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交差反応性を示すヒトの抗体によるマールブルグウイルスの中和の分子機構

橋口隆生・Erica Ollmann Saphire
(米国The Scripps Research Institute,Department of Immunology and Microbial Science)
email:橋口隆生
DOI: 10.7875/first.author.2015.030

Structural basis for Marburg virus neutralization by a cross-reactive human antibody.
Takao Hashiguchi, Marnie L. Fusco, Zachary A. Bornholdt, Jeffrey E. Lee, Andrew I. Flyak, Rei Matsuoka, Daisuke Kohda, Yusuke Yanagi, Michal Hammel, James E. Crowe, Jr., Erica Ollmann Saphire
Cell, 160, 904-912 (2015)




要 約


 マールブルグウイルスおよびエボラウイルスを含むフィロウイルス科のウイルスはウイルス粒子に唯一の糖タンパク質であるGPタンパク質を発現しており,このタンパク質が受容体との結合および細胞への侵入にともなう膜融合を担っている.フィロウイルス科においてGPタンパク質はアミノ酸配列として最大で70%ほど異なっており,これまで,互いに交差反応性を示す抗体は報告されていなかった.今回,筆者らは,マールブルグウイルスおよびエボラウイルスの両方に結合できるヒトの抗体MR78とGPタンパク質との複合体のX線結晶構造を決定した.MR78はフィロウイルス科において高度に保存されているGPタンパク質のある領域を立体的に認識しており,エピトープの場所は受容体であるNPC1との結合部位と一部が重複していると考えられた.実際,MR78はNPC1のドメインCとマールブルグウイルスのGPタンパク質との結合を阻害した.これらのX線結晶構造解析,および,ムチン様ドメインを含むGPタンパク質のX線小角散乱解析から,なぜ,これまでそのような抗体がエボラウイルスへの感染では得られなかったのか,そして,マールブルグウイルスとエボラウイルスにおけるムチン様ドメインの構造配置の違いが中和抗体との反応性の違いにつながることが理解された.

はじめに


 2014年から西アフリカの3カ国を中心に流行が継続しているエボラ出血熱をひき起こすエボラウイルスは,マールブルグウイルスとともにフィロウイルス科に属している1).マールブルグウイルスおよびエボラウイルスはほぼ同様の重篤な症状および高い致死率を示す危険性の非常に高いウイルスである.マールブルグウイルスは,歴史上,人類がはじめて出会ったフィロウイルス科のウイルスとして記載されており,1967年,ヨーロッパにおいて初のアウトブレイクを起こした2,3).その際の記録では,ウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの腎臓細胞の培養に従事した研究者,および,治療にあたった医療関係者の合計32人のうち7名が死亡したと報告されている.マールブルグ出血熱もエボラ出血熱と同様に現在まで複数回の散発的な流行をひき起こしており,2004~2005年にアンゴラにおいて流行したマールブルグウイルスの株は約90%と非常に高い致死率が報告されている4,5).マールブルグウイルスもエボラウイルスも現時点では予防法や治療法が存在しないため,その取り扱いはバイオセーフティーレベル4に限定されている.
 マールブルグウイルスあるいはエボラウイルスが細胞に侵入するにはウイルスの表面に存在する糖タンパク質であるGPタンパク質が細胞の表面に存在する受容体と結合することが必要で,GPタンパク質は細胞への侵入に必須の役割をはたしている.その一方で,GPタンパク質は免疫応答により産生される抗体がウイルスを排除する際におもに攻撃の標的とするタンパク質でもあり,免疫抗原としての重要性という側面ももつ.こうした両面性から,その構造情報は抗ウイルス薬やワクチンの開発に役だつことが期待され,すでに筆者らの研究グループは,エボラウイルスのGPタンパク質の構造を報告している6-8)
 筆者らは,マールブルグ出血熱の生存者に由来するB細胞から複数の抗体を単離し,そのなかにマールブルグウイルスとエボラウイルスの両方に結合できるヒトの抗体が存在することを報告した9).さらに,そのうちのひとつであるMR78という抗体と複合体を形成させることにより,ながらく未解明であったマールブルグウイルスのGPタンパク質のX線結晶構造を決定した.

1.マールブルグウイルスのGPタンパク質のX線結晶構造の決定


 実験をはじめた当初は,GPタンパク質はウェスタンブロッティングをするとレーンの全体が光るほどタンパク質としての性質が悪かったが,構造を形成していない領域を欠失させる,GP1タンパク質とGP2タンパク質に開裂し成熟したタンパク質になる効率を上げる変異を導入する,付加するタグの種類や位置の検討,タンパク質発現系の検討,ウイルス株の検討,複合体として結晶化を促進させるための抗体の検討,タンパク質の限定分解の検討,などをとおして結晶化に適したGPタンパク質のコンストラクト,調製法,抗体との組合せを決定し,最終的に結晶を得ることができた(PDB ID:3X2D).
 マールブルグウイルスとエボラウイルスのGPタンパク質のコア構造を比較すると,同じフィロウイルス科なので基本的な骨格構造は似ていたが,受容体との結合部位の周辺やカテプシン切断部位の周辺など細かな部分は異なっていた.エボラウイルスのGPタンパク質にある受容体との結合部位の周辺のS-S結合がマールブルグウイルスにはなく,アミノ酸の側鎖は逆の方向をむいており,これらのことはマールブルグウイルスとエボラウイルスの受容体との結合の違いに貢献していると考えられた.エボラウイルスもマールブルグウイルスもGPタンパク質はGP1タンパク質とGP2タンパク質に開裂したのち,さらにカテプシンにより切断されることにより受容体と結合できる機能的な状態になる.エボラウイルスの結晶構造においてはカテプシン切断部位の周辺の構造はみえなかったが,マールブルグウイルスの結晶構造においては構造を形成しており,αヘリックス構造がフュージョンループを安定化させる位置にあり,この違いがエボラウイルスとマールブルグウイルスのカテプシンに対する反応性の違いの構造的な要因である可能性が考えられた.また,GPタンパク質の根元の部分もカテプシンに対する反応性に関係しているとされているが,その部分の骨格構造にも大きな違いがあり,糖鎖の付加される位置も異なっていた.

2.マールブルグウイルスのGPタンパク質とMR78との複合体の構造


 MR78のFabフラグメントはマールブルグウイルスのGP1タンパク質の先端外側部分に結合していた.構造的な特徴として,MR78は長い相補性決定領域H3ループをもち,このループがGP1タンパク質のポケット部位に入り込んで鍵と鍵穴のような状態で結合していた.エピトープにかかわるアミノ酸残基はフィロウイルス科の全般において高度に保存されていた.そこで,ELISA法によりエボラウイルスのGPタンパク質との結合能について調べたところ,MR78はエボラウイルスおよびマールブルグウイルスに交差反応性を示すことが確認された.また,MR78はマールブルグウイルスのGPタンパク質と受容体NPC1のドメインCとの結合を完全に阻害することも明らかにされた.低分解能ながらMR78がエボラウイルスGPタンパク質と結合している結晶構造も得られ,MR78はマールブルグウイルスおよびエボラウイルスのGPタンパク質の同じ部位に結合することが確認された.MR78はエボラウイルスのGPタンパク質と受容体NPC1のドメインCとの結合を阻害できなかったことから,たんにMR78の結合力が弱いため阻害できない可能性もあったものの,マールブルグウイルスとエボラウイルスは同じ受容体NPC1と結合するが,その結合の様式には違いがあることが示唆された.

3.エボラウイルスとマールブルグウイルスのGPタンパク質の構造の違いが中和抗体との反応性の違いの要因になる


 マールブルグウイルスもエボラウイルスも,ウイルスの表面にあるGPタンパク質はつねに一定のかたちをしているわけではなく,細胞への侵入の過程に応じてつぎつぎとかたちを変える.マールブルグウイルスおよびエボラウイルスの場合は大きく3つの段階に変化すると考えられている(図1).第1段階はウイルスが細胞に取り込まれるまえの構造で,ウイルスはこの状態で細胞へと取り込まれる.第2段階ではエンドソームあるいはリソソームにおいて,カテプシンなどによりその一部が切断されることによりかたちが変わる.この第2段階になってはじめて受容体と結合できるようになる.第3段階では受容体NPC1と結合し,付加的な引き金により膜融合タンパク質であるGP2タンパク質が構造変化を起こし細胞質へと侵入する.マールブルグウイルスおよびエボラウイルスはGPタンパク質のコア構造は似ていたが,X線小角散乱解析により,ムチン様ドメインを含む細胞の外における全体の構造,すなわち,第1段階の構造はマールブルグウイルスとエボラウイルスとで異なることがわかった.



 マールブルグウイルスの場合はムチン様ドメインが横の方向にむかって伸びており,受容体との結合部位の周辺にはじゃまするものがなく,その領域に抗体が結合しやすい構造をしていることが確認された.一方,エボラウイルスの場合にはムチン様ドメインは斜め上の方向にむかって伸びており,受容体との結合部位の周辺には抗体が結合しにくく,下側面に抗体が結合しやすい構造をしていることが確認された.実際,これまでに報告されているGPタンパク質のコア構造に対する中和抗体の多くはこの領域に対するものであり,マールブルグウイルスとエボラウイルスのムチン様ドメインの配置の違いが,それぞれに対する抗体の産生されやすさを左右していることが示唆された(図2).




おわりに


 筆者らの研究グループは,2008年にエボラウイルスのGPタンパク質の構造を報告しており,そののち,6年越しでマールブルグウイルスGPタンパク質の構造決定にたどりついた.今後,エボラウイルスおよびマールブルグウイルスの構造情報をもとに,抗ウイルス薬,抗体医薬,ワクチンなどの開発の進むことが期待される.2014年からつづくエボラ出血熱のような大規模な流行がマールブルグ出血熱でも起こらないことを願うが,感染症は突然かつ急速に広がり多くの人の命を奪う場合がある.そのときに備えて,一般には知られていないようなウイルスにも目をむけて研究に取り組むことの重要性の浸透していくことが期待される.

文 献



  1. WHO Ebola Response Team: Ebola virus disease in West Africa: the first 9 months of the epidemic and forward projections. N. Engl. J. Med., 371, 1481-1495 (2014)[PubMed]

  2. Malherbe, H. & Strickland-Cholmley, M.: Human disease from monkeys (Marburg virus). Lancet, 1, 1434 (1968)[PubMed]

  3. Siegert, R., Shu, H. L. & Slenczka, W.: Isolation and identification of the "Marburg virus". Dtsch. Med. Wochenschr., 93, 604-612 (1968)[PubMed]

  4. Towner, J. S., Khristova M. L., Sealy T. K. et al.: Marburgvirus genomics and association with a large hemorrhagic fever outbreak in Angola. J. Virol., 80, 6497-6516 (2006)[PubMed]

  5. Geisbert, T. W., Daddario-DiCaprio K. M., Geisbert J. B. et al.: Marburg virus Angola infection of rhesus macaques: pathogenesis and treatment with recombinant nematode anticoagulant protein c2. J. Infect. Dis., 196(Suppl. 2), S372-S381 (2007)[PubMed]

  6. Lee, J. E., Fusco M. L., Hessell A. J. et al.: Structure of the Ebola virus glycoprotein bound to an antibody from a human survivor. Nature, 454, 177-182 (2008)[PubMed]

  7. Dias, J. M. Kuehne A. I., Abelson D. M. et al.: A shared structural solution for neutralizing ebolaviruses. Nat. Struct. Mol. Biol., 18, 1424-1427 (2011)[PubMed]

  8. Bale, S., Dias J. M., Fusco M. L. et al.: Structural basis for differential neutralization of ebolaviruses. Viruses, 4, 447-470 (2012)[PubMed]

  9. Flyak, A. I., Ilinykh P. A., Murin C. D. et al.: Mechanism of human antibody-mediated neutralization of marburg virus. Cell, 160, 893-903 (2015)[PubMed]





著者プロフィール


橋口 隆生(Takao Hashiguchi)
略歴:2008年 九州大学大学院医学研究院博士課程 修了,同年 同 研究員,2010年 米国The Scripps Research Institute研究員を経て,2013年より九州大学大学院医学研究院 助教.
研究テーマ:構造生物学的な手法を用いたウイルス感染症の研究.
抱負:ウイルスの細胞への侵入およびウイルスと免疫との攻防を,構造という側面から分子レベルで議論し理解したい.

Erica Ollmann Saphire
米国The Scripps Research Institute教授.
研究室URL:http://www.scripps.edu/ollmann-saphire/

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