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分裂期染色体をつくるためにヌクレオソームは本当に必須なのか?

新冨圭史・平野達也
(理化学研究所 平野染色体ダイナミクス研究室)
email:新冨圭史
DOI: 10.7875/first.author.2017.059

Mitotic chromosome assembly despite nucleosome depletion in Xenopus egg extracts.
Keishi Shintomi, Fukashi Inoue, Hiroshi Watanabe, Keita Ohsumi, Miho Ohsugi, Tatsuya Hirano
Science, 356, 1284-1287 (2017)




要 約


 分裂期染色体の構築は複製されたゲノムDNAを娘細胞に正確に分配するために必須の過程である.これまで,染色体はヌクレオソームの形成を出発点とするクロマチン繊維の階層的な折りたたみの産物であると考えられてきた.しかし,染色体をつくるためにヌクレオソームは本当に必須なのであろうか? 筆者らは,この根源的な疑問を解くため,アフリカツメガエルの卵抽出液とマウスの精子核とを組み合わせて試験管内で染色体の構築を再現する新しい無細胞系を確立した.その結果,ヒストンシャペロンAsf1を除去した卵抽出液を用いると,ヌクレオソームが形成されないにもかかわらず染色体によく似た構造がつくられることを見い出した.このヌクレオソームを欠く染色体様の構造は,コンデンシンが集積した軸構造をもつものの,通常のヌクレオソームを含む染色体と比べ凝縮の程度が低く脆弱であった.さらに,コンデンシンおよびヌクレオソームを単独あるいは同時に除去する実験をつうじて,コンデンシンとヌクレオソームの機能的な相互作用に関する知見が得られた.

はじめに


 真核生物のクロマチンは細胞周期の進行,発生や分化に応じて形態をさまざまに変化させる.なかでも,もっともダイナミックな変化である分裂期染色体の構築は,遺伝情報の正確な分配のために不可欠な過程である.この過程は光学顕微鏡を用いて容易に観察できることもあり,1世紀以上もまえから多くの科学者の興味をひきつけてきた.しかし,その背景にある分子機構が明らかにされはじめたのはこの20年あまりのことである.
 そのきっかけとなったのは,コンデンシンとよばれるタンパク質複合体の発見であった.コンデンシンは分裂期染色体に含まれる主要なタンパク質として最初に同定され1,2),今日では,さまざまな生物において染色体の構築に中心的な役割をはたすことが示されている3,4).一方,染色体にもっとも多く含まれるタンパク質はコアヒストンである1,5).しかし,コアヒストンによるヌクレオソームの形成は染色体を構築するための前提条件なのか,もしそうならどのように貢献するのか,という問題は,これまで,意外にも検討されてこなかった.その要因のひとつとして,染色体に含まれるヒストンを自在に操作する実験系がなかったことがあげられる.たとえば,アフリカツメガエルの卵抽出液を用いた染色体の構築の無細胞系においても,従来のプロトコールにおいて基質として用いていたアフリカツメガエルの精子核はもともとヒストンH3およびヒストンH4を含むため,これらを人工的に操作することは困難であった.そこで,筆者らは,はじめからヒストンをほとんど含まないマウスの精子核6) をアフリカツメガエルの卵抽出液の無細胞系に導入することを考えた.

1.マウスの精子核を基質としてアフリカツメガエルの卵抽出液のなかで染色体をつくる


 マウスの精子核の調製法を確立した.マウスの精子から核の含まれる頭部を分離し,界面活性剤により細胞膜や核膜の透過性を高めた.アフリカツメガエルの精子核とは異なり,マウスの精子核に含まれるプロタミンは多くのシステイン残基をもちジスルフィド結合により架橋されている.そこで,卵抽出液のなかで精子のDNAからプロタミンを解離させるためには,あらかじめ還元剤で処理することによりジスルフィド結合を解離しておく必要があった.
 このようにして調製したマウスの精子核をアフリカツメガエルの卵抽出液とインキュベーションしたところ,1~2分間でプロタミンがはずれ,コンパクトな形状をしていた核が膨潤した.こののち,コンデンシンがDNAと結合しはじめるのにともない,細い繊維状の構造がからまりあった形態へと変化した.さらに数十分たつと,ヒストンがDNAに取り込まれ,しだいに繊維状の構造は太くなると同時に相互のからまりも解消された.そして,2~3時間のちには棒状の染色体が観察された.このようにして無細胞系でつくられた染色体は,マウスの染色体に特徴的なアクロセントリック構造(セントロメアが一方のテロメアに近接した構造)を示した.また,マウスの精子核を用いた新しいプロトコールにおいても,アフリカツメガエルの精子核を用いた従来のプロトコールと同様に,コンデンシンが染色体の構築に不可欠であることが確かめられた.

2.ヌクレオソームがなくても染色体の軸構造がつくられる


 新たに確立した無細胞系を用いて染色体の構築に対するヌクレオソームの必要性を検討するためには,もうひとつ解決すべき問題が残されていた.コアヒストンはアフリカツメガエル卵の抽出液に数μMにもおよぶ高濃度で存在しており,それらをすべて除去することは不可能とはいえないまでもきわめてむずかしい7).そこで,卵抽出液から精子のDNAへのヒストンの供給を遮断するというアイディアを試みた.これまでの報告によると,Asf1というヒストンシャペロンがヒストンH3およびヒストンH4の供給において中心的な役割をはたすと予想されていたので8),卵抽出液に含まれるAsf1を除去するという戦略を採用した.
 独自に作製した抗Asf1抗体を用いて卵抽出液からAsf1を完全に除去した.このAsf1を除去した卵抽出液とマウスの精子核をインキュベーションしたところ,染色体に似た構造が観察された.この構造においてコアヒストン(および,リンカーヒストン)の取り込みがいちじるしく抑制されていることは,免疫蛍光染色法および生化学的な解析により確認された.ミクロコッカスヌクレアーゼによる消化によっても,ヌクレオソームにより保護されるDNAの断片は検出されなかった.この“ヌクレオソームを欠く”染色体様の構造をさらに注意深く観察すると,DAPIにより強く染色される明確な軸構造をもつものの,その周囲のループ領域には凝縮度の低いDNAが広がっていた(図1,左上および左下).さらに,ヌクレオソームを含む通常の染色体と比べると高い頻度でDNAに損傷が生じており,染色体が構築されたのち外部から添加されたヌクレアーゼに対し高い感受性を示した.すなわち,ヌクレオソームを欠く染色体様の構造は脆弱であった.




3.染色体の構築においてはヌクレオソームとコンデンシンの機能的な相互作用が重要である


 染色体の構築においてヌクレオソームとコンデンシンの機能がどのように関連するかを理解するため,染色体の軸構造に注目した.アフリカツメガエルを含むほとんどの真核生物には2種類のコンデンシン,コンデンシンIおよびコンデンシンIIが存在する3,4).無細胞系において形成された通常のヌクレオソームを含む染色体においては,コンデンシンIとコンデンシンIIはともに染色体の軸構造にそって局在し,とくに,コンデンシンIIはより中心に近い領域に集積した(図1,左上).それに対し,Asf1を除去してヌクレオソームの形成を抑制したときには,コンデンシンIIはもっぱら軸構造に局在したが,コンデンシンIは軸構造およびループ領域の両方に観察された(図1,左下).さらに,コンデンシンIを単独,あるいは,Asf1と同時に除去すると,ループ領域の凝縮の程度が段階的に低下したが,コンデンシンIIは依然として軸構造にのみ観察された(図1,中上および中下).したがって,コンデンシンIIによる軸構造の形成はヌクレオソームに依存しないと考えられた.一方,コンデンシンIIのみを除去しても軸構造がジグザグになるというわずかな影響しかみられなかった(図1,右上)のとは対照的に,Asf1およびコンデンシンIIを同時に除去すると,コンデンシンIの軸構造への局在はおろか,明確な染色体の構造が観察されなくなった(図1,右下).これらの結果から,ループ領域の凝縮はおもにコンデンシンIにより促進されており,その前提条件としてヌクレオソームが形成されている必要があると考えられた.また,コンデンシンIIによる軸構造の形成もコンデンシンIの適切な作用をたすける役割をもつことが示唆された.このように,ヌクレオソームとコンデンシンIおよびコンデンシンIIはそれぞれ異なる役割をはたしながらも機能的に相互作用しており,協調的な効果をもたらすネットワークを形成しているらしい(図2).近年,筆者らは,精製したタンパク質を用いた染色体の再構成系を確立し,ヌクレオソームがコンデンシンIを効果的に機能させるための基盤となることを示した9)新着論文レビュー でも掲載).この結果も,機能的な相互作用のモデルにうまくあてはまった.




4.ヌクレオソームは必須ではないのか?


 この研究においてもっとも驚きだったのは,ヌクレオソームの形成を抑制した条件においてもコンデンシンに依存して染色体とよく似た構造を構築することができるという観察であった.しかし,進化の視点からみたとき,この観察はあまり抵抗なく受け入れられるように思われた.原核生物にはヒストンは存在しないが,コンデンシンは存在し核様体の構築および分配に重要な役割をはたす3,4).すなわち,ヌクレオソームがなくても,コンデンシンが中心となってゲノムをうまく折りたたむしくみは,現存する生物のなかにすでに例があるのだ.
 ここで,“分裂期染色体をつくるためにヌクレオソームは本当に必須なのか?”というタイトルの問いにもどる.現時点では,ヌクレオソームがなくても染色体とよく似た構造をつくことができる,と答えるのが正確だろう.今後,ヌクレオソームが分裂期染色体の機能におよぼす影響を精査することにより,より正確な解答に近づくことができるはずである.たとえば,ヌクレオソームを欠いた染色体においても機能的な動原体やテロメアは形成されるのか,ヌクレオソームを欠いた染色体は娘細胞への分配の際に必要な物理的な強度もつのか,という問題は検討すべき課題だろう.

おわりに


 ヒトの分裂期染色体の長さは平均するとせいぜい5μmであるのに対し,そこに収納されるゲノムDNAの長さは5 cmにもおよぶ.この事実をまえにすると,どのようなしくみにより長いDNAが小さな染色体のなかに折りたたまれるのかという疑問が生じる.教科書にはヌクレオソームから染色体にいたるまでのクロマチン構造の階層性を示した“予想図”がよく掲載されているが,そうした階層構造のひとつとして想定されていた30 nmファイバーは細胞には存在しないのではないかいう疑義も提出されている10).この研究により,さらに一歩ふみ込んで,もっとも基本的な構造であるヌクレオソームがなくてもある程度の高次の折りたたみが実現されることが明らかにされた.20年まえまでは,分裂期染色体の構築がどれだけ複雑な過程であるか見当もつかなかった,しかしいま,筆者らは,精製したタンパク質による染色体の再構成系9) を駆使して必要最小限なタンパク質の同定に成功したばかりでなく,それを補完する無細胞系の新たな可能性を提示するにいたった.生物学に残された大きな謎を解くための準備は着実に整いつつあるといえるだろう.

文 献



  1. Hirano, T. & Mitchison, T. J.: A heterodimeric coiled-coil protein required for mitotic chromosome condensation in vitro. Cell, 79, 449-458 (1994)[PubMed]

  2. Hirano, T., Kobayashi, R. & Hirano, M.: Condensins, chromosome condensation protein complexes containing XCAP-C, XCAP-E and a Xenopus homolog of the Drosophila Barren protein. Cell, 89, 511-521 (1997)[PubMed]

  3. Hirano, T.: Condensin-based chromosome organization from bacteria to vertebrates. Cell, 164, 847-857 (2016)[PubMed]

  4. Uhlmann, F.: SMC complexes: from DNA to chromosomes. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 17, 399-412 (2016)[PubMed]

  5. Ohta, S., Bukowski-Wills, J. C., Sanchez-Pulido, L. et al.: The protein composition of mitotic chromosomes determined using multiclassifier combinatorial proteomics. Cell, 142, 810-821 (2010)[PubMed]

  6. Brykczynska, U., Hisano, M., Erkek, S. et al.: Repressive and active histone methylation mark distinct promoters in human and mouse spermatozoa. Nat. Struct. Mol. Biol., 17, 679-687 (2010)[PubMed]

  7. Zierhut, C., Jenness, C., Kimura, H. et al.: Nucleosomal regulation of chromatin composition and nuclear assembly revealed by histone depletion. Nat. Struct. Mol. Biol., 21, 617-625 (2014)[PubMed]

  8. Ray-Gallet, D., Quivy, J. P., Sillje, H. W. et al.: The histone chaperone Asf1 is dispensable for direct de novo histone deposition in Xenopus egg extracts. Chromosoma, 116, 487-496 (2007)[PubMed]

  9. Shintomi, K., Takahashi, T. S., & Hirano, T.: Reconstitution of mitotic chromatids with aminimum set of purified factors. Nat. Cell Biol., 17, 1014-1023 (2015)[PubMed] [新着論文レビュー]

  10. Nishino, Y., Eltsov, M., Joti, Y. et al.: Human mitotic chromosomes consist predominantly of irregularly folded nucleosome fibres without a 30-nm chromatin structure. EMBO J., 31, 1644-1653 (2012)[PubMed]


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著者プロフィール


新冨 圭史(Keishi Shintomi)
略歴:2005年 東京工業大学大学院生命理工学研究科 修了,同年 米国Cold Spring Harbor Laboratoryポスドク,2007年 理化学研究所 ポスドクを経て,2011年より同 研究員.
研究テーマ:クロマチンにおいて起こるイベントの分子解剖および再構成.
関心事:アフリカツメガエルの卵抽出液を用いた研究の今後.

平野 達也(Tatsuya Hirano)
理化学研究所 主任研究員.
研究室URL:http://www.riken.jp/chromdyna/

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