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食事の時間を制限したマウスは高脂肪食を摂取しても肥満やメタボリックシンドロームにならない

羽鳥 恵
(米国Salk Institute for Biological Studies,Regulatory Biology Laboratory)
email:羽鳥 恵
DOI: 10.7875/first.author.2012.065

Time-restricted feeding without reducing caloric intake prevents metabolic diseases in mice fed a high-fat diet.
Megumi Hatori, Christopher Vollmers, Amir Zarrinpar, Luciano DiTacchio, Eric A. Bushong, Shubhroz Gill, Mathias Leblanc, Amandine Chaix, Matthew Joens, James A.J. Fitzpatrick, Mark H. Ellisman, Satchidananda Panda
Cell Metabolism, 15, 848-860 (2012)




この論文に出現する遺伝子・タンパク質のUniprot ID

メラノプシン, Per, Cry, Bmal1(Q9WTL8), Clock, Ror, Rev-erb, CREB(Q01147), mTOR(Q9JLN9), AMPK, Per2(O54943), Rev-erbα(Q3UV55)
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要 約


 高脂肪食を摂取しつづけると肥満やメタボリックシンドロームになりやすい.それはなぜか? 夜行性であるマウスに通常食をあたえるとおもに夜間に摂取するが,高脂肪食をあたえると昼夜の差なく食べつづける.それにともない,肝臓などにおいて時計遺伝子や代謝にかかわる遺伝子の発現の日内変動が減弱する.つまり,高脂肪食を自由に摂取できる環境におかれたマウスは“食事の種類”と“概日リズムの振幅”の両方が変化する.筆者らは,高脂肪食がひき起こす肥満やメタボリックシンドロームは,食事の種類に起因するのか,それとも,概日リズムの振幅が減弱することに由来するのか,という疑問をもった.そこで今回,夜の時間帯の8時間にかぎり高脂肪食を摂取できるような環境にマウスをおいてみたところ,このマウスは高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できるマウスと同じ程度の食事およびカロリーを摂取していたにもかかわらず,時計遺伝子の発現の振幅は改善されていた.さらに,肥満,高インスリン血症,肝脂肪の変性,炎症などについて,通常食をあたえたマウスと同じ程度にまで緩和していただけでなく,運動能力が向上していた.つまり,マウスを用いた研究により,食事の時間を制限することにより,食事の量を減らすことなく肥満やそれに関連する病態を防ぐことができることを見い出した.

はじめに


 さまざまな生命現象にみられる約1日の周期をもつリズムは概日リズムとよばれ,そのリズムを生み出す発振機構は概日時計とよばれる.概日時計は自律的にリズムを生み出すだけでなく,リズムを外界の環境変化に同調させるという特徴をもつ.行動を支配する中枢概日時計は視床下部の視交差上核に存在し,網膜の光受容細胞である桿体および錐体からの光情報と,メラノプシンを発現する網膜神経節細胞が受容した光情報とが,この網膜神経節細胞において統合され視交差上核へと伝達される1,2).一方,ほぼ全身の組織および細胞に存在する末梢概日時計は,光ではなく食事による影響を強くうける3).概日時計の分子機構に目をむけると,Per遺伝子,Cry遺伝子,Bmal1遺伝子,Clock遺伝子,Ror遺伝子,Rev-erb遺伝子など一群の時計遺伝子が1日のうち決まった時刻に転写の活性化および抑制をくり返すことにより概日リズムが生み出されている4-6)
 これまで,種々の時計遺伝子を破壊したマウスにおいて肥満やメタボリックシンドロームが報告されてきた.逆に,代謝にかかわる遺伝子を破壊すると概日時計の出力に影響がみられることもわかっている7-9).つまり,概日時計と食事あるいは代謝は密接にかかわっている.この研究は,概日リズムと高脂肪食との関係にせまることからはじまった.

1.一日じゅう摂食できるマウスと時間を制限して摂食させたマウス


 2~3カ月齢の雄のC57BL/6Jマウスを,通常食を一日じゅう自由に摂取できる群,通常食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できる群,高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できる群,高脂肪食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できる群,の4つに分けた.すべてのマウスは明期12時間-暗期12時間の環境において飼育し,水は一日じゅう自由に摂取できる.この食事スケジュールを5カ月にわたりつづけ,食事を摂取する時間帯のあたえる影響を調べた.
 通常食を一日じゅう自由に摂取できるマウスは,これまでの報告どおり,おもに夜間に食事を摂取し,呼吸交換比に顕著な概日リズムがみられた.高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できるマウスは摂食および呼吸交換比ともに日内変動を示さず,つまり,一日じゅう食べつづけていた(図1).一方,夜の時間帯の8時間にかぎり摂食できるマウスでは,呼吸交換比の概日リズムは一日じゅう自由に摂食できるマウスと比べ顕著に改善されていた.それでは,食事の摂取量に差はあったのだろうか? 時間を制限して摂食させたマウスは一日じゅう摂食できるマウスと同じ程度の食事およびカロリーを摂取することをすぐに覚え,18週間にわたり同じ程度のカロリーを摂取していた.




2.高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスの概日リズムの振幅は改善する


 肝臓において概日時計の機能は影響をうけていたのだろうか? まず,代謝制御タンパク質として知られるCREBmTORおよびAMPKの活性を調べたところ,高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できるマウスと比べ高脂肪食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できるマウスではそれらの概日リズムの振幅は回復していた.つぎに,肝臓におけるPer2遺伝子,Bmal1遺伝子,Rev-erbα遺伝子などの時計遺伝子の発現を調べた.過去に報告されているとおり10),高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスでは,時計遺伝子の発現の概日リズムの振幅は通常食をあたえたマウスと比べ顕著に減弱していた.しかしながら,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスでは,それら時計遺伝子の発現の振幅は通常食をあたえたマウスと同じ程度にまで回復していた(図1).つまり,同じ種類の食事を同じ量だけ食べているにもかかわらず,食事の時間を変えるだけで概日時計の発振機能が改善されることが見い出された.

3.高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスは肥満にならない


 18週間にわたりマウスの体重を継続的に測定したところ,実験の開始時の体重はいずれのマウスも約25 gであったが,18週目において,通常食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できるマウスは約30.5 g,通常食を一日じゅう自由に摂取できるマウスは約32.6 gに増加していた.高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できるマウスの体重は約47.4 gに達していた.しかしながら,高脂肪食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できるマウスの体重は約34.2 gにしかならなかった(図1).
 糖尿病の診断に用いるグルコース耐性試験を行ったところ,高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスにみられた高血糖およびグルコース不耐性は,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスでは大幅に改善されていた.同様に,血中のインスリンおよびコレステロールの量も高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスのみ顕著に高く,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスは通常食をあたえたマウスと同じ程度の値を示した(図1).
 肝臓の重量を比較したところ,高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスで観察された肝肥大は高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスではみられなかった.電子顕微鏡により肝臓の組織切片像を詳細に解析したところ,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスでは脂肪の沈着が観察されず,小胞体やミトコンドリアのしめる割合が増加しており,オルガネラの構成が変化していることが示唆された.さらに,高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスの褐色脂肪細胞や白色脂肪細胞において観察された細胞の肥大やマクロファージは,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスでは減少していた.

4.高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスの運動能力は上昇する


 高脂肪食を一日じゅう自由に摂取できるマウスにみられた体重の増加は,高脂肪食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できるマウスでは観察されなかったが,この差は,脂肪の減少によるのであろうか,それとも,筋肉の量も減少しているのであろうか? 核磁気共鳴画像法により身体組成を計測したところ,高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスは高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスと比べ脂肪量のみが著しく減少していた.マウスを回転する輪の上にのせ,落ちることなく滞在することのできる時間を測定したところ,高脂肪食を一日じゅう摂取できるマウスに比べ高脂肪食を時間制限して摂取させたマウスは顕著に長い時間にわたり輪の上に滞在することができ,さらに,通常食をあたえたマウスと比べてもすぐれた運動能力を示した.
 これらの変化のみならず,高脂肪食を夜の時間帯の8時間にかぎり摂取できるマウスにおいては,グルコース代謝,脂質代謝,胆汁酸の産生,炎症などにおいても著しい改善がみられた.

おわりに


 今回の研究により,“何を食べるか”だけではなく“いつ食べるか”も重要であることが明らかとなり,薬を用いることなく肥満やそれに関連する病態を防ぐ方法の糸口をみつけることができた.ただし,これらの知見はマウスから得られたものであり,ヒトでも類似した結果が得られるかどうかが今後の課題であろう.

文 献



  1. Hatori, M., Le, H., Vollmers, C. et al.: Inducible ablation of melanopsin-expressing retinal ganglion cells reveals their central role in non-image forming visual responses. PLoS One, 3, e2451 (2008)[PubMed]

  2. Hatori, M. & Panda, M.: The emerging roles of melanopsin in behavioral adaptation to light. Trends Mol. Med., 16, 435-446 (2010)[PubMed]

  3. Vollmers, C., Gill, S., DiTacchio, L. et al.: Time of feeding and the intrinsic circadian clock drive rhythms in hepatic gene expression. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 21453-21458 (2009)[PubMed]

  4. Hogenesch, J. B. & Ueda, H. R.: Understanding systems-level properties: timely stories from the study of clocks. Nat. Rev. Genet., 12, 407-416 (2011)[PubMed]

  5. Albrecht, U.: Timing to perfection: the biology of central and peripheral circadian clocks. Neuron, 74, 246-260 (2012)[PubMed]

  6. Cho, H., Zhao, X., Hatori, M. et al.: Regulation of circadian behaviour and metabolism by REV-ERB-α and REV-ERB-β. Nature, 485, 123-127 (2012)[PubMed]

  7. Turek, F. W., Joshu, C., Kohsaka, A. et al.: Obesity and metabolic syndrome in circadian clock mutant mice. Science, 308, 1043-1045 (2005)[PubMed]

  8. Green, C. B., Takahashi, J. S. & Bass, J.: The meter of metabolism. Cell, 134, 728-742 (2008)[PubMed]

  9. Bass, J. & Takahashi, J. S.: Circadian integration of metabolism and energetics. Science, 330, 1349-1354 (2010)[PubMed]

  10. Kohsaka, A., Laposky A. D., Ramsey K. M. et al.: High-fat diet disrupts behavioral and molecular circadian rhythms in mice. Cell Metab., 6, 414-421 (2007)[PubMed]




    1. 著者プロフィール


      羽鳥 恵(Megumi Hatori)
      略歴:2007年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了,同年より米国Salk Institute for Biological StudiesにてResearch Associate.

      © 2012 羽鳥 恵 Licensed under CC 表示 2.1 日本