T細胞における共抑制性遺伝子プログラムの発現の制御
千原典夫・Vijay K. Kuchroo
(米国Harvard Medical School,Evergrande Center for Immunologic Diseases)
email:千原典夫
DOI: 10.7875/first.author.2018.067
Induction and transcriptional regulation of the co-inhibitory gene module in T cells.
Norio Chihara, Asaf Madi, Takaaki Kondo, Huiyuan Zhang, Nandini Acharya, Meromit Singer, Jackson Nyman, Nemanja D. Marjanovic, Monika S. Kowalczyk, Chao Wang, Sema Kurtulus, Travis Law, Yasaman Etminan, James Nevin, Christopher D. Buckley, Patrick R. Burkett, Jason D. Buenrostro, Orit Rozenblatt-Rosen, Ana C. Anderson, Aviv Regev, Vijay K. Kuchroo
Nature, 558, 454-459 (2018)
CTLA-4やPD-1といった共抑制性受容体はエフェクターT細胞に共発現して免疫応答の恒常性に関与する.その制御の不全は自己免疫疾患をひき起こし,過剰な発現は疲弊T細胞によるウイルス感染症の慢性化やがんにおける免疫の回避をひき起こす.しかし,これら共抑制性受容体が共発現する分子機構は不明であった.この研究において,筆者らは,1細胞RNA-seq法やCyTOF法といった遺伝子あるいはタンパク質の発現を解析する手法を用いて,腫瘍において疲弊T細胞の共抑制性受容体および共刺激性受容体をハイスループットにスクリーニングしたところ,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITといった既知の共抑制性受容体にくわえ,多くの新たな表面受容体を同定した.これらの共抑制性受容体のモジュールは抑制性サイトカインであるインターロイキン27により発現が誘導され,腫瘍の微小環境のみならず,慢性ウイルス感染症,免疫不応答の状態,免疫寛容の状態のT細胞に共通してみられる,より大きな共抑制性遺伝子プログラムの一部であった.そのなかからProcrおよびPdpnについて腫瘍のモデルを用いて機能的に実証され,さらに,共抑制性遺伝子プログラムのコンピューター解析によりPrdm1とc-Mafが協働して共抑制性遺伝子プログラムを制御することが明らかにされ,これら2つの転写因子が腫瘍に対する免疫応答を抑制する鍵となることが示された.
腫瘍の微小環境などの慢性炎症を起こした組織において,活性化したT細胞は長期にわたり抗原の刺激や周囲からの抑制性シグナルをうけることによりその恒常性を変化させ,“疲弊”(exhaustion)という状態になる.疲弊T細胞においては細胞傷害性や炎症性サイトカインの産生能が低下し腫瘍の増大をまねく.疲弊T細胞はCTLA4やPD-1をはじめとした多様な共抑制性受容体を発現し,これが疲弊の程度に寄与する.一方で,自己免疫疾患においては免疫病態の核としてT細胞に発現する抑制性受容体の機能の不全が知られ,慢性的な持続炎症の原因となる可能性がある.この研究においては,1細胞RNA-seq法やCyTOF法といった遺伝子あるいはタンパク質の発現をハイスループットに解析する手法を用いて,疲弊T細胞をはじめとする免疫の機能が不全の状態にある種々のT細胞に発現する共抑制性受容体モジュールおよびその背景にある共抑制性遺伝子プログラムを同定し,これを制御する転写因子を明らかにした.
PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITといった共抑制性受容体は疲弊T細胞に発現し,その共発現の程度がより重度の疲弊と関連するとされる1).しかしながら,どのくらいの規模の共抑制性受容体が共発現しているのかを解析するのはむずかしく,これまでは,いくつかの受容体を選択してその機能が解析されてきた.そこで,1細胞RNA-seq法を用いて,腫瘍に浸潤したT細胞としてB16F10メラノーマに浸潤したT細胞の表面受容体の遺伝子の発現を解析した.その結果,腫瘍に浸潤したCD8陽性T細胞においてはPD-1,Tim-3,Lag-3,CTLA-4,4-1BB,TIGITが強い相関をもって共発現し,腫瘍に浸潤したCD4陽性T細胞においてはそれらにくわえICOS,GITR,OX40が共発現していた.さらに,これらの受容体を含む既知の15個の表面受容体のタンパク質の発現の相関を1細胞レベルでの質量分析法であるCyTOF法を用いて解析したところ,4つの共抑制性受容体PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITが腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞において強固に共発現していることが明らかにされた.クラスター解析により,腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞はこれら4つの共抑制性受容体をおもに発現する細胞および発現しない細胞とに分けられた.このことから,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITを核とした共抑制性受容体モジュールが腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞に認められることが明らかにされた.
共抑制性受容体モジュールの存在はそのトリガーを予想させるものであった.そこで,抑制性サイトカインであるインターロイキン27に注目した.インターロイキン27は,同じく抑制性サイトカインであるインターロイキン10を産生する制御性T細胞であるTr1細胞の分化を誘導することが知られており2),Tim-3やPD-1のリガンドであるPD-L1の発現を誘導することが示されている3,4).実際に,in vitroのT細胞の分化系においてインターロイキン27の刺激をくわえたところ,インターロイキン27受容体シグナルに依存的にTim-3,Lag-3,TIGITの発現が誘導された.PD-1の発現は対照と比べ変化しなかった.一方,in vivoにおいて,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞は,CyTOF法による解析ではPD-1の発現を含め共抑制性受容体モジュールを発現する細胞のクラスターはみられなかった.なお,インターロイキン10の発現もインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞において著明に低下していた.野生型マウスおよびインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したT細胞を用いた1細胞RNA-seq法による解析でのクラスター解析においても,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITを発現する細胞が認められ,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞においてはこれらの発現の著明な低下,また,腫瘍に浸潤したCD4陽性のT細胞ではTim-3およびLag-3の発現の著明な低下が認められた.これらのことから,インターロイキン27はin vivoにおいて共抑制性受容体モジュールの発現を誘導すると考えられた.
共抑制性受容体モジュールはインターロイキン27により誘導されるより大きな遺伝子発現プログラムに含まれるという可能性を考え,in vitroにおいてT細胞を分化させインターロイキン27により発現の誘導された1201個の遺伝子を抽出した.1細胞RNA-seq法による解析で得られた遺伝子の情報をもつ野生型のマウスの腫瘍に浸潤したT細胞をその遺伝子の発現の類似性により2次元に展開したアルゴリズムに散布し,そこに腫瘍の微小環境,慢性ウイルス感染症,免疫不応答の状態,免疫寛容の状態の免疫の機能が不全の状態にある複数のT細胞において発現の上昇した遺伝子を投影したところ,それらを発現する細胞は一定の集団を形成し,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したT細胞に発現する遺伝子はそれ以外の細胞に発現した.in vitroにおいてインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子は満遍なく発現していたことから,さきに述べたインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子のなかからそれぞれの免疫不応答の状態のT細胞に発現した遺伝子と共通の遺伝子を抽出することにより,272個の遺伝子からなる共抑制性遺伝子プログラムが同定された.このなかには,Tim-3,Lag-3,TIGIT,インターロイキン10を含む57個の表面受容体およびサイトカインをコードする遺伝子が含まれた.
共抑制性受容体モジュールとして新たに同定された表面受容体が真に抑制性の機能をもつかどうかを実証する目的で,候補となる遺伝子にコードされていたタンパク質のうち腫瘍の微小環境における疲弊T細胞に発現していたProcrおよびPdpnについて腫瘍のモデルを用いて検証した.Procrを低発現するマウスおよびPdpnのT細胞に特異的なノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,炎症性サイトカインであるTNFαの産生が増加し,PD-1およびTim-3を高発現する細胞が減少し,腫瘍の増大が抑制された.以上のことから,ProcrおよびPdpnは新規の共抑制性受容体であると考えられた.
Prdm1を共抑制性遺伝子プログラムを制御する転写因子の候補とした.Prdm1の発現はインターロイキン27により誘導され,共抑制性遺伝子プログラムを発現する腫瘍に浸潤したT細胞や疲弊T細胞にも高発現していた.実際に,Prdm1ノックアウトマウスのT細胞においてはインターロイキン27により発現の誘導される共抑制性遺伝子プログラムのなかのさまざまな遺伝子の発現が低下しており,既報のPrdm1のChIP-seq法による解析の結果5) を用いても,共抑制性遺伝子プログラムに含まれる遺伝子を直接に制御する可能性が示唆された.しかしながら,T細胞に特異的なPrdm1ノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,PD-1,Tim-3,Procrの発現の低下が認められたものの,腫瘍の大きさは変わらず,Prdm1の欠失のみでは腫瘍免疫を活性化するには不十分であった.そこで,Prdm1ノックアウトマウスにおいては共抑制性遺伝子プログラムの制御がほかの転写因子により代償されている可能性を考え,Prdm1ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞を用いインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子および疲弊T細胞において発現の上昇している遺伝子の発現動態を解析したところ,転写因子c-Mafをコードする遺伝子を含む数個の遺伝子の発現の上昇が認められた.実際に,c-MafはPrdm1とともにインターロイキン27により発現が誘導され,インターロイキン10の発現や疲弊T細胞における遺伝子の発現を制御するとされていたことから6,7),既報のc-MafのChIP-seq法による解析の結果8) を再解析したところ,共抑制性遺伝子プログラムに含まれる遺伝子を直接に制御している可能性が示唆された.T細胞に特異的なc-Mafのノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,共抑制性受容体の発現の部分的な低下が認められたものの,やはり腫瘍の大きさは変わらなかった.c-Mafノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞においては,対照となる野生型のマウスと同じ程度にPrdm1が発現しており,Prdm1が共抑制性遺伝子プログラムの転写を制御する可能性が考えられた.
ここまで述べた結果から,Prdm1およびc-Mafが協働して共抑制性受容体の発現を制御する可能性が考えられた.Prdm1とc-Mafの物理的な結合の証拠は得られなかったため,標的となる遺伝子を共有するかどうか解析した.その結果,おのおのの転写因子による遺伝子の発現の制御について作製したネットワークをあわせることにより,共抑制性遺伝子プログラムの制御において121個の遺伝子がPrdm1およびc-Mafの影響をうける可能性が見い出された.ChIP-seq法にくわえ,インターロイキン10を産生するTr1細胞および疲弊T細胞におけるATAC-seq法による開いた構造をとるクロマチン領域の網羅的な解析の結果9,10) を用いて,PD-1遺伝子座,Tim-3遺伝子座,Lag-3遺伝子座,TIGIT遺伝子座を解析したところ,Prdm1およびc-Mafが重なって結合する部位および別々に結合する部位がみられた.さらに,Tim-3遺伝子のエンハンサー領域においてはPrdm1およびc-Mafがその発現を相乗的に誘導することも明らかにされた(図1).
Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスを作製したところ,T細胞の頻度やメモリー細胞の分化および活性化については正常であったが,Foxp3陽性の制御性CD4陽性T細胞の頻度は上昇していた.このダブルノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGIT,Pdpn,Procrの共抑制性受容体の発現がほぼ消失し,インターロイキン2やTNFαの産生が亢進し,腫瘍の増殖の著明な抑制が認められた.腫瘍の増殖の抑制がCD4陽性T細胞によるものかCD8陽性T細胞によるものかを確かめるため,Rag1ノックアウトマウスにPrdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスあるいは野生型のマウスのCD4陽性T細胞あるいはCD8陽性T細胞のおのおのの組合せを養子移入したところ,ダブルノックアウトマウスに由来するCD4陽性T細胞およびCD8陽性T細胞を移入した場合に共抑制性受容体の発現および腫瘍の増殖がもっとも抑制された.また,抗原に特異的な腫瘍のモデルとしてMC38-OVAを用いて同様に実験したところ,ダブルノックアウトマウスに由来するT細胞を移入した場合に腫瘍の増殖の著明な抑制がみられ,OVAに特異的なCD8陽性T細胞の腫瘍に対する所属リンパ節における増加,および,腫瘍に浸潤したT細胞および脾臓におけるインターフェロンγおよびTNFαの産生の増加,脾臓におけるKi67陽性の割合の上昇が認められた.
さらに,Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスを用いて,B16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性T細胞におけるRNA-seq法による遺伝子の発現を対象となる野生型のマウスと比較したところ,特異的に発現する940個の遺伝子が認められ,うち149個はPrdm1あるいはc-Maf単独のノックアウトマウスにおける結果から相加的に予測されるよりも強い発現の違いを示した.Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞における遺伝子の発現は野生型のマウスの非疲弊T細胞と類似しており,1細胞RNA-seq法による解析で得られた遺伝子の情報をもつ野生型のマウスの腫瘍に浸潤したT細胞において,ダブルノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性T細胞に特異的な遺伝子を発現する細胞は共抑制性遺伝子プログラムの遺伝子を発現する細胞と相互に排他的なパターンをとり,リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスを用いた慢性ウイルス感染症においてエフェクター細胞の前駆細胞として報告されているPD-1陽性CXCR5陽性CD8陽性T細胞11) に発現する遺伝子を発現する細胞やインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞と有意な重なりを示した.これらの結果から,腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞はPrdm1およびc-Mafを発現しなくなることにより共抑制性遺伝子プログラムの発現を失い,より免疫応答性のエフェクター細胞としての性質を獲得することが明らかにされた(図1).
この研究においては,免疫の機能が不全の状態にあるさまざまなT細胞に発現する,これまで明らかにされていなかった共抑制性遺伝子プログラムが,それを制御する転写因子とともに同定された.これは,T細胞の制御を標的とした免疫療法の新たな共抑制性受容体および刺激性受容体の候補のライブラリーになりうるだろう.今後,この共抑制性遺伝子プログラムは腫瘍の微小環境のみならず,その制御の不全がみられる自己免疫疾患の病態の解明にもつながるものと期待される.
略歴:2012年 神戸大学大学院医学研究科 修了,2013年 米国Harvard Medical SchoolにてPostdoctoral Fellowを経て,2016年より神戸大学大学院医学研究科 特定助教(現 助教).
研究テーマ:神経と免疫の連関.
抱負:分子機構を大事にして,トランスレーショナル医療をめざしています.
Vijay K. Kuchroo
米国Harvard Medical SchoolにてProfessor.
研究室URL:http://kuchroolab.bwh.harvard.edu/
© 2018 千原典夫・Vijay K. Kuchroo Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Harvard Medical School,Evergrande Center for Immunologic Diseases)
email:千原典夫
DOI: 10.7875/first.author.2018.067
Induction and transcriptional regulation of the co-inhibitory gene module in T cells.
Norio Chihara, Asaf Madi, Takaaki Kondo, Huiyuan Zhang, Nandini Acharya, Meromit Singer, Jackson Nyman, Nemanja D. Marjanovic, Monika S. Kowalczyk, Chao Wang, Sema Kurtulus, Travis Law, Yasaman Etminan, James Nevin, Christopher D. Buckley, Patrick R. Burkett, Jason D. Buenrostro, Orit Rozenblatt-Rosen, Ana C. Anderson, Aviv Regev, Vijay K. Kuchroo
Nature, 558, 454-459 (2018)
要 約
CTLA-4やPD-1といった共抑制性受容体はエフェクターT細胞に共発現して免疫応答の恒常性に関与する.その制御の不全は自己免疫疾患をひき起こし,過剰な発現は疲弊T細胞によるウイルス感染症の慢性化やがんにおける免疫の回避をひき起こす.しかし,これら共抑制性受容体が共発現する分子機構は不明であった.この研究において,筆者らは,1細胞RNA-seq法やCyTOF法といった遺伝子あるいはタンパク質の発現を解析する手法を用いて,腫瘍において疲弊T細胞の共抑制性受容体および共刺激性受容体をハイスループットにスクリーニングしたところ,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITといった既知の共抑制性受容体にくわえ,多くの新たな表面受容体を同定した.これらの共抑制性受容体のモジュールは抑制性サイトカインであるインターロイキン27により発現が誘導され,腫瘍の微小環境のみならず,慢性ウイルス感染症,免疫不応答の状態,免疫寛容の状態のT細胞に共通してみられる,より大きな共抑制性遺伝子プログラムの一部であった.そのなかからProcrおよびPdpnについて腫瘍のモデルを用いて機能的に実証され,さらに,共抑制性遺伝子プログラムのコンピューター解析によりPrdm1とc-Mafが協働して共抑制性遺伝子プログラムを制御することが明らかにされ,これら2つの転写因子が腫瘍に対する免疫応答を抑制する鍵となることが示された.
はじめに
腫瘍の微小環境などの慢性炎症を起こした組織において,活性化したT細胞は長期にわたり抗原の刺激や周囲からの抑制性シグナルをうけることによりその恒常性を変化させ,“疲弊”(exhaustion)という状態になる.疲弊T細胞においては細胞傷害性や炎症性サイトカインの産生能が低下し腫瘍の増大をまねく.疲弊T細胞はCTLA4やPD-1をはじめとした多様な共抑制性受容体を発現し,これが疲弊の程度に寄与する.一方で,自己免疫疾患においては免疫病態の核としてT細胞に発現する抑制性受容体の機能の不全が知られ,慢性的な持続炎症の原因となる可能性がある.この研究においては,1細胞RNA-seq法やCyTOF法といった遺伝子あるいはタンパク質の発現をハイスループットに解析する手法を用いて,疲弊T細胞をはじめとする免疫の機能が不全の状態にある種々のT細胞に発現する共抑制性受容体モジュールおよびその背景にある共抑制性遺伝子プログラムを同定し,これを制御する転写因子を明らかにした.
1.T細胞における共抑制性受容体の共発現
PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITといった共抑制性受容体は疲弊T細胞に発現し,その共発現の程度がより重度の疲弊と関連するとされる1).しかしながら,どのくらいの規模の共抑制性受容体が共発現しているのかを解析するのはむずかしく,これまでは,いくつかの受容体を選択してその機能が解析されてきた.そこで,1細胞RNA-seq法を用いて,腫瘍に浸潤したT細胞としてB16F10メラノーマに浸潤したT細胞の表面受容体の遺伝子の発現を解析した.その結果,腫瘍に浸潤したCD8陽性T細胞においてはPD-1,Tim-3,Lag-3,CTLA-4,4-1BB,TIGITが強い相関をもって共発現し,腫瘍に浸潤したCD4陽性T細胞においてはそれらにくわえICOS,GITR,OX40が共発現していた.さらに,これらの受容体を含む既知の15個の表面受容体のタンパク質の発現の相関を1細胞レベルでの質量分析法であるCyTOF法を用いて解析したところ,4つの共抑制性受容体PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITが腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞において強固に共発現していることが明らかにされた.クラスター解析により,腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞はこれら4つの共抑制性受容体をおもに発現する細胞および発現しない細胞とに分けられた.このことから,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITを核とした共抑制性受容体モジュールが腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞に認められることが明らかにされた.
2.インターロイキン27は共抑制性受容体モジュールの発現を誘導する
共抑制性受容体モジュールの存在はそのトリガーを予想させるものであった.そこで,抑制性サイトカインであるインターロイキン27に注目した.インターロイキン27は,同じく抑制性サイトカインであるインターロイキン10を産生する制御性T細胞であるTr1細胞の分化を誘導することが知られており2),Tim-3やPD-1のリガンドであるPD-L1の発現を誘導することが示されている3,4).実際に,in vitroのT細胞の分化系においてインターロイキン27の刺激をくわえたところ,インターロイキン27受容体シグナルに依存的にTim-3,Lag-3,TIGITの発現が誘導された.PD-1の発現は対照と比べ変化しなかった.一方,in vivoにおいて,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性およびCD4陽性のT細胞は,CyTOF法による解析ではPD-1の発現を含め共抑制性受容体モジュールを発現する細胞のクラスターはみられなかった.なお,インターロイキン10の発現もインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞において著明に低下していた.野生型マウスおよびインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したT細胞を用いた1細胞RNA-seq法による解析でのクラスター解析においても,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGITを発現する細胞が認められ,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞においてはこれらの発現の著明な低下,また,腫瘍に浸潤したCD4陽性のT細胞ではTim-3およびLag-3の発現の著明な低下が認められた.これらのことから,インターロイキン27はin vivoにおいて共抑制性受容体モジュールの発現を誘導すると考えられた.
3.共抑制性受容体モジュールは免疫の機能が不全の状態にある種々のT細胞に共通してみられる
共抑制性受容体モジュールはインターロイキン27により誘導されるより大きな遺伝子発現プログラムに含まれるという可能性を考え,in vitroにおいてT細胞を分化させインターロイキン27により発現の誘導された1201個の遺伝子を抽出した.1細胞RNA-seq法による解析で得られた遺伝子の情報をもつ野生型のマウスの腫瘍に浸潤したT細胞をその遺伝子の発現の類似性により2次元に展開したアルゴリズムに散布し,そこに腫瘍の微小環境,慢性ウイルス感染症,免疫不応答の状態,免疫寛容の状態の免疫の機能が不全の状態にある複数のT細胞において発現の上昇した遺伝子を投影したところ,それらを発現する細胞は一定の集団を形成し,インターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したT細胞に発現する遺伝子はそれ以外の細胞に発現した.in vitroにおいてインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子は満遍なく発現していたことから,さきに述べたインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子のなかからそれぞれの免疫不応答の状態のT細胞に発現した遺伝子と共通の遺伝子を抽出することにより,272個の遺伝子からなる共抑制性遺伝子プログラムが同定された.このなかには,Tim-3,Lag-3,TIGIT,インターロイキン10を含む57個の表面受容体およびサイトカインをコードする遺伝子が含まれた.
4.ProcrおよびPdpnは新規の共抑制性受容体である
共抑制性受容体モジュールとして新たに同定された表面受容体が真に抑制性の機能をもつかどうかを実証する目的で,候補となる遺伝子にコードされていたタンパク質のうち腫瘍の微小環境における疲弊T細胞に発現していたProcrおよびPdpnについて腫瘍のモデルを用いて検証した.Procrを低発現するマウスおよびPdpnのT細胞に特異的なノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,炎症性サイトカインであるTNFαの産生が増加し,PD-1およびTim-3を高発現する細胞が減少し,腫瘍の増大が抑制された.以上のことから,ProcrおよびPdpnは新規の共抑制性受容体であると考えられた.
5.Prdm1およびc-Mafは共抑制性遺伝子プログラムの転写を部分的に制御する
Prdm1を共抑制性遺伝子プログラムを制御する転写因子の候補とした.Prdm1の発現はインターロイキン27により誘導され,共抑制性遺伝子プログラムを発現する腫瘍に浸潤したT細胞や疲弊T細胞にも高発現していた.実際に,Prdm1ノックアウトマウスのT細胞においてはインターロイキン27により発現の誘導される共抑制性遺伝子プログラムのなかのさまざまな遺伝子の発現が低下しており,既報のPrdm1のChIP-seq法による解析の結果5) を用いても,共抑制性遺伝子プログラムに含まれる遺伝子を直接に制御する可能性が示唆された.しかしながら,T細胞に特異的なPrdm1ノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,PD-1,Tim-3,Procrの発現の低下が認められたものの,腫瘍の大きさは変わらず,Prdm1の欠失のみでは腫瘍免疫を活性化するには不十分であった.そこで,Prdm1ノックアウトマウスにおいては共抑制性遺伝子プログラムの制御がほかの転写因子により代償されている可能性を考え,Prdm1ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞を用いインターロイキン27により発現の誘導された遺伝子および疲弊T細胞において発現の上昇している遺伝子の発現動態を解析したところ,転写因子c-Mafをコードする遺伝子を含む数個の遺伝子の発現の上昇が認められた.実際に,c-MafはPrdm1とともにインターロイキン27により発現が誘導され,インターロイキン10の発現や疲弊T細胞における遺伝子の発現を制御するとされていたことから6,7),既報のc-MafのChIP-seq法による解析の結果8) を再解析したところ,共抑制性遺伝子プログラムに含まれる遺伝子を直接に制御している可能性が示唆された.T細胞に特異的なc-Mafのノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,共抑制性受容体の発現の部分的な低下が認められたものの,やはり腫瘍の大きさは変わらなかった.c-Mafノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞においては,対照となる野生型のマウスと同じ程度にPrdm1が発現しており,Prdm1が共抑制性遺伝子プログラムの転写を制御する可能性が考えられた.
6.Prdm1およびc-Mafは協働して共抑制性遺伝子プログラムの転写を制御し腫瘍免疫を制御する
ここまで述べた結果から,Prdm1およびc-Mafが協働して共抑制性受容体の発現を制御する可能性が考えられた.Prdm1とc-Mafの物理的な結合の証拠は得られなかったため,標的となる遺伝子を共有するかどうか解析した.その結果,おのおのの転写因子による遺伝子の発現の制御について作製したネットワークをあわせることにより,共抑制性遺伝子プログラムの制御において121個の遺伝子がPrdm1およびc-Mafの影響をうける可能性が見い出された.ChIP-seq法にくわえ,インターロイキン10を産生するTr1細胞および疲弊T細胞におけるATAC-seq法による開いた構造をとるクロマチン領域の網羅的な解析の結果9,10) を用いて,PD-1遺伝子座,Tim-3遺伝子座,Lag-3遺伝子座,TIGIT遺伝子座を解析したところ,Prdm1およびc-Mafが重なって結合する部位および別々に結合する部位がみられた.さらに,Tim-3遺伝子のエンハンサー領域においてはPrdm1およびc-Mafがその発現を相乗的に誘導することも明らかにされた(図1).
Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスを作製したところ,T細胞の頻度やメモリー細胞の分化および活性化については正常であったが,Foxp3陽性の制御性CD4陽性T細胞の頻度は上昇していた.このダブルノックアウトマウスを用いてB16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性のT細胞を解析したところ,対照となる野生型のマウスと比べ,PD-1,Tim-3,Lag-3,TIGIT,Pdpn,Procrの共抑制性受容体の発現がほぼ消失し,インターロイキン2やTNFαの産生が亢進し,腫瘍の増殖の著明な抑制が認められた.腫瘍の増殖の抑制がCD4陽性T細胞によるものかCD8陽性T細胞によるものかを確かめるため,Rag1ノックアウトマウスにPrdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスあるいは野生型のマウスのCD4陽性T細胞あるいはCD8陽性T細胞のおのおのの組合せを養子移入したところ,ダブルノックアウトマウスに由来するCD4陽性T細胞およびCD8陽性T細胞を移入した場合に共抑制性受容体の発現および腫瘍の増殖がもっとも抑制された.また,抗原に特異的な腫瘍のモデルとしてMC38-OVAを用いて同様に実験したところ,ダブルノックアウトマウスに由来するT細胞を移入した場合に腫瘍の増殖の著明な抑制がみられ,OVAに特異的なCD8陽性T細胞の腫瘍に対する所属リンパ節における増加,および,腫瘍に浸潤したT細胞および脾臓におけるインターフェロンγおよびTNFαの産生の増加,脾臓におけるKi67陽性の割合の上昇が認められた.
さらに,Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスを用いて,B16F10メラノーマに浸潤したCD8陽性T細胞におけるRNA-seq法による遺伝子の発現を対象となる野生型のマウスと比較したところ,特異的に発現する940個の遺伝子が認められ,うち149個はPrdm1あるいはc-Maf単独のノックアウトマウスにおける結果から相加的に予測されるよりも強い発現の違いを示した.Prdm1とc-MafのT細胞に特異的なダブルノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞における遺伝子の発現は野生型のマウスの非疲弊T細胞と類似しており,1細胞RNA-seq法による解析で得られた遺伝子の情報をもつ野生型のマウスの腫瘍に浸潤したT細胞において,ダブルノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性T細胞に特異的な遺伝子を発現する細胞は共抑制性遺伝子プログラムの遺伝子を発現する細胞と相互に排他的なパターンをとり,リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスを用いた慢性ウイルス感染症においてエフェクター細胞の前駆細胞として報告されているPD-1陽性CXCR5陽性CD8陽性T細胞11) に発現する遺伝子を発現する細胞やインターロイキン27受容体ノックアウトマウスの腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞と有意な重なりを示した.これらの結果から,腫瘍に浸潤したCD8陽性のT細胞はPrdm1およびc-Mafを発現しなくなることにより共抑制性遺伝子プログラムの発現を失い,より免疫応答性のエフェクター細胞としての性質を獲得することが明らかにされた(図1).
おわりに
この研究においては,免疫の機能が不全の状態にあるさまざまなT細胞に発現する,これまで明らかにされていなかった共抑制性遺伝子プログラムが,それを制御する転写因子とともに同定された.これは,T細胞の制御を標的とした免疫療法の新たな共抑制性受容体および刺激性受容体の候補のライブラリーになりうるだろう.今後,この共抑制性遺伝子プログラムは腫瘍の微小環境のみならず,その制御の不全がみられる自己免疫疾患の病態の解明にもつながるものと期待される.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2012年 神戸大学大学院医学研究科 修了,2013年 米国Harvard Medical SchoolにてPostdoctoral Fellowを経て,2016年より神戸大学大学院医学研究科 特定助教(現 助教).
研究テーマ:神経と免疫の連関.
抱負:分子機構を大事にして,トランスレーショナル医療をめざしています.
Vijay K. Kuchroo
米国Harvard Medical SchoolにてProfessor.
研究室URL:http://kuchroolab.bwh.harvard.edu/
© 2018 千原典夫・Vijay K. Kuchroo Licensed under CC 表示 2.1 日本