ライフサイエンス新着論文レビュー

繊毛の協調運動の分子機構

国本晃司・月田早智子
(大阪大学大学院生命機能研究科 分子生体情報学研究室)
email:国本晃司月田早智子
DOI: 10.7875/first.author.2012.032

Coordinated ciliary beating requires Odf2-mediated polarization of basal bodies via basal feet.
Koshi Kunimoto, Yuji Yamazaki, Tomoki Nishida, Kyosuke Shinohara, Hiroaki Ishikawa, Toshiaki Hasegawa, Takeshi Okanoue, Hiroshi Hamada, Tetsuo Noda, Atsushi Tamura, Shoichiro Tsukita, Sachiko Tsukita
Cell, 148, 189-200 (2012)




要 約


 ヒトの気管や卵管の内腔はまるで絨毯のように繊毛細胞のシートによりびっしりとおおわれている.ひとつの繊毛細胞は毛のような構造を100本以上もっており,すべての繊毛細胞のすべての繊毛はまるでボートをこぐように協調して動き,気管では細菌やウイルスなどの病原体,卵管では卵子を運んでいる.なぜ繊毛細胞がこのように規則正しく同じ方向に動くことができるのか,筆者らは,マウスの遺伝子操作によりその分子機構の解明を試みた.繊毛の根元には突起とよばれる特徴的な構造がある.この突起に存在するタンパク質Odf2を変異させたマウスを作製することにより,繊毛から突起のみを完全に消失させることができた.その結果,このOdf2変異マウスの気管における繊毛の動きはばらばらとなり,病原体を排出することができないため咳やくしゃみのような発作をくり返した.また,卵管においては卵子を運ぶことができないためと考えられる不妊症となった.超高圧電子顕微鏡トモグラフィーによる三次元像の構築により,繊毛の根元の基底小体に付着する突起の先端が微小管と規則正しく結合し,すべての基底小体と微小管の骨格とがきれいなメッシュ様の構造をつくることにより繊毛の動く向きがそろっていることが明らかになった.

はじめに


 生体は平面極性とよばれる方向性をもつ上皮細胞のシートによりコンパートメントを形成しいろいろな器官や臓器を構築する1).とくに,気管や卵管ではその内腔を繊毛細胞のシートがびっしりとおおっている2,3).ひとつひとつの繊毛細胞は毛のような構造を100~200本ももっており,それらすべての繊毛はまるで波打つように同期しながら振動し,規則正しく同じ方向に動く波を形成する4).また,離れた繊毛細胞に関しては,たとえば気管の場合,さまざまな部位にあるすべての繊毛細胞がその振動する方向を外界側へと統一することにより,組織全体として協調して病原体を排出し感染の予防を行なっている.一本一本の繊毛の根元には基底小体という構造があり,この基底小体が細胞膜にドッキングしそこから繊毛が長く伸びることがわかっている2).また,基底小体には突起(basal foot)とよばれる円錐のようにとがった特徴的な構造が付着している5,6).このような繊毛を数多くもつ繊毛細胞が,どのようにして繊毛を規則正しく同じ方向に動かすことができるのかは謎であった.
 Odf2(Outer dense fiber 2)は,筆者らの研究室において,中心体や基底小体の構成タンパク質であることが同定され7),そののち,繊毛の形成に深くかかわることが示されたタンパク質である8).今回,筆者らは,Odf2を変異させたマウスを作製することにより,繊毛の協調運動の分子機構についてその解明を試みた.

1.Odf2変異マウスは咳やくしゃみのような発作をくり返す


 Odf2を全身で変異させたマウスは繊毛が生えず胎生致死になるものと予想されたが,この変異マウスは繊毛を保持しており,ほぼ正常に生まれた.ところが,よく観察すると,この変異マウスは体が少し小さく,咳やくしゃみを発作的につづけることがわかった.さきに述べたように,気管においては繊毛を100本以上もつ繊毛細胞がその内腔をびっしりとおおっており,すべての繊毛細胞のすべての繊毛は協調しながら,口側にむけた一方向性に1分間に1000回以上も高振動し,粘液といっしょに病原体などを外界へと排出している.このことによりわれわれの体は感染から守られているのだが,咳やくしゃみなどの症状を呈しているOdf2変異マウスは気管における繊毛の運動に異常があるのではないかと考えた.

2.Odf2変異マウスの気管における繊毛運動の方向性はランダムで排泄能は完全に消失している


 高速度カメラにより気管の内腔を観察したところ,繊毛の運動の方向は野生型マウスでは一方向性であることが確認できたが,Odf2変異マウスでは完全にばらばらになっていることがわかった.さらに,蛍光粒子を気管の内腔に添加してその動きを解析した.すると,野生型マウスでは繊毛の運動の方向と同じく一方向性に排出されることが確認できたが,Odf2変異マウスでは蛍光粒子は口側にはまったく排泄されず,繊毛の協調運動をベースにした粘液の排泄機能が完全に障害されており,それを代償するため咳やくしゃみの発作をつづけていることがわかった.

3.Odf2変異マウスの気管の基底小体では突起が消失している


 高振動する繊毛の根元に付着する突起という構造はOdf2変異マウスではどうなっているのか,まず,超薄切片法による通常の電子顕微鏡による観察を試みたが,突起や基底小体の全体像を可視化することはできなかった.そこで,さらに厚い試料を解析するため超高圧電子顕微鏡トモグラフィーによる三次元像の構築を試みた.マウスの気管から厚さ700 nmの電子顕微鏡用の試料を調製し,超高圧電子顕微鏡により観察,トモグラフィーを作成し,基底小体の三次元像の再構築を行った.その結果,野生型マウスでは突起の構造がはっきりと確認できたが,Odf2変異マウスでは突起は繊毛の根元から完全に消失していることがわかった(図1).




4.Odf2変異マウスの気管における微小管のネットワークは崩壊している


 この突起がどのようにして繊毛の動きの方向を整えるのかという疑問を解決するため,その先端に注目した.野生型マウスにおいて,突起の先端には微小管が結合していることがわかった.さらに,正常な気管における繊毛細胞の細胞膜の直下には規則正しく配列された微小管のネットワークが存在し,それが突起の先端と規則正しく結合することによりネットワークが構築され維持されていることがわかった.一方,Odf2変異マウスでは突起が完全に消失しているためこの微小管のネットワークも完全に崩壊しており,基底小体の位置,距離,方向などの平面極性が障害されていることがわかった(図2).




5.Odf2変異マウスは原発性繊毛機能不全症の新しいモデルマウスである


 これらの解析の結果を総合すると,Odf2変異マウスは繊毛の協調運動の障害により粘液の排泄機能が障害され咳やくしゃみなどの症状を呈していた.さらなる解析により,この変異マウスは慢性中耳炎,慢性副鼻腔炎,鞭毛をもつ精子の障害による雄性不妊,また,卵管における卵子の輸送障害によると思われる雌性不妊も併発していることがわかった.以上より,Odf2変異マウスは原発性繊毛機能不全症9) であると診断した.

おわりに


 今回の研究により,繊毛の根元に付着する突起という構造が繊毛の協調運動のかなめとなっていることがわかった.Odf2と関連するタンパク質の解析などさらに研究を進めることにより,最終的には,気管における繊毛細胞の動きを人為的に制御し,気道における感染症やその重症化を予防することのできる可能性がある.また,卵管に原因のある不妊症も同様に治療することのできる可能性がある.生物学的にみて基底小体と中心体はそれ自体の構造や付着構造において相同性が高く,その機能の違いやかかわりについて非常に注目されている10,11).今後,中心体の付着構造についても詳細な解析を行い,中心体の役割,また,その付着構造の役割についての解析もつづけたい.その構造がさらに明らかになったり,あるいは,新しい関連タンパク質が同定されたりすることにより,繊毛や中心体の成り立ち,また,その新たな機能,進化とのかかわりが判明し,遺伝病における原因遺伝子の同定やその治療につながる可能性がある.

文 献



  1. Zallen, J. A.: Planar polarity and tissue morphogenesis. Cell, 129, 1051-1063 (2007)[PubMed]

  2. Anderson, R. G.: The three-dimensional structure of the basal body from the rhesus monkey oviduct. J. Cell Biol., 54, 246-265 (1972)[PubMed]

  3. Sorokin, S. P.: Reconstructions of centriole formation and ciliogenesis in mammalian lungs. J. Cell Sci., 3, 207-230 (1968)[PubMed]

  4. Guirao, B. & Joanny, J. F.: Spontaneous creation of macroscopic flow and metachronal waves in an array of cilia. Biophys. J., 92, 1900-1917 (2007)[PubMed]

  5. Gibbons, I. R.: The relationship between the fine structure and direction of beat in gill cilia of a lamellibranch mollusc. J. Biophys. Biochem. Cytol., 11, 179-205 (1961)[PubMed]

  6. Reed, W., Avolio, J. & Satir, P.: The cytoskeleton of the apical border of the lateral cells of freshwater mussel gill: structural integration of microtubule and actin filament-based organelles. J. Cell Sci., 68, 1-33 (1984)[PubMed]

  7. Nakagawa, Y., Yamane, Y., Okanoue, T. et al.: Outer dense fiber 2 is a widespread centrosome scaffold component preferentially associated with mother centrioles: its identification from isolated centrosomes. Mol. Cell, 12, 1687-1697 (2001)[PubMed]

  8. Ishikawa, H., Kubo, A., Tsukita, S. et al.: Odf2-deficient mother centrioles lack distal/subdistal appendages and the ability to generate primary cilia. Nat. Cell Biol., 7, 517-524 (2005)[PubMed]

  9. Afzelius, B. A.: The immotile-cilia syndrome and other ciliary diseases. Int. Rev. Exp. Pathol., 19, 1-43 (1979)[PubMed]

  10. Bornens, M.: Centrosome composition and microtubule anchoring mechanisms. Curr. Opin. Cell Biol., 14, 25-34 (2002)[PubMed]

  11. Seeley, E. S. & Nachury, M. V.: The perennial organelle: assembly and disassembly of the primary cilium. J. Cell Sci., 123, 511-518 (2010)[PubMed]





著者プロフィール


国本 晃司(Kunimoto Koshi)
略歴:2004年 京都大学大学院医学研究科 特別研究学生を経て,2008年より大阪大学大学院医学系研究科 特任研究員.2010年 京都府立医科大学大学院にて医学博士号 取得.
研究テーマ:繊毛関連タンパク質の機能解析.
関心事:中心体と繊毛の疾患とのかかわり.中心体および繊毛の起源.

月田 早智子(Sachiko Tsukita)
大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/tsukita/

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