出芽酵母はMod5のプリオン化により抗真菌剤などの環境ストレスに対する耐性を獲得する
鈴木元治郎・田中元雅
(理化学研究所脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム)
email:鈴木元治郎,田中元雅
DOI: 10.7875/first.author.2012.055
A yeast prion, Mod5, promotes acquired drug resistance and cell survival under environmental stress.
Genjiro Suzuki, Naoyuki Shimazu, Motomasa Tanaka
Science, 336, 355-359 (2012)
プリオンはタンパク質からなる遺伝因子であり,凝集したタンパク質がそれ自体を鋳型として可溶性のタンパク質を凝集体へと構造変化させることにより伝播すると考えられている.哺乳類では狂牛病などのプリオン病がプリオンにより伝播すると考えられているが,出芽酵母においてもこれまで複数のプリオンが見い出されてきた.これらの酵母プリオンはなんらかの生理学的な役割を積極的にはたしているものと考えられるが,どのような細胞機能をはたしているのか,また,どのような機構でプリオンを利用しているのかについては不明である.今回,筆者らは,出芽酵母のtRNAイソペンテニルトランスフェラーゼであるMod5が伝播性の凝集体を形成する,すなわち,プリオン化することを発見した.また,このMod5のプリオン化により,tRNAのイソペンテニル化だけでなくエルゴステロールの合成量も変化することが明らかになった.Mod5がプリオン化した出芽酵母では,おそらくエルゴステロールが増加することにより抗真菌剤に対し耐性となること,また,抗真菌剤の存在するときにはMod5のプリオン化した出芽酵母の出現頻度が上昇することもわかった.これらの結果から,出芽酵母ではプリオン化による表現型の変化により環境変化に応答することがわかり,環境ストレスに対する応答という生存に非常に重要な細胞機能においてプリオンが寄与していることを明らかにした.
哺乳類において狂牛病などのプリオン病をひき起こす原因として知られるプリオンによる細胞質遺伝現象は1),出芽酵母においても複数が存在すると報告されており,哺乳類のプリオンと共通した性質を多くもつことから精力的に研究されている2).プリオンはアミロイドとよばれる線維状の凝集体となったタンパク質が,自己を鋳型として凝集していない可溶性のタンパク質を凝集させることにより,自己複製を行い伝播していくと考えられており,これまでに同定された酵母プリオンはすべてアミロイドを形成しやすいとされるグルタミン残基およびアスパラギン残基に富む配列(Q/Nリッチ配列)をもつことが知られている.また,多くのQ/Nリッチ配列をもつタンパク質は,酵母プリオンである可能性の高いことが示唆されている3).出芽酵母では多くのタンパク質がプリオン化すること,酵母プリオンのなかには染色体の構造変化にかかわるタンパク質や転写因子などのタンパク質が含まれていること,翻訳終結因子であるSup35がプリオン化した[PSI+]酵母の出現頻度は環境ストレスにより上昇すること,自然界に存在する出芽酵母のなかにも酵母プリオンをもつものが存在すること,などから,酵母プリオンは哺乳類のプリオンのように疾患の原因としてふるまうという負の側面だけでなく,細胞機能におけるなんらかの役割をもつことが予想されている4,5).今回,筆者らは,出芽酵母において哺乳類のプリオンと同様にQ/Nリッチ配列をもたないプリオンを探索し,そうした新たな酵母プリオンとしてMod5を同定した.さらに,Mod5のプリオン化により出芽酵母が周辺の環境変化に迅速に応答することを見い出し,酵母プリオンが環境への適応という細胞機能をはたしていることを示した.
これまでに同定された酵母プリオンはすべてPINという性質をもつことが知られている6).PINとはSup35のプリオン化による遺伝因子[PSI+]の出現を誘導する性質のことである.この性質を利用したスクリーニングを行い,新規の酵母プリオンの候補としてMod5を同定した.Mod5はtRNAの37位のアデニンをイソペンテニル化する酵素であり,酵母プリオンに特徴的なQ/Nリッチ配列をもたない7).そこで,Mod5がアミロイドの性質をもつ線維状の凝集体を形成するかどうかを調べた.大腸菌で発現および精製したMod5をかくはんすると凝集体を形成した.この凝集体を電子顕微鏡で観察したところ線維状の構造を示し,アミロイドに選択的に結合するチオフラビンTやコンゴレッドと結合した.Mod5の凝集体はそれ自体の凝集を促進することや,Sup35の凝集を促進するといったアミロイドに特徴的な性質をもつこともわかった.これらのことから,Mod5はQ/Nリッチ配列をもたないにもかかわらず,アミロイドの性質をもつ線維状の凝集体を形成することが明らかになった.
試験管内で形成したMod5の凝集体を出芽酵母に導入することにより,Mod5の凝集体が形成されプリオン化するかどうかを検討した8).まず,Mod5の凝集体を導入することによりその機能が低下し,ピリミジンのアナログである5-フルオロウラシルに対し感受性となる株を単離した.これらの株を分子シャペロンのひとつHsp104の阻害剤であるグアニジンで処理すると5-フルオロウラシルへの感受性がなくなるものが存在した.酵母プリオンの伝播はHsp104に依存することが知られており,グアニジンの処理により表現型が回復することは酵母プリオンに特徴的な現象であることから,これらの株ではMod5がプリオン化している可能性が高いと考えられた.そこで,Mod5のプリオン化による遺伝因子を[MOD+]と名づけ,Mod5がプリオン化した株を[MOD+]酵母,Mod5がプリオン化していない野生型株を[mod-]酵母とよぶこととした.
[MOD+]酵母におけるMod5の細胞内局在をGFPとの融合タンパク質により調べてみると,野生型の酵母ではMod5は細胞質の全体に拡散していたが,[MOD+]酵母では細胞質に凝集体をもつものの割合が増加していることが明らかになった.さらに,[MOD+]酵母では界面活性剤であるSDSに耐性をもつ凝集体が野生型の酵母と比べ著しく増加していることも明らかとなった.また,[MOD+]酵母のHSP104遺伝子を破壊したところ,ほかの酵母プリオンをもつ株と同様に,[MOD+]酵母は[mod-]酵母へと変化した.また,[MOD+]は細胞質性の遺伝因子であり優性遺伝することも明らかになった.これらのことから,Mod5は新規な酵母プリオンであることが確かめられた.これまでに同定された酵母プリオンはすべてQ/Nリッチ配列をもっていたが,今回,出芽酵母においてQ/Nリッチ配列をもたない酵母プリオンがはじめて同定された.
[MOD+]酵母においてどのような細胞機能の変化が起こっているかを調べた.[MOD+]酵母ではMod5の機能の低下していることが予想されたので,tRNAのイソプロピル化について定量したところ,[MOD+]酵母ではこれが減少していることが明らかになりMod5の機能が低下していることがわかった.Mod5はジメチルアリル二リン酸を基質とすることが知られている.ジメチルアリル二リン酸は出芽酵母におけるエルゴステロール合成経路においてErg20の基質となることが知られており,Mod5とErg20はtRNA修飾とエルゴステロール合成経路においてジメチルアリル二リン酸を競合して利用していると考えられている9)(図1a).[MOD+]酵母ではMod5の機能が低下していたため,[MOD+]酵母においてエルゴステロールを定量したところ確かにエルゴステロールが増加していた.
エルゴステロールは真菌類において細胞膜を構成する物質のひとつであり,動物細胞におけるコレステロールと同様なはたらきをするものと考えられている.また,動物細胞には存在せず真菌類に存在することから多くの抗真菌剤の標的とされている.そこで,[MOD+]酵母の抗真菌剤に対する耐性を調べたところ,フルコナゾールなどの抗真菌剤に対する耐性が上昇していることがわかった.また,[MOD+]酵母はチューブリンの脱重合剤であるノコダゾールに対する耐性も獲得していることが明らかになった.これらのことから,[MOD+]酵母ではMod5がプリオン化することによりエルゴステロールが増加し,抗真菌剤への耐性といった生存に有利にはたらく機能変化が生じていることが示された(図1b).
酵母プリオンのなかにはストレスによりプリオン化が誘導されるものが知られている.そこで,抗真菌剤の存在により[MOD+]酵母の出現が誘導されるかどうかを検討したところ,抗真菌剤の存在するときには[MOD+]酵母の出現頻度が顕著に上昇していることがわかった.つぎに,[MOD+]酵母と[mod-]酵母とを1対1の割合で混ぜ,抗真菌剤の存在下および非存在下においてそれぞれの増殖優位性を調べた.その結果,抗真菌剤の存在するときには[MOD+]酵母の割合が増加し,およそ36時間後にはほとんどすべてが[MOD+]酵母となったのに対し,抗真菌剤の存在しないときには[mod-]酵母の割合が増加し,60時間後にはほとんどすべてが[mod-]酵母となった.また,抗真菌剤の存在しないときの[mod-]酵母の割合の増加は,[MOD+]酵母と[mod-]酵母との増殖速度の違いによることも明らかになった.これらのことから,[MOD+]酵母はストレスのないときには生存に不利となるが,抗真菌剤などのストレスのあるときには生存に有利となり,その出現が誘導されることが明らかになった(図2).つまり,出芽酵母はMod5のプリオン化と非プリオン化の可逆的な変換により周辺の環境変化にすばやく適応していることが明らかになった.
今回,筆者らは,プリオン化と非プリオン化を使い分けるという,ゲノムの変化をともなわないエピジェネッティックな応答により,出芽酵母が薬剤をはじめとする環境ストレスにすばやく適応することを示した(図2).微生物の薬剤耐性の獲得は医療や農業などにおいて大きな問題となっており,薬剤耐性の獲得にプリオンが関与していることを示したことは産業的にも意義があるものと考えられる.今回の結果は,プリオンという現象がプリオン病の病因としてだけでなく,周辺環境への応答という生存に不可欠な細胞機能にも関与していることを示したものであり,プリオンがエピジェネティックな因子として広く細胞機能の制御にかかわっている可能性を示した.
略歴:2006年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修了,同年より理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員.
研究テーマ:タンパク質の凝集やプリオンが細胞にどのような影響をあたえるか.
田中 元雅(Motomasa Tanaka)
理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー.
研究室URL:http://www.motomasalab.brain.riken.jp/
© 2012 鈴木元治郎・田中元雅 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(理化学研究所脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム)
email:鈴木元治郎,田中元雅
DOI: 10.7875/first.author.2012.055
A yeast prion, Mod5, promotes acquired drug resistance and cell survival under environmental stress.
Genjiro Suzuki, Naoyuki Shimazu, Motomasa Tanaka
Science, 336, 355-359 (2012)
要 約
プリオンはタンパク質からなる遺伝因子であり,凝集したタンパク質がそれ自体を鋳型として可溶性のタンパク質を凝集体へと構造変化させることにより伝播すると考えられている.哺乳類では狂牛病などのプリオン病がプリオンにより伝播すると考えられているが,出芽酵母においてもこれまで複数のプリオンが見い出されてきた.これらの酵母プリオンはなんらかの生理学的な役割を積極的にはたしているものと考えられるが,どのような細胞機能をはたしているのか,また,どのような機構でプリオンを利用しているのかについては不明である.今回,筆者らは,出芽酵母のtRNAイソペンテニルトランスフェラーゼであるMod5が伝播性の凝集体を形成する,すなわち,プリオン化することを発見した.また,このMod5のプリオン化により,tRNAのイソペンテニル化だけでなくエルゴステロールの合成量も変化することが明らかになった.Mod5がプリオン化した出芽酵母では,おそらくエルゴステロールが増加することにより抗真菌剤に対し耐性となること,また,抗真菌剤の存在するときにはMod5のプリオン化した出芽酵母の出現頻度が上昇することもわかった.これらの結果から,出芽酵母ではプリオン化による表現型の変化により環境変化に応答することがわかり,環境ストレスに対する応答という生存に非常に重要な細胞機能においてプリオンが寄与していることを明らかにした.
はじめに
哺乳類において狂牛病などのプリオン病をひき起こす原因として知られるプリオンによる細胞質遺伝現象は1),出芽酵母においても複数が存在すると報告されており,哺乳類のプリオンと共通した性質を多くもつことから精力的に研究されている2).プリオンはアミロイドとよばれる線維状の凝集体となったタンパク質が,自己を鋳型として凝集していない可溶性のタンパク質を凝集させることにより,自己複製を行い伝播していくと考えられており,これまでに同定された酵母プリオンはすべてアミロイドを形成しやすいとされるグルタミン残基およびアスパラギン残基に富む配列(Q/Nリッチ配列)をもつことが知られている.また,多くのQ/Nリッチ配列をもつタンパク質は,酵母プリオンである可能性の高いことが示唆されている3).出芽酵母では多くのタンパク質がプリオン化すること,酵母プリオンのなかには染色体の構造変化にかかわるタンパク質や転写因子などのタンパク質が含まれていること,翻訳終結因子であるSup35がプリオン化した[PSI+]酵母の出現頻度は環境ストレスにより上昇すること,自然界に存在する出芽酵母のなかにも酵母プリオンをもつものが存在すること,などから,酵母プリオンは哺乳類のプリオンのように疾患の原因としてふるまうという負の側面だけでなく,細胞機能におけるなんらかの役割をもつことが予想されている4,5).今回,筆者らは,出芽酵母において哺乳類のプリオンと同様にQ/Nリッチ配列をもたないプリオンを探索し,そうした新たな酵母プリオンとしてMod5を同定した.さらに,Mod5のプリオン化により出芽酵母が周辺の環境変化に迅速に応答することを見い出し,酵母プリオンが環境への適応という細胞機能をはたしていることを示した.
1.Mod5はQ/Nリッチ配列をもたないが線維状の凝集体を形成する
これまでに同定された酵母プリオンはすべてPINという性質をもつことが知られている6).PINとはSup35のプリオン化による遺伝因子[PSI+]の出現を誘導する性質のことである.この性質を利用したスクリーニングを行い,新規の酵母プリオンの候補としてMod5を同定した.Mod5はtRNAの37位のアデニンをイソペンテニル化する酵素であり,酵母プリオンに特徴的なQ/Nリッチ配列をもたない7).そこで,Mod5がアミロイドの性質をもつ線維状の凝集体を形成するかどうかを調べた.大腸菌で発現および精製したMod5をかくはんすると凝集体を形成した.この凝集体を電子顕微鏡で観察したところ線維状の構造を示し,アミロイドに選択的に結合するチオフラビンTやコンゴレッドと結合した.Mod5の凝集体はそれ自体の凝集を促進することや,Sup35の凝集を促進するといったアミロイドに特徴的な性質をもつこともわかった.これらのことから,Mod5はQ/Nリッチ配列をもたないにもかかわらず,アミロイドの性質をもつ線維状の凝集体を形成することが明らかになった.
2.Mod5の凝集によりMod5がプリオン化した[MOD+]酵母が出現する
試験管内で形成したMod5の凝集体を出芽酵母に導入することにより,Mod5の凝集体が形成されプリオン化するかどうかを検討した8).まず,Mod5の凝集体を導入することによりその機能が低下し,ピリミジンのアナログである5-フルオロウラシルに対し感受性となる株を単離した.これらの株を分子シャペロンのひとつHsp104の阻害剤であるグアニジンで処理すると5-フルオロウラシルへの感受性がなくなるものが存在した.酵母プリオンの伝播はHsp104に依存することが知られており,グアニジンの処理により表現型が回復することは酵母プリオンに特徴的な現象であることから,これらの株ではMod5がプリオン化している可能性が高いと考えられた.そこで,Mod5のプリオン化による遺伝因子を[MOD+]と名づけ,Mod5がプリオン化した株を[MOD+]酵母,Mod5がプリオン化していない野生型株を[mod-]酵母とよぶこととした.
[MOD+]酵母におけるMod5の細胞内局在をGFPとの融合タンパク質により調べてみると,野生型の酵母ではMod5は細胞質の全体に拡散していたが,[MOD+]酵母では細胞質に凝集体をもつものの割合が増加していることが明らかになった.さらに,[MOD+]酵母では界面活性剤であるSDSに耐性をもつ凝集体が野生型の酵母と比べ著しく増加していることも明らかとなった.また,[MOD+]酵母のHSP104遺伝子を破壊したところ,ほかの酵母プリオンをもつ株と同様に,[MOD+]酵母は[mod-]酵母へと変化した.また,[MOD+]は細胞質性の遺伝因子であり優性遺伝することも明らかになった.これらのことから,Mod5は新規な酵母プリオンであることが確かめられた.これまでに同定された酵母プリオンはすべてQ/Nリッチ配列をもっていたが,今回,出芽酵母においてQ/Nリッチ配列をもたない酵母プリオンがはじめて同定された.
3.[MOD+]酵母ではエルゴステロールが増加し抗真菌剤への耐性を獲得する
[MOD+]酵母においてどのような細胞機能の変化が起こっているかを調べた.[MOD+]酵母ではMod5の機能の低下していることが予想されたので,tRNAのイソプロピル化について定量したところ,[MOD+]酵母ではこれが減少していることが明らかになりMod5の機能が低下していることがわかった.Mod5はジメチルアリル二リン酸を基質とすることが知られている.ジメチルアリル二リン酸は出芽酵母におけるエルゴステロール合成経路においてErg20の基質となることが知られており,Mod5とErg20はtRNA修飾とエルゴステロール合成経路においてジメチルアリル二リン酸を競合して利用していると考えられている9)(図1a).[MOD+]酵母ではMod5の機能が低下していたため,[MOD+]酵母においてエルゴステロールを定量したところ確かにエルゴステロールが増加していた.
エルゴステロールは真菌類において細胞膜を構成する物質のひとつであり,動物細胞におけるコレステロールと同様なはたらきをするものと考えられている.また,動物細胞には存在せず真菌類に存在することから多くの抗真菌剤の標的とされている.そこで,[MOD+]酵母の抗真菌剤に対する耐性を調べたところ,フルコナゾールなどの抗真菌剤に対する耐性が上昇していることがわかった.また,[MOD+]酵母はチューブリンの脱重合剤であるノコダゾールに対する耐性も獲得していることが明らかになった.これらのことから,[MOD+]酵母ではMod5がプリオン化することによりエルゴステロールが増加し,抗真菌剤への耐性といった生存に有利にはたらく機能変化が生じていることが示された(図1b).
4.抗真菌剤の存在のもとでは[MOD+]酵母の出現頻度が上昇する
酵母プリオンのなかにはストレスによりプリオン化が誘導されるものが知られている.そこで,抗真菌剤の存在により[MOD+]酵母の出現が誘導されるかどうかを検討したところ,抗真菌剤の存在するときには[MOD+]酵母の出現頻度が顕著に上昇していることがわかった.つぎに,[MOD+]酵母と[mod-]酵母とを1対1の割合で混ぜ,抗真菌剤の存在下および非存在下においてそれぞれの増殖優位性を調べた.その結果,抗真菌剤の存在するときには[MOD+]酵母の割合が増加し,およそ36時間後にはほとんどすべてが[MOD+]酵母となったのに対し,抗真菌剤の存在しないときには[mod-]酵母の割合が増加し,60時間後にはほとんどすべてが[mod-]酵母となった.また,抗真菌剤の存在しないときの[mod-]酵母の割合の増加は,[MOD+]酵母と[mod-]酵母との増殖速度の違いによることも明らかになった.これらのことから,[MOD+]酵母はストレスのないときには生存に不利となるが,抗真菌剤などのストレスのあるときには生存に有利となり,その出現が誘導されることが明らかになった(図2).つまり,出芽酵母はMod5のプリオン化と非プリオン化の可逆的な変換により周辺の環境変化にすばやく適応していることが明らかになった.
おわりに
今回,筆者らは,プリオン化と非プリオン化を使い分けるという,ゲノムの変化をともなわないエピジェネッティックな応答により,出芽酵母が薬剤をはじめとする環境ストレスにすばやく適応することを示した(図2).微生物の薬剤耐性の獲得は医療や農業などにおいて大きな問題となっており,薬剤耐性の獲得にプリオンが関与していることを示したことは産業的にも意義があるものと考えられる.今回の結果は,プリオンという現象がプリオン病の病因としてだけでなく,周辺環境への応答という生存に不可欠な細胞機能にも関与していることを示したものであり,プリオンがエピジェネティックな因子として広く細胞機能の制御にかかわっている可能性を示した.
文 献
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- Tanaka, M., Chien, P., Naber, N. et al.: Conformational variations in an infectious protein determine prion strain differences. Nature, 428, 323-328 (2004)[PubMed]
- Benko, A. L., Vaduva, G., Martin, N. C. et al.: Competition between a sterol biosynthetic enzyme and tRNA modification in addition to changes in the protein synthesis machinery causes altered nonsense suppression. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 61-66 (2000)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:2006年 東京大学大学院新領域創成科学研究科 修了,同年より理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員.
研究テーマ:タンパク質の凝集やプリオンが細胞にどのような影響をあたえるか.
田中 元雅(Motomasa Tanaka)
理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー.
研究室URL:http://www.motomasalab.brain.riken.jp/
© 2012 鈴木元治郎・田中元雅 Licensed under CC 表示 2.1 日本