テロメアの近傍とHM遺伝子領域での転写抑制におけるDot1とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の役割
高橋 洋平
(米国Stowers Institute for Medical Research)
email:高橋洋平
DOI: 10.7875/first.author.2011.076
Dot1 and histone H3K79 methylation in natural telomeric and HM silencing.
Yoh-Hei Takahashi, Julia M. Schulze, Jessica Jackson, Thomas Hentrich, Chris Seidel, Sue L. Jaspersen, Michael S. Kobor, Ali Shilatifard
Molecular Cell, 42, 118-126 (2011)
テロメアの近傍に位置する遺伝子の発現はテロメア位置効果により抑制される.出芽酵母におけるURA3レポーター遺伝子を用いた解析により,Dot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化がテロメア位置効果を誘起するというモデルが提唱されていた.また,同様の解析により,HM遺伝子領域での遺伝子の発現抑制にもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が必要とされていた.この研究では,このメチル化の欠損変異株を用いたゲノム網羅的な遺伝子発現の解析により,特定のテロメアの近傍に位置するCOS12遺伝子などごく少数の遺伝子のみがヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化による発現抑制をうけ,ほかの大部分のテロメアの近傍の領域の発現抑制はこのメチル化に依存しないことを明らかにした.同時に,Sir2およびSir3のテロメアへの局在についても,少数の例外を除きすべてのテロメアの近傍で大きな変化は観察されなかった.くわえて,HM遺伝子領域での発現抑制もこのメチル化の変異株において正常に維持されていた.つまり,URA3レポーター遺伝子を用いたアッセイはテロメア位置効果を正確に反映するものではなく,出芽酵母における遺伝子の発現抑制のエピジェネティックな機構の研究には対象となる遺伝子発現の直接的な解析が重要となる.
過去20年間,出芽酵母におけるテロメア位置効果の研究は第7染色体左腕のテロメア近傍やHM遺伝子領域に挿入されたURA3遺伝子1,2),または,第5染色体右腕のテロメア近傍に挿入されたADE2遺伝子3) の発現を解析することを中心に進められてきた.ヒストンH3の79番目のリジン残基にはたらくメチル化酵素Dot1は,このURA3レポーター遺伝子の発現抑制に必要なタンパク質として同定された1,4).Dot1はユークロマチン領域に特異的にヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化を導入し,Sir2およびSir3のユークロマチンへの局在を阻害する結果,テロメアの近傍やHM遺伝子領域へのSir2およびSir3の局在とヘテロクロマチンの形成を促進する.実際に,Dot1欠損変異株やヒストンH3の79番目のリジン残基の部位特異的な変異株ではSir2およびSir3のユークロマチンへの局在が観察される.また,Sir欠損変異株では野生株でヘテロクロマチンであった領域においてもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が生じる.つまり,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とSir2およびSir3の局在とは相互排他的である.これらの知見から,ユークロマチン側のヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とヘテロクロマチン側のSir2およびSir3とが境界を形成し,テロメアの近傍に位置する遺伝子がこの境界よりヘテロクロマチン側となった場合にテロメア位置効果による発現抑制が観察される,とのモデルが提出された.そして,このようなモデルがすべてのゲノムおよびそのテロメアの近傍で適用されるものと考えられていた5).
筆者らの研究室において開発されたゲノムワイドなスクリーニング法により6),ヒストンH3の79番目のリジン残基へのジメチル化の導入に特異的に必要なタンパク質としてSwi4およびSwi6が同定されていた7).さらに,同じ方法により筆者らは,ヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に特異的に必要なタンパク質としてArd1を同定した.Ard1欠損変異株ではヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に必要とされるヒストンH2Bの123番目のリジン残基のユビキチン化の低下が観察された.つまり,Ard1はヒストンH2Bの123番目のリジン残基のユビキチン化をとおして,ヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に特異的にはたらいていた.
得られたSwi4欠損変異株とArd1欠損変異株を用いることにより,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化のうちジメチル化とトリメチル化のそれぞれについてどちらが特異的にテロメア位置効果による遺伝子発現の抑制に必要なのかを検証することが可能になった.旧来の第7染色体左腕のテロメアに挿入されたURA3レポーター遺伝子を用いたアッセイの結果,ジメチル化とトリメチル化のどちらもURA3レポーター遺伝子の発現抑制に必要であることが示された.同時に,マイクロアレイ解析により全16染色体の両方の末端から20 kb以内の領域での遺伝子発現パターンを決定した(図1).URA3レポーター遺伝子の挿入されていないDot1欠損変異株,Swi4欠損変異株,Ard1欠損変異株を解析したところ,野生株に比べて第7染色体左腕のテロメア近傍に遺伝子発現の上昇が観察された.したがって,ヒストンH3の79番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化はいずれもURA3レポーター遺伝子が挿入された場合のみならず,第7染色体左腕のテロメア近傍の遺伝子発現の抑制に必要であることが示唆された.
マイクロアレイ解析の結果,遺伝子発現の抑制の消失が観察されたテロメアの近傍は第1染色体左腕,第2染色体右腕,第7染色体左腕,第13染色体右腕のもののみであった(図1).とくに,第7染色体左腕のテロメア近傍に位置するCOS12遺伝子の発現がもっとも大きく変化していた.Dot1欠損変異株,Swi4欠損変異株,Ard1欠損変異株における遺伝子欠失の2次的な影響による可能性を排除するため,ヒストンH3の79番目のリジン残基において異なるメチル化状態を示す3種のDot1変異株についてマイクロアレイ解析を行ったところ,変異株におけるメチル化の消失に比例してCOS12遺伝子の発現抑制の解除が観察された.つまり,COS12遺伝子の発現抑制はヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の関与する機構により担われていることが示唆された.しかしながら,このようにヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化による発現抑制をうける遺伝子はゲノムにおいてCOS12遺伝子など限定的な少数の遺伝子のみであった.
クロマチン免疫沈降-マイクロアレイ(ChIP-on-chip)法を用いて野生株のゲノムにおけるSir2およびSir3の局在を決定し,以前に得られていたゲノムにおけるヒストンH3の79番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化の局在7) と比較した.32個のすべてのテロメアの近傍とHM遺伝子領域に位置するすべてのORFを対象に階層的クラスター分析を行ったところ,Sir2が結合するORFグループとヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の存在するORFグループとのほぼ明確な分離が観察された.これは,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とSirの局在とが相互排他的であるという従来のモデルと一致する.
つづいて,ChIP-on-chip法を用いてDot1欠損変異株のゲノムにおけるSir2およびSir3の局在を決定し野生株のマイクロアレイ解析の結果と照らし合わせた.すべてのテロメアの近傍に位置するORFの大部分が野生株と同様のSir2およびSir3の局在を示したが,第13染色体右腕のテロメア近傍ではSir2の局在が減少し遺伝子発現の抑制が減弱していた.さらに,第1染色体左腕のテロメア近傍やCOS12遺伝子を含む第7染色体左腕のテロメア近傍ではSir2の局在変化はみられず遺伝子発現の抑制のみが解除された.これらの領域では,野生株において低レベルながらもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の局在が観察された.つまり,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はテロメアの近傍においてSir2およびSir3の局在変化を介する(第13番染色体右腕のテロメア近傍),または,介さない(第1染色体左腕および第7染色体左腕のテロメア近傍)複数の経路により,COS12遺伝子など特定かつ少数の遺伝子の発現抑制を制御していることが示唆された.
旧来のURA3レポーター遺伝子を用いたアッセイにより,HM遺伝子領域の遺伝子発現の抑制にもDot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が必要であると主張されてきた.そこで,aタイプ細胞のα因子の存在下での成長停止を指標にHM遺伝子領域の発現抑制を解析した(図2).成長停止はα因子の受容体Ste2に由来しており,Ste2に対するリプレッサーであるAlpha2をコードする遺伝子はHM遺伝子領域に位置している.つまり,Sir3欠損変異株のようなHM遺伝子領域における発現抑制機構の欠損株ではALPHA2が発現してSte2が細胞から失われα因子による成長停止が観察されない.Dot1欠損変異株では野生株と同様の成長停止が観察された(図2).したがって,Dot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はHM遺伝子領域の遺伝子発現抑制に必要ではないことが示唆された.
ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化においてさまざまなパターンをもつ変異株を用いたマイクロアレイ解析により,出芽酵母のすべてのテロメア末端から10 kb以内に位置する31個の遺伝子のうち,わずか2個の遺伝子(COS12遺伝子,SEO1遺伝子)しかヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の消失した際に2倍以上の発現上昇を示さないことが明らかとなった.とくに,COS12遺伝子は第7染色体左腕のテロメア近傍に位置しており,テロメア位置効果の研究に広範に用いられたURA3レポーター遺伝子の挿入されている部位(テロメア末端から15 kb)に近接している(図1).このようなURA3レポーター遺伝子の発現抑制の解除がゲノムにおけるテロメア位置効果を正確に反映しているとは考えにくい.Molecular Cell誌の同じ号において,ほかのグループもリボヌクレオチド還元酵素の過剰発現の観察により異なる方向から独立に同様の結論に達している8).Dot1とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はゲノムにおける大部分のテロメアの近傍の遺伝子発現の抑制とSir2およびSir3の局在に影響を及ぼさず,その効果は少数の遺伝子に特異的なものであった.HM遺伝子領域については,Dot1の欠損はこの領域でのヘテロクロマチンの形成および拡大を加速することが単一細胞レベルで観察されているが9),定常状態での遺伝子発現の抑制に対する影響は微々たるものであった9,10).これは筆者らの結果と一致する.以上により,筆者らは,Dot1とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が遺伝子発現の抑制においてはたす役割の一端を明らかにすることに成功した.
略歴:米国Stowers Institute for Medical Researchポスドク.
研究テーマ:ヒストンメチル化と遺伝子発現制御.
© 2011 高橋 洋平 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Stowers Institute for Medical Research)
email:高橋洋平
DOI: 10.7875/first.author.2011.076
Dot1 and histone H3K79 methylation in natural telomeric and HM silencing.
Yoh-Hei Takahashi, Julia M. Schulze, Jessica Jackson, Thomas Hentrich, Chris Seidel, Sue L. Jaspersen, Michael S. Kobor, Ali Shilatifard
Molecular Cell, 42, 118-126 (2011)
要 約
テロメアの近傍に位置する遺伝子の発現はテロメア位置効果により抑制される.出芽酵母におけるURA3レポーター遺伝子を用いた解析により,Dot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化がテロメア位置効果を誘起するというモデルが提唱されていた.また,同様の解析により,HM遺伝子領域での遺伝子の発現抑制にもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が必要とされていた.この研究では,このメチル化の欠損変異株を用いたゲノム網羅的な遺伝子発現の解析により,特定のテロメアの近傍に位置するCOS12遺伝子などごく少数の遺伝子のみがヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化による発現抑制をうけ,ほかの大部分のテロメアの近傍の領域の発現抑制はこのメチル化に依存しないことを明らかにした.同時に,Sir2およびSir3のテロメアへの局在についても,少数の例外を除きすべてのテロメアの近傍で大きな変化は観察されなかった.くわえて,HM遺伝子領域での発現抑制もこのメチル化の変異株において正常に維持されていた.つまり,URA3レポーター遺伝子を用いたアッセイはテロメア位置効果を正確に反映するものではなく,出芽酵母における遺伝子の発現抑制のエピジェネティックな機構の研究には対象となる遺伝子発現の直接的な解析が重要となる.
はじめに
過去20年間,出芽酵母におけるテロメア位置効果の研究は第7染色体左腕のテロメア近傍やHM遺伝子領域に挿入されたURA3遺伝子1,2),または,第5染色体右腕のテロメア近傍に挿入されたADE2遺伝子3) の発現を解析することを中心に進められてきた.ヒストンH3の79番目のリジン残基にはたらくメチル化酵素Dot1は,このURA3レポーター遺伝子の発現抑制に必要なタンパク質として同定された1,4).Dot1はユークロマチン領域に特異的にヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化を導入し,Sir2およびSir3のユークロマチンへの局在を阻害する結果,テロメアの近傍やHM遺伝子領域へのSir2およびSir3の局在とヘテロクロマチンの形成を促進する.実際に,Dot1欠損変異株やヒストンH3の79番目のリジン残基の部位特異的な変異株ではSir2およびSir3のユークロマチンへの局在が観察される.また,Sir欠損変異株では野生株でヘテロクロマチンであった領域においてもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が生じる.つまり,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とSir2およびSir3の局在とは相互排他的である.これらの知見から,ユークロマチン側のヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とヘテロクロマチン側のSir2およびSir3とが境界を形成し,テロメアの近傍に位置する遺伝子がこの境界よりヘテロクロマチン側となった場合にテロメア位置効果による発現抑制が観察される,とのモデルが提出された.そして,このようなモデルがすべてのゲノムおよびそのテロメアの近傍で適用されるものと考えられていた5).
1.Ard1はヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に必要である
筆者らの研究室において開発されたゲノムワイドなスクリーニング法により6),ヒストンH3の79番目のリジン残基へのジメチル化の導入に特異的に必要なタンパク質としてSwi4およびSwi6が同定されていた7).さらに,同じ方法により筆者らは,ヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に特異的に必要なタンパク質としてArd1を同定した.Ard1欠損変異株ではヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に必要とされるヒストンH2Bの123番目のリジン残基のユビキチン化の低下が観察された.つまり,Ard1はヒストンH2Bの123番目のリジン残基のユビキチン化をとおして,ヒストンH3の79番目のリジン残基へのトリメチル化の導入に特異的にはたらいていた.
2.ヒストンH3の79番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化はURA3レポーター遺伝子の発現抑制に必要である
得られたSwi4欠損変異株とArd1欠損変異株を用いることにより,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化のうちジメチル化とトリメチル化のそれぞれについてどちらが特異的にテロメア位置効果による遺伝子発現の抑制に必要なのかを検証することが可能になった.旧来の第7染色体左腕のテロメアに挿入されたURA3レポーター遺伝子を用いたアッセイの結果,ジメチル化とトリメチル化のどちらもURA3レポーター遺伝子の発現抑制に必要であることが示された.同時に,マイクロアレイ解析により全16染色体の両方の末端から20 kb以内の領域での遺伝子発現パターンを決定した(図1).URA3レポーター遺伝子の挿入されていないDot1欠損変異株,Swi4欠損変異株,Ard1欠損変異株を解析したところ,野生株に比べて第7染色体左腕のテロメア近傍に遺伝子発現の上昇が観察された.したがって,ヒストンH3の79番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化はいずれもURA3レポーター遺伝子が挿入された場合のみならず,第7染色体左腕のテロメア近傍の遺伝子発現の抑制に必要であることが示唆された.
3.ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化による遺伝子発現の抑制は限定的かつ不均一である
マイクロアレイ解析の結果,遺伝子発現の抑制の消失が観察されたテロメアの近傍は第1染色体左腕,第2染色体右腕,第7染色体左腕,第13染色体右腕のもののみであった(図1).とくに,第7染色体左腕のテロメア近傍に位置するCOS12遺伝子の発現がもっとも大きく変化していた.Dot1欠損変異株,Swi4欠損変異株,Ard1欠損変異株における遺伝子欠失の2次的な影響による可能性を排除するため,ヒストンH3の79番目のリジン残基において異なるメチル化状態を示す3種のDot1変異株についてマイクロアレイ解析を行ったところ,変異株におけるメチル化の消失に比例してCOS12遺伝子の発現抑制の解除が観察された.つまり,COS12遺伝子の発現抑制はヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の関与する機構により担われていることが示唆された.しかしながら,このようにヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化による発現抑制をうける遺伝子はゲノムにおいてCOS12遺伝子など限定的な少数の遺伝子のみであった.
4.ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とSir2およびSir3のゲノムへの局在パターン
クロマチン免疫沈降-マイクロアレイ(ChIP-on-chip)法を用いて野生株のゲノムにおけるSir2およびSir3の局在を決定し,以前に得られていたゲノムにおけるヒストンH3の79番目のリジン残基のジメチル化およびトリメチル化の局在7) と比較した.32個のすべてのテロメアの近傍とHM遺伝子領域に位置するすべてのORFを対象に階層的クラスター分析を行ったところ,Sir2が結合するORFグループとヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の存在するORFグループとのほぼ明確な分離が観察された.これは,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化とSirの局在とが相互排他的であるという従来のモデルと一致する.
5.Sir2およびSir3の局在変化とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化によるテロメアの近傍の遺伝子発現の抑制機構
つづいて,ChIP-on-chip法を用いてDot1欠損変異株のゲノムにおけるSir2およびSir3の局在を決定し野生株のマイクロアレイ解析の結果と照らし合わせた.すべてのテロメアの近傍に位置するORFの大部分が野生株と同様のSir2およびSir3の局在を示したが,第13染色体右腕のテロメア近傍ではSir2の局在が減少し遺伝子発現の抑制が減弱していた.さらに,第1染色体左腕のテロメア近傍やCOS12遺伝子を含む第7染色体左腕のテロメア近傍ではSir2の局在変化はみられず遺伝子発現の抑制のみが解除された.これらの領域では,野生株において低レベルながらもヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の局在が観察された.つまり,ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はテロメアの近傍においてSir2およびSir3の局在変化を介する(第13番染色体右腕のテロメア近傍),または,介さない(第1染色体左腕および第7染色体左腕のテロメア近傍)複数の経路により,COS12遺伝子など特定かつ少数の遺伝子の発現抑制を制御していることが示唆された.
6.Dot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はHM遺伝子領域の遺伝子発現の抑制には必須でない
旧来のURA3レポーター遺伝子を用いたアッセイにより,HM遺伝子領域の遺伝子発現の抑制にもDot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が必要であると主張されてきた.そこで,aタイプ細胞のα因子の存在下での成長停止を指標にHM遺伝子領域の発現抑制を解析した(図2).成長停止はα因子の受容体Ste2に由来しており,Ste2に対するリプレッサーであるAlpha2をコードする遺伝子はHM遺伝子領域に位置している.つまり,Sir3欠損変異株のようなHM遺伝子領域における発現抑制機構の欠損株ではALPHA2が発現してSte2が細胞から失われα因子による成長停止が観察されない.Dot1欠損変異株では野生株と同様の成長停止が観察された(図2).したがって,Dot1によるヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はHM遺伝子領域の遺伝子発現抑制に必要ではないことが示唆された.
おわりに
ヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化においてさまざまなパターンをもつ変異株を用いたマイクロアレイ解析により,出芽酵母のすべてのテロメア末端から10 kb以内に位置する31個の遺伝子のうち,わずか2個の遺伝子(COS12遺伝子,SEO1遺伝子)しかヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化の消失した際に2倍以上の発現上昇を示さないことが明らかとなった.とくに,COS12遺伝子は第7染色体左腕のテロメア近傍に位置しており,テロメア位置効果の研究に広範に用いられたURA3レポーター遺伝子の挿入されている部位(テロメア末端から15 kb)に近接している(図1).このようなURA3レポーター遺伝子の発現抑制の解除がゲノムにおけるテロメア位置効果を正確に反映しているとは考えにくい.Molecular Cell誌の同じ号において,ほかのグループもリボヌクレオチド還元酵素の過剰発現の観察により異なる方向から独立に同様の結論に達している8).Dot1とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化はゲノムにおける大部分のテロメアの近傍の遺伝子発現の抑制とSir2およびSir3の局在に影響を及ぼさず,その効果は少数の遺伝子に特異的なものであった.HM遺伝子領域については,Dot1の欠損はこの領域でのヘテロクロマチンの形成および拡大を加速することが単一細胞レベルで観察されているが9),定常状態での遺伝子発現の抑制に対する影響は微々たるものであった9,10).これは筆者らの結果と一致する.以上により,筆者らは,Dot1とヒストンH3の79番目のリジン残基のメチル化が遺伝子発現の抑制においてはたす役割の一端を明らかにすることに成功した.
文 献
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著者プロフィール
略歴:米国Stowers Institute for Medical Researchポスドク.
研究テーマ:ヒストンメチル化と遺伝子発現制御.
© 2011 高橋 洋平 Licensed under CC 表示 2.1 日本