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網膜のニューロンはVEGFを希釈することにより血管の新生を制限する

岡部圭介・久保田義顕
(慶應義塾大学医学部 機能形態学研究室)
email:久保田義顕
DOI: 10.7875/first.author.2014.137

Neurons limit angiogenesis by titrating VEGF in retina.
Keisuke Okabe, Sakiko Kobayashi, Toru Yamada, Toshihide Kurihara, Ikue Tai-Nagara, Takeshi Miyamoto, Yoh-suke Mukouyama, Thomas N. Sato, Toshio Suda, Masatsugu Ema, Yoshiaki Kubota
Cell, 159, 584-596 (2014)




要 約


 生体において血管と神経系は解剖学的に伴走していることが多く,機能的にも密接に相互作用している.この研究において,筆者らは,VEGFの主要かつ血管内皮細胞において特異的な受容体として知られるVEGF受容体2が,発生期の網膜においては血管内皮細胞よりむしろニューロンに豊富に存在することを見い出した.ニューロンにおいて特異的にVEGF受容体2を欠損させたところ,通常は網膜の水平面にそって進行する血管の新生が,一部がニューロンの存在する深部へむけ垂直に進入するようになった.この血管新生の方向の異常は,VEGF受容体2を欠損したニューロンがVEGFを取り込まなくなることにより,ニューロンの周囲のVEGFの濃度が上昇することでひき起こされていた.さらに,虚血性網膜症のモデルにおいても,ニューロンに特異的なVEGF受容体2の欠損により血管新生の方向が変化することが見い出された.この研究により,ニューロンはVEGFを取り込むことによりその濃度を制御し,血管の新生を規定するという新たな分子機構が明らかになった.

はじめに


 血管と神経系は哺乳類の体内をくまなくめぐる二大ネットワークであるが,両者は生理的に1),また,病的な状態において2),密接に相互作用し,共通の誘導因子をもつことが報告されている3).網膜の血管は出生ののち発芽による血管新生により形成される.げっ歯類の場合,生後1週のうちにもっとも内側の神経節細胞層にそって血管が放射状に成長し浅部血管叢を形成するが,この段階では,より深部の網膜に血管が進入することはない.生後2週目以降に深部血管叢ついで中間部血管叢が段階的に形成され,生後3週までには3層の血管叢が形成される.
 神経節細胞層においては,血管の発生よりまえにアストロサイトが網目状の構造を成し,VEGF(vascular endothelial growth factor,血管内皮増殖因子)および細胞外マトリックスを供給することにより血管内皮の形成を誘導することが知られている4).生後1週目に血管が深層へと進入しないのはこのアストロサイトの誘導によることが想定されていたが,薬物あるいは遺伝的な操作によりアストロサイトを欠損させても血管が深層へと進入することはなかった4).したがって,発生期の網膜には血管新生の方向を規定する未知の分子機構が存在するものと考えられてきた.この研究において,筆者らは,網膜のニューロンが周囲におけるVEGFの濃度を制御することにより血管新生の方向を決定する新たな分子機構を見い出した.

1.出生ののちの網膜のニューロンにはVEGF受容体2が豊富に存在する


 VEGF受容体1およびVEGF受容体2の局在を調べるため,VEGF受容体1およびVEGF受容体2のそれぞれに異なる蛍光タンパク質を融合させたコンストラクトをもつトランスジェニックマウス5) を用い解析した.新生マウスの網膜においてVEGF受容体1は血管内皮細胞に限局していたが,VEGF受容体2は血管内皮細胞よりむしろ網膜のニューロンに豊富に存在すること,さらに,ニューロンにおけるVEGF受容体2の発現はマウスの発達にともない低下し,生後2週目にはほとんど認められなくなることがわかった.網膜以外の組織,耳介の皮膚,気管,脂肪,大脳皮質,骨髄では,VEGF受容体1およびVEGF受容体2のいずれもが血管内皮細胞に限局して認められたが,例外的に,肺のClara細胞にはVEGF受容体2の発現が認められた.
 発達にともないVEGF受容体2の発現が低下する分子機構について,VEGF受容体2をコードする遺伝子のエンハンサーであるDMME 6) を用い解析した.DMME-GFPレポーターマウスの網膜を解析したところ,出生ののち早期にはDMMEのエンハンサー活性が認められたが,生後7日目よりのちに消失することがわかった.
 以上の結果から,VEGF受容体2は血管が進入するよりまえの網膜のニューロンに豊富に存在し,エンハンサーDMMEの活性の低下とともに発現が低下することが示された.

2.ニューロンに特異的にVEGF受容体2を欠損させると血管新生の方向に異常が生じる


 網膜のニューロンにおけるVEGF受容体2の機能を解析する目的で,ニューロンにおいて特異的にVEGF受容体2を欠損するマウスにおいて,網膜の血管をホールマウント染色により解析した.すると,生後6日目の網膜において,通常と異なり,血管の一部が垂直に深部へむかい進入するという非常に特徴的な表現型を呈した.ここで観察された垂直方向への血管新生は,VEGFに依存性で血管先端細胞におけるフィロポディアの形成をともなう正常な血管の発芽と同様の形態的な特徴をもち,また,蛍光セルソーターを用いて計測した血管内皮細胞の数は対照となるマウスと同等であったことから,血管新生の量は変わらず方向の変化が生じたものと考えられた.また,対照となるマウスが垂直方向への血管新生を開始する生後9日目の時点で,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスにおいてはすでに深部血管叢および中間部血管叢が形成されており,さらに,生後28日目にはその分枝の数が顕著に増加していた.

3.ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜のニューロンは正常に発生する


 VEGF受容体2は神経栄養因子として機能するため,さきに述べた,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの表現型は,VEGF受容体2を欠損したニューロンの変性にともなう血管の2次的な変化である可能性が考えられた.しかし,免疫染色の結果,ニューロンの厚さ,形態,増殖,アポトーシスに異常は認められず,また,透過型電子顕微鏡により垂直方向に進入する血管が正常な神経節細胞のあいだを通過しているようすが観察された.網膜の血管の形成はアストロサイトや神経節細胞により誘導されることが報告されているが,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜ではアストロサイトおよび神経節細胞の形態に異常は認められず,さらに,網膜電図においても視機能の異常は認められなかった.
 このように,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜のニューロンは正常であり,ほかの神経栄養因子がVEGF受容体2の欠損をおぎなっているものと考えられた.

4.ニューロンにおけるVEGF受容体2の欠損はVEGFの取り込みの低下および周囲のVEGFの増加をきたす


 ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜において血管新生因子あるいは血管新生抑制因子の発現量が変化していると仮定し,定量PCR法によりそれらの発現について解析したが有意な変化は認められなかった.しかし,VEGF-Aのタンパク質定量により,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜では細胞外画分と細胞内画分との比が有意に増加していることがわかった.
 血管内皮細胞においてはVEGF受容体2がエンドサイトーシスにより細胞に取り込まれる機構が報告されており7),ニューロンにおいても同様の機構の存在する可能性が考えられた.実際に,野生型マウスの網膜では,ニューロンにおいて初期エンドソームのマーカーであるEEA1とVEGF-Aとが共存する複数のスポットが観察された.さらに,取り込まれたVEGFを追跡する目的で,網膜のニューロンを蛍光セルソーターにより選別して蛍光標識したVEGFを投与したところ,VEGFの取り込みは投与ののち10分に開始し,そののち,VEGFに陽性を示すエンドソームは徐々に消失した.この結果から,取り込まれたVEGFは細胞において即座に分解され,貯蔵や再利用は起こっていないと考えられた.ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜においては,このようなVEGFの取り込みはほとんど検出されなかった.
 以上の結果から,ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスの網膜においては,ニューロンによるVEGFの取り込みが低下し,ニューロンの周囲におけるVEGFの濃度が上昇することにより垂直方向への血管の新生が早期に起こることが示唆された.

5.VEGF受容体2にくわえVEGF-Aを欠損させると血管新生の方向の異常は消失する


 VEGFの濃度と血管新生との関連について調べるため,ニューロンにおいてVEGF受容体2およびVEGF-Aを欠損するダブルノックアウトマウスにおいて,網膜での血管新生を観察したところ,早期の垂直方向への血管新生は認められなかった.さらに,網膜の切片においてVEGF-Aを免疫染色した結果,VEGF受容体2の欠損により増強した網膜のニューロンにおけるVEGF-Aの発現は,VEGF-Aを同時に欠損させることにより著明に低下しており,この仮説がさらに裏づけられた.

6.ニューロンにおけるエンドサイトーシスの欠陥により血管新生の方向の異常がひき起こされる


 ニューロンの周囲においてVEGFの濃度が上昇するほかの機構として,VEGF受容体2のスプライシング変異型である可溶性VEGF受容体2がなくなることにより,VEGFを捕捉する効果が低下している可能性が考えられた.そこで,膜結合型のVEGF受容体2は欠損しないが可溶性VEGF受容体2を欠損するマウスを作製したが,血管新生の方向の異常は認められなかった.可溶性VEGF受容体2によるVEGFの捕捉の効果は微々たるもので,VEGFの濃度を有意に変化させるにはいたらないことが推測された.
 VEGF受容体2のエンドサイトーシスが血管新生の方向の異常に関与していることをさらに明らかにするため,細胞のエンドサイトーシスにおいて共同ではたらくことが報告されているDynamin 1およびDynamin 2 8) をニューロンにおいて特異的に欠損するマウスを作製したところ,予想どおり,早期の垂直方向への血管新生が認められた.さらに,このダブルノックアウトマウスにおいてVEGF-Aを同時に欠損させることにより,血管新生の方向の異常は認められなくなることも確認された.

7.ニューロンに特異的なVEGF受容体2の欠損により病的な血管新生は異常をきたす


 ニューロンに特異的なVEGF受容体2の欠損が虚血性網膜症モデル9) における病的な血管新生に及ぼす影響について検討した.ニューロン特異的VEGF受容体2ノックアウトマウスにおいては,病的な血管新生の程度に変化は認められなかったものの,無血管領域への血管再生の程度が対照となるマウスと比べ遅延した.その先進部をよく観察したところ,血管再生が深部へと進入することはなかったが,毛細血管の間隙への異常な血管新生が進行しているようすが認められた.虚血性網膜症においては,通常と異なり,VEGF受容体2に陽性を示すニューロンはおもに網膜の浅い層の神経節細胞層において多層化していた.これらの結果から,虚血性網膜症モデルにおいては,ニューロンによるVEGFの濃度の制御はおもに網膜の水平面にそった方向にはたらくものと考えられた.

おわりに


 発生期の網膜において,アストロサイトの産生するVEGFの濃度勾配にしたがいVEGF受容体2に依存して血管内皮の形成が誘導されることが知られているが4),この研究の結果から,網膜のニューロンもVEGF受容体2を強く発現し,VEGFをさかんに取り込むことによりニューロンの周囲のVEGFの濃度を制御し,血管の新生を規定していることが明らかになった.ニューロンにおいて特異的にVEGF受容体2を欠損させると,VEGFのエンドサイトーシスが起こらなくなる結果,ニューロンの周囲のVEGFの濃度が上昇し,ニューロンの存在する網膜の深部へむけた血管新生の起こることが示された(図1).



 ニューロンによりVEGFが多量に分泌されることの生物学的な意義についてはさらなる検討が必要であるが,硝子体血管の維持に寄与していることが推測される.胎生期の網膜や出生ののちの網膜の末梢領域にはアストロサイトが存在しないため,ニューロンが唯一のVEGFの産生源となっている可能性がある.実際に,ニューロンにおいてVEGFを過剰に発現させると硝子体血管が遺残するようになる10)
 この研究において明らかになったニューロンによる血管新生の制御機構をさらに解析することにより,加齢黄斑変性や糖尿病性網膜症など,網膜における血管新生をともなう疾患に対する新たな知見が得られるものと考えられる.

文 献



  1. Mukouyama, Y. S., Shin, D., Britsch, S. et al.: Sensory nerves determine the pattern of arterial differentiation and blood vessel branching in the skin. Cell, 109, 693-705 (2002)[PubMed]

  2. Lambrechts, D., Storkebaum, E., Morimoto, M. et al.: VEGF is a modifier of amyotrophic lateral sclerosis in mice and humans and protects motoneurons against ischemic death. Nat. Genet., 34, 383-394 (2003)[PubMed]

  3. Lu, X., Le Noble, F., Yuan, L. et al.: The netrin receptor UNC5B mediates guidance events controlling morphogenesis of the vascular system. Nature, 432, 179-186 (2004)[PubMed]

  4. Gerhardt, H., Golding, M., Fruttiger, M. et al.: VEGF guides angiogenic sprouting utilizing endothelial tip cell filopodia. J. Cell. Biol., 161, 1163-1177 (2003)[PubMed]

  5. Ishitobi, H., Matsumoto, K., Azami, T. et al.: Flk1-GFP BAC Tg mice: an animal model for the study of blood vessel development. Exp. Anim., 59, 615-622 (2010)[PubMed]

  6. Ishitobi, H., Wakamatsu, A., Liu, F. et al.: Molecular basis for Flk1 expression in hemato-cardiovascular progenitors in the mouse. Development, 138, 5357-5368 (2011)[PubMed]

  7. Lampugnani, M. G., Orsenigo, F., Gagliani, M. C. et al.: Vascular endothelial cadherin controls VEGFR-2 internalization and signaling from intracellular compartments. J. Cell. Biol., 174, 593-604 (2006)[PubMed]

  8. Ferguson, S. M., Raimondi, A., Paradise, S. et al.: Coordinated actions of actin and BAR proteins upstream of dynamin at endocytic clathrin-coated pits. Dev. Cell., 17, 811-822 (2009)[PubMed]

  9. Smith, L. E., Wesolowski, E., McLellan, A. et al.: Oxygen-induced retinopathy in the mouse. Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 35, 101-111 (1994)[PubMed]

  10. Kurihara, T., Kubota, Y., Ozawa, Y. et al.: von Hippel-Lindau protein regulates transition from the fetal to the adult circulatory system in retina. Development, 137, 1563-1571 (2010)[PubMed]





著者プロフィール


岡部 圭介(Keisuke Okabe)
略歴:2014年 慶應義塾大学大学院医学研究科 修了,同年より同 助教.
研究テーマ:中枢神経系における血管の発生のダイナミクス.
抱負:地に足の着いた研究.当たり前のことを当たり前にやる.

久保田 義顕(Yoshiaki Kubota)
慶應義塾大学医学部 准教授.
研究室URL:http://www.keiovascular.com/

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