Chp1のもつクロモドメインの核酸への結合能はヘテロクロマチンのサイレンシングに必要である
石田真由美・中山潤一
(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター クロマチン動態研究チーム)
email:中山潤一
DOI: 10.7875/first.author.2012.083
Intrinsic nucleic acid-binding activity of Chp1 chromodomain is required for heterochromatic gene silencing.
Mayumi Ishida, Hideaki Shimojo, Aki Hayashi, Rika Kawaguchi, Yasuko Ohtani, Koichi Uegaki, Yoshifumi Nishimura, Jun-ichi Nakayama
Molecular Cell, 47, 228-241 (2012)
分裂酵母におけるヘテロクロマチンの形成にはRNAi機構が関与している.クロモドメインタンパク質Chp1はAgo1とともにRITS複合体を形成する.Chp1はクロモドメインを介してヘテロクロマチンに特徴的なヒストンのメチル化修飾である9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合し,RITS複合体を標的領域へとリクルートすることがRNAi機構の中心的なステップと考えられているが,その詳細な分子機構については不明な点が多く残されている.今回,筆者らは,Chp1が核酸に対するユニークな結合能をもち,その活性がヘテロクロマチンのサイレンシングに必須であることを報告した.まず,RNAゲルシフトアッセイにより,Chp1はRNA結合モチーフだけでなくクロモドメインを介してもRNAと結合できることを見い出した.興味深いことに,Chp1のクロモドメインのRNAへの結合能は9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することで大きく変化し,DNAとも高い親和性で結合できるようになった.この核酸との特徴的な結合には,クロモドメインのC末端側にある塩基性残基のクラスターが関与していた.実際に,RNAおよびDNAと結合できないChp1変異体を発現する分裂酵母においては正常なヘテロクロマチンのサイレンシングはできなくなっていた.したがって,Chp1のもつクロモドメインは9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合するだけでなくRNAおよびDNAとの結合にも関与し,この特徴はクロマチンにおいてヘテロクロマチンの形成とRNAi機構とをリンクさせるのに重要な役割をはたしているものと考えられた.
ヘテロクロマチンとは真核生物の染色体に存在する高度に凝縮したクロマチン構造であり,セントロメアやテロメアなど染色体の機能に重要なドメインの形成だけでなく,エピジェネティックな遺伝子発現の制御にも重要である.ヘテロクロマチンではヒストンH3の9番目のリジン残基がヒストンメチルトランスフェラーゼSuv39h(分裂酵母では,Clr4)によりメチル化され,このメチル化修飾をうけたヒストンH3を標的とするタンパク質HP1(分裂酵母では,Swi6およびChp2)がクロモドメインを介し結合することによりヘテロクロマチンが形成されている1).一方,分裂酵母には,ほかの生物種のRNAi機構において中心的な役割をはたすタンパク質のホモログが存在し,これらはセントロメアにおけるヘテロクロマチンのサイレンシングに関与している2).RNAi機構による高次のクロマチン構造の制御機構の解明にはこれまで多くの研究グループが精力的に取り組んできており,詳細な分子機構が明らかにされてきた(図1).
ヘテロクロマチンに存在するくり返しDNA配列はRNAポリメラーゼIIにより転写され,RDRC(RNA-directed RNA polymerase complex)とよばれる複合体により二本鎖RNAに変換される.これがDicer(分裂酵母では,Dcr1)のはたらきにより短い二本鎖RNAであるsmall interfering RNA(siRNA)に切断されたのち,Ago1に取り込まれて一本鎖RNAに変換される.クロモドメインタンパク質Chp1は,この一本鎖RNAを含むAgo1,Ago1とChp1とをつなぐTas3とともに,RITS(RNA-induced transcriptional silencing)複合体を形成する3,4).このRITS複合体の標的領域へのリクルートがきっかけとなってClr4によるヒストンH3の9番目のリジン残基のメチル化やSwi6との結合が起こり,ヘテロクロマチンが形成される.このようなRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成において,その中心的な機構といえるRITS複合体の標的領域へのリクルートには,Ago1に保持された一本鎖RNAを介した新生RNA産物への結合と,Chp1のクロモドメインによる9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合の両方が関与していると考えられている.しかし,RNAi機構とヘテロクロマチンの形成との接点については不明な点が多く残されている.この研究では,分裂酵母におけるRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成において中心的な役割をはたすChp1に着目した.
Chp1の中央の領域にはRNA認識モチーフが存在する.RNAゲルシフトアッセイの結果,全長のChp1タンパク質はヘテロクロマチンに由来するRNAを含む種々のRNAと結合することがわかった.このRNAとの結合に必要なChp1の領域を同定するため,Chp1タンパク質の断片を用いてRNAゲルシフトアッセイを行ったところ,RNA認識モチーフだけでなくN末端にあるクロモドメインもRNA結合能をもつことが明らかになった.これまでにも,ほかのタンパク質のクロモドメインがRNA結合能をもつとの報告はあったが,メチル化修飾をうけたヒストンとの結合とどのように共役しているのかについてはほとんど解明されていない.Chp1のクロモドメインのRNA結合能についてさらに詳細に調べたところ,38番目のAsn残基と49番目のTrp残基,50番目のTyr残基が重要であることが判明した.RNA結合能を失った変異クロモドメインをもつChp1の変異体は,野生型のChp1と同等の親和性で9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合したことから,Chp1のもつクロモドメインはRNAと9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3の両方を別々に認識して結合することが示唆された.
実際に,Chp1のクロモドメインがRNAと9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3とに同時に結合できるのかどうか,RNAゲルシフトアッセイにより検討した.その結果,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドの添加によりChp1のクロモドメインのRNA結合能は大きく変化し結合活性の促進されることが見い出された.さらに驚くべきことに,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合したChp1のクロモドメインは,DNAとも強い親和性により結合できるようになった.この結果は,Chp1のクロモドメインが9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することでなんらかの構造変化を起こし,その結果,核酸との結合活性が大きく変化したものと考えられた.実際に,NMR実験によりRNAとの結合にかかわるクロモドメインの領域を特定したところ,C末端側に存在するαヘリックスにある塩基性アミノ酸残基のクラスターがRNAあるいはDNAとの結合に関与していることが明らかになった.
Chp1のクロモドメインのもつ核酸との結合能がin vivoにおいてChp1の機能にどのように寄与しているのかを確かめるためサイレンシングアッセイを行った.野生型chp1+遺伝子を変異型chp1遺伝子と置き換えた分裂酵母株を作製し,セントロメアに挿入されたura4+マーカー遺伝子の発現状態を調べることで,おのおのの変異によるヘテロクロマチンのサイレンシングの状態を確認した.その結果,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合できないChp1変異体は部分的なヘテロクロマチンのサイレンシング機能を保持していること,RNAおよびDNAとの結合にかかわる残基に変異を導入することでこの部分的なヘテロクロマチンのサイレンシング機能が大きく損なわれること,がわかった.以上の結果より,Chp1のヘテロクロマチンのサイレンシングにおける機能にはクロモドメインによる9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合と,RNAあるいはDNAへの結合の両方の性質が重要であることが示唆された.
in vitroにおける解析から,Chp1はRNA認識モチーフを介してRNAと結合できることがわかっている.Chp1のクロモドメインとRNA認識モチーフとの関連を同じくサイレンシングアッセイにより調べたところ,クロモドメインとRNA認識モチーフの両方を欠損させた株ではクロモドメイン単独の欠損株よりもさらに強いヘテロクロマチンのサイレンシング機能の脱抑制が確認された.このことから,Chp1のヘテロクロマチンのサイレンシングにおける機能にはRNA認識モチーフも関与しており,クロモドメインとRNA認識モチーフとが協調的にはたらいていることが示唆された.以上より,Chp1はクロモドメインにより9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合するだけではなく,クロモドメインとRNA認識モチーフとによりRNAあるいはDNAと結合することで,ヘテロクロマチンの形成とRNAi機構とをクロマチンにおいて結びつけているものと考えられた.
RNAi機構を介した分裂酵母におけるヘテロクロマチンの形成には,Chp1のほかに3つのクロモドメインタンパク質,Chp2,Swi6,Clr4が関与している(図1).これらのタンパク質のもつクロモドメインは,Chp1のもつクロモドメインとは異なり,単独ではRNAと結合しない.しかし,Chp1のクロモドメインの核酸との結合能が9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合により変化したことから,これらのクロモドメインも9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することにより核酸への結合能を示す可能性が考えられた.そこで,これら3つのタンパク質のクロモドメインのRNAゲルシフトアッセイを行った.すると,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドを添加することにより,Clr4のもつクロモドメインはRNAとDNAの両方に結合できるようになった.興味深いことに,Clr4のクロモドメインのC末端側にあるαヘリックスには,Chp1のクロモドメインと同様に塩基性アミノ酸のクラスターが存在しており,変異体を用いた解析からこれらの残基が核酸との結合に関与していること,また,in vivoにおけるClr4の機能に関与していることが確認された.一方,Swi6のもつクロモドメインおよびChp2のもつクロモドメインは9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドが存在しても核酸との結合能は示さず,クロモドメインの核酸との結合能の有無やその性質が,クロモドメインタンパク質のあいだの機能の分化と役割の分担に寄与している可能性が示唆された(図2).
クロモドメインは進化的によく保存されており,HP1を代表とする種々のクロマチン制御タンパク質に見い出される.その重要な役割としてメチル化修飾をうけたヒストンの認識と結合が明らかにされているが,一方で,核酸との結合も示唆されており,それぞれの結合活性がどのように共役しているのかについてはほとんど解明されていなかった.この研究により,分裂酵母のChp1のもつクロモドメインの核酸とのユニークな結合能の分子的および構造的な詳細と,その活性はRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成に重要な役割をはたしていることを明らかにすることができた.また,クロモドメインのもつ核酸との結合能がクロモドメインタンパク質のあいだの機能の分担に寄与していることも強く示唆された.一部の近縁種を除き,Chp1の相同タンパク質はほかの真核生物には存在しない.しかし,今回,明らかにされたクロモドメインのもつ核酸との結合能は,ほかのクロモドメインタンパク質にも共通する性質である可能性が高い5,6).最近,HP1のもつ核酸との結合能がRNA分解に関与していることが報告された7).今後,核酸との結合能をもつクロモドメインタンパク質のRNAi機構における機能の解明が進むことにより,高次のクロマチン構造の形成やセントロメアの進化,トランスポゾンの抑制など,生物のもつRNAi機構を利用した細胞機能の制御のさらなる理解につながることと期待される.
略歴:関西学院大学大学院理工学研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:RNAとクロマチン動態の関係.
中山 潤一(Jun-ichi Nakayama)
名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科 准教授.
研究室URL:http://www.nsc.nagoya-cu.ac.jp/~jnakayam/
© 2012 石田真由美・中山潤一 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター クロマチン動態研究チーム)
email:中山潤一
DOI: 10.7875/first.author.2012.083
Intrinsic nucleic acid-binding activity of Chp1 chromodomain is required for heterochromatic gene silencing.
Mayumi Ishida, Hideaki Shimojo, Aki Hayashi, Rika Kawaguchi, Yasuko Ohtani, Koichi Uegaki, Yoshifumi Nishimura, Jun-ichi Nakayama
Molecular Cell, 47, 228-241 (2012)
要 約
分裂酵母におけるヘテロクロマチンの形成にはRNAi機構が関与している.クロモドメインタンパク質Chp1はAgo1とともにRITS複合体を形成する.Chp1はクロモドメインを介してヘテロクロマチンに特徴的なヒストンのメチル化修飾である9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合し,RITS複合体を標的領域へとリクルートすることがRNAi機構の中心的なステップと考えられているが,その詳細な分子機構については不明な点が多く残されている.今回,筆者らは,Chp1が核酸に対するユニークな結合能をもち,その活性がヘテロクロマチンのサイレンシングに必須であることを報告した.まず,RNAゲルシフトアッセイにより,Chp1はRNA結合モチーフだけでなくクロモドメインを介してもRNAと結合できることを見い出した.興味深いことに,Chp1のクロモドメインのRNAへの結合能は9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することで大きく変化し,DNAとも高い親和性で結合できるようになった.この核酸との特徴的な結合には,クロモドメインのC末端側にある塩基性残基のクラスターが関与していた.実際に,RNAおよびDNAと結合できないChp1変異体を発現する分裂酵母においては正常なヘテロクロマチンのサイレンシングはできなくなっていた.したがって,Chp1のもつクロモドメインは9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合するだけでなくRNAおよびDNAとの結合にも関与し,この特徴はクロマチンにおいてヘテロクロマチンの形成とRNAi機構とをリンクさせるのに重要な役割をはたしているものと考えられた.
はじめに
ヘテロクロマチンとは真核生物の染色体に存在する高度に凝縮したクロマチン構造であり,セントロメアやテロメアなど染色体の機能に重要なドメインの形成だけでなく,エピジェネティックな遺伝子発現の制御にも重要である.ヘテロクロマチンではヒストンH3の9番目のリジン残基がヒストンメチルトランスフェラーゼSuv39h(分裂酵母では,Clr4)によりメチル化され,このメチル化修飾をうけたヒストンH3を標的とするタンパク質HP1(分裂酵母では,Swi6およびChp2)がクロモドメインを介し結合することによりヘテロクロマチンが形成されている1).一方,分裂酵母には,ほかの生物種のRNAi機構において中心的な役割をはたすタンパク質のホモログが存在し,これらはセントロメアにおけるヘテロクロマチンのサイレンシングに関与している2).RNAi機構による高次のクロマチン構造の制御機構の解明にはこれまで多くの研究グループが精力的に取り組んできており,詳細な分子機構が明らかにされてきた(図1).
ヘテロクロマチンに存在するくり返しDNA配列はRNAポリメラーゼIIにより転写され,RDRC(RNA-directed RNA polymerase complex)とよばれる複合体により二本鎖RNAに変換される.これがDicer(分裂酵母では,Dcr1)のはたらきにより短い二本鎖RNAであるsmall interfering RNA(siRNA)に切断されたのち,Ago1に取り込まれて一本鎖RNAに変換される.クロモドメインタンパク質Chp1は,この一本鎖RNAを含むAgo1,Ago1とChp1とをつなぐTas3とともに,RITS(RNA-induced transcriptional silencing)複合体を形成する3,4).このRITS複合体の標的領域へのリクルートがきっかけとなってClr4によるヒストンH3の9番目のリジン残基のメチル化やSwi6との結合が起こり,ヘテロクロマチンが形成される.このようなRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成において,その中心的な機構といえるRITS複合体の標的領域へのリクルートには,Ago1に保持された一本鎖RNAを介した新生RNA産物への結合と,Chp1のクロモドメインによる9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合の両方が関与していると考えられている.しかし,RNAi機構とヘテロクロマチンの形成との接点については不明な点が多く残されている.この研究では,分裂酵母におけるRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成において中心的な役割をはたすChp1に着目した.
1.Chp1のもつクロモドメインは9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3だけでなくRNAにも結合する
Chp1の中央の領域にはRNA認識モチーフが存在する.RNAゲルシフトアッセイの結果,全長のChp1タンパク質はヘテロクロマチンに由来するRNAを含む種々のRNAと結合することがわかった.このRNAとの結合に必要なChp1の領域を同定するため,Chp1タンパク質の断片を用いてRNAゲルシフトアッセイを行ったところ,RNA認識モチーフだけでなくN末端にあるクロモドメインもRNA結合能をもつことが明らかになった.これまでにも,ほかのタンパク質のクロモドメインがRNA結合能をもつとの報告はあったが,メチル化修飾をうけたヒストンとの結合とどのように共役しているのかについてはほとんど解明されていない.Chp1のクロモドメインのRNA結合能についてさらに詳細に調べたところ,38番目のAsn残基と49番目のTrp残基,50番目のTyr残基が重要であることが判明した.RNA結合能を失った変異クロモドメインをもつChp1の変異体は,野生型のChp1と同等の親和性で9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合したことから,Chp1のもつクロモドメインはRNAと9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3の両方を別々に認識して結合することが示唆された.
2.9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合によりChp1のもつクロモドメインのRNA結合能は促進されDNA結合能も獲得する
実際に,Chp1のクロモドメインがRNAと9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3とに同時に結合できるのかどうか,RNAゲルシフトアッセイにより検討した.その結果,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドの添加によりChp1のクロモドメインのRNA結合能は大きく変化し結合活性の促進されることが見い出された.さらに驚くべきことに,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合したChp1のクロモドメインは,DNAとも強い親和性により結合できるようになった.この結果は,Chp1のクロモドメインが9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することでなんらかの構造変化を起こし,その結果,核酸との結合活性が大きく変化したものと考えられた.実際に,NMR実験によりRNAとの結合にかかわるクロモドメインの領域を特定したところ,C末端側に存在するαヘリックスにある塩基性アミノ酸残基のクラスターがRNAあるいはDNAとの結合に関与していることが明らかになった.
3.Chp1のもつクロモドメインの核酸との結合能はin vivoでのヘテロクロマチンのサイレンシングにおける機能に必要である
Chp1のクロモドメインのもつ核酸との結合能がin vivoにおいてChp1の機能にどのように寄与しているのかを確かめるためサイレンシングアッセイを行った.野生型chp1+遺伝子を変異型chp1遺伝子と置き換えた分裂酵母株を作製し,セントロメアに挿入されたura4+マーカー遺伝子の発現状態を調べることで,おのおのの変異によるヘテロクロマチンのサイレンシングの状態を確認した.その結果,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合できないChp1変異体は部分的なヘテロクロマチンのサイレンシング機能を保持していること,RNAおよびDNAとの結合にかかわる残基に変異を導入することでこの部分的なヘテロクロマチンのサイレンシング機能が大きく損なわれること,がわかった.以上の結果より,Chp1のヘテロクロマチンのサイレンシングにおける機能にはクロモドメインによる9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合と,RNAあるいはDNAへの結合の両方の性質が重要であることが示唆された.
in vitroにおける解析から,Chp1はRNA認識モチーフを介してRNAと結合できることがわかっている.Chp1のクロモドメインとRNA認識モチーフとの関連を同じくサイレンシングアッセイにより調べたところ,クロモドメインとRNA認識モチーフの両方を欠損させた株ではクロモドメイン単独の欠損株よりもさらに強いヘテロクロマチンのサイレンシング機能の脱抑制が確認された.このことから,Chp1のヘテロクロマチンのサイレンシングにおける機能にはRNA認識モチーフも関与しており,クロモドメインとRNA認識モチーフとが協調的にはたらいていることが示唆された.以上より,Chp1はクロモドメインにより9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合するだけではなく,クロモドメインとRNA認識モチーフとによりRNAあるいはDNAと結合することで,ヘテロクロマチンの形成とRNAi機構とをクロマチンにおいて結びつけているものと考えられた.
4.クロモドメインのもつ核酸との結合能はクロモドメインタンパク質のあいだの機能の分化に寄与している
RNAi機構を介した分裂酵母におけるヘテロクロマチンの形成には,Chp1のほかに3つのクロモドメインタンパク質,Chp2,Swi6,Clr4が関与している(図1).これらのタンパク質のもつクロモドメインは,Chp1のもつクロモドメインとは異なり,単独ではRNAと結合しない.しかし,Chp1のクロモドメインの核酸との結合能が9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3との結合により変化したことから,これらのクロモドメインも9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3と結合することにより核酸への結合能を示す可能性が考えられた.そこで,これら3つのタンパク質のクロモドメインのRNAゲルシフトアッセイを行った.すると,9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドを添加することにより,Clr4のもつクロモドメインはRNAとDNAの両方に結合できるようになった.興味深いことに,Clr4のクロモドメインのC末端側にあるαヘリックスには,Chp1のクロモドメインと同様に塩基性アミノ酸のクラスターが存在しており,変異体を用いた解析からこれらの残基が核酸との結合に関与していること,また,in vivoにおけるClr4の機能に関与していることが確認された.一方,Swi6のもつクロモドメインおよびChp2のもつクロモドメインは9番目のリジン残基がメチル化されたヒストンH3のペプチドが存在しても核酸との結合能は示さず,クロモドメインの核酸との結合能の有無やその性質が,クロモドメインタンパク質のあいだの機能の分化と役割の分担に寄与している可能性が示唆された(図2).
おわりに
クロモドメインは進化的によく保存されており,HP1を代表とする種々のクロマチン制御タンパク質に見い出される.その重要な役割としてメチル化修飾をうけたヒストンの認識と結合が明らかにされているが,一方で,核酸との結合も示唆されており,それぞれの結合活性がどのように共役しているのかについてはほとんど解明されていなかった.この研究により,分裂酵母のChp1のもつクロモドメインの核酸とのユニークな結合能の分子的および構造的な詳細と,その活性はRNAi機構を介したヘテロクロマチンの形成に重要な役割をはたしていることを明らかにすることができた.また,クロモドメインのもつ核酸との結合能がクロモドメインタンパク質のあいだの機能の分担に寄与していることも強く示唆された.一部の近縁種を除き,Chp1の相同タンパク質はほかの真核生物には存在しない.しかし,今回,明らかにされたクロモドメインのもつ核酸との結合能は,ほかのクロモドメインタンパク質にも共通する性質である可能性が高い5,6).最近,HP1のもつ核酸との結合能がRNA分解に関与していることが報告された7).今後,核酸との結合能をもつクロモドメインタンパク質のRNAi機構における機能の解明が進むことにより,高次のクロマチン構造の形成やセントロメアの進化,トランスポゾンの抑制など,生物のもつRNAi機構を利用した細胞機能の制御のさらなる理解につながることと期待される.
文 献
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- Keller, C., Adaixo, R., Stunnenberg, R. et al.: HP1Swi6 mediates the recognition and destruction of heterochromatic RNA transcripts. Mol. Cell, 47, 215-227 (2012)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:関西学院大学大学院理工学研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:RNAとクロマチン動態の関係.
中山 潤一(Jun-ichi Nakayama)
名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科 准教授.
研究室URL:http://www.nsc.nagoya-cu.ac.jp/~jnakayam/
© 2012 石田真由美・中山潤一 Licensed under CC 表示 2.1 日本