肥満にともない増加する腸内細菌の代謝産物が細胞老化関連分泌現象を介し肝がんの発症を促進する
吉本 真・大谷直子・原 英二
(がん研究会がん研究所 がん生物部)
email:原 英二
DOI: 10.7875/first.author.2013.090
Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome.
Shin Yoshimoto, Tze Mun Loo, Koji Atarashi, Hiroaki Kanda, Seidai Sato, Seiichi Oyadomari, Yoichiro Iwakura, Kenshiro Oshima, Hidetoshi Morita, Masahisa Hattori, Kenya Honda, Yuichi Ishikawa, Eiji Hara, Naoko Ohtani
Nature, 499, 97-101 (2013)
近年,肥満は先進国を中心に蔓延しつづけている.肥満はさまざまながんを促進する危険因子であることが示されているが,その分子機構についてはほとんど明らかにされていない.今回,筆者らは,マウスを用いた実験により,肥満により増加した腸内細菌の代謝産物であるデオキシコール酸が腸肝循環により肝臓に到達し,肝がんの発症を促進することを明らかにした.さらに,発がんの促進の機構として,肝臓に到達したデオキシコール酸が肝臓の間質に存在する肝星細胞においてDNA損傷をあたえ,細胞老化が起こることで誘導される細胞老化関連分泌現象により産生される炎症性サイトカインが,周囲の肝実質細胞の発がんを促進することを見い出した.実際に,デオキシコール酸の産生を阻害したり腸内細菌を死滅させたりすると,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.また,細胞老化関連分泌現象を誘導するタンパク質を欠損したマウスや肝星細胞を除去したマウスにおいても,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.これらのことから,デオキシコール酸により細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞が,肥満による肝がんの発症において重要な役割を担っていることが明らかになった.さらに,肝星細胞における細胞老化関連分泌現象の誘導は,非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする肝がんの患者のがん部においても観察され,ヒトにおいてもマウスと同様の分子機構のはたらいている可能性が示唆された.この研究の結果は,肥満による肝がんの発症における分子機構の一端を明らかにしただけでなく,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより肝がんの発症リスクを予想できる可能性を示唆した.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防できる可能性も期待できる.
肥満は糖尿病や心筋梗塞のリスクを高めるだけでなく,さまざまながんの発症率も高めることが明らかになっており,近年,先進国においてみられるがん発症率の著しい上昇の原因のひとつになっていることが指摘されている.がんの予防の観点からも肥満の防止が重要であることは明らかだが,残念ながら,先進国を中心に肥満人口は増加の一途をたどっており,わが国もその例外ではない.このため,がんを含めた肥満関連疾患の克服には肥満そのものの防止だけでなく,肥満してもこれらの疾患を発症しないようにする取り組みも必要である.そのためにはまず,肥満するとなぜこのような疾患を発症するようになるのか,その分子機構を解明することが重要である.
これまで,肥満による炎症反応の亢進が発がんを促進する可能性が示唆されていたが1),その詳細については不明な点が多い.一方で,これまでの研究により,正常な細胞において発がんの危険性のあるDNA損傷が生じると,がんの抑制機構である細胞老化という現象が起こり,細胞は不可逆的に増殖を停止することが明らかにされている2,3).しかし,細胞老化を起こした細胞はすぐには死滅せず長期間にわたり生存しつづけるため,しだいに,炎症性サイトカイン,ケモカイン,細胞外マトリクス分解酵素など,炎症や発がんを促進する作用のあるさまざまなタンパク質を分泌する細胞老化関連分泌現象(senescence-associated secretory phenotype:SASP)とよばれる現象をひき起こすようになることが,最近の研究により明らかになってきた(図1).興味深いことに,インターロイキン6やPAI-1などの細胞老化関連分泌現象により産生されるタンパク質は,以前から,肥満による発がんの促進に深く関与していることが知られている4,5).このため,筆者らは,もしかすると細胞老化関連分泌現象は肥満にともなう発がんの促進に深く関与しているのではないかと考え研究を開始した.
肥満がどのような種類のがんの発症を促進するのか明らかにするため,マウスに高脂肪食を長期間あたえて肥満を誘導した.しかし,野生型マウスに高脂肪食をあたえただけでは発がん頻度の上昇は観察されなかったことから,肥満による発がんの促進には,ある程度の発がん刺激が必要であると考えた.そこで,多くのヒトのがんにおいて高頻度に変異のみつかっているがん遺伝子であるras遺伝子に,活性化型の変異を起こすことの知られている化学発がん物質7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを用いることにした.細胞老化誘導遺伝子の発現を発光シグナルとしてとらえることにより細胞老化反応を生体においてリアルタイムに可視化できるよう設計した細胞老化反応イメージングマウスを用い6),このマウスの乳児期に7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを1回塗布したのち高脂肪食を30週間あたえ肥満させた.その結果,すべての肥満したマウスにおいて肝臓に細胞老化反応を示す強い発光シグナルが観察され,さらに,肝臓には肝がんの形成されていることが確認された.一方,この化合物を塗布したのち普通食をあたえた肥満していないマウスでは細胞老化反応も肝がんの発症もまったくみられなかったことから,肥満により肝臓において細胞老化と肝がんの形成の両方の促進されることが明らかになった.
肝臓のどの細胞において細胞老化が誘導されているかを調べるため免疫組織化学染色を行った.その結果,肥満したマウスの肝臓のがん部では,間質細胞のひとつである肝星細胞(hepatic stellate cell,伊東細胞ともよばれる)において,細胞老化の原因となるDNA損傷の蓄積や細胞老化の誘導タンパク質であるp21やp16の発現がみられた.また,細胞が増殖していることを示す増殖マーカーががん化した肝実質細胞にはみられたものの,肝星細胞ではみられなかったことから,肝星細胞は細胞老化を起こしていることが明らかになった.さらに,肝星細胞は細胞老化関連分泌現象により産生されることの知られるさまざまな炎症性サイトカインやケモカインを産生していることも確認された.これらの結果から,肥満により肝星細胞にDNA損傷が生じ,細胞老化とそれにともなう細胞老化関連分泌現象が起こることにより,発がんの促進作用のある炎症性サイトカインが分泌され,結果的に周囲の肝実質細胞のがん化が促進されたのではないかとの仮説がたてた.
この仮説を証明するため,肝星細胞において細胞老化関連分泌現象の阻害を試みた.細胞老化関連分泌現象の誘導に必要な炎症性サイトカインであるインターロイキン1βをノックアウトしたマウスを用いて検討したところ,肥満による肝星細胞の細胞老化は野生型マウスと同じ程度にまで誘導されているものの,細胞老化関連分泌現象は起こっておらず,肝がんの発症率も著しく低下していることがわかった.さらに,肝星細胞に特異的に発現するHSP47遺伝子を生体においてノックダウンすることにより肥満したマウスにおいて肝星細胞を特異的に除去してみたところ7),肝がんの発症率は著しく低下することがわかった.これらの実験結果から,肥満により細胞老化を起こした肝星細胞は,細胞老化関連分泌現象を介して周囲の肝実質細胞の発がんを促進していることが確認された.
肥満により肝星細胞が細胞老化を起こす分子機構を解明するため,肥満により起こることの知られている生体におけるさまざまな変化,そのなかでも,とくに腸内細菌叢の変化に注目した.ヒトにおいては肥満にともない腸内細菌叢の変化することが報告されている8).また,マウスを用いたほかの肝がん誘導モデルにおいて,グラム陰性細菌の構成成分であるリポ多糖が肝臓においてToll様受容体のひとつTLR4を活性化して肝がんの形成を促進することが報告されている9).そこで,4種類の抗生剤を肥満したマウスに投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方の腸内細菌を除去してみたところ,肥満による肝がんの発症率は著しく低下し,同時に,細胞老化および細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞の割合も著しく低下していた.これらの実験結果は,腸内細菌が肥満による肝がんの形成に重要な役割を担っていることを強く示唆した.
肥満したマウスにおける腸内細菌叢の変化を明らかにするため,次世代シークエンサーを用いてマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列を解析した.その結果,普通食を摂取させたマウスの腸内細菌はグラム陽性細菌とグラム陰性細菌の割合がほぼ等しかったのに対し,高脂肪食を摂取して肥満したマウスではグラム陽性細菌が90%以上をしめるほどにまで増加していることが明らかになった.とくに,普通食を摂取させたマウスではほとんど検出されなかったClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに分類されるグラム陽性細菌が,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していることが明らかになった.そこで,グラム陽性細菌だけを特異的に除去する抗生剤であるバンコマイシンを肥満したマウスに投与したところ,4種類の抗生剤を投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方を除去したときと同じく,肥満による肝がんの形成や,肝星細胞の細胞老化,細胞老化関連分泌現象の誘導が著しく低下していた.これらの実験結果から,肥満により増加する腸内のグラム陽性細菌の代謝産物または毒素が腸肝循環を介して肝臓に作用し,肝星細胞の細胞老化を誘導して肝がんの発症を促進した可能性が考えられた.
肥満による肝がんの促進物質を同定するため,普通食を摂取させたマウスと高脂肪食を摂取させたマウスの血清を用いてメタボローム解析を行った.その結果,2次胆汁酸のひとつであるデオキシコール酸が,肥満したマウスの血中において数倍も増加していることを見い出した.生体においてコレステロールから産生される1次胆汁酸は脂肪の消化に重要であるが,この1次胆汁酸は一部の腸内細菌のもつ代謝酵素により2次胆汁酸へと代謝されることが知られている.興味深いことに,デオキシコール酸産生細菌であるClostridium sordelliiやClostridium scindensは,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していたClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに属する10).さらに,培養細胞を用いた研究において,デオキシコール酸は活性酸素種を介して細胞にDNA損傷を誘導し11),発がんを促進する可能性のあることが報告されている.これらの知見は,肥満による肝がんの形成においてデオキシコール酸が重要な役割を担っている可能性を強く示唆した.興味深いことに,デオキシコール酸を産生する酵素の活性を阻害する薬剤,あるいは,胆汁酸の体外への排出を促進する薬剤を投与することにより,体内のデオキシコール酸の濃度を低下させた肥満したマウスでは,肝がんの発症率および細胞老化を起こした肝星細胞が著しく低下していた.逆に,肥満したマウスに抗生剤を投与すると同時にデオキシコール酸を経口投与してみたところ,抗生剤の投与により低下した肝がんの発症率はデオキシコール酸の投与により著しく増加し,同時に,肝臓のがん部では肝星細胞の細胞老化および細胞老化関連分泌現象が誘導されていた.これらの結果から,肥満により増加した腸内細菌の産生する2次胆汁酸デオキシコール酸が腸肝循環を介して肝臓に運ばれ,肝星細胞において細胞老化および細胞老化関連分泌現象を誘導することにより肝がんの発症を促進していることが明らかになった(図2).
デオキシコール酸の産生細菌として報告されているClostridiumクラスターXIやClostridiumクラスターXIVaに属する細菌が肥満したマウスだけに特異的に増殖していたことから,これらの細菌は肥満による肝がんの発症を促進する重要な細菌であると考えられた.そこで,肥満したマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列をさらにくわしく系統樹分類した結果,ClostridiumクラスターXIに属する細菌はすべて同じ細菌であり,マウスが肥満するとその細菌がすべての腸内細菌の12%以上をしめるほどにまで増加していた.しかも,その細菌はデオキシコール酸の産生細菌として知られるClostridium sordelliiの類縁細菌に分類されたことから,肥満したマウスにおいてデオキシコール酸を産生する細菌はClostridiumクラスターXIに属するこの細菌である可能性がもっとも高いと考えられた.また,同様の結果は,普通食を過剰に摂取することで肥満する遺伝的な肥満マウスLepob/obマウスを用いた実験でも得られたことから,今回,明らかになった分子機構は,高脂肪食による影響ではなく肥満による影響であると考えられた.
この研究により明らかにされた発がんの促進機構はヒトにおいても起こりうるのかどうかを調べるため,ヒトの培養肝星細胞にインターロイキン1βを添加した.その結果,細胞老化を示すさまざまなマーカー,および,細胞老化関連分泌現象が強く誘導された.さらに,肥満にともなう非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)を素地とする肝がんの患者の約3割において,肝星細胞に細胞老化と細胞老化関連分泌現象が確認できた.また,健常人に高脂肪性の食事を摂取させると糞便に含まれるデオキシコール酸の濃度が上昇することが報告されている12).これらの知見をあわせて考えると,ヒトにおいても非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする一部の肝がんの形成に腸内細菌によるデオキシコール酸の増加とそれにともなう肝星細胞の細胞老化関連分泌現象の関与している可能性が高いと考えられた.
今回の研究により,肥満にともなう肝がんの発症機構の一端が明らかになった.しかし,普通食を摂取させたマウスに化学発がん物質を処理しデオキシコール酸を単独で投与しても,少なくとも30週間では肝がんは形成されなかったことから,デオキシコール酸にくわえ肥満にともなう別の要因も肝がんの発症において促進的に関与している可能性が考えられた.また,がん化した肝実質細胞のすべてにおいてras遺伝子に活性化型の変異が認められたが,肝星細胞にはras遺伝子の変異は認められなかったことから,肝星細胞が細胞老化関連分泌現象を起こしたのはras遺伝子による影響ではなくデオキシコール酸による影響であると考えられた.
この研究の成果をもとに,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより,肝がんの発症リスクを予想できる可能性が考えられる.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防する可能性についても検討したい.
略歴:2007年 北里大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 同 博士研究員を経て,2009年よりがん研究会がん研究所 特任研究員.
研究テーマ:生体における細胞老化の役割.
関心事:生体におけるさまざまなストレスに対する細胞老化の誘導機構や機能を解明すること.
大谷 直子(Naoko Ohtani)
がん研究会がん研究所 主任研究員.
原 英二(Eiji Hara)
がん研究会がん研究所 部長.
研究室URL:http://www.jfcr.or.jp/tci/canbio/index.html
© 2013 吉本 真・大谷直子・原 英二 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(がん研究会がん研究所 がん生物部)
email:原 英二
DOI: 10.7875/first.author.2013.090
Obesity-induced gut microbial metabolite promotes liver cancer through senescence secretome.
Shin Yoshimoto, Tze Mun Loo, Koji Atarashi, Hiroaki Kanda, Seidai Sato, Seiichi Oyadomari, Yoichiro Iwakura, Kenshiro Oshima, Hidetoshi Morita, Masahisa Hattori, Kenya Honda, Yuichi Ishikawa, Eiji Hara, Naoko Ohtani
Nature, 499, 97-101 (2013)
要 約
近年,肥満は先進国を中心に蔓延しつづけている.肥満はさまざまながんを促進する危険因子であることが示されているが,その分子機構についてはほとんど明らかにされていない.今回,筆者らは,マウスを用いた実験により,肥満により増加した腸内細菌の代謝産物であるデオキシコール酸が腸肝循環により肝臓に到達し,肝がんの発症を促進することを明らかにした.さらに,発がんの促進の機構として,肝臓に到達したデオキシコール酸が肝臓の間質に存在する肝星細胞においてDNA損傷をあたえ,細胞老化が起こることで誘導される細胞老化関連分泌現象により産生される炎症性サイトカインが,周囲の肝実質細胞の発がんを促進することを見い出した.実際に,デオキシコール酸の産生を阻害したり腸内細菌を死滅させたりすると,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.また,細胞老化関連分泌現象を誘導するタンパク質を欠損したマウスや肝星細胞を除去したマウスにおいても,肥満による肝がんの発症は著しく減少した.これらのことから,デオキシコール酸により細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞が,肥満による肝がんの発症において重要な役割を担っていることが明らかになった.さらに,肝星細胞における細胞老化関連分泌現象の誘導は,非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする肝がんの患者のがん部においても観察され,ヒトにおいてもマウスと同様の分子機構のはたらいている可能性が示唆された.この研究の結果は,肥満による肝がんの発症における分子機構の一端を明らかにしただけでなく,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより肝がんの発症リスクを予想できる可能性を示唆した.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防できる可能性も期待できる.
はじめに
肥満は糖尿病や心筋梗塞のリスクを高めるだけでなく,さまざまながんの発症率も高めることが明らかになっており,近年,先進国においてみられるがん発症率の著しい上昇の原因のひとつになっていることが指摘されている.がんの予防の観点からも肥満の防止が重要であることは明らかだが,残念ながら,先進国を中心に肥満人口は増加の一途をたどっており,わが国もその例外ではない.このため,がんを含めた肥満関連疾患の克服には肥満そのものの防止だけでなく,肥満してもこれらの疾患を発症しないようにする取り組みも必要である.そのためにはまず,肥満するとなぜこのような疾患を発症するようになるのか,その分子機構を解明することが重要である.
これまで,肥満による炎症反応の亢進が発がんを促進する可能性が示唆されていたが1),その詳細については不明な点が多い.一方で,これまでの研究により,正常な細胞において発がんの危険性のあるDNA損傷が生じると,がんの抑制機構である細胞老化という現象が起こり,細胞は不可逆的に増殖を停止することが明らかにされている2,3).しかし,細胞老化を起こした細胞はすぐには死滅せず長期間にわたり生存しつづけるため,しだいに,炎症性サイトカイン,ケモカイン,細胞外マトリクス分解酵素など,炎症や発がんを促進する作用のあるさまざまなタンパク質を分泌する細胞老化関連分泌現象(senescence-associated secretory phenotype:SASP)とよばれる現象をひき起こすようになることが,最近の研究により明らかになってきた(図1).興味深いことに,インターロイキン6やPAI-1などの細胞老化関連分泌現象により産生されるタンパク質は,以前から,肥満による発がんの促進に深く関与していることが知られている4,5).このため,筆者らは,もしかすると細胞老化関連分泌現象は肥満にともなう発がんの促進に深く関与しているのではないかと考え研究を開始した.
1.肥満は肝臓に細胞老化と肝がんの形成を誘導する
肥満がどのような種類のがんの発症を促進するのか明らかにするため,マウスに高脂肪食を長期間あたえて肥満を誘導した.しかし,野生型マウスに高脂肪食をあたえただけでは発がん頻度の上昇は観察されなかったことから,肥満による発がんの促進には,ある程度の発がん刺激が必要であると考えた.そこで,多くのヒトのがんにおいて高頻度に変異のみつかっているがん遺伝子であるras遺伝子に,活性化型の変異を起こすことの知られている化学発がん物質7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを用いることにした.細胞老化誘導遺伝子の発現を発光シグナルとしてとらえることにより細胞老化反応を生体においてリアルタイムに可視化できるよう設計した細胞老化反応イメージングマウスを用い6),このマウスの乳児期に7,12-ジメチルベンズ[a]アントラセンを1回塗布したのち高脂肪食を30週間あたえ肥満させた.その結果,すべての肥満したマウスにおいて肝臓に細胞老化反応を示す強い発光シグナルが観察され,さらに,肝臓には肝がんの形成されていることが確認された.一方,この化合物を塗布したのち普通食をあたえた肥満していないマウスでは細胞老化反応も肝がんの発症もまったくみられなかったことから,肥満により肝臓において細胞老化と肝がんの形成の両方の促進されることが明らかになった.
2.肝星細胞の細胞老化は肥満による肝がんの形成を促進する
肝臓のどの細胞において細胞老化が誘導されているかを調べるため免疫組織化学染色を行った.その結果,肥満したマウスの肝臓のがん部では,間質細胞のひとつである肝星細胞(hepatic stellate cell,伊東細胞ともよばれる)において,細胞老化の原因となるDNA損傷の蓄積や細胞老化の誘導タンパク質であるp21やp16の発現がみられた.また,細胞が増殖していることを示す増殖マーカーががん化した肝実質細胞にはみられたものの,肝星細胞ではみられなかったことから,肝星細胞は細胞老化を起こしていることが明らかになった.さらに,肝星細胞は細胞老化関連分泌現象により産生されることの知られるさまざまな炎症性サイトカインやケモカインを産生していることも確認された.これらの結果から,肥満により肝星細胞にDNA損傷が生じ,細胞老化とそれにともなう細胞老化関連分泌現象が起こることにより,発がんの促進作用のある炎症性サイトカインが分泌され,結果的に周囲の肝実質細胞のがん化が促進されたのではないかとの仮説がたてた.
この仮説を証明するため,肝星細胞において細胞老化関連分泌現象の阻害を試みた.細胞老化関連分泌現象の誘導に必要な炎症性サイトカインであるインターロイキン1βをノックアウトしたマウスを用いて検討したところ,肥満による肝星細胞の細胞老化は野生型マウスと同じ程度にまで誘導されているものの,細胞老化関連分泌現象は起こっておらず,肝がんの発症率も著しく低下していることがわかった.さらに,肝星細胞に特異的に発現するHSP47遺伝子を生体においてノックダウンすることにより肥満したマウスにおいて肝星細胞を特異的に除去してみたところ7),肝がんの発症率は著しく低下することがわかった.これらの実験結果から,肥満により細胞老化を起こした肝星細胞は,細胞老化関連分泌現象を介して周囲の肝実質細胞の発がんを促進していることが確認された.
3.肥満による2次胆汁酸産生菌の増加は肝星細胞の細胞老化の誘導と肝がんの発症を促進する
肥満により肝星細胞が細胞老化を起こす分子機構を解明するため,肥満により起こることの知られている生体におけるさまざまな変化,そのなかでも,とくに腸内細菌叢の変化に注目した.ヒトにおいては肥満にともない腸内細菌叢の変化することが報告されている8).また,マウスを用いたほかの肝がん誘導モデルにおいて,グラム陰性細菌の構成成分であるリポ多糖が肝臓においてToll様受容体のひとつTLR4を活性化して肝がんの形成を促進することが報告されている9).そこで,4種類の抗生剤を肥満したマウスに投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方の腸内細菌を除去してみたところ,肥満による肝がんの発症率は著しく低下し,同時に,細胞老化および細胞老化関連分泌現象を起こした肝星細胞の割合も著しく低下していた.これらの実験結果は,腸内細菌が肥満による肝がんの形成に重要な役割を担っていることを強く示唆した.
肥満したマウスにおける腸内細菌叢の変化を明らかにするため,次世代シークエンサーを用いてマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列を解析した.その結果,普通食を摂取させたマウスの腸内細菌はグラム陽性細菌とグラム陰性細菌の割合がほぼ等しかったのに対し,高脂肪食を摂取して肥満したマウスではグラム陽性細菌が90%以上をしめるほどにまで増加していることが明らかになった.とくに,普通食を摂取させたマウスではほとんど検出されなかったClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに分類されるグラム陽性細菌が,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していることが明らかになった.そこで,グラム陽性細菌だけを特異的に除去する抗生剤であるバンコマイシンを肥満したマウスに投与したところ,4種類の抗生剤を投与してグラム陰性細菌とグラム陽性細菌の両方を除去したときと同じく,肥満による肝がんの形成や,肝星細胞の細胞老化,細胞老化関連分泌現象の誘導が著しく低下していた.これらの実験結果から,肥満により増加する腸内のグラム陽性細菌の代謝産物または毒素が腸肝循環を介して肝臓に作用し,肝星細胞の細胞老化を誘導して肝がんの発症を促進した可能性が考えられた.
肥満による肝がんの促進物質を同定するため,普通食を摂取させたマウスと高脂肪食を摂取させたマウスの血清を用いてメタボローム解析を行った.その結果,2次胆汁酸のひとつであるデオキシコール酸が,肥満したマウスの血中において数倍も増加していることを見い出した.生体においてコレステロールから産生される1次胆汁酸は脂肪の消化に重要であるが,この1次胆汁酸は一部の腸内細菌のもつ代謝酵素により2次胆汁酸へと代謝されることが知られている.興味深いことに,デオキシコール酸産生細菌であるClostridium sordelliiやClostridium scindensは,高脂肪食を摂取させたマウスにおいて増加していたClostridiumクラスターXIあるいはClostridiumクラスターXIVaに属する10).さらに,培養細胞を用いた研究において,デオキシコール酸は活性酸素種を介して細胞にDNA損傷を誘導し11),発がんを促進する可能性のあることが報告されている.これらの知見は,肥満による肝がんの形成においてデオキシコール酸が重要な役割を担っている可能性を強く示唆した.興味深いことに,デオキシコール酸を産生する酵素の活性を阻害する薬剤,あるいは,胆汁酸の体外への排出を促進する薬剤を投与することにより,体内のデオキシコール酸の濃度を低下させた肥満したマウスでは,肝がんの発症率および細胞老化を起こした肝星細胞が著しく低下していた.逆に,肥満したマウスに抗生剤を投与すると同時にデオキシコール酸を経口投与してみたところ,抗生剤の投与により低下した肝がんの発症率はデオキシコール酸の投与により著しく増加し,同時に,肝臓のがん部では肝星細胞の細胞老化および細胞老化関連分泌現象が誘導されていた.これらの結果から,肥満により増加した腸内細菌の産生する2次胆汁酸デオキシコール酸が腸肝循環を介して肝臓に運ばれ,肝星細胞において細胞老化および細胞老化関連分泌現象を誘導することにより肝がんの発症を促進していることが明らかになった(図2).
デオキシコール酸の産生細菌として報告されているClostridiumクラスターXIやClostridiumクラスターXIVaに属する細菌が肥満したマウスだけに特異的に増殖していたことから,これらの細菌は肥満による肝がんの発症を促進する重要な細菌であると考えられた.そこで,肥満したマウスの糞便に含まれる細菌の16S rRNA遺伝子の配列をさらにくわしく系統樹分類した結果,ClostridiumクラスターXIに属する細菌はすべて同じ細菌であり,マウスが肥満するとその細菌がすべての腸内細菌の12%以上をしめるほどにまで増加していた.しかも,その細菌はデオキシコール酸の産生細菌として知られるClostridium sordelliiの類縁細菌に分類されたことから,肥満したマウスにおいてデオキシコール酸を産生する細菌はClostridiumクラスターXIに属するこの細菌である可能性がもっとも高いと考えられた.また,同様の結果は,普通食を過剰に摂取することで肥満する遺伝的な肥満マウスLepob/obマウスを用いた実験でも得られたことから,今回,明らかになった分子機構は,高脂肪食による影響ではなく肥満による影響であると考えられた.
4.ヒトにおいても同様の分子機構のはたらいている可能性がある
この研究により明らかにされた発がんの促進機構はヒトにおいても起こりうるのかどうかを調べるため,ヒトの培養肝星細胞にインターロイキン1βを添加した.その結果,細胞老化を示すさまざまなマーカー,および,細胞老化関連分泌現象が強く誘導された.さらに,肥満にともなう非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)を素地とする肝がんの患者の約3割において,肝星細胞に細胞老化と細胞老化関連分泌現象が確認できた.また,健常人に高脂肪性の食事を摂取させると糞便に含まれるデオキシコール酸の濃度が上昇することが報告されている12).これらの知見をあわせて考えると,ヒトにおいても非アルコール性脂肪性肝炎を素地とする一部の肝がんの形成に腸内細菌によるデオキシコール酸の増加とそれにともなう肝星細胞の細胞老化関連分泌現象の関与している可能性が高いと考えられた.
おわりに
今回の研究により,肥満にともなう肝がんの発症機構の一端が明らかになった.しかし,普通食を摂取させたマウスに化学発がん物質を処理しデオキシコール酸を単独で投与しても,少なくとも30週間では肝がんは形成されなかったことから,デオキシコール酸にくわえ肥満にともなう別の要因も肝がんの発症において促進的に関与している可能性が考えられた.また,がん化した肝実質細胞のすべてにおいてras遺伝子に活性化型の変異が認められたが,肝星細胞にはras遺伝子の変異は認められなかったことから,肝星細胞が細胞老化関連分泌現象を起こしたのはras遺伝子による影響ではなくデオキシコール酸による影響であると考えられた.
この研究の成果をもとに,今後,ヒトの糞便に含まれるデオキシコール酸産生細菌の量や血中のデオキシコール酸の濃度を測定することにより,肝がんの発症リスクを予想できる可能性が考えられる.また,デオキシコール酸産生細菌の増殖を抑制する薬剤あるいは食品添加物などを開発することにより,肥満にともなう肝がんの発症を予防する可能性についても検討したい.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2007年 北里大学大学院理学研究科博士課程 修了,同年 同 博士研究員を経て,2009年よりがん研究会がん研究所 特任研究員.
研究テーマ:生体における細胞老化の役割.
関心事:生体におけるさまざまなストレスに対する細胞老化の誘導機構や機能を解明すること.
大谷 直子(Naoko Ohtani)
がん研究会がん研究所 主任研究員.
原 英二(Eiji Hara)
がん研究会がん研究所 部長.
研究室URL:http://www.jfcr.or.jp/tci/canbio/index.html
© 2013 吉本 真・大谷直子・原 英二 Licensed under CC 表示 2.1 日本