ショウジョウバエにおける脚の自己受容感覚の神経機構
間宮あきら・John C. Tuthill
(米国Washington大学Department of Physiology and Biophysics)
email:間宮あきら
DOI: 10.7875/first.author.2018.109
Neural coding of leg proprioception in Drosophila.
Akira Mamiya, Pralaksha Gurung, John C. Tuthill
Neuron, 100, 636-650.e6 (2018)
動物はからだのさまざまな場所に配置された多数の感覚細胞をつうじて自らの身体の位置や動きを把握する.これは自己受容感覚とよばれ,運動の制御や学習において重要な役割をはたす.しかし,自己受容感覚を感知する感覚細胞の全体像やその情報を処理する神経回路の機能および構造についてはくわしくわかっていない.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエに対し遺伝学的な手法と2光子励起顕微鏡を用いたCa2+イメージング法とを組み合わせ,昆虫にとり重要な自己受容感覚にかかわる器官のひとつである腿節弦音器官の全体的な機能および構造について調べた.その結果,腿節弦音器官は,脛節と腿節のあいだにある関節の位置を感知する感覚細胞,関節の動く向きを感知する感覚細胞,関節の両方向への動きおよび振動を感知する感覚細胞,から構成されることがわかった.機能の異なる感覚細胞は腿節弦音器官の異なる場所に存在し,胸部神経節の空間的に離れた場所へと投射していた.これらの結果から,ショウジョウバエにおいて脚の自己受容感覚はさまざまな反応性をもつ感覚細胞の集合体により感知され,胸部神経節の別々の場所において並列に処理されると考えられた.
自らの姿勢や関節の動きを把握する自己受容感覚は1),普段はあまり意識しない感覚であるが運動の制御や学習に欠かせない重要な感覚である.自己受容感覚を感知する感覚細胞には,刺激への敏感さ,順応の速さ,受容野の大きさなどの異なるさまざまなタイプが存在する2,3).しかし,これらの多数の感覚細胞が全体としてどのような情報を伝達し,下流にある神経回路がそれをどのように統合し運動の制御や学習に利用するのかについてはよくわかっていない.その原因として,多数の感覚細胞の神経活動を同時に記録して全体像を把握することや,異なる個体について同じ種類の感覚細胞の神経活動をくり返し記録してその機能や構造を精密に調べることなどが技術的にむずかしいことがあげられる.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエに対し遺伝学的な手法と2光子励起顕微鏡を用いたCa2+イメージング法とを組み合わせることによりこれらの技術的な問題を克服し,自己受容感覚にかかわる器官の全体的な機能および構造について調べた.具体的には,腿節弦音器官を構成する感覚細胞が全体としてどのような情報を伝達し,どのような構造をもつかを調べた.電気的な記録がより容易であるナナフシやバッタを用いた研究により,昆虫の腿節弦音器官は脛節と腿節のあいだにある関節の位置および動きに関するさまざまな情報を感知することがわかっているが4),その全体像や下流の神経回路についてはよくわかっていない.また,遺伝学的な手法により神経回路の全体の構造や機能を解析することが可能なショウジョウバエにおいては,腿節弦音器官の反応パターンは調べられていなかった.
ショウジョウバエの腿節弦音器官は約135の感覚細胞から構成される.このうち,軸索を脳へ直接に投射する3~4個を除き5),ほとんどは胸部神経節へと軸索を投射する6).腿節弦音器官が脛節と腿節のあいだにある関節についてどのような情報を感知するかについて調べるため,右前脚の関節を動かしながら,それに対する反応パターンを胸部神経節にある感覚細胞の軸索から記録した(図1).この実験のため,脛節に小さな鉄のピンをつけ,サーボモーターに取り付けた磁石によりそのピンの位置をすばやく精密に制御するシステムを開発した.関節の位置は,高速ビデオカメラにより録画した脛節の画像を解析することにより自動的に計算した.神経活動により細胞内のCa2+濃度が上昇するが,Ca2+濃度の上昇にともない蛍光が強くなるタンパク質GCaMP6f 7) を感覚細胞に発現させることにより,腿節弦音器官を構成する感覚細胞の神経活動のパターンをイメージング法により記録した.
腿節弦音器官のほぼすべての感覚細胞を標識するGal4系統を用いてGCaMP6fを強制発現させ,関節の屈曲と伸展をくり返した際に腿節弦音器官の感覚細胞が全体的にどのような反応を示すか調べた.この際,反応パターンを自動的に分類するため,胸部神経節にある腿節弦音器官の軸索に相当するおのおのの画素を,関節の位置や動きの変化に対する反応パターンによりグループ分けした.その結果,関節の位置に反応するグループ,関節の動きの向きに反応するグループ,関節の両方向への動きに反応するグループが見い出された.関節の位置に反応するグループは,関節が屈曲した位置にあるとき反応が大きくなるタイプと,伸展した位置にあるとき反応が大きくなるタイプの2つに分けられた.また,関節の動きの向きに反応するグループは,屈曲の方向への動きにだけ反応するタイプと,伸展の方向への動きにだけ反応するタイプの2つに分けられた.これらの似たようなタイプの反応を示す画素は,空間的にも同じような場所に存在した.このことは,同じような反応を示す感覚細胞どうしは胸部神経節の同じような領域へと軸索を投射することを反映していると考えられた.
腿節弦音器官を構成する感覚細胞の機能および構造をより精密に調べるため,おのおのの反応グループを特異的に標識するGal4系統をスクリーニングした結果,3つの系統が見い出された.R64C04-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節の真ん中を左右の端から中心へむかって伸びており,そのかたちがこん棒(クラブ)に似ているため,これらの感覚細胞はクラブニューロンとよばれる8).R73D10-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節のなかでかぎ爪(クロー)状に3つに分岐するため,これらの感覚細胞はクローニューロンとよばれる8).R21D12-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節のなかでフック状の枝をもつため,これらの感覚細胞はフックニューロンと命名した.
おのおののニューロン群が関節の位置や動きに対しどのタイプの反応を示すかを調べた.クラブニューロンは関節の両方向への動きに反応するグループに相当した(図2a).クローニューロンは関節の位置に反応するグループに相当した(図2b).このグループには,屈曲した位置に反応するタイプと伸展した位置に反応するタイプがあるが,クローニューロンはその両方から構成されていた.この2つのタイプの感覚細胞が投射する軸索の位置関係をさらにくわしく調べてみると,かぎ爪状の3つの軸索枝にはそれぞれ2つの領域があり,一方の領域は屈曲した位置に反応し,もう一方の領域は伸展した位置に反応した.フックニューロンは関節の動きの向きに反応するグループのうち屈曲の方向への動きにだけ反応するタイプに相当した(図2c).これらの結果,腿節弦音器官の全体の反応を記録した際に見い出された異なるタイプの反応を示す5つの領域は,異なるタイプの反応を示す感覚細胞が胸部神経節の異なる領域へと軸索を投射することから構成されることが確認された.
おのおののニューロン群の細胞体が腿節弦音器官のどの位置に存在するかを調べた.クラブニューロンの細胞体は腿節弦音器官のなかでからだの中心に近いほうの端に2つのかたまりを形成していた.クローニューロンの細胞体は腿節弦音器官の長軸にそって細長い刃のように分布していた.フックニューロンの細胞体は腿節弦音器官の腹側の端に存在していた.これらの結果から,同じタイプの反応を示す感覚細胞は,胸部神経節の同じ領域へと軸索を投射するだけでなく,その細胞体も腿節弦音器官の同じ領域に存在することがわかった.
それぞれのニューロン群に属する個々の感覚細胞の形状を詳細に知るため,個々の感覚細胞を偶発的に標識しその形状を調べた.その結果,クローニューロンに属する個々の感覚細胞の軸索はすべて3つのかぎ爪状の分岐をもつ同じようなかたちをしていた.同様に,フックニューロンに属する個々の感覚細胞の軸索はすべて同じようなフック状のかたちをしていた.しかし,クラブニューロンに属する感覚細胞は,その軸索の形状の違いから,少なくとも3つに分類された.このことから,クラブニューロンは機能的にもさらに細かく分類される可能性がある.
関節のおのおのの位置における反応の違いについて詳細に知るため,関節が伸展した状態(関節の角度は180度)からほぼ屈曲した状態(関節の角度は18度)まで18度ずつ関節を動かし,逆方向にも同じように動かすことにより,おのおののニューロン群の異なる関節の位置における反応を調べた.その結果,屈曲した位置に反応するクローニューロンは,関節の角度が180度から90度の範囲では反応を示さず,関節の角度が90度を下まわると屈曲の度合いに応じてほぼ直線的に神経活動が増強された.逆に,伸展した位置に反応するクローニューロンは,関節の角度が0度から90度の範囲では反応を示さず,関節の角度が90度を上まわると伸展の度合に応じてほぼ直線的に神経活動が増強された.このため,下流の神経回路は2つのタイプのクローニューロンの神経活動を組み合わせることにより関節の位置を把握すると予想された.ショウジョウバエが立っているときにはこの関節の角度はほぼ90度であるため,位置の情報をこのように伝達するしくみは安静時の神経活動を抑える役割をはたす可能性がある.ただし,関節の位置に対するクローニューロンの反応は,過去の関節の位置により若干の違いがあった.屈曲した位置に反応するクローニューロンにおいては,同じ位置であっても,関節を屈曲しながらその位置に達したときの反応のほうが,関節を伸展しながらその位置に達したときの反応よりも大きかった.逆に,伸展した位置に反応するクローニューロンにおいては,関節を伸展しながらその位置に達したときの反応のほうが,屈曲しながらその位置に達したときの反応よりも大きかった.中枢神経がクローニューロンの神経活動だけにもとづき関節の位置を把握すると考えた場合,このように過去の刺激の履歴により反応が変化するヒステリシスは位置の情報を混乱させる可能性がある.この問題を解決するため,クローニューロンのもたらす情報を,フックニューロンのもたらす関節の動きの向きに関する情報などと統合して処理する必要があるのかもしれない.もうひとつの可能性として,筋肉の反応にも過去の動きに応じて反応の大きさが変化するヒステリシスが存在するため,クローニューロンによる位置の情報のみを運動を制御する情報として伝達すると,筋肉の反応のヒステリシスと位置の情報のヒステリシスがキャンセルしあい,ちょうどうまく運動が制御される可能性もある9).
クラブニューロンは関節の位置に関係なく関節の両方向への動きにほぼ同じように反応した.ただし,ときおり,関節が動いていないときにも神経活動を示すことがあった.この神経活動は,のちに述べるように,関節の細かな振動によりひき起こされている可能性がある.また,関節の角速度による反応の違いを調べてみると,毎秒400度の角速度に対する反応がもっとも大きく,それより速い角速度では反応が少し弱まった.
フックニューロンは関節の位置に関係なく関節の屈曲の方向への動きだけにほぼ同じように反応した.試した範囲においては角速度による反応の違いはなく,この点でもクラブニューロンとは性質が異なっていた.
クラブニューロンは関節の両方向への動きに反応するが,関節が動いていないときにも反応を示すことがあった.ほかの昆虫において,腿節弦音器官を構成する感覚細胞のなかには高速ビデオカメラの空間解像度より小さな振幅の高周波の振動に反応するもののある可能性が示されている10).このため,これらの反応はショウジョウバエが磁力にさからって脚を動かそうとしているときに小さな振幅の振動が起こり,それによりひき起こされている可能性があった.この仮説を検証するため,ピエゾ素子を用いて磁石を正弦波状に振動させ,腿節弦音器官を構成するおのおのの感覚細胞の反応について調べた.その結果,クラブニューロンはこれらの振動に大きな反応を示したが,クローニューロンおよびフックニューロンは反応しなかった.クラブニューロンの振動に対する反応パターンを空間的に分析すると,振動の周波数により異なる軸索が反応していた.周波数が低いときにはこん棒状の軸索枝のなかでも前方外側にある軸索がおもに反応し,周波数が高いときには後方内側にある軸索がおもに反応した.このような振動の周波数地図は脊髄動物の蝸牛神経核などでもみられ,周波数の識別に役だっている可能性がある.現時点では,クラブニューロンが自然界においてどのような振動を感知しているかについては不明であるが,ひとつの仮説として,求愛行動の際に雄によりひき起こされる振動を感知している可能性が考えられる.
クラブニューロンやクローニューロンの個々の感覚細胞の機能をより精密に知るため,関節の位置,動き,振動に対する個々の感覚細胞の反応を調べた.その結果,クラブニューロンの個々の感覚細胞は全体よりも狭い周波数域の振動にのみ反応した.さらに,より高い周波数域に反応する感覚細胞のほうが,こん棒状の軸索枝のより後方に軸索を投射していた.これにより,クラブニューロンの全体においてみられた周波数地図は,異なるより狭い周波数域に反応する個々の感覚細胞の軸索から構成されることがわかった.クローニューロンの個々の感覚細胞は関節の屈曲した位置あるいは伸展した位置のいずれか一方に反応した.このことから,クローニューロンの全体においてみられた屈曲した位置に反応する領域と伸展した位置に反応する領域は,別々のタイプの感覚細胞から構成されることがわかった.また,クローニューロンの個々の感覚細胞は全体と比べて,より狭い範囲の位置にのみ反応した.これにより,クローニューロンの全体においてみられた反応は,より狭い範囲の位置に反応する個々の感覚細胞の反応の重ね合わせから構成されることがわかった.
この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの腿節弦音器官の全体的な機能および構造を解析することにより,自己受容感覚が中枢へ伝達される際の基本原理について調べた.機能的には,腿節弦音器官の感覚細胞はその反応パターンにより5つのタイプに分類され,それぞれが腿節と脛節のあいだにある関節の位置,動きの方向,振動のいずれかに反応していた.また,その空間的な構造をみると,同じタイプの感覚細胞の細胞体および軸索は同じ領域に存在し,異なるタイプの自己受容感覚は胸部神経節の異なる領域へと伝達されていた.これらの結果から,下流の神経回路が自己受容感覚を運動の制御に利用する際には,異なるタイプの情報を並列に処理している可能性が高いと考えられた.ショウジョウバエにおいては遺伝学的なツールを用いて個々のニューロンの標識や操作を容易に行うことができるため,今回の研究を土台として自己受容感覚を処理する下流の神経回路の機能および構造を調べることにより,自己受容感覚がどのように運動の制御に役だっているかをよりくわしく調べることが可能になると期待される.
略歴:2004年 米国Rutgers大学大学院博士課程 修了,同年 米国Cold Spring Harbor Laboratoryポスドク,2008年 米国California Institute of Technologyポスドクを経て,2011年より米国Washington大学 研究員.
研究テーマ:動物の行動を決定する感覚の情報および内在的な要素の神経基盤.
抱負:神経生理学と神経行動学を組み合わせることにより,感覚の情報と内在的な要素がどのように組み合わさって行動を決定するかを研究していきたい.
John C. Tuthill
米国Washington大学 助教授.
研究室URL:http://faculty.washington.edu/tuthill/
© 2018 間宮あきら・John C. Tuthill Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Washington大学Department of Physiology and Biophysics)
email:間宮あきら
DOI: 10.7875/first.author.2018.109
Neural coding of leg proprioception in Drosophila.
Akira Mamiya, Pralaksha Gurung, John C. Tuthill
Neuron, 100, 636-650.e6 (2018)
要 約
動物はからだのさまざまな場所に配置された多数の感覚細胞をつうじて自らの身体の位置や動きを把握する.これは自己受容感覚とよばれ,運動の制御や学習において重要な役割をはたす.しかし,自己受容感覚を感知する感覚細胞の全体像やその情報を処理する神経回路の機能および構造についてはくわしくわかっていない.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエに対し遺伝学的な手法と2光子励起顕微鏡を用いたCa2+イメージング法とを組み合わせ,昆虫にとり重要な自己受容感覚にかかわる器官のひとつである腿節弦音器官の全体的な機能および構造について調べた.その結果,腿節弦音器官は,脛節と腿節のあいだにある関節の位置を感知する感覚細胞,関節の動く向きを感知する感覚細胞,関節の両方向への動きおよび振動を感知する感覚細胞,から構成されることがわかった.機能の異なる感覚細胞は腿節弦音器官の異なる場所に存在し,胸部神経節の空間的に離れた場所へと投射していた.これらの結果から,ショウジョウバエにおいて脚の自己受容感覚はさまざまな反応性をもつ感覚細胞の集合体により感知され,胸部神経節の別々の場所において並列に処理されると考えられた.
はじめに
自らの姿勢や関節の動きを把握する自己受容感覚は1),普段はあまり意識しない感覚であるが運動の制御や学習に欠かせない重要な感覚である.自己受容感覚を感知する感覚細胞には,刺激への敏感さ,順応の速さ,受容野の大きさなどの異なるさまざまなタイプが存在する2,3).しかし,これらの多数の感覚細胞が全体としてどのような情報を伝達し,下流にある神経回路がそれをどのように統合し運動の制御や学習に利用するのかについてはよくわかっていない.その原因として,多数の感覚細胞の神経活動を同時に記録して全体像を把握することや,異なる個体について同じ種類の感覚細胞の神経活動をくり返し記録してその機能や構造を精密に調べることなどが技術的にむずかしいことがあげられる.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエに対し遺伝学的な手法と2光子励起顕微鏡を用いたCa2+イメージング法とを組み合わせることによりこれらの技術的な問題を克服し,自己受容感覚にかかわる器官の全体的な機能および構造について調べた.具体的には,腿節弦音器官を構成する感覚細胞が全体としてどのような情報を伝達し,どのような構造をもつかを調べた.電気的な記録がより容易であるナナフシやバッタを用いた研究により,昆虫の腿節弦音器官は脛節と腿節のあいだにある関節の位置および動きに関するさまざまな情報を感知することがわかっているが4),その全体像や下流の神経回路についてはよくわかっていない.また,遺伝学的な手法により神経回路の全体の構造や機能を解析することが可能なショウジョウバエにおいては,腿節弦音器官の反応パターンは調べられていなかった.
1.ショウジョウバエの腿節弦音器官は機能の異なる感覚細胞から構成されそれぞれは胸部神経節の別々の領域に軸索を投射する
ショウジョウバエの腿節弦音器官は約135の感覚細胞から構成される.このうち,軸索を脳へ直接に投射する3~4個を除き5),ほとんどは胸部神経節へと軸索を投射する6).腿節弦音器官が脛節と腿節のあいだにある関節についてどのような情報を感知するかについて調べるため,右前脚の関節を動かしながら,それに対する反応パターンを胸部神経節にある感覚細胞の軸索から記録した(図1).この実験のため,脛節に小さな鉄のピンをつけ,サーボモーターに取り付けた磁石によりそのピンの位置をすばやく精密に制御するシステムを開発した.関節の位置は,高速ビデオカメラにより録画した脛節の画像を解析することにより自動的に計算した.神経活動により細胞内のCa2+濃度が上昇するが,Ca2+濃度の上昇にともない蛍光が強くなるタンパク質GCaMP6f 7) を感覚細胞に発現させることにより,腿節弦音器官を構成する感覚細胞の神経活動のパターンをイメージング法により記録した.
腿節弦音器官のほぼすべての感覚細胞を標識するGal4系統を用いてGCaMP6fを強制発現させ,関節の屈曲と伸展をくり返した際に腿節弦音器官の感覚細胞が全体的にどのような反応を示すか調べた.この際,反応パターンを自動的に分類するため,胸部神経節にある腿節弦音器官の軸索に相当するおのおのの画素を,関節の位置や動きの変化に対する反応パターンによりグループ分けした.その結果,関節の位置に反応するグループ,関節の動きの向きに反応するグループ,関節の両方向への動きに反応するグループが見い出された.関節の位置に反応するグループは,関節が屈曲した位置にあるとき反応が大きくなるタイプと,伸展した位置にあるとき反応が大きくなるタイプの2つに分けられた.また,関節の動きの向きに反応するグループは,屈曲の方向への動きにだけ反応するタイプと,伸展の方向への動きにだけ反応するタイプの2つに分けられた.これらの似たようなタイプの反応を示す画素は,空間的にも同じような場所に存在した.このことは,同じような反応を示す感覚細胞どうしは胸部神経節の同じような領域へと軸索を投射することを反映していると考えられた.
2.腿節弦音器官を構成する3つのニューロン群はそれぞれ異なる動きおよび位置を感知する
腿節弦音器官を構成する感覚細胞の機能および構造をより精密に調べるため,おのおのの反応グループを特異的に標識するGal4系統をスクリーニングした結果,3つの系統が見い出された.R64C04-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節の真ん中を左右の端から中心へむかって伸びており,そのかたちがこん棒(クラブ)に似ているため,これらの感覚細胞はクラブニューロンとよばれる8).R73D10-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節のなかでかぎ爪(クロー)状に3つに分岐するため,これらの感覚細胞はクローニューロンとよばれる8).R21D12-Gal4により標識される感覚細胞の軸索は胸部神経節のなかでフック状の枝をもつため,これらの感覚細胞はフックニューロンと命名した.
おのおののニューロン群が関節の位置や動きに対しどのタイプの反応を示すかを調べた.クラブニューロンは関節の両方向への動きに反応するグループに相当した(図2a).クローニューロンは関節の位置に反応するグループに相当した(図2b).このグループには,屈曲した位置に反応するタイプと伸展した位置に反応するタイプがあるが,クローニューロンはその両方から構成されていた.この2つのタイプの感覚細胞が投射する軸索の位置関係をさらにくわしく調べてみると,かぎ爪状の3つの軸索枝にはそれぞれ2つの領域があり,一方の領域は屈曲した位置に反応し,もう一方の領域は伸展した位置に反応した.フックニューロンは関節の動きの向きに反応するグループのうち屈曲の方向への動きにだけ反応するタイプに相当した(図2c).これらの結果,腿節弦音器官の全体の反応を記録した際に見い出された異なるタイプの反応を示す5つの領域は,異なるタイプの反応を示す感覚細胞が胸部神経節の異なる領域へと軸索を投射することから構成されることが確認された.
おのおののニューロン群の細胞体が腿節弦音器官のどの位置に存在するかを調べた.クラブニューロンの細胞体は腿節弦音器官のなかでからだの中心に近いほうの端に2つのかたまりを形成していた.クローニューロンの細胞体は腿節弦音器官の長軸にそって細長い刃のように分布していた.フックニューロンの細胞体は腿節弦音器官の腹側の端に存在していた.これらの結果から,同じタイプの反応を示す感覚細胞は,胸部神経節の同じ領域へと軸索を投射するだけでなく,その細胞体も腿節弦音器官の同じ領域に存在することがわかった.
それぞれのニューロン群に属する個々の感覚細胞の形状を詳細に知るため,個々の感覚細胞を偶発的に標識しその形状を調べた.その結果,クローニューロンに属する個々の感覚細胞の軸索はすべて3つのかぎ爪状の分岐をもつ同じようなかたちをしていた.同様に,フックニューロンに属する個々の感覚細胞の軸索はすべて同じようなフック状のかたちをしていた.しかし,クラブニューロンに属する感覚細胞は,その軸索の形状の違いから,少なくとも3つに分類された.このことから,クラブニューロンは機能的にもさらに細かく分類される可能性がある.
3.おのおののニューロン群の関節の位置における反応の違い
関節のおのおのの位置における反応の違いについて詳細に知るため,関節が伸展した状態(関節の角度は180度)からほぼ屈曲した状態(関節の角度は18度)まで18度ずつ関節を動かし,逆方向にも同じように動かすことにより,おのおののニューロン群の異なる関節の位置における反応を調べた.その結果,屈曲した位置に反応するクローニューロンは,関節の角度が180度から90度の範囲では反応を示さず,関節の角度が90度を下まわると屈曲の度合いに応じてほぼ直線的に神経活動が増強された.逆に,伸展した位置に反応するクローニューロンは,関節の角度が0度から90度の範囲では反応を示さず,関節の角度が90度を上まわると伸展の度合に応じてほぼ直線的に神経活動が増強された.このため,下流の神経回路は2つのタイプのクローニューロンの神経活動を組み合わせることにより関節の位置を把握すると予想された.ショウジョウバエが立っているときにはこの関節の角度はほぼ90度であるため,位置の情報をこのように伝達するしくみは安静時の神経活動を抑える役割をはたす可能性がある.ただし,関節の位置に対するクローニューロンの反応は,過去の関節の位置により若干の違いがあった.屈曲した位置に反応するクローニューロンにおいては,同じ位置であっても,関節を屈曲しながらその位置に達したときの反応のほうが,関節を伸展しながらその位置に達したときの反応よりも大きかった.逆に,伸展した位置に反応するクローニューロンにおいては,関節を伸展しながらその位置に達したときの反応のほうが,屈曲しながらその位置に達したときの反応よりも大きかった.中枢神経がクローニューロンの神経活動だけにもとづき関節の位置を把握すると考えた場合,このように過去の刺激の履歴により反応が変化するヒステリシスは位置の情報を混乱させる可能性がある.この問題を解決するため,クローニューロンのもたらす情報を,フックニューロンのもたらす関節の動きの向きに関する情報などと統合して処理する必要があるのかもしれない.もうひとつの可能性として,筋肉の反応にも過去の動きに応じて反応の大きさが変化するヒステリシスが存在するため,クローニューロンによる位置の情報のみを運動を制御する情報として伝達すると,筋肉の反応のヒステリシスと位置の情報のヒステリシスがキャンセルしあい,ちょうどうまく運動が制御される可能性もある9).
クラブニューロンは関節の位置に関係なく関節の両方向への動きにほぼ同じように反応した.ただし,ときおり,関節が動いていないときにも神経活動を示すことがあった.この神経活動は,のちに述べるように,関節の細かな振動によりひき起こされている可能性がある.また,関節の角速度による反応の違いを調べてみると,毎秒400度の角速度に対する反応がもっとも大きく,それより速い角速度では反応が少し弱まった.
フックニューロンは関節の位置に関係なく関節の屈曲の方向への動きだけにほぼ同じように反応した.試した範囲においては角速度による反応の違いはなく,この点でもクラブニューロンとは性質が異なっていた.
4.クラブニューロンは小さな振幅の高周波の振動に反応する
クラブニューロンは関節の両方向への動きに反応するが,関節が動いていないときにも反応を示すことがあった.ほかの昆虫において,腿節弦音器官を構成する感覚細胞のなかには高速ビデオカメラの空間解像度より小さな振幅の高周波の振動に反応するもののある可能性が示されている10).このため,これらの反応はショウジョウバエが磁力にさからって脚を動かそうとしているときに小さな振幅の振動が起こり,それによりひき起こされている可能性があった.この仮説を検証するため,ピエゾ素子を用いて磁石を正弦波状に振動させ,腿節弦音器官を構成するおのおのの感覚細胞の反応について調べた.その結果,クラブニューロンはこれらの振動に大きな反応を示したが,クローニューロンおよびフックニューロンは反応しなかった.クラブニューロンの振動に対する反応パターンを空間的に分析すると,振動の周波数により異なる軸索が反応していた.周波数が低いときにはこん棒状の軸索枝のなかでも前方外側にある軸索がおもに反応し,周波数が高いときには後方内側にある軸索がおもに反応した.このような振動の周波数地図は脊髄動物の蝸牛神経核などでもみられ,周波数の識別に役だっている可能性がある.現時点では,クラブニューロンが自然界においてどのような振動を感知しているかについては不明であるが,ひとつの仮説として,求愛行動の際に雄によりひき起こされる振動を感知している可能性が考えられる.
5.おのおののニューロン群の個々の感覚細胞は全体と似た反応を示すがより特異的である
クラブニューロンやクローニューロンの個々の感覚細胞の機能をより精密に知るため,関節の位置,動き,振動に対する個々の感覚細胞の反応を調べた.その結果,クラブニューロンの個々の感覚細胞は全体よりも狭い周波数域の振動にのみ反応した.さらに,より高い周波数域に反応する感覚細胞のほうが,こん棒状の軸索枝のより後方に軸索を投射していた.これにより,クラブニューロンの全体においてみられた周波数地図は,異なるより狭い周波数域に反応する個々の感覚細胞の軸索から構成されることがわかった.クローニューロンの個々の感覚細胞は関節の屈曲した位置あるいは伸展した位置のいずれか一方に反応した.このことから,クローニューロンの全体においてみられた屈曲した位置に反応する領域と伸展した位置に反応する領域は,別々のタイプの感覚細胞から構成されることがわかった.また,クローニューロンの個々の感覚細胞は全体と比べて,より狭い範囲の位置にのみ反応した.これにより,クローニューロンの全体においてみられた反応は,より狭い範囲の位置に反応する個々の感覚細胞の反応の重ね合わせから構成されることがわかった.
おわりに
この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの腿節弦音器官の全体的な機能および構造を解析することにより,自己受容感覚が中枢へ伝達される際の基本原理について調べた.機能的には,腿節弦音器官の感覚細胞はその反応パターンにより5つのタイプに分類され,それぞれが腿節と脛節のあいだにある関節の位置,動きの方向,振動のいずれかに反応していた.また,その空間的な構造をみると,同じタイプの感覚細胞の細胞体および軸索は同じ領域に存在し,異なるタイプの自己受容感覚は胸部神経節の異なる領域へと伝達されていた.これらの結果から,下流の神経回路が自己受容感覚を運動の制御に利用する際には,異なるタイプの情報を並列に処理している可能性が高いと考えられた.ショウジョウバエにおいては遺伝学的なツールを用いて個々のニューロンの標識や操作を容易に行うことができるため,今回の研究を土台として自己受容感覚を処理する下流の神経回路の機能および構造を調べることにより,自己受容感覚がどのように運動の制御に役だっているかをよりくわしく調べることが可能になると期待される.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2004年 米国Rutgers大学大学院博士課程 修了,同年 米国Cold Spring Harbor Laboratoryポスドク,2008年 米国California Institute of Technologyポスドクを経て,2011年より米国Washington大学 研究員.
研究テーマ:動物の行動を決定する感覚の情報および内在的な要素の神経基盤.
抱負:神経生理学と神経行動学を組み合わせることにより,感覚の情報と内在的な要素がどのように組み合わさって行動を決定するかを研究していきたい.
John C. Tuthill
米国Washington大学 助教授.
研究室URL:http://faculty.washington.edu/tuthill/
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