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siRNAを用いた変異遺伝子に特異的なノックダウンによる肥大型心筋症の発症の予防

脇本 博子
(米国Harvard Medical School,Department of Genetics)
email:脇本博子
DOI: 10.7875/first.author.2013.133

Allele-specific silencing of mutant Myh6 transcripts in mice suppresses hypertrophic cardiomyopathy.
Jianming Jiang, Hiroko Wakimoto, J. G. Seidman, Christine E. Seidman
Science, 342, 111-114 (2013)




要 約


 遺伝性の肥大型心筋症および拡張型心筋症は,おもにミオシン重鎖などの心筋サルコメアタンパク質の優性変異に起因することが知られている.筆者らは,肥大型心筋症のモデルマウスのうち,心筋ミオシン重鎖をコードするMyh6遺伝子に点変異をもつマウスにおいて,アデノ随伴ウイルスベクターを用いたsiRNAの導入により変異遺伝子を特異的にノックダウンすることに成功した.siRNAを導入した肥大型心筋症モデルマウスは,少なくとも6カ月間にわたり心筋の肥大や線維化などの特徴的な所見を呈さなかった.変異遺伝子の発現を28%抑制することにより心筋の肥大を抑制したという今回の結果は,肥大型心筋症にみられる症状の多様性に変異遺伝子の発現量が関与している可能性を示唆した.さらに,変異遺伝子の部分的な発現の抑制が肥大型心筋症の治療に奏効することも期待される.

はじめに


 いっけん健全なスポーツ選手が競技中に突然倒れそのまま不幸な転帰をとるケースが散見されるが,そのおもな原因のひとつに肥大型心筋症があげられる.肥大型心筋症の多くは左心室の肥大や,心拡張機能の異常,不整脈,心臓突然死などを特徴とする常染色体優性の遺伝性疾患で,心筋の錯綜配列および線維化に代表される組織像を呈する.米国においては,若年者にみられる運動誘発性の突然死の死因において第1位をしめている1,2).肥大型心筋症の多くは心筋サルコメアを構成するタンパク質の異常に起因し,現在までに,1000以上の遺伝子変異が報告されている.そのうち,半数以上は心筋ミオシン重鎖あるいは心筋ミオシン結合タンパク質Cの異常による3).心筋ミオシン重鎖をコードするMYH7遺伝子にみられる変異はすべてミスセンス変異であり,アミノ酸残基の変換をもたらし,結果として,心筋サルコメアタンパク質の拡張収縮を阻害する.
 MYH7遺伝子の変異のうち,403番目のアルギニン残基のグルタミン残基への点変異は1990年に報告されたもので,若年での肥大型心筋症の発症および進行性の心筋の機能不全を特徴とし,高率に突然死をもたらすことが知られている4).1996年,ヒトMYH7遺伝子のマウスにおける相同遺伝子であるMyh6遺伝子にこの点変異をノックインしたマウスが作製された5).このノックインマウスのホモ接合体は生後7日以内に広範な心筋壊死を起こして死亡するが,ヘテロ接合体はヒトにおける肥大型心筋症の病態を忠実に模倣する.以来,この肥大型心筋症モデルマウスを使って発症機序の解明および治療を目的とした数々の研究がなされている.しかし,いくつかの2次的な治療法はあるものの,有効な根本的な治療法は確立されていない.

1.点変異をもつMyh6遺伝子に特異的なsiRNAの作製


 野生型のMyh6遺伝子を1コピーしかもたないヘテロノックアウトマウスは生涯にわたり異常を呈しないことから6),筆者らは,Myh6遺伝子の403番目のアルギニン残基の点変異をヘテロでノックインしたマウスにみられる心筋の異常は機能獲得型(gain of function)であり,変異タンパク質の発現を抑制することにより心筋の異常を抑制することができるのではないかと仮説をたてた.そこで,この点変異を標的とする17種類のsiRNA(short-interfering RNA)を作製し,これを心筋に強い親和性をもつアデノ随伴ウイルスベクター(セロタイプ9)により導入した.siRNAによるノックダウンの効率を293T細胞を用いて検討した結果,17種類のうち1つのsiRNAが点変異をもつMyh6遺伝子を80%ほどノックダウンした.しかし,野生型のMyh6遺伝子も同じ程度にノックダウンしたため,このsiRNAにさらにもう1塩基のミスマッチを導入したところ,点変異をもつMyh6遺伝子のノックダウンは同じ程度に保たれたが,野生型のMyh6遺伝子のノックダウンは20%ほどに抑えることができた.すなわち,このsiRNAは野生型Myh6遺伝子を温存しつつ,点変異をもつMyh6遺伝子をほぼ特異的にノックダウンする機能をもつことが確認された.そこで,このsiRNAを403iと命名し,以下の実験に用いた.
 アデノ随伴ウイルスベクターによる心筋に特異的な遺伝子の導入が生体において可能かどうかを確認するため,アデノ随伴ウイルスベクターに心筋において特異的に機能するトロポニンTの遺伝子プロモーターとその下流に蛍光タンパク質EGFPの遺伝子を組み込み,生後1日のマウスの胸腔に投与した.EGFPは少なくとも48時間のちには心臓に発現し,12カ月のちまで強い発現が持続した.ほかの臓器,すなわち,肝臓,脾臓,肺,脳などにはEGFPは発現しなかった.
 アデノ随伴ウイルスベクターによる心筋への特異的な遺伝子導入の有効性が確認されたことから,403iあるいは対照となるsiRNAを組み込んだ.403iの生体における有効性を確認するため,Myh6遺伝子の点変異のノックインをヘテロでもつ肥大型心筋症モデルマウスの胸腔に,3段階の異なるウイルス力価の403iあるいは対照となるsiRNAを投与した.2週間のちに左心室から抽出した全RNAを解析したところ,野生型のMyh6の発現量は,403iを投与したマウスと対照となるsiRNAを投与したマウスとのあいだに差はなく,野生型のMyh6遺伝子は生体においてノックダウンされないことが判明した.変異型をもつMyh6遺伝子と野生型のMyh6遺伝子の発現量を比較したところ,403iをもっとも高いウイルス力価で投与したときのみ,点変異をもつMyh6遺伝子の28.5%がノックダウンされた.

2.siRNAの投与による肥大型心筋症の発生の予防


 点変異をもつMyh6遺伝子に特異的なsiRNAである403iが,実際に肥大型心筋症の発生を予防できるかどうかを検討するため,生後1日のMyh6遺伝子の点変異をもつ肥大型心筋症モデルマウスに403iを投与した.このモデルマウスに免疫抑制剤であるシクロスポリンを2~3週間にわたり投与すると心筋の肥大が促進されることが報告されており7),この効果を期して生後5~6週よりシクロスポリンの投与を開始した.これにより,対照となるsiRNAを投与したマウスにおいては心エコーにて心筋の肥大が確認され,また,組織標本では心筋の錯綜配列および線維化が認められた.これに対し,403iを投与したマウスにおいては心筋の肥大は認められず,組織像においても明らかな異常は認められなかった.さらに,対照となるマウスには認められた心電図の異常も403iを投与したマウスには認められず,心不全のマーカーであるNppaやNppbの発現は,対照となるマウスでは403iを投与したマウスより有意に上昇していた.また,これらの結果はアデノ随伴ウイルスベクターを高いウイルス力価で投与したマウスにのみ認められ,低いウイルス力価で投与したマウスでは対照となるマウスと比較して有意な差は認められなかった.投与の時期を検討するため,生後3週において同様の実験を行ったところ,新生仔期のみならず,離乳期よりあとでも403iの投与は肥大型心筋症の発症の予防に有効であることが確認された.

3.siRNAの投与による肥大型心筋症の寛解の検討


 点変異をもつMyh6遺伝子に特異的なsiRNAである403iが,すでに発症した肥大型心筋症を寛解することが可能かどうか検討するため,シクロスポリンを3週間にわたり投与し肥大型心筋症を発症させた,Myh6遺伝子の点変異をもつ肥大型心筋症モデルマウスに403iを投与した.その結果,投与の直前および2カ月のちに行った心エコーによる評価において,403iを投与したマウスと対照となるsiRNAを投与したマウスとのあいだで心筋の肥大の程度に有意な差は認められなかった.すなわち,403iの投与はひとたび確立した心筋症の症状を軽減することはできないことが示された.

4.siRNAの投与の長期的な効果


 点変異をもつMyh6遺伝子に特異的なsiRNAである403iについて,シクロスポリンにより促進された症状ではなく,自然に発症した肥大型心筋症に対する予防の効果を調べるため,Myh6遺伝子の点変異をもつ肥大型心筋症モデルマウスに対し,新生仔期に403iを投与し,シクロスポリンを投与せずに長期にわたり自然経過を観察した.その結果,対照となるsiRNAを投与したマウスでは生後6カ月に肥大型心筋症の発症が確認されたが,403iを投与したマウスでは同じ時期に肥大型心筋症の発症は確認されなかった.しかし,生後12カ月においては403iを投与したマウスと対照となるマウスともに肥大型心筋症の発症が認められ,それらのあいだに有意な差は認められず,403iの単回の投与では肥大型心筋症の発症を遅らせる効果はあったものの,長期的に発症を予防することはできなかった.この原因として,アデノ随伴ウイルスにより導入される遺伝子の発現は投与の7カ月のちには減少すること8),あるいは,経時的な403iの発現量の減少などの可能性が考えられた.

5.SNPを利用した変異遺伝子に特異的な発現の抑制


 このように,点変異をもつMyh6遺伝子に特異的なsiRNAである403iの投与は,肥大型心筋症の症状の抑制に効果のあることを示すことができた.しかしながら,肥大型心筋症においてマウスMyh6遺伝子のヒトにおける相同遺伝子であるMYH7遺伝子には少なくとも100をこえる点変異が報告されており,実際にヒトにおいて治療に用いる場合,403iのようなある特定の点変異に対し特異的なsiRNAを個々の患者のもつ遺伝子変異にあわせ個別に作製することは現実的ではない.そこで,点変異をもつ対立遺伝子を野生型の対立遺伝子と区別するようなSNP(single nucleotide polymorphism,1塩基多型)に着眼し,SNPを利用した変異遺伝子の特異的な発現の抑制が可能かどうか検討した.
 Myh6の点変異をもつ129/SvEv系統の肥大型心筋症モデルマウスをFVB系統の野生型マウスと交配し,F1世代のマウスを得た.このマウスでは,点変異をもつMyh6遺伝子は129/SvEv系統に由来し,野生型のMyh6遺伝子はFVB系統に由来する.Myh6遺伝子の点変異の近傍に存在する129/SvEv系統に特異的なSNPについて,これを標的とするsiRNAを作製し,その投与により点変異をもつMyh6遺伝子を特異的にノックダウンすることを試みた.点変異をもつMyh6遺伝子(129/SvEv系統)を組み込んだプラスミドあるいは野生型のMyh6遺伝子(FVB系統)を組み込んだプラスミドとともに,作製したSNPを標的とするsiRNAを293T細胞に導入したところ,点変異をもつMyh6遺伝子は75%ほどノックダウンされたのに対し,野生型のMyh6遺伝子のノックダウンは15%にとどまった.そこで,このSNPを標的とするsiRNAをアデノ随伴ウイルスベクターに組み込み,129/SvEv系統に由来する点変異をもつMyh6遺伝子とFVB系統に由来する野生型のMyh6遺伝子をもつF1世代のマウスに対し,生後1日に投与した.生後4週からシクロスポリンを投与し心筋の肥大を促したところ,対照となるsiRNAを投与したマウスは心筋の肥大を発症したが,SNPを標的とするsiRNAを投与したマウスは発症しなかった.すなわち,遺伝子の点変異の近傍に存在するSNPを利用することにより,野生型の遺伝子の発現を維持したまま,点変異をもつ遺伝子を特異的に抑制することが可能であることが確認された.

おわりに


 遺伝子の点変異を直接に標的とするsiRNA,あるいは,点変異の近傍に存在するSNPを標的とするsiRNAを,心筋に特異的な遺伝子プロモーターとともにアデノ随伴ウイルスベクターを用いて心筋へと導入することにより,点変異をもつMyh6遺伝子を特異的にノックダウンし,肥大型心筋症モデルマウスにおける心筋症の発症を予防できることが示された(図1).この方法は標的とする変異遺伝子の発現を完全に抑制するものではなく,たかだか28%の発現を抑制することで症状の発症を抑えたことは注目に値するもので,変異遺伝子の発現量が肥大型心筋症の多様な臨床症状に関連することを反映しているのであろう.siRNAにより変異遺伝子がノックダウンされ,その結果,肥大型心筋症の発症が防がれたことは,今後,肥大型心筋症の発症の予防的な治療に臨床応用できる可能性を示すもので,たいへんに意義深い.



 ウイルスベクターを用いた遺伝子治療の問題点としては,ウイルスに対する免疫応答や,今回も認められたように長期的に効果の持続しないことなどがあり,今後の検討課題ではあるが,アデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療の臨床応用はすでに開始しており,その安全性は確認されている.今回の検討では,いずれの場合もsiRNAの単回の投与による効果の確認であったが,ウイルスのブースター効果を期待した複数回の投与によりその効果を延長することができるかどうかは今後の重要な研究課題である.また,変異遺伝子に特異的かつ共通なSNPを標的とする方法の成功は,患者により異なる個々の変異に対しsiRNAをそれぞれ作製することなく,共通のsiRNAにより複数の患者を治療することのできる,より現実的な治療への可能性を広げるものである.
 今回のマウスモデルにおいては,アデノ随伴ウイルスベクターの胸腔への直接的な投与法を用い奏功したが,ヒトの心筋症に対する遺伝子治療において,遺伝子の導入法あるいは投与の経路としてはいくつか新しいものが考えられる.たとえば,肥大型心筋症においてとくに重度の肥大の起こる心室中隔への血管内カテーテルを用いたsiRNAの投与などである.この方法を適正化することにより罹患した部位に選択的にsiRNAを投与することができれば,効果を集中的に高めることができ,心室流出路閉塞や突然死の予防の観点から臨床的な意義があろう.ウイルスによる遺伝子導入法あるいはほかの遺伝子導入法9,10) による特異的な遺伝子のノックダウンは,肥大型心筋症のみならずほかの遺伝的な心筋疾患の発症の時期あるいはその進行を遅延させる可能性が大いに期待され,今後,さらなる研究が必須である.

文 献



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  2. Maron, B. J., Doerer, J. J., Haas, T. S. et al.: Sudden deaths in young competitive athletes: analysis of 1866 deaths in the United States, 1980-2006. Circulation, 119, 1085-1092 (2009)[PubMed]

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  4. Geisterfer-Lowrance, A. A., Kass, S., Tanigawa, G. et al.: A molecular basis for familial hypertrophic cardiomyopathy: a β cardiac myosin heavy chain gene missense mutation. Cell, 62, 999-1006 (1990)[PubMed]

  5. Geisterfer-Lowrance, A. A., Christe, M., Conner, D. A. et al.: A mouse model of familial hypertrophic cardiomyopathy. Science, 272, 731-734 (1996)[PubMed]

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  9. Rodriguez-Lebron, E. & Paulson, H. L.: Allele-specific RNA interference for neurological disease. Gene Ther., 13, 576-581 (2006)[PubMed]

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著者プロフィール


脇本 博子(Hiroko Wakimoto)
略歴:2000年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科にて博士号取得,米国Boston Children's Hospital研究員,2002年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 助手,2006年 米国Boston Children's Hospital研究員を経て,2007年より米国Harvard Medical School講師.
研究テーマ:遺伝性および発生の異常にもとづく心臓疾患の機序.
関心事:働く女性のかかえる問題点の日米での比較検討および今後の展望について,育児・家事・研究の合間に勉強中.

© 2013 脇本 博子 Licensed under CC 表示 2.1 日本