皮質ニューロンの樹状突起による知覚の制御
高橋直矢・Matthew E. Larkum
(ドイツHumboldt大学Berlin,Institute for Biology)
email:高橋直矢
DOI: 10.7875/first.author.2017.013
Active cortical dendrites modulate perception.
Naoya Takahashi, Thomas G. Oertner, Peter Hegemann, Matthew E. Larkum
Science, 354, 1587-1590 (2016)
知覚にかかわる神経活動,また,そうした神経活動の基盤になるニューロンにおける機構についてはいまだ不明な点が多い.この研究においては,1次体性感覚野の第5層のニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが,マウスの知覚の閾値に応じて増減することを見い出した.さらに,樹状突起における神経活動を人工的に制御することにより,マウスの知覚の閾値を制御することに成功した.
近年,皮質ニューロンの樹状突起における神経活動が認知の過程に重要であることが指摘されている1-4).こうした知見は,ニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが皮質の表層を走るフィードバック投射からの入力を統合し強化するという“apical amplification”(尖端増幅)仮説を支持する5-7).フィードバック投射が知覚の生成において重要であることがわかっているが8,9),知覚の生成が尖端樹状突起におけるapical amplificationに依存するのかどうかについては実験的に検証されていない.そこで,筆者らは,知覚の閾値の付近において樹状突起におけるCa2+応答を観測することによりこの仮説を検証した.知覚の閾値とは,無感覚から知覚状態へと遷移するときの刺激の強度である.この仮説が正しければ,特定のニューロンの樹状突起におけるCa2+応答が知覚の閾値と一致して増大すると予想された(図1).この仮説を検証するため,マウスにヒゲへの刺激を検出する課題を学習させ,課題を遂行しているマウスにおいて2光子顕微鏡を用いて皮質ニューロンの樹状突起をイメージングした.くわえて,樹状突起における神経活動と知覚の検出との因果関係について明らかにするため,樹状突起における神経活動の人工的な制御がマウスの刺激の検出成績に影響をおよぼすかどうかについても検証した.
マウスを訓練し,飲水行動によりヒゲへの刺激を検出することを学習させた.課題を学習したのち,刺激の強度をさまざまに変化させることにより知覚の閾値を含むマウスの心理測定関数を得た.心理測定関数にシグモイド曲線を近似することにより,おのおののマウスの知覚の閾値を決定した.
課題を遂行しているマウスを用いて,1次体性感覚野のC2バレル領域より第5層のニューロンの尖端樹状突起において2光子Ca2+イメージングを行った.いくつかの樹状突起において刺激にともなう大きなCa2+応答が測定された.樹状突起における神経活動と動物の知覚行動との関係を検討するため,知覚の閾値を含む7つの異なる刺激の強度に対するCa2+応答を“ヒット”(知覚)試行と“ミス”(無知覚)試行とに分けてプロットした.
樹状突起におけるCa2+応答と課題の成績とを比較するため,激強度に対する刺激の検出の確率(心理測定関数)と刺激の強度に対する樹状突起のCa2+応答(神経測定関数)をプロットした.複数の樹状突起においてCa2+応答の増大がマウスの刺激の検出成績と正に相関していた.しかしながら,少数の樹状突起はまったく逆の傾向を示し,Ca2+応答が刺激の強度に対し負に相関していた.
樹状突起におけるCa2+応答の選択性について検討した.受信者操作特性解析により,Ca2+応答にもとづく閾値の刺激に対する行動の結果(ヒットあるいはミス)の予測信頼性を推定した.22%の樹状突起において,閾値の刺激にともなうCa2+応答がヒット試行においてのみ増大し,マウスの行動が有意に予測された.ここでも,少数の樹状突起についてはCa2+応答の減弱により行動が予測された.また,こうしたCa2+応答の開始はマウスの飲水行動に先行していた.
樹状突起におけるCa2+チャネルの活性化は第5層のニューロンの発火を強化することが知られている.そこで,課題を遂行しているマウスにおいて第5ニューロンの発火のパターンを計測した.いくつかのニューロンにおいて刺激に応じてニューロンの発火率が上昇し,神経測定関数と心理測定関数とが正に相関した.樹状突起におけるCa2+応答と同様に,発火と知覚行動とが負に相関するニューロンも観察された.受信者操作特性解析の結果,23%のニューロンにおいて閾値の刺激に対する発火がヒット試行においてのみ増大し,マウスの行動が有意に予測されることがわかった.一方,25%のニューロンにおいてはヒット試行において発火が減少していた.また,ニューロンのバースト発火性と予測信頼性とは有意な相関を示し,バースト発火の変化が知覚の検出に関与することが示唆された.
以上の結果から,樹状突起におけるCa2+スパイクと動物の知覚行動とのあいだに有意な関係性が見い出された.また,Ca2+応答の開始は知覚応答に先行していたことから,それらの因果関係が示唆された.
樹状突起における神経活動の制御がマウスの知覚行動におよぼす影響について検討した.GABAB受容体のアゴニストであるバクロフェンは樹状突起において生じたCa2+スパイクを効果的に抑制することが知られている.バクロフェンを尖端樹状突起の局所に適用したところ,覚醒しているマウスでは樹状突起における自発的なCa2+スパイクが強く抑制された.課題を遂行しているマウスにバクロフェンを適用したところ,知覚の閾値が上昇し,閾値の刺激に対する検出の成績は大きく減弱した.
C2バレル領域の第5層のニューロンの尖端樹状突起を光遺伝学的な手法により直接的に抑制した.その結果,尖端樹状突起においてCa2+スパイクが抑制され,閾値の刺激に対する検出の成績は有意に減弱した.
皮質のソマトスタチン陽性の抑制性ニューロンは興奮性ニューロンの樹状突起に投射し,樹状突起における神経活動を抑制することが知られている.そこで,ソマトスタチン陽性のニューロンを光遺伝学的な手法により活性化し,行動しているマウスの樹状突起において神経活動を抑制した.その結果,知覚の閾値は有意に上昇した.樹状突起において神経活動を抑制するすべての実験において知覚の閾値の上昇が観察されたが,心理測定関数のゲインや誤検出確率に変化はなかった.
樹状突起における神経活動を増強した際の知覚行動への影響について検討した.光遺伝学的な手法によりC2バレル領域の第5層のニューロンの尖端樹状突起を選択的に活性化した.その結果,知覚の閾値は大きく低下した.さらに,樹状突起における神経活動の強化により誤検出確率が上昇した.このことから,樹状突起における神経活動が内発的な知覚の生成にも寄与することが示唆された.以上の結果から,第5層のニューロンの尖端樹状突起における神経活動が動物の知覚行動に寄与することが明らかにされた.
筆者らは,この研究において,第5層のニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが知覚の閾値に対応して増減し,動物の知覚行動に寄与することを見い出した.樹状突起における神経活動の制御には4つの異なるアプローチを用いたが,いずれのアプローチにおいても知覚の閾値は有意にシフトし,樹状突起における神経活動と知覚行動との因果関係が示された.逆行性の活動電位や興奮性シナプス入力は単体では尖端樹状突起におけるCa2+の流入にほとんど寄与しないことが知られている.そのため,今回,観察されたCa2+応答は電位感受性チャネルの活性化,すなわち,Ca2+スパイクを反映すると考えられた.Ca2+スパイクの発生は第5層のニューロンにおいてバースト発火の頻度が上昇した結果とも一致した.
近年,apical amplificationが意識的な知覚の基盤となる機構であるという仮説が提起されている.この研究において用いた刺激の検出の課題は,ヒトにおいて意識的な知覚を研究する際に一般的に用いられている.しかし,マウスのような実験動物において知覚体験に言及することはむずかしい.最近,筆者らは,経頭蓋磁気刺激法により非侵襲的に樹状突起におけるCa2+スパイクを抑制できることを報告した10).今後は,この経頭蓋磁気刺激法を用いた,ヒトにおけるapical amplificationの機構の検討が期待される.
略歴:2011年 東京大学大学院薬学系研究科 修了,同年 同 助教を経て,2012年よりドイツHumboldt大学Berlin博士研究員.
研究テーマ:認知の過程における皮質ニューロンの樹状突起における演算の機構.
Matthew Larkum
ドイツHumboldt大学Berlin教授.
研究室URL:https://www.projekte.hu-berlin.de/en/larkum
© 2017 高橋直矢・Matthew E. Larkum Licensed under CC 表示 2.1 日本
(ドイツHumboldt大学Berlin,Institute for Biology)
email:高橋直矢
DOI: 10.7875/first.author.2017.013
Active cortical dendrites modulate perception.
Naoya Takahashi, Thomas G. Oertner, Peter Hegemann, Matthew E. Larkum
Science, 354, 1587-1590 (2016)
要 約
知覚にかかわる神経活動,また,そうした神経活動の基盤になるニューロンにおける機構についてはいまだ不明な点が多い.この研究においては,1次体性感覚野の第5層のニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが,マウスの知覚の閾値に応じて増減することを見い出した.さらに,樹状突起における神経活動を人工的に制御することにより,マウスの知覚の閾値を制御することに成功した.
はじめに
近年,皮質ニューロンの樹状突起における神経活動が認知の過程に重要であることが指摘されている1-4).こうした知見は,ニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが皮質の表層を走るフィードバック投射からの入力を統合し強化するという“apical amplification”(尖端増幅)仮説を支持する5-7).フィードバック投射が知覚の生成において重要であることがわかっているが8,9),知覚の生成が尖端樹状突起におけるapical amplificationに依存するのかどうかについては実験的に検証されていない.そこで,筆者らは,知覚の閾値の付近において樹状突起におけるCa2+応答を観測することによりこの仮説を検証した.知覚の閾値とは,無感覚から知覚状態へと遷移するときの刺激の強度である.この仮説が正しければ,特定のニューロンの樹状突起におけるCa2+応答が知覚の閾値と一致して増大すると予想された(図1).この仮説を検証するため,マウスにヒゲへの刺激を検出する課題を学習させ,課題を遂行しているマウスにおいて2光子顕微鏡を用いて皮質ニューロンの樹状突起をイメージングした.くわえて,樹状突起における神経活動と知覚の検出との因果関係について明らかにするため,樹状突起における神経活動の人工的な制御がマウスの刺激の検出成績に影響をおよぼすかどうかについても検証した.
1.マウスにおける知覚の閾値の決定
マウスを訓練し,飲水行動によりヒゲへの刺激を検出することを学習させた.課題を学習したのち,刺激の強度をさまざまに変化させることにより知覚の閾値を含むマウスの心理測定関数を得た.心理測定関数にシグモイド曲線を近似することにより,おのおののマウスの知覚の閾値を決定した.
2.知覚の閾値での尖端樹状突起におけるCa2+応答
課題を遂行しているマウスを用いて,1次体性感覚野のC2バレル領域より第5層のニューロンの尖端樹状突起において2光子Ca2+イメージングを行った.いくつかの樹状突起において刺激にともなう大きなCa2+応答が測定された.樹状突起における神経活動と動物の知覚行動との関係を検討するため,知覚の閾値を含む7つの異なる刺激の強度に対するCa2+応答を“ヒット”(知覚)試行と“ミス”(無知覚)試行とに分けてプロットした.
樹状突起におけるCa2+応答と課題の成績とを比較するため,激強度に対する刺激の検出の確率(心理測定関数)と刺激の強度に対する樹状突起のCa2+応答(神経測定関数)をプロットした.複数の樹状突起においてCa2+応答の増大がマウスの刺激の検出成績と正に相関していた.しかしながら,少数の樹状突起はまったく逆の傾向を示し,Ca2+応答が刺激の強度に対し負に相関していた.
樹状突起におけるCa2+応答の選択性について検討した.受信者操作特性解析により,Ca2+応答にもとづく閾値の刺激に対する行動の結果(ヒットあるいはミス)の予測信頼性を推定した.22%の樹状突起において,閾値の刺激にともなうCa2+応答がヒット試行においてのみ増大し,マウスの行動が有意に予測された.ここでも,少数の樹状突起についてはCa2+応答の減弱により行動が予測された.また,こうしたCa2+応答の開始はマウスの飲水行動に先行していた.
3.知覚の閾値における第5層のニューロンの発火
樹状突起におけるCa2+チャネルの活性化は第5層のニューロンの発火を強化することが知られている.そこで,課題を遂行しているマウスにおいて第5ニューロンの発火のパターンを計測した.いくつかのニューロンにおいて刺激に応じてニューロンの発火率が上昇し,神経測定関数と心理測定関数とが正に相関した.樹状突起におけるCa2+応答と同様に,発火と知覚行動とが負に相関するニューロンも観察された.受信者操作特性解析の結果,23%のニューロンにおいて閾値の刺激に対する発火がヒット試行においてのみ増大し,マウスの行動が有意に予測されることがわかった.一方,25%のニューロンにおいてはヒット試行において発火が減少していた.また,ニューロンのバースト発火性と予測信頼性とは有意な相関を示し,バースト発火の変化が知覚の検出に関与することが示唆された.
以上の結果から,樹状突起におけるCa2+スパイクと動物の知覚行動とのあいだに有意な関係性が見い出された.また,Ca2+応答の開始は知覚応答に先行していたことから,それらの因果関係が示唆された.
4.樹状突起における神経活動による知覚の閾値の制御
樹状突起における神経活動の制御がマウスの知覚行動におよぼす影響について検討した.GABAB受容体のアゴニストであるバクロフェンは樹状突起において生じたCa2+スパイクを効果的に抑制することが知られている.バクロフェンを尖端樹状突起の局所に適用したところ,覚醒しているマウスでは樹状突起における自発的なCa2+スパイクが強く抑制された.課題を遂行しているマウスにバクロフェンを適用したところ,知覚の閾値が上昇し,閾値の刺激に対する検出の成績は大きく減弱した.
C2バレル領域の第5層のニューロンの尖端樹状突起を光遺伝学的な手法により直接的に抑制した.その結果,尖端樹状突起においてCa2+スパイクが抑制され,閾値の刺激に対する検出の成績は有意に減弱した.
皮質のソマトスタチン陽性の抑制性ニューロンは興奮性ニューロンの樹状突起に投射し,樹状突起における神経活動を抑制することが知られている.そこで,ソマトスタチン陽性のニューロンを光遺伝学的な手法により活性化し,行動しているマウスの樹状突起において神経活動を抑制した.その結果,知覚の閾値は有意に上昇した.樹状突起において神経活動を抑制するすべての実験において知覚の閾値の上昇が観察されたが,心理測定関数のゲインや誤検出確率に変化はなかった.
樹状突起における神経活動を増強した際の知覚行動への影響について検討した.光遺伝学的な手法によりC2バレル領域の第5層のニューロンの尖端樹状突起を選択的に活性化した.その結果,知覚の閾値は大きく低下した.さらに,樹状突起における神経活動の強化により誤検出確率が上昇した.このことから,樹状突起における神経活動が内発的な知覚の生成にも寄与することが示唆された.以上の結果から,第5層のニューロンの尖端樹状突起における神経活動が動物の知覚行動に寄与することが明らかにされた.
おわりに
筆者らは,この研究において,第5層のニューロンの尖端樹状突起において生じたCa2+スパイクが知覚の閾値に対応して増減し,動物の知覚行動に寄与することを見い出した.樹状突起における神経活動の制御には4つの異なるアプローチを用いたが,いずれのアプローチにおいても知覚の閾値は有意にシフトし,樹状突起における神経活動と知覚行動との因果関係が示された.逆行性の活動電位や興奮性シナプス入力は単体では尖端樹状突起におけるCa2+の流入にほとんど寄与しないことが知られている.そのため,今回,観察されたCa2+応答は電位感受性チャネルの活性化,すなわち,Ca2+スパイクを反映すると考えられた.Ca2+スパイクの発生は第5層のニューロンにおいてバースト発火の頻度が上昇した結果とも一致した.
近年,apical amplificationが意識的な知覚の基盤となる機構であるという仮説が提起されている.この研究において用いた刺激の検出の課題は,ヒトにおいて意識的な知覚を研究する際に一般的に用いられている.しかし,マウスのような実験動物において知覚体験に言及することはむずかしい.最近,筆者らは,経頭蓋磁気刺激法により非侵襲的に樹状突起におけるCa2+スパイクを抑制できることを報告した10).今後は,この経頭蓋磁気刺激法を用いた,ヒトにおけるapical amplificationの機構の検討が期待される.
文 献
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- Murphy, S. C., Palmer, L. M., Nyffeler, T. et al.: Transcranial magnetic stimulation (TMS) inhibits cortical dendrites. Elife, 5, 1-12 (2016)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:2011年 東京大学大学院薬学系研究科 修了,同年 同 助教を経て,2012年よりドイツHumboldt大学Berlin博士研究員.
研究テーマ:認知の過程における皮質ニューロンの樹状突起における演算の機構.
Matthew Larkum
ドイツHumboldt大学Berlin教授.
研究室URL:https://www.projekte.hu-berlin.de/en/larkum
© 2017 高橋直矢・Matthew E. Larkum Licensed under CC 表示 2.1 日本