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霊長類における物体の知覚から物体の価値への情報変換の光遺伝学的な手法による解明

田村啓太・宮下保司
(東京大学大学院医学系研究科 生理学)
email:田村啓太宮下保司
DOI: 10.7875/first.author.2017.098

Conversion of object identity to object-general semantic value in the primate temporal cortex.
Keita Tamura, Masaki Takeda, Rieko Setsuie, Tadashi Tsubota, Toshiyuki Hirabayashi, Kentaro Miyamoto, Yasushi Miyashita
Science, 357, 687-692 (2017)




要 約


 物体の物理的な形状は,視覚の腹側経路において解析されたのち,最終的に側頭葉の嗅周野へと入力され,そこで物体を記憶したニューロンが形成される.筆者らは,マカクサルに光遺伝学的な手法による刺激および電気刺激を適用し,嗅周野のニューロンからの出力が記憶の判断にどのように結びつくのか,因果モデルの導出を試みた.実験においては,サルに事前に複数の物体を記憶させたのち,物体を提示し,見たことがあるかどうかを判断させた.このとき,光遺伝学的な刺激により嗅周野からの出力を担うニューロンを選択的に活性化すると,サルは記憶させた物体あるいは新規の物体のどちらを提示されても“見たことがある”と判断し,この効果は活性化されたニューロンが物体の記憶を保持するかどうかに依存せずに現われた.一方,電気刺激により出力を抑制するニューロンも含めて活性化すると,ニューロンが物体の記憶を保持するかどうかに依存して,それぞれ,“見たことがある”“見たことがない”という相反する判断が増加した.これらの結果から,嗅周野は“記憶にある”という物体の物理的ではない特徴の情報を出力しており,物体を見たとき,その物体を記憶したニューロンが嗅周野に存在し反応するかにより出力が増減することで記憶の有無が判断される,というモデルが導出された.

はじめに


 ヒトは他人や物体を目にするたび,それが安全か危険か,友好的か敵対的か,美味しいかマズいか,あるいは,見たことがないからわからない,といった自らの経験や嗜好にもとづく価値判断をくり返す.この能力は,健康を保ち良好な社会生活をおくるために必須であるとともに,なじみの物へのこだわりや目新しさへの興味から物事を追及するというヒトにおいて高度に発達した性質とも深くかかわる.網膜から入力された物体の情報は,物体の識別のため視覚の腹側経路においてその形状が解析され,最終的に側頭葉の嗅周野へと入力される.嗅周野は,その機能を喪失した際の症状から,物体の知覚的な識別や物体の記憶に関与することが知られている1,2).さらに,嗅周野のニューロンは学習により特定の物体に対する反応選択性を獲得することも明らかにされている3,4).これらの知見から,嗅周野は物体の価値の判断においてなんらかの機能を担うものと推察されるが,嗅周野の神経活動からどのような情報が読みだされ行動に結びつくのか,その因果的なつながりについては明らかではなかった.
 嗅周野はその機能構築に特徴があり,近接したニューロンが選択的に反応する物体は互いにまったく似ていない3).この点が,近接するニューロンが共通の視覚刺激に対して反応する低次の視覚野5) とはきわだって異なる.この特異な機能構築から,嗅周野は物体の形状に関する情報を視覚野から中継し出力するだけなのか,あるいは,嗅周野のニューロンのあいだで共通したなんらかの情報,たとえば,“記憶した”という事実に関する情報も同時に出力するのではないか,という問題が生起する.もし,嗅周野のニューロンの神経活動を実験的に活性化して提示された物体を見たことがあるかどうか判断させたとすると,嗅周野が物体の形状の情報を中継し出力するだけならば,まったく異なる物体が同時に知覚されて“見たことがない”と判断されたり,撹乱されて正常な判断ができなかったりすると予想される.一方,嗅周野のニューロンのあいだで共通する“記憶した”という情報も同時に出力されるならば,提示された物体を“見たことがある”と判断すると予想される.
 筆者らは,霊長類において,神経活動と行動との関係を定量的に調べることのできる心理物理学的な手法6,7) と,特定の種類のニューロンの神経活動を選択的に操作することのできる光遺伝学的な手法8,9) とを組み合わせ,嗅周野のニューロンからの出力が行動へあたえる因果的なインパクトを解析することによりこの問題の解明を試みた.

1.親近性あるいは新奇性の判断課題および嗅周野における神経活動


 マカクサルに20~30個の物体の画像をくり返し提示し,十分に記憶させた.そして,記憶させた物体の画像,あるいは,新規の物体の画像を1つ提示し,それを見たことがあるかないか,すなわち,物体のもっとも基本的な価値である親近性あるいは新奇性を判断する課題を遂行させた(図1a).記憶させた物体はそれぞれ40~60試行に1回,6000個の新規の物体はそれぞれ12,000試行に1回の頻度で提示した.物体の画像に異なる濃度のノイズを付加することにより6),画像のもつ情報量を試行ごとに変え,異なる情報量における判断の程度を定量化した6,7)図1b).この課題を遂行するときの嗅周野における神経活動を電気生理学的に測定することにより10),物体の記憶および課題の遂行に関与する多数のニューロンを同定した.これらのニューロンは記憶させた特定の物体に対し強く反応し,画像のもつ情報量が少なくなると反応の大きさは減少したが,どの物体に対し反応するかという反応選択性は画像の情報量が少なくなっても維持された.このことから,視覚情報の少ない条件においても嗅周野のニューロンは記憶した物体に関する情報を保持し,親近性あるいは新奇性の判断に関与することが示された.




2.嗅周野における光遺伝学的な手法による神経活動の操作


 マカクサルの嗅周野にアデノ随伴ウイルスベクターを注入することにより,光作動性の陽イオンチャネルChR2-EYFP 9) をコードする遺伝子を導入した(図2).このとき,出力を担う興奮性のニューロンにおいて選択的にChR2-EYFPを発現させるため,選択的な遺伝子プロモーターを用いて設計されたベクターを使用した11).注入から約3週間後に,筆者らの研究室において開発された,光学的な測定および電気生理学的な測定のためのプローブであるガラス被覆オプトロード8) を嗅周野に刺入し,in vivo光ファイバー蛍光計測法8) によりChR2-EYFPの発現量を測定した.その結果,ベクターを注入した部位の付近において,ベクターを注入していない部位の約20倍の蛍光のピークが観察された.同一の個体の脳を組織学的に解析した結果,in vivoにおいて観察された蛍光のピークは組織切片におけるChR2-EYFPの発現パターンと一致した.これにより,in vivo光ファイバー蛍光計測法により生存した動物においてChR2-EYFPの発現の状況を正確に観察できることが確認された.さらに,免疫組織化学染色法により,ChR2-EYFPは出力を担う興奮性のニューロンに選択的に発現していることが確認された.また,光の照射に対するニューロンの応答をガラス被覆オプトロードにより電気生理学的に測定した8).その結果,ChR2-EYFPの最適波長である波長473 nmのレーザー光による短パルス高頻度の刺激に対し,平均約100 Hzの頻度でスパイク発火の起こることが確認された.in vivo光ファイバー蛍光計測法と電気生理学的な神経活動の測定により事前にすべてのサルにおいてChR2-EYFPの発現の状況が時空間的に把握されたことから,安定した条件において光遺伝学的な手法により神経活動を操作することができた.




3.嗅周野の光遺伝学的な刺激による親近性あるいは新奇性の判断の変化


 親近性あるいは新奇性の判断課題のランダムに選ばれた半数の試行において,画像の提示の開始から判断までの期間に波長473 nmのレーザー光による短パルス高頻度の刺激によりChR2-EYFPを発現させたニューロンにおいてスパイク発火を増加させた(図1a).その結果,記憶させた物体を提示した試行,あるいは,新規の物体を提示した試行のいずれにおいても“見たことがある”という判断が増加した.画像の情報量と光遺伝学的な刺激の有無によりサルの判断がどう変わったかをロジスティック回帰分析したところ6,7),全73回の実験のうち36回において刺激によりサルの判断が有意に変化したことがわかり,その36回の変化はすべて“見たことがある”という判断の増加であった.一方,ChR2-EYFPへの効果のごく小さい波長594 nmのレーザー光9) により刺激した場合,あるいは,EYFPのみを発現させ波長473 nmのレーザー光により刺激した場合にはサルの判断は変化せず,光遺伝学的な刺激の効果は光の照射による加熱など非選択的な影響によるものではないことが確認された.これらの結果から,嗅周野のニューロンは目にした物体を“見たことがある”と判断させる情報を出力することが明らかにされた.

4.嗅周野のニューロンの保持する物体の記憶と刺激の効果との関係


 嗅周野の刺激による効果が,刺激されるニューロンが物体の記憶を保持するかどうかとどのような関係にあるのかを解析した.神経活動の空間分布を解析した結果,物体の長期記憶を保持し記憶させた物体に強く反応するニューロンは嗅周野の前方にクラスター状に分布していた.それに対し,その後方では記憶させた物体への反応は弱かった.そこで,嗅周野からの出力を担うニューロンを選択的に活性化する光遺伝学的な刺激の効果を解析した.その結果,記憶を保持する前方,あるいは,保持しない後方のどちらのニューロンを刺激した場合にも“見たことがある”という判断が同じ程度に増加することがわかった.さらに,出力を抑制するニューロンも含めて活性化する電気刺激の効果を同様に解析した.その結果,物体の記憶を保持する前方を電気刺激した場合には“見たことがある”という判断が光遺伝学的な刺激による場合と同じ程度に増加したが,物体の記憶を保持しない後方を電気刺激した場合には反対に“見たことがない”という判断が増加した.これらの結果から,嗅周野のニューロンは個別の物体の記憶そのものとは異なる“記憶にある”という情報を出力することが示された.さらに,嗅周野の神経回路により“見たことがある”あるいは“見たことがない”という相反する判断をひき起こすような情報処理および出力が行われることが示唆された.

おわりに


 この研究において,霊長類に心理物理学的な手法および光遺伝学的な手法を適用することにより,物体に関する親近性あるいは新奇性の判断は嗅周野のニューロンの神経活動により決まることがはじめて因果的に証明された.光遺伝学的な刺激による“見たことがある”と判断させる効果は,刺激されるニューロンが物体の記憶を保持しているかどうかにかかわらず現われた.この結果から,嗅周野のニューロンは物体の物理的な特徴だけではなく“記憶にある”という情報,すなわち,物体の物理的ではない特徴の情報も出力することが示された.
 筆者らは,光遺伝学的な刺激と電気刺激との比較から,嗅周野の機能に関するモデルとして,抑制性のニューロンを含む嗅周野の神経回路により物体の物理的な特徴が解析および識別され,その結果として出力される情報にもとづき親近性あるいは新奇性が判断されるというモデルを提唱する.このモデルにおいては,物体を見たとき,それが記憶にある,すなわち,嗅周野のニューロンに保存されている場合にはそのニューロンがスパイク発火して“記憶にある”という情報が出力され,その出力が一定の閾値をこえると“見たことがある”と判断される.逆に,物体が記憶にない,すなわち,嗅周野のニューロンに保存されていない場合には嗅周野からの出力は増加せず閾値をこえないため“見たことがない”と判断される.この嗅周野の機能モデルは,われわれヒトが目にはいる情報の価値を経験や嗜好にもとづいて主観的に評価し行動する機構の理解にもつながると考えられる.
 さらに,この研究においては,物理的な刺激への反応選択性がまったく異なる近接したニューロンの集団が共通して,刺激の物理的ではない特徴の情報を出力することが示された.この性質は,外部からの刺激の価値,意味,関連性など抽象度の高い情報にもとづきなりたつ自己認識や思考のような認知機能12) が実現されるための,一般的な神経回路の構築原理である可能性も示唆される.今回,霊長類の認知機能を光遺伝学的な手法により解析するパラダイムが確立されたことにより,今後,こうしたさまざまな高次認知機能の神経原理がニューロンあるいは神経回路のレベルから深く明らかにされると期待される.

文 献



  1. Buckley, M. J. & Gaffan, D.: Perirhinal cortex ablation impairs visual object identification. J. Neurosci., 18, 2268-2275 (1998)[PubMed]

  2. Meunier, M., Bachevalier, J., Mishkin, M. et al.: Effects on visual recognition of combined and separate ablations of the entorhinal and perirhinal cortex in rhesus-monkeys. J. Neurosci., 13, 5418-5432 (1993)[PubMed]

  3. Miyashita, Y.: Neuronal correlate of visual associative long-term memory in the primate temporal cortex. Nature, 335, 817-820 (1988)[PubMed]

  4. Miyashita, Y.: Cognitive memory: cellular and network machineries and their top-down control. Science, 306, 435-440 (2004)[PubMed]

  5. Maunsell, J. H. & Newsome, W. T.: Visual processing in monkey extrastriate cortex. Annu. Rev. Neurosci., 10, 363-401 (1987)[PubMed]

  6. Salzman, C. D., Britten, K. H. & Newsome, W. T.: Cortical microstimulation influences perceptual judgements of motion direction. Nature, 346, 174-177 (1990)[PubMed]

  7. Afraz, S. R., Kiani, R. & Esteky, H.: Microstimulation of inferotemporal cortex influences face categorization. Nature, 442, 692-695 (2006)[PubMed]

  8. Tamura, K., Ohashi, Y., Tsubota, T. et al.: A glass-coated tungsten microelectrode enclosing optical fibers for optogenetic exploration in primate deep brain structures. J. Neurosci. Methods, 211, 49-57 (2012)[PubMed]

  9. Mattis, J., Tye, K. M., Ferenczi, E. A. et al.: Principles for applying optogenetic tools derived from direct comparative analysis of microbial opsins. Nat. Methods, 9, 159-172 (2012)[PubMed]

  10. Hirabayashi, T., Takeuchi, D., Tamura, K. et al.: Microcircuits for hierarchical elaboration of object coding across primate temporal areas. Science, 341, 191-195 (2013)[PubMed]

  11. Lee, J. H., Durand, R., Gradinaru, V. et al.: Global and local fMRI signals driven by neurons defined optogenetically by type and wiring. Nature, 465, 788-792 (2010)[PubMed]

  12. Miyamoto, K., Osada, T., Setsuie, R. et al.: Causal neural network of metamemory for retrospection in primates. Science, 355, 188-193 (2017)[PubMed] [新着論文レビュー]


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著者プロフィール


田村 啓太(Keita Tamura)
略歴:2014年 東京大学大学院医学系研究科にて博士号取得,同 助教を経て,2016年よりスイスFederal Institute of Technology Lausanne博士研究員.
研究テーマ:規則性を理解し適応的に行動する神経原理.
抱負:独自の洞察を磨いて,いっけん無謀な挑戦を成功させたい.

宮下 保司(Yasushi Miyashita)
順天堂大学大学院医学研究科 特任教授.
研究室URL:http://www.physiol.m.u-tokyo.ac.jp/

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