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機能的磁気共鳴画像法を用いたニューロフィードバック訓練によりひき起こされる視覚知覚学習

2012年1月11日

柴田和久・渡邊武郎・佐々木由香・川人光男
(国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所 認知機構研究所認知神経科学研究室)
email:渡邊武郎
DOI: 10.7875/first.author.2012.003

Perceptual learning incepted by decoded fMRI neurofeedback without stimulus presentation.
Kazuhisa Shibata, Takeo Watanabe, Yuka Sasaki, Mitsuo Kawato
Science, 334, 1413-1415 (2011)

要 約

 徹底した課題訓練により成人でも視覚能力の向上が起こることが知られている.視覚知覚学習とよばれるこの学習に脳の初期視覚野がかかわるのかどうかについては長いあいだ論争が続いていた.この論争を解決するため,筆者らは,機能的磁気共鳴画像法を用いたニューロフィードバック法を開発した.被験者は視覚的にあたえられるフィードバックをてがかりに初期視覚野の活動パターンを変化させる訓練を行った.被験者へのフィードバックは,初期視覚野の活動パターンと特定の方位をもつ縞模様により誘起されるパターンとの類似度をもとに計算した.この訓練のあいだ,被験者に実際の縞模様が提示されることはなく,また,被験者はフィードバックが何にもとづいているかについて自覚的ではなかった.数日間のニューロフィードバック訓練の前後で視覚課題における判別成績を比較すると,訓練に用いた特定の方位に対し特異的に有意な向上がみられた.この結果は,視覚刺激がなく,また,被験者にフィードバックがどのように計算されているかの自覚がなくても,初期視覚野における特定の視覚特徴に対応する脳活動パターンのくり返しだけでその視覚特徴に対する知覚学習が起こることを示した.

はじめに

 経験を積んだ医師は身体の断層画像から一般の人には認識できないような異変を瞬時に読みとることができる.宝石鑑定士は似かよってみえるがグレードの異なるダイヤモンドを正確に峻別する.この驚くほど高い視覚能力は成人になってからの徹底した訓練により培われたものである.このような訓練により起こる視覚能力の向上(視覚知覚学習)についての心理物理学的な研究は1990年代から隆盛をむかえ,成人の脳の初期視覚野にも経験に依存する可塑性があることを示唆してきた1).一方,2000年代に入り生理学的な知見が集まるにつれ,さまざまな脳部位が知覚学習により変化しうることがわかってきており,視覚知覚学習に初期視覚野がかかわるのかどうかについて長いあいだ論争が続いていた2)
 論争の続いていたおもな原因のひとつとして,これまでの研究は視覚能力の向上と脳活動の変化とのあいだの相関を調べるにとどまり,初期視覚野の活動の結果として知覚学習が起こるのかどうかについては調べてこなかった点があげられる.このような相関アプローチからは視覚能力が向上した結果として初期視覚野の活動が変化することと,初期視覚野の活動の結果として視覚能力の向上が起こることの区別をつけることができない.この方法論的な制約を解決するため,今回,筆者らは,機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)を用いた実時間ニューロフィードバック法を開発し,視覚知覚学習が初期視覚野の活動の結果としてひき起こされるのかどうかを調べた.

1.機能的磁気共鳴画像法を用いたニューロフィードバック法により特定の脳活動パターンを誘導する

 筆者らがDecoded Neurofeedback(DecNef)法と命名した機能的磁気共鳴画像法を用いた実時間ニューロフィードバック法により,被験者はあたえられるフィードバックをてがかりに自分で自分の初期視覚野における脳活動パターンを変化させるという訓練を行った.被験者へのフィードバックは,初期視覚野の活動パターンと,特定の方位(ターゲット方位)をもつ縞模様により誘起されるパターン(ターゲットパターン)との類似度をもとに計算した.この訓練のあいだ,実際の縞模様が被験者に提示されることはなく,また,被験者はフィードバックが何にもとづいているのか自覚的ではなかった.
 この研究におけるDecNef訓練は,脳情報復号器の作成と,脳活動パターンの誘導という2つの段階からなる.脳情報復号器の作成の段階では,被験者にそれぞれ異なる方位をもつ3種類の縞模様を視覚刺激として提示し,それぞれの方位に対する初期視覚野の脳活動パターンをfMRIにより測定した.測定したfMRI信号をもとに,スパースロジスティック回帰3) というアルゴリズムを用いて提示された方位とそれに対応する初期視覚野の脳活動パターン(fMRI信号パターン)との関係を学習し,脳情報復号器を作成した.この脳情報復号器を用いることで,初期視覚野から新たに測定した脳活動パターンが3種類の方位により誘起される脳活動パターンのどれに近いかを定量化することが可能となった.脳活動パターンの誘導の段階では,3種類のうちひとつの方位をターゲット方位としてそれぞれの被験者にランダムに割り振った.被験者は指示されたタイミングで自分の初期視覚野の脳活動パターンの誘導を行った.このときの脳活動パターンが作成された脳情報復号器に入力され,測定された脳活動パターンがターゲット方位の提示により誘起されるパターン(ターゲットパターン)にどれだけ近いかを示す類似度を計算した.そして,この類似度を緑色の丸の大きさとして被験者にフィードバックした(図1).実験に際し被験者には,脳の後部の活動パターンの誘導を行うこと,その際の脳活動パターンに応じてそれぞれの試行ののちに提示される緑色の丸の大きさが変化すること,緑色の丸が大きければ大きいほど実験の終了ののち支払われる金銭報酬が増えること,が知らされた.一方で,方位の情報をもつ視覚刺激は提示されず,また,フィードバックがどのように計算されているかなど実験のしくみは被験者には教示されなかった.したがって,被験者は方位をもつ視覚刺激やターゲット方位に対する知識なしに,試行錯誤をとおして脳活動の誘導の訓練を行ったことになる.

figure1

 それぞれの被験者は,このDecNef訓練を1日およそ1時間,5日間または10日間にわたり行った.この訓練の期間に,被験者は脳活動の誘導を学習し初期視覚野の活動パターンをターゲットパターンに近づけることができるようになった.DecNef訓練をつうじて,ターゲット方位の提示によりひき起こされる脳活動パターンに似たパターンが初期視覚野において何回もくり返し起こったことになる.

2.DecNef訓練により起こる知覚学習

 初期視覚野におけるターゲット方位に対応する脳活動パターンのくり返しにより視覚知覚学習が起こるのだろうか.これを調べるため,被験者の縞模様の方位の判別課題の成績をDecNef訓練の前後で測定し比較した.その結果,DecNef訓練ののちのターゲット方位に対する判別成績はDecNef訓練のまえに比べ有意に向上した(図2a).一方,DecNef訓練に用いなかった方位に対しては判別成績に有意な変化はみられなかった.この結果は,DecNef訓練によりターゲット方位に特異的な視覚能力の向上,すなわち,知覚学習が起こったことを示した.

figure2

 DecNef訓練における脳活動パターンの誘導のうまさと,DecNef訓練の結果として起こった視覚能力の向上の度合いとのあいだに関係はあるだろうか.両者のあいだの相関解析から,DecNef訓練において脳活動パターンの誘導のうまかった被験者ほど,ターゲット方位に対する判別成績の向上の度合いが大きいことがわかった(図2b).知覚学習においては,一般に,訓練において視覚刺激を見る回数が多ければ多いほど知覚能力の向上の度合いも大きくなるとされる.DecNef訓練において脳活動パターンの誘導がうまいということは,ターゲット方位によりひき起こされた脳活動パターンに似たパターンが初期視覚野においてより頻繁に起こったことに相当する.このことが,脳活動パターンの誘導のうまさと視覚能力の向上の度合いとのあいだの正の相関関係の原因になっていると考えられた.

3.被験者はターゲット方位や実験意図について無自覚である

 被験者はDecNef訓練の目的に気づいていただろうか.実験の終了ののちアンケートを行い,被験者がどのように脳活動を操作していたかを調べた.しかし,どの被験者の報告もターゲット方位には関係のないものだった.さらに,被験者にターゲット方位をふせたまま実験のしくみを説明し,3つの方位のどれがターゲット方位であったかを強制選択法により回答させた場合でも,その正答率はランダムに答えた場合と有意な差がなかった.このことから,DecNef訓練において,被験者はターゲット方位の視覚的な想起など,実験のしくみに関係のある意識的な方略は用いていなかったといえた.

4.初期視覚野における特定の脳活動パターンのくり返しが知覚学習をひき起こす

 今回の結果は,視覚刺激がなくても,また,誘導したパターンの意味や実験のしくみについて被験者に自覚がなくても,成人の初期視覚野における特定の活動パターンのくり返しがそのパターンに対応する視覚特徴に対する知覚学習をひき起こすことを示した.従来の単一細胞記録4,5) や非侵襲脳活動計測法6,7) を用いた研究は,知覚学習と脳活動の変化とのあいだの相関関係を明らかにしてきた.しかし,このような相関アプローチでは特定の脳部位が知覚学習の原因となることを示すことはできなかった.また,脳部位欠損8) や頭蓋磁気刺激9) の手法からは,特定の部位が知覚学習にかかわるかどうかはわかるが,その部位の活動がどのように変化すれば知覚学習が起こるかはわからなかった.一方,今回,筆者らが用いたDecNef法により特定の脳部位に特定の活動パターンを誘導させ,その結果として,視覚特徴に特異的な知覚学習を起こすことができることがわかった.

おわりに

 DecNef法は,特定の脳部位の活動パターンが特定の知覚や行動,学習をひき起こすかどうかを探ることができるという点で,今後の認知神経科学やシステム神経科学における強力なツールになりうる10).また,フィードバックにより脳活動を目標の状態に引き込むというDecNef法のコンセプトは,工学や医療などさまざまな分野に応用できる可能性がある.将来,DecNef法により,新しい技能や記憶を獲得したり,事故や疾患,加齢などにより失われた機能や知識を取り戻したりすることができるようになるかもしれない.

文 献

  1. Sagi, D.: Perceptual learning in vision research. Vision Res., 51, 1552-1566 (2011)[PubMed]
  2. Sasaki, Y., Nanez, J. E. & Watanabe, T.: Advances in visual perceptual learning and plasticity. Nat. Rev. Neurosci., 11, 53-60 (2010)[PubMed]
  3. Yamashita, O., Sato, M. A., Yoshioka, T. et al.: Sparse estimation automatically selects voxels relevant for the decoding of fMRI activity patterns. Neuroimage, 42, 1414-1429 (2008)[PubMed]
  4. Schoups, A., Vogels, R., Qian, N. et al.: Practising orientation identification improves orientation coding in V1 neurons. Nature, 412, 549-553 (2001)[PubMed]
  5. Hua, T., Bao, P., Huang, C. B. et al.: Perceptual learning improves contrast sensitivity of V1 neurons in cats. Curr. Biol., 20, 887-894 (2010)[PubMed]
  6. Censor, N., Bonneh, Y., Arieli, A. et al.: Early-vision brain responses which predict human visual segmentation and learning. J. Vis., 9, 1-9 (2009)[PubMed]
  7. Lewis, C. M., Baldassarre, A., Committeri, G. et al.: Learning sculpts the spontaneous activity of the resting human brain. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 17558-17563 (2009)[PubMed]
  8. Huxlin, K. R.: Perceptual relearning of complex visual motion after V1 damage in humans. J. Neurosci., 29, 3981-3991 (2009)[PubMed]
  9. Corthout, E., Uttl, B., Walsh, V. et al.: Plasticity revealed by transcranial magnetic stimulation of early visual cortex. Neuroreport, 11, 1565-1569 (2000)[PubMed]
  10. Kawato, M.: From ‘understanding the brain by creating the brain’ towards manipulative neuroscience. Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 363, 2201-2214 (2008)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

柴田 和久(Kazuhisa Shibata)
略歴:2008年 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 修了,同年 国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所,情報通信研究機構への出向を経て,2009年より米国Boston大学 博士研究員,2011年より国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所 非常勤研究員.
研究テーマ:ヒトの視知覚神経機構の解明.
抱負:視覚の研究をつうじてヒトの知覚,意識,判断のしくみについて探求したい.

渡邊 武郎(Takeo Watanabe)
米国Boston大学 教授,国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所 客員研究員.

佐々木 由香(Yuka Sasaki)
米国Harvard Medical School准教授,国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所 客員研究員.

川人 光男(Mitsuo Kawato)
国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所 所長.

© 2012 柴田和久・渡邊武郎・佐々木由香・川人光男 Licensed under CC 表示 2.1 日本


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