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大脳皮質の一次感覚野が情報を選別するしくみ

山下 貴之
(スイスEcole Polytechnique Federale de Lausanne,Brain Mind Institute)
email:山下貴之
DOI: 10.7875/first.author.2014.006

Membrane potential dynamics of neocortical projection neurons driving target-specific signals.
Takayuki Yamashita, Aurélie Pala, Leticia Pedrido, Yves Kremer, Egbert Welker, Carl C. H. Petersen
Neuron, 80, 1477-1490 (2013)




要 約


 大脳皮質の一次感覚野の神経回路は,入力された感覚情報をその特徴から選り分け,異なる脳領域にむけ異なる情報を送出するはたらきをもつ.しかしながら,その機構は未解明である.そこで,筆者らは,マウスの一次体性感覚野をモデルとし,情報の送出を担う投射細胞を蛍光により可視化し,行動中の動物から直接にパッチクランプ記録を行うことにより情報の選別の機構について調べた.一次体性感覚野から一次運動野に投射する細胞と,一次体性感覚野から二次体性感覚野に投射する細胞とでは,膜の興奮の特性,自発性のシナプス入力,脳状態の遷移に対する感受性,感覚入力に対する反応性が異なっていた.とくにこれらの細胞は,受動的な感覚入力(誰かに触られたときなど)に対する反応性と能動的な感覚入力(自分から触って何かを確かめるときなど)に対する反応性とがいちじるしく異なっており,そういった反応性の違いは,投射細胞へのシナプス入力の時間差および入力の頻度に依存的なシナプスの短期可塑性の違いにより説明することが可能であった.以上のことから,投射細胞によるシナプス入力の統合処理が,大脳皮質の一次感覚野による感覚情報の選別および送出に重要な役割をはたすことが示唆された.

はじめに


 一次感覚野は大脳皮質において感覚情報が入力される最初の部位で,視覚,聴覚,体性感覚といったそれぞれのモダリティについて一次感覚野が存在し,そこで感覚情報の内容に応じた情報の選別がなされ,異なる特徴をもつ情報は異なる脳領域においてさらなる情報処理が進む1,2).われわれはそういった一次感覚野のはたらきのおかげで入力された感覚の特徴を認識し,快感あるいは不快感を得たり,感覚入力に対しとっさの行動を起こしたりすることができる.美しい異性に一目惚れして声をかけたり,黒板に爪を立てて出された音に不快感をいだいて教室から逃げ出したりといった行動は,一次感覚野における情報の選別の機能なくしてはなしえない.しかしながら,そういった一次感覚野の機能を実現する機構については,細胞レベルではほとんど何もわかっていない.
 この研究では,マウスの一次体性感覚野のバレル皮質に注目し,一次体性感覚野から大脳皮質のほかの部位に情報を送出する役目を担う投射細胞からパッチクランプ記録を行うことにより,行動中のマウスが得た体性感覚の情報が一次体性感覚野において分岐するようすをとらえることを試みた.げっ歯類の一次体性感覚野に存在するバレル構造は頬ひげにおける体性感覚を処理する脳部位であり,解剖学的に頬ひげと同様の配列で大脳皮質に対応するカラム構造(バレル)が観察される3).機能的には,単一の頬ひげ(たとえば,C2 whisker)からの感覚情報は,まず単一のバレル(C2 whiskerの場合は,C2カラム)により処理される.これまでの研究から,一次体性感覚野のバレル皮質は,解剖学的および機能的に二次体性感覚野および一次運動野と神経結合していることが明らかになっている.筆者らは,このような背景から,一次体性感覚野のバレル皮質は,大脳皮質における広い領域の情報処理の機構とバレルにおける局所での情報処理の機構とを関連させた研究が可能なユニークな脳領域であると考え,モデル実験系として採用した.

1.一次体性感覚野の投射細胞の蛍光による可視化


 投射細胞を特異的に標識するには,軸索の投射部位に逆行性のウイルスやトレーサーを注入して蛍光標識する技術がすでに開発されている.パイロット実験をとおし,逆行性のトレーサーであるコレラ毒素Bサブユニットに蛍光プローブを結合させたものが有効であることを確かめた.また,一次体性感覚野において一次運動野に投射する細胞と二次体性感覚野に投射する細胞は,同じカラムかつ同じ層に混在する興奮性のニューロンで,互いにほぼ独立した細胞であることが確認された.

2.一次体性感覚野の投射細胞における膜の興奮の特性


 2光子励起顕微鏡を用いて,行動中のマウスの一次体性感覚野の第2層および第3層からコレラ毒素Bサブユニットにより蛍光標識された一次運動野に投射する細胞および二次体性感覚野に投射する細胞を同定し,パッチクランプ記録(ホールセル電流固定)を行った.一次運動野に投射する細胞および二次体性感覚野に投射する細胞は,静止膜電位および活動電位の閾値に相違はなかった.一方,一次運動野に投射する細胞は二次体性感覚野に投射する細胞に比べ,入力抵抗と膜の時定数が小さく,発火のためにより大きな電流を注入することが必要であることが明らかになった.

3.一次体性感覚野の投射細胞における自発性の膜電位の変化


 一次体性感覚野において一次運動野に投射する細胞および二次体性感覚野に投射する細胞はともに,マウスが静的な脳状態にある場合には顕著な膜電位の徐波振動を示し,より活動的な脳状態においては徐波振動の消失がみられる4,5).しかし,一次運動野に投射する細胞における徐波振動の振幅は,二次体性感覚野に投射する細胞における徐波振動の振幅に比べ有意に大きかった.一次運動野に投射する細胞はより小さな入力抵抗をもっていたことから,この結果は,一次運動野に投射する細胞は顕著な自発性のシナプス入力をうけていることを示唆した.

4.一次体性感覚野の投射細胞における頬ひげの運動に位相の同期した膜電位の変化


 マウスが活動的な脳状態にある場合,一次運動野に投射する細胞は頬ひげの運動に位相の同期した膜電位の変化を示し4,5),多くの場合,頬ひげがより後退している位相において脱分極した.しかしながら,二次体性感覚野に投射する細胞はそのような膜電位の変化を示さなかった.この結果は,一次運動野に投射する細胞は頬ひげによる接触対象の位置の認識にかかわることを示唆した.

5.一次体性感覚野の投射細胞における受動的な感覚入力に対する応答


 頬ひげに鉄粉を貼付して電磁気により1ミリ秒の感覚刺激をあたえることにより,受動的な感覚入力に対する一次体性感覚野の投射細胞における膜電位の応答を測定した4).一次運動野に投射する細胞は刺激ののち短い潜時にて一過性の発火を示したが,二次体性感覚野に投射する細胞は刺激ののち長い潜時にて持続性の発火を示したことから,一次体性感覚野から伝達する感覚情報には投射先により時間的な相違が生じることが示された.さらに,閾値より低い膜電位の変化を調べると,二次体性感覚野に投射する細胞に比べ,一次運動野に投射する細胞は,より短い潜時,より速い上げ局面,より大きな振幅をもつ興奮性後シナプス入力をうけており,これらが一次運動野に投射する細胞の短い潜時による発火を説明すると考えられた.
 また,より活動的な脳状態においては,一次運動野に投射する細胞における興奮性後シナプス入力の振幅はより小さくなった一方,二次体性感覚野に投射する細胞における興奮性後シナプス入力の振幅は変わらず,一次運動野に投射する細胞と二次体性感覚野に投射する一次体性感覚野の細胞とは,より活動的な脳状態では異なる情報をコードしている可能性が示唆された.

6.一次体性感覚野の投射細胞における能動的な感覚入力に対する応答


 マウスに物体を提示し頬ひげによってそれを探査させることにより4),能動的な感覚入力に対する,一次体性感覚野の投射細胞における膜電位の応答を調べた.マウスに提示する物体としてピエゾ素子センサーを用い,センサーの電位の変化により頬ひげと物体との接触をモニターした.マウスは頬ひげに物体をくり返し接触させることにより能動的に感覚情報を得るが,一次運動野に投射する細胞はくり返しの接触のうち最初の接触により反応し発火を示した.一方,二次体性感覚野に投射する細胞はおのおのの接触に等しく発火応答を示したことから,能動的に収集された感覚情報は,一次体性感覚野から一次運動野には一過性に,一次体性感覚野から二次体性感覚野には持続的に伝達されることが明らかになった.一次運動野に投射する細胞の発火応答の頻度は接触の時間間隔に依存し,より短い間隔で接触が起こると発火の頻度は下がることがわかった.しかし,二次体性感覚野に投射する細胞の発火応答の頻度は接触の時間間隔には依存しなかった.
 さらに,閾値より低い膜電位の変化を調べると,一次運動野に投射する細胞における興奮性後シナプス入力は接触の頻度に依存的な減弱をより顕著に示し,接触の時間間隔が短くなるとピーク値が過分極した.一方,二次体性感覚野に投射する細胞における興奮性後シナプス入力は接触の頻度に依存的な減弱が小さく,接触の時間間隔が短くなると興奮性後シナプス入力が加算されてピーク値が脱分極した.これらの結果から,入力の頻度に依存的な興奮性後シナプス入力の短期可塑性が感覚情報の分離に重要な役割をはたすことが示された.

おわりに


 この研究では,一次感覚野の投射細胞が感覚入力を処理し軸索の投射先に応じて異なる情報を送出する生物物理学的な過程を,はじめて直接にとらえることに成功した.この結果から,投射細胞はその投射先に依存して異なる解剖学的あるいは遺伝的な背景をもつ可能性や,異なる局所の神経回路に組み込まれている可能性が想定され,近い将来,これらの点においてさらに研究が進むと考えられる.また,筆者らは,今回,一次体性感覚野において見い出された一次運動野に投射する細胞と二次体性感覚野に投射する細胞の反応性の違いから,体性感覚は対象の検知および位置的な情報の処理を担う背側の経路と,対象のテクスチャなど細かい特徴を識別する腹側の経路の,2つの機能的に異なる経路により処理されるという仮説を提唱した(図1).現状では,別のモダリティにおける感覚情報の選別の機構や,学習記憶による感覚情報の選別の機構の変化,サルやヒトではどうかといった種特異性などについてはわかっていない.この研究の成果をきっかけとして,投射細胞によるシナプス入力の処理が今後の研究の重要なフレームワークとして機能し,局所の神経回路による情報の選別の機構についての研究が急速に発展することを期待している.




文 献



  1. Felleman, D. J. & Van Essen, D. C.: Distributed hierarchical processing in the primate cerebral cortex. Cereb. Cortex, 1, 1-47 (1991)[PubMed]

  2. Goodale, M. A. & Milner, A. D.: Separate visual pathways for perception and action. Trends Neurosci., 15, 20-25 (1992)[PubMed]

  3. Petersen, C. C. H.: The functional organization of the barrel cortex. Neuron, 56, 339-355 (2007)[PubMed]

  4. Crochet, S. & Petersen, C. C. H.: Correlating whisker behavior with membrane potential in barrel cortex of awake mice. Nat. Neurosci., 9, 608-610 (2006)[PubMed]

  5. Poulet, J. F. A. & Petersen, C. C. H.: Internal brain state regulates membrane potential synchrony in barrel cortex of behaving mice. Nature, 454, 881-885 (2008)[PubMed]





著者プロフィール


山下 貴之(Takayuki Yamashita)
略歴:2007年 東京大学大学院医学系研究科 修了,同年 沖縄科学技術研究基盤整備機構 研究員,2009年 同 グループリーダーを経て,2010年よりスイスEcole Polytechnique Federale de Lausanne博士研究員.
研究テーマ:脳領域のあいだの情報伝達の機構と機能.
抱負:われわれの感性や理性をささえる脳の機構に興味があり,その基礎となる脳機能モジュールのあいだの情報の流れとそのしくみを明らかにしたいと思っています.鍛え上げたパッチクランプの腕をたよりに,神経回路の謎にボトムアップにせまっていきます.

© 2014 山下 貴之 Licensed under CC 表示 2.1 日本