまで新たな学習にとって変わられやすい.実際に,通常の訓練のあとすぐ類似の視覚課題の訓練を行うと,最初の視覚課題に対する学習が失われた.一方,過剰学習を行うと最初の視覚課題に対する学習は失われず,その直後に行った視覚課題に対する学習が阻害された.過固定と名づけられたこの現象は,学習に関係する脳の部位において興奮性の神経伝達物質の濃度に対し抑制性の神経伝達物質の濃度が急激に上昇するという明確な神経化学的な変化をともなっていた.過剰学習による過固定の発見は,学習の神経化学的な機構に対する理解を深めただけではなく,より効率的な学習法の開発につながる可能性がある.

はじめに


 古くから,技能を効率的に身につけるにはさまざまなコツがあると考えられてきた.たとえば,ある曲をうまく演奏できるようになりたい場合,その曲を自在に演奏できるようになったあとも,しばらくくり返し練習をつづけることが重要であるといわれている.このように,訓練により技能が向上し,それ以上の向上が望めなくても訓練をつづけることを,過剰学習とよぶ.学習において,過剰学習は実際どのように役だつのだろうか? この問いに対する最初の答は,19世紀,記憶実験により見い出された1).過剰学習は記憶の保持期間を延ばすという知見である.覚えたと思ってからもくり返し復習することにより,より長い期間にわたりその内容を記憶にとどめておけるというわけである.しかし,過剰学習による記憶の保持の延長効果が実生活に本当に役だつかについては懐疑的な研究者が多い2).では,過剰学習は時間をむだにするだけの無益な学習方法にすぎないのだろうか?
 筆者らは,今回の研究において,過剰学習の新しい効用を発見し,過剰学習は決してむだではないことを示した.知覚学習3) を対象とした行動実験の結果から,過剰学習により学習はすぐに固定化されてより失われにくくなることが見い出され,この効果は過固定と名づけられた.また,MRS法(magnetic resonance spectroscopy,磁気共鳴分光法)を用いた脳の計測により,過固定に関与する神経機序についても明らかにされた.

1.過剰学習により知覚学習の過固定が起こる


 知覚学習における過剰学習の効果について調べるため行動実験を行った.被験者に2つのディスプレイを50ミリ秒ずつランダムな順番で呈示した.ひとつのディスプレイにはノイズパターンだけが表示され,もうひとつのディスプレイにはノイズパターンのなかに特定の傾きをもつ縞模様が見えづらいかたちで埋め込んである.被験者は2つのディスプレイのうちどちらに縞模様が埋め込まれていたかを報告する.この課題は難易度が非常に高いが,何度も訓練を重ねることにより成績を向上させることが可能である.予備実験により,8ブロック(1ブロックは約40試行,約2分間)の訓練により成績の向上は頭打ちとなり,さらに8ブロックの訓練を行っても成績は向上しないことがわかった.したがって,8ブロックの訓練は過剰学習をともなわない通常の学習,16ブロックの訓練は過剰学習ということになる.
 実験1では,過剰学習が学習の固定にどのような影響を及ぼすかについて調べた.訓練によりどのくらい成績が向上したかを調べるため,訓練の前後に試験を行った.訓練前の試験および訓練は実験の1日目に,訓練後の試験は実験の2日目に行った.訓練前および訓練後の試験においては,それぞれ異なる傾きをもつ3つの縞模様をどのくらい検出できるか測定した.訓練においては,異なる傾きをもつ3つの縞模様のうち特定の2つの縞模様に対してのみ,訓練前および訓練後の試験と同様の検出課題の訓練を行った.被験者は通常学習群(12名)と過剰学習群(12名)の2つに分けた.通常学習群は1回目の訓練としてある縞模様に対して8ブロックの訓練(合計で約20分間)を行い,30分間の休憩をはさみ,2回目の訓練として別の縞模様に対して8ブロックの訓練を行った(図1a).一方,過剰学習群は1回目の訓練としてある縞模様に対して16ブロックの訓練(合計で約40分間)を行い,30分間の休憩をはさみ,2回目の訓練として別の縞模様に対して8ブロックの訓練を行った(図1b).訓練前および訓練後の試験は同一とした.



 通常学習群と過剰学習群の違いは,1回目の訓練が8ブロックであるか16ブロックであるかのみであったにもかかわらず,結果はまったく異なった.通常学習群においては,2回目の訓練に用いた縞模様に対してのみ成績の有意な向上がみられ,1回目の訓練に用いた縞模様および訓練に用いていない縞模様に対しては成績の有意な向上はみられなかった.この結果から,さきに行った学習があとに行った学習により上書きされる,すなわち,逆向きの干渉4) の起こったことが示された.一方,過剰学習群においては,1回目の訓練に用いた縞模様に対してのみ成績の有意な向上がみられ,2回目の訓練に用いた縞模様および訓練に用いていない縞模様に対しては成績の有意な向上はみられなかった.これは,さきに行った学習が非常に短時間で強く固定されたためあとに行った学習が阻害される,すなわち,順向きの干渉5) に相当した.過剰学習により学習の過固定が起こったという見解は,訓練の量あるいは訓練中の時間経過の効果を制御した実験の結果によっても支持された.
 この新たに発見された過固定は,これまでの学習の研究において知られていた固定とはどのような関係にあるのだろうか? これまで知られていた学習の固定は,訓練が終了してから数時間を要する過程である6).いったん固定が成立すれば,そののち新たに訓練を行っても学習の干渉は起こらない.すなわち,1回目の訓練と2回目の訓練とのあいだに数時間の間隔をおくことにより,両方の訓練に対して成績の向上が得られる.もし,過固定と固定とが異なる機序をもつのであれば,1回目の訓練において過剰学習が行われたかどうかにかかわらず,2回目の訓練とのあいだに数時間の間隔をおくことにより学習の固定が起こるはずである.
 実験2では,この仮説を検証した.実験2が実験1と異なる唯一の点は,1回目の訓練と2回目の訓練とのあいだの休憩が30分間から3.5時間に延長された点である(図1).その結果,通常学習群および過剰学習群において,1回目の訓練に用いた縞模様と2回目の訓練に用いた縞模様の両方に対して成績の有意な向上がみられた.訓練に用いていない縞模様に対しては成績の有意な向上はみられなかった.これらの結果から,過剰学習による過固定は,これまで知られていた固定とは異なる機序をもつという仮説が支持された.

2.過剰学習により低次の視覚野において抑制が優位になることにより過固定が起こる


 この新たに発見された過固定はどのような神経機序をもつのだろうか? 行動実験の結果から,通常の学習の直後の状態,過剰学習の直後の状態,訓練から3.5時間後の状態,の3つの状態はすべて異なることが示唆された.過去の神経科学的な研究から,学習の安定性はその学習にかかわる脳の領域における興奮性の神経活動と抑制性の神経活動とのバランスに依存すると考えられている7,8).この知見から,この3つの状態がそれぞれ異なる興奮と抑制のバランスに関係するという可能性が示唆された.この可能性について検証するため,訓練の前後においてMRS法により低次の視覚野におけるグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸の濃度を測定した.低次の視覚野は知覚学習に深くかかわるとされていること9)新着論文レビュー でも掲載),グルタミン酸およびγ-アミノ酪酸は脳における情報処理において興奮性の神経伝達物質および抑制性の神経伝達物質をそれぞれ担うこと10),がその理由である.興奮と抑制のバランスはグルタミン酸とγ-アミノ酪酸との濃度の比として定義した.通常学習群および過剰学習群に対する行動実験の過程において,訓練前,訓練から30分後,訓練から3.5時間後にグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸の濃度を測定した(図2).このことにより,過剰学習の有無や訓練からの時間経過に応じて,低次の視覚野における興奮と抑制のバランスがどのように変化するか調べることができる.



 その結果,低次の視覚野における興奮と抑制のバランスの変化は,通常学習群と過剰学習群とで異なった.通常の学習の場合,訓練から30分後の興奮と抑制のバランスは訓練前と比べて有意に上昇したが,3.5時間後には訓練前と有意な差はなくなった.すなわち,訓練の直後においては低次の視覚野は興奮性が優位であり,そののち,数時間をかけて訓練前の水準へともどった(図3).ところが,過剰学習の場合,訓練から30分後の興奮と抑制のバランスは訓練前と比べて有意に低下し,3.5時間後には訓練前と有意な差はなくなった.つまり,過剰学習の場合,通常の学習とはまったく逆で,訓練の直後においては低次の視覚野は抑制性が優位であり,そののち,数時間をかけて訓練前の水準にもどった(図3).



 これらの結果から,以下のことが示唆された.第1に,訓練中は視覚野が変化しやすい状態になるが,訓練後も一定の時間はその状態がつづき,そのため,新たに学習を行うとまえの学習がとって代わられる.すなわち,低次の視覚野において興奮性が優位である状態は,学習が変化しやすく不安定である状態に対応する.実験1の通常学習群において逆向きの干渉がみられたこと,実験3の通常学習群において訓練から30分後に興奮と抑制のバランスが上昇したことがその根拠である.第2に,学習の固定は変化しやすく不安定な状態から安定した状態になることであるが,今回,発見された学習の過固定は,低次の視覚野において興奮性が優位の状態から急激に抑制性が優位になる過程であると考えられる.実験1の過剰学習群において順向きの干渉がみられたこと,実験3の過剰学習群において訓練から30分後に興奮と抑制のバランスが低下したことがその根拠である.実際に,追加の実験において,興奮と抑制のバランスの低下の量と順向きの干渉の度合いとのあいだに強い相関がみられた.これらの結果は,過剰学習による低次の視覚野における抑制性が優位の状態が過固定をひき起こすという見解と一致した.第3に,従来から知られている学習の固定は,訓練により興奮性が優位になった神経伝達物質のバランスが訓練前の水準にもどる過程に対応する.実験2の通常学習群および過剰学習群において干渉がみられなかったこと,実験3において訓練から3.5時間後に興奮と抑制のバランスが訓練前の水準にもどったことがその根拠である.

おわりに


 今回の研究結果は,以下のように要約される.まず,知覚学習において,課題の遂行能力に向上がみられる状態において訓練を停止すると,学習は不安定な状態となり新たな学習により失われる.そのような変化しやすい不安定な状態は,低次の視覚野において興奮性が優位であることに対応する.ところが,課題の遂行能力に向上がみられなくなったのち,なおも訓練を行った場合,学習は急激に安定化すなわち固定化し,新たな学習の影響をうけないどころか,その成立を阻害するようになる.この急激な固定化は,低次の視覚野において興奮性が優位の状態から急激に抑制性が優位になる過程と対応する.
 この研究により得られた知見は,日常生活にどのように活かされるだろうか? ここでは知覚学習を実験の対象にしたが,固定化の過程を含む従来の研究から,技能取得のための学習と知覚学習とのあいだには多くの共通点のあることがわかっている.この観点からすると,より効率的な学習方法がみえてくる.ひとつの技能だけを効果的に学びたいときには,それをマスターしたと思っても我慢してさらに練習をつづけると,それが急激にしかも強く固定化されてほかの学習に干渉されなくなる.一方,複数の似たような技能を短時間に学びたいときには,マスターするまえに訓練をやめないと,過固定化によりほかの学習ができなくなる.
 過剰学習は19世紀からその効果について多くの研究がなされてきたが,はっきりした結論は得られていなかった.100年以上の歳月を経て,まったく新しく,しかも,非常に効果的な過剰学習の役割が,この研究によりはじめて明らかにされたといっても過言ではない.

文 献



  1. Ebbinghaus, H.: Über des Gedächtnis: Untersuchugen zur experimentellen Psychologie. Duncker & Humbolt, Leipzig (1885)

  2. Pashler, H., Roher, D., Cepeda, N. J. et al.: Enhancing learning and retarding forgetting: choices and consequences. Psychon. Bull. Rev., 14, 187-193 (2007)[PubMed]

  3. Sasaki, Y., Nanez, J. E. & Watanabe, T.: Advances in visual perceptual learning and plasticity. Nat. Rev. Neurosci., 11, 53-60 (2010)[PubMed]

  4. Seitz, A. R., Yamagishi, N., Werner, B. et al.: Task-specific disruption of perceptual learning. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 14895-14900 (2005)[PubMed]

  5. Yotsumoto, Y., Chang, L. H., Watanabe, T. et al.: Interference and feature specificity in visual perceptual learning. Vision Res., 49, 2611-2623 (2009)[PubMed]

  6. Breton, J. & Robertson, E. M.: Flipping the switch: mechanisms that regulate memory consolidation. Trends Cogn. Sci., 18, 629-634 (2014)[PubMed]

  7. Hensch, T. K.: Critical period plasticity in local cortical circuits. Nat. Rev. Neurosci., 6, 877-888 (2005)[PubMed]

  8. Lunghi, C., Emir, U. E., Morrone, M. C. et al.: Short-term monocular deprivation alters GABA in the adult human visual cortex. Curr. Biol., 25, 1496-1501 (2015)[PubMed]

  9. Shibata, K., Watanabe, T., Sasaki, Y. et al.: Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation. Science, 334, 1413-1415 (2011)[PubMed] [新着論文レビュー]

  10. Petroff, O. A.: GABA and glutamate in the human brain. Neuroscientist, 8, 562-573 (2002)[PubMed]


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著者プロフィール


柴田 和久(Kazuhisa Shibata)
略歴:2008年 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士課程 修了,同年 国際電気通信基礎技術研究所,2009年 米国Boston大学,2012年 米国Brown大学を経て,2016年より名古屋大学大学院環境学研究科 准教授.
研究テーマ:ヒトの視覚の神経機構.
抱負:視覚の研究をつうじてヒトの知覚,意識,判断のしくみを探求したい.

佐々木 由香(Yuka Sasaki)
米国Brown大学 教授.

渡邊 武郎(Takeo Watanabe)
米国Brown大学 終身栄誉教授.
研究室URL:http://sites.clps.brown.edu/cpl/

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