視床枕におけるニューロンの活動は視覚の判別における主観的な確からしさを反映する
小村 豊
(産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 システム脳科学研究グループ)
email:小村 豊
DOI: 10.7875/first.author.2013.074
Responses of pulvinar neurons reflect a subject's confidence in visual categorization.
Yutaka Komura, Akihiko Nikkuni, Noriko Hirashima, Teppei Uetake,Aki Miyamoto
Nature Neuroscience, 16, 749-755 (2013)
われわれが外界のあるイベントを認識するとき,その対象を“いま,ここで”確かに知覚しているという確信を感じている.しかし,そのような知覚の確信度を,脳がどこで,どのように生成しているのかはわかっていない.この研究は,進化の過程においてめざましく発達してきた視覚系の視床の領域である視床枕に,その確信度の神経基盤のあることを明らかにした.内容判別課題においては,視床枕における大多数のニューロン活動は知覚の内容に相関していなかった.判別回避課題においては,内容の判別に自信のもてないときに示す回避行動を選択した場合に視床枕における応答は減弱していた.視床枕におけるニューロン活動を人為的に抑制すると,内容判別課題の成績は変化しなかったが,判別回避課題において頻繁に回避行動を選択するようになった.ただし,この効果は視覚刺激を反対側の視野に呈示した場合にのみ認められた.さらに,これらの実験データは,確信度の計算モデルから説明することもできた.以上から,視床枕におけるニューロン活動は知覚における主観的な確からしさをコードし,知覚の確信度に影響を及ぼすことが示唆された.
われわれの知覚の意識には2つの側面がある1).ひとつは,たとえば赤いボールが上方向に動いているという知覚の内容,もうひとつは,その内容を確かにわかっているという確信度の面である.ここ数十年の研究により2,3),知覚の意識は視床-皮質の回路から生成されていることが示唆されてきたが,その生物学的な機構は不明であった.そこで,この研究では,視覚系の視床の領域に着目して実験を進めた.霊長類の視覚系の視床には2つの領域がある4).ひとつは外側膝状体で,もうひとつは視床枕である.外側膝状体は網膜から第1次視覚野への中継核であり,視床枕は進化の過程において拡大し霊長類の視床において最大の容積をしめ,多くの視覚皮質と解剖学的な結合をもつ.外側膝状体と視床枕という2つの視床の領域が知覚の意識においてどのような機能をはたしているのかを調べるため,サルに2つの行動課題を課した.ひとつは知覚の内容をテストするための内容判別課題,もうひとつは確信度をテストするための判別回避課題である.
内容判別課題(図1a)では,サルには色(赤あるいは緑)と動き(上向きあるいは下向き)を組み合わせた視覚の刺激(ドットの集合体)が呈示され,あらかじめ指定された色(赤あるいは緑)のドットが上下どちらに動いているのかを判別し,上ならば右のバー,下ならば左のバーを報告しなければならない.この課題を遂行しているときの視床におけるニューロン活動を記録すると,視床枕のニューロンは知覚の内容(赤が下に動くなど)にかかわらず,視覚の刺激があいまい(ターゲットの色の動きが上下半々に近く判別がむずかしい場合)になればなるほど,その応答性を弱めていることがわかった.一方,外側膝状体におけるニューロン活動は課題において変化を認めなかった.この課題で用いた視覚の刺激は,ある特定の色や動きにかたよらず色と動きの混合比だけを変化させたので,個別の視覚の特徴のサリエンシー(物理的な目立ち)は一定のまま,視覚の刺激のあいまいさのみを操作できるよう工夫されていた.
内容判別課題を遂行しているときの視床枕におけるニューロン活動は,単なる刺激のあいまいさを反映しているだけなのか,あるいは,知覚のあいまいさにも関連しているのかを調べるため,判別回避課題(図1b)を導入した.この課題では,サルには左右のバー以外に,判別行動を忌避してもよいよう第3の選択肢として下のバーを用意した.左右のバーを選択して判別が正しければ報酬(ジュース)が多くあたえられ,まちがっていればブザー音がなる.一方,下のバーを選択すればどのような刺激の場合でも少量の報酬があたえられる.このように報酬の量に差をつけると,サルは自分が下した判断に対し自信のあるときには判別行動(左右のバー)を選択し,自信のないときには判別行動をあきらめて下のバーに回避すると予想された.実際にサルに判別回避課題を行わせると,視覚の刺激があいまいになればなるほど下のバーを選択する割合が増加した.この判別回避課題を遂行しているときの視床枕におけるニューロン活動を解析したところ,同一の視覚刺激においても,視床枕における応答の弱い場合には回避行動を選択し,応答が強い場合には判別行動を選択する傾向が示された(図2a).これらのことから,視床枕におけるニューロン活動は単に刺激の物理的なあいまいさに相関しているのではなく,主観的な確からしさ(確信度)を反映していることがわかった.
このような視床枕におけるシグナルが損なわれると行動にどのような影響がでるのか,視床枕を薬物により不活性化する実験により検証した(図2b).すると,視床枕がはたらかなくても内容判別自体の行動に変化はなかったが,判別を回避する行動が増加した.視床枕は左右に1対あるが,この判別回避課題への影響は,右側の視床枕においてニューロン活動を抑制すると左側に視覚の刺激が提示された場合のみ観察された.一方,外側膝状体においてニューロン活動を抑制すると,やはり反対側の視野に刺激を呈示した場合において,内容判別課題および判別回避課題の両方に影響が認められた.これらの結果は,視床枕におけるニューロン活動は,知覚の内容ではなく知覚の確信度に対し特異的に影響を及ぼすことを示していた.
これらの実験データは簡単な計算モデルから説明できる5).この研究における内容判別課題は,基本的にはターゲットの色の動きは上向きか下向きかという二者択一の範疇化が求められていた.視覚の刺激は脳のなかでガウス分布(上向きS1,下向きS2)により表現され,1回の課題ではこれらの分布から1つの刺激変数(s)がランダムに決まると仮定する.内容判別課題においては,この刺激変数(s)が上向きあるいは下向きの範疇の境界(b)より大きいか小さいかにより決まる.一方,確信度(d)は刺激変数と範疇の境界との距離(d =|s - b|)により計算され,判別回避課題において回避行動を選択するかしないかは,確信度(d)がある閾値(c)をこえるかこえないかにより決まる.以上のような簡単なモデルを仮定するだけで,視床枕におけるニューロン活動のパターンは確信度(d)によりあてはめることができ,サルの行動パターンを再現することができた.また,さきの薬理学的な不活性化実験の結果も,視床枕における機能の阻害は確信度(d)が割引されること,外側膝状体における機能の阻害は刺激変数(s)の値がつぶれてしまうこと,により説明することができた.
以上,行動心理学的な手法,電気生理学的な手法,計算論的な手法を組み合わせて,サルの視床枕において確信度の神経相関を同定した.さらに,薬理学的な不活性化実験によりその因果性を確認することができた.過去の研究において6,7),視床枕は視覚的な注意に関連しているとしばしば指摘されてきたが,この研究において観察された視床枕におけるニューロン活動のパターンは,少なくとも注意レベルの変動では説明できず,確信度の計算モデルにより体系的に説明された.しかし,この知見は視床枕における注意機能説を完全に否定するものではない.近年,確信度もしくはその逆の不確実さが注意の資源を制御するという知見のあることを考えあわせると8),むしろ,この視床枕におけるシグナルは注意を制御することに貢献している可能性がある.また,別の研究では9),視床枕におけるニューロン活動は主観的な見え(visibility)に関連しているという結果が示された.知覚心理学の分野では主観的な見えは確信度により測定されてきた10).これらを総合すると,視床枕は,いま,ここで見えている世界に対する確信度を計算し,知覚の意識や外界の探索に影響を及ぼしていることが考えられた.
略歴:2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,科学技術振興機構 さきがけ研究者を経て,2010年より産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 主任研究員.
研究テーマ:主観の世界を神経科学と計算論手法により解き明かすこと.
抱負:日本発,世界初という研究スタイルを基本にしているが,共感しあえる世界中の仲間と,史上初という研究方向にも発展させたい.
© 2013 小村 豊 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 システム脳科学研究グループ)
email:小村 豊
DOI: 10.7875/first.author.2013.074
Responses of pulvinar neurons reflect a subject's confidence in visual categorization.
Yutaka Komura, Akihiko Nikkuni, Noriko Hirashima, Teppei Uetake,Aki Miyamoto
Nature Neuroscience, 16, 749-755 (2013)
要 約
われわれが外界のあるイベントを認識するとき,その対象を“いま,ここで”確かに知覚しているという確信を感じている.しかし,そのような知覚の確信度を,脳がどこで,どのように生成しているのかはわかっていない.この研究は,進化の過程においてめざましく発達してきた視覚系の視床の領域である視床枕に,その確信度の神経基盤のあることを明らかにした.内容判別課題においては,視床枕における大多数のニューロン活動は知覚の内容に相関していなかった.判別回避課題においては,内容の判別に自信のもてないときに示す回避行動を選択した場合に視床枕における応答は減弱していた.視床枕におけるニューロン活動を人為的に抑制すると,内容判別課題の成績は変化しなかったが,判別回避課題において頻繁に回避行動を選択するようになった.ただし,この効果は視覚刺激を反対側の視野に呈示した場合にのみ認められた.さらに,これらの実験データは,確信度の計算モデルから説明することもできた.以上から,視床枕におけるニューロン活動は知覚における主観的な確からしさをコードし,知覚の確信度に影響を及ぼすことが示唆された.
はじめに
われわれの知覚の意識には2つの側面がある1).ひとつは,たとえば赤いボールが上方向に動いているという知覚の内容,もうひとつは,その内容を確かにわかっているという確信度の面である.ここ数十年の研究により2,3),知覚の意識は視床-皮質の回路から生成されていることが示唆されてきたが,その生物学的な機構は不明であった.そこで,この研究では,視覚系の視床の領域に着目して実験を進めた.霊長類の視覚系の視床には2つの領域がある4).ひとつは外側膝状体で,もうひとつは視床枕である.外側膝状体は網膜から第1次視覚野への中継核であり,視床枕は進化の過程において拡大し霊長類の視床において最大の容積をしめ,多くの視覚皮質と解剖学的な結合をもつ.外側膝状体と視床枕という2つの視床の領域が知覚の意識においてどのような機能をはたしているのかを調べるため,サルに2つの行動課題を課した.ひとつは知覚の内容をテストするための内容判別課題,もうひとつは確信度をテストするための判別回避課題である.
1.内容判別課題とそのときのニューロン活動のパターン
内容判別課題(図1a)では,サルには色(赤あるいは緑)と動き(上向きあるいは下向き)を組み合わせた視覚の刺激(ドットの集合体)が呈示され,あらかじめ指定された色(赤あるいは緑)のドットが上下どちらに動いているのかを判別し,上ならば右のバー,下ならば左のバーを報告しなければならない.この課題を遂行しているときの視床におけるニューロン活動を記録すると,視床枕のニューロンは知覚の内容(赤が下に動くなど)にかかわらず,視覚の刺激があいまい(ターゲットの色の動きが上下半々に近く判別がむずかしい場合)になればなるほど,その応答性を弱めていることがわかった.一方,外側膝状体におけるニューロン活動は課題において変化を認めなかった.この課題で用いた視覚の刺激は,ある特定の色や動きにかたよらず色と動きの混合比だけを変化させたので,個別の視覚の特徴のサリエンシー(物理的な目立ち)は一定のまま,視覚の刺激のあいまいさのみを操作できるよう工夫されていた.
2.判別回避課題とそのときのニューロン活動のパターン
内容判別課題を遂行しているときの視床枕におけるニューロン活動は,単なる刺激のあいまいさを反映しているだけなのか,あるいは,知覚のあいまいさにも関連しているのかを調べるため,判別回避課題(図1b)を導入した.この課題では,サルには左右のバー以外に,判別行動を忌避してもよいよう第3の選択肢として下のバーを用意した.左右のバーを選択して判別が正しければ報酬(ジュース)が多くあたえられ,まちがっていればブザー音がなる.一方,下のバーを選択すればどのような刺激の場合でも少量の報酬があたえられる.このように報酬の量に差をつけると,サルは自分が下した判断に対し自信のあるときには判別行動(左右のバー)を選択し,自信のないときには判別行動をあきらめて下のバーに回避すると予想された.実際にサルに判別回避課題を行わせると,視覚の刺激があいまいになればなるほど下のバーを選択する割合が増加した.この判別回避課題を遂行しているときの視床枕におけるニューロン活動を解析したところ,同一の視覚刺激においても,視床枕における応答の弱い場合には回避行動を選択し,応答が強い場合には判別行動を選択する傾向が示された(図2a).これらのことから,視床枕におけるニューロン活動は単に刺激の物理的なあいまいさに相関しているのではなく,主観的な確からしさ(確信度)を反映していることがわかった.
3.視床枕におけるニューロン活動の抑制効果
このような視床枕におけるシグナルが損なわれると行動にどのような影響がでるのか,視床枕を薬物により不活性化する実験により検証した(図2b).すると,視床枕がはたらかなくても内容判別自体の行動に変化はなかったが,判別を回避する行動が増加した.視床枕は左右に1対あるが,この判別回避課題への影響は,右側の視床枕においてニューロン活動を抑制すると左側に視覚の刺激が提示された場合のみ観察された.一方,外側膝状体においてニューロン活動を抑制すると,やはり反対側の視野に刺激を呈示した場合において,内容判別課題および判別回避課題の両方に影響が認められた.これらの結果は,視床枕におけるニューロン活動は,知覚の内容ではなく知覚の確信度に対し特異的に影響を及ぼすことを示していた.
4.計算論的な側面からみた行動およびニューロン活動のパターン
これらの実験データは簡単な計算モデルから説明できる5).この研究における内容判別課題は,基本的にはターゲットの色の動きは上向きか下向きかという二者択一の範疇化が求められていた.視覚の刺激は脳のなかでガウス分布(上向きS1,下向きS2)により表現され,1回の課題ではこれらの分布から1つの刺激変数(s)がランダムに決まると仮定する.内容判別課題においては,この刺激変数(s)が上向きあるいは下向きの範疇の境界(b)より大きいか小さいかにより決まる.一方,確信度(d)は刺激変数と範疇の境界との距離(d =|s - b|)により計算され,判別回避課題において回避行動を選択するかしないかは,確信度(d)がある閾値(c)をこえるかこえないかにより決まる.以上のような簡単なモデルを仮定するだけで,視床枕におけるニューロン活動のパターンは確信度(d)によりあてはめることができ,サルの行動パターンを再現することができた.また,さきの薬理学的な不活性化実験の結果も,視床枕における機能の阻害は確信度(d)が割引されること,外側膝状体における機能の阻害は刺激変数(s)の値がつぶれてしまうこと,により説明することができた.
おわりに
以上,行動心理学的な手法,電気生理学的な手法,計算論的な手法を組み合わせて,サルの視床枕において確信度の神経相関を同定した.さらに,薬理学的な不活性化実験によりその因果性を確認することができた.過去の研究において6,7),視床枕は視覚的な注意に関連しているとしばしば指摘されてきたが,この研究において観察された視床枕におけるニューロン活動のパターンは,少なくとも注意レベルの変動では説明できず,確信度の計算モデルにより体系的に説明された.しかし,この知見は視床枕における注意機能説を完全に否定するものではない.近年,確信度もしくはその逆の不確実さが注意の資源を制御するという知見のあることを考えあわせると8),むしろ,この視床枕におけるシグナルは注意を制御することに貢献している可能性がある.また,別の研究では9),視床枕におけるニューロン活動は主観的な見え(visibility)に関連しているという結果が示された.知覚心理学の分野では主観的な見えは確信度により測定されてきた10).これらを総合すると,視床枕は,いま,ここで見えている世界に対する確信度を計算し,知覚の意識や外界の探索に影響を及ぼしていることが考えられた.
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著者プロフィール
略歴:2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,科学技術振興機構 さきがけ研究者を経て,2010年より産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 主任研究員.
研究テーマ:主観の世界を神経科学と計算論手法により解き明かすこと.
抱負:日本発,世界初という研究スタイルを基本にしているが,共感しあえる世界中の仲間と,史上初という研究方向にも発展させたい.
© 2013 小村 豊 Licensed under CC 表示 2.1 日本