GSK3によるAMPKの関与する異化作用の阻害
鈴木 司・猪木 健
(米国Michigan大学Life Sciences Institute)
email:鈴木 司
DOI: 10.7875/first.author.2013.063
Inhibition of AMPK catabolic action by GSK3.
Tsukasa Suzuki, Dave Bridges, Daisuke Nakada, Georgios Skiniotis, Sean J. Morrison, Jiandie D. Lin, Alan R. Saltiel, Ken Inoki
Molecular Cell, 50, 407-419 (2013)
AMPKは細胞において同化作用を阻害し異化作用を促進することにより細胞内のエネルギーバランスを制御している.これまで,AMPKの活性化の機構については研究が進んでいるものの,AMPK活性の阻害機構については不明な点が多い.この研究では,GSK3がAMPKを阻害することを見い出した.GSK3はAMPKのβサブユニットと安定的に結合し,触媒サブユニットであるαサブユニットをリン酸化した.このリン酸化により,AMPKの活性に必須なリン酸化部位の脱リン酸化酵素PP2Cαによる脱リン酸が促進され,AMPKの不活性化につながった.興味深いことに,同化作用において主要なシグナル伝達系でありGSK3の活性を阻害することが知られているPI3K-AKT経路により,GSK3によるAMPKのリン酸化が促進され,その結果,AMPKの阻害がひき起こされた.一方,GSK3を阻害することにより,細胞が飢餓状態でないときでもAMPKの活性は維持された.以上のことから,インスリンなど同化作用を促進するシグナルによりAMPKが不活性化されるためには,GSK3の役割が必要であることが新たにわかった.
AMPK(AMP-activated protein kinase)は,キナーゼドメインをもつ触媒サブユニットであるαサブユニット,制御サブユニットであるβサブユニットおよびγサブユニットのヘテロ三量体からなる1).αサブユニットのキナーゼドメインに存在するThr172のリン酸化はAMPKの活性に必須であり,上流に位置するLKB1やCAMKKによりリン酸化されることが知られている.また,細胞が飢餓状態におちいったとき,AMPの増加にともないAMPKのγサブユニットにAMPが結合してアロステリックに活性化させる.そのほか,ADPもγサブユニットに結合し,立体構造を変化させることにより脱リン酸化酵素によるThr172の脱リン酸を防いで活性を維持する2,3).以上のように,細胞が飢餓状態のとき,どのような分子機構によりAMPKが活性化され維持されるかについては明らかになりつつある.
一方,栄養が豊富で同化作用の促進している状態において,どのような分子機構によりAMPKの活性が阻害されるのかについては不明な点が多い.この研究では,GSK3(glycogen synthase kinase 3)がAMPKと結合し,同化作用の促進している状態においてGSK3がAMPKを阻害することを見い出した.興味深いことに,GSK3を阻害することが知られているPI3K-AKTシグナル伝達系は,GSK3によるAMPKの阻害を促進することもわかった.
AMPKに影響を及ぼすタンパク質を探索した結果,GSK3のアイソフォームであるGSK3αおよびGSK3βがAMPKと結合することが示唆された.また,この結合は栄養状態の変化により結合の状態に変化がみられなかったことから,GSK3はAMPKと安定的に複合体を形成することが示された.さらに,GSK3がAMPKのどのサブユニットと結合するかを検討するため,αサブユニットを欠損したマウス胎仔繊維芽細胞を用いた実験や,昆虫細胞にAMPKのサブユニットをそれぞれ発現させてGSK3との結合を調べる実験を行ったところ,GSK3はAMPKのβサブユニットと結合することが示唆された.
GSK3はキナーゼであることからAMPKをリン酸化するかどうか検討した結果,in vitroキナーゼアッセイによりGSK3によりAMPKのαサブユニットが直接にリン酸化されることが確認された.リン酸化部位を同定するため,GSK3によるリン酸化モチーフをもとにアミノ酸配列を検索した結果,GSK3によるリン酸化モチーフの多く存在する領域(STストレッチ)を見い出し,GSK3はAMPKのαサブユニットのSTストレッチに存在するThr479を直接にリン酸化することが示された(図1).
GSK3はin vivoにおいてもこのThr479をリン酸化するかどうか検討するため,Thr479に特異的な抗体を作製し,GSK3によるThr479のリン酸化をウェスタンブロット法により確認した.また,AMPKのαサブユニットには2つのアイソフォームα1およびα2があるが,ともにGSK3によるリン酸化をうけることが確認された.さらに,GSK3のアイソフォームであるGSK3αおよびGSK3βはともにThr479をリン酸化することも,GSK3αあるいはGSK3βをノックダウンした細胞を用い見い出された.
GSK3の基質には2つのタイプがあり,そのほとんどは,さきのリン酸化モチーフのように,すでにほかのキナーゼによりリン酸化をうけた部位の4残基N末端側のSerあるいはThrがリン酸化されるタイプである.しかしながら興味深いことに,AMPKのαサブユニットはほかのキナーゼによるリン酸化を必要としないタイプであることが,GSK3の変異体を用いた実験から示唆された.
GSK3によるAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化の影響がAMPKの活性に影響を及ぼすかどうか検討した.GSK3を293T細胞に発現させたところAMPKのαサブユニットにおいて,Thr479のリン酸化の上昇にともない,AMPKの活性に必須のリン酸化部位であるThr172における脱リン酸が認められた.また,このThr172の脱リン酸はGSK3の阻害剤であるCHIR99021の存在下や,Thr479をAlaに置換した変異体においては確認されなかったことから,GSK3がAMPKのαサブユニットのThr479をリン酸化することによりThr172の脱リン酸がひき起こされることが示唆された.また,Thr172の脱リン酸にともないAMPKの活性が減少することも,AMPKの活性アッセイにより確認された.
GSK3がAMPKのαサブユニットのThr479をリン酸化することにより,どのような分子機構によりThr172の脱リン酸がひき起こされAMPKの活性が阻害されるのかを検討した.まず,AMPKのαサブユニットのThr172に対する主要なキナーゼであるLKB1の活性に,GSK3は影響を及ぼさないことを確認した.それゆえ,GSK3はThr172の脱リン酸に影響を及ぼしているものと推察した.これまで,AMPKのγサブユニットにAMP,ADP,ATPが結合することにより立体構造が変化し,それによりリン酸化Thr172に対する脱リン酸化酵素の感受性が変化することが知られている.とくに,αサブユニットにあるαフックドメインがAMPあるいはADPと結合したγサブユニットにひきつけられ,脱リン酸を防いでいることが報告されている2).しかしながら,γサブユニットの変異体を用いた実験においても,GSK3はAMPKのαサブユニットのThr172の脱リン酸をひき起こすことが示された.
それゆえ,GSK3によるThr479のリン酸化自体が,Thr172に対する脱リン酸化酵素の感受性に影響を及ぼしているものと推察した.実際に,リン酸化Thr172に対する脱リン酸化酵素であるPP2Cαを用いた脱リン酸アッセイにおいて,野生型と比較して,Thr479をAlaに置換した変異体ではThr172の脱リン酸が低下,つまり,PP2Cαの感受性の低下が確認された.また興味深いことに,AMPKのαサブユニットにおいて,Thr479を含むSTストレッチがキナーゼドメインと結合することが示された.また,この結合はThr479のリン酸化により解離することも見い出された.以上のことから,AMPKのαサブユニットにおいて,STストレッチがキナーゼドメインをおおうことによりPP2CαによるThr172の脱リン酸を防ぎ,一方,GSK3によるThr479のリン酸化により,STストレッチはキナーゼドメインから離れ,PP2Cαがキナーゼドメインに接近してThr172の脱リン酸が促進されるものと推察された.
外部からのどのようなシグナルによりGSK3によるAMPKの阻害が促進されるのかを検討した.興味深いことに,培養細胞にインスリンを添加することによりAMPKのαサブユニットにおいてThr479のリン酸化が顕著に上昇することが見い出された.また,マウスにインスリンを投与することによっても同様の結果が得られた.さらに,インスリンによるThr479のリン酸化の上昇はGSK3を介していることも,GSK3のノックダウン実験により確認された.
これまでに,インスリンを端に発するPI3K-AKTシグナル伝達系はGSK3の活性を阻害することが知られている.これは,AKTによりリン酸化されたGSK3は,GSK3によるリン酸化モチーフにおいて,リン酸化されたSerあるいはThrを認識することができなくなるためである.一方,PI3K-AKTシグナル伝達系によりGSK3がリン酸化をうけても,ほかのキナーゼによるリン酸化を必要としないタイプの基質では,GSK3によるリン酸化に影響を及ぼされないことが報告されている4).それゆえ,ほかのキナーゼによるリン酸化を必要としない基質であるAMPKのαサブユニットは,インスリンの刺激によってもGSK3によるリン酸化が阻害されないものと推察された.
インスリンの刺激がAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化を促進する分子機構について検討した.これまでに,インスリンの刺激によりAKTがAMPKのαサブユニットのSer485をリン酸化することによりその阻害を促進することが報告されているが,その分子機構については不明なままである5).興味深いことに,AMPKのαサブユニットにおいて,AKTによるSer485のリン酸化は,GSK3によるThr479のリン酸化を促進することが見い出された.また,インスリンの刺激によるSer485のリン酸化の上昇にもかかわらず,Thr479をAlaに置換した変異体においてAMPK活性の阻害は確認されなかったことから,PI3K-AKTシグナル伝達系によるAMPK活性の阻害においては,GSK3によるAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化が重要であることが示唆された.
GSK3によるAMPKのリン酸化における生理学的な意義を検討するため,AMPKのαサブユニットをノックアウトしたマウス胎仔繊維芽細胞に,野生型あるいはThr479をAlaに置換したAMPKのαサブユニットをそれぞれ再発現させた細胞を作製した.Thr479をAlaに置換した変異体を発現させた細胞において,AMPKの基質でありタンパク質合成に関与するmTORの結合タンパク質であるRaptor 6) のリン酸化が高く維持されており,それにともない,タンパク質の合成の低下することが確認された.また,AMPKはULK1を介しオートファジーにも関与することが報告されている7,8).Thr479をAlaに置換した変異体を発現させた細胞において,オートファジーが促進されるという結果が得られた.
PI3K-AKTシグナル伝達系により,GSK3がAMPKのαサブユニットにおいてThr479をリン酸化することによりThr172の脱リン酸を促進し,AMPKを阻害することが新たに示された.近年のAMPKの立体構造解析においても,Thr479を含むSTストレッチは柔軟すぎるためその構造は決定されていない2).そのため,この柔軟に動くSTストレッチがGSK3やAKTなどのキナーゼによるリン酸化をうけることによりその構造を変化させ,Thr172の脱リン酸化酵素であるPP2Cαの感受性を変化させることが示唆された.
また,PI3K-AKTシグナル伝達系のほか,インスリンなどの成長因子のもとでも,GSK3はAMPKの阻害に重要な役割をはたしていることが新たに示された.興味深いことに,AMPKとGSK3はグリコーゲン合成酵素などの共通する基質をもつ.飢餓状態など異化作用の促進している状態では,AMPKとGSK3はそれぞれグリコーゲン合成酵素をリン酸化し阻害することが報告されている9).インスリンの刺激のもとなど同化作用の促進している状態では,AKTによりGSK3がリン酸化されることにより,グリコーゲン合成酵素はGSK3による阻害のなくなることがすでに知られている.一方,この研究の結果より,AMPKはGSK3により阻害されるためグリコーゲン合成酵素をリン酸化し阻害することができなくなると考えられた.実際に,インスリンの刺激によりAMPKによるグリコーゲン合成酵素のリン酸化は低下するという報告もなされている10).このように,GSK3は同化作用の促進するシグナルをAMPKに伝達するという重要な役割をはたしていると考えられた(図2).
略歴:2008年 東京農業大学大学院農学研究科にて博士号取得,同年 米国Michigan大学 博士研究員を経て,2013年より東京農業大学応用生物科学部 助教.
研究テーマ:細胞におけるエネルギー代謝制御の分子機構.
猪木 健(Ken Inoki)
米国Michigan大学Assistant Professor.
研究室URL:http://www.lsi.umich.edu/facultyresearch/labs/inoki
© 2013 鈴木 司・猪木 健 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Michigan大学Life Sciences Institute)
email:鈴木 司
DOI: 10.7875/first.author.2013.063
Inhibition of AMPK catabolic action by GSK3.
Tsukasa Suzuki, Dave Bridges, Daisuke Nakada, Georgios Skiniotis, Sean J. Morrison, Jiandie D. Lin, Alan R. Saltiel, Ken Inoki
Molecular Cell, 50, 407-419 (2013)
要 約
AMPKは細胞において同化作用を阻害し異化作用を促進することにより細胞内のエネルギーバランスを制御している.これまで,AMPKの活性化の機構については研究が進んでいるものの,AMPK活性の阻害機構については不明な点が多い.この研究では,GSK3がAMPKを阻害することを見い出した.GSK3はAMPKのβサブユニットと安定的に結合し,触媒サブユニットであるαサブユニットをリン酸化した.このリン酸化により,AMPKの活性に必須なリン酸化部位の脱リン酸化酵素PP2Cαによる脱リン酸が促進され,AMPKの不活性化につながった.興味深いことに,同化作用において主要なシグナル伝達系でありGSK3の活性を阻害することが知られているPI3K-AKT経路により,GSK3によるAMPKのリン酸化が促進され,その結果,AMPKの阻害がひき起こされた.一方,GSK3を阻害することにより,細胞が飢餓状態でないときでもAMPKの活性は維持された.以上のことから,インスリンなど同化作用を促進するシグナルによりAMPKが不活性化されるためには,GSK3の役割が必要であることが新たにわかった.
はじめに
AMPK(AMP-activated protein kinase)は,キナーゼドメインをもつ触媒サブユニットであるαサブユニット,制御サブユニットであるβサブユニットおよびγサブユニットのヘテロ三量体からなる1).αサブユニットのキナーゼドメインに存在するThr172のリン酸化はAMPKの活性に必須であり,上流に位置するLKB1やCAMKKによりリン酸化されることが知られている.また,細胞が飢餓状態におちいったとき,AMPの増加にともないAMPKのγサブユニットにAMPが結合してアロステリックに活性化させる.そのほか,ADPもγサブユニットに結合し,立体構造を変化させることにより脱リン酸化酵素によるThr172の脱リン酸を防いで活性を維持する2,3).以上のように,細胞が飢餓状態のとき,どのような分子機構によりAMPKが活性化され維持されるかについては明らかになりつつある.
一方,栄養が豊富で同化作用の促進している状態において,どのような分子機構によりAMPKの活性が阻害されるのかについては不明な点が多い.この研究では,GSK3(glycogen synthase kinase 3)がAMPKと結合し,同化作用の促進している状態においてGSK3がAMPKを阻害することを見い出した.興味深いことに,GSK3を阻害することが知られているPI3K-AKTシグナル伝達系は,GSK3によるAMPKの阻害を促進することもわかった.
1.GSK3はAMPKと複合体を形成する
AMPKに影響を及ぼすタンパク質を探索した結果,GSK3のアイソフォームであるGSK3αおよびGSK3βがAMPKと結合することが示唆された.また,この結合は栄養状態の変化により結合の状態に変化がみられなかったことから,GSK3はAMPKと安定的に複合体を形成することが示された.さらに,GSK3がAMPKのどのサブユニットと結合するかを検討するため,αサブユニットを欠損したマウス胎仔繊維芽細胞を用いた実験や,昆虫細胞にAMPKのサブユニットをそれぞれ発現させてGSK3との結合を調べる実験を行ったところ,GSK3はAMPKのβサブユニットと結合することが示唆された.
2.AMPKのαサブユニットはGSK3によりリン酸化される
GSK3はキナーゼであることからAMPKをリン酸化するかどうか検討した結果,in vitroキナーゼアッセイによりGSK3によりAMPKのαサブユニットが直接にリン酸化されることが確認された.リン酸化部位を同定するため,GSK3によるリン酸化モチーフをもとにアミノ酸配列を検索した結果,GSK3によるリン酸化モチーフの多く存在する領域(STストレッチ)を見い出し,GSK3はAMPKのαサブユニットのSTストレッチに存在するThr479を直接にリン酸化することが示された(図1).
GSK3はin vivoにおいてもこのThr479をリン酸化するかどうか検討するため,Thr479に特異的な抗体を作製し,GSK3によるThr479のリン酸化をウェスタンブロット法により確認した.また,AMPKのαサブユニットには2つのアイソフォームα1およびα2があるが,ともにGSK3によるリン酸化をうけることが確認された.さらに,GSK3のアイソフォームであるGSK3αおよびGSK3βはともにThr479をリン酸化することも,GSK3αあるいはGSK3βをノックダウンした細胞を用い見い出された.
GSK3の基質には2つのタイプがあり,そのほとんどは,さきのリン酸化モチーフのように,すでにほかのキナーゼによりリン酸化をうけた部位の4残基N末端側のSerあるいはThrがリン酸化されるタイプである.しかしながら興味深いことに,AMPKのαサブユニットはほかのキナーゼによるリン酸化を必要としないタイプであることが,GSK3の変異体を用いた実験から示唆された.
3.GSK3はAMPKのThr479をリン酸化することにより活性を阻害する
GSK3によるAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化の影響がAMPKの活性に影響を及ぼすかどうか検討した.GSK3を293T細胞に発現させたところAMPKのαサブユニットにおいて,Thr479のリン酸化の上昇にともない,AMPKの活性に必須のリン酸化部位であるThr172における脱リン酸が認められた.また,このThr172の脱リン酸はGSK3の阻害剤であるCHIR99021の存在下や,Thr479をAlaに置換した変異体においては確認されなかったことから,GSK3がAMPKのαサブユニットのThr479をリン酸化することによりThr172の脱リン酸がひき起こされることが示唆された.また,Thr172の脱リン酸にともないAMPKの活性が減少することも,AMPKの活性アッセイにより確認された.
4.GSK3によるThr479のリン酸化はThr172に対する脱リン酸化酵素の感受性を促進する
GSK3がAMPKのαサブユニットのThr479をリン酸化することにより,どのような分子機構によりThr172の脱リン酸がひき起こされAMPKの活性が阻害されるのかを検討した.まず,AMPKのαサブユニットのThr172に対する主要なキナーゼであるLKB1の活性に,GSK3は影響を及ぼさないことを確認した.それゆえ,GSK3はThr172の脱リン酸に影響を及ぼしているものと推察した.これまで,AMPKのγサブユニットにAMP,ADP,ATPが結合することにより立体構造が変化し,それによりリン酸化Thr172に対する脱リン酸化酵素の感受性が変化することが知られている.とくに,αサブユニットにあるαフックドメインがAMPあるいはADPと結合したγサブユニットにひきつけられ,脱リン酸を防いでいることが報告されている2).しかしながら,γサブユニットの変異体を用いた実験においても,GSK3はAMPKのαサブユニットのThr172の脱リン酸をひき起こすことが示された.
それゆえ,GSK3によるThr479のリン酸化自体が,Thr172に対する脱リン酸化酵素の感受性に影響を及ぼしているものと推察した.実際に,リン酸化Thr172に対する脱リン酸化酵素であるPP2Cαを用いた脱リン酸アッセイにおいて,野生型と比較して,Thr479をAlaに置換した変異体ではThr172の脱リン酸が低下,つまり,PP2Cαの感受性の低下が確認された.また興味深いことに,AMPKのαサブユニットにおいて,Thr479を含むSTストレッチがキナーゼドメインと結合することが示された.また,この結合はThr479のリン酸化により解離することも見い出された.以上のことから,AMPKのαサブユニットにおいて,STストレッチがキナーゼドメインをおおうことによりPP2CαによるThr172の脱リン酸を防ぎ,一方,GSK3によるThr479のリン酸化により,STストレッチはキナーゼドメインから離れ,PP2Cαがキナーゼドメインに接近してThr172の脱リン酸が促進されるものと推察された.
5.PI3K-AKTシグナル伝達系はGSK3によるThr479のリン酸化を介しAMPKを阻害する
外部からのどのようなシグナルによりGSK3によるAMPKの阻害が促進されるのかを検討した.興味深いことに,培養細胞にインスリンを添加することによりAMPKのαサブユニットにおいてThr479のリン酸化が顕著に上昇することが見い出された.また,マウスにインスリンを投与することによっても同様の結果が得られた.さらに,インスリンによるThr479のリン酸化の上昇はGSK3を介していることも,GSK3のノックダウン実験により確認された.
これまでに,インスリンを端に発するPI3K-AKTシグナル伝達系はGSK3の活性を阻害することが知られている.これは,AKTによりリン酸化されたGSK3は,GSK3によるリン酸化モチーフにおいて,リン酸化されたSerあるいはThrを認識することができなくなるためである.一方,PI3K-AKTシグナル伝達系によりGSK3がリン酸化をうけても,ほかのキナーゼによるリン酸化を必要としないタイプの基質では,GSK3によるリン酸化に影響を及ぼされないことが報告されている4).それゆえ,ほかのキナーゼによるリン酸化を必要としない基質であるAMPKのαサブユニットは,インスリンの刺激によってもGSK3によるリン酸化が阻害されないものと推察された.
インスリンの刺激がAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化を促進する分子機構について検討した.これまでに,インスリンの刺激によりAKTがAMPKのαサブユニットのSer485をリン酸化することによりその阻害を促進することが報告されているが,その分子機構については不明なままである5).興味深いことに,AMPKのαサブユニットにおいて,AKTによるSer485のリン酸化は,GSK3によるThr479のリン酸化を促進することが見い出された.また,インスリンの刺激によるSer485のリン酸化の上昇にもかかわらず,Thr479をAlaに置換した変異体においてAMPK活性の阻害は確認されなかったことから,PI3K-AKTシグナル伝達系によるAMPK活性の阻害においては,GSK3によるAMPKのαサブユニットのThr479のリン酸化が重要であることが示唆された.
6.GSK3によるAMPKの阻害の欠失は代謝の異常をひき起こす
GSK3によるAMPKのリン酸化における生理学的な意義を検討するため,AMPKのαサブユニットをノックアウトしたマウス胎仔繊維芽細胞に,野生型あるいはThr479をAlaに置換したAMPKのαサブユニットをそれぞれ再発現させた細胞を作製した.Thr479をAlaに置換した変異体を発現させた細胞において,AMPKの基質でありタンパク質合成に関与するmTORの結合タンパク質であるRaptor 6) のリン酸化が高く維持されており,それにともない,タンパク質の合成の低下することが確認された.また,AMPKはULK1を介しオートファジーにも関与することが報告されている7,8).Thr479をAlaに置換した変異体を発現させた細胞において,オートファジーが促進されるという結果が得られた.
おわりに
PI3K-AKTシグナル伝達系により,GSK3がAMPKのαサブユニットにおいてThr479をリン酸化することによりThr172の脱リン酸を促進し,AMPKを阻害することが新たに示された.近年のAMPKの立体構造解析においても,Thr479を含むSTストレッチは柔軟すぎるためその構造は決定されていない2).そのため,この柔軟に動くSTストレッチがGSK3やAKTなどのキナーゼによるリン酸化をうけることによりその構造を変化させ,Thr172の脱リン酸化酵素であるPP2Cαの感受性を変化させることが示唆された.
また,PI3K-AKTシグナル伝達系のほか,インスリンなどの成長因子のもとでも,GSK3はAMPKの阻害に重要な役割をはたしていることが新たに示された.興味深いことに,AMPKとGSK3はグリコーゲン合成酵素などの共通する基質をもつ.飢餓状態など異化作用の促進している状態では,AMPKとGSK3はそれぞれグリコーゲン合成酵素をリン酸化し阻害することが報告されている9).インスリンの刺激のもとなど同化作用の促進している状態では,AKTによりGSK3がリン酸化されることにより,グリコーゲン合成酵素はGSK3による阻害のなくなることがすでに知られている.一方,この研究の結果より,AMPKはGSK3により阻害されるためグリコーゲン合成酵素をリン酸化し阻害することができなくなると考えられた.実際に,インスリンの刺激によりAMPKによるグリコーゲン合成酵素のリン酸化は低下するという報告もなされている10).このように,GSK3は同化作用の促進するシグナルをAMPKに伝達するという重要な役割をはたしていると考えられた(図2).
文 献
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著者プロフィール
略歴:2008年 東京農業大学大学院農学研究科にて博士号取得,同年 米国Michigan大学 博士研究員を経て,2013年より東京農業大学応用生物科学部 助教.
研究テーマ:細胞におけるエネルギー代謝制御の分子機構.
猪木 健(Ken Inoki)
米国Michigan大学Assistant Professor.
研究室URL:http://www.lsi.umich.edu/facultyresearch/labs/inoki
© 2013 鈴木 司・猪木 健 Licensed under CC 表示 2.1 日本