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睡眠中の脳活動パターンからの夢の内容の解読

堀川友慈・神谷之康
(国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所神経情報学研究室)
email:堀川友慈神谷之康
DOI: 10.7875/first.author.2013.050

Neural decoding of visual imagery during sleep.
T. Horikawa, M. Tamaki, Y. Miyawaki, Y. Kamitani
Science, 340, 639-642 (2013)




要 約


 夢は外界からの刺激とは関係なく生じる主観的な現象で,見た本人にしかその内容がわからない,すぐに忘れてしまうなどの理由から,客観的な解析の困難な対象である.この研究では,睡眠中の脳の活動を計測することにより得られた脳活動パターンを解析することで,夢の内容を解読し客観的に評価する手法を開発することに成功した.実験では,機能的MRIを用いて睡眠中の脳の活動を計測し,被験者を覚醒させ直前に見ていた夢の内容を言葉で報告させる,という手続きをくり返した.実際に画像を見ているときの脳の活動を使い,脳活動パターンから見ている物体を予測するパターン認識アルゴリズムを構築し,睡眠中の脳の活動を解析することにより,夢の報告に現われた物体を高い精度で予測することに成功した.この結果は,夢を見ているときにも画像を見ているときと共通する脳活動パターンが生じていることを示した.この方法は夢の解読だけでなく,自発的に生じる脳の活動の機能の解明や,幻覚などの精神疾患の診断にも貢献することが期待される.

はじめに


 古来,夢はその機能や内容の解釈について多くの人の注目をあつめてきた.しかし,夢の内容は,夢を見た本人にしかわからない,本人自身もすぐに忘れてしまう,などの理由から,客観的な解析の対象とすることが困難であった.従来の睡眠の研究では,夢見体験と睡眠中の脳波や眼球運動などの生理指標との関係については調べられてきたが1,2),特定の夢の内容が脳において表現されているのかどうか,また,表現されているのであればどのように表現されているかに関しては,いまだに明らかにされていなかった.そこで,この研究では,機能的MRI(MRI:magnetic resonance imaging,磁気共鳴画像)を用いて睡眠中の脳の活動を計測し,得られた脳活動の信号にパターン認識アルゴリズムを適用して解析することにより,脳の活動から夢の内容を解読できるかどうかを検証した.

1.脳情報デコーディング


 近年,神経科学の分野において広く利用されるようになってきた“脳情報デコーディング”という手法は,被験者の脳の活動をパターン認識のアルゴリズムを用いて解析することにより,脳の活動に表現されている被験者の知覚の内容や運動の詳細な情報を予測(解読)する技術である3,4).これまでの研究では,実際に画像を見ているときや課題を行っているときの脳の活動を対象としており,夢に代表されるような,外部からの刺激とは関係なく脳が自発的に生み出すイメージの解読は行われていなかった.しかし,われわれが見る夢の多くは視覚的な体験をともなっており,画像を見たときと同じような視覚体験が生じている以上,夢を見ているときにも,画像を見ているときと同様の神経情報処理が脳において行われていることが予測される.そこでこの研究では,実際に画像を見ているとき計測した脳活動を用いて,見ている物体を脳活動パターンから予測するパターン認識アルゴリズム(デコーダー)を構築し,睡眠中のヒトの脳活動の信号を解析した.

2.睡眠中の被験者からの脳の活動および夢の報告の収集


 夢を見ているときの脳の活動を解析する際の問題点として,大量の夢のデータを効率的に収集することがむずかしいという点があげられる.一般に,夢が頻繁に生じると考えられているレム睡眠(急速眼球運動,rapid eye movement:REMをともなう睡眠)は,入眠からおよそ1時間半たたないと現われないため,この期間に見る夢を解析の対象とすることはデータ収集の観点から考えると効率が悪い.一方で,多くの研究により,入眠時にもレム睡眠中と類似した夢見体験の生じることが指摘されており,必ずしもレム睡眠中にのみ夢を見るわけではないという認識が広まりつつある5,6).そこで,夢に関連する脳の活動と夢の報告データを効率的に収集するため,入眠時に見る夢に注目し,機能的MRIを用いて睡眠中の脳の活動の計測を行った(図1a).見る夢の内容をコントロールすることは一般に困難であるため,今回の研究では,被験者が見た夢の内容を言語により自由に報告させるという方法をとった.また,機能的MRIはスキャン音が大きく,装置の内部での睡眠はふだんの睡眠環境とは大きく異なるため,被験者を機能的MRIによる計測環境での睡眠に慣らし,また,実験の手続きに精通させるため,事前に実際の機能的MRIによる計測環境を模した実験室において順応のための睡眠実験を行った.実験の本番では,3人の被験者にMRI装置の内部で脳波電極を装着した状態で眠ってもらい,脳波をモニターして睡眠の状態をリアルタイムに判定しながら脳の活動の計測した.夢見と強い関連があると知られている睡眠の脳波パターンが生じたタイミングで被験者を起こし(睡眠の開始から約2~3分),直前まで見ていた夢の内容について自由に報告させた(約30秒).得られた報告を記録し,再び被験者を眠りにつかせる,という手続きを何度もくり返すことにより,夢の報告とそれに対応する脳の活動のデータを大量に取得することができた(被験者あたり,約200回の夢の報告).




3.言語データベースおよび画像データベースを用いた夢の報告の解析とデコーダーの構築


 被験者に夢の内容を自由に報告させたため,得られた夢の報告の内容は非常に多岐にわたっていた.このような不定形な夢報告データを構造化されたかたちに変換するため,夢の報告に頻繁に現われた主要な物体カテゴリーを被験者ごとに特定し,おのおのの夢の報告を主要な物体カテゴリーの有無を表すベクトルにより表現しなおすという方略をとった.そのために,日本語で報告された被験者の夢の報告を記録したテキストデータから物体や風景を表す名詞を抽出し,英単語へと翻訳した.そののち,英語の言語データベースWordNet 7) を用いて同一のカテゴリーに属する単語群をまとめ,被験者ごとに夢に頻繁に現われる主要な物体カテゴリーを特定し(boyやmanなどをmaleに,automobileやbusなどをcarにまとめるなど,被験者ごとに約20個のカテゴリー),おのおのの夢の報告をこれらのカテゴリーの有無を表すベクトルで表現した(図1b).この手続きにより,おのおのの夢の報告が得られた直前の睡眠中の脳の活動に対する解読の結果を,おのおのの主要な物体カテゴリーの有無を予測するというかたちで,定量的に評価することが可能になった.また,使用した言語データベースに関連づけられたWebの画像データベースを用いて主要な物体カテゴリーに対応する画像を収集し,それらの画像を見せたときの脳の活動を計測するという視覚画像提示実験を行った(図1b).この実験において計測された脳の活動を使い,見ている物体の情報を解読するデコーダーを構築した.このように,言語データベースおよび画像データベースを用いることにより,コントロールの困難で不定形な夢報告データを定量的に扱えるようにした点が,この研究における解読技術の特徴である.

4.睡眠中の脳の活動からの視覚的な夢の内容の解読


 まず,実際に画像を見ているときの大脳の高次視覚野における脳の活動を使い,物体カテゴリーのペアごと(male対carなど)に二値判別器を構築して,覚醒させる直前(0~9秒前)の脳の活動から,どちらの物体を見ていたかを判別できるどうか検証した.安定した評価が可能になるよう,十分な夢のデータサンプル数が確保できるペアについて解読の成績を調べた結果,3人の被験者から得られた全405ペアのうち,137ペアで統計的に有意な正当率が得られた.
 つぎに,おのおののペアについて構築した二値判別器の出力を組み合わせることにより,おのおのの物体カテゴリーの有無を検出するデコーダーを構築した(図2a).このデコーダーは,睡眠中の脳活動データがあたえられると,おのおのの物体カテゴリーが存在する度合いを示す“スコア”を出力する.このデコーダーを用いて,覚醒直前の9秒間の脳活動データから夢の報告に現われた物体を正しく検出できるかどうか調べたところ,3人の被験者から得られた全60の主要物体カテゴリーのうち,18のカテゴリーについて有意な成績で検出することができた.また,デコーダーのスコアの時間変化をみると,とくに覚醒の直前(0~15秒前)の脳活動データを用いた場合に,夢の報告に現われた物体カテゴリーに対するスコアが高い値を示した(図2b).これは,夢の報告の内容が覚醒直前の脳の活動を反映していることを意味している.また,報告に含まれる物体カテゴリーだけではなく,それと関連性の高いカテゴリーも高いスコアを示したことから(図2b),報告はしなかったが実際には夢に現われていた物体がデコーダーの出力に反映されている可能性が考えられる.視覚野を細かく分割しそれぞれの部位において解読の精度を比較すると,後頭葉から側頭葉にかけて広がる高次視覚野を用いた場合により高い精度の得られることがわかった.高次視覚野はこれまでの研究から物体画像に対して強い活動を示すことが知られている8,9).また,高次視覚野のなかでも,人の顔の画像に対し選択的に反応することが知られている紡錘状回顔領域の活動を用いたときには人に関連するカテゴリー(male,femaleなど),風景の画像に対し選択的に反応することが知られている海馬傍回場所領域の活動を用いたときには風景に関するカテゴリー(streetやbuildingなど)に対し,高い成績が得られた.これらの結果から,夢を見ているときにも,実際に画像を見ているときと類似する脳活動パターンの生じていることが示唆された.




おわりに


 これらの結果は,夢の内容が睡眠中の脳活動パターンを反映していることをはじめて実験的に証明したものである.今回の研究では,データ収集の効率を高めるためレム睡眠中に見る夢ではなく入眠期に見る夢に焦点をあてて解析を行ったが,レム睡眠中に見る夢と入眠期に見る夢は類似していることや5),レム睡眠中にも視覚野での活動が観察されることを考えると10),この手法がレム睡眠中の夢を解読することにも有効なことは大いに期待できる.ただし,その有効性について明らかにするためには,レム睡眠中に得られた脳活動データを用いた同様の解析による検証が必要である.この研究で使用したデコーダーは,睡眠実験で得られた夢の報告をもとに決定した物体カテゴリーについて構築したものであり,解読の対象とする物体カテゴリーをあらかじめ決めてから構築したものではない.しかし,今回,解析の対象とした60の主要な物体カテゴリーのうち59のカテゴリーが数日間にわたる睡眠実験の前半と後半のいずれにおいて報告されており,一般性の高いカテゴリーであるといえる.したがって,今回,構築したデコーダーは,今後,新たに得られる睡眠データに対しても有効であると考えられる.
 夢はときに現実と区別がつかないほど鮮やかで多様な感覚をひき起こす体験である.今回の研究から,睡眠中の高次視覚野の脳の活動から夢に現われる物体や風景の情報を高い精度で解読できることがわかった.一方で,夢のなかに現われた色や形などほかの視覚特徴を解読できるかどうかはまだ明らかでない.また,夢のなかでの体の動きや感情など,視覚以外の要素が脳の別の領野において表現されているかどうかも明らかにされていない.筆者らは,今後,このアプローチを応用し発展させていくことにより,より多様な夢の内容の解読が可能かどうか検証していく予定である.脳から解読される夢の内容と覚醒時の経験や行動とを比較することにより,われわれの経験や行動をかたちづくるうえで,夢がどのような機能をはたしているかについて手がかりが得られるかもしれない.
 この研究から,刺激や課題によりひき起こされる脳の活動だけでなく,自発的に生じる脳の活動からでも,脳活動パターンに表現されている情報を解読することが可能であることが示された.したがって,この研究で用いた方法は,夢だけではなく,想像や幻覚などの内容を解読するためにも用いることができると考えられ,今後,ブレインマシンインターフェース,心理状態の可視化,精神疾患の診断など,広い分野での応用が期待される.

文 献



  1. Dement, W. & Kleitman, N.: The relation of eye movements during sleep to dream activity: an objective method for the study of dreaming. J. Exp. Psychol., 53, 339-346 (1957)[PubMed]

  2. Marzano, C., Ferrara, M., Mauro, F. et al.: Recalling and forgetting dreams: theta and alpha oscillations during sleep predict subsequent dream recall. J. Neurosci., 31, 6674-6683 (2011)[PubMed]

  3. Kamitani, Y. & Tong, F.: Decoding the visual and subjective contents of the human brain. Nat. Neurosci., 8, 679-685 (2005)[PubMed]

  4. Miyawaki, Y., Uchida, H., Yamashita, O. et al.: Visual image reconstruction from human brain activity using a combination of multiscale local image decoders. Neuron, 60, 915-929 (2008)[PubMed]

  5. Oudiette, D., Dealberto, M. J., Uguccioni, G. et al.: Dreaming without REM sleep. Conscious. Cogn., 21, 1129-1140 (2012)[PubMed]

  6. Nir, Y. & Tononi, G.: Dreaming and the brain: from phenomenology to neurophysiology. Trends Cogn. Sci., 14, 88-100 (2010)[PubMed]

  7. Fellbaum, C. (ed.): WordNet: An Electronic Lexical Database. MIT Press, Cambridge (1998)

  8. Epstein, R. & Kanwisher, N.: A cortical representation of the local visual environment. Nature, 392, 598-601 (1998)[PubMed]

  9. Kanwisher, N., McDermott, J., Chun, M. M.: The fusiform face area: a module in human extrastriate cortex specialized for face perception. J. Neurosci., 17, 4302-4311 (1997)[PubMed]

  10. Miyauchi, S., Misaki, M., Kan, S. et al.: Human brain activity time-locked to rapid eye movements during REM sleep. Exp. Brain Res., 192, 657-667 (2009)[PubMed]





著者プロフィール


堀川 友慈(Tomoyasu Horikawa)
略歴:2013年 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 単位取得退学,同年より国際電気通信基礎技術研究所(ATR)研究員.
研究テーマ:脳情報デコーディング技術の開発.
関心事:ヒトの視覚的な意識における神経基盤の解明と,脳活動を利用した新しい技術の開発.

神谷 之康(Yukiyasu Kamitani)
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)室長.
研究室URL:http://www.cns.atr.jp/dni/

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