Y染色体にコードされた小分子RNAがカキにおける性決定因子である
赤木剛士・田尾龍太郎
(京都大学大学院農学研究科 農学専攻果樹園芸学研究室)
email:赤木剛士
DOI: 10.7875/first.author.2014.141
A Y-chromosome-encoded small RNA acts as a sex determinant in persimmons.
Takashi Akagi, Isabelle M. Henry, Ryutaro Tao, Luca Comai
Science, 346, 646-650 (2014)
性の決定は生物が進化において獲得した多様性の維持のためのもっとも重要な機構のひとつだが,植物において雄と雌とが明確に分離する雌雄異株性の決定因子は,これまで,いずれの種においても同定されていなかった.この研究においては,XY型の性染色体により制御される雌雄異株性を示すカキ属において,その遺伝的な決定因子の同定をめざした.カキ属は非モデル植物であり,全ゲノム塩基配列はおろか,遺伝地図や発現データベースさえも構築されていない状態であったが,次世代シークエンシンサーにより得られたデータを非モデル植物に対し応用する解析手法を開発することにより,Y染色体における雄に特異的な領域を同定することができた.この領域に存在する性決定遺伝子の候補遺伝子に対する進化遺伝学的な解析により,小分子RNAをコードするOGI遺伝子がカキ属の全体において雄に特異的に保存され性決定を統御している可能性が示された.OGI遺伝子は雌化を担うMeGI遺伝子に対し2次的なRNAiの引き金となりその発現を抑制し,雄化を誘導することにより機能していた.
生物は長い進化の過程において種としての多様性を維持するための重要な機構として,動物あるいは植物をとわず雌雄性を発達させてきた.しかし,“性”という概念は共通しているものの,その作用機構および決定機構は種により異なっており,これらは種の進化において独立して獲得された形質である.植物において性の起源は両性花のみをつける両全性であるとされているが,植物種のおよそ5%は雌雄異株性を獲得してきた1).この雌雄異株性の決定要因は種のあいだにおいて独立であると考えられ,これまで研究されてきたパパイヤ,ヒロハノマンテマ,スイバ,ホップなどにおいて,性染色体は定義されてきたものの2-5),そこに存在する明確な性決定因子はいずれの種においても同定されていない6).一方で,1978年,理論進化学的な側面から植物におけるXY型の性決定因子の成立について代表的なモデルが提唱されており,両全性からのY染色体の成立においては,雄化因子の機能の損失,および,優性の雌化抑制因子の成立,という2つの因子が必要であるとされている7).しかし,これまで,その証明となる結果は得られていなかった.
カキ属は属の全体に広く雌雄異株性をもつことから,その雌雄異株性の起源は属の分化のまえであることがうかがえる.さらに,カキ属の含まれるカキノキ科においても全体的に雌雄異株性が保存されていることや8),化石の調査から新生代初期のカキノキ科の祖先においてすでに雌雄で独立した花がみつかっていることなどを考慮すると9),その起源はおよそ6000万年前にまでさかのぼる可能性も考えられる.これは,性染色体についての研究の進んでいるほかの植物種と比較しても非常に古いものであり,性染色体の進化の過程を把握するうえで多くの情報を含む.カキ属は食用果実のカキ(柿)や材木として知られるコクタン(黒檀)など多くの有用な種を含んでいるが,ゲノム情報の蓄積はまったくなく,遺伝地図も整備されていない.そこで,この研究では,次世代シークエンシンサーにより得られたデータをさまざまな観点から解釈し,非モデル植物のために新しい解析手法を構築することを第一歩として,カキ属における性決定因子の同定をめざした.
雌雄異株性を示すマメガキ(Diospyros lotus)のF1交雑分離集団のゲノムDNAを次世代シークエンシンサーにより解析し,ゲノムサイズのおよそ120~130倍のペアエンドリードを得た.雌雄それぞれのリードのプールから35 bpサブシークエンスをカタログ化し,有意な被覆率を示す雄のリードのプールに特異的なサブシークエンスを抽出した.このサブシークエンスを含むペアエンドリードからY染色体に特異的な多型を含むコンティグを構築し,これらはY染色体における雄に特異的な領域をカバーするコンティグの候補であると考えられた.これらのコンティグに対し,分離集団のゲノムのリード配列をマッピングし,コンティグにおける多型を統合したハプロタイピングにより性決定遺伝子座に対し組換えを起こした個体およびコンティグを特定した.さらに,マッピングされたペアエンドリードからおのおののコンティグを周辺の領域へと拡張し統合した.最終的に,性決定遺伝子座に対して組換えのない,Y染色体に特異的な多型を網羅する,総延長1.0 Mbの796のゲノムコンティグを選抜することができた.
雌雄おのおの10個体について雌雄原基の分化期の混合芽から全RNAを抽出し,次世代シークエンシンサーによりmRNA-seq解析を行った.発現している遺伝子の性決定領域へのアンカリングは,さきのY染色体における雄に特異的な領域に相当する796のゲノムコンティグにマッピングされるmRNA-seq解析によるリードを用いたcDNAコンティグの構築,および,mRNA-seq解析によるリードから新規に抽出した雄のリードのプールに特異的なサブシークエンスを含むcDNAコンティグの構築,という2つの独立した系により行った.Y染色体における雄に特異的な領域に相当するゲノムコンティグにアンカリングされたcDNAの断片は,一部の多型をもたない配列や反復配列を除き,mRNA-seq解析によるリードに由来する雄のリードプールに特異的なサブシークエンスから構築されたcDNAコンティグとほぼ完全に一致した.すなわち,データのソースが異なるにもかかわらず2つのアプローチの結果は一致しており,Y染色体における雄に特異的な領域およびその周辺の多型の配列はほぼ完全に収集されていることが示唆された.性決定領域における発現遺伝子コンティグの統合の結果,性決定遺伝子の候補として22の遺伝子が見い出された.同時に,mRNA-seq解析によるリードから新たにアセンブリーしたコンティグに対しマッピングされたリードをカウントし,DESeq解析により雌雄のあいだで統計解析を行った.その結果,34の遺伝子が雌雄のあいだで有意な発現の差異を示した.このなかには,雌において高く発現し常染色体(あるいは,偽常染色体)に存在するホメオドメイン型の転写因子をコードする遺伝子,および,それと非常に相同性の高い配列をもつが雄に特異的な発現を示しY染色体に存在する遺伝子があった.のちの遺伝子機能解析の結果も考慮して,これらをそれぞれ,MeGI遺伝子(雌木)およびOGI遺伝子(雄木)と名づけた.
Y染色体における性決定遺伝子の候補であるOGI遺伝子はMeGI遺伝子と相同な配列をもっていたが,複数のフレームシフトや終止コドンを含んでおり,正常なタンパク質をコードするものではないと考えられた.同時に,OGI遺伝子はその5’側の領域に3’側の領域の第3エキソンの付近の配列と対応する逆位配列を含んでおり,RNA立体構造予測からヘアピン構造を形成し小分子RNAを産出する可能性が示された.さらに,カキ属の幅広い種におけるOGI遺伝子の構造解析から,この逆位配列と本来の配列のあいだには種に独立的な塩基の共置換がみられ,小分子RNAを産出できるような進化的な選抜圧が種ごとにかかっていることが示唆された.カキ属の多様な種において,OGI遺伝子はX染色体に対立遺伝子をもたず,雄の系統でのみ検出され,その共分離性の起源はカキ属の分化の初期よりまえにまでさかのぼることが示唆された.また,OGI遺伝子とMeGI遺伝子の重複分岐は少なくともカキノキ科の分化の初期よりまえにまでさかのぼることが示唆された.一方,OGI遺伝子のほかの21の性決定遺伝子の候補に関しては,その多くがX染色体とY染色体に対立遺伝子をもち,カキ属における多様性の解析と系統進化学的な解析から,いずれのY染色体の対立遺伝子も種のあいだで共通した多型をもたず,X染色体とY染色体とのあいだの多型はカキ属の分化においてごく近年に種に特異的に誕生したものであることが示唆された.また,Y染色体に特異的に存在する性決定遺伝子の候補に関しても,OGI遺伝子のほかにはカキ属の広い種(の雄の個体)において保存されているものではなかった.以上のことから,同定された性決定遺伝子の候補において,OGI遺伝子のみがカキ属において保存されたY染色体の性決定因子であると考えられた.
シロイヌナズナにおけるMeGI遺伝子の過剰発現により,いくつかの個体においては植物の全体が矮化し雄ずいの発達が抑制され,まれにみられる花粉様粒も発芽能を失ったが,雌ずい,子房,胚珠といった雌器官は正常に発達していた.しかし,MeGI遺伝子の発現量の低いシロイヌナズナの個体は基本的に両性花のままであり,MeGI遺伝子は発現量に依存して機能すると考えられた.タバコにおいてネイティブな遺伝子プロモーターの制御のもとMeGI遺伝子を導入したところ,シロイヌナズナと同様に雄ずいの発達が抑制され,花粉粒の発芽能がいちじるしく低下した.さらに,花序における側生花の生育阻害が起こり花の数がいちじるしく減少した.以上の結果から,MeGI遺伝子は植物において雄器官の生育を阻害し雌化への方向を促進することが示唆された.これらMeGI遺伝子の導入によりみられた現象はカキ属の雌の個体における特徴と一致しており,カキ属では不稔の花粉様粒をまれにもつ未発達な雄ずいがみられ,花序における側生花の生育が阻害されて花の数が減少する.さらに,MeGI遺伝子はオオムギの側列小穂の小花稔実を制御するVrs1 10) の単系統のオーソログであり,花序における側生花の発達の抑制という機能において支持されるとともに,植物におけるこの遺伝子の機能の共通性が示唆された.
ベンサミアナタバコにおける一過的な共発現実験により,OGI遺伝子の発現によりMeGI遺伝子の発現量がいちじるしく減少することが示された.マメガキの混合芽における小分子RNAに対するRNA-seq解析により,OGI遺伝子はMeGI遺伝子に対しトランスに作用する21 bpのsiRNAとして機能することが示唆された.さらに,MeGI遺伝子においては,OGI遺伝子の発現を引き金として2次的なRNAiが発動して転写領域の全体に発現の抑制が広がり,雌雄原基の形成期ののちOGI遺伝子の発現が低下あるいは消失したのちも2次的なRNAiの発動は維持されていることが示唆された.
以上を考慮したカキ属植物における性決定のモデルを示した(図1).すなわち,MeGI(male growth inhibitor)遺伝子により雄器官の生育の阻害が起こり雌化が促進されているが,Y染色体をもつ個体ではOGI(oppressor of megi)遺伝子の機能によりMeGI遺伝子の機能が抑制され雄化へといたる.MeGI遺伝子を雌化因子と考えると,OGI遺伝子は優性の雌化抑制因子と定義され,これは1978年に提唱された植物のXY型の性決定モデルと一致する7).しかし,このモデルによればXY型の性決定の成立には2つの因子が必要であり,また,モデル植物における形質転換実験の結果だけをみれば,現時点でのOGI遺伝子の機能は雄化抑制因子の抑制因子であるため,厳密にはモデルとの矛盾点もある.この研究において得られた結果を考慮した進化モデルの再考と,Y染色体における性決定因子あるいは性決定領域の進化についてさらなる知見がもとめられるだろう.
この研究は,植物の雌雄異株性を制御する性決定因子とその作用機作を同定したはじめての報告である.OGI遺伝子による性決定の機構はカキ属において広く保存されており,その起源はおよそ2000万年から5000万年もまえにさかのぼると考えられた.これは,植物の性決定機構の獲得の歴史において非常に古いものであり2-5),今後,植物の性染色体の進化およびその維持について新たな知見を生み出すものと期待される.また同時に,この研究は非モデル生物に対して次世代シークエンシンサーを利用した解析により実際に原因となる遺伝子を特定した希有な例であり,今後,このような“おもしろい形質をひめた,しかし,解析のしにくい”非モデル生物における研究が進展することが期待される.最後に,農学的な観点から性表現は育種や栽培の側面において考慮すべきもっとも重要な課題のひとつであり,今回の発見および得られた知見を応用して,多くの農作物における性表現型についての人為的な選抜,改変,制御が可能になることを期待したい.
略歴:2011年 京都大学大学院農学研究科 修了,同年 京都大学白眉プロジェクト 特任助教,同年 米国California大学Davis校 客員研究員を経て,同年より 京都大学大学院農学研究科 助教.
研究テーマ:カキにおける雌雄性の制御などの果樹園芸学全般.
関心事:クラリネットの演奏など音楽活動.
田尾 龍太郎(Ryutaro Tao)
京都大学大学院農学研究科 准教授.
(京都大学大学院農学研究科 農学専攻果樹園芸学研究室)
email:赤木剛士
DOI: 10.7875/first.author.2014.141
A Y-chromosome-encoded small RNA acts as a sex determinant in persimmons.
Takashi Akagi, Isabelle M. Henry, Ryutaro Tao, Luca Comai
Science, 346, 646-650 (2014)
要 約
性の決定は生物が進化において獲得した多様性の維持のためのもっとも重要な機構のひとつだが,植物において雄と雌とが明確に分離する雌雄異株性の決定因子は,これまで,いずれの種においても同定されていなかった.この研究においては,XY型の性染色体により制御される雌雄異株性を示すカキ属において,その遺伝的な決定因子の同定をめざした.カキ属は非モデル植物であり,全ゲノム塩基配列はおろか,遺伝地図や発現データベースさえも構築されていない状態であったが,次世代シークエンシンサーにより得られたデータを非モデル植物に対し応用する解析手法を開発することにより,Y染色体における雄に特異的な領域を同定することができた.この領域に存在する性決定遺伝子の候補遺伝子に対する進化遺伝学的な解析により,小分子RNAをコードするOGI遺伝子がカキ属の全体において雄に特異的に保存され性決定を統御している可能性が示された.OGI遺伝子は雌化を担うMeGI遺伝子に対し2次的なRNAiの引き金となりその発現を抑制し,雄化を誘導することにより機能していた.
はじめに
生物は長い進化の過程において種としての多様性を維持するための重要な機構として,動物あるいは植物をとわず雌雄性を発達させてきた.しかし,“性”という概念は共通しているものの,その作用機構および決定機構は種により異なっており,これらは種の進化において独立して獲得された形質である.植物において性の起源は両性花のみをつける両全性であるとされているが,植物種のおよそ5%は雌雄異株性を獲得してきた1).この雌雄異株性の決定要因は種のあいだにおいて独立であると考えられ,これまで研究されてきたパパイヤ,ヒロハノマンテマ,スイバ,ホップなどにおいて,性染色体は定義されてきたものの2-5),そこに存在する明確な性決定因子はいずれの種においても同定されていない6).一方で,1978年,理論進化学的な側面から植物におけるXY型の性決定因子の成立について代表的なモデルが提唱されており,両全性からのY染色体の成立においては,雄化因子の機能の損失,および,優性の雌化抑制因子の成立,という2つの因子が必要であるとされている7).しかし,これまで,その証明となる結果は得られていなかった.
カキ属は属の全体に広く雌雄異株性をもつことから,その雌雄異株性の起源は属の分化のまえであることがうかがえる.さらに,カキ属の含まれるカキノキ科においても全体的に雌雄異株性が保存されていることや8),化石の調査から新生代初期のカキノキ科の祖先においてすでに雌雄で独立した花がみつかっていることなどを考慮すると9),その起源はおよそ6000万年前にまでさかのぼる可能性も考えられる.これは,性染色体についての研究の進んでいるほかの植物種と比較しても非常に古いものであり,性染色体の進化の過程を把握するうえで多くの情報を含む.カキ属は食用果実のカキ(柿)や材木として知られるコクタン(黒檀)など多くの有用な種を含んでいるが,ゲノム情報の蓄積はまったくなく,遺伝地図も整備されていない.そこで,この研究では,次世代シークエンシンサーにより得られたデータをさまざまな観点から解釈し,非モデル植物のために新しい解析手法を構築することを第一歩として,カキ属における性決定因子の同定をめざした.
1.全ゲノムにわたる塩基配列情報の比較によるY染色体に特異的な領域の同定
雌雄異株性を示すマメガキ(Diospyros lotus)のF1交雑分離集団のゲノムDNAを次世代シークエンシンサーにより解析し,ゲノムサイズのおよそ120~130倍のペアエンドリードを得た.雌雄それぞれのリードのプールから35 bpサブシークエンスをカタログ化し,有意な被覆率を示す雄のリードのプールに特異的なサブシークエンスを抽出した.このサブシークエンスを含むペアエンドリードからY染色体に特異的な多型を含むコンティグを構築し,これらはY染色体における雄に特異的な領域をカバーするコンティグの候補であると考えられた.これらのコンティグに対し,分離集団のゲノムのリード配列をマッピングし,コンティグにおける多型を統合したハプロタイピングにより性決定遺伝子座に対し組換えを起こした個体およびコンティグを特定した.さらに,マッピングされたペアエンドリードからおのおののコンティグを周辺の領域へと拡張し統合した.最終的に,性決定遺伝子座に対して組換えのない,Y染色体に特異的な多型を網羅する,総延長1.0 Mbの796のゲノムコンティグを選抜することができた.
2.性決定遺伝子の候補の同定
雌雄おのおの10個体について雌雄原基の分化期の混合芽から全RNAを抽出し,次世代シークエンシンサーによりmRNA-seq解析を行った.発現している遺伝子の性決定領域へのアンカリングは,さきのY染色体における雄に特異的な領域に相当する796のゲノムコンティグにマッピングされるmRNA-seq解析によるリードを用いたcDNAコンティグの構築,および,mRNA-seq解析によるリードから新規に抽出した雄のリードのプールに特異的なサブシークエンスを含むcDNAコンティグの構築,という2つの独立した系により行った.Y染色体における雄に特異的な領域に相当するゲノムコンティグにアンカリングされたcDNAの断片は,一部の多型をもたない配列や反復配列を除き,mRNA-seq解析によるリードに由来する雄のリードプールに特異的なサブシークエンスから構築されたcDNAコンティグとほぼ完全に一致した.すなわち,データのソースが異なるにもかかわらず2つのアプローチの結果は一致しており,Y染色体における雄に特異的な領域およびその周辺の多型の配列はほぼ完全に収集されていることが示唆された.性決定領域における発現遺伝子コンティグの統合の結果,性決定遺伝子の候補として22の遺伝子が見い出された.同時に,mRNA-seq解析によるリードから新たにアセンブリーしたコンティグに対しマッピングされたリードをカウントし,DESeq解析により雌雄のあいだで統計解析を行った.その結果,34の遺伝子が雌雄のあいだで有意な発現の差異を示した.このなかには,雌において高く発現し常染色体(あるいは,偽常染色体)に存在するホメオドメイン型の転写因子をコードする遺伝子,および,それと非常に相同性の高い配列をもつが雄に特異的な発現を示しY染色体に存在する遺伝子があった.のちの遺伝子機能解析の結果も考慮して,これらをそれぞれ,MeGI遺伝子(雌木)およびOGI遺伝子(雄木)と名づけた.
3.OGI遺伝子はカキ属の進化において保存されたY染色体の性決定因子である
Y染色体における性決定遺伝子の候補であるOGI遺伝子はMeGI遺伝子と相同な配列をもっていたが,複数のフレームシフトや終止コドンを含んでおり,正常なタンパク質をコードするものではないと考えられた.同時に,OGI遺伝子はその5’側の領域に3’側の領域の第3エキソンの付近の配列と対応する逆位配列を含んでおり,RNA立体構造予測からヘアピン構造を形成し小分子RNAを産出する可能性が示された.さらに,カキ属の幅広い種におけるOGI遺伝子の構造解析から,この逆位配列と本来の配列のあいだには種に独立的な塩基の共置換がみられ,小分子RNAを産出できるような進化的な選抜圧が種ごとにかかっていることが示唆された.カキ属の多様な種において,OGI遺伝子はX染色体に対立遺伝子をもたず,雄の系統でのみ検出され,その共分離性の起源はカキ属の分化の初期よりまえにまでさかのぼることが示唆された.また,OGI遺伝子とMeGI遺伝子の重複分岐は少なくともカキノキ科の分化の初期よりまえにまでさかのぼることが示唆された.一方,OGI遺伝子のほかの21の性決定遺伝子の候補に関しては,その多くがX染色体とY染色体に対立遺伝子をもち,カキ属における多様性の解析と系統進化学的な解析から,いずれのY染色体の対立遺伝子も種のあいだで共通した多型をもたず,X染色体とY染色体とのあいだの多型はカキ属の分化においてごく近年に種に特異的に誕生したものであることが示唆された.また,Y染色体に特異的に存在する性決定遺伝子の候補に関しても,OGI遺伝子のほかにはカキ属の広い種(の雄の個体)において保存されているものではなかった.以上のことから,同定された性決定遺伝子の候補において,OGI遺伝子のみがカキ属において保存されたY染色体の性決定因子であると考えられた.
4.MeGI遺伝子は雌化を担いOGI遺伝子はRNAiによりMeGI遺伝子を抑制する
シロイヌナズナにおけるMeGI遺伝子の過剰発現により,いくつかの個体においては植物の全体が矮化し雄ずいの発達が抑制され,まれにみられる花粉様粒も発芽能を失ったが,雌ずい,子房,胚珠といった雌器官は正常に発達していた.しかし,MeGI遺伝子の発現量の低いシロイヌナズナの個体は基本的に両性花のままであり,MeGI遺伝子は発現量に依存して機能すると考えられた.タバコにおいてネイティブな遺伝子プロモーターの制御のもとMeGI遺伝子を導入したところ,シロイヌナズナと同様に雄ずいの発達が抑制され,花粉粒の発芽能がいちじるしく低下した.さらに,花序における側生花の生育阻害が起こり花の数がいちじるしく減少した.以上の結果から,MeGI遺伝子は植物において雄器官の生育を阻害し雌化への方向を促進することが示唆された.これらMeGI遺伝子の導入によりみられた現象はカキ属の雌の個体における特徴と一致しており,カキ属では不稔の花粉様粒をまれにもつ未発達な雄ずいがみられ,花序における側生花の生育が阻害されて花の数が減少する.さらに,MeGI遺伝子はオオムギの側列小穂の小花稔実を制御するVrs1 10) の単系統のオーソログであり,花序における側生花の発達の抑制という機能において支持されるとともに,植物におけるこの遺伝子の機能の共通性が示唆された.
ベンサミアナタバコにおける一過的な共発現実験により,OGI遺伝子の発現によりMeGI遺伝子の発現量がいちじるしく減少することが示された.マメガキの混合芽における小分子RNAに対するRNA-seq解析により,OGI遺伝子はMeGI遺伝子に対しトランスに作用する21 bpのsiRNAとして機能することが示唆された.さらに,MeGI遺伝子においては,OGI遺伝子の発現を引き金として2次的なRNAiが発動して転写領域の全体に発現の抑制が広がり,雌雄原基の形成期ののちOGI遺伝子の発現が低下あるいは消失したのちも2次的なRNAiの発動は維持されていることが示唆された.
5.OGI遺伝子-MeGI遺伝子系による性決定のモデルとその進化
以上を考慮したカキ属植物における性決定のモデルを示した(図1).すなわち,MeGI(male growth inhibitor)遺伝子により雄器官の生育の阻害が起こり雌化が促進されているが,Y染色体をもつ個体ではOGI(oppressor of megi)遺伝子の機能によりMeGI遺伝子の機能が抑制され雄化へといたる.MeGI遺伝子を雌化因子と考えると,OGI遺伝子は優性の雌化抑制因子と定義され,これは1978年に提唱された植物のXY型の性決定モデルと一致する7).しかし,このモデルによればXY型の性決定の成立には2つの因子が必要であり,また,モデル植物における形質転換実験の結果だけをみれば,現時点でのOGI遺伝子の機能は雄化抑制因子の抑制因子であるため,厳密にはモデルとの矛盾点もある.この研究において得られた結果を考慮した進化モデルの再考と,Y染色体における性決定因子あるいは性決定領域の進化についてさらなる知見がもとめられるだろう.
おわりに
この研究は,植物の雌雄異株性を制御する性決定因子とその作用機作を同定したはじめての報告である.OGI遺伝子による性決定の機構はカキ属において広く保存されており,その起源はおよそ2000万年から5000万年もまえにさかのぼると考えられた.これは,植物の性決定機構の獲得の歴史において非常に古いものであり2-5),今後,植物の性染色体の進化およびその維持について新たな知見を生み出すものと期待される.また同時に,この研究は非モデル生物に対して次世代シークエンシンサーを利用した解析により実際に原因となる遺伝子を特定した希有な例であり,今後,このような“おもしろい形質をひめた,しかし,解析のしにくい”非モデル生物における研究が進展することが期待される.最後に,農学的な観点から性表現は育種や栽培の側面において考慮すべきもっとも重要な課題のひとつであり,今回の発見および得られた知見を応用して,多くの農作物における性表現型についての人為的な選抜,改変,制御が可能になることを期待したい.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2011年 京都大学大学院農学研究科 修了,同年 京都大学白眉プロジェクト 特任助教,同年 米国California大学Davis校 客員研究員を経て,同年より 京都大学大学院農学研究科 助教.
研究テーマ:カキにおける雌雄性の制御などの果樹園芸学全般.
関心事:クラリネットの演奏など音楽活動.
田尾 龍太郎(Ryutaro Tao)
京都大学大学院農学研究科 准教授.
© 2014 赤木剛士・田尾龍太郎 Licensed under CC 表示 2.1 日本