中枢神経系のシナプス前末端におけるCa2+チャネルの分布およびシナプス小胞のエキソサイトーシスへの影響
中村行宏・高橋智幸
(同志社大学大学院脳科学研究科 分子細胞脳科学分野シナプス分子機能部門)
email:高橋智幸
DOI: 10.7875/first.author.2015.008
Nanoscale distribution of presynaptic Ca2+ channels and its impact on vesicular release during development.
Yukihiro Nakamura, Harumi Harada, Naomi Kamasawa, Ko Matsui, Jason S. Rothman, Ryuichi Shigemoto, R. Angus Silver, David A. DiGregorio, Tomoyuki Takahashi
Neuron, 85, 145-158 (2015)
シナプス前末端における神経伝達物質のエキソサイトーシスの効率は,電位依存性Ca2+チャネルとシナプス小胞に存在するCa2+センサーとの結合の度合いにより影響される.しかし,Ca2+チャネルとシナプス小胞との位置関係が明らかでないため,Ca2+の動態とシナプス小胞のエキソサイトーシスとの機能的な連関について深い理解は得られていない.筆者らは,ラットの脳幹に存在する巨大なシナプスcalyx of Heldを対象とし,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法による標本を電子顕微鏡により観察し,活性帯において電位依存性P/Q型Ca2+チャネルがクラスターを形成することを見い出した.また,共焦点顕微鏡を用いて活動電位により誘発されるシナプス前末端の局所におけるCa2+濃度の変化を測定し,その時間経過からエキソサイトーシス部位の近傍におけるCa2+緩衝作用の特性を明らかにした.さらに,シナプス前末端とシナプス後細胞から同時にホールセルパッチクランプ記録を行い,シナプス前末端へのCa2+キレーターの注入によるシナプス応答の抑制率を定量した.これらの実験データにもとづき,Ca2+チャネルのクラスターから周辺へのCa2+の拡散およびシナプス小胞のエキソサイトーシスについてシミュレーションを行ったところ,シナプス小胞に存在するCa2+センサーはCa2+チャネルクラスターの外縁から20~30 nmの距離に位置するとの結論を得て,“Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデル”を提唱した.このモデルは,シナプス小胞のエキソサイトーシスの確率,時間経過の実測値,さらには,これらの生後の発達の変化をよく説明した.
活動電位がシナプス前末端に到達すると電位依存性Ca2+チャネルが開口し,細胞の外からシナプス前末端にCa2+が流入することにより,Ca2+チャネルの周辺に一過性の急峻なCa2+の濃度勾配が形成される.このCa2+がシナプス小胞に存在するCa2+センサーに結合すると,シナプス小胞はシナプス前末端膜に融合してエキソサイトーシスを起こし,シナプス小胞の内部の神経伝達物質がシナプス間隙へと放出される.シナプス前末端細胞におけるCa2+の拡散は比較的遅く1),また,エキソサイトーシスには複数個のCa2+の結合が必要であることから2),Ca2+の流入する部位とシナプス小胞とのあいだの距離はシナプス小胞のエキソサイトーシスの確率とそのタイミングを制御する重要な因子と考えられていた3).しかし,中枢神経系のシナプス前末端におけるCa2+チャネルの分布は明らかでなかった.
P/Q型電依存性Ca2+チャネルαサブユニットCav2.1に特異的な抗体を用い,ラットの脳幹に存在する巨大なシナプスcalyx of Heldに対しSDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法4) を適用し,電子顕微鏡によりCa2+チャネルの分布を観察した.Ca2+チャネルを標識する金粒子はシナプス前膜のP面においてクラスターを形成していることが確認された.クラスターあたりの金粒子の数には大きなばらつきがみられたが,染色の効率を補正したのちのクラスターあたりのCa2+チャネルの数は平均20~30個と推定された.この数値は生後7日齢から生後21日齢のあいだで大きく変わらなかった.Ca2+チャネルクラスターのあいだの距離は平均800 nmで,報告されている活性帯のあいだの距離とほぼ等しかった.また,共染色により活性帯に特異的に発現するRIMとCa2+チャネルクラスターとの共存が示された.これらの結果は,Ca2+チャネルが活性帯においてクラスターを形成することを示した.
エキソサイトーシス部位における内在性のCa2+緩衝作用の性質はCa2+の流入により生じる一過性のCa2+の濃度勾配に影響をあたえうる.calyx of Heldのシナプス前末端にパッチ電極から低親和性Ca2+感受性色素であるOregon Green BAPTA-5Nを導入し,活動電位により誘発される一過性のCa2+濃度の上昇を共焦点顕微鏡によるスポット測定法5) を用いて観察した.この方法では,x-y平面220 nm,z軸650 nmの解像度でシナプス前末端の局所におけるCa2+の動態をイメージングできる.ラットは生後7日齢から生後14日齢にかけてcalyx of Heldのシナプス前末端において活動電位の幅が短縮するが,これにともない一過性のCa2+濃度の上昇の振幅は50%減少した.しかし,その減衰時間は変化しなかった.このCa2+濃度の上昇の時間経過は,Kd値100μMの低親和性のCa2+緩衝作用を想定したシミュレーションにより忠実に再現された.したがって,calyx of Heldのシナプス前末端における内因性のCa2+緩衝作用は低親和性であることがわかった.
古くから,Ca2+の流入部位とシナプス小胞に存在するCa2+センサーとの距離は,Ca2+キレーターであるEGTAによるシナプス応答の抑制率を指標として推定されてきた.EGTAのCa2+に対する結合速度は遅いため,一般に,Ca2+センサーがCa2+の流入部位から遠くに位置する場合にはEGTAはエキソサイトーシスを抑制するが,Ca2+センサーまでの距離が短い場合にはEGTAはエキソサイトーシスを抑制しないと考えられてきた3).すでに,calyx of HeldのシナプスにおいてはEGTAがエキソサイトーシスを抑制することが知られていたが,パッチ電極内潅流法6) を用いてEGTAの作用を正確に定量したところ,EGTAの濃度を0.1 mMから10 mMへと上昇させると,生後7日齢のシナプスでは興奮性シナプス後電流が平均で69%抑制され,生後14日齢では56%,生後21日齢では46%抑制されることがわかった.
エキソサイトーシス部位におけるCa2+チャネルとシナプス小胞との距離を推定するため,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法により得られたCa2+チャネルの分布,Ca2+イメージングにより明らかにされた低親和性のCa2+緩衝作用の特性,報告されていた単一のCa2+チャネルのコンダクタンスの値7),などのパラメーターを用い,活動電位によりCa2+チャネルから流入したCa2+がCa2+チャネルクラスターの周辺に拡散するようすをシミュレーションした.このシミュレーションにより得られたCa2+濃度の経時変化と,報告されていたシナプス小胞のCa2+濃度に依存したエキソサイトーシスのモデル8) とを組み合わせ,Ca2+チャネルクラスターからさまざまな距離にシナプス小胞が存在する場合のエキソサイトーシスの確率およびEGTAによる興奮性シナプス後電流の抑制率をシミュレーションした.その結果,生後7日齢のシナプスではCa2+チャネルクラスターの外縁から約30 nm離れた場所に,生後14日齢のシナプスでは約20 nm離れた場所に,シナプス小胞が存在することによりエキソサイトーシスが起こると推定された.
このように,活性帯においてCa2+チャネルクラスターの外縁にシナプス小胞が係留されエキソサイトーシスを起こす配置をとる,というモデルを“Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデル”と名づけた(図1).この配置は,calyx of Heldのシナプスにおけるエキソサイトーシスの生後の発達の変化をよく説明した.げっ歯類では生後7日齢から生後14日齢にかけて聴覚が獲得されるが,この発達の過程で,エキソサイトーシスの時間およびシナプスの潜時が短縮する9).このうち,シナプスの潜時の短縮には,シナプス前末端における活動電位の幅の短縮およびCa2+チャネルクラスターの外縁とシナプス小胞との距離の短縮が貢献すること,また,エキソサイトーシスの時間の短縮は,もっぱら,Ca2+チャネルクラスターの外縁とシナプス小胞との距離の短縮により生じることが明らかにされた.これらのパラメーターはいずれも神経伝達物質のエキソサイトーシスのタイミングにかかわっており,シナプス伝達の精度を決定する重要な因子である.また,シナプスの強度を決定する重要な因子であるシナプス小胞のエキソサイトーシスの確率は,シナプス小胞の近隣のクラスターにおけるCa2+チャネルの個数に比例した.Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデルはシナプス伝達の精度と強度が独立に設定されることを示している点で従来のモデルと一線を画しており,多種類のシナプスに広く適用されその特性を説明することが可能なモデルと考えられた.
中枢神経系のシナプスの活性帯におけるCa2+チャネルおよびシナプス小胞の配置についてはこれまでにさまざまな仮説が提唱されてきたが,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法により複数のCa2+チャネルがクラスターを形成することが示され,これに電気生理学な実験とCa2+イメージングの結果をくわえたシミュレーションにより,Ca2+チャネルクラスターの外縁に係留されたシナプス小胞から神経伝達物質がエキソサイトーシスされることが示唆された.今後は,Ca2+チャネルクラスターとエキソサイトーシスの直前のシナプス小胞とを同時に標識してその距離を直接的に測定する研究,および,Ca2+チャネルクラスターとシナプス小胞との距離を規定する分子基盤の同定が待たれる.
略歴:2006年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同年 東京大学大学院医学系研究科 学術研究支援員,2007年 同志社大学研究開発推進機構 研究員,沖縄科学技術大学院大学 研究員を経て,2012年よりフランスPasteur Instituteポスドク研究員.
研究テーマ:中枢神経系におけるシナプス伝達のシナプス前末端での分子機構.
高橋 智幸(Tomoyuki Takahashi)
同志社大学大学院脳科学研究科 教授.
研究室URL:http://synapse.doshisha.ac.jp/
© 2015 中村行宏・高橋智幸 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(同志社大学大学院脳科学研究科 分子細胞脳科学分野シナプス分子機能部門)
email:高橋智幸
DOI: 10.7875/first.author.2015.008
Nanoscale distribution of presynaptic Ca2+ channels and its impact on vesicular release during development.
Yukihiro Nakamura, Harumi Harada, Naomi Kamasawa, Ko Matsui, Jason S. Rothman, Ryuichi Shigemoto, R. Angus Silver, David A. DiGregorio, Tomoyuki Takahashi
Neuron, 85, 145-158 (2015)
要 約
シナプス前末端における神経伝達物質のエキソサイトーシスの効率は,電位依存性Ca2+チャネルとシナプス小胞に存在するCa2+センサーとの結合の度合いにより影響される.しかし,Ca2+チャネルとシナプス小胞との位置関係が明らかでないため,Ca2+の動態とシナプス小胞のエキソサイトーシスとの機能的な連関について深い理解は得られていない.筆者らは,ラットの脳幹に存在する巨大なシナプスcalyx of Heldを対象とし,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法による標本を電子顕微鏡により観察し,活性帯において電位依存性P/Q型Ca2+チャネルがクラスターを形成することを見い出した.また,共焦点顕微鏡を用いて活動電位により誘発されるシナプス前末端の局所におけるCa2+濃度の変化を測定し,その時間経過からエキソサイトーシス部位の近傍におけるCa2+緩衝作用の特性を明らかにした.さらに,シナプス前末端とシナプス後細胞から同時にホールセルパッチクランプ記録を行い,シナプス前末端へのCa2+キレーターの注入によるシナプス応答の抑制率を定量した.これらの実験データにもとづき,Ca2+チャネルのクラスターから周辺へのCa2+の拡散およびシナプス小胞のエキソサイトーシスについてシミュレーションを行ったところ,シナプス小胞に存在するCa2+センサーはCa2+チャネルクラスターの外縁から20~30 nmの距離に位置するとの結論を得て,“Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデル”を提唱した.このモデルは,シナプス小胞のエキソサイトーシスの確率,時間経過の実測値,さらには,これらの生後の発達の変化をよく説明した.
はじめに
活動電位がシナプス前末端に到達すると電位依存性Ca2+チャネルが開口し,細胞の外からシナプス前末端にCa2+が流入することにより,Ca2+チャネルの周辺に一過性の急峻なCa2+の濃度勾配が形成される.このCa2+がシナプス小胞に存在するCa2+センサーに結合すると,シナプス小胞はシナプス前末端膜に融合してエキソサイトーシスを起こし,シナプス小胞の内部の神経伝達物質がシナプス間隙へと放出される.シナプス前末端細胞におけるCa2+の拡散は比較的遅く1),また,エキソサイトーシスには複数個のCa2+の結合が必要であることから2),Ca2+の流入する部位とシナプス小胞とのあいだの距離はシナプス小胞のエキソサイトーシスの確率とそのタイミングを制御する重要な因子と考えられていた3).しかし,中枢神経系のシナプス前末端におけるCa2+チャネルの分布は明らかでなかった.
1.シナプス前末端のエキソサイトーシス部位においてCa2+チャネルはクラスターを形成する
P/Q型電依存性Ca2+チャネルαサブユニットCav2.1に特異的な抗体を用い,ラットの脳幹に存在する巨大なシナプスcalyx of Heldに対しSDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法4) を適用し,電子顕微鏡によりCa2+チャネルの分布を観察した.Ca2+チャネルを標識する金粒子はシナプス前膜のP面においてクラスターを形成していることが確認された.クラスターあたりの金粒子の数には大きなばらつきがみられたが,染色の効率を補正したのちのクラスターあたりのCa2+チャネルの数は平均20~30個と推定された.この数値は生後7日齢から生後21日齢のあいだで大きく変わらなかった.Ca2+チャネルクラスターのあいだの距離は平均800 nmで,報告されている活性帯のあいだの距離とほぼ等しかった.また,共染色により活性帯に特異的に発現するRIMとCa2+チャネルクラスターとの共存が示された.これらの結果は,Ca2+チャネルが活性帯においてクラスターを形成することを示した.
2.シナプス前末端の内部における内因性のCa2+緩衝作用の生物物理学的な性質
エキソサイトーシス部位における内在性のCa2+緩衝作用の性質はCa2+の流入により生じる一過性のCa2+の濃度勾配に影響をあたえうる.calyx of Heldのシナプス前末端にパッチ電極から低親和性Ca2+感受性色素であるOregon Green BAPTA-5Nを導入し,活動電位により誘発される一過性のCa2+濃度の上昇を共焦点顕微鏡によるスポット測定法5) を用いて観察した.この方法では,x-y平面220 nm,z軸650 nmの解像度でシナプス前末端の局所におけるCa2+の動態をイメージングできる.ラットは生後7日齢から生後14日齢にかけてcalyx of Heldのシナプス前末端において活動電位の幅が短縮するが,これにともない一過性のCa2+濃度の上昇の振幅は50%減少した.しかし,その減衰時間は変化しなかった.このCa2+濃度の上昇の時間経過は,Kd値100μMの低親和性のCa2+緩衝作用を想定したシミュレーションにより忠実に再現された.したがって,calyx of Heldのシナプス前末端における内因性のCa2+緩衝作用は低親和性であることがわかった.
3.シナプスにおける興奮性シナプス後電流のCa2+キレーターによる抑制作用
古くから,Ca2+の流入部位とシナプス小胞に存在するCa2+センサーとの距離は,Ca2+キレーターであるEGTAによるシナプス応答の抑制率を指標として推定されてきた.EGTAのCa2+に対する結合速度は遅いため,一般に,Ca2+センサーがCa2+の流入部位から遠くに位置する場合にはEGTAはエキソサイトーシスを抑制するが,Ca2+センサーまでの距離が短い場合にはEGTAはエキソサイトーシスを抑制しないと考えられてきた3).すでに,calyx of HeldのシナプスにおいてはEGTAがエキソサイトーシスを抑制することが知られていたが,パッチ電極内潅流法6) を用いてEGTAの作用を正確に定量したところ,EGTAの濃度を0.1 mMから10 mMへと上昇させると,生後7日齢のシナプスでは興奮性シナプス後電流が平均で69%抑制され,生後14日齢では56%,生後21日齢では46%抑制されることがわかった.
4.シナプス前末端におけるCa2+チャネルクラスターとシナプス小胞との距離の推定
エキソサイトーシス部位におけるCa2+チャネルとシナプス小胞との距離を推定するため,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法により得られたCa2+チャネルの分布,Ca2+イメージングにより明らかにされた低親和性のCa2+緩衝作用の特性,報告されていた単一のCa2+チャネルのコンダクタンスの値7),などのパラメーターを用い,活動電位によりCa2+チャネルから流入したCa2+がCa2+チャネルクラスターの周辺に拡散するようすをシミュレーションした.このシミュレーションにより得られたCa2+濃度の経時変化と,報告されていたシナプス小胞のCa2+濃度に依存したエキソサイトーシスのモデル8) とを組み合わせ,Ca2+チャネルクラスターからさまざまな距離にシナプス小胞が存在する場合のエキソサイトーシスの確率およびEGTAによる興奮性シナプス後電流の抑制率をシミュレーションした.その結果,生後7日齢のシナプスではCa2+チャネルクラスターの外縁から約30 nm離れた場所に,生後14日齢のシナプスでは約20 nm離れた場所に,シナプス小胞が存在することによりエキソサイトーシスが起こると推定された.
5.Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデルとその生理学的な意義
このように,活性帯においてCa2+チャネルクラスターの外縁にシナプス小胞が係留されエキソサイトーシスを起こす配置をとる,というモデルを“Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデル”と名づけた(図1).この配置は,calyx of Heldのシナプスにおけるエキソサイトーシスの生後の発達の変化をよく説明した.げっ歯類では生後7日齢から生後14日齢にかけて聴覚が獲得されるが,この発達の過程で,エキソサイトーシスの時間およびシナプスの潜時が短縮する9).このうち,シナプスの潜時の短縮には,シナプス前末端における活動電位の幅の短縮およびCa2+チャネルクラスターの外縁とシナプス小胞との距離の短縮が貢献すること,また,エキソサイトーシスの時間の短縮は,もっぱら,Ca2+チャネルクラスターの外縁とシナプス小胞との距離の短縮により生じることが明らかにされた.これらのパラメーターはいずれも神経伝達物質のエキソサイトーシスのタイミングにかかわっており,シナプス伝達の精度を決定する重要な因子である.また,シナプスの強度を決定する重要な因子であるシナプス小胞のエキソサイトーシスの確率は,シナプス小胞の近隣のクラスターにおけるCa2+チャネルの個数に比例した.Ca2+チャネルクラスター外縁放出モデルはシナプス伝達の精度と強度が独立に設定されることを示している点で従来のモデルと一線を画しており,多種類のシナプスに広く適用されその特性を説明することが可能なモデルと考えられた.
おわりに
中枢神経系のシナプスの活性帯におけるCa2+チャネルおよびシナプス小胞の配置についてはこれまでにさまざまな仮説が提唱されてきたが,SDS処理凍結割断レプリカ免疫標識法により複数のCa2+チャネルがクラスターを形成することが示され,これに電気生理学な実験とCa2+イメージングの結果をくわえたシミュレーションにより,Ca2+チャネルクラスターの外縁に係留されたシナプス小胞から神経伝達物質がエキソサイトーシスされることが示唆された.今後は,Ca2+チャネルクラスターとエキソサイトーシスの直前のシナプス小胞とを同時に標識してその距離を直接的に測定する研究,および,Ca2+チャネルクラスターとシナプス小胞との距離を規定する分子基盤の同定が待たれる.
文 献
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- Fujimoto, K.: Freeze-fracture replica electron microscopy combined with SDS digestion for cytochemical labeling of integral membrane proteins. Application to the immunogold labeling of intercellular junctional complexes. J. Cell Sci., 108, 3443-3449 (1995)[PubMed]
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- 高橋智幸, 堀 哲也, 中村行宏 他: プレシナプス機構のスライスパッチクランプ研究法. 最新パッチクランプ実験技術法 (岡田泰伸 編), pp.96-102, 吉岡書店 (2011)
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- Taschenberger, H., Scheuss, V. & Neher, E.: Release kinetics, quantal parameters and their modulation during short-term depression at a developing synapse in the rat CNS. J. Physiol., 568, 513-537 (2005)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:2006年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同年 東京大学大学院医学系研究科 学術研究支援員,2007年 同志社大学研究開発推進機構 研究員,沖縄科学技術大学院大学 研究員を経て,2012年よりフランスPasteur Instituteポスドク研究員.
研究テーマ:中枢神経系におけるシナプス伝達のシナプス前末端での分子機構.
高橋 智幸(Tomoyuki Takahashi)
同志社大学大学院脳科学研究科 教授.
研究室URL:http://synapse.doshisha.ac.jp/
© 2015 中村行宏・高橋智幸 Licensed under CC 表示 2.1 日本