B-1a細胞は発達期の脳においてオリゴデンドロサイトの成熟を促進する
田辺章悟・山下俊英
(大阪大学大学院医学系研究科 分子神経科学)
email:山下俊英
DOI: 10.7875/first.author.2018.032
B-1a lymphocytes promote oligodendrogenesis during brain development.
Shogo Tanabe, Toshihide Yamashita
Nature Neuroscience, 21, 506–516 (2018)
中枢神経系に常在する免疫系の細胞および免疫に関連する分子は脳の発達や機能の維持にかかわる.しかし,末梢に存在する免疫系細胞が脳の発達にどのようにかかわるのかについては明らかにされていない.この研究において,筆者らは,発達期の脳において免疫系細胞の数と種類を解析し,その機能および分子機構を探求した.発達期の脳にはB細胞が豊富に存在し,これは成長にともない減少することが確認された.このB細胞はB-1a細胞とよばれるサブタイプであり,血中の未成熟なB細胞がCXCL13およびCXCR5に依存して脳に移行することが示された.B-1a細胞の機能を明らかにするため,発達期の脳にB細胞を除去する抗体を投与したところ,オリゴデンドロサイトの前駆細胞の増殖が抑制され,成熟したオリゴデンドロサイトの数も減少した.B-1a細胞は自然抗体を多く産生する.発達期の脳に自然抗体のFc領域に対する受容体の機能阻害抗体を投与したところ,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖および成熟したオリゴデンドロサイトの減少が観察された.さらに,発達期において自然抗体の受容体の機能阻害抗体を投与したところ,生後21日目の幼若期において髄鞘を形成する軸索の数が減少した.以上の結果から,B-1a細胞は自然抗体を産生してオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進することにより脳の発達に寄与することが示された.
脳はニューロンやグリア細胞が発生期にさまざまな外因性および内因性の因子による厳密な制御をうけながら成熟する.この発生の制御の機構がなんらかの異常により障害されたとき,脳の発達障害や統合失調症などの精神疾患を発症する1).したがって,脳の発生を制御する機構を理解することは,精神疾患の病態機序の解明や治療法を開発するうえできわめて重要である.しかしながら,ニューロンやグリア細胞の発生を制御する機構の全貌は十分には解明されていない.オリゴデンドロサイトは軸索をとりまく髄鞘を形成するグリア細胞であり,円滑な神経伝達をサポートする役割をもつ.脳の発生期および発達期において,オリゴデンドロサイトの前駆細胞が増殖および分化をへて髄鞘を形成し成熟する2).オリゴデンドロサイトの異常は多くの脳神経疾患において病理学的な所見として観察される.たとえば,統合失調症の患者の剖検脳には顕著な白質の障害がみられる3).また,周産期の低酸素状態による脳性麻痺においてはオリゴデンドロサイトが強く傷害される4).このため,オリゴデンドロサイトの成熟の機構を正確に理解することは,脳神経疾患の病態の解明や治療法の開発につながる重要な課題である.
中枢神経系に常在する免疫系の細胞であるミクログリアおよび免疫に関連する分子はニューロンやグリア細胞の成熟を制御して脳の発達に寄与する5).また,統合失調症などの精神疾患の患者を対象とした遺伝子多型の解析において,免疫に関連する遺伝子が発症に強く関与することが報告されている6).このように,免疫系が脳の発達を制御することを示す知見が蓄積されつつあるが,末梢に存在する免疫系細胞が脳の発達に関与するのかどうかは明らかにされていない.この研究において,筆者らは,中枢神経系に常在しない体内を循環する免疫系細胞が脳の発達にどのように寄与するのかを探求した.
胎生期や新生児期のマウスの脳から免疫系細胞をとりだし,フローサイトメトリーにより数と種類を同定した.その結果,新生児期において生後14日目まではB細胞が多く存在し,成長にともない減少することが明らかにされた.B細胞にはいくつかのサブタイプがある7).フローサイトメトリーを用いたさらなる解析により,新生児期の脳に存在するB細胞はB-1a細胞とよばれるサブタイプであることが見い出された.B細胞のレポーターマウスおよび免疫組織化学法を用いた解析により,B細胞はクモ膜下腔,脈絡叢,脳室の周囲に多く局在する一方,脳の実質にはほとんど局在しないことが明らかにされた.B細胞は胎生期においては肝臓,出生ののちには骨髄から発生するため,脳のB細胞は末梢血をつうじて移行すると考えられた.新生児期において末梢血に存在するB細胞の種類をフローサイトメトリーにより解析したところ,B-1a細胞はほとんど存在せず,未成熟なB細胞が多く観察された.以上の結果から,末梢血の未成熟なB細胞は脳に移行したのちサブタイプがB-1a細胞に変化することが示唆された.
B細胞の遊走にかかわるケモカインとしてCXCL13がある8).B細胞が脳へ移行する機構を特定するため,末梢血および脳のB細胞がCXCL13の受容体であるCXCR5を発現するかどうか検討した.その結果,末梢血および脳のいずれのB細胞においてもCXCR5の発現が認められた.また,in situハイブリダイゼーション法により新生児期の脳におけるCXCL13の発現の分布について調べたところ,側脳室の脈絡叢に多く発現していた.さらに,胎生16日目のマウスの脳にCXCL13の機能阻害抗体を投与したところ,新生児期の脳においてB細胞の数が減少した.これらの結果から,末梢血のB細胞は脈絡叢から分泌されるCXCL13に誘引されて脳へと移行することが示唆された(図1).B-1a細胞は活性化に抗原の提示を必要としない自然免疫系に寄与するB細胞である.成体においては腹腔に多く存在し,迅速な免疫応答を示す.脳におけるB-1a細胞の機能は不明であったため,それを探求した.
B-1a細胞が神経系の細胞の成熟に関与する可能性について検討するため,B-1a細胞を単離して神経幹細胞と共培養し,分化したニューロンやグリア細胞を計数した.その結果,B-1a細胞と共培養することによりオリゴデンドロサイトの数が増加することが明らかにされた.オリゴデンドロサイトはオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖,分化,ミエリン化をとおして成熟する.B-1a細胞がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進をつうじてオリゴデンドロサイトの増加を促進するのかどうか検討するため,オリゴデンドロサイト前駆細胞とB-1a細胞を共培養して増殖性を比較したところ,増殖性のオリゴデンドロサイト前駆細胞の数が増加した.以上の結果から,B-1a細胞はin vitroにおいてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進をつうじてオリゴデンドロサイトの成熟に寄与することが明らかにされた.
B-1a細胞はin vivoにおいてもオリゴデンドロサイトの成熟に寄与するのかどうか検討した.B細胞を除去する機能をもつ抗体を胎児期から脳室に投与し,新生児期におけるオリゴデンドロサイトの数を組織学的に解析した.その結果,B細胞を除去すると,脳梁におけるオリゴデンドロサイトの数が減少するとともに,増殖性のオリゴデンドロサイト前駆細胞の数が減少した.さらに,B細胞を除去したのちB-1a細胞を脳に移植するとその効果が消失した.以上の結果から,B-1a細胞はin vivoにおいてもオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進させ,オリゴデンドロサイトの成熟を促進することが示唆された.
B-1a細胞は特異性の低い自然抗体とよばれる抗体を産生して生体防御にはたらく.自然抗体に対する抗体を用いてフローサイトメトリーおよび組織学的に解析したところ,B-1a細胞は脳においても同様に自然抗体を産生することが確認された.自然抗体がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進にはたらく可能性について検討するため,自然抗体のFc領域に対する受容体の発現について調べた.その結果,自然抗体の受容体はオリゴデンドロサイト前駆細胞に特異的に発現することが確認された.自然抗体の受容体に対する機能阻害抗体を新生児期の脳室に投与したところ,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖は抑制され,オリゴデンドロサイトの数が減少した.さらに,精製した自然抗体を脳室に投与すると,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が促進された.以上の結果から,B-1a細胞は自然抗体を産生し,自然抗体のFc領域に対する受容体をつうじてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進することが示唆された(図2).
自然抗体の受容体を阻害することによるオリゴデンドロサイトの成熟の不全が,成長ののちどのような影響をおよぼすのかについて調べるため,新生児期に自然抗体の受容体に対する機能阻害抗体を投与し,生後21日目において髄鞘の形態を電子顕微鏡により観察した.その結果,髄鞘の厚さに影響はなかったが,ミエリン化した軸索の数が減少した.しかし,生後58日目においてその効果は消失しており,ミエリン化した軸索の数に変化はみられなくなった.以上の結果から,新生児期においてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を阻害すると,少なくとも生後21日目までは髄鞘を形成する軸索の数の減少というかたちで脳の発達が阻害されることが明らかにされた.一方で,生後21日目以降のミエリン化には自然抗体の受容体を介さない別の機構が存在し,減少したミエリン化を成体になるまでに回復する機構のあることが示唆された.
以前から,髄膜や脈絡叢には免疫系の細胞が存在することは知られていたが,その機能に関する知見は乏しかった.成体においてはT細胞がサイトカインを産生して記憶の形成や社会性の維持に寄与することが報告されているが9,10),脳の発達期における役割は不明であった.この研究により,発達期の脳には成体の脳には存在しないB-1a細胞が豊富に存在することが示され,独特の免疫系の環境を形成することが明らかにされた.免疫系の異常により髄鞘が脱落する脱髄疾患の病態は成体において多く研究されているが,新生児の脱髄疾患は成体とは異なる病態の機序をもつことが強く示唆される.今後の脱髄疾患の研究においては,成体と新生児の免疫系の違いを考慮する必要があるだろう.B-1a細胞は自然抗体を産生してオリゴデンドロサイトの成熟に寄与する.脳性麻痺や統合失調症においては白質の障害が観察され3,4),統合失調症の患者における遺伝子多型の解析ではB細胞に関連する遺伝子の関与が示唆されている6).これらの知見から,B-1a細胞の機能の異常がこれらの疾患の病態の形成にかかわる可能性が考えられる.今後,脳の発達障害や精神疾患の病態モデル動物,さらには,ヒトを対象にした研究により,新生児期におけるB細胞と脳神経疾患との関係が明らかにされ,病態の機序の解明へとつながることが期待される.
略歴:2015年 大阪大学大学院医学系研究科 修了,同 研究員,同 特任助教を経て,2017年より大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任助教.
研究テーマ:中枢神経系における神経系と免疫系のクロストーク.
山下 俊英(Toshihide Yamashita)
大阪大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/
© 2018 田辺章悟・山下俊英 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(大阪大学大学院医学系研究科 分子神経科学)
email:山下俊英
DOI: 10.7875/first.author.2018.032
B-1a lymphocytes promote oligodendrogenesis during brain development.
Shogo Tanabe, Toshihide Yamashita
Nature Neuroscience, 21, 506–516 (2018)
要 約
中枢神経系に常在する免疫系の細胞および免疫に関連する分子は脳の発達や機能の維持にかかわる.しかし,末梢に存在する免疫系細胞が脳の発達にどのようにかかわるのかについては明らかにされていない.この研究において,筆者らは,発達期の脳において免疫系細胞の数と種類を解析し,その機能および分子機構を探求した.発達期の脳にはB細胞が豊富に存在し,これは成長にともない減少することが確認された.このB細胞はB-1a細胞とよばれるサブタイプであり,血中の未成熟なB細胞がCXCL13およびCXCR5に依存して脳に移行することが示された.B-1a細胞の機能を明らかにするため,発達期の脳にB細胞を除去する抗体を投与したところ,オリゴデンドロサイトの前駆細胞の増殖が抑制され,成熟したオリゴデンドロサイトの数も減少した.B-1a細胞は自然抗体を多く産生する.発達期の脳に自然抗体のFc領域に対する受容体の機能阻害抗体を投与したところ,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖および成熟したオリゴデンドロサイトの減少が観察された.さらに,発達期において自然抗体の受容体の機能阻害抗体を投与したところ,生後21日目の幼若期において髄鞘を形成する軸索の数が減少した.以上の結果から,B-1a細胞は自然抗体を産生してオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進することにより脳の発達に寄与することが示された.
はじめに
脳はニューロンやグリア細胞が発生期にさまざまな外因性および内因性の因子による厳密な制御をうけながら成熟する.この発生の制御の機構がなんらかの異常により障害されたとき,脳の発達障害や統合失調症などの精神疾患を発症する1).したがって,脳の発生を制御する機構を理解することは,精神疾患の病態機序の解明や治療法を開発するうえできわめて重要である.しかしながら,ニューロンやグリア細胞の発生を制御する機構の全貌は十分には解明されていない.オリゴデンドロサイトは軸索をとりまく髄鞘を形成するグリア細胞であり,円滑な神経伝達をサポートする役割をもつ.脳の発生期および発達期において,オリゴデンドロサイトの前駆細胞が増殖および分化をへて髄鞘を形成し成熟する2).オリゴデンドロサイトの異常は多くの脳神経疾患において病理学的な所見として観察される.たとえば,統合失調症の患者の剖検脳には顕著な白質の障害がみられる3).また,周産期の低酸素状態による脳性麻痺においてはオリゴデンドロサイトが強く傷害される4).このため,オリゴデンドロサイトの成熟の機構を正確に理解することは,脳神経疾患の病態の解明や治療法の開発につながる重要な課題である.
中枢神経系に常在する免疫系の細胞であるミクログリアおよび免疫に関連する分子はニューロンやグリア細胞の成熟を制御して脳の発達に寄与する5).また,統合失調症などの精神疾患の患者を対象とした遺伝子多型の解析において,免疫に関連する遺伝子が発症に強く関与することが報告されている6).このように,免疫系が脳の発達を制御することを示す知見が蓄積されつつあるが,末梢に存在する免疫系細胞が脳の発達に関与するのかどうかは明らかにされていない.この研究において,筆者らは,中枢神経系に常在しない体内を循環する免疫系細胞が脳の発達にどのように寄与するのかを探求した.
1.新生児期の脳にはB-1a細胞が豊富に存在する
胎生期や新生児期のマウスの脳から免疫系細胞をとりだし,フローサイトメトリーにより数と種類を同定した.その結果,新生児期において生後14日目まではB細胞が多く存在し,成長にともない減少することが明らかにされた.B細胞にはいくつかのサブタイプがある7).フローサイトメトリーを用いたさらなる解析により,新生児期の脳に存在するB細胞はB-1a細胞とよばれるサブタイプであることが見い出された.B細胞のレポーターマウスおよび免疫組織化学法を用いた解析により,B細胞はクモ膜下腔,脈絡叢,脳室の周囲に多く局在する一方,脳の実質にはほとんど局在しないことが明らかにされた.B細胞は胎生期においては肝臓,出生ののちには骨髄から発生するため,脳のB細胞は末梢血をつうじて移行すると考えられた.新生児期において末梢血に存在するB細胞の種類をフローサイトメトリーにより解析したところ,B-1a細胞はほとんど存在せず,未成熟なB細胞が多く観察された.以上の結果から,末梢血の未成熟なB細胞は脳に移行したのちサブタイプがB-1a細胞に変化することが示唆された.
2.B細胞はCXCL13およびCXCR5に依存して脳へと移行する
B細胞の遊走にかかわるケモカインとしてCXCL13がある8).B細胞が脳へ移行する機構を特定するため,末梢血および脳のB細胞がCXCL13の受容体であるCXCR5を発現するかどうか検討した.その結果,末梢血および脳のいずれのB細胞においてもCXCR5の発現が認められた.また,in situハイブリダイゼーション法により新生児期の脳におけるCXCL13の発現の分布について調べたところ,側脳室の脈絡叢に多く発現していた.さらに,胎生16日目のマウスの脳にCXCL13の機能阻害抗体を投与したところ,新生児期の脳においてB細胞の数が減少した.これらの結果から,末梢血のB細胞は脈絡叢から分泌されるCXCL13に誘引されて脳へと移行することが示唆された(図1).B-1a細胞は活性化に抗原の提示を必要としない自然免疫系に寄与するB細胞である.成体においては腹腔に多く存在し,迅速な免疫応答を示す.脳におけるB-1a細胞の機能は不明であったため,それを探求した.
3.B-1a細胞はオリゴデンドロサイトの発生を促進する
B-1a細胞が神経系の細胞の成熟に関与する可能性について検討するため,B-1a細胞を単離して神経幹細胞と共培養し,分化したニューロンやグリア細胞を計数した.その結果,B-1a細胞と共培養することによりオリゴデンドロサイトの数が増加することが明らかにされた.オリゴデンドロサイトはオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖,分化,ミエリン化をとおして成熟する.B-1a細胞がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進をつうじてオリゴデンドロサイトの増加を促進するのかどうか検討するため,オリゴデンドロサイト前駆細胞とB-1a細胞を共培養して増殖性を比較したところ,増殖性のオリゴデンドロサイト前駆細胞の数が増加した.以上の結果から,B-1a細胞はin vitroにおいてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進をつうじてオリゴデンドロサイトの成熟に寄与することが明らかにされた.
B-1a細胞はin vivoにおいてもオリゴデンドロサイトの成熟に寄与するのかどうか検討した.B細胞を除去する機能をもつ抗体を胎児期から脳室に投与し,新生児期におけるオリゴデンドロサイトの数を組織学的に解析した.その結果,B細胞を除去すると,脳梁におけるオリゴデンドロサイトの数が減少するとともに,増殖性のオリゴデンドロサイト前駆細胞の数が減少した.さらに,B細胞を除去したのちB-1a細胞を脳に移植するとその効果が消失した.以上の結果から,B-1a細胞はin vivoにおいてもオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進させ,オリゴデンドロサイトの成熟を促進することが示唆された.
4.B-1a細胞から産生される自然抗体によりオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が促進される
B-1a細胞は特異性の低い自然抗体とよばれる抗体を産生して生体防御にはたらく.自然抗体に対する抗体を用いてフローサイトメトリーおよび組織学的に解析したところ,B-1a細胞は脳においても同様に自然抗体を産生することが確認された.自然抗体がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖の促進にはたらく可能性について検討するため,自然抗体のFc領域に対する受容体の発現について調べた.その結果,自然抗体の受容体はオリゴデンドロサイト前駆細胞に特異的に発現することが確認された.自然抗体の受容体に対する機能阻害抗体を新生児期の脳室に投与したところ,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖は抑制され,オリゴデンドロサイトの数が減少した.さらに,精製した自然抗体を脳室に投与すると,オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が促進された.以上の結果から,B-1a細胞は自然抗体を産生し,自然抗体のFc領域に対する受容体をつうじてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進することが示唆された(図2).
5.B-1a細胞の産生する自然抗体に対する受容体は髄鞘を形成する軸索の数を制御する
自然抗体の受容体を阻害することによるオリゴデンドロサイトの成熟の不全が,成長ののちどのような影響をおよぼすのかについて調べるため,新生児期に自然抗体の受容体に対する機能阻害抗体を投与し,生後21日目において髄鞘の形態を電子顕微鏡により観察した.その結果,髄鞘の厚さに影響はなかったが,ミエリン化した軸索の数が減少した.しかし,生後58日目においてその効果は消失しており,ミエリン化した軸索の数に変化はみられなくなった.以上の結果から,新生児期においてオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を阻害すると,少なくとも生後21日目までは髄鞘を形成する軸索の数の減少というかたちで脳の発達が阻害されることが明らかにされた.一方で,生後21日目以降のミエリン化には自然抗体の受容体を介さない別の機構が存在し,減少したミエリン化を成体になるまでに回復する機構のあることが示唆された.
おわりに
以前から,髄膜や脈絡叢には免疫系の細胞が存在することは知られていたが,その機能に関する知見は乏しかった.成体においてはT細胞がサイトカインを産生して記憶の形成や社会性の維持に寄与することが報告されているが9,10),脳の発達期における役割は不明であった.この研究により,発達期の脳には成体の脳には存在しないB-1a細胞が豊富に存在することが示され,独特の免疫系の環境を形成することが明らかにされた.免疫系の異常により髄鞘が脱落する脱髄疾患の病態は成体において多く研究されているが,新生児の脱髄疾患は成体とは異なる病態の機序をもつことが強く示唆される.今後の脱髄疾患の研究においては,成体と新生児の免疫系の違いを考慮する必要があるだろう.B-1a細胞は自然抗体を産生してオリゴデンドロサイトの成熟に寄与する.脳性麻痺や統合失調症においては白質の障害が観察され3,4),統合失調症の患者における遺伝子多型の解析ではB細胞に関連する遺伝子の関与が示唆されている6).これらの知見から,B-1a細胞の機能の異常がこれらの疾患の病態の形成にかかわる可能性が考えられる.今後,脳の発達障害や精神疾患の病態モデル動物,さらには,ヒトを対象にした研究により,新生児期におけるB細胞と脳神経疾患との関係が明らかにされ,病態の機序の解明へとつながることが期待される.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2015年 大阪大学大学院医学系研究科 修了,同 研究員,同 特任助教を経て,2017年より大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任助教.
研究テーマ:中枢神経系における神経系と免疫系のクロストーク.
山下 俊英(Toshihide Yamashita)
大阪大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molneu/
© 2018 田辺章悟・山下俊英 Licensed under CC 表示 2.1 日本