細胞質ダイニンの自己制御の機構および協同的な活性化
鳥澤嵩征1・豊島陽子2・古田健也1
(1情報通信研究機構未来ICT研究所 バイオICT研究室生体物性グループ,2東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学)
email:鳥澤嵩征
DOI: 10.7875/first.author.2014.128
Autoinhibition and cooperative activation mechanisms of cytoplasmic dynein.
Takayuki Torisawa, Muneyoshi Ichikawa, Akane Furuta, Kei Saito, Kazuhiro Oiwa, Hiroaki Kojima, Yoko Y. Toyoshima, Ken'ya Furuta
Nature Cell Biology, 16, 1118-1124 (2014)
細胞質ダイニンは細胞内輸送や細胞分裂など多様な現象に関与する微小管系のモータータンパク質である.多様な役割をたった1種類のタンパク質が担うためには,その活性が細胞周期やはたらく場所に応じて適切に制御される必要があり,実際に,細胞質ダイニンには多くの制御タンパク質の存在が知られている.今回,筆者らは,これら種々の制御タンパク質による制御のさらに下の階層の制御機構として,細胞質ダイニンは自己制御の機構を備えていることを明らかにした.1分子運動の観察および電子顕微鏡による観察により,細胞質ダイニンは1分子として存在する場合には運動が不活性に保たれるような特徴的な形態をとり自己阻害の状態になっていることが明らかになり,この形態が解除されることにより運動が活性化されることが示された.また,DNAオリガミ技術を用いた多分子運動の観察により,多分子化にともない自己阻害が自発的に解除されることも明らかにされた.
細胞質ダイニンはAAA+スーパーファミリーに属するモータータンパク質であり,微小管のマイナス端への運動極性をもつ.細胞質ダイニンは重鎖,中間鎖,軽鎖,中間軽鎖といった複数のペプチドから形成されるタンパク質複合体であり,このうちAAA+スーパーファミリーに特徴的なリング構造を含む2本の重鎖が細胞質ダイニンの“足”を形成し,運動においてもっとも重要な役割を担っている.AAAリングに存在するATP加水分解部位におけるATPの加水分解のサイクルと,このリングから突き出している微小管結合部位“ストーク”における微小管に対する親和性の変化,そして,AAAリングと二量体化部位とをつなぐ“リンカー”の構造変化が協調することにより,運動が起こると考えられている1).細胞質ダイニンの細胞における機能は,オルガネラやRNAなどの種々の物質の細胞内輸送,有糸分裂にともなう紡錘体の配置の移動や染色体の分離,神経上皮細胞におけるニューロンの遊走など,非常に多岐にわたる1).このような多様なはたらきにもかかわらず,細胞質ダイニンは1つの遺伝子によりコードされており,同じく微小管の上を運動するモータータンパク質であるキネシンが細胞周期と機能に応じた15のサブファミリーからなるスーパーファミリーを形成していることとは対照的である.このように,1種類のタンパク質が多様な役割を担うためには,その活性が時間的および空間的に適切に制御されることが必要であると考えられる.実際に,細胞質ダイニンにはダイナクチン,LIS1,Bicaudal Dといった制御タンパク質が多く存在していることが知られている2).一方で,ある種のキネシンやミオシンでは小胞などのカーゴが尾部に結合することにより運動が活性化される自己制御の機構が備わっていることが知られているが3-5),細胞質ダイニンにこのような自己制御のしくみが存在しているのかどうかはわかっていない.ただし,高等動物の細胞質ダイニンの1分子レベルでの研究においては,その運動がプロセッシブ(微小管から解離せずに一方向に一定の距離を進むことができること)であるという報告6) とプロセッシブでなはいという報告7) の双方が入り乱れた状況がつづいており,このような2種類の運動モードが報告されていることは,なんらかの自己制御的なスイッチの存在を示唆していると考えられた.そこで,筆者らは,ヒトの培養細胞から単離した組換え体の細胞質ダイニンを用いて高等生物の細胞質ダイニンの基本的な性質を明らかにし,2種類の運動モードの裏にひそむしくみ,自己制御の機構の有無を調べることにした.
哺乳類の細胞質ダイニンの基本的な性質を調べるため,ヒトの培養細胞を用いて組換え細胞質ダイニン重鎖を発現させ精製し,その1分子運動を観察した.HEK293細胞から精製された全長のヒトの細胞質ダイニンを蛍光標識し,ATPの存在のもとでの微小管の上でのふるまいを観察したところ,平均するとわずかにマイナス端の方向にむかう拡散性の運動を示した.このような運動は,生体において細胞質ダイニンにより駆動される輸送は数μmにわたり一方向に数百nm/sの速さで起こるという細胞レベルでの観察8,9) とは整合しない.先行研究でキネシンやミオシンにおいて観察されているような尾部へのカーゴの結合が一方向性の運動をひき起こす自己制御の機構3-5) を念頭におき,細胞質ダイニンにおいても同様の現象が起こるかどうかを細胞質ダイニンに人工的なカーゴを結合させた1分子運動アッセイにより検証した.その結果,カーゴが量子ドットあるいはポリスチレンビーズのどちらの場合も運動に変化は生じなかった.このことは,細胞質ダイニンにはキネシンやミオシンとは異なる自己阻害的な機構が備わっていることを示唆した.
1分子の細胞質ダイニンがATPの存在のもとで微小管の上を拡散しているとき,どのような状態が支配的な寄与をしているのだろうか? この疑問に答えるため,運動を観察する際の溶液のヌクレオチドの条件をATPの加水分解のサイクルに対応して,ヌクレオチドのないアポ,AMP-PNP(ATP状態を模す),ADP-Vi(ADP-Pi状態を模す),ADPの4つの条件として運動を観察した.その結果,細胞質ダイニンはアポ,AMP-PNP,ADPの3つの条件において微小管の上の一点にとどまる傾向をみせたのに対し,ATP-Viの条件においてのみ,微小管の上で激しい拡散性の運動がみられた.これは,細胞質ダイニンの拡散性の運動に対してADP-Pi状態が支配的に寄与していること,さらには,たとえATPが溶液にふんだんに存在している場合でも,1分子の細胞質ダイニンは微小管の上ではADP-Pi状態にトラップされていることを示唆した.
細胞質ダイニンの分子形態を電子顕微鏡で観察したところ,拡散性の運動を示すATPの存在下およびADP-Viの条件においては,ほかの条件とは異なるコンパクトな形態をとっていることを見い出した.この形態は細胞質ダイニンの2つの頭部が積み重なったようにみえたため,“スタック構造”とよぶことにした.スタック構造をとる細胞質ダイニンの割合と拡散係数とのあいだには相関がみられ,形態と微小管の上でのふるまいとが密接に関係していることが示唆された.すなわち,細胞質ダイニンはATPの存在下で微小管の上を拡散性の運動をしているときには,ADP-Pi状態にてスタック構造をとっている可能性がある.
このスタック構造の詳細を探るため,多数の電子顕微鏡像を平均化する単粒子解析を行ったところ,すでに結晶構造の得られている細胞性粘菌のダイニンの結晶学的な二量体構造10) に非常に似た構造が得られた.この結晶学的な二量体構造においては,細胞質ダイニンの2つの頭部はC末端ドメインが存在する面をむかいあわせており,観察されたスタック構造においても同様にC末端側をむかいあわせている可能性が示唆された.かりにこの可能性が正しければ,細胞質ダイニンの2つの頭部が同じ面をむかいあわせることで,その“足先”であるストークは互いにほぼ真逆の方向をむくことになり,スタック構造をとる1分子の細胞質ダイニンにおいて,正しいむきで微小管と相互作用できる“足”の数は1本に制限されることになる.この描像は,1分子の細胞質ダイニンのふるまいが拡散的になることの説明につながるものと考えている.
スタック構造を人為的に形成しにくくすることにより,細胞質ダイニンの運動が拡散性のものから一方向性のものへと変化するかどうか検証した.細胞質ダイニンの尾部を段階的に削っていきGSTにより人為的に二量体化させた4種類の組換え細胞質ダイニンを作製し,微小管の上での運動と形態とのあいだの関係について調べた.その結果,尾部が短くなるにつれスタック構造をとる細胞質ダイニンの割合は低下し,同時に,運動の拡散性の減少も観察された.このことから,細胞質ダイニンは2つの頭部がスタック構造をとることにより拡散性の運動をするようになる可能性がさらに強まった.
さらにこの可能性を検証するため,人為的にスタック構造をまったくとれないようにした組換え細胞質ダイニンを作製し,その運動および形態を観察した.まず,剛体棒とみなせるαアクチニンのロッドドメインを使い,2つのモータードメインを25 nmほど離した二量体の組換え細胞質ダイニンを作製した.電子顕微鏡によりこの組換え細胞質ダイニンの2つの頭部がスタックしていないことを確認したうえで,微小管の上での運動を観察したところ,尾部を削った二量体の組換え細胞質ダイニンよりも速く着実な一方向性の運動を獲得し,ATPの加水分解の速度も野生型の細胞質ダイニンの約2倍と明らかに活性化されていることがわかった.この結果は,スタック構造の形成が拡散的な阻害状態をひき起こすという仮説を支持するものであった.
しかしながら,αアクチニンのロッドドメインの剛性の高さゆえ,頭部のあいだにかかる張力が細胞質ダイニンの一方向性の運動の重要である可能性を排除することはできなかった.そこで,細胞質ダイニンとαアクチニンとのあいだにフレキシブルなリンカーを挿入した二量体の組換え細胞質ダイニンを作製してその運動を観察したが,リンカーの挿入は一方向性の運動に大きな影響をあたえなかった.さらにこの仮説を検証するため,通常はスタック構造をとる尾部を削った二量体の組換え細胞質ダイニンのC末端に,スタック構造を形成した際に物理的な障害となると考えられるGFPを融合したコンストラクトを作製した.その結果,この組換え細胞質ダイニンではスタック構造をとる割合は60%から20%に低下し,拡散性だった運動は一方向性の運動へと変化した.以上の結果から,細胞質ダイニンにおいて,頭部のあいだに張力がはたらくかどうかは阻害状態の解除に重要ではなく,スタック構造をとることが拡散的な阻害状態をひき起こしていると考えられた.
全長の細胞質ダイニンにおいて,どのような要因が自己阻害からの回復をもたらすかを調べた.さきに述べたように,カーゴとして量子ドットあるいはポリスチレンビーズを結合させただけでは,1分子の細胞質ダイニンの運動は一方向性には転じなかった.一般的に,細胞内輸送においては単一のカーゴに複数のモータータンパク質が結合していると理解されている.そこで,量子ドットあるいはビーズに結合する細胞質ダイニンの数を増やしていったところ,これらの複合体は一方向性の運動をするようになることがわかった.このことは,細胞質ダイニンの多分子化にともない自己阻害の状態からの解除が起こる可能性を示唆した.阻害解除の起こる最小の細胞質ダイニンの分子数を探るため,2本鎖DNAおよびDNAオリガミ技術を用いて作製した足場を利用して,厳密に分子数が制御された状況において細胞質ダイニンの運動を観察した.その結果,最低2分子の細胞質ダイニンが単一のカーゴに結合するだけで一方向性の運動がひき起こされることが明らかになった.細胞質ダイニンが2分子より増えても,速度が少しずつ上昇していくだけで定性的に大きな違いはなかった.1分子と2分子とで速度の分布を比較すると,2分子では後方への速度成分が大きく減少しており,これが結果として一方向性の運動につながっているものと考えられた.
カーゴがなく1分子で存在しているときには能動的な一方向性の運動が阻害されるという細胞質ダイニンの自己制御機構(図1)は,制御タンパク質による制御と組み合わさることにより,実際の細胞において階層性をもつ制御機構を形成している可能性がある.また,自己阻害の状態での微小管の上での拡散性の運動は,一定の距離範囲においては能動的な一方向性の運動よりもすばやく微小管の上を移動できることがわかった.このことは,細胞質ダイニンはカーゴのないときにはエネルギーの消費を抑えて待機し,微小管の上のカーゴを探知してすばやく輸送に参加できるという利点があると考えられる.さらに,状況に応じた拡散性の運動と一方向性の運動とのあいだの転換は,先行研究における哺乳類の細胞質ダイニンのさまざまな運動モードのバリエーションを説明でき,多様なふるまいをみせる細胞質ダイニンの運動の理解に統一的な見地を提供することができたと考えている.
略歴:2014年 東京大学大学院総合文化研究科 修了,同年より情報通信研究機構未来ICT研究所 研究員.
研究テーマ:モータータンパク質の関与する協同的な現象.
抱負:1分子と細胞とをつなぐ研究をしていきたい.
豊島 陽子(Yoko Y. Toyoshima)
東京大学大学院総合文化研究科 教授.
古田 健也(Ken'ya Furuta)
情報通信研究機構未来ICT研究所 主任研究員.
© 2014 鳥澤嵩征・豊島陽子・古田健也 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(1情報通信研究機構未来ICT研究所 バイオICT研究室生体物性グループ,2東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学)
email:鳥澤嵩征
DOI: 10.7875/first.author.2014.128
Autoinhibition and cooperative activation mechanisms of cytoplasmic dynein.
Takayuki Torisawa, Muneyoshi Ichikawa, Akane Furuta, Kei Saito, Kazuhiro Oiwa, Hiroaki Kojima, Yoko Y. Toyoshima, Ken'ya Furuta
Nature Cell Biology, 16, 1118-1124 (2014)
要 約
細胞質ダイニンは細胞内輸送や細胞分裂など多様な現象に関与する微小管系のモータータンパク質である.多様な役割をたった1種類のタンパク質が担うためには,その活性が細胞周期やはたらく場所に応じて適切に制御される必要があり,実際に,細胞質ダイニンには多くの制御タンパク質の存在が知られている.今回,筆者らは,これら種々の制御タンパク質による制御のさらに下の階層の制御機構として,細胞質ダイニンは自己制御の機構を備えていることを明らかにした.1分子運動の観察および電子顕微鏡による観察により,細胞質ダイニンは1分子として存在する場合には運動が不活性に保たれるような特徴的な形態をとり自己阻害の状態になっていることが明らかになり,この形態が解除されることにより運動が活性化されることが示された.また,DNAオリガミ技術を用いた多分子運動の観察により,多分子化にともない自己阻害が自発的に解除されることも明らかにされた.
はじめに
細胞質ダイニンはAAA+スーパーファミリーに属するモータータンパク質であり,微小管のマイナス端への運動極性をもつ.細胞質ダイニンは重鎖,中間鎖,軽鎖,中間軽鎖といった複数のペプチドから形成されるタンパク質複合体であり,このうちAAA+スーパーファミリーに特徴的なリング構造を含む2本の重鎖が細胞質ダイニンの“足”を形成し,運動においてもっとも重要な役割を担っている.AAAリングに存在するATP加水分解部位におけるATPの加水分解のサイクルと,このリングから突き出している微小管結合部位“ストーク”における微小管に対する親和性の変化,そして,AAAリングと二量体化部位とをつなぐ“リンカー”の構造変化が協調することにより,運動が起こると考えられている1).細胞質ダイニンの細胞における機能は,オルガネラやRNAなどの種々の物質の細胞内輸送,有糸分裂にともなう紡錘体の配置の移動や染色体の分離,神経上皮細胞におけるニューロンの遊走など,非常に多岐にわたる1).このような多様なはたらきにもかかわらず,細胞質ダイニンは1つの遺伝子によりコードされており,同じく微小管の上を運動するモータータンパク質であるキネシンが細胞周期と機能に応じた15のサブファミリーからなるスーパーファミリーを形成していることとは対照的である.このように,1種類のタンパク質が多様な役割を担うためには,その活性が時間的および空間的に適切に制御されることが必要であると考えられる.実際に,細胞質ダイニンにはダイナクチン,LIS1,Bicaudal Dといった制御タンパク質が多く存在していることが知られている2).一方で,ある種のキネシンやミオシンでは小胞などのカーゴが尾部に結合することにより運動が活性化される自己制御の機構が備わっていることが知られているが3-5),細胞質ダイニンにこのような自己制御のしくみが存在しているのかどうかはわかっていない.ただし,高等動物の細胞質ダイニンの1分子レベルでの研究においては,その運動がプロセッシブ(微小管から解離せずに一方向に一定の距離を進むことができること)であるという報告6) とプロセッシブでなはいという報告7) の双方が入り乱れた状況がつづいており,このような2種類の運動モードが報告されていることは,なんらかの自己制御的なスイッチの存在を示唆していると考えられた.そこで,筆者らは,ヒトの培養細胞から単離した組換え体の細胞質ダイニンを用いて高等生物の細胞質ダイニンの基本的な性質を明らかにし,2種類の運動モードの裏にひそむしくみ,自己制御の機構の有無を調べることにした.
1.1分子の細胞質ダイニンは微小管の上で拡散性の運動をする
哺乳類の細胞質ダイニンの基本的な性質を調べるため,ヒトの培養細胞を用いて組換え細胞質ダイニン重鎖を発現させ精製し,その1分子運動を観察した.HEK293細胞から精製された全長のヒトの細胞質ダイニンを蛍光標識し,ATPの存在のもとでの微小管の上でのふるまいを観察したところ,平均するとわずかにマイナス端の方向にむかう拡散性の運動を示した.このような運動は,生体において細胞質ダイニンにより駆動される輸送は数μmにわたり一方向に数百nm/sの速さで起こるという細胞レベルでの観察8,9) とは整合しない.先行研究でキネシンやミオシンにおいて観察されているような尾部へのカーゴの結合が一方向性の運動をひき起こす自己制御の機構3-5) を念頭におき,細胞質ダイニンにおいても同様の現象が起こるかどうかを細胞質ダイニンに人工的なカーゴを結合させた1分子運動アッセイにより検証した.その結果,カーゴが量子ドットあるいはポリスチレンビーズのどちらの場合も運動に変化は生じなかった.このことは,細胞質ダイニンにはキネシンやミオシンとは異なる自己阻害的な機構が備わっていることを示唆した.
2.細胞質ダイニンの拡散性の運動にはADP-Pi状態が支配的に寄与する
1分子の細胞質ダイニンがATPの存在のもとで微小管の上を拡散しているとき,どのような状態が支配的な寄与をしているのだろうか? この疑問に答えるため,運動を観察する際の溶液のヌクレオチドの条件をATPの加水分解のサイクルに対応して,ヌクレオチドのないアポ,AMP-PNP(ATP状態を模す),ADP-Vi(ADP-Pi状態を模す),ADPの4つの条件として運動を観察した.その結果,細胞質ダイニンはアポ,AMP-PNP,ADPの3つの条件において微小管の上の一点にとどまる傾向をみせたのに対し,ATP-Viの条件においてのみ,微小管の上で激しい拡散性の運動がみられた.これは,細胞質ダイニンの拡散性の運動に対してADP-Pi状態が支配的に寄与していること,さらには,たとえATPが溶液にふんだんに存在している場合でも,1分子の細胞質ダイニンは微小管の上ではADP-Pi状態にトラップされていることを示唆した.
3.拡散性の運動をしている細胞質ダイニンはコンパクトな形態をとる
細胞質ダイニンの分子形態を電子顕微鏡で観察したところ,拡散性の運動を示すATPの存在下およびADP-Viの条件においては,ほかの条件とは異なるコンパクトな形態をとっていることを見い出した.この形態は細胞質ダイニンの2つの頭部が積み重なったようにみえたため,“スタック構造”とよぶことにした.スタック構造をとる細胞質ダイニンの割合と拡散係数とのあいだには相関がみられ,形態と微小管の上でのふるまいとが密接に関係していることが示唆された.すなわち,細胞質ダイニンはATPの存在下で微小管の上を拡散性の運動をしているときには,ADP-Pi状態にてスタック構造をとっている可能性がある.
このスタック構造の詳細を探るため,多数の電子顕微鏡像を平均化する単粒子解析を行ったところ,すでに結晶構造の得られている細胞性粘菌のダイニンの結晶学的な二量体構造10) に非常に似た構造が得られた.この結晶学的な二量体構造においては,細胞質ダイニンの2つの頭部はC末端ドメインが存在する面をむかいあわせており,観察されたスタック構造においても同様にC末端側をむかいあわせている可能性が示唆された.かりにこの可能性が正しければ,細胞質ダイニンの2つの頭部が同じ面をむかいあわせることで,その“足先”であるストークは互いにほぼ真逆の方向をむくことになり,スタック構造をとる1分子の細胞質ダイニンにおいて,正しいむきで微小管と相互作用できる“足”の数は1本に制限されることになる.この描像は,1分子の細胞質ダイニンのふるまいが拡散的になることの説明につながるものと考えている.
4.スタック構造の解除は細胞質ダイニンの運動を拡散性から一方向性へと転換させる
スタック構造を人為的に形成しにくくすることにより,細胞質ダイニンの運動が拡散性のものから一方向性のものへと変化するかどうか検証した.細胞質ダイニンの尾部を段階的に削っていきGSTにより人為的に二量体化させた4種類の組換え細胞質ダイニンを作製し,微小管の上での運動と形態とのあいだの関係について調べた.その結果,尾部が短くなるにつれスタック構造をとる細胞質ダイニンの割合は低下し,同時に,運動の拡散性の減少も観察された.このことから,細胞質ダイニンは2つの頭部がスタック構造をとることにより拡散性の運動をするようになる可能性がさらに強まった.
さらにこの可能性を検証するため,人為的にスタック構造をまったくとれないようにした組換え細胞質ダイニンを作製し,その運動および形態を観察した.まず,剛体棒とみなせるαアクチニンのロッドドメインを使い,2つのモータードメインを25 nmほど離した二量体の組換え細胞質ダイニンを作製した.電子顕微鏡によりこの組換え細胞質ダイニンの2つの頭部がスタックしていないことを確認したうえで,微小管の上での運動を観察したところ,尾部を削った二量体の組換え細胞質ダイニンよりも速く着実な一方向性の運動を獲得し,ATPの加水分解の速度も野生型の細胞質ダイニンの約2倍と明らかに活性化されていることがわかった.この結果は,スタック構造の形成が拡散的な阻害状態をひき起こすという仮説を支持するものであった.
しかしながら,αアクチニンのロッドドメインの剛性の高さゆえ,頭部のあいだにかかる張力が細胞質ダイニンの一方向性の運動の重要である可能性を排除することはできなかった.そこで,細胞質ダイニンとαアクチニンとのあいだにフレキシブルなリンカーを挿入した二量体の組換え細胞質ダイニンを作製してその運動を観察したが,リンカーの挿入は一方向性の運動に大きな影響をあたえなかった.さらにこの仮説を検証するため,通常はスタック構造をとる尾部を削った二量体の組換え細胞質ダイニンのC末端に,スタック構造を形成した際に物理的な障害となると考えられるGFPを融合したコンストラクトを作製した.その結果,この組換え細胞質ダイニンではスタック構造をとる割合は60%から20%に低下し,拡散性だった運動は一方向性の運動へと変化した.以上の結果から,細胞質ダイニンにおいて,頭部のあいだに張力がはたらくかどうかは阻害状態の解除に重要ではなく,スタック構造をとることが拡散的な阻害状態をひき起こしていると考えられた.
5.細胞質ダイニンが多分子化することにより一方向性の運動が現われる
全長の細胞質ダイニンにおいて,どのような要因が自己阻害からの回復をもたらすかを調べた.さきに述べたように,カーゴとして量子ドットあるいはポリスチレンビーズを結合させただけでは,1分子の細胞質ダイニンの運動は一方向性には転じなかった.一般的に,細胞内輸送においては単一のカーゴに複数のモータータンパク質が結合していると理解されている.そこで,量子ドットあるいはビーズに結合する細胞質ダイニンの数を増やしていったところ,これらの複合体は一方向性の運動をするようになることがわかった.このことは,細胞質ダイニンの多分子化にともない自己阻害の状態からの解除が起こる可能性を示唆した.阻害解除の起こる最小の細胞質ダイニンの分子数を探るため,2本鎖DNAおよびDNAオリガミ技術を用いて作製した足場を利用して,厳密に分子数が制御された状況において細胞質ダイニンの運動を観察した.その結果,最低2分子の細胞質ダイニンが単一のカーゴに結合するだけで一方向性の運動がひき起こされることが明らかになった.細胞質ダイニンが2分子より増えても,速度が少しずつ上昇していくだけで定性的に大きな違いはなかった.1分子と2分子とで速度の分布を比較すると,2分子では後方への速度成分が大きく減少しており,これが結果として一方向性の運動につながっているものと考えられた.
おわりに
カーゴがなく1分子で存在しているときには能動的な一方向性の運動が阻害されるという細胞質ダイニンの自己制御機構(図1)は,制御タンパク質による制御と組み合わさることにより,実際の細胞において階層性をもつ制御機構を形成している可能性がある.また,自己阻害の状態での微小管の上での拡散性の運動は,一定の距離範囲においては能動的な一方向性の運動よりもすばやく微小管の上を移動できることがわかった.このことは,細胞質ダイニンはカーゴのないときにはエネルギーの消費を抑えて待機し,微小管の上のカーゴを探知してすばやく輸送に参加できるという利点があると考えられる.さらに,状況に応じた拡散性の運動と一方向性の運動とのあいだの転換は,先行研究における哺乳類の細胞質ダイニンのさまざまな運動モードのバリエーションを説明でき,多様なふるまいをみせる細胞質ダイニンの運動の理解に統一的な見地を提供することができたと考えている.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2014年 東京大学大学院総合文化研究科 修了,同年より情報通信研究機構未来ICT研究所 研究員.
研究テーマ:モータータンパク質の関与する協同的な現象.
抱負:1分子と細胞とをつなぐ研究をしていきたい.
豊島 陽子(Yoko Y. Toyoshima)
東京大学大学院総合文化研究科 教授.
古田 健也(Ken'ya Furuta)
情報通信研究機構未来ICT研究所 主任研究員.
© 2014 鳥澤嵩征・豊島陽子・古田健也 Licensed under CC 表示 2.1 日本