ショウジョウバエの幼虫の光忌避行動を制御する内分泌の機構とその意義
山中 直岐
(米国Minnesota大学Department of Genetics, Cell Biology and Development)
email:山中直岐
DOI: 10.7875/first.author.2013.113
Neuroendocrine control of Drosophila larval light preference.
Naoki Yamanaka, Nuria M. Romero, Francisco A. Martin, Kim F. Rewitz, Mu Sun, Michael B. O'Connor, Pierre Léopold
Science, 341, 1113-1116 (2013)
動物の成長は生存の確率を高めるように最適化された一連の生得的な行動をともなう.今回,筆者らは,昆虫が蛹化するタイミングを決定する前胸腺刺激ホルモンが,ショウジョウバエの幼虫において光忌避行動を制御していることを見い出した.前胸腺刺激ホルモンはその受容体であるTorsoを介して2種類の光受容器に作用し,光忌避性を制御していた.前胸腺刺激ホルモンは幼虫期の終わりに脱皮ホルモンであるエクジソンの合成を活性化することにより蛹化および変態を促進しつつ,光忌避行動を促して幼虫を暗い場所へと導くことにより,蛹が安全な隠れた場所において成虫へと成長するのを助けていた.このように,前胸腺刺激ホルモンは幼虫がいつ,どこで変態を行うかを決定し,昆虫の成長条件を最適化する役割を担っていると考えられた.
地球上の動物はその発達段階や環境条件に応じて遺伝的にプログラムされた生得的な行動をとることにより,個体の生存と種の繁栄をはかっている.ショウジョウバエなどの昆虫は,その構造が比較的単純であることや遺伝学的な研究ツールが多く手に入ることなどから,こうした生得的な行動のしくみを解き明かすためのモデル生物として,これまでさまざまな研究に寄与してきた.
昆虫の成長段階における生得的な行動の例としては,幼虫が餌から離れ蛹になる場所を求めて徘徊するワンダリング行動や,蛹になる際に幼虫期の外皮を脱ぎ捨てる脱皮行動(蛹化)をあげることができる.これらの行動は,いずれも脱皮ホルモンであるエクジソンによりひき起こされるが1,2),このエクジソンの産生器官である前胸腺に作用してその合成時期を決定するのが,脳の2対のニューロンにおいて産生される前胸腺刺激ホルモンである3).すなわち,前胸腺刺激ホルモンはエクジソンの合成を促進することにより,幼虫が“いつ”こうした一連の生得的な行動を行うべきか,間接的に制御する役割をはたしている.
成長段階におけるこのような行動はエクジソンの濃度という生理的な状態の変化によりひき起こされるのに対して,外的な要因によりひき起こされるショウジョウバエの幼虫の生得的な行動として光忌避行動をあげることができる4).寒天プレートの透明なふたの半分を黒くおおった簡単な装置(図1a)を用いると,幼虫は数百ルクス程度の弱い白色光に対しても明確な忌避性を示し,10~15分後にはほとんどの幼虫はプレートの暗い部分に集まる.この幼虫の光忌避行動は古くから知られていたものの,ほかの生得的な行動,とくに,餌から離れた幼虫が光のもとにさらされるワンダリング行動との関連については,これまで明確な知見は得られていなかった.
2010年,ショウジョウバエの幼虫において脳にある2対のニューロンを不活性化すると光忌避性の失われることが報告された5).筆者らは,その形態的な特徴からこれら2対のニューロンは前胸腺刺激ホルモンの産生細胞であることを見い出し,抗体染色によりそれを確認した.これらの結果から,前胸腺刺激ホルモンを産生するニューロンの活性は幼虫の光忌避行動において重要な役割をはたすと考えられた.さらに,前胸腺刺激ホルモンをRNAi法によりノックダウンすると幼虫の光忌避行動は阻害されたことから,実際に前胸腺刺激ホルモンが放出されることが光忌避行動において重要であることが示唆された.
ショウジョウバエにおいて前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンはその軸索を前胸腺の表面に投射しており,傍分泌経路においてエクジソンの合成を活性化すると考えられている.前胸腺刺激ホルモンによる光忌避行動の制御がエクジソンの合成および分泌を介したものであるかどうかを確認するため,前胸腺刺激ホルモンの受容体であるTorsoを前胸腺においてノックダウンしてみたが,光忌避行動に有意な変化は観察されなかった.一方で,すでに筆者らが報告していたとおり6),前胸腺におけるTorsoのノックダウンはエクジソンによりひき起こされるワンダリング行動とそののちの蛹化のタイミングを大きく遅延させた.すなわち,前胸腺刺激ホルモンはエクジソンの合成制御を介した生得的な行動の制御機構とは異なる経路により,幼虫の光忌避行動を制御していることが明らかになった.
前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンには前胸腺のほかに投射先は観察されなかったことから,前胸腺刺激ホルモンは前胸腺の表面にあるニューロンの末端から体液へと放出され,内分泌系を介してほかの組織に作用しているものと予測された.実際に,前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンを一時的に不活性化してから光忌避性が失われるまでに8~10時間を要したことから,前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンが脳において神経ネットワークを形成して忌避行動を直接に制御している可能性は低いと考えられた.さらに,前胸腺刺激ホルモンに対する抗体を用いた酵素免疫定量法により,幼虫の体液には前胸腺刺激ホルモンが存在し,その濃度は前胸腺刺激ホルモンのノックダウンにより減少することも明らかにされた.さきに述べたように,前胸腺刺激ホルモンのノックダウンは光忌避行動を阻害したことから,これら一連の結果は内分泌経路を介した前胸腺刺激ホルモンの新たな作用機序の存在を示唆するものであった.
体液に存在する前胸腺刺激ホルモンはどの組織に作用して光忌避行動を制御しているのだろうか? この疑問に答えるため,前胸腺刺激ホルモンの受容体であるTorsoをRNAi法によりさまざまな組織においてノックダウンし,それが光忌避行動に及ぼす影響について調べた.その結果,神経系において特異的にTorsoをノックダウンすると,体全体においてTorsoをノックダウンしたときと同じ程度の光忌避行動の阻害がみられることがわかった.ショウジョウバエの幼虫における光忌避行動は2種類の光受容器,すなわち,目に相当する原始的な構造であるBolwig器官と,体の表面を樹状突起でおおいつくすクラスIV daニューロンとが光を感知することによりひき起こされる4,7,8).そこで,これらの光受容器において特異的にTorsoをノックダウンすると,神経系の全体においてTorsoをノックダウンしたときと同じ程度の光忌避行動の阻害が観察された.実際に,torso遺伝子の変異体ではクラスIV daニューロンの光応答性が低下していたことから,前胸腺刺激ホルモンはBolwig器官とクラスIV daニューロンという2種類の光受容器に作用し,それらの光感受性を高めることにより光忌避行動を制御していると考えられた.
さきに述べたとおり,前胸腺刺激ホルモンは前胸腺においてエクジソンの合成を促進することにより,幼虫がいつワンダリング行動や蛹化といった一連の生得的な行動を行うべきかを間接的に制御する役割を担う.その前胸腺刺激ホルモンが幼虫の光忌避行動をも制御することには,どのような生理的な意義があるのだろうか? この疑問に答えるため,簡単な装置(図1b)を用いてワンダリング行動をへて蛹化にいたる一連の生得的な行動の過程において,前胸腺刺激ホルモンが光忌避行動にどのような影響をあたえているのかについて調べた.
ワンダリング行動は幼虫が餌から離れて徘徊する行動であるため,餌に埋もれている摂食期とは異なり,ワンダリング行動をしている幼虫は自然光のもとにさらされることになる.そのため,これまで多くの研究者は,ワンダリング行動をしている幼虫においては光忌避性が低下することが重要だと考えてきた9,10).しかし,作製した装置(図1b)において幼虫に選択肢をあたえると,ワンダリング期の幼虫は明確な光忌避行動を示し,ほとんどの幼虫が管の中の暗い部分で蛹になった.一方,前胸腺刺激ホルモンのシグナル伝達経路をさまざまな方法により阻害した場合には,ワンダリング行動から蛹化にいたる時期の光忌避性は失われ,幼虫は管の中で明るい部分と暗い部分とにほぼ均等に分布して蛹になった.
これらの結果は,前胸腺刺激ホルモンという単一の因子がワンダリング行動と蛹化という発達段階に応じた生得的な行動を促す際に,光忌避行動という外的な要因に応じた行動までをも支配し,幼虫が暗い場所で蛹になるようにしむけていることを示した(図2).暗い場所で蛹期をすごすことは,外敵や直射日光による極度の乾燥などから蛹を守り,結果的に成虫が無事に羽化する確率を高めていると考えられた.このように,前胸腺刺激ホルモンは幼虫が“いつ,どこで”変態期をすごすべきかを決定することにより,ショウジョウバエの無事な成長をささえていたのである.
脱皮あるいは変態の促進や蛹休眠の打破など11),昆虫の成長のタイミングを支配する因子として広く知られてきた前胸腺刺激ホルモンが,光忌避行動という,いっけんまったく無関係な行動をも制御するという点に,研究を進めるうえで大きな魅力を感じた.前胸腺刺激ホルモンは光受容器において何を制御しているのか,ショウジョウバエのほかの昆虫でも同様のしくみが存在するのかなど,今後,解決すべき課題は多い.研究対象とする生物が自然界においてはどのような状況におかれているのかという,研究室でのふだんの研究では忘れがちな視点を失わないようにすることが,こうした課題を解決するうえで非常に重要となってくるだろう.
略歴:2007年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了,同年 同 研究員を経て,同年 米国Minnesota大学Postdoctoral Associate.
抱負:内分泌系を介して生物の成長や行動が制御されるしくみを広く明らかにしていきたい.2014年4月より米国California大学Riverside校にて研究室を開設の予定.
© 2013 山中 直岐 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Minnesota大学Department of Genetics, Cell Biology and Development)
email:山中直岐
DOI: 10.7875/first.author.2013.113
Neuroendocrine control of Drosophila larval light preference.
Naoki Yamanaka, Nuria M. Romero, Francisco A. Martin, Kim F. Rewitz, Mu Sun, Michael B. O'Connor, Pierre Léopold
Science, 341, 1113-1116 (2013)
要 約
動物の成長は生存の確率を高めるように最適化された一連の生得的な行動をともなう.今回,筆者らは,昆虫が蛹化するタイミングを決定する前胸腺刺激ホルモンが,ショウジョウバエの幼虫において光忌避行動を制御していることを見い出した.前胸腺刺激ホルモンはその受容体であるTorsoを介して2種類の光受容器に作用し,光忌避性を制御していた.前胸腺刺激ホルモンは幼虫期の終わりに脱皮ホルモンであるエクジソンの合成を活性化することにより蛹化および変態を促進しつつ,光忌避行動を促して幼虫を暗い場所へと導くことにより,蛹が安全な隠れた場所において成虫へと成長するのを助けていた.このように,前胸腺刺激ホルモンは幼虫がいつ,どこで変態を行うかを決定し,昆虫の成長条件を最適化する役割を担っていると考えられた.
はじめに
地球上の動物はその発達段階や環境条件に応じて遺伝的にプログラムされた生得的な行動をとることにより,個体の生存と種の繁栄をはかっている.ショウジョウバエなどの昆虫は,その構造が比較的単純であることや遺伝学的な研究ツールが多く手に入ることなどから,こうした生得的な行動のしくみを解き明かすためのモデル生物として,これまでさまざまな研究に寄与してきた.
昆虫の成長段階における生得的な行動の例としては,幼虫が餌から離れ蛹になる場所を求めて徘徊するワンダリング行動や,蛹になる際に幼虫期の外皮を脱ぎ捨てる脱皮行動(蛹化)をあげることができる.これらの行動は,いずれも脱皮ホルモンであるエクジソンによりひき起こされるが1,2),このエクジソンの産生器官である前胸腺に作用してその合成時期を決定するのが,脳の2対のニューロンにおいて産生される前胸腺刺激ホルモンである3).すなわち,前胸腺刺激ホルモンはエクジソンの合成を促進することにより,幼虫が“いつ”こうした一連の生得的な行動を行うべきか,間接的に制御する役割をはたしている.
成長段階におけるこのような行動はエクジソンの濃度という生理的な状態の変化によりひき起こされるのに対して,外的な要因によりひき起こされるショウジョウバエの幼虫の生得的な行動として光忌避行動をあげることができる4).寒天プレートの透明なふたの半分を黒くおおった簡単な装置(図1a)を用いると,幼虫は数百ルクス程度の弱い白色光に対しても明確な忌避性を示し,10~15分後にはほとんどの幼虫はプレートの暗い部分に集まる.この幼虫の光忌避行動は古くから知られていたものの,ほかの生得的な行動,とくに,餌から離れた幼虫が光のもとにさらされるワンダリング行動との関連については,これまで明確な知見は得られていなかった.
1.前胸腺刺激ホルモンはエクジソンの合成制御とは独立した経路により光忌避行動を促す
2010年,ショウジョウバエの幼虫において脳にある2対のニューロンを不活性化すると光忌避性の失われることが報告された5).筆者らは,その形態的な特徴からこれら2対のニューロンは前胸腺刺激ホルモンの産生細胞であることを見い出し,抗体染色によりそれを確認した.これらの結果から,前胸腺刺激ホルモンを産生するニューロンの活性は幼虫の光忌避行動において重要な役割をはたすと考えられた.さらに,前胸腺刺激ホルモンをRNAi法によりノックダウンすると幼虫の光忌避行動は阻害されたことから,実際に前胸腺刺激ホルモンが放出されることが光忌避行動において重要であることが示唆された.
ショウジョウバエにおいて前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンはその軸索を前胸腺の表面に投射しており,傍分泌経路においてエクジソンの合成を活性化すると考えられている.前胸腺刺激ホルモンによる光忌避行動の制御がエクジソンの合成および分泌を介したものであるかどうかを確認するため,前胸腺刺激ホルモンの受容体であるTorsoを前胸腺においてノックダウンしてみたが,光忌避行動に有意な変化は観察されなかった.一方で,すでに筆者らが報告していたとおり6),前胸腺におけるTorsoのノックダウンはエクジソンによりひき起こされるワンダリング行動とそののちの蛹化のタイミングを大きく遅延させた.すなわち,前胸腺刺激ホルモンはエクジソンの合成制御を介した生得的な行動の制御機構とは異なる経路により,幼虫の光忌避行動を制御していることが明らかになった.
2.前胸腺刺激ホルモンは内分泌経路を介して2つの光受容器に作用する
前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンには前胸腺のほかに投射先は観察されなかったことから,前胸腺刺激ホルモンは前胸腺の表面にあるニューロンの末端から体液へと放出され,内分泌系を介してほかの組織に作用しているものと予測された.実際に,前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンを一時的に不活性化してから光忌避性が失われるまでに8~10時間を要したことから,前胸腺刺激ホルモンの産生ニューロンが脳において神経ネットワークを形成して忌避行動を直接に制御している可能性は低いと考えられた.さらに,前胸腺刺激ホルモンに対する抗体を用いた酵素免疫定量法により,幼虫の体液には前胸腺刺激ホルモンが存在し,その濃度は前胸腺刺激ホルモンのノックダウンにより減少することも明らかにされた.さきに述べたように,前胸腺刺激ホルモンのノックダウンは光忌避行動を阻害したことから,これら一連の結果は内分泌経路を介した前胸腺刺激ホルモンの新たな作用機序の存在を示唆するものであった.
体液に存在する前胸腺刺激ホルモンはどの組織に作用して光忌避行動を制御しているのだろうか? この疑問に答えるため,前胸腺刺激ホルモンの受容体であるTorsoをRNAi法によりさまざまな組織においてノックダウンし,それが光忌避行動に及ぼす影響について調べた.その結果,神経系において特異的にTorsoをノックダウンすると,体全体においてTorsoをノックダウンしたときと同じ程度の光忌避行動の阻害がみられることがわかった.ショウジョウバエの幼虫における光忌避行動は2種類の光受容器,すなわち,目に相当する原始的な構造であるBolwig器官と,体の表面を樹状突起でおおいつくすクラスIV daニューロンとが光を感知することによりひき起こされる4,7,8).そこで,これらの光受容器において特異的にTorsoをノックダウンすると,神経系の全体においてTorsoをノックダウンしたときと同じ程度の光忌避行動の阻害が観察された.実際に,torso遺伝子の変異体ではクラスIV daニューロンの光応答性が低下していたことから,前胸腺刺激ホルモンはBolwig器官とクラスIV daニューロンという2種類の光受容器に作用し,それらの光感受性を高めることにより光忌避行動を制御していると考えられた.
3.前胸腺刺激ホルモンはワンダリング行動をしている幼虫の光忌避性を増強し暗い場所での蛹化を促す
さきに述べたとおり,前胸腺刺激ホルモンは前胸腺においてエクジソンの合成を促進することにより,幼虫がいつワンダリング行動や蛹化といった一連の生得的な行動を行うべきかを間接的に制御する役割を担う.その前胸腺刺激ホルモンが幼虫の光忌避行動をも制御することには,どのような生理的な意義があるのだろうか? この疑問に答えるため,簡単な装置(図1b)を用いてワンダリング行動をへて蛹化にいたる一連の生得的な行動の過程において,前胸腺刺激ホルモンが光忌避行動にどのような影響をあたえているのかについて調べた.
ワンダリング行動は幼虫が餌から離れて徘徊する行動であるため,餌に埋もれている摂食期とは異なり,ワンダリング行動をしている幼虫は自然光のもとにさらされることになる.そのため,これまで多くの研究者は,ワンダリング行動をしている幼虫においては光忌避性が低下することが重要だと考えてきた9,10).しかし,作製した装置(図1b)において幼虫に選択肢をあたえると,ワンダリング期の幼虫は明確な光忌避行動を示し,ほとんどの幼虫が管の中の暗い部分で蛹になった.一方,前胸腺刺激ホルモンのシグナル伝達経路をさまざまな方法により阻害した場合には,ワンダリング行動から蛹化にいたる時期の光忌避性は失われ,幼虫は管の中で明るい部分と暗い部分とにほぼ均等に分布して蛹になった.
これらの結果は,前胸腺刺激ホルモンという単一の因子がワンダリング行動と蛹化という発達段階に応じた生得的な行動を促す際に,光忌避行動という外的な要因に応じた行動までをも支配し,幼虫が暗い場所で蛹になるようにしむけていることを示した(図2).暗い場所で蛹期をすごすことは,外敵や直射日光による極度の乾燥などから蛹を守り,結果的に成虫が無事に羽化する確率を高めていると考えられた.このように,前胸腺刺激ホルモンは幼虫が“いつ,どこで”変態期をすごすべきかを決定することにより,ショウジョウバエの無事な成長をささえていたのである.
おわりに
脱皮あるいは変態の促進や蛹休眠の打破など11),昆虫の成長のタイミングを支配する因子として広く知られてきた前胸腺刺激ホルモンが,光忌避行動という,いっけんまったく無関係な行動をも制御するという点に,研究を進めるうえで大きな魅力を感じた.前胸腺刺激ホルモンは光受容器において何を制御しているのか,ショウジョウバエのほかの昆虫でも同様のしくみが存在するのかなど,今後,解決すべき課題は多い.研究対象とする生物が自然界においてはどのような状況におかれているのかという,研究室でのふだんの研究では忘れがちな視点を失わないようにすることが,こうした課題を解決するうえで非常に重要となってくるだろう.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2007年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了,同年 同 研究員を経て,同年 米国Minnesota大学Postdoctoral Associate.
抱負:内分泌系を介して生物の成長や行動が制御されるしくみを広く明らかにしていきたい.2014年4月より米国California大学Riverside校にて研究室を開設の予定.
© 2013 山中 直岐 Licensed under CC 表示 2.1 日本