腸内に常在する乳酸菌に含まれる2本鎖RNAはインターフェロンβを誘導し腸炎を予防する
川島忠臣・辻 典子
(産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 分子複合医薬研究グループ)
email:川島忠臣,辻 典子
DOI: 10.7875/first.author.2013.093
Double-stranded RNA of intestinal commensal but not pathogenic bacteria triggers production of protective interferon-β.
Tadaomi Kawashima, Akemi Kosaka, Huimin Yan, Zijin Guo, Ryosuke Uchiyama, Ryutaro Fukui, Daisuke Kaneko, Yutaro Kumagai, Dong-Ju You, Joaquim Carreras, Satoshi Uematsu, Myoung Ho Jang, Osamu Takeuchi, Tsuneyasu Kaisho, Shizuo Akira, Kensuke Miyake, Hiroko Tsutsui, Takashi Saito, Ikuko Nishimura, Noriko M. Tsuji
Immunity, 38, 1187-1197 (2013)
小腸には多くの常在細菌が棲息しており,消化管免疫を刺激している.このような腸内細菌叢は経口摂取された細菌からなるが,経口的に侵入する細菌には乳酸菌のような常在細菌もあれば病原細菌もある.この研究では,常在細菌に対する消化管免疫の応答様式は病原細菌に対するものとは根本的に異なることを見い出した.すなわち,小腸の主要な常在細菌である乳酸菌は2本鎖RNAを豊富に含み,樹状細胞のエンドソームに存在するToll様受容体TLR3を刺激してインターフェロンβの産生を誘導する.さらに,このインターフェロンβの抗炎症機能がはたらき腸炎を予防する.乳酸菌によるインターフェロンβの産生誘導はTLR3のノックアウトマウスにおいてはみられず,乳酸菌に含まれる2本鎖RNAの分解,あるいは,エンドソームの酸性化の阻害によっても消失した.病原細菌に含まれる2本鎖RNAの量は乳酸菌に比べ非常に少なく,インターフェロンβの産生誘導には寄与しなかった.以上より,TLR3は小腸に常在する乳酸菌に対するセンサーとしてはたらき,腸炎の抑制や免疫恒常性の維持に寄与していることが示された.
自然免疫系はウイルスや細菌など微生物の構成成分を認識し,すみやかにこれに応答する.この応答にかかわる受容体としてToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)が知られており,たとえば,TLR2やTLR4は細胞の表層に発現して細菌の細胞壁成分を認識し,TLR3,TLR7,TLR9はエンドソームに発現してウイルスや細菌の核酸を認識する1).
腸管は常在細菌や外来の抗原あるいは細菌と接する場であり,無菌マウスでは免疫応答が減弱し,一部の常在細菌を定着させるとこれが回復すると報告されている2,3).また,通常に飼育されたマウスにおいても,常在細菌あるいはその菌体成分の経口投与が免疫恒常性の維持に貢献する例も報告がつづいている4-6).外来の細菌として,乳酸菌は発酵食品などから日常的に摂取されており,これは,小腸における主要な常在細菌のひとつが乳酸菌であることと深く関連すると考えられる7).乳酸菌の摂取は免疫細胞の成熟や腸管の免疫恒常性の維持に有益であることはこれまでにも報告されてきたが,常在する乳酸菌や経口的に摂取された乳酸菌が腸管においてどのように認識されて生体に有益な効果をもたらすのかという分子機構については明らかではなかった8,9).
マウスの骨髄に由来する樹状細胞を乳酸菌(生菌でも死菌でもよい)で刺激することにより,多量のインターフェロンβが誘導されることを発見した.そして,このインターフェロンβの産生量は,Listeria monocytogenesやHelicobacter pyloriなどの病原細菌により刺激した際に産生される量に比べ有意に高い値であった.乳酸菌により誘導されるインターフェロンβの産生の生理学的な意義を検討するため,デキストラン硫酸ナトリウムにより誘導された潰瘍性大腸炎のマウスモデルを用いて,乳酸菌(Tetragenococcus halophilus KK221株)の投与の効果を評価した.乳酸菌を投与したマウスモデルでは,潰瘍性大腸炎による大腸の縮小,好中球の浸潤の指標であるミエロペルオキシダーゼ活性の上昇,炎症の局所におけるインターロイキン6,TNFα,CXCL1,インターロイキン17など炎症メディエーターの発現などの症状が抑制された.しかし,乳酸菌を投与している期間に抗インターフェロンβ中和抗体を静脈投与したところ,これら症状の抑制は消失した.このことから,乳酸菌の投与により誘導されたインターフェロンβは潰瘍性大腸炎の症状の抑制に寄与していることが示された.
乳酸菌がどのToll様受容体を介してインターフェロンβを誘導しているかを調べるため,おのおののToll様受容体をノックアウトしたマウスより骨髄に由来する樹状細胞を誘導し乳酸菌の刺激によるインターフェロンβの産生量を測定したところ,2本鎖RNAを認識するTLR3とDNAを認識するTLR9が関与していることがわかった.1本鎖RNAを認識するTLR7の関与はみられなかった.発酵食品に由来するほかの乳酸菌についても同様に解析したところ,約7割の乳酸菌においてTLR3に依存的なインターフェロンβの産生誘導がみられ,TLR9についてはすべての乳酸菌において関与していた.TLR3およびTLR9はエンドソームに存在する核酸の受容体であることから,塩化アンモニウムの添加によりエンドソームの酸性化を阻害して機能を減弱させたときのインターフェロンβの誘導活性を調べた.すると,すべての乳酸菌において,添加した塩化アンモニウムの濃度に依存してインターフェロンβの産生量は減少した.このことから,乳酸菌によるインターフェロンβの産生誘導にはエンドソームにおける乳酸菌の核酸成分の認識が重要であることが示された.一方で,病原細菌によるインターフェロンβの産生はエンドソームの機能を必要としなかった.さらに,エンドソームにおけるToll様受容体の重要性を調べるため,Unc93b13dマウスの骨髄に由来する樹状細胞を用いて乳酸菌の刺激によるインターフェロンβの産生誘導をみた.TLR3,TLR7,TLR9はUnc93B1とともにエンドソームへと移行するが,このUnc93b13dマウスにおいてToll様受容体経路は機能しないことが知られている10).このマウスの骨髄に由来する樹状細胞ではインターフェロンβはまったく産生されなかったという結果とあわせ,エンドソームに存在するToll様受容体,とくにTLR3およびTLR9による乳酸菌の核酸成分(2本鎖RNAおよびDNA)の認識がインターフェロンβの誘導に必須であることが示された.
TLR3はウイルスあるいは自己組織の破壊により供給される2本鎖RNAを認識するとされていたが,細菌の認識におけるTLR3の関与についてはこれまで知られていなかった.そこで,乳酸菌の菌体をRNase Aで処理することにより,2本鎖RNAのインターフェロンβの産生誘導における寄与を調べた.すると,2本鎖RNAを分解する条件でRNase A処理をしたときのみ,マウスの骨髄に由来する樹状細胞から産生されるインターフェロンβは大きく減少した.このような現象は病原細菌であるSalmonella typhimuriumやH. pyloriではみられなかった.また,2本鎖RNAを分解した乳酸菌の菌体でTLR9ノックアウトマウスの骨髄に由来する樹状細胞を刺激したところ,残存するインターフェロンβの産生も消失した.このことから,マウスの骨髄に由来する樹状細胞を用いたin vitroの系においては,TLR3とTLR9が相加的にはたらいて乳酸菌を認識することにより多量のインターフェロンβの産生が誘導されていると考えられた.また,実際に2本鎖RNAに特異的な抗体を用いてサンドイッチELISA法により乳酸菌および病原細菌の菌体に存在する2本鎖RNAの量を測定したところ,病原細菌に比べ乳酸菌には多量の2本鎖RNAの存在することが明らかになった.
小腸の常在細菌としての乳酸菌が同様のインターフェロンβの誘導機構を介し消化管免疫にはたらきかけているのかどうかを調べるため,マウスの腸の内容物(空腸,回腸,盲腸それぞれの内容物)を用いて同様の検討を行った.野生型マウスおよびTLR3ノックアウトマウスの骨髄に由来する樹状細胞におけるインターフェロンβの産生誘導を解析したところ,回腸の内容物がTLR3に依存的なインターフェロンβの産生を誘導した.これは回腸の内容物に含まれる乳酸菌のはたらきと考えられたため,マウスの小腸の内容物より腸内に常在する乳酸菌を分離し,インターフェロンβの産生誘導およびそのTLR3への依存性を調べた.乳酸菌としてLactobacillus jonsonii,Lactococcus lactis,Lactobacillus intestinalisなどが分離されたが,11株中8株においてインターフェロンβの産生が確認され,そのうちの5株においてはTLR3に依存してインターフェロンβの産生の誘導されることが明らかになった.さらに,これらの乳酸菌はUnc93b13dマウスの骨髄に由来する樹状細胞においてはインターフェロンβを誘導しなかった.以上の結果より,マウスの小腸から実際に分離した小腸に常在する乳酸菌についても,エンドソームに存在するTLR3を介しインターフェロンβの産生を誘導することが示された.
乳酸菌はインターフェロンβを誘導し潰瘍性大腸炎を抑制したが,この保護効果は菌体に存在する2本鎖RNAおよびエンドソームに存在するTLR3を介するものであるかどうかを明らかにするため,乳酸菌の経口投与が腸管および全身の樹状細胞におけるインターフェロンβの発現量に影響をあたえるかどうかを検討した.乳酸菌の投与ののち15時間のパイエル板および腸間膜リンパ節に由来する樹状細胞,また,乳酸菌の2週間の連続投与ののちの脾臓に由来する樹状細胞においてインターフェロンβの発現量を解析したところ,乳酸菌の投与により野生型マウスではいずれの臓器においてもCD11c陽性細胞におけるmRNAレベルでのインターフェロンβの発現量が上昇した.一方,TLR3ノックアウトマウスではその効果はみられなかった.in vitroの系においてTLR3とTLR9が相加的にはたらいていた状況とは異なり,in vivoにおいてはTLR3(菌体成分としては,2本鎖RNA)が第一義的に機能することが示唆された.
TLR3ノックアウトマウスを用いて,デキストラン硫酸ナトリウムにより誘導された潰瘍性大腸炎モデルにおける小腸に常在する乳酸菌およびTLR3の役割を明らかにすることを試みた.TLR3ノックアウトマウスの腸管においてはインターフェロンβの発現量は低く,潰瘍性大腸炎は野生型マウスより重篤で炎症細胞の浸潤がより顕著に観察された.乳酸菌の経口投与の効果を調べたところ,野生型マウスでは乳酸菌の投与により小腸の組織のミエロペルオキシダーゼ活性やインターロイキン6,TNFα,CXCL1,インターロイキン17など炎症性メディエーターの発現などについて症状の抑制が確認されたが,TLR3ノックアウトマウスにおいてはこれらの効果はみられなかった.乳酸菌の経口投与によるインターフェロンβの産生と同様に,in vivoにおける抗炎症効果にはTLR3が必須であることが示された.TLR9ノックアウトマウスに乳酸菌を経口投与すると大腸の縮小やインターロイキン6の発現の抑制など一部の症状の抑制効果が確認された一方で,RNase A処理により2本鎖RNAを分解した乳酸菌の菌体を投与したときはいずれの効果もみられなくなったことから,in vivoにおけるTLR9の抗炎症効果はTLR3と協調する作用によるものかもしれない.Unc93b13dマウスに乳酸菌を投与した際にはいずれの効果も示さなかったことから,in vivoにおける効果においてもエンドソームに存在するToll様受容体が必須であることが示された.
以上の結果より,生体において常在性あるいは食餌性の乳酸菌に含まれる2本鎖RNAは,TLR3を介してインターフェロンβを誘導し腸炎を予防すると結論した(図1).
乳酸菌に含まれる2本鎖RNAが小腸の樹状細胞を活性化しインターフェロンβを産生させることにより抗炎症効果を発揮し,腸炎の予防など腸管における免疫恒常性の維持に直接に関与することが明らかになった.このような性質は,これまで解析したほかの細菌にはみられなかった.乳酸菌に特有の健康維持あるいは健康増進の効果がはじめて分子レベルで明らかになったことにより,予防医学の分野における活用も期待される.また,2本鎖RNAを豊富に含む乳酸菌が腸管の免疫を活性化する機能性食品の成分となる可能性も考えられる.
この研究を進めるなかで,細菌に含まれる2本鎖RNAが免疫の活性化を起こすこと,インターフェロンβが腸炎に対して顕著な抗炎症効果を発揮することなど,予想外の事実がつぎつぎと明らかになった.一方で,乳酸菌の菌体における2本鎖RNAの本体およびその産生機構については未解明である.インターフェロンβの抗炎症機構についても,今後,その詳細を明らかにしていく必要がある.乳酸菌により誘導されるインターフェロンβの抗ウイルス活性も示されており,インターフェロンβは抗炎症機構と感染防御機構の両面で生体防御にはたらくと考えられた.そのような有用なタンパク質を誘導する乳酸菌を常在細菌として生体が共生関係を構築していることは,生物の進化と環境適応の歴史のなかでの選抜を示唆しており興味深い.
また,乳酸菌の連続した経口投与により脾臓の樹状細胞においてもインターフェロンβの発現の増強することが観察された.このことは常在性あるいは食餌性の乳酸菌が腸管のみならず全身性にも直接的な効果をもたらすことを示しているが,腸管免疫と全身性の免疫との関係はいまだブラックボックスであり,このような効果を媒介する樹状細胞の同定と獲得免疫系もまきこんだ抗炎症ネットワークの実態を明らかにしていくことが必要である.そのような研究から,乳酸菌をはじめとする有用な常在細菌の免疫系に対するナチュラルブースターとしての役割がよりはっきりとみえてくるだろう.また,その消化管免疫あるいは食品免疫における成果を社会に還元することにより,高齢化が進みアレルギーや腸炎など炎症性疾患も急増するという問題の顕在化しているいま,腸内環境の保全や食品機能についての意識がいっそう高まり,医療にも活かされることが期待される.
キッコーマン 研究開発本部 研究員.
辻 典子(Noriko M. Tsuji)
略歴:1995年 東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得,同年 米国Yale大学School of Medicine博士研究員,1997年 農林水産省家畜衛生試験場 主任研究員,2001年 農業生物資源研究所 主任研究員,2005年 産業技術総合研究所年齢軸生命工学研究センター チームリーダー,2008年 同 主任研究員を経て,2010年 産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 主任研究員.
抱負:常在微生物や食物など腸内の環境成分に適応した免疫修飾と免疫恒常性の維持のしくみを明らかにする.とくに,経口免疫寛容(抗炎症)の機構に着目している.粘膜アジュバントは粘膜の免疫細胞の成熟を生理的に促して免疫力を強化し,炎症の発生と慢性化を抑制するとともに,全身の免疫応答能も増進する,侵襲性のきわめて小さいすぐれた予防法および治療法の開発に直結すると考えている.
© 2013 川島忠臣・辻 典子 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 分子複合医薬研究グループ)
email:川島忠臣,辻 典子
DOI: 10.7875/first.author.2013.093
Double-stranded RNA of intestinal commensal but not pathogenic bacteria triggers production of protective interferon-β.
Tadaomi Kawashima, Akemi Kosaka, Huimin Yan, Zijin Guo, Ryosuke Uchiyama, Ryutaro Fukui, Daisuke Kaneko, Yutaro Kumagai, Dong-Ju You, Joaquim Carreras, Satoshi Uematsu, Myoung Ho Jang, Osamu Takeuchi, Tsuneyasu Kaisho, Shizuo Akira, Kensuke Miyake, Hiroko Tsutsui, Takashi Saito, Ikuko Nishimura, Noriko M. Tsuji
Immunity, 38, 1187-1197 (2013)
要 約
小腸には多くの常在細菌が棲息しており,消化管免疫を刺激している.このような腸内細菌叢は経口摂取された細菌からなるが,経口的に侵入する細菌には乳酸菌のような常在細菌もあれば病原細菌もある.この研究では,常在細菌に対する消化管免疫の応答様式は病原細菌に対するものとは根本的に異なることを見い出した.すなわち,小腸の主要な常在細菌である乳酸菌は2本鎖RNAを豊富に含み,樹状細胞のエンドソームに存在するToll様受容体TLR3を刺激してインターフェロンβの産生を誘導する.さらに,このインターフェロンβの抗炎症機能がはたらき腸炎を予防する.乳酸菌によるインターフェロンβの産生誘導はTLR3のノックアウトマウスにおいてはみられず,乳酸菌に含まれる2本鎖RNAの分解,あるいは,エンドソームの酸性化の阻害によっても消失した.病原細菌に含まれる2本鎖RNAの量は乳酸菌に比べ非常に少なく,インターフェロンβの産生誘導には寄与しなかった.以上より,TLR3は小腸に常在する乳酸菌に対するセンサーとしてはたらき,腸炎の抑制や免疫恒常性の維持に寄与していることが示された.
はじめに
自然免疫系はウイルスや細菌など微生物の構成成分を認識し,すみやかにこれに応答する.この応答にかかわる受容体としてToll様受容体(Toll-like receptor:TLR)が知られており,たとえば,TLR2やTLR4は細胞の表層に発現して細菌の細胞壁成分を認識し,TLR3,TLR7,TLR9はエンドソームに発現してウイルスや細菌の核酸を認識する1).
腸管は常在細菌や外来の抗原あるいは細菌と接する場であり,無菌マウスでは免疫応答が減弱し,一部の常在細菌を定着させるとこれが回復すると報告されている2,3).また,通常に飼育されたマウスにおいても,常在細菌あるいはその菌体成分の経口投与が免疫恒常性の維持に貢献する例も報告がつづいている4-6).外来の細菌として,乳酸菌は発酵食品などから日常的に摂取されており,これは,小腸における主要な常在細菌のひとつが乳酸菌であることと深く関連すると考えられる7).乳酸菌の摂取は免疫細胞の成熟や腸管の免疫恒常性の維持に有益であることはこれまでにも報告されてきたが,常在する乳酸菌や経口的に摂取された乳酸菌が腸管においてどのように認識されて生体に有益な効果をもたらすのかという分子機構については明らかではなかった8,9).
1.乳酸菌はインターフェロンβを誘導し潰瘍性大腸炎を抑制する
マウスの骨髄に由来する樹状細胞を乳酸菌(生菌でも死菌でもよい)で刺激することにより,多量のインターフェロンβが誘導されることを発見した.そして,このインターフェロンβの産生量は,Listeria monocytogenesやHelicobacter pyloriなどの病原細菌により刺激した際に産生される量に比べ有意に高い値であった.乳酸菌により誘導されるインターフェロンβの産生の生理学的な意義を検討するため,デキストラン硫酸ナトリウムにより誘導された潰瘍性大腸炎のマウスモデルを用いて,乳酸菌(Tetragenococcus halophilus KK221株)の投与の効果を評価した.乳酸菌を投与したマウスモデルでは,潰瘍性大腸炎による大腸の縮小,好中球の浸潤の指標であるミエロペルオキシダーゼ活性の上昇,炎症の局所におけるインターロイキン6,TNFα,CXCL1,インターロイキン17など炎症メディエーターの発現などの症状が抑制された.しかし,乳酸菌を投与している期間に抗インターフェロンβ中和抗体を静脈投与したところ,これら症状の抑制は消失した.このことから,乳酸菌の投与により誘導されたインターフェロンβは潰瘍性大腸炎の症状の抑制に寄与していることが示された.
2.乳酸菌はエンドソームに存在するTLR3およびTLR9を介しインターフェロンβを誘導する
乳酸菌がどのToll様受容体を介してインターフェロンβを誘導しているかを調べるため,おのおののToll様受容体をノックアウトしたマウスより骨髄に由来する樹状細胞を誘導し乳酸菌の刺激によるインターフェロンβの産生量を測定したところ,2本鎖RNAを認識するTLR3とDNAを認識するTLR9が関与していることがわかった.1本鎖RNAを認識するTLR7の関与はみられなかった.発酵食品に由来するほかの乳酸菌についても同様に解析したところ,約7割の乳酸菌においてTLR3に依存的なインターフェロンβの産生誘導がみられ,TLR9についてはすべての乳酸菌において関与していた.TLR3およびTLR9はエンドソームに存在する核酸の受容体であることから,塩化アンモニウムの添加によりエンドソームの酸性化を阻害して機能を減弱させたときのインターフェロンβの誘導活性を調べた.すると,すべての乳酸菌において,添加した塩化アンモニウムの濃度に依存してインターフェロンβの産生量は減少した.このことから,乳酸菌によるインターフェロンβの産生誘導にはエンドソームにおける乳酸菌の核酸成分の認識が重要であることが示された.一方で,病原細菌によるインターフェロンβの産生はエンドソームの機能を必要としなかった.さらに,エンドソームにおけるToll様受容体の重要性を調べるため,Unc93b13dマウスの骨髄に由来する樹状細胞を用いて乳酸菌の刺激によるインターフェロンβの産生誘導をみた.TLR3,TLR7,TLR9はUnc93B1とともにエンドソームへと移行するが,このUnc93b13dマウスにおいてToll様受容体経路は機能しないことが知られている10).このマウスの骨髄に由来する樹状細胞ではインターフェロンβはまったく産生されなかったという結果とあわせ,エンドソームに存在するToll様受容体,とくにTLR3およびTLR9による乳酸菌の核酸成分(2本鎖RNAおよびDNA)の認識がインターフェロンβの誘導に必須であることが示された.
3.乳酸菌に含まれる2本鎖RNAはインターフェロンβを誘導する
TLR3はウイルスあるいは自己組織の破壊により供給される2本鎖RNAを認識するとされていたが,細菌の認識におけるTLR3の関与についてはこれまで知られていなかった.そこで,乳酸菌の菌体をRNase Aで処理することにより,2本鎖RNAのインターフェロンβの産生誘導における寄与を調べた.すると,2本鎖RNAを分解する条件でRNase A処理をしたときのみ,マウスの骨髄に由来する樹状細胞から産生されるインターフェロンβは大きく減少した.このような現象は病原細菌であるSalmonella typhimuriumやH. pyloriではみられなかった.また,2本鎖RNAを分解した乳酸菌の菌体でTLR9ノックアウトマウスの骨髄に由来する樹状細胞を刺激したところ,残存するインターフェロンβの産生も消失した.このことから,マウスの骨髄に由来する樹状細胞を用いたin vitroの系においては,TLR3とTLR9が相加的にはたらいて乳酸菌を認識することにより多量のインターフェロンβの産生が誘導されていると考えられた.また,実際に2本鎖RNAに特異的な抗体を用いてサンドイッチELISA法により乳酸菌および病原細菌の菌体に存在する2本鎖RNAの量を測定したところ,病原細菌に比べ乳酸菌には多量の2本鎖RNAの存在することが明らかになった.
4.小腸に常在する乳酸菌もTLR3を介しインターフェロンβを誘導する
小腸の常在細菌としての乳酸菌が同様のインターフェロンβの誘導機構を介し消化管免疫にはたらきかけているのかどうかを調べるため,マウスの腸の内容物(空腸,回腸,盲腸それぞれの内容物)を用いて同様の検討を行った.野生型マウスおよびTLR3ノックアウトマウスの骨髄に由来する樹状細胞におけるインターフェロンβの産生誘導を解析したところ,回腸の内容物がTLR3に依存的なインターフェロンβの産生を誘導した.これは回腸の内容物に含まれる乳酸菌のはたらきと考えられたため,マウスの小腸の内容物より腸内に常在する乳酸菌を分離し,インターフェロンβの産生誘導およびそのTLR3への依存性を調べた.乳酸菌としてLactobacillus jonsonii,Lactococcus lactis,Lactobacillus intestinalisなどが分離されたが,11株中8株においてインターフェロンβの産生が確認され,そのうちの5株においてはTLR3に依存してインターフェロンβの産生の誘導されることが明らかになった.さらに,これらの乳酸菌はUnc93b13dマウスの骨髄に由来する樹状細胞においてはインターフェロンβを誘導しなかった.以上の結果より,マウスの小腸から実際に分離した小腸に常在する乳酸菌についても,エンドソームに存在するTLR3を介しインターフェロンβの産生を誘導することが示された.
5.乳酸菌の抗炎症効果には菌体に含まれる2本鎖RNAおよびTLR3が関与する
乳酸菌はインターフェロンβを誘導し潰瘍性大腸炎を抑制したが,この保護効果は菌体に存在する2本鎖RNAおよびエンドソームに存在するTLR3を介するものであるかどうかを明らかにするため,乳酸菌の経口投与が腸管および全身の樹状細胞におけるインターフェロンβの発現量に影響をあたえるかどうかを検討した.乳酸菌の投与ののち15時間のパイエル板および腸間膜リンパ節に由来する樹状細胞,また,乳酸菌の2週間の連続投与ののちの脾臓に由来する樹状細胞においてインターフェロンβの発現量を解析したところ,乳酸菌の投与により野生型マウスではいずれの臓器においてもCD11c陽性細胞におけるmRNAレベルでのインターフェロンβの発現量が上昇した.一方,TLR3ノックアウトマウスではその効果はみられなかった.in vitroの系においてTLR3とTLR9が相加的にはたらいていた状況とは異なり,in vivoにおいてはTLR3(菌体成分としては,2本鎖RNA)が第一義的に機能することが示唆された.
TLR3ノックアウトマウスを用いて,デキストラン硫酸ナトリウムにより誘導された潰瘍性大腸炎モデルにおける小腸に常在する乳酸菌およびTLR3の役割を明らかにすることを試みた.TLR3ノックアウトマウスの腸管においてはインターフェロンβの発現量は低く,潰瘍性大腸炎は野生型マウスより重篤で炎症細胞の浸潤がより顕著に観察された.乳酸菌の経口投与の効果を調べたところ,野生型マウスでは乳酸菌の投与により小腸の組織のミエロペルオキシダーゼ活性やインターロイキン6,TNFα,CXCL1,インターロイキン17など炎症性メディエーターの発現などについて症状の抑制が確認されたが,TLR3ノックアウトマウスにおいてはこれらの効果はみられなかった.乳酸菌の経口投与によるインターフェロンβの産生と同様に,in vivoにおける抗炎症効果にはTLR3が必須であることが示された.TLR9ノックアウトマウスに乳酸菌を経口投与すると大腸の縮小やインターロイキン6の発現の抑制など一部の症状の抑制効果が確認された一方で,RNase A処理により2本鎖RNAを分解した乳酸菌の菌体を投与したときはいずれの効果もみられなくなったことから,in vivoにおけるTLR9の抗炎症効果はTLR3と協調する作用によるものかもしれない.Unc93b13dマウスに乳酸菌を投与した際にはいずれの効果も示さなかったことから,in vivoにおける効果においてもエンドソームに存在するToll様受容体が必須であることが示された.
以上の結果より,生体において常在性あるいは食餌性の乳酸菌に含まれる2本鎖RNAは,TLR3を介してインターフェロンβを誘導し腸炎を予防すると結論した(図1).
おわりに
乳酸菌に含まれる2本鎖RNAが小腸の樹状細胞を活性化しインターフェロンβを産生させることにより抗炎症効果を発揮し,腸炎の予防など腸管における免疫恒常性の維持に直接に関与することが明らかになった.このような性質は,これまで解析したほかの細菌にはみられなかった.乳酸菌に特有の健康維持あるいは健康増進の効果がはじめて分子レベルで明らかになったことにより,予防医学の分野における活用も期待される.また,2本鎖RNAを豊富に含む乳酸菌が腸管の免疫を活性化する機能性食品の成分となる可能性も考えられる.
この研究を進めるなかで,細菌に含まれる2本鎖RNAが免疫の活性化を起こすこと,インターフェロンβが腸炎に対して顕著な抗炎症効果を発揮することなど,予想外の事実がつぎつぎと明らかになった.一方で,乳酸菌の菌体における2本鎖RNAの本体およびその産生機構については未解明である.インターフェロンβの抗炎症機構についても,今後,その詳細を明らかにしていく必要がある.乳酸菌により誘導されるインターフェロンβの抗ウイルス活性も示されており,インターフェロンβは抗炎症機構と感染防御機構の両面で生体防御にはたらくと考えられた.そのような有用なタンパク質を誘導する乳酸菌を常在細菌として生体が共生関係を構築していることは,生物の進化と環境適応の歴史のなかでの選抜を示唆しており興味深い.
また,乳酸菌の連続した経口投与により脾臓の樹状細胞においてもインターフェロンβの発現の増強することが観察された.このことは常在性あるいは食餌性の乳酸菌が腸管のみならず全身性にも直接的な効果をもたらすことを示しているが,腸管免疫と全身性の免疫との関係はいまだブラックボックスであり,このような効果を媒介する樹状細胞の同定と獲得免疫系もまきこんだ抗炎症ネットワークの実態を明らかにしていくことが必要である.そのような研究から,乳酸菌をはじめとする有用な常在細菌の免疫系に対するナチュラルブースターとしての役割がよりはっきりとみえてくるだろう.また,その消化管免疫あるいは食品免疫における成果を社会に還元することにより,高齢化が進みアレルギーや腸炎など炎症性疾患も急増するという問題の顕在化しているいま,腸内環境の保全や食品機能についての意識がいっそう高まり,医療にも活かされることが期待される.
文 献
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著者プロフィール
キッコーマン 研究開発本部 研究員.
辻 典子(Noriko M. Tsuji)
略歴:1995年 東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得,同年 米国Yale大学School of Medicine博士研究員,1997年 農林水産省家畜衛生試験場 主任研究員,2001年 農業生物資源研究所 主任研究員,2005年 産業技術総合研究所年齢軸生命工学研究センター チームリーダー,2008年 同 主任研究員を経て,2010年 産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 主任研究員.
抱負:常在微生物や食物など腸内の環境成分に適応した免疫修飾と免疫恒常性の維持のしくみを明らかにする.とくに,経口免疫寛容(抗炎症)の機構に着目している.粘膜アジュバントは粘膜の免疫細胞の成熟を生理的に促して免疫力を強化し,炎症の発生と慢性化を抑制するとともに,全身の免疫応答能も増進する,侵襲性のきわめて小さいすぐれた予防法および治療法の開発に直結すると考えている.
© 2013 川島忠臣・辻 典子 Licensed under CC 表示 2.1 日本