レクチン受容体様キナーゼDORN1は植物における細胞外ATP受容体である
田仲 究
(米国Missouri大学Columbia校Division of Plant Sciences)
email:田仲 究
DOI: 10.7875/first.author.2014.020
Identification of a plant receptor for extracellular ATP.
Jeongmin Choi, Kiwamu Tanaka, Yangrong Cao, Yue Qi, Jing Qiu, Yan Liang, Sang Yeol Lee, Gary Stacey
Science, 343, 290-294 (2014)
細胞外ATPはさまざまな生理現象にかかわる重要なシグナル分子であり,動物においてはP2プリン受容体により認識される.最近,植物においても細胞外におけるATPの存在が確認され,成長や分化,環境応答において重要な役割を担うことが知られている.しかし,植物のゲノムにはP2プリン受容体に相同な遺伝子はコードされておらず,植物において細胞外ATPが認識される機構は長いあいだ不明であった.筆者らは,モデル植物であるシロイヌナズナにおいてATP非感受性変異体を単離し,その原因遺伝子であるDORN1遺伝子がレクチン受容体様キナーゼをコードしていることを見い出した.DORN1の細胞外ドメインはATPに高い親和性で特異的に結合することがわかった.また,DORN1遺伝子の機能を欠損させるとATPを投与したときに誘導される細胞内の応答が完全に欠失した.さらに,DORN1遺伝子を過剰に発現させると傷害ストレスに対する反応が上昇した.これらのことから,DORN1は植物における細胞外ATP受容体であり,さまざまなストレス応答に関与していることが示唆された.
ATPはすべての細胞に存在し,生体におけるエネルギー通貨として必要不可欠な役割を担う.それにくわえ,ATPは細胞外シグナル分子としても機能しており,神経伝達や筋肉の収縮,炎症反応,細胞の成長や細胞死など,さまざまな生理現象にかかわっている.この細胞外ATPの概念は古くから提唱されていたが1),1990年代,動物において細胞外ATPの受容体であるP2プリン受容体が単離されて以来2,3),そのシグナル伝達の研究はめざましい発展をとげた.
一方,植物においては,細胞外のATPが植物の成長や分化,環境応答に影響を及ぼすことが報告されていたものの,その作用機作が不明であったため,細胞外ATPに関する概念は広く受け入れられてはいなかった.しかしながら,さまざまな外的な刺激により細胞外のATP濃度が上昇することや,細胞外のヌクレオチド分解酵素であるエクトアピラーゼの存在から(図1),植物においてもATPが細胞外に分泌され,その量が酵素的に制御されていることが予想された4).また,動物と同じように,ATPを投与したときに細胞内セカンドメッセンジャーであるCa2+,活性酸素種,一酸化窒素などの産生が観察されることから,植物もなんらかのかたちで細胞外ATPを認識していることが示唆されていた5).しかし,動物のもつP2プリン受容体の相同遺伝子は植物のゲノムにはコードされていない.そこで,筆者らは,細胞外ATPの認識にかかわる遺伝子を探索するため,モデル植物であるシロイヌナズナを使ったATP非感受性変異体の遺伝学的なスクリーニングを行った.
以前に,筆者らは,クラゲに由来するCa2+感受性発光タンパク質であるイクオリン6) を発現する形質転換シロイヌナズナを用いて,ATPが細胞内のCa2+濃度を一過的に上昇させることを報告した7).そこで,このイクオリン形質転換シロイヌナズナをエチルメタンスルホン酸で処理することにより変異を誘発し,得られた5万粒のM2世代の種子からATPに依存的な細胞内Ca2+応答に異常をきたした変異体をスクリーニングした.その結果,ATPに対する応答を完全に欠失した2つの変異体が得られた.これらの変異体はほかのヌクレオチドに対しても非感受性を示した.また,表現型相補性試験により,これら2つの変異体は同じ遺伝子座に変異をもつことが示された.以上のことをもとに,これらATP非感受性変異体をdorn1-1変異体およびdorn1-2変異体(dorn:does not respond to nucleotides)と名づけた.
dorn1変異体のATPに対する反応を詳細に観察した.野生型のシロイヌナズナにATPを投与すると10分以内にMAPキナーゼのリン酸化反応がみられるが,この反応はdorn1-1変異体では確認されなかった.さらに,マイクロアレイ解析により遺伝子発現に対するATPの投与の影響を調べた結果,野生型ではATPの投与から30分のちに332遺伝子の発現が上昇し242遺伝子の発現が減少した.これらの結果をもとに遺伝子オントロジー解析を行ったところ,ATPに依存して発現が上昇する遺伝子のなかには,ストレス応答遺伝子やシグナル伝達関連遺伝子が有意に濃縮されていることがわかった.一方,興味深いことに,dorn1-1変異体ではATPの投与により発現量が有意に変化する遺伝子はまったく確認されなかった.
dorn1変異体の原因遺伝子であるDORN1遺伝子を同定するため,ホモ接合型の組換え体F2世代を用いて遺伝子マッピングを行った.その結果,DORN1遺伝子の存在する領域を第5染色体の長腕の615 kbにまで絞り込むことができた.さらに正確な変異の位置を特定するため,dorn1-1変異体およびdorn1-2変異体の全ゲノム配列を決定し遺伝子マッピングの結果と照合した.その結果,DORN1遺伝子がレクチン受容体様キナーゼであるLecRK-I.9 8)(At5g60300)をコードしていることをつきとめた.このタンパク質は,細胞外レクチンドメイン,膜貫通ドメイン,細胞内キナーゼドメインから構成される.dorn1-1変異体およびdorn1-2変異体はどちらも細胞内キナーゼドメインに変異が生じていた.dorn1-1変異体は572番目のAsp,dorn1-2変異体は525番目のAspがAsnに置換された変異タンパク質を発現しており,キナーゼ活性は完全に欠失していた.
DORN1遺伝子がLecRK-I.9をコードすることをさらに確かめるため,LecRK-I.9にT-DNA挿入をもつ変異体(のちに,dorn1-3変異体と命名)を米国Arabidopsis Biological Resource Centerから入手し,その表現型について解析した.その結果,点変異をもつdorn1-1変異体やdorn1-2変異体と同様に,dorn1-3変異体においてもATPに依存的な細胞内Ca2+応答や遺伝子発現応答は完全に欠失していた.また,LecRK-I.9をdorn1-2変異体において発現させるとATPに対する感受性が回復した.以上のことから,DORN1遺伝子はレクチン受容体様キナーゼLecRK-I.9をコードしており,その機能欠損変異体はATPに対し完全に非感受性であることがわかった.
DORN1が細胞外ATP受容体であると仮定するならば,その機能欠損変異体の反応はATP(および,ほかのヌクレオチド)に特異的であることが想定された.いい換えれば,ほかの刺激に対しては野生型と同じように反応すると予想された.実際に,dorn1変異体は,低温,塩,浸透圧などの非生物的な環境因子,および,エリシターに対し野生型と同じような細胞内Ca2+応答を示した.
哺乳類のもつある種のP2プリン受容体はADPまたはUTPを優先的に認識することが知られている.そこで,DORN1がほかのヌクレオチドを認識するかどうか調べた.その結果,dorn1変異体はATPだけでなくほかのプリンヌクレオチドに対しても非感受性であった.一方,CTPをはじめとするピリミジンヌクレオチドに対しては野生型と同じような反応を示した.これは,植物においてDORN1のほかにCTPを認識する受容体が存在する可能性を示唆した.また,DORN1過剰発現体は野生型と比べATPに対し約20倍も高い反応を示し,その反応強度は,ATP > GTP > ITP > TTP = UTP > CTPの順であった.以上の結果から,DORN1は植物において細胞外ヌクレオチドの認識に不可欠であり,プリンヌクレオチドを優先的に認識することがわかった.
以前の研究において,DORN1(LecRK-I.9)は細胞膜に局在することが確認されていたことから9),DORN1は細胞外ATP受容体としてはたらくことが予想された.そこで,DORN1の受容体としてのATP結合能を調べるため,放射能標識ATPリガンドを用いてDORN1の細胞外ドメインとの結合実験を行った.その結果,DORN1の細胞外ドメインは高い親和性でATPの濃度に依存した飽和結合能を示した.さらに,ほかのヌクレオチドに対する結合能を評価するため,ATPとDORN1とのあいだの結合について非標識ヌクレオチドによる競合試験を行った.その結果,ATPのつぎにADPが強い競合性を示し,ITP,GTP,UTPとつづいた一方,CTPはまったく競合しなかった.以上の結果から,DORN1の細胞外ドメインはATPに対し高い親和性をもつヌクレオチド結合ドメインであることがわかった.
DORN1のATP結合能を細胞において評価した.まず,DORN1の細胞外ドメインおよび膜貫通ドメインをHAタグ融合タンパク質として発現させたプロトプラストを,ビオチン化された光親和性標識ATPリガンドの存在のもと紫外線を照射し光架橋反応を行った.そののち,ストレプトアビジンビーズを用いてATPリガンドに結合したタンパク質をプルダウンしHA抗体により検出した.その結果,ATPリガンドの濃度に依存してDORN1融合タンパク質が検出された,つまり,DORN1のATP結合活性が示された.光架橋反応のときに非標識ATPをくわえると標識ATPリガンドとの結合活性は大きく低下した.一方,非標識CTPは標識ATPリガンドとの結合活性を阻害しなかった.これらのことから,DORN1は細胞の表面において細胞外ATPと直接に結合することが示された.
植物が細胞外にATPを分泌あるいは放出する経路として,細胞膜へのエキソサイトーシスによる経路と物理的な外傷による経路があげられる(図1).エキソサイトーシスでは低濃度のATP(nMレベル)が,物理的な外傷では高濃度のATP(40μM以下)が,細胞外に分泌あるいは放出される.このうち物理的な外傷による経路に注目し,ATPを投与したとき,および,傷害ストレスをあたえたときのマイクロアレイ解析による遺伝子発現のデータを比較した.その結果,6割近くのATP応答性遺伝子が傷害ストレスをあたえたときに発現し,そのうちの9割はストレスののち早期(3時間以内)に発現することがわかった.さらに,これら2つの条件において発現する遺伝子のいくつかについて調べたところ,DORN1過剰発現体においては傷害ストレスに対し強く応答し,dorn1変異体においては比較的弱く応答することがわかった.もちろん,これらの遺伝子のATPに対する応答性は,DORN1過剰発現体においては野生型と比べ顕著に強く,dorn1変異体においては欠失していた.これらの結果から,植物が物理的な外傷をうけたときに危険信号として放出される細胞外ATPは,DORN1により認識されていることが強く示唆された.
筆者らは,過去に,植物においてP2プリン受容体の遺伝子と類似した遺伝子を探索すべく情報生物学的な手法を駆使した解析を行ったが,その研究は失敗におわった.今回,筆者らが発見した植物のもつ細胞外ATP受容体DORN1は,動物のもつP2プリン受容体とはまったく異なる構造をもつことを考えると(図1),P2プリン受容体が植物においてみつからなかった理由がうなずける.DORN1が細胞内キナーゼドメインをもつことから,筆者らは,これをP2プリン受容体ファミリーの一員としてP2K受容体と名づけた.P2K受容体は植物に特有であり,動物のゲノムにはコードされていなかった.また,このレクチン受容体様キナーゼは原始的な植物であるコケ類から高等植物にいたるまで幅広い範囲に分布していた.このことからP2K受容体は植物におけるプリン受容体である可能性が示唆された.興味深いことに,藻類はP2K受容体をもたず,代わりに,そのゲノムには動物のもつP2X受容体に類似した遺伝子がコードされていることが報告されている10).
P2プリン受容体の発見を発端に,動物における細胞外ATPシグナル伝達の研究は飛躍的に発展した.今回のP2K受容体の発見により,植物における細胞外ATPシグナル伝達の研究が大きく進展すると期待している.
略歴:2005年 鹿児島大学大学院連合農学研究科 修了,2006年 米国Missouri大学Columbia校Postdoctoral Research Fellowを経て,2011年より同Research Scientist.
研究テーマ:植物における細胞外ATPの機能.
関心事:植物と微生物とのあいだの相互作用.
© 2014 田仲 究 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Missouri大学Columbia校Division of Plant Sciences)
email:田仲 究
DOI: 10.7875/first.author.2014.020
Identification of a plant receptor for extracellular ATP.
Jeongmin Choi, Kiwamu Tanaka, Yangrong Cao, Yue Qi, Jing Qiu, Yan Liang, Sang Yeol Lee, Gary Stacey
Science, 343, 290-294 (2014)
要 約
細胞外ATPはさまざまな生理現象にかかわる重要なシグナル分子であり,動物においてはP2プリン受容体により認識される.最近,植物においても細胞外におけるATPの存在が確認され,成長や分化,環境応答において重要な役割を担うことが知られている.しかし,植物のゲノムにはP2プリン受容体に相同な遺伝子はコードされておらず,植物において細胞外ATPが認識される機構は長いあいだ不明であった.筆者らは,モデル植物であるシロイヌナズナにおいてATP非感受性変異体を単離し,その原因遺伝子であるDORN1遺伝子がレクチン受容体様キナーゼをコードしていることを見い出した.DORN1の細胞外ドメインはATPに高い親和性で特異的に結合することがわかった.また,DORN1遺伝子の機能を欠損させるとATPを投与したときに誘導される細胞内の応答が完全に欠失した.さらに,DORN1遺伝子を過剰に発現させると傷害ストレスに対する反応が上昇した.これらのことから,DORN1は植物における細胞外ATP受容体であり,さまざまなストレス応答に関与していることが示唆された.
はじめに
ATPはすべての細胞に存在し,生体におけるエネルギー通貨として必要不可欠な役割を担う.それにくわえ,ATPは細胞外シグナル分子としても機能しており,神経伝達や筋肉の収縮,炎症反応,細胞の成長や細胞死など,さまざまな生理現象にかかわっている.この細胞外ATPの概念は古くから提唱されていたが1),1990年代,動物において細胞外ATPの受容体であるP2プリン受容体が単離されて以来2,3),そのシグナル伝達の研究はめざましい発展をとげた.
一方,植物においては,細胞外のATPが植物の成長や分化,環境応答に影響を及ぼすことが報告されていたものの,その作用機作が不明であったため,細胞外ATPに関する概念は広く受け入れられてはいなかった.しかしながら,さまざまな外的な刺激により細胞外のATP濃度が上昇することや,細胞外のヌクレオチド分解酵素であるエクトアピラーゼの存在から(図1),植物においてもATPが細胞外に分泌され,その量が酵素的に制御されていることが予想された4).また,動物と同じように,ATPを投与したときに細胞内セカンドメッセンジャーであるCa2+,活性酸素種,一酸化窒素などの産生が観察されることから,植物もなんらかのかたちで細胞外ATPを認識していることが示唆されていた5).しかし,動物のもつP2プリン受容体の相同遺伝子は植物のゲノムにはコードされていない.そこで,筆者らは,細胞外ATPの認識にかかわる遺伝子を探索するため,モデル植物であるシロイヌナズナを使ったATP非感受性変異体の遺伝学的なスクリーニングを行った.
1.ATP非感受性変異体の単離および原因遺伝子の同定
以前に,筆者らは,クラゲに由来するCa2+感受性発光タンパク質であるイクオリン6) を発現する形質転換シロイヌナズナを用いて,ATPが細胞内のCa2+濃度を一過的に上昇させることを報告した7).そこで,このイクオリン形質転換シロイヌナズナをエチルメタンスルホン酸で処理することにより変異を誘発し,得られた5万粒のM2世代の種子からATPに依存的な細胞内Ca2+応答に異常をきたした変異体をスクリーニングした.その結果,ATPに対する応答を完全に欠失した2つの変異体が得られた.これらの変異体はほかのヌクレオチドに対しても非感受性を示した.また,表現型相補性試験により,これら2つの変異体は同じ遺伝子座に変異をもつことが示された.以上のことをもとに,これらATP非感受性変異体をdorn1-1変異体およびdorn1-2変異体(dorn:does not respond to nucleotides)と名づけた.
dorn1変異体のATPに対する反応を詳細に観察した.野生型のシロイヌナズナにATPを投与すると10分以内にMAPキナーゼのリン酸化反応がみられるが,この反応はdorn1-1変異体では確認されなかった.さらに,マイクロアレイ解析により遺伝子発現に対するATPの投与の影響を調べた結果,野生型ではATPの投与から30分のちに332遺伝子の発現が上昇し242遺伝子の発現が減少した.これらの結果をもとに遺伝子オントロジー解析を行ったところ,ATPに依存して発現が上昇する遺伝子のなかには,ストレス応答遺伝子やシグナル伝達関連遺伝子が有意に濃縮されていることがわかった.一方,興味深いことに,dorn1-1変異体ではATPの投与により発現量が有意に変化する遺伝子はまったく確認されなかった.
dorn1変異体の原因遺伝子であるDORN1遺伝子を同定するため,ホモ接合型の組換え体F2世代を用いて遺伝子マッピングを行った.その結果,DORN1遺伝子の存在する領域を第5染色体の長腕の615 kbにまで絞り込むことができた.さらに正確な変異の位置を特定するため,dorn1-1変異体およびdorn1-2変異体の全ゲノム配列を決定し遺伝子マッピングの結果と照合した.その結果,DORN1遺伝子がレクチン受容体様キナーゼであるLecRK-I.9 8)(At5g60300)をコードしていることをつきとめた.このタンパク質は,細胞外レクチンドメイン,膜貫通ドメイン,細胞内キナーゼドメインから構成される.dorn1-1変異体およびdorn1-2変異体はどちらも細胞内キナーゼドメインに変異が生じていた.dorn1-1変異体は572番目のAsp,dorn1-2変異体は525番目のAspがAsnに置換された変異タンパク質を発現しており,キナーゼ活性は完全に欠失していた.
DORN1遺伝子がLecRK-I.9をコードすることをさらに確かめるため,LecRK-I.9にT-DNA挿入をもつ変異体(のちに,dorn1-3変異体と命名)を米国Arabidopsis Biological Resource Centerから入手し,その表現型について解析した.その結果,点変異をもつdorn1-1変異体やdorn1-2変異体と同様に,dorn1-3変異体においてもATPに依存的な細胞内Ca2+応答や遺伝子発現応答は完全に欠失していた.また,LecRK-I.9をdorn1-2変異体において発現させるとATPに対する感受性が回復した.以上のことから,DORN1遺伝子はレクチン受容体様キナーゼLecRK-I.9をコードしており,その機能欠損変異体はATPに対し完全に非感受性であることがわかった.
2.DORN1はプリンヌクレオチドを優先的に認識する
DORN1が細胞外ATP受容体であると仮定するならば,その機能欠損変異体の反応はATP(および,ほかのヌクレオチド)に特異的であることが想定された.いい換えれば,ほかの刺激に対しては野生型と同じように反応すると予想された.実際に,dorn1変異体は,低温,塩,浸透圧などの非生物的な環境因子,および,エリシターに対し野生型と同じような細胞内Ca2+応答を示した.
哺乳類のもつある種のP2プリン受容体はADPまたはUTPを優先的に認識することが知られている.そこで,DORN1がほかのヌクレオチドを認識するかどうか調べた.その結果,dorn1変異体はATPだけでなくほかのプリンヌクレオチドに対しても非感受性であった.一方,CTPをはじめとするピリミジンヌクレオチドに対しては野生型と同じような反応を示した.これは,植物においてDORN1のほかにCTPを認識する受容体が存在する可能性を示唆した.また,DORN1過剰発現体は野生型と比べATPに対し約20倍も高い反応を示し,その反応強度は,ATP > GTP > ITP > TTP = UTP > CTPの順であった.以上の結果から,DORN1は植物において細胞外ヌクレオチドの認識に不可欠であり,プリンヌクレオチドを優先的に認識することがわかった.
3.DORN1は細胞の表面において細胞外ATPと直接に結合する
以前の研究において,DORN1(LecRK-I.9)は細胞膜に局在することが確認されていたことから9),DORN1は細胞外ATP受容体としてはたらくことが予想された.そこで,DORN1の受容体としてのATP結合能を調べるため,放射能標識ATPリガンドを用いてDORN1の細胞外ドメインとの結合実験を行った.その結果,DORN1の細胞外ドメインは高い親和性でATPの濃度に依存した飽和結合能を示した.さらに,ほかのヌクレオチドに対する結合能を評価するため,ATPとDORN1とのあいだの結合について非標識ヌクレオチドによる競合試験を行った.その結果,ATPのつぎにADPが強い競合性を示し,ITP,GTP,UTPとつづいた一方,CTPはまったく競合しなかった.以上の結果から,DORN1の細胞外ドメインはATPに対し高い親和性をもつヌクレオチド結合ドメインであることがわかった.
DORN1のATP結合能を細胞において評価した.まず,DORN1の細胞外ドメインおよび膜貫通ドメインをHAタグ融合タンパク質として発現させたプロトプラストを,ビオチン化された光親和性標識ATPリガンドの存在のもと紫外線を照射し光架橋反応を行った.そののち,ストレプトアビジンビーズを用いてATPリガンドに結合したタンパク質をプルダウンしHA抗体により検出した.その結果,ATPリガンドの濃度に依存してDORN1融合タンパク質が検出された,つまり,DORN1のATP結合活性が示された.光架橋反応のときに非標識ATPをくわえると標識ATPリガンドとの結合活性は大きく低下した.一方,非標識CTPは標識ATPリガンドとの結合活性を阻害しなかった.これらのことから,DORN1は細胞の表面において細胞外ATPと直接に結合することが示された.
4.DORN1は傷害ストレスをうけたときに放出される細胞外ATPを認識する
植物が細胞外にATPを分泌あるいは放出する経路として,細胞膜へのエキソサイトーシスによる経路と物理的な外傷による経路があげられる(図1).エキソサイトーシスでは低濃度のATP(nMレベル)が,物理的な外傷では高濃度のATP(40μM以下)が,細胞外に分泌あるいは放出される.このうち物理的な外傷による経路に注目し,ATPを投与したとき,および,傷害ストレスをあたえたときのマイクロアレイ解析による遺伝子発現のデータを比較した.その結果,6割近くのATP応答性遺伝子が傷害ストレスをあたえたときに発現し,そのうちの9割はストレスののち早期(3時間以内)に発現することがわかった.さらに,これら2つの条件において発現する遺伝子のいくつかについて調べたところ,DORN1過剰発現体においては傷害ストレスに対し強く応答し,dorn1変異体においては比較的弱く応答することがわかった.もちろん,これらの遺伝子のATPに対する応答性は,DORN1過剰発現体においては野生型と比べ顕著に強く,dorn1変異体においては欠失していた.これらの結果から,植物が物理的な外傷をうけたときに危険信号として放出される細胞外ATPは,DORN1により認識されていることが強く示唆された.
おわりに
筆者らは,過去に,植物においてP2プリン受容体の遺伝子と類似した遺伝子を探索すべく情報生物学的な手法を駆使した解析を行ったが,その研究は失敗におわった.今回,筆者らが発見した植物のもつ細胞外ATP受容体DORN1は,動物のもつP2プリン受容体とはまったく異なる構造をもつことを考えると(図1),P2プリン受容体が植物においてみつからなかった理由がうなずける.DORN1が細胞内キナーゼドメインをもつことから,筆者らは,これをP2プリン受容体ファミリーの一員としてP2K受容体と名づけた.P2K受容体は植物に特有であり,動物のゲノムにはコードされていなかった.また,このレクチン受容体様キナーゼは原始的な植物であるコケ類から高等植物にいたるまで幅広い範囲に分布していた.このことからP2K受容体は植物におけるプリン受容体である可能性が示唆された.興味深いことに,藻類はP2K受容体をもたず,代わりに,そのゲノムには動物のもつP2X受容体に類似した遺伝子がコードされていることが報告されている10).
P2プリン受容体の発見を発端に,動物における細胞外ATPシグナル伝達の研究は飛躍的に発展した.今回のP2K受容体の発見により,植物における細胞外ATPシグナル伝達の研究が大きく進展すると期待している.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2005年 鹿児島大学大学院連合農学研究科 修了,2006年 米国Missouri大学Columbia校Postdoctoral Research Fellowを経て,2011年より同Research Scientist.
研究テーマ:植物における細胞外ATPの機能.
関心事:植物と微生物とのあいだの相互作用.
© 2014 田仲 究 Licensed under CC 表示 2.1 日本