コユビミドリイシの全ゲノムの解読とサンゴの環境変動への応答の理解
新里宙也・佐藤矩行
(沖縄科学技術研究基盤整備機構 マリンゲノミックスユニット)
email:新里宙也
DOI: 10.7875/first.author.2011.128
Using the Acropora digitifera genome to understand coral responses to environmental change.
Chuya Shinzato, Eiichi Shoguchi, Takeshi Kawashima, Mayuko Hamada, Kanako Hisata, Makiko Tanaka, Manabu Fujie, Mayuki Fujiwara, Ryo Koyanagi, Tetsuro Ikuta, Asao Fujiyama, David J. Miller, Nori Satoh
Nature, 476, 320-323 (2011)
経済的および生態学的に重要な生き物であるにもかかわらず,サンゴ礁をつくる基盤となる造礁サンゴ(刺胞動物 花虫綱)は海水温の上昇や海洋の酸性化など人間活動による急速な環境変動にさらされている.筆者らは,サンゴの遺伝子レベルでの研究基盤の構築のため,造礁サンゴの一種,コユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノムの解読を次世代シークエンサーにより行った.コユビミドリイシのゲノムサイズは420 Mbpで,約23,700個の遺伝子モデルが予測された.これらのミドリイシ属サンゴのゲノム情報から,1)化石から予想されたよりサンゴの起源は古いこと,2)ストレスに弱いミドリイシ属サンゴは非必須アミノ酸であるシステインを合成するのに必要な酵素の遺伝子をもたず,共生する褐虫藻に依存している可能性のあること,3)サンゴ自体が紫外線を吸収する物質を合成できること,4)複雑な自然免疫系の遺伝子をもつこと,5)サンゴに特有の石灰化にかかわる遺伝子の候補が多数あること,などが明らかになった.今後,このミドリイシ属サンゴのゲノム情報を用いて,サンゴと褐虫藻との共生関係や,このさき起こりうる環境変動にサンゴがどのように応答するのか,分子レベルで詳細に明らかになることが期待される.
全海域の1%未満の面積しか存在しないサンゴ礁域は,全海洋生物のおよそ25%の命をささえる地球上でもっとも生物多様性の豊かな場所のひとつである.世界中のサンゴ礁が観光業や漁業などにより1年間で産み出す経済価値は約300億ドルという試算もある1).しかし,人間活動による地球の温暖化や海洋の酸性化などのためサンゴ礁は危機に瀕しており2,3),現在,地球上のサンゴのおよそ1/3の種が絶滅の危機にあるとされている4).
サンゴ礁を構成するおもな生物である造礁サンゴはイソギンチャクやクラゲなどとともに刺胞動物に属する.光合成を行う微細藻類である褐虫藻(Symbiodinium)を細胞に共生させており,栄養の大部分をこれに依存している.造礁サンゴは褐虫藻から莫大な栄養を得て水中にCaCO3からなる巨大な構造物であるサンゴ礁をつくりだす.しかし,この共生関係はわずかなストレスで崩壊してしまうほど繊細である5).たとえば,1~2℃の海水温の上昇により褐虫藻がサンゴから抜けだす“白化現象”が起こる.サンゴ礁の崩壊は同時にそこに生息する多様な生物の死滅をもひき起こす.このように,経済的にも生態学的にも重要な生物であるにもかかわらず,これまでサンゴの遺伝子レベルでの研究はほとんど行われておらず,サンゴの白化や病気についてその詳細な分子機構はほとんどわかっていない.筆者らは,サンゴの遺伝子研究の基盤を構築するため,沖縄に普通に生息し,1998年に世界的に起こった大規模な白化現象によりとくに激減したことが知られるミドリイシ属サンゴの一種6),コユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノムの解読を行った.
2008年初夏の満月ごろに産卵したコユビミドリイシ一群体から精子を採取し,そこから高純度のゲノムDNAを抽出した.フローサイトメーターによりゲノムサイズは約420 Mbpと推定された.Roche社454 GS-FLXとIllumina社Genome Analyzer IIxの2種類の次世代シークエンサーにより,ゲノムサイズの約151倍のデータ量にあたるDNA配列を解読しこれをゲノムアセンブリー(再構築)した.その結果,解読不能な塩基配列(ギャップ)を含まない一続きのDNA配列であるコンティグのN50サイズ(アセンブリーしたゲノム全長の50%がそれ以上の長さの配列に含まれることを示す値で,ゲノムアセンブリーを評価する指標のひとつ)が10.7 kbp,ギャップを含んだ一続きのDNA配列であるスキャフォールドのN50サイズが191.5 kbp(4765配列)というゲノムアセンブリーが得られた.ゲノムアセンブリーは合計で419 Mbp,GC含量は39%で,ゲノムの12.9%がトランスポゾンであった.アセンブリーしたゲノムから遺伝子予測を行った結果,23,668箇所の遺伝子モデルが予想された.約93%の遺伝子はNCBIデータベースに登録されているほかの動物の遺伝子と類似していた.そのうち11%はほかのサンゴ種のESTデータベースのみと相同性が確認され,そのほかの動物に類似配列は存在しなかった.このことから,サンゴに独自の遺伝子が多く存在することが明らかになった.
サンゴとその近縁のイソギンチャクがいつ分岐したのかはいまだ明らかでない.化石の記録から現世サンゴの仲間は約2億4千万年前に地球上に現われたと報告されているが7),サンゴはすでに多様化していることから起源はさらに古いことが示唆されている.そこで,同じ刺胞動物の仲間であるヒドラ(Hydra magnipapillata)やイソギンチャク(Nematostella vectensis)などこれまでにゲノム解読されている生物とコユビミドリイシとで,420個の遺伝子(94,200アミノ酸残基)を用いたゲノムレベルでの系統解析を行った.その結果,サンゴとイソギンチャクとの分岐は現世サンゴの登場よりも古く,原始的な脊索動物の誕生(5億2千万年前)と脊椎動物系統の分岐(4億9千万年前)とのあいだに起こったと推測された(図1).
数億年前から褐虫藻と密接な共生関係を築いているコユビミドリイシのゲノムに,褐虫藻からの明らかな遺伝子の移入はみつからなかった.しかし,褐虫藻と共生しているコユビミドリイシと共生していないイソギンチャクとで代謝系にかかわる遺伝子を網羅的に比較すると,コユビミドリイシは非必須アミノ酸であるシステインを生合成するための2つの必須酵素のうちのひとつ,シスタチオニンβシンターゼの遺伝子をゲノムから失っている可能性が示唆された.PCRによる解析により,ほか2種のミドリイシ属のサンゴにおいても同様にこの遺伝子の存在は確認できなかった.一方で,ミドリイシ属以外のサンゴのゲノムにはシスタチオニンβシンターゼの遺伝子の存在が確認された(図2).このことは,ミドリイシ属のサンゴがシステインの合成を褐虫藻に依存している可能性を示しており,このことが,褐虫藻が体から抜け出す白化現象などのストレスにミドリイシ属サンゴがとくに弱い一因となっているのかもしれない.
共生する褐虫藻が光合成を行うため,サンゴ礁は透明度の高い浅瀬に多くつくられる.そこは同時に,有害な紫外線に非常に強くさらされる場所でもある.なぜサンゴはこのような環境に生息できるのかは興味深い点で,サンゴにはマイコスポリン様アミノ酸とよばれる紫外線吸収物質の含まれることが報告されている8).サンゴに含まれているこの物質がどこで生成されているのかは明らかでなく,マイコスポリン様アミノ酸は藻類にも含まれることから,共生している褐虫藻に由来するのではないかと考えられてきた.マイコスポリン様アミノ酸の合成にかかわる遺伝子をゲノムから探索したところ,コユビミドリイシのゲノム,さらにはイソギンチャクのゲノムにはマイコスポリン様アミノ酸を合成するのに必要な4つの遺伝子すべてがコードされていることがわかった.このことから,サンゴとイソギンチャク(花虫綱 六放サンゴ亜綱)は紫外線を吸収する物質を自ら合成する能力をもっており,これを褐虫藻に依存しているわけではないことがわかった.
サンゴは細胞に別の生命体である褐虫藻を共生させており,褐虫藻と病原体とを体内で区別する自然免疫機構はサンゴと褐虫藻との共生を理解するうえで重要である.そこで,TIRドメインをもつ遺伝子やNACHTをコードする遺伝子など,自然免疫機構にかかわる遺伝子をコユビミドリイシのゲノムから探索したところ,ミドリイシ属のサンゴは褐虫藻と共生しない単体性の刺胞動物であるイソギンチャクやヒドラより,自然免疫系の遺伝子について複雑な遺伝子レパートリーをもつことが明らかになった.褐虫藻との共生や群体性などサンゴの特徴には,これら複雑な自然免疫系の遺伝子がかかわっているのかもしれない.
サンゴの石灰化は大気のCO2濃度の上昇による海洋の酸性化により悪影響をうける可能性があるため,石灰化の分子機構を明らかにすることは重要である.石灰化にかかわる可能性のある遺伝子をコユビミドリイシのゲノムから探索したところ,脊椎動物やそのほかの動物においてそれぞれ独自の石灰化にかかわっている遺伝子はみつからなかった.一方で,これまでにサンゴの石灰化にかかわっていることが明らかになっているGalaxinの遺伝子や9),Ca2+と結合する酸性アミノ酸残基(アスパラギン残基およびアスパラギン酸残基)の含有量の高いタンパク質の遺伝子など,サンゴに特有の石灰化にかかわる遺伝子の複数の候補が発見された.
サンゴは骨格をもつことなどから,これまで遺伝子レベルの研究を行うことが困難であった.この研究でコユビミドリイシの全ゲノムが解読されたことにより遺伝子レベルでの詳細な研究を行う基盤が構築されたことから,サンゴの遺伝子を用いたさまざまな分野での研究が飛躍的に発展することが期待される.サンゴはどのように褐虫藻と共生しているのか,海水温の上昇や海洋の酸性化など,今後,起こりうる環境変動にサンゴと褐虫藻との共生体はどのように応答するのか,その詳細の明らかになることが期待される.今回,解読されたサンゴのゲノムとともに,サンゴと密接な共生関係を築いている褐虫藻のゲノム情報があればさらに理解が進むと思われることから,今後の褐虫藻のゲノム解読が待たれる.
略歴:2008年 オーストラリアJames Cook大学大学院博士課程 修了,同年より沖縄科学技術研究基盤整備機構 研究員.
研究テーマ:サンゴのゲノム科学.
抱負:沖縄から世界へ,サンゴ研究をアピールしていきます.
佐藤 矩行(Nori Satoh)
沖縄科学技術研究基盤整備機構 代表研究者.
研究室URL:http://www.irp.oist.jp/satoh/index.php
© 2011 新里宙也・佐藤矩行 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(沖縄科学技術研究基盤整備機構 マリンゲノミックスユニット)
email:新里宙也
DOI: 10.7875/first.author.2011.128
Using the Acropora digitifera genome to understand coral responses to environmental change.
Chuya Shinzato, Eiichi Shoguchi, Takeshi Kawashima, Mayuko Hamada, Kanako Hisata, Makiko Tanaka, Manabu Fujie, Mayuki Fujiwara, Ryo Koyanagi, Tetsuro Ikuta, Asao Fujiyama, David J. Miller, Nori Satoh
Nature, 476, 320-323 (2011)
要 約
経済的および生態学的に重要な生き物であるにもかかわらず,サンゴ礁をつくる基盤となる造礁サンゴ(刺胞動物 花虫綱)は海水温の上昇や海洋の酸性化など人間活動による急速な環境変動にさらされている.筆者らは,サンゴの遺伝子レベルでの研究基盤の構築のため,造礁サンゴの一種,コユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノムの解読を次世代シークエンサーにより行った.コユビミドリイシのゲノムサイズは420 Mbpで,約23,700個の遺伝子モデルが予測された.これらのミドリイシ属サンゴのゲノム情報から,1)化石から予想されたよりサンゴの起源は古いこと,2)ストレスに弱いミドリイシ属サンゴは非必須アミノ酸であるシステインを合成するのに必要な酵素の遺伝子をもたず,共生する褐虫藻に依存している可能性のあること,3)サンゴ自体が紫外線を吸収する物質を合成できること,4)複雑な自然免疫系の遺伝子をもつこと,5)サンゴに特有の石灰化にかかわる遺伝子の候補が多数あること,などが明らかになった.今後,このミドリイシ属サンゴのゲノム情報を用いて,サンゴと褐虫藻との共生関係や,このさき起こりうる環境変動にサンゴがどのように応答するのか,分子レベルで詳細に明らかになることが期待される.
はじめに
全海域の1%未満の面積しか存在しないサンゴ礁域は,全海洋生物のおよそ25%の命をささえる地球上でもっとも生物多様性の豊かな場所のひとつである.世界中のサンゴ礁が観光業や漁業などにより1年間で産み出す経済価値は約300億ドルという試算もある1).しかし,人間活動による地球の温暖化や海洋の酸性化などのためサンゴ礁は危機に瀕しており2,3),現在,地球上のサンゴのおよそ1/3の種が絶滅の危機にあるとされている4).
サンゴ礁を構成するおもな生物である造礁サンゴはイソギンチャクやクラゲなどとともに刺胞動物に属する.光合成を行う微細藻類である褐虫藻(Symbiodinium)を細胞に共生させており,栄養の大部分をこれに依存している.造礁サンゴは褐虫藻から莫大な栄養を得て水中にCaCO3からなる巨大な構造物であるサンゴ礁をつくりだす.しかし,この共生関係はわずかなストレスで崩壊してしまうほど繊細である5).たとえば,1~2℃の海水温の上昇により褐虫藻がサンゴから抜けだす“白化現象”が起こる.サンゴ礁の崩壊は同時にそこに生息する多様な生物の死滅をもひき起こす.このように,経済的にも生態学的にも重要な生物であるにもかかわらず,これまでサンゴの遺伝子レベルでの研究はほとんど行われておらず,サンゴの白化や病気についてその詳細な分子機構はほとんどわかっていない.筆者らは,サンゴの遺伝子研究の基盤を構築するため,沖縄に普通に生息し,1998年に世界的に起こった大規模な白化現象によりとくに激減したことが知られるミドリイシ属サンゴの一種6),コユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノムの解読を行った.
1.ゲノムアセンブリーと遺伝子予測
2008年初夏の満月ごろに産卵したコユビミドリイシ一群体から精子を採取し,そこから高純度のゲノムDNAを抽出した.フローサイトメーターによりゲノムサイズは約420 Mbpと推定された.Roche社454 GS-FLXとIllumina社Genome Analyzer IIxの2種類の次世代シークエンサーにより,ゲノムサイズの約151倍のデータ量にあたるDNA配列を解読しこれをゲノムアセンブリー(再構築)した.その結果,解読不能な塩基配列(ギャップ)を含まない一続きのDNA配列であるコンティグのN50サイズ(アセンブリーしたゲノム全長の50%がそれ以上の長さの配列に含まれることを示す値で,ゲノムアセンブリーを評価する指標のひとつ)が10.7 kbp,ギャップを含んだ一続きのDNA配列であるスキャフォールドのN50サイズが191.5 kbp(4765配列)というゲノムアセンブリーが得られた.ゲノムアセンブリーは合計で419 Mbp,GC含量は39%で,ゲノムの12.9%がトランスポゾンであった.アセンブリーしたゲノムから遺伝子予測を行った結果,23,668箇所の遺伝子モデルが予想された.約93%の遺伝子はNCBIデータベースに登録されているほかの動物の遺伝子と類似していた.そのうち11%はほかのサンゴ種のESTデータベースのみと相同性が確認され,そのほかの動物に類似配列は存在しなかった.このことから,サンゴに独自の遺伝子が多く存在することが明らかになった.
2.サンゴの起源
サンゴとその近縁のイソギンチャクがいつ分岐したのかはいまだ明らかでない.化石の記録から現世サンゴの仲間は約2億4千万年前に地球上に現われたと報告されているが7),サンゴはすでに多様化していることから起源はさらに古いことが示唆されている.そこで,同じ刺胞動物の仲間であるヒドラ(Hydra magnipapillata)やイソギンチャク(Nematostella vectensis)などこれまでにゲノム解読されている生物とコユビミドリイシとで,420個の遺伝子(94,200アミノ酸残基)を用いたゲノムレベルでの系統解析を行った.その結果,サンゴとイソギンチャクとの分岐は現世サンゴの登場よりも古く,原始的な脊索動物の誕生(5億2千万年前)と脊椎動物系統の分岐(4億9千万年前)とのあいだに起こったと推測された(図1).
3.ミドリイシ属のサンゴは非必須アミノ酸のひとつシステインを生合成できない
数億年前から褐虫藻と密接な共生関係を築いているコユビミドリイシのゲノムに,褐虫藻からの明らかな遺伝子の移入はみつからなかった.しかし,褐虫藻と共生しているコユビミドリイシと共生していないイソギンチャクとで代謝系にかかわる遺伝子を網羅的に比較すると,コユビミドリイシは非必須アミノ酸であるシステインを生合成するための2つの必須酵素のうちのひとつ,シスタチオニンβシンターゼの遺伝子をゲノムから失っている可能性が示唆された.PCRによる解析により,ほか2種のミドリイシ属のサンゴにおいても同様にこの遺伝子の存在は確認できなかった.一方で,ミドリイシ属以外のサンゴのゲノムにはシスタチオニンβシンターゼの遺伝子の存在が確認された(図2).このことは,ミドリイシ属のサンゴがシステインの合成を褐虫藻に依存している可能性を示しており,このことが,褐虫藻が体から抜け出す白化現象などのストレスにミドリイシ属サンゴがとくに弱い一因となっているのかもしれない.
4.サンゴ自体が紫外線を吸収する物質を合成できる
共生する褐虫藻が光合成を行うため,サンゴ礁は透明度の高い浅瀬に多くつくられる.そこは同時に,有害な紫外線に非常に強くさらされる場所でもある.なぜサンゴはこのような環境に生息できるのかは興味深い点で,サンゴにはマイコスポリン様アミノ酸とよばれる紫外線吸収物質の含まれることが報告されている8).サンゴに含まれているこの物質がどこで生成されているのかは明らかでなく,マイコスポリン様アミノ酸は藻類にも含まれることから,共生している褐虫藻に由来するのではないかと考えられてきた.マイコスポリン様アミノ酸の合成にかかわる遺伝子をゲノムから探索したところ,コユビミドリイシのゲノム,さらにはイソギンチャクのゲノムにはマイコスポリン様アミノ酸を合成するのに必要な4つの遺伝子すべてがコードされていることがわかった.このことから,サンゴとイソギンチャク(花虫綱 六放サンゴ亜綱)は紫外線を吸収する物質を自ら合成する能力をもっており,これを褐虫藻に依存しているわけではないことがわかった.
5.ミドリイシ属のサンゴは複雑な自然免疫系の遺伝子をもつ
サンゴは細胞に別の生命体である褐虫藻を共生させており,褐虫藻と病原体とを体内で区別する自然免疫機構はサンゴと褐虫藻との共生を理解するうえで重要である.そこで,TIRドメインをもつ遺伝子やNACHTをコードする遺伝子など,自然免疫機構にかかわる遺伝子をコユビミドリイシのゲノムから探索したところ,ミドリイシ属のサンゴは褐虫藻と共生しない単体性の刺胞動物であるイソギンチャクやヒドラより,自然免疫系の遺伝子について複雑な遺伝子レパートリーをもつことが明らかになった.褐虫藻との共生や群体性などサンゴの特徴には,これら複雑な自然免疫系の遺伝子がかかわっているのかもしれない.
6.サンゴの石灰化にかかわる遺伝子
サンゴの石灰化は大気のCO2濃度の上昇による海洋の酸性化により悪影響をうける可能性があるため,石灰化の分子機構を明らかにすることは重要である.石灰化にかかわる可能性のある遺伝子をコユビミドリイシのゲノムから探索したところ,脊椎動物やそのほかの動物においてそれぞれ独自の石灰化にかかわっている遺伝子はみつからなかった.一方で,これまでにサンゴの石灰化にかかわっていることが明らかになっているGalaxinの遺伝子や9),Ca2+と結合する酸性アミノ酸残基(アスパラギン残基およびアスパラギン酸残基)の含有量の高いタンパク質の遺伝子など,サンゴに特有の石灰化にかかわる遺伝子の複数の候補が発見された.
おわりに
サンゴは骨格をもつことなどから,これまで遺伝子レベルの研究を行うことが困難であった.この研究でコユビミドリイシの全ゲノムが解読されたことにより遺伝子レベルでの詳細な研究を行う基盤が構築されたことから,サンゴの遺伝子を用いたさまざまな分野での研究が飛躍的に発展することが期待される.サンゴはどのように褐虫藻と共生しているのか,海水温の上昇や海洋の酸性化など,今後,起こりうる環境変動にサンゴと褐虫藻との共生体はどのように応答するのか,その詳細の明らかになることが期待される.今回,解読されたサンゴのゲノムとともに,サンゴと密接な共生関係を築いている褐虫藻のゲノム情報があればさらに理解が進むと思われることから,今後の褐虫藻のゲノム解読が待たれる.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2008年 オーストラリアJames Cook大学大学院博士課程 修了,同年より沖縄科学技術研究基盤整備機構 研究員.
研究テーマ:サンゴのゲノム科学.
抱負:沖縄から世界へ,サンゴ研究をアピールしていきます.
佐藤 矩行(Nori Satoh)
沖縄科学技術研究基盤整備機構 代表研究者.
研究室URL:http://www.irp.oist.jp/satoh/index.php
© 2011 新里宙也・佐藤矩行 Licensed under CC 表示 2.1 日本