HIVのカプシドは樹状細胞における感染の認識を制御する
佐藤 毅史
(フランスCurie Institute,Human innate immunity team)
email:佐藤毅史
DOI: 10.7875/first.author.2014.003
The capsids of HIV-1 and HIV-2 determine immune detection of the viral cDNA by the innate sensor cGAS in dendritic cells.
Xavier Lahaye, Takeshi Satoh, Matteo Gentili, Silvia Cerboni, Cécile Conrad, Ilse Hurbain, Ahmed El Marjou, Christine Lacabaratz, Jean-Daniel Lelièvre, Nicolas Manel
Immunity, 39, 1132-1142 (2013)
HIVは血液の細胞に感染し,免疫系を破壊することによりAIDSをひき起こす.HIVはその由来やゲノム塩基配列の違いからHIV-1とHIV-2の2つに分類される.HIV-1とHIV-2はともにT細胞に感染し増殖することが可能であるが,樹状細胞に対してはHIV-2のみが感染し,かつ,その活性化を誘導することができる.近年,HIV-2のもつタンパク質Vpxがウイルス抑制タンパク質のひとつであるSAMHD-1を分解することにより樹状細胞に対する感染を可能にし,樹状細胞を介した免疫応答を誘導することが明らかにされた.しかし,樹状細胞がどのようにHIV-2の感染を認識して活性化するかという機構はいまだ明らかになっていない.この研究では,樹状細胞に感染せずその活性化のみを誘導する変異型のHIVを作製し,HIVの認識機構の解明を試みた.その結果,樹状細胞によるHIVの認識にはそのRNAゲノムからcDNAへの逆転写が必須であり,cDNAの核への移行およびゲノムへの組込みは必須ではないことが明らかになった.つまり,HIVのcDNAが細胞質に存在するDNAセンサーにより認識されている可能性が考えられた.また,細胞質のDNAセンサーのスクリーニングにより,cGASがHIVのcDNAの認識に重要な役割をはたしていることが明らかになった.
われわれはつねに病原体の脅威にさらわれている.この脅威から身を守るため,われわれには免疫系という高度に制御された機能が備わっている.免疫系は自然免疫と獲得免疫とに大別され,自然免疫は病原体などのもつ病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular pattern:PAMP)を認識し,一方,獲得免疫は多種多様な抗原に対応できるような複雑な細胞のネットワークからなる.これら免疫系の制御に重要な役割をはたす細胞のひとつが樹状細胞である.樹状細胞はToll様受容体をはじめとするパターン認識受容体(pattern recognition receptor:PRR)を介して病原微生物を認識したのち,サイトカインを産生したり共刺激タンパク質を発現させたりすることによりT細胞やB細胞など獲得免疫にかかわる細胞の活性を制御する.
一方,後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)は,T細胞やマクロファージなどに感染し免疫系の機能を破壊する.HIVにはHIV-1とHIV-2の2つが存在し,ゲノムの構造はほぼ同じであるが,HIV-2のみがもつタンパク質Vpxにより免疫応答の誘導について大きく異なる.Vpxはウイルス抑制タンパク質のひとつであるSAMHD-1を分解することにより樹状細胞への感染を可能にする.HIV-2が感染した樹状細胞は,サイトカインの産生および共刺激タンパク質の発現により,ほかの細胞への感染を阻害し免疫応答を制御する.それに対し,HIV-1はVpxをもたないため樹状細胞に感染することができず,結果的に,樹状細胞を介した免疫応答を誘導せず免疫系からの逃避を可能にしていると考えられる.HIV-1に感染した患者に比べ,HIV-2に感染した患者においてAIDSの発症比率の低いのは,このような免疫応答の誘導の違いが原因のひとつだろう1).
この研究では,HIVの樹状細胞への感染および活性化に着目し,樹状細胞がどのような機構によりHIVの感染を認識しているかを明らかにすることを目的とした.
HIV-1はVpxをもたないため樹状細胞に感染することができない.しかし,サル免疫不全ウイルスから作製された,ウイルスのゲノムをもたないウイルス様の粒子を添加することによりVpxを供給すると樹状細胞への感染が可能になり,樹状細胞を活性化するようになる.以前に,筆者らのグループは,この実験系を用いて,シクロフィリンAとHIVのカプシドとの結合が樹状細胞の活性化に必須であることを報告した2).この結果をもとに,シクロフィリンAとカプシドとの相互作用を制御することによりHIV感染の認識の機構を解明することができるのではないかと考え,カプシドのもつシクロフィリンAとの結合ループのアミノ酸配列に着目した.シクロフィリンAはプロリンイソメラーゼの一種であり,カプシドのもつシクロフィリンA結合ループがシクロフィリンAの触媒部位に入り込むようにして結合する.HIV-1とHIV-2のシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列を比較すると,HIV-2のカプシドの86番目のProに相当する部位にHis-Alaが存在した.このアミノ酸残基に近接した部位にはシクロフィリンAの基質となるProが位置する.HIV-1ではこのProがシクロフィリンAの触媒部位に適切に入り込むよう位置するが,HIV-2では触媒部位からわずかにずれた位置に存在することが構造予測の結果から明らかにされた.HIV-2のカプシドはHIV-1よりシクロフィリンAとの相互作用が弱いという報告があり,このProの位置の違いがシクロフィリンAとカプシドとの相互作用に影響をあたえていると考えられた.
この結果をもとに,HIV-2のカプシドのもつシクロフィリンA結合ループの86番目のProをHis-Alaに置き換えた変異型のHIV-2を作製しシクロフィリンAとカプシドとの相互作用を比較したところ,この変異型のカプシドは野生型のカプシドよりも強い結合を示した.このシクロフィリンAとの強い結合を示すカプシドをもつ変異型のHIV-2をHIVac-2と命名し,その感染および樹状細胞の活性化に対する影響を解析した.その結果,興味深いことに,HIVac-2は樹状細胞への感染能は顕著に低下していたが,共刺激タンパク質CD86の発現および1型インターフェロンにより誘導されるケモカインIP-10の産生により評価した樹状細胞の活性化能は野生型のHIV-2より上昇していた.以上の結果より,カプシドのシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列をHIV-1と同様に変異させることにより,HIV-2はシクロフィリンAとカプシドとの相互作用が増強しただけでなく,その増殖なしに樹状細胞を活性化することができるようになった.つまり,カプシドのアミノ酸配列に変異を導入することにより,HIVの生産的な増殖と樹状細胞の活性化とを分離することができた.
HIVが感染したとき,樹状細胞はHIVの何を認識して活性化するのか解析した.樹状細胞にHIV-2を感染させたときに逆転写酵素の阻害剤であるAZTを添加すると,HIV-2による樹状細胞の活性化は阻害された.一方,インテグラーゼの阻害剤であるラルテグラビルを添加したときには樹状細胞の活性化に変化はみられなかった.樹状細胞にHIVac-2を感染させたとき同じ薬剤を添加しても同じ結果が得られた.つまり,樹状細胞はエンベロープやゲノムRNAなどウイルス粒子を認識しているのではなく,ゲノムRNAの逆転写からゲノムへの組込みまでのステップにおいて産生されたcDNAを認識していた.
それでは,HIVのcDNAはどのように認識されているのだろうか.HIV-2を感染させたとき,逆転写の直後のcDNA,cDNAが核へと移行するときの副産物である環状化DNA,および,ゲノムへ組み込まれたcDNAについて,その相対的な量を定量的PCR法により比較した.その結果,阻害剤を添加しないときにはすべてのcDNAが存在したが,AZTを添加したときにはすべてのcDNAの量が減少し,ラルテグラビルを添加したときにはゲノムに組み込まれたcDNAの量は減少したが環状化DNAの量は増加した.また,HIVac-2を感染させて同様の実験を行ったところ,野生型のHIV-2と比較し,環状化DNAおよびゲノムに組み込まれたcDNAの量が減少していた.このHIVac-2の感染における結果は,HIV感染の認識においてHIVのcDNAの核への移行は必須ではないことを示した.つまり,樹状細胞はHIV-2に感染したとき,細胞質においてそのcDNAを認識していた.
もともと細胞質にDNAは存在せず,DNAが細胞質に存在するのは,病原微生物の感染によりそれに由来するDNAが細胞質に放出された場合,あるいは,細胞が損傷をうけて自己のDNAが細胞質に放出された場合のような,細胞に危険がおよんだ状況である.このような状況を認識するため,細胞質にはさまざまなDNAセンサーが存在し,1型インターフェロンの産生などの免疫応答を誘導している3).ノックアウトマウスやヒト培養細胞を使用した細胞質のDNAセンサーに関する研究は多く報告されているが,末梢血に由来する細胞のようなヒトの1次細胞を使用した研究は報告されていなかった.そこで,ヒトの単球系であり樹状細胞に近い培養細胞であるTHP-1細胞を用いた研究の結果をもとに,単球に由来する樹状細胞において細胞質のDNAセンサーに対するノックダウンを試みた4).THP-1細胞においてはIFI-16,DDX41,cGASが細胞質のDNAセンサーとして機能しているという報告があったため,単球から樹状細胞への分化を誘導したときにこれらをノックダウンし,そののち,HIVを感染させた.その結果,IFI-16あるいはDDX41をノックダウンした樹状細胞では対照となる細胞と同様にHIV-2あるいはHIVac-2に感染したのちのCD86の発現上昇およびIP-10の産生が認められたが,cGASをノックダウンした樹状細胞ではこれらの免疫応答は完全に抑制されていた.このcGASは,最近になり新たに報告された細胞質のDNAセンサーであり,DNAを認識すると環状GMP-AMPを産生する5-8).環状GMP-AMPは小胞体膜に存在するSTINGと結合し,TBK1-IRF3経路およびNF-κB経路を活性化して,最終的に1型インターフェロンおよび炎症性サイトカインの産生,および,CD86のような共刺激タンパク質の発現を誘導する.
HIV-2およびHIVac-2では,そのcDNAはゲノムへの組込みのまえに細胞質のDNAセンサーであるcGASにより認識されていた.一方,HIV-1をVpxの存在のもと樹状細胞に感染させたとき,樹状細胞により認識されるのはそのcDNAがゲノムへの組み込まれたあとであった2).これらの結果から,HIV-1のカプシドはそのcDNAをcGASから隔離し,ゲノムへの組込みの段階まで保護しているのではないかと考えた.まず,HIV-1のcDNAが樹状細胞の活性化を誘導しうるかどうか確かめるため,カプシドにあるシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列をHIVac-2のアミノ酸配列と置き換えたHIVac-1を作製した.HIVac-2と同様に,HIVac-1のカプシドはシクロフィリンAに対する親和性が野生型のカプシドに比べ高くなっていた.HIVac-1をVpxの存在のもと樹状細胞に感染させると,その増殖が起こらない状態のまま樹状細胞の活性化を誘導した.HIVac-2と同様に,HIVac-1はそのcDNAがゲノムへ組み込まれるまえの段階で樹状細胞により認識されており,つまり,HIV-1において,そのcDNAは樹状細胞の活性化能をもつが,カプシドによりcGASによる認識からは保護されていた.
HIVac-1およびHIVac-2はその増殖をひき起こすことなく,樹状細胞の活性化のみを誘導する.HIVac-1およびHIVac-2により活性化されたこの樹状細胞は,T細胞に対する活性化能をもつのだろうか.これを確かめるため,HIVac-2により活性化した樹状細胞とナイーブCD4陽性T細胞とを低濃度の抗CD3抗体の存在のもと共培養し,CD4陽性T細胞の増殖を測定した.その結果,HIVac-2により活性化された樹状細胞はCD4陽性T細胞の増殖を誘導し,逆転写酵素阻害剤AZTによりこの増殖は阻害された.つぎに,HIV-1に感染した患者から採取した単球に由来する樹状細胞に,Vpxおよびインテグラーゼ阻害剤であるラルテグラビルの存在のもとHIVac-1を感染させると,その増殖をひき起こすことなく樹状細胞の活性化を誘導した.この活性化された樹状細胞と同じ患者に由来するCD8陽性T細胞とを共培養すると,CD8陽性T細胞の増殖が誘導された.以上の結果より,HIVac-1およびHIVac-2は増殖することなしに樹状細胞を活性化し,T細胞の活性化を誘導しうることが明らかになった.
筆者らは,この研究において,増殖をひき起こすことなく樹状細胞の活性化のみを誘導する変異型のHIV-1およびHIV-2を開発し,これにより活性化された樹状細胞はT細胞の活性化を効率的に誘導することを示した.現在のところ,HIVに対する有効なワクチンは開発されておらず,この変異型のHIVはその候補として非常に有効であると考えられる.また,細胞質のDNAセンサーであるcGASがHIVのcDNAを認識し樹状細胞の活性化を誘導していることも明らかにされた(図1).ヒトの樹状細胞は細胞質のDNAセンサーとしてcGASのみならずIFI-16やDDX41などをもち,なぜcGASだけがHIVの認識に関与しているのか,それぞれのDNAセンサーは細胞質におけるDNAの認識においてどのような役割を分担しているのかは非常に興味深い点であり,今後の研究により明らかになるであろう.
略歴:2004年 北海道大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 大阪大学微生物病研究所 特任研究員,2006年 同 助教,2009年 英国King’s College London研究員を経て,2011年よりフランスCurie Instituteポスドク.
研究テーマ:樹状細胞による病原微生物の認識の機構.
© 2014 佐藤 毅史 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(フランスCurie Institute,Human innate immunity team)
email:佐藤毅史
DOI: 10.7875/first.author.2014.003
The capsids of HIV-1 and HIV-2 determine immune detection of the viral cDNA by the innate sensor cGAS in dendritic cells.
Xavier Lahaye, Takeshi Satoh, Matteo Gentili, Silvia Cerboni, Cécile Conrad, Ilse Hurbain, Ahmed El Marjou, Christine Lacabaratz, Jean-Daniel Lelièvre, Nicolas Manel
Immunity, 39, 1132-1142 (2013)
要 約
HIVは血液の細胞に感染し,免疫系を破壊することによりAIDSをひき起こす.HIVはその由来やゲノム塩基配列の違いからHIV-1とHIV-2の2つに分類される.HIV-1とHIV-2はともにT細胞に感染し増殖することが可能であるが,樹状細胞に対してはHIV-2のみが感染し,かつ,その活性化を誘導することができる.近年,HIV-2のもつタンパク質Vpxがウイルス抑制タンパク質のひとつであるSAMHD-1を分解することにより樹状細胞に対する感染を可能にし,樹状細胞を介した免疫応答を誘導することが明らかにされた.しかし,樹状細胞がどのようにHIV-2の感染を認識して活性化するかという機構はいまだ明らかになっていない.この研究では,樹状細胞に感染せずその活性化のみを誘導する変異型のHIVを作製し,HIVの認識機構の解明を試みた.その結果,樹状細胞によるHIVの認識にはそのRNAゲノムからcDNAへの逆転写が必須であり,cDNAの核への移行およびゲノムへの組込みは必須ではないことが明らかになった.つまり,HIVのcDNAが細胞質に存在するDNAセンサーにより認識されている可能性が考えられた.また,細胞質のDNAセンサーのスクリーニングにより,cGASがHIVのcDNAの認識に重要な役割をはたしていることが明らかになった.
はじめに
われわれはつねに病原体の脅威にさらわれている.この脅威から身を守るため,われわれには免疫系という高度に制御された機能が備わっている.免疫系は自然免疫と獲得免疫とに大別され,自然免疫は病原体などのもつ病原体関連分子パターン(pathogen-associated molecular pattern:PAMP)を認識し,一方,獲得免疫は多種多様な抗原に対応できるような複雑な細胞のネットワークからなる.これら免疫系の制御に重要な役割をはたす細胞のひとつが樹状細胞である.樹状細胞はToll様受容体をはじめとするパターン認識受容体(pattern recognition receptor:PRR)を介して病原微生物を認識したのち,サイトカインを産生したり共刺激タンパク質を発現させたりすることによりT細胞やB細胞など獲得免疫にかかわる細胞の活性を制御する.
一方,後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)は,T細胞やマクロファージなどに感染し免疫系の機能を破壊する.HIVにはHIV-1とHIV-2の2つが存在し,ゲノムの構造はほぼ同じであるが,HIV-2のみがもつタンパク質Vpxにより免疫応答の誘導について大きく異なる.Vpxはウイルス抑制タンパク質のひとつであるSAMHD-1を分解することにより樹状細胞への感染を可能にする.HIV-2が感染した樹状細胞は,サイトカインの産生および共刺激タンパク質の発現により,ほかの細胞への感染を阻害し免疫応答を制御する.それに対し,HIV-1はVpxをもたないため樹状細胞に感染することができず,結果的に,樹状細胞を介した免疫応答を誘導せず免疫系からの逃避を可能にしていると考えられる.HIV-1に感染した患者に比べ,HIV-2に感染した患者においてAIDSの発症比率の低いのは,このような免疫応答の誘導の違いが原因のひとつだろう1).
この研究では,HIVの樹状細胞への感染および活性化に着目し,樹状細胞がどのような機構によりHIVの感染を認識しているかを明らかにすることを目的とした.
1.カプシドに変異をもつHIVによる樹状細胞の活性化
HIV-1はVpxをもたないため樹状細胞に感染することができない.しかし,サル免疫不全ウイルスから作製された,ウイルスのゲノムをもたないウイルス様の粒子を添加することによりVpxを供給すると樹状細胞への感染が可能になり,樹状細胞を活性化するようになる.以前に,筆者らのグループは,この実験系を用いて,シクロフィリンAとHIVのカプシドとの結合が樹状細胞の活性化に必須であることを報告した2).この結果をもとに,シクロフィリンAとカプシドとの相互作用を制御することによりHIV感染の認識の機構を解明することができるのではないかと考え,カプシドのもつシクロフィリンAとの結合ループのアミノ酸配列に着目した.シクロフィリンAはプロリンイソメラーゼの一種であり,カプシドのもつシクロフィリンA結合ループがシクロフィリンAの触媒部位に入り込むようにして結合する.HIV-1とHIV-2のシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列を比較すると,HIV-2のカプシドの86番目のProに相当する部位にHis-Alaが存在した.このアミノ酸残基に近接した部位にはシクロフィリンAの基質となるProが位置する.HIV-1ではこのProがシクロフィリンAの触媒部位に適切に入り込むよう位置するが,HIV-2では触媒部位からわずかにずれた位置に存在することが構造予測の結果から明らかにされた.HIV-2のカプシドはHIV-1よりシクロフィリンAとの相互作用が弱いという報告があり,このProの位置の違いがシクロフィリンAとカプシドとの相互作用に影響をあたえていると考えられた.
この結果をもとに,HIV-2のカプシドのもつシクロフィリンA結合ループの86番目のProをHis-Alaに置き換えた変異型のHIV-2を作製しシクロフィリンAとカプシドとの相互作用を比較したところ,この変異型のカプシドは野生型のカプシドよりも強い結合を示した.このシクロフィリンAとの強い結合を示すカプシドをもつ変異型のHIV-2をHIVac-2と命名し,その感染および樹状細胞の活性化に対する影響を解析した.その結果,興味深いことに,HIVac-2は樹状細胞への感染能は顕著に低下していたが,共刺激タンパク質CD86の発現および1型インターフェロンにより誘導されるケモカインIP-10の産生により評価した樹状細胞の活性化能は野生型のHIV-2より上昇していた.以上の結果より,カプシドのシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列をHIV-1と同様に変異させることにより,HIV-2はシクロフィリンAとカプシドとの相互作用が増強しただけでなく,その増殖なしに樹状細胞を活性化することができるようになった.つまり,カプシドのアミノ酸配列に変異を導入することにより,HIVの生産的な増殖と樹状細胞の活性化とを分離することができた.
2.樹状細胞はHIVのcDNAを細胞質において認識する
HIVが感染したとき,樹状細胞はHIVの何を認識して活性化するのか解析した.樹状細胞にHIV-2を感染させたときに逆転写酵素の阻害剤であるAZTを添加すると,HIV-2による樹状細胞の活性化は阻害された.一方,インテグラーゼの阻害剤であるラルテグラビルを添加したときには樹状細胞の活性化に変化はみられなかった.樹状細胞にHIVac-2を感染させたとき同じ薬剤を添加しても同じ結果が得られた.つまり,樹状細胞はエンベロープやゲノムRNAなどウイルス粒子を認識しているのではなく,ゲノムRNAの逆転写からゲノムへの組込みまでのステップにおいて産生されたcDNAを認識していた.
それでは,HIVのcDNAはどのように認識されているのだろうか.HIV-2を感染させたとき,逆転写の直後のcDNA,cDNAが核へと移行するときの副産物である環状化DNA,および,ゲノムへ組み込まれたcDNAについて,その相対的な量を定量的PCR法により比較した.その結果,阻害剤を添加しないときにはすべてのcDNAが存在したが,AZTを添加したときにはすべてのcDNAの量が減少し,ラルテグラビルを添加したときにはゲノムに組み込まれたcDNAの量は減少したが環状化DNAの量は増加した.また,HIVac-2を感染させて同様の実験を行ったところ,野生型のHIV-2と比較し,環状化DNAおよびゲノムに組み込まれたcDNAの量が減少していた.このHIVac-2の感染における結果は,HIV感染の認識においてHIVのcDNAの核への移行は必須ではないことを示した.つまり,樹状細胞はHIV-2に感染したとき,細胞質においてそのcDNAを認識していた.
3.HIV感染の認識には細胞質に存在するDNAセンサーcGASが関与する
もともと細胞質にDNAは存在せず,DNAが細胞質に存在するのは,病原微生物の感染によりそれに由来するDNAが細胞質に放出された場合,あるいは,細胞が損傷をうけて自己のDNAが細胞質に放出された場合のような,細胞に危険がおよんだ状況である.このような状況を認識するため,細胞質にはさまざまなDNAセンサーが存在し,1型インターフェロンの産生などの免疫応答を誘導している3).ノックアウトマウスやヒト培養細胞を使用した細胞質のDNAセンサーに関する研究は多く報告されているが,末梢血に由来する細胞のようなヒトの1次細胞を使用した研究は報告されていなかった.そこで,ヒトの単球系であり樹状細胞に近い培養細胞であるTHP-1細胞を用いた研究の結果をもとに,単球に由来する樹状細胞において細胞質のDNAセンサーに対するノックダウンを試みた4).THP-1細胞においてはIFI-16,DDX41,cGASが細胞質のDNAセンサーとして機能しているという報告があったため,単球から樹状細胞への分化を誘導したときにこれらをノックダウンし,そののち,HIVを感染させた.その結果,IFI-16あるいはDDX41をノックダウンした樹状細胞では対照となる細胞と同様にHIV-2あるいはHIVac-2に感染したのちのCD86の発現上昇およびIP-10の産生が認められたが,cGASをノックダウンした樹状細胞ではこれらの免疫応答は完全に抑制されていた.このcGASは,最近になり新たに報告された細胞質のDNAセンサーであり,DNAを認識すると環状GMP-AMPを産生する5-8).環状GMP-AMPは小胞体膜に存在するSTINGと結合し,TBK1-IRF3経路およびNF-κB経路を活性化して,最終的に1型インターフェロンおよび炎症性サイトカインの産生,および,CD86のような共刺激タンパク質の発現を誘導する.
4.HIV-1のカプシドはゲノムへの組込みまでそのcDNAを保護する
HIV-2およびHIVac-2では,そのcDNAはゲノムへの組込みのまえに細胞質のDNAセンサーであるcGASにより認識されていた.一方,HIV-1をVpxの存在のもと樹状細胞に感染させたとき,樹状細胞により認識されるのはそのcDNAがゲノムへの組み込まれたあとであった2).これらの結果から,HIV-1のカプシドはそのcDNAをcGASから隔離し,ゲノムへの組込みの段階まで保護しているのではないかと考えた.まず,HIV-1のcDNAが樹状細胞の活性化を誘導しうるかどうか確かめるため,カプシドにあるシクロフィリンA結合ループのアミノ酸配列をHIVac-2のアミノ酸配列と置き換えたHIVac-1を作製した.HIVac-2と同様に,HIVac-1のカプシドはシクロフィリンAに対する親和性が野生型のカプシドに比べ高くなっていた.HIVac-1をVpxの存在のもと樹状細胞に感染させると,その増殖が起こらない状態のまま樹状細胞の活性化を誘導した.HIVac-2と同様に,HIVac-1はそのcDNAがゲノムへ組み込まれるまえの段階で樹状細胞により認識されており,つまり,HIV-1において,そのcDNAは樹状細胞の活性化能をもつが,カプシドによりcGASによる認識からは保護されていた.
5.HIVac-1およびHIVac-2により活性化された樹状細胞はT細胞の活性化を誘導する
HIVac-1およびHIVac-2はその増殖をひき起こすことなく,樹状細胞の活性化のみを誘導する.HIVac-1およびHIVac-2により活性化されたこの樹状細胞は,T細胞に対する活性化能をもつのだろうか.これを確かめるため,HIVac-2により活性化した樹状細胞とナイーブCD4陽性T細胞とを低濃度の抗CD3抗体の存在のもと共培養し,CD4陽性T細胞の増殖を測定した.その結果,HIVac-2により活性化された樹状細胞はCD4陽性T細胞の増殖を誘導し,逆転写酵素阻害剤AZTによりこの増殖は阻害された.つぎに,HIV-1に感染した患者から採取した単球に由来する樹状細胞に,Vpxおよびインテグラーゼ阻害剤であるラルテグラビルの存在のもとHIVac-1を感染させると,その増殖をひき起こすことなく樹状細胞の活性化を誘導した.この活性化された樹状細胞と同じ患者に由来するCD8陽性T細胞とを共培養すると,CD8陽性T細胞の増殖が誘導された.以上の結果より,HIVac-1およびHIVac-2は増殖することなしに樹状細胞を活性化し,T細胞の活性化を誘導しうることが明らかになった.
おわりに
筆者らは,この研究において,増殖をひき起こすことなく樹状細胞の活性化のみを誘導する変異型のHIV-1およびHIV-2を開発し,これにより活性化された樹状細胞はT細胞の活性化を効率的に誘導することを示した.現在のところ,HIVに対する有効なワクチンは開発されておらず,この変異型のHIVはその候補として非常に有効であると考えられる.また,細胞質のDNAセンサーであるcGASがHIVのcDNAを認識し樹状細胞の活性化を誘導していることも明らかにされた(図1).ヒトの樹状細胞は細胞質のDNAセンサーとしてcGASのみならずIFI-16やDDX41などをもち,なぜcGASだけがHIVの認識に関与しているのか,それぞれのDNAセンサーは細胞質におけるDNAの認識においてどのような役割を分担しているのかは非常に興味深い点であり,今後の研究により明らかになるであろう.
文 献
- Rowland-Jones, S. L. & Whittle, H. C.: Out of Africa: what can we learn from HIV-2 about protective immunity to HIV-1? Nat. Immunol., 8, 329-331 (2007)[PubMed]
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- Broz, P. & Monack, D. M.: Newly described pattern recognition receptors team up against intracellular pathogens. Nat. Rev. Immunol., 13, 551-565 (2013)[PubMed]
- Satoh, T. & Manel, N.: Gene transduction in human monocyte-derived dendritic cells using lentiviral vectors. Methods Mol. Biol., 960, 401-409 (2013)[PubMed]
- Gao, D., Wu, J., Wu, Y. T. et al.: Cyclic GMP-AMP synthase is an innate immune sensor of HIV and other retroviruses. Science, 341, 903-906 (2013)[PubMed]
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- Sun, L., Wu, J., Du, F. et al.: Cyclic GMP-AMP synthase is a cytosolic DNA sensor that activates the type I interferon pathway. Science, 339, 786-791 (2013)[PubMed]
- Zhang, X., Shi, H., Wu, J. et al.: Cyclic GMP-AMP containing mixed phosphodiester linkages is an endogenous high-affinity ligand for STING. Mol. Cell, 51, 226-235 (2013)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:2004年 北海道大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 大阪大学微生物病研究所 特任研究員,2006年 同 助教,2009年 英国King’s College London研究員を経て,2011年よりフランスCurie Instituteポスドク.
研究テーマ:樹状細胞による病原微生物の認識の機構.
© 2014 佐藤 毅史 Licensed under CC 表示 2.1 日本