NotumはWntを脱アシル化することによりWntシグナルを阻害する
角川 学士
(英国MRC National Institute for Medical Research,Developmental Biology)
email:角川学士
DOI: 10.7875/first.author.2015.036
Notum deacylates Wnt proteins to suppress signalling activity.
Satoshi Kakugawa, Paul F. Langton, Matthias Zebisch, Steven A. Howell, Tao-Hsin Chang, Yan Liu, Ten Feizi, Ganka Bineva, Nicola O’Reilly, Ambrosius P. Snijders, E. Yvonne Jones, Jean-Paul Vincent
Nature, 519, 187-192 (2015)
Wntシグナルは生体における正常な発達や組織の恒常性の維持に不可欠であり,その異常はがんなどさまざまな疾患をひき起こす.Notumは多くの生物種において保存されているWntシグナルの分泌型のフィードバック阻害タンパク質である.これまで,NotumはホスホリパーゼでありGlypicanのもつGPIアンカーを切断することによりGlypicanとWntとの複合体を細胞の表面からひき離すと考えられてきた.しかし,NotumはWntシグナルを特異的に阻害するのに対し,Glypicanはさまざまな細胞外のシグナルタンパク質と相互作用しそのシグナルを制御していることから,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.今回,筆者らは,ショウジョウバエの系を用いて,NotumはGlypicanを利用してWntシグナルを阻害するが,GPIアンカーは切断しないことを示した.また,ヒトのNotumの構造解析により,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖との結合部位をもつこと,および,その活性部位にパルミトレイン酸を収容できることが明らかにされた.さらに,酵素学的な手法および質量分析法により,NotumはWntシグナルの活性に不可欠なWntのもつパルミトオレオイル基を加水分解により除去するカルボキシルエステラーゼであることが示された.この研究により,分泌型のタンパク質脱アシル化酵素がはじめて同定された.
生体におけるさまざまなシグナルの制御においてフィードバック阻害機構は重要であり,Wntシグナルにおいてもいくつかのフィードバック阻害タンパク質が同定されている.たとえば,Dkkファミリータンパク質はWntの共受容体であるLrp5/6の細胞外ドメインと結合してWntシグナルを阻害するが,Wif1やSfrpはWntと直接に結合することによりWntシグナルを阻害する.また,Tikiは膜結合型プロテアーゼであり,WntのN末端を切断することによりWntシグナルを阻害する.Notumもまた加水分解酵素であるが1,2),細胞外マトリックスを構成するヘパラン硫酸プロテオグリカンであるGlypicanに対し作用すると考えられてきた1,3,4).
Notumのオーソログはプラナリアからヒトまで後生動物において保存されており,その活性部位にα/βヒドロラーゼに特徴的な触媒3残基Ser-His-Aspをもつ.アミノ酸配列の解析により植物に由来するペクチンアセチルエステラーゼと類似していたことから,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖を加水分解することによりGlypicanとWntとの相互作用を減弱させWntシグナルを阻害すると考えられた1).つづいて,NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断することによりGlypicanを細胞の表面から切り離すことが報告された3).現在まで,NotumはGPIアンカーに特異的なホスホリパーゼと考えられている4)(図1).しかし,GlypicanはWntシグナルのほかにもTGFβシグナルやHedgehogシグナルを制御しているため,NotumがGlypicanを細胞の表面から切り離した場合,これらのシグナルも影響をうけることが想像された.しかし,これまでの研究から,NotumはWntシグナルにより発現が誘導され,逆に,Wntシグナルを特異的に阻害するフィードバック阻害タンパク質であることがわかっている5-7).このGlypicanのさまざまなシグナルにわたる役割と,NotumによるWntシグナルに特異的な阻害との矛盾を解決するため,Notumの機能について解析した.
Notumの特異性を調べるため,ショウジョウバエの羽の成虫原基を用いて解析したところ,予想どおり,Notumの過剰発現はWingless(ショウジョウバエのWnt)シグナルの標的遺伝子であるsenseless遺伝子の発現を抑制した.一方で,Hedgehogシグナルの標的遺伝子であるpatched遺伝子の発現やDpp(ショウジョウバエのBMP)シグナルには影響しなかった.また,Notumをノックアウトしたショウジョウバエにおいてはsenseless遺伝子の発現の上昇がみられたが,HedgehogシグナルあるいはDppシグナルに対する影響はみられなかった.しかし,これまでの多くの研究から,GlypicanがHedgehogシグナルおよびDppシグナルに関与していることがわかっていたことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではない可能性が示唆された.
Notumは膜結合型に改変したWingless 2) によるシグナルも阻害したことは,NotumがGlypicanのGPIアンカーを切断しWinglessを細胞からひき離すというこれまでのモデル(図1)とは矛盾した.また,ショウジョウバエのもつ2つのGlypican,DallyおよびDlpをノックアウトしてもsenseless遺伝子の発現には影響はなかったことからも,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.膜タンパク質の分画実験において,細菌に由来するGPIアンカーを特異的に切断するホスファチジルイノシトールホスホリパーゼCの処理によりGlypicanはほとんどすべて親水相に移動したのに対し,Notumにより処理してもこの変化はみられなかった.以上のことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではないことが明らかにされた.
NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断するのではないことがわかったが,多くの研究から,notum遺伝子とdlp遺伝子あるいはdally遺伝子とのあいだの相互作用が示唆されていた.そこで,NotumのWinglessシグナルの阻害におけるDallyおよびDlpの役割について解析した.DallyあるいはDlpをノックアウトしたショウジョウバエの羽の成虫原基において,Notumを過剰発現させてもsenseless遺伝子の発現は阻害されなかった.このことから,NotumによるWinglessシグナルの阻害にはGlypicanが必要であることがわかった.
Glypicanの構造的な特徴のひとつにヘパラン硫酸鎖があるが,ヘパラン硫酸鎖の硫酸化にはN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼであるSulfatelesが必要である.RNAi法によりSulfatelesをノックダウンした細胞にはNotumを過剰発現させてもNotumは局在できないこと,したがって,Notumはsenseless遺伝子の発現を阻害できないことがわかった.このことから,Glypicanのもつヘパラン硫酸鎖は,Notumが細胞の表面に局在しWinglessシグナルを阻害するのに必要であることが明らかにされた.さらに,グリカンアレイおよび表面プラズモン共鳴法による解析から,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖と結合することが確認された.
Notumの標的となる分子を同定するため,ヒトのNotumのX線結晶構造解析を行った.アミノ酸配列からの予測どおり,Notumの構造はα/βヒドロラーゼフォールドをもち,その活性部位には触媒3残基(Ser232,Asp340,His389)をもつことがわかった.また,7つのヘパラン硫酸鎖との結合部位が同定されたが,いずれも活性部位の触媒3残基から離れた位置に存在したことから,NotumはGlypicanと結合するものの,Glypicanを酵素的に触媒するのではないことが確認された.
α/βヒドロラーゼスーパーファミリーにはプロテアーゼ,リパーゼ,エステラーゼ,デハロゲナーゼなどが含まれる.Notumの構造とほかのα/βヒドロラーゼの構造とを比較したところ,ヒトのエステラーゼDおよびアシルプロテインチオエステラーゼ1と弱いながらも相同性がみられたことから,Notumがカルボキシルエステラーゼであることが示唆された.加水分解により生じるp-ニトロフェノールの発色を指標として酵素反応を解析したところ,Notumはカルボキシルエステラーゼの基質に対しては高い活性を示したのに対し,ホスファターゼ,ホスホリパーゼC,プロテアーゼの基質に対しては反応を示さなかった.これらの結果より,Notumが分泌型のカルボキシルエステラーゼであることが明らかにされ,Wntシグナルを構成するタンパク質のうちカルボキシルエステル結合をもつものが標的である可能性が示唆された.そのことから,Wntのパルミトオレオイル基に作用するのではないかと考えた8,9).
X線結晶構造解析から,Notumは活性部位に炭素原子16個までの脂肪酸を収容することが可能なことがわかった.炭素数2から16までの直鎖飽和脂肪酸エステルを基質として酵素反応を解析したところ,炭素数8のオクタン酸エステルに対しもっとも高い活性を示した.一方,炭素数16のパルミチン酸エステルにはほとんど活性を示さなかった.炭素数8のオクタン酸エステルを基質とし,さまざまな長さの脂肪酸を用いて競合阻害解析を行ったところ,炭素数8から12の飽和脂肪酸に強い阻害活性がみられたが,それより長い飽和脂肪酸(炭素数14および炭素数16)には強い阻害活性はみられなかった.しかし,cis型1価不飽和脂肪酸であるミリストレイン酸(炭素数14)およびパルミトレイン酸(炭素数16)は強い阻害活性を示した.実際に,Wntに結合しているのはパルミトレイン酸であることから,炭素数14や炭素数16の長鎖脂肪酸でも9-10位にcis型の二重結合が存在すればNotumは加水分解活性をもつ可能性が示唆された.
NotumがWntの脱アシル化を直接に触媒するかどうかを調べるため,精製したWnt3AをNotumにより処理し,液体クロマトグラフィー-質量分析法により解析した.その結果,対照と比べ,パルミトオレオイル基をもたないペプチドのシグナルが増加していることがわかった.
さらに解析を進めるため,Ser209にパルミトレイン酸による修飾をもつWnt3Aペプチドを合成し,野生型のNotum,あるいは,活性部位のSer232をAlaに置換することにより不活性化したNotum変異体により処理し,質量分析法により解析した.活性をもたないNotum変異体により処理したWnt3Aペプチドでは変化がみられなかったのに対し,野生型のNotumにより処理したWnt3Aペプチドにおいてはパルミトレオイル基をもたない脱アシル化されたペプチドが検出された.以上の結果から,NotumはヒトWnt3AのSer209に存在するパルミトレイン酸エステル結合を加水分解するタンパク質脱アシル化酵素であることがわかった.一方,N末端にパルミトイル基をもつヒトのHedgehogペプチドを合成し同様に解析したところ,野生型のNotumあるいは活性をもたないNotum変異体により処理してもパルミトイル基をもつペプチドの量に変化はみられなかった.このことは,遺伝学的な解析により得られた結論と同様に,Notumの活性はWntに対し特異的であることを示していた.
Ser232をAlaに置換したNotum変異体とWntペプチドとの共結晶のX線結晶構造解析から,Wntのもつパルミトオレオイル基が実際にNotumの活性部位に収納されることが明らかにされた.以上のことから,Notumの活性部位は炭素数8および炭素数10の脂肪酸を収容できるが,それより長い脂肪酸の場合は,その位置でcis型の二重結合による“ねじれ”が必要となることが明らかにされた.
この研究において,筆者らは,NotumはWntが受容体に直接に結合するのに必須であるパルミトレオイル基を特異的に切断するタンパク質脱アシル化酵素としてはたらくことによりWntシグナルを阻害することを示した.さらに,Notumの機能にはGlypicanが必要であり,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖と結合することが明らかにされた.また,GlypicanはNotumとWntとが細胞の表面において共局在するための足場としてはたらくことが示唆された(図1).
NotumがWntに対し特異的に作用することが明らかにされたことから,Wntシグナルの異常によりひき起こされるさまざまな疾患に対する,Notumを標的とした治療法の開発が期待される.
略歴:2009年 東京大学大学院医学系研究科 修了,2010年より英国MRC National Institute for Medical Research研究員.
研究テーマ:細胞外マトリックス.
© 2015 角川 学士 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(英国MRC National Institute for Medical Research,Developmental Biology)
email:角川学士
DOI: 10.7875/first.author.2015.036
Notum deacylates Wnt proteins to suppress signalling activity.
Satoshi Kakugawa, Paul F. Langton, Matthias Zebisch, Steven A. Howell, Tao-Hsin Chang, Yan Liu, Ten Feizi, Ganka Bineva, Nicola O’Reilly, Ambrosius P. Snijders, E. Yvonne Jones, Jean-Paul Vincent
Nature, 519, 187-192 (2015)
要 約
Wntシグナルは生体における正常な発達や組織の恒常性の維持に不可欠であり,その異常はがんなどさまざまな疾患をひき起こす.Notumは多くの生物種において保存されているWntシグナルの分泌型のフィードバック阻害タンパク質である.これまで,NotumはホスホリパーゼでありGlypicanのもつGPIアンカーを切断することによりGlypicanとWntとの複合体を細胞の表面からひき離すと考えられてきた.しかし,NotumはWntシグナルを特異的に阻害するのに対し,Glypicanはさまざまな細胞外のシグナルタンパク質と相互作用しそのシグナルを制御していることから,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.今回,筆者らは,ショウジョウバエの系を用いて,NotumはGlypicanを利用してWntシグナルを阻害するが,GPIアンカーは切断しないことを示した.また,ヒトのNotumの構造解析により,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖との結合部位をもつこと,および,その活性部位にパルミトレイン酸を収容できることが明らかにされた.さらに,酵素学的な手法および質量分析法により,NotumはWntシグナルの活性に不可欠なWntのもつパルミトオレオイル基を加水分解により除去するカルボキシルエステラーゼであることが示された.この研究により,分泌型のタンパク質脱アシル化酵素がはじめて同定された.
はじめに
生体におけるさまざまなシグナルの制御においてフィードバック阻害機構は重要であり,Wntシグナルにおいてもいくつかのフィードバック阻害タンパク質が同定されている.たとえば,Dkkファミリータンパク質はWntの共受容体であるLrp5/6の細胞外ドメインと結合してWntシグナルを阻害するが,Wif1やSfrpはWntと直接に結合することによりWntシグナルを阻害する.また,Tikiは膜結合型プロテアーゼであり,WntのN末端を切断することによりWntシグナルを阻害する.Notumもまた加水分解酵素であるが1,2),細胞外マトリックスを構成するヘパラン硫酸プロテオグリカンであるGlypicanに対し作用すると考えられてきた1,3,4).
Notumのオーソログはプラナリアからヒトまで後生動物において保存されており,その活性部位にα/βヒドロラーゼに特徴的な触媒3残基Ser-His-Aspをもつ.アミノ酸配列の解析により植物に由来するペクチンアセチルエステラーゼと類似していたことから,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖を加水分解することによりGlypicanとWntとの相互作用を減弱させWntシグナルを阻害すると考えられた1).つづいて,NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断することによりGlypicanを細胞の表面から切り離すことが報告された3).現在まで,NotumはGPIアンカーに特異的なホスホリパーゼと考えられている4)(図1).しかし,GlypicanはWntシグナルのほかにもTGFβシグナルやHedgehogシグナルを制御しているため,NotumがGlypicanを細胞の表面から切り離した場合,これらのシグナルも影響をうけることが想像された.しかし,これまでの研究から,NotumはWntシグナルにより発現が誘導され,逆に,Wntシグナルを特異的に阻害するフィードバック阻害タンパク質であることがわかっている5-7).このGlypicanのさまざまなシグナルにわたる役割と,NotumによるWntシグナルに特異的な阻害との矛盾を解決するため,Notumの機能について解析した.
1.NotumはWntシグナルを特異的に阻害する
Notumの特異性を調べるため,ショウジョウバエの羽の成虫原基を用いて解析したところ,予想どおり,Notumの過剰発現はWingless(ショウジョウバエのWnt)シグナルの標的遺伝子であるsenseless遺伝子の発現を抑制した.一方で,Hedgehogシグナルの標的遺伝子であるpatched遺伝子の発現やDpp(ショウジョウバエのBMP)シグナルには影響しなかった.また,Notumをノックアウトしたショウジョウバエにおいてはsenseless遺伝子の発現の上昇がみられたが,HedgehogシグナルあるいはDppシグナルに対する影響はみられなかった.しかし,これまでの多くの研究から,GlypicanがHedgehogシグナルおよびDppシグナルに関与していることがわかっていたことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではない可能性が示唆された.
2.NotumはGlypicanのもつGPIアンカーを切断しない
Notumは膜結合型に改変したWingless 2) によるシグナルも阻害したことは,NotumがGlypicanのGPIアンカーを切断しWinglessを細胞からひき離すというこれまでのモデル(図1)とは矛盾した.また,ショウジョウバエのもつ2つのGlypican,DallyおよびDlpをノックアウトしてもsenseless遺伝子の発現には影響はなかったことからも,このモデルとは異なる分子機構が示唆された.膜タンパク質の分画実験において,細菌に由来するGPIアンカーを特異的に切断するホスファチジルイノシトールホスホリパーゼCの処理によりGlypicanはほとんどすべて親水相に移動したのに対し,Notumにより処理してもこの変化はみられなかった.以上のことから,NotumはGlypicanに特異的なホスホリパーゼではないことが明らかにされた.
3.GlypicanはNotumの活性に寄与する
NotumはGlypicanのGPIアンカーを切断するのではないことがわかったが,多くの研究から,notum遺伝子とdlp遺伝子あるいはdally遺伝子とのあいだの相互作用が示唆されていた.そこで,NotumのWinglessシグナルの阻害におけるDallyおよびDlpの役割について解析した.DallyあるいはDlpをノックアウトしたショウジョウバエの羽の成虫原基において,Notumを過剰発現させてもsenseless遺伝子の発現は阻害されなかった.このことから,NotumによるWinglessシグナルの阻害にはGlypicanが必要であることがわかった.
Glypicanの構造的な特徴のひとつにヘパラン硫酸鎖があるが,ヘパラン硫酸鎖の硫酸化にはN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼであるSulfatelesが必要である.RNAi法によりSulfatelesをノックダウンした細胞にはNotumを過剰発現させてもNotumは局在できないこと,したがって,Notumはsenseless遺伝子の発現を阻害できないことがわかった.このことから,Glypicanのもつヘパラン硫酸鎖は,Notumが細胞の表面に局在しWinglessシグナルを阻害するのに必要であることが明らかにされた.さらに,グリカンアレイおよび表面プラズモン共鳴法による解析から,NotumはGlypicanのヘパラン硫酸鎖と結合することが確認された.
4.Notumにおけるヘパラン硫酸鎖との結合部位
Notumの標的となる分子を同定するため,ヒトのNotumのX線結晶構造解析を行った.アミノ酸配列からの予測どおり,Notumの構造はα/βヒドロラーゼフォールドをもち,その活性部位には触媒3残基(Ser232,Asp340,His389)をもつことがわかった.また,7つのヘパラン硫酸鎖との結合部位が同定されたが,いずれも活性部位の触媒3残基から離れた位置に存在したことから,NotumはGlypicanと結合するものの,Glypicanを酵素的に触媒するのではないことが確認された.
5.Notumはカルボキシルエステラーゼ活性をもつ
α/βヒドロラーゼスーパーファミリーにはプロテアーゼ,リパーゼ,エステラーゼ,デハロゲナーゼなどが含まれる.Notumの構造とほかのα/βヒドロラーゼの構造とを比較したところ,ヒトのエステラーゼDおよびアシルプロテインチオエステラーゼ1と弱いながらも相同性がみられたことから,Notumがカルボキシルエステラーゼであることが示唆された.加水分解により生じるp-ニトロフェノールの発色を指標として酵素反応を解析したところ,Notumはカルボキシルエステラーゼの基質に対しては高い活性を示したのに対し,ホスファターゼ,ホスホリパーゼC,プロテアーゼの基質に対しては反応を示さなかった.これらの結果より,Notumが分泌型のカルボキシルエステラーゼであることが明らかにされ,Wntシグナルを構成するタンパク質のうちカルボキシルエステル結合をもつものが標的である可能性が示唆された.そのことから,Wntのパルミトオレオイル基に作用するのではないかと考えた8,9).
X線結晶構造解析から,Notumは活性部位に炭素原子16個までの脂肪酸を収容することが可能なことがわかった.炭素数2から16までの直鎖飽和脂肪酸エステルを基質として酵素反応を解析したところ,炭素数8のオクタン酸エステルに対しもっとも高い活性を示した.一方,炭素数16のパルミチン酸エステルにはほとんど活性を示さなかった.炭素数8のオクタン酸エステルを基質とし,さまざまな長さの脂肪酸を用いて競合阻害解析を行ったところ,炭素数8から12の飽和脂肪酸に強い阻害活性がみられたが,それより長い飽和脂肪酸(炭素数14および炭素数16)には強い阻害活性はみられなかった.しかし,cis型1価不飽和脂肪酸であるミリストレイン酸(炭素数14)およびパルミトレイン酸(炭素数16)は強い阻害活性を示した.実際に,Wntに結合しているのはパルミトレイン酸であることから,炭素数14や炭素数16の長鎖脂肪酸でも9-10位にcis型の二重結合が存在すればNotumは加水分解活性をもつ可能性が示唆された.
6.NotumはWntに対するタンパク質脱アシル化酵素である
NotumがWntの脱アシル化を直接に触媒するかどうかを調べるため,精製したWnt3AをNotumにより処理し,液体クロマトグラフィー-質量分析法により解析した.その結果,対照と比べ,パルミトオレオイル基をもたないペプチドのシグナルが増加していることがわかった.
さらに解析を進めるため,Ser209にパルミトレイン酸による修飾をもつWnt3Aペプチドを合成し,野生型のNotum,あるいは,活性部位のSer232をAlaに置換することにより不活性化したNotum変異体により処理し,質量分析法により解析した.活性をもたないNotum変異体により処理したWnt3Aペプチドでは変化がみられなかったのに対し,野生型のNotumにより処理したWnt3Aペプチドにおいてはパルミトレオイル基をもたない脱アシル化されたペプチドが検出された.以上の結果から,NotumはヒトWnt3AのSer209に存在するパルミトレイン酸エステル結合を加水分解するタンパク質脱アシル化酵素であることがわかった.一方,N末端にパルミトイル基をもつヒトのHedgehogペプチドを合成し同様に解析したところ,野生型のNotumあるいは活性をもたないNotum変異体により処理してもパルミトイル基をもつペプチドの量に変化はみられなかった.このことは,遺伝学的な解析により得られた結論と同様に,Notumの活性はWntに対し特異的であることを示していた.
Ser232をAlaに置換したNotum変異体とWntペプチドとの共結晶のX線結晶構造解析から,Wntのもつパルミトオレオイル基が実際にNotumの活性部位に収納されることが明らかにされた.以上のことから,Notumの活性部位は炭素数8および炭素数10の脂肪酸を収容できるが,それより長い脂肪酸の場合は,その位置でcis型の二重結合による“ねじれ”が必要となることが明らかにされた.
おわりに
この研究において,筆者らは,NotumはWntが受容体に直接に結合するのに必須であるパルミトレオイル基を特異的に切断するタンパク質脱アシル化酵素としてはたらくことによりWntシグナルを阻害することを示した.さらに,Notumの機能にはGlypicanが必要であり,NotumはGlypicanのもつヘパラン硫酸鎖と結合することが明らかにされた.また,GlypicanはNotumとWntとが細胞の表面において共局在するための足場としてはたらくことが示唆された(図1).
NotumがWntに対し特異的に作用することが明らかにされたことから,Wntシグナルの異常によりひき起こされるさまざまな疾患に対する,Notumを標的とした治療法の開発が期待される.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2009年 東京大学大学院医学系研究科 修了,2010年より英国MRC National Institute for Medical Research研究員.
研究テーマ:細胞外マトリックス.
© 2015 角川 学士 Licensed under CC 表示 2.1 日本