深根性遺伝子による根系の形態の制御は干ばつのもとでのイネの増収を可能にする
宇賀 優作
(農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター イネゲノム育種研究ユニット)
email:宇賀優作
DOI: 10.7875/first.author.2013.107
Control of root system architecture by DEEPER ROOTING 1 increases rice yield under drought conditions.
Yusaku Uga, Kazuhiko Sugimoto, Satoshi Ogawa, Jagadish Rane, Manabu Ishitani, Naho Hara, Yuka Kitomi, Yoshiaki Inukai, Kazuko Ono, Noriko Kanno, Haruhiko Inoue, Hinako Takehisa, Ritsuko Motoyama, Yoshiaki Nagamura, Jianzhong Wu, Takashi Matsumoto, Toshiyuki Takai, Kazutoshi Okuno, Masahiro Yano
Nature Genetics, 45, 1097-1102 (2013)
干ばつが頻繁に起こる地域において作物の安定な生産を行うためには,干ばつに耐性をもつ作物への品種改良が不可欠である.根が土壌の深くにまで伸びる深根性は,干ばつ地域において土壌の深層から水を獲得するうえで重要な農業形質であると考えられてきた.しかし,これまで深根性に関与する遺伝子はクローニングされておらず,深根性遺伝子が作物に干ばつ耐性を付与できるかどうかは明らかにされていなかった.今回の研究において,筆者らは,イネの深根性に関与する量的形質遺伝子座としてDRO1をクローニングし,同定した.DRO1遺伝子は根端部の伸長帯における細胞の成長にかかわっており,機能型のDRO1遺伝子をもつイネは重力の方向に根が屈曲したが,非機能型のDRO1遺伝子をもつイネは根が正常に屈曲しなかった.非機能型のDRO1遺伝子をもつ浅根性の品種IR64と,マーカー選抜法によりIR64に陸稲に由来する機能型DRO1遺伝子を導入した準同質遺伝子系統を干ばつ条件のもとで栽培した結果,機能型DRO1遺伝子をもつ系統は深根化することによりIR64より高い収量が得られた.今回の結果は,根系の形態を改変することにより作物の干ばつ耐性を高められることを示した.
干ばつは発展途上国における飢餓の主要な原因のひとつである.21世紀なかばには世界人口は90億人に達すると予測されており,また,国連は2025年には27億人が深刻な水不足に直面すると予測している.将来の人口増加と水不足が懸念されるなか,国際水管理研究所は2025年までに干ばつ地域における作物の生産を40%増産することが必要であるとうったえている1).世界には雨水のみにたよって作物を栽培する農耕地が広く存在するが,このような地域では干ばつが頻発し,作物の生産に甚大な被害が生じている.イネの場合,アジア地域に限定しても,つねに干ばつの影響のもとにある水田は全栽培面積の20%にも及ぶ2).これらの地域におけるイネの生産の安定な維持のためには,干ばつ耐性をもつ品種の開発が不可欠である.
水田で栽培される水稲は畑作物に比べ根の張り方が浅く干ばつに弱い.一方,焼畑や天水田など比較的乾燥した農地で栽培される陸稲は根が深くまで張り,干ばつのときにも土壌の深層の水を利用できることから,干ばつに強いと考えられる(図1).しかし,陸稲は一般に低収量で食味もよくないため,世界的にみても広く栽培されてはいない.そこで,干ばつに弱い水稲に陸稲のもつ深根性遺伝子を導入することにより,干ばつに強いイネを開発することが考えられた.実際に,多くの研究者が深根性に関与する量的形質遺伝子座(quantitative trait locus:QTL)のクローニングおよび同定を進めてきたが,現在までに,深根性に関与する量的形質遺伝子座はクローニングされていない.今回の研究において,筆者らは,浅根性の水稲の品種IR64と深根性の陸稲の品種Kinandang Patongに由来するマッピング集団から新たに見い出した,深根性に関与する量的形質遺伝子座のクローニングと機能解析を行うとともに,深根性遺伝子の干ばつ耐性への効果を明らかにした.
この研究では,アジア地域で広く栽培されている水稲の品種IR64における耐乾性の改良をめざした.IR64は通常の水田では多収性を示すものの,浅根性で干ばつに対し弱い品種である.筆者らはこれまでに,IR64を深根化するためのドナー品種を選定するため,畑圃場において約60品種のイネの根系を調査した.深根性を示した品種のうち,フィリピン原産の陸稲の品種Kinandang Patongをドナー品種として選んだ.IR64とKinandang Patongは土壌において根の到達深度が大きく異なった(図2).この2つの品種から作製した組換え近交系統群を用いて深根性に対する量的形質遺伝子座を解析したところ,第9染色体に1つ,遺伝効果の大きい量的形質遺伝子座を見い出し,DEEPER ROOTING 1(DRO1)と名づけた3).
圃場におけるDRO1遺伝子座の根系の形態に及ぼす影響を調べるため,マーカー選抜法を用いてKinandang Patongに由来するDRO1遺伝子座を含む染色体の断片をIR64に導入した準同質遺伝子系統Dro1-NILを作製した.畑圃場において比較したところ,IR64は地面から約20 cmまでしか根は張らなかったが,Dro1-NILではIR64の2倍以上の40~45 cmまでも根が張ったことから,DRO1遺伝子座は圃場において深根化に寄与したことが再現された.深根性は最長根長と根伸長角度からなる複合形質である4).そこで,DRO1遺伝子座がどちらの形質に影響を及ぼすのかを調べたところ,IR64の根伸長角度が約30度であるに対し,Dro1-NILでは約60度と,2倍ほど深く根が伸長することがわかった.一方,この2つの系統のあいだで最長根長にはほとんど差がみられず,草丈や分げつなど地上の草姿も同じであった.これらのことから,DRO1遺伝子座は根伸長角度を大きくすることにより深根化に寄与していることがわかった.
DRO1遺伝子座がどのように根伸長角度を制御しているかを明らかにするため,マップベースクローニング法により遺伝子クローニングを行った.DRO1遺伝子座の染色体領域を絞り込んだ結果,候補領域は6.0 kbpになった.Rice Annotation Project Database(RAP-DB,http://rapdb.dna.affrc.go.jp/)により,この領域には1個の遺伝子Os09g0439800(LOC_Os09g26840.1)の存在が予測されていた.この遺伝子の塩基配列をIR64とKinandang Patongとのあいだで比較したところ,IR64には第4エクソンに1塩基の欠失が存在していた.IR64ではこの欠失により終止コドンが生じ不完全なタンパク質ができることにより,DRO1遺伝子の機能が欠失もしくは低下しているのではないかと推測した.そこで,候補領域を含むKinandang Patongに由来するゲノム断片を,アグロバクテリウムを介しIR64に導入し形質転換体を作製した.ベクターのみを導入した対照の形質転換体はIR64と同じ浅根性を示したが,DRO1遺伝子を導入した形質転換体は準同質遺伝子系統Dro1-NILと同じレベルの深根性を示した.この結果から,予測された遺伝子はDRO1遺伝子の本体であると断定した.しかし,DRO1遺伝子は機能未知のタンパク質をコードしており,既知のドメインももっていなかったため,配列情報からはその機能は予測できなかった.ほかの植物とアミノ酸配列を比較したところ,トウモロコシやソルガム,オオムギなどの単子葉作物において,DRO1遺伝子と相同性の高い遺伝子の存在することがわかった.
配列情報からDRO1遺伝子の機能を推定することが困難であったため,表現型からその機能を明らかにすることを試みた.非機能型のDRO1遺伝子をもつIR64と,機能型のDRO1遺伝子をもつ準同質遺伝子系統Dro1-NILの種子根における根伸長角度を調べたところ,IR64はDro1-NILより根伸長角度が小さかったことにくわえ,個体のあいだでの根伸長角度にばらつきが大きかった.この表現型から,IR64では重力感受性が異常になっているのではないかと推測した.重力屈性は根伸長角度を決める重要な因子である5).そこで,垂直方向に伸長した根を水平方向へと回転させ,そののちの根の屈曲の程度を経時的に測定したところ,Dro1-NILはIR64より早く根が重力の方向に屈曲した.このことから,DRO1遺伝子は根の重力屈性に関与する遺伝子であると推定された.DRO1遺伝子は伸長した根の根端や冠根始原体において特異的に発現していた.また,多コピーのDRO1遺伝子を導入した形質転換体では,1コピーのDRO1遺伝子を導入した形質転換体と比べ,根端におけるDRO1遺伝子の発現量が高く,根伸長角度も大きくなった.一方,DRO1遺伝子のRNAi形質転換体ではDRO1遺伝子の発現量は低下し根伸長角度は小さくなった.このことから,DRO1遺伝子の発現量を制御することにより根伸長角度を自由に改変することができると考えられた.
重力屈性には植物ホルモンの一種であるオーキシンが関与している6).そこで,オーキシンの処理によるDRO1遺伝子の発現量の変化を調べたところ,処理ののち30分で根端におけるDRO1遺伝子の発現量は大幅に低下した.DRO1遺伝子のプロモーター領域には,オーキシン応答配列のモチーフが3つ存在した.オーキシン応答配列にオーキシン応答因子が結合することで,その下流の遺伝子の転写は制御されている7).そこで,ゲルシフトアッセイ法によりDRO1遺伝子のプロモーター領域に存在するオーキシン応答配列のモチーフとオーキシン応答因子の一種であるOsARF1との結合を調べたところ,モチーフの1つとOsARF1とが結合した.これらの結果から,DRO1遺伝子はオーキシン早期応答遺伝子であることがわかった.
垂直方向に伸長している根ではオーキシンが茎頂から中心柱をとおって根端に向かい,根端からは表層をとおって細胞伸長帯へと同じ方向にむけ移動し,オーキシンはそこで細胞の伸長に関与する.この根を水平方向へと回転させると,オーキシンは根端から重力の方向へと移動し,伸長帯の重力側においてオーキシンの濃度が高まることにより細胞の伸長が抑制される.一方,反重力側ではオーキシンの濃度が低いため細胞は伸長し,根は重力の方向へと屈曲すると考えられる8).そこで,水平方向へと回転させた伸長帯における細胞の長さを調べた.その結果,準同質遺伝子系統Dro1-NILではIR64と比べ,重力側の細胞長が反重力側よりも有意に短かったことから,重力屈性においてDRO1遺伝子は伸長帯の細胞伸長に関与していると推定された.同じ条件での根端部におけるDRO1遺伝子の発現の変化をin situハイブリダイゼーション法およびリアルタイムPCR法により解析したところ,重力側においてDRO1遺伝子の発現量は低下していた.一方,オーキシンのマーカーであるOsIAA20遺伝子の発現量は重力側において上昇していた.つまり,重力側に移動してきたオーキシンにより,重力側においてDRO1遺伝子の発現が低下し細胞伸長が抑制された結果,重力の方向に根が屈曲したと考えられた.IR64ではDRO1遺伝子が機能しないため,オーキシンの濃度勾配に関係なく重力側と反重力側とで同じように細胞伸長が起こり,根の重力屈性は正常に起こらないと推測された.
DRO1遺伝子の耐乾性への効果を明らかにするため,コロンビアの国際熱帯農業センターにある耐乾性検定圃場において,IR64および準同質遺伝子系統Dro1-NILの収量の調査を行った.イネがもっとも乾燥ストレスに弱い花芽形成期から開花期まで,乾燥ストレス処理を行った.処理期間のあいだ十分な水をイネにあたえた灌漑区,処理期間のあいだ1日あたり2.5 mmの灌水を行った中度干ばつ区,処理期間のあいだ灌水を完全に停止した強度干ばつ区,の3つの処理区を設けた.灌漑区ではIR64およびDro1-NILの収量はほぼ同等であった.一方,中度干ばつ区ではIR64の収量は灌漑区に対し半分以下に減少したが,Dro1-NILの収量はほとんど減少しなかった.強度干ばつ区ではIR64の収量はほぼゼロであったが,Dro1-NILでは灌漑区に対し約30%の収穫が得られた.このことから,干ばつ条件においては,Dro1-NILはIR64よりも高い収量の得られることがわかった.
機能型のDRO1遺伝子がイネを深根化することにより,干ばつのもとでも高い収量の得られることがわかった.また,機能型のDRO1遺伝子をもっていても,通常の栽培条件において収量の減ることはなかった.これまで,根の遺伝的な改良の問題点として,地上部のバイオマスと地下部のバイオマスとのトレードオフの観点から,根が大きくなると地上部のバイオマスが小さくなるため収量が減るのではないかと考えられてきた.しかし,DRO1遺伝子は根伸長角度を変えるだけで地下部のバイオマスには変化がないため,通常の栽培条件でも収量への悪影響はなかったと推測された.農家にとり,干ばつの有無にかかわらず同じ品種を栽培することのできるメリットは大きい.また,DRO1遺伝子と相同性の高い遺伝子がトウモロコシなどの畑作物に存在することから,より干ばつの影響をうけやすい畑作物において,DRO1遺伝子のような深根性遺伝子が干ばつ耐性の遺伝的な改良に利用できる可能性がある.今回の結果は,作物の干ばつ耐性の育種戦略において,深根性遺伝子を用いた新しい改良法を提示したものと考えている.
略歴:2003年 筑波大学大学院農学研究科博士課程 修了,同年 農業生物資源研究所分子遺伝研究グループ 特別研究員,2004年 同 ジーンバンク 任期付研究員,2009年 同 QTLゲノム育種研究センター 主任研究員を経て,2011年より同 農業生物先端ゲノム研究センター 主任研究員.
研究テーマ:ゲノム育種をとおして,干ばつに強いイネを作出すること.
抱負:発展途上国の稲作に貢献したい.
© 2013 宇賀 優作 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(農業生物資源研究所農業生物先端ゲノム研究センター イネゲノム育種研究ユニット)
email:宇賀優作
DOI: 10.7875/first.author.2013.107
Control of root system architecture by DEEPER ROOTING 1 increases rice yield under drought conditions.
Yusaku Uga, Kazuhiko Sugimoto, Satoshi Ogawa, Jagadish Rane, Manabu Ishitani, Naho Hara, Yuka Kitomi, Yoshiaki Inukai, Kazuko Ono, Noriko Kanno, Haruhiko Inoue, Hinako Takehisa, Ritsuko Motoyama, Yoshiaki Nagamura, Jianzhong Wu, Takashi Matsumoto, Toshiyuki Takai, Kazutoshi Okuno, Masahiro Yano
Nature Genetics, 45, 1097-1102 (2013)
要 約
干ばつが頻繁に起こる地域において作物の安定な生産を行うためには,干ばつに耐性をもつ作物への品種改良が不可欠である.根が土壌の深くにまで伸びる深根性は,干ばつ地域において土壌の深層から水を獲得するうえで重要な農業形質であると考えられてきた.しかし,これまで深根性に関与する遺伝子はクローニングされておらず,深根性遺伝子が作物に干ばつ耐性を付与できるかどうかは明らかにされていなかった.今回の研究において,筆者らは,イネの深根性に関与する量的形質遺伝子座としてDRO1をクローニングし,同定した.DRO1遺伝子は根端部の伸長帯における細胞の成長にかかわっており,機能型のDRO1遺伝子をもつイネは重力の方向に根が屈曲したが,非機能型のDRO1遺伝子をもつイネは根が正常に屈曲しなかった.非機能型のDRO1遺伝子をもつ浅根性の品種IR64と,マーカー選抜法によりIR64に陸稲に由来する機能型DRO1遺伝子を導入した準同質遺伝子系統を干ばつ条件のもとで栽培した結果,機能型DRO1遺伝子をもつ系統は深根化することによりIR64より高い収量が得られた.今回の結果は,根系の形態を改変することにより作物の干ばつ耐性を高められることを示した.
はじめに
干ばつは発展途上国における飢餓の主要な原因のひとつである.21世紀なかばには世界人口は90億人に達すると予測されており,また,国連は2025年には27億人が深刻な水不足に直面すると予測している.将来の人口増加と水不足が懸念されるなか,国際水管理研究所は2025年までに干ばつ地域における作物の生産を40%増産することが必要であるとうったえている1).世界には雨水のみにたよって作物を栽培する農耕地が広く存在するが,このような地域では干ばつが頻発し,作物の生産に甚大な被害が生じている.イネの場合,アジア地域に限定しても,つねに干ばつの影響のもとにある水田は全栽培面積の20%にも及ぶ2).これらの地域におけるイネの生産の安定な維持のためには,干ばつ耐性をもつ品種の開発が不可欠である.
水田で栽培される水稲は畑作物に比べ根の張り方が浅く干ばつに弱い.一方,焼畑や天水田など比較的乾燥した農地で栽培される陸稲は根が深くまで張り,干ばつのときにも土壌の深層の水を利用できることから,干ばつに強いと考えられる(図1).しかし,陸稲は一般に低収量で食味もよくないため,世界的にみても広く栽培されてはいない.そこで,干ばつに弱い水稲に陸稲のもつ深根性遺伝子を導入することにより,干ばつに強いイネを開発することが考えられた.実際に,多くの研究者が深根性に関与する量的形質遺伝子座(quantitative trait locus:QTL)のクローニングおよび同定を進めてきたが,現在までに,深根性に関与する量的形質遺伝子座はクローニングされていない.今回の研究において,筆者らは,浅根性の水稲の品種IR64と深根性の陸稲の品種Kinandang Patongに由来するマッピング集団から新たに見い出した,深根性に関与する量的形質遺伝子座のクローニングと機能解析を行うとともに,深根性遺伝子の干ばつ耐性への効果を明らかにした.
1.DRO1遺伝子座の根系の形態への影響
この研究では,アジア地域で広く栽培されている水稲の品種IR64における耐乾性の改良をめざした.IR64は通常の水田では多収性を示すものの,浅根性で干ばつに対し弱い品種である.筆者らはこれまでに,IR64を深根化するためのドナー品種を選定するため,畑圃場において約60品種のイネの根系を調査した.深根性を示した品種のうち,フィリピン原産の陸稲の品種Kinandang Patongをドナー品種として選んだ.IR64とKinandang Patongは土壌において根の到達深度が大きく異なった(図2).この2つの品種から作製した組換え近交系統群を用いて深根性に対する量的形質遺伝子座を解析したところ,第9染色体に1つ,遺伝効果の大きい量的形質遺伝子座を見い出し,DEEPER ROOTING 1(DRO1)と名づけた3).
圃場におけるDRO1遺伝子座の根系の形態に及ぼす影響を調べるため,マーカー選抜法を用いてKinandang Patongに由来するDRO1遺伝子座を含む染色体の断片をIR64に導入した準同質遺伝子系統Dro1-NILを作製した.畑圃場において比較したところ,IR64は地面から約20 cmまでしか根は張らなかったが,Dro1-NILではIR64の2倍以上の40~45 cmまでも根が張ったことから,DRO1遺伝子座は圃場において深根化に寄与したことが再現された.深根性は最長根長と根伸長角度からなる複合形質である4).そこで,DRO1遺伝子座がどちらの形質に影響を及ぼすのかを調べたところ,IR64の根伸長角度が約30度であるに対し,Dro1-NILでは約60度と,2倍ほど深く根が伸長することがわかった.一方,この2つの系統のあいだで最長根長にはほとんど差がみられず,草丈や分げつなど地上の草姿も同じであった.これらのことから,DRO1遺伝子座は根伸長角度を大きくすることにより深根化に寄与していることがわかった.
2.DRO1遺伝子のクローニング
DRO1遺伝子座がどのように根伸長角度を制御しているかを明らかにするため,マップベースクローニング法により遺伝子クローニングを行った.DRO1遺伝子座の染色体領域を絞り込んだ結果,候補領域は6.0 kbpになった.Rice Annotation Project Database(RAP-DB,http://rapdb.dna.affrc.go.jp/)により,この領域には1個の遺伝子Os09g0439800(LOC_Os09g26840.1)の存在が予測されていた.この遺伝子の塩基配列をIR64とKinandang Patongとのあいだで比較したところ,IR64には第4エクソンに1塩基の欠失が存在していた.IR64ではこの欠失により終止コドンが生じ不完全なタンパク質ができることにより,DRO1遺伝子の機能が欠失もしくは低下しているのではないかと推測した.そこで,候補領域を含むKinandang Patongに由来するゲノム断片を,アグロバクテリウムを介しIR64に導入し形質転換体を作製した.ベクターのみを導入した対照の形質転換体はIR64と同じ浅根性を示したが,DRO1遺伝子を導入した形質転換体は準同質遺伝子系統Dro1-NILと同じレベルの深根性を示した.この結果から,予測された遺伝子はDRO1遺伝子の本体であると断定した.しかし,DRO1遺伝子は機能未知のタンパク質をコードしており,既知のドメインももっていなかったため,配列情報からはその機能は予測できなかった.ほかの植物とアミノ酸配列を比較したところ,トウモロコシやソルガム,オオムギなどの単子葉作物において,DRO1遺伝子と相同性の高い遺伝子の存在することがわかった.
3.DRO1遺伝子と重力屈性との関係
配列情報からDRO1遺伝子の機能を推定することが困難であったため,表現型からその機能を明らかにすることを試みた.非機能型のDRO1遺伝子をもつIR64と,機能型のDRO1遺伝子をもつ準同質遺伝子系統Dro1-NILの種子根における根伸長角度を調べたところ,IR64はDro1-NILより根伸長角度が小さかったことにくわえ,個体のあいだでの根伸長角度にばらつきが大きかった.この表現型から,IR64では重力感受性が異常になっているのではないかと推測した.重力屈性は根伸長角度を決める重要な因子である5).そこで,垂直方向に伸長した根を水平方向へと回転させ,そののちの根の屈曲の程度を経時的に測定したところ,Dro1-NILはIR64より早く根が重力の方向に屈曲した.このことから,DRO1遺伝子は根の重力屈性に関与する遺伝子であると推定された.DRO1遺伝子は伸長した根の根端や冠根始原体において特異的に発現していた.また,多コピーのDRO1遺伝子を導入した形質転換体では,1コピーのDRO1遺伝子を導入した形質転換体と比べ,根端におけるDRO1遺伝子の発現量が高く,根伸長角度も大きくなった.一方,DRO1遺伝子のRNAi形質転換体ではDRO1遺伝子の発現量は低下し根伸長角度は小さくなった.このことから,DRO1遺伝子の発現量を制御することにより根伸長角度を自由に改変することができると考えられた.
重力屈性には植物ホルモンの一種であるオーキシンが関与している6).そこで,オーキシンの処理によるDRO1遺伝子の発現量の変化を調べたところ,処理ののち30分で根端におけるDRO1遺伝子の発現量は大幅に低下した.DRO1遺伝子のプロモーター領域には,オーキシン応答配列のモチーフが3つ存在した.オーキシン応答配列にオーキシン応答因子が結合することで,その下流の遺伝子の転写は制御されている7).そこで,ゲルシフトアッセイ法によりDRO1遺伝子のプロモーター領域に存在するオーキシン応答配列のモチーフとオーキシン応答因子の一種であるOsARF1との結合を調べたところ,モチーフの1つとOsARF1とが結合した.これらの結果から,DRO1遺伝子はオーキシン早期応答遺伝子であることがわかった.
垂直方向に伸長している根ではオーキシンが茎頂から中心柱をとおって根端に向かい,根端からは表層をとおって細胞伸長帯へと同じ方向にむけ移動し,オーキシンはそこで細胞の伸長に関与する.この根を水平方向へと回転させると,オーキシンは根端から重力の方向へと移動し,伸長帯の重力側においてオーキシンの濃度が高まることにより細胞の伸長が抑制される.一方,反重力側ではオーキシンの濃度が低いため細胞は伸長し,根は重力の方向へと屈曲すると考えられる8).そこで,水平方向へと回転させた伸長帯における細胞の長さを調べた.その結果,準同質遺伝子系統Dro1-NILではIR64と比べ,重力側の細胞長が反重力側よりも有意に短かったことから,重力屈性においてDRO1遺伝子は伸長帯の細胞伸長に関与していると推定された.同じ条件での根端部におけるDRO1遺伝子の発現の変化をin situハイブリダイゼーション法およびリアルタイムPCR法により解析したところ,重力側においてDRO1遺伝子の発現量は低下していた.一方,オーキシンのマーカーであるOsIAA20遺伝子の発現量は重力側において上昇していた.つまり,重力側に移動してきたオーキシンにより,重力側においてDRO1遺伝子の発現が低下し細胞伸長が抑制された結果,重力の方向に根が屈曲したと考えられた.IR64ではDRO1遺伝子が機能しないため,オーキシンの濃度勾配に関係なく重力側と反重力側とで同じように細胞伸長が起こり,根の重力屈性は正常に起こらないと推測された.
4.イネは深根化することにより干ばつ耐性が高まる
DRO1遺伝子の耐乾性への効果を明らかにするため,コロンビアの国際熱帯農業センターにある耐乾性検定圃場において,IR64および準同質遺伝子系統Dro1-NILの収量の調査を行った.イネがもっとも乾燥ストレスに弱い花芽形成期から開花期まで,乾燥ストレス処理を行った.処理期間のあいだ十分な水をイネにあたえた灌漑区,処理期間のあいだ1日あたり2.5 mmの灌水を行った中度干ばつ区,処理期間のあいだ灌水を完全に停止した強度干ばつ区,の3つの処理区を設けた.灌漑区ではIR64およびDro1-NILの収量はほぼ同等であった.一方,中度干ばつ区ではIR64の収量は灌漑区に対し半分以下に減少したが,Dro1-NILの収量はほとんど減少しなかった.強度干ばつ区ではIR64の収量はほぼゼロであったが,Dro1-NILでは灌漑区に対し約30%の収穫が得られた.このことから,干ばつ条件においては,Dro1-NILはIR64よりも高い収量の得られることがわかった.
おわりに
機能型のDRO1遺伝子がイネを深根化することにより,干ばつのもとでも高い収量の得られることがわかった.また,機能型のDRO1遺伝子をもっていても,通常の栽培条件において収量の減ることはなかった.これまで,根の遺伝的な改良の問題点として,地上部のバイオマスと地下部のバイオマスとのトレードオフの観点から,根が大きくなると地上部のバイオマスが小さくなるため収量が減るのではないかと考えられてきた.しかし,DRO1遺伝子は根伸長角度を変えるだけで地下部のバイオマスには変化がないため,通常の栽培条件でも収量への悪影響はなかったと推測された.農家にとり,干ばつの有無にかかわらず同じ品種を栽培することのできるメリットは大きい.また,DRO1遺伝子と相同性の高い遺伝子がトウモロコシなどの畑作物に存在することから,より干ばつの影響をうけやすい畑作物において,DRO1遺伝子のような深根性遺伝子が干ばつ耐性の遺伝的な改良に利用できる可能性がある.今回の結果は,作物の干ばつ耐性の育種戦略において,深根性遺伝子を用いた新しい改良法を提示したものと考えている.
文 献
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- Araki, H., Morita, S., Tatsumi, J. et al.: Physio-morphological analysis on axile root growth in upland rice. Plant Prod. Sci., 5, 286-293 (2002)
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- Baldwin, K. L., Strohm A. K. & Masson P. H.: Gravity sensing and signal transduction in vascular plant primary roots. Am. J. Bot., 100, 126-142 (2013)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:2003年 筑波大学大学院農学研究科博士課程 修了,同年 農業生物資源研究所分子遺伝研究グループ 特別研究員,2004年 同 ジーンバンク 任期付研究員,2009年 同 QTLゲノム育種研究センター 主任研究員を経て,2011年より同 農業生物先端ゲノム研究センター 主任研究員.
研究テーマ:ゲノム育種をとおして,干ばつに強いイネを作出すること.
抱負:発展途上国の稲作に貢献したい.
© 2013 宇賀 優作 Licensed under CC 表示 2.1 日本