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睡眠の質は時計遺伝子に依存的な神経活動の発火パターンのゆらぎにより決まる

田渕 理史
(米国Johns Hopkins大学Department of Neurology)
email:田渕理史
DOI: 10.7875/first.author.2018.107

Clock-generated temporal codes determine synaptic plasticity to control sleep.
Masashi Tabuchi, Joseph D. Monaco, Grace Duan, Benjamin Bell, Sha Liu, Qili Liu, Kechen Zhang, Mark N. Wu
Cell, 175, 1213-1227.e18 (2018)




要 約


 脳の情報表現の様式についての枠組み的な概念として,発火頻度が情報表現の実体であると考える発火頻度表現の考え方と,発火パターンの高次の時間構造などに情報が実装されていると考える時間構造表現の考え方とがある.筆者らは,睡眠の質は時計遺伝子の発現の振動に依存する神経活動の発火パターンのゆらぎにより決まることを,ショウジョウバエの睡眠行動および概日時計ニューロンの神経活動をモデルとして明らかにした.また,時計遺伝子に依存的な発火パターンの生成の分子機構を知るため大規模な遺伝的スクリーニングを実施したところ,発火パターンを制御する2つのタンパク質が同定された.この2つのタンパク質は,時計遺伝子に依存的に活動電位の波形を制御することにより発火パターンの生成に関与していた.さらには,概日時計ニューロンの発火パターンのゆらぎが,シナプスの接続先である覚醒ニューロンにおいてNMDA受容体に依存的なシナプスの可塑性をひき起こすことが見い出され,これが覚醒ニューロンの神経活動を高めることにより睡眠の質が制御されることが示された.これらの結果から,睡眠の質は時計遺伝子に依存的な神経活動の発火パターンのゆらぎにより決まることが明らかにされた.

はじめに


 脳の情報表現を理解することは神経科学において重要な課題である.脳での情報処理においてはニューロンが生成する電気信号,とくに,活動電位が重要な役割をはたすことは広く認識されているが,活動電位がどのようにして情報を表現するかという問いは未解決である.脳の情報表現の様式における大きな枠組み的な概念として,活動電位の発火頻度が情報表現の実体であると考える発火頻度表現(rate coding)の考え方と,活動電位の発火パターンの高次の時間構造などに情報が実装されていると考える時間構造表現(temporal coding)の考え方とがある1).発火頻度表現については古くから実験的な証明がなされているが,時間構造表現については,とくに実験的な検証は概念的および技術的な複雑性もあいまって遅れている2).脳において時間構造表現が生物学的な情報表現として機能していることを実験的に厳密に示すためには,以下の3つの基準をクリアする必要がある.1つ目は,同じニューロンで機能状態が違うとされるときに生理学的な条件において時間構造表現の違いが観察されること1),2つ目は,時間構造表現の違いが後シナプスから接続するニューロンに情報の流れとしてなんらかの様式により反映されていること3),3つ目は,時間構造表現が知覚あるいは行動のレベルの違いに影響をおよぼすのに実際に使われていることが明確なこと4),である.この3つの基準のすべてを,とくに発火頻度表現の寄与をできるかぎり排除したかたちでみたすような系は,これまで,厳密な実験的な検証をもってして同定されておらず,また,時間構造表現を生成する分子機構についてはほとんど明らかにされていない.この研究において,筆者らは,このような問いに答えるため,ショウジョウバエの睡眠行動および概日時計ニューロンの神経活動をモデルとして,時間構造表現として概日時計ニューロンの発火パターンが,発火頻度表現の寄与を含まないかたちでシナプスの可塑性を介し睡眠の質と関連性をもつことを示した.

1.睡眠の質は概日時計ニューロンの発火パターンおよび時計遺伝子に対し依存性をもつ


 概日リズムは時計遺伝子の転写-翻訳フィードバックループに由来する約24時間周期の発振現象であるが,時計遺伝子の発現の振動に相関した概日時計ニューロンの膜興奮性が生理行動のレベルにおける概日リズムの制御機構として同定されている5).しかし,これまで概日時計ニューロンの膜興奮性として着目されてきたのは概日時計ニューロンの平均の発火頻度を用いた情報表現,すなわち,発火頻度表現であり5),時間構造表現として概日時計ニューロンの発火パターンがどのような機能的な意義をもつのかについてはわかっていない.そこで,ショウジョウバエのDN1ニューロンとよばれる睡眠および覚醒の制御にかかわることの知られている概日時計ニューロンと6),単シナプス接続を介してDN1ニューロンの情報をうけとっていることがすでに報告されている覚醒ニューロンであるPIニューロンをモデルとして用いた7).穿孔パッチクランプ記録法を用いてショウジョウバエのDN1ニューロンの膜電位を測定し自発発火の特性について解析したところ,DN1ニューロンの発火パターンは昼夜で異なることが見い出された.発火パターンを数理解析すると,昼間の発火パターンは不規則かつスパイク系列の時間相関に起因する高次の時間構造をもっていたのに対し,夜間の発火パターンは時計の秒針のように正確かつ規則的であった.また,このような昼夜の発火パターンの違いは,時計遺伝子の変異体,および,時計遺伝子の下流に存在するWAKE遺伝子8) の変異体においては観察されなかったことから,昼夜の発火パターンの違いは時計遺伝子に依存することがわかった.また,ショウジョウバエを明期12時間-暗期12時間の明暗サイクルにおき昼間の時間帯と夜間の時間帯とで比較すると,平均の発火頻度は同じだが発火パターンは異なるという,発火頻度表現の寄与をできるかぎり排除したかたちで時間構造表現を解析するのに理想的な状態が得られた.時計遺伝子に依存的なDN1ニューロンの発火パターンがショウジョウバエの睡眠の制御に関与するのではないかと仮説をたて,ショウジョウバエを明期12時間-暗期12時間の明暗サイクルにおき昼間の時間帯の睡眠と夜間の時間帯の睡眠とを比較解析したところ,ヒトと同じく,ショウジョウバエの睡眠も昼間よりも夜間のほうが質が高く,夜間の睡眠に特有の質の高さは時計遺伝子およびWAKE遺伝子に依存することが見い出された.睡眠の質とDN1ニューロンの発火パターンとのあいだの厳密な関連性を実験的に証明するため,光遺伝学的な手法を用いた摂動実験を実施したところ,昼夜の発火パターンを逆転させると昼夜の睡眠の質も逆転することが見い出された.これらの結果から,睡眠の質は時計遺伝子に依存的な概日時計ニューロンの発火パターンにより制御されると結論づけられた.

2.概日時計に依存的な発火パターンを生成する分子機構


 ショウジョウバエの概日時計の系を用いて,概日時計に依存的な発火パターンを生成する分子機構の解明を試みた.ショウジョウバエは大規模な遺伝的スクリーニングに適しており,さまざまな系が開発されている.ここでは,CCAPニューロン9) とよばれるニューロンにおいてWAKE遺伝子を異所的に発現させる系を用いた.CCAPニューロンの膜興奮性はショウジョウバエが蛹から成虫に羽化する際の翅の伸張の制御に必須であり9),CCAPニューロンにWAKE遺伝子を発現させると膜興奮性が低下し翅の伸張が阻害されるが,この現象を利用した大規模なRNAiスクリーニングを実施した.その結果,WAKE遺伝子と遺伝的な相互作用を示す2つの遺伝子の産物として,Ca2+依存性K+チャネル結合タンパク質SLOB,および,Na+/K+ポンプのβサブユニットが同定された.DN1ニューロンにおいてこの2つのタンパク質をノックダウンし電気生理学的に網羅的に解析したところ,SLOBはCa2+依存性K+チャネルのコンダクタンスを制御することによりスパイク波形の後過分極の成分の振幅を高め,また,Na+/K+ポンプのβサブユニットはスパイク波形の脱分極の立ち上がりの速度を制御することにより発火パターンの生成に関与することが明らかにされた.また,この2つのタンパク質がWAKEによりどのような制御をうけているかについて調べた.以前に,筆者らは,WAKEが明暗周期の切り替わりのときにGABAA受容体の細胞における局在を制御することを見い出していたことから8),この2つのタンパク質も同様の制御をうけているのではないかと仮定し,概日時計ニューロンにおける局在について調べた.結果として,この2つのタンパク質の細胞における局在は,とくに細胞質から細胞膜への移行という点においてWAKEに依存的な制御をうけていた.以上の結果から,時間構造表現を生成するための分子機構の一端として,時計遺伝子およびWAKE遺伝子に依存的にイオンチャネル結合タンパク質およびイオンポンプの細胞における局在を制御する機構が明らかにされた.

3.覚醒ニューロンに発現するNMDA受容体が睡眠の質に影響をおよぼす


 DN1ニューロンと単シナプス接続を介してDN1ニューロンの情報をうけとっていることがすでに報告されている覚醒ニューロンであるPIニューロンを対象として,DN1ニューロンの神経発火パターンのゆらぎがどのように睡眠の質の制御にかかわるのかについて調べた.PIニューロンに細胞内記録法を適用することにより電気生理学的な特性を調べ昼間の時間帯の睡眠と夜間の時間帯の睡眠とを比較解析したところ,先行研究において報告されたとおり7),昼間の睡眠におけるPIニューロンの平均の発火頻度は,夜間の睡眠と比較して大幅に上昇していた.また,このような昼夜の平均の発火頻度の差異はWAKE遺伝子に依存的であったが,以前の筆者らの研究において,PIニューロンにWAKE遺伝子は発現していないことが確認されていたため8),PIニューロンにおける昼夜の平均の発火頻度の差異はDN1ニューロンからのシナプス伝達に依存する可能性が考えられた.さらに,PIニューロンにおいてシナプス伝達に関与するタンパク質をノックダウンして睡眠の質が変化するかどうかを調べたところ,NMDA受容体をノックダウンしたときにもっとも効果的に睡眠の質が変化した.これらの結果から,覚醒ニューロンに発現するNMDA受容体が睡眠の質に影響をおよぼすことが明らかにされた.

4.発火パターンに依存的なシナプスの可塑性が睡眠の質を制御する


 DN1ニューロンの発火パターンのゆらぎがNMDA受容体に依存的なシナプス伝達を介してPIニューロンの平均の発火頻度を制御することにより睡眠の質を変化させると考え,光遺伝学的な手法によりDN1ニューロンの発火パターンを制御しつつPIニューロンの膜電位を測定した.DN1ニューロンの発火パターンを正確かつ規則的な夜間モードに制御したとき,PIニューロンの平均の発火頻度に変化はみられなかったが,不規則かつスパイク系列の時間相関に起因する高次の時間構造をもつ昼間モードに制御した場合,平均の発火頻度は約5分間の潜時を含んだのち有意に上昇し,この上昇は制御を中止したのちも持続的であった.DN1ニューロンの発火パターンの制御に対するPIニューロンの持続的な平均の発火頻度の上昇はNMDA受容体をノックダウンしたときには観察されなかったことから,このPIニューロンの発火頻度の上昇にはPIニューロンに発現するNMDA受容体が関連することが示唆された.このようなPIニューロンの発火頻度の上昇に寄与する因子をさぐるためPIニューロンの膜電位を解析したところ,興奮性後シナプス電位に変化が観察された.興奮性後シナプス電位の発生の頻度に関しては顕著な変化は観察されなかったが,興奮性後シナプス電位の立ち上がりのスロープ値およびピークの振幅値はDN1ニューロンの発火パターンを昼間モードに制御したときには,夜間モードに制御したときと比較して有意に増大し,しかも,NMDA受容体をノックダウンしたときには観察されなかったことから,このような興奮性後シナプス電位の可塑的な変化がPIニューロンの発火頻度の上昇に寄与することが示唆され,前シナプスニューロンの平均の発火頻度は一定の状態において発火パターンの変化のみでシナプスの可塑性をひき起こすが可能であることが示された.

おわりに


 脳の情報表現の様式における大きな枠組み的な概念として,活動電位の発火頻度が情報表現の実体であると考える発火頻度表現の考え方と,活動電位の発火パターンの高次の時間構造などに情報が実装されていると考える時間構造表現の考え方とがある.この研究において,筆者らは,発火頻度表現の寄与を含まないかたちで時間構造表現が単独で生物学的な情報表現として機能してうることを実験的に厳密に示し,さらには,時間構造表現を生成するための分子機構の一例として,時計遺伝子と時計遺伝子の下流に存在するWAKE遺伝子8) によるイオンチャネル結合タンパク質およびイオンポンプの細胞における局在の制御の機構が明らかにされ,時間構造表現の読み出しの機構としてシナプスの可塑性が利用されており,シナプスの可塑性により前シナプスニューロンの時間構造表現が後シナプスニューロンの発火頻度表現へと変換されることにより睡眠の質が変化することが示された(図1).発火頻度表現の寄与を含まないかたちでの時間構造表現の単独での睡眠の質の制御は,発火頻度表現を用いた情報処理とは異なる機能的な意義をもつ可能性を強調したい.以前に,筆者らは,WAKEが明暗周期の切り替わりのときにGABAA受容体を制御することを報告したが8),この場合は,概日時計ニューロンの平均の発火頻度がGABAA受容体に依存的に変化することにより入眠の潜時が制御されることを示したことから,明暗周期の切り替わりのときの入眠の潜時は発火頻度表現により情報処理されているといえる.覚醒が睡眠に切り替わるような大規模かつ比較的短時間の状態の遷移においては発火頻度表現のような時間的に読み出しの速い情報表現が望ましいのかもしれない.一方で,睡眠の質の制御のような,長時間にわたる脳の状態の表現には,時間的に読み出しが遅いとしてもニューロンの平均の発火頻度を変えずに情報を表現できる時間構造表現のようなエネルギー効率的にすぐれた情報表現10) が望ましいのかもしれない.




文 献



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著者プロフィール


田渕 理史(Masashi Tabuchi)
略歴:2013年 東京大学大学院工学系研究科博士課程 修了,同年より米国Johns Hopkins大学 博士研究員.
研究テーマ:脳の機能の解明およびその制御.
抱負:どのような現象が脳の性能を決めるのか,その現象にはどんな分子が関与するのか,その分子を制御すれば脳の性能を意のままに操れるのか,明らかにしていきたい.

© 2018 田渕 理史 Licensed under CC 表示 2.1 日本