シナプスの情報量を決めるタンパク質による超分子集合体
坂本寛和・廣瀬謙造
(東京大学大学院医学系研究科 神経生物学分野)
email:廣瀬謙造
DOI: 10.7875/first.author.2018.010
Synaptic weight set by Munc13-1 supramolecular assemblies.
Hirokazu Sakamoto, Tetsuroh Ariyoshi, Naoya Kimpara, Kohtaroh Sugao, Isamu Taiko, Kenji Takikawa, Daisuke Asanuma, Shigeyuki Namiki, Kenzo Hirose
Nature Neuroscience, 21, 41-49 (2018)
シナプス伝達は脳における情報処理の素過程である.哺乳類の脳には数十兆から数百兆におよぶシナプスが存在するといわれているが,個々のシナプスがもちうる情報量はどの程度なのかはよくわかっていない.また,これまで,シナプスの情報量を決定する分子構造は同定されていない.この研究において,筆者らは,脳における主要な神経伝達物質であるグルタミン酸のイメージングとシナプスに存在するタンパク質の超解像での可視化とを組み合わせることにより,Munc13-1とよばれるタンパク質を中心とする超分子集合体の個数が個々のシナプスにおける神経伝達物質の最大の放出量に対応することをつきとめた.すなわち,タンパク質とオルガネラの中間の大きさにあたるナノサイズの超分子集合体が個々のシナプスの情報量を決定することが明らかにされた.今回の発見は,シナプス伝達の根本的なしくみの一端を明らかにしたものであり,脳のしくみの理解や精神神経疾患の理解および克服にとり重要な知見をあたえるものである.また,タンパク質による超分子集合体の構築は,シナプスの機能だけでなく,さまざまな生理機能を実現するための生命の本質であると考えられる.
シナプス伝達はシナプス前終末から放出される神経伝達物質がシナプス後細胞の受容体と結合することにより成立する.脳の機能の根幹は,神経伝達物質の放出量の変化や受容体の個数の変化などのシナプスの可塑性により,神経回路におけるおのおののシナプスの重みや情報量がダイナミックに制御されることにある1,2).神経伝達物質はシナプス小胞とよばれる直径40 nmほどの脂質二重膜により構成される小胞に充填されており,エキソサイトーシスとよばれるシナプス小胞と細胞膜との融合を介して放出される.1960年代に提唱された量子仮説により,神経伝達物質の放出の強度は,シナプス小胞の放出部位,すなわち,エキソサイトーシスの起こる場所の個数,および,シナプス小胞の放出の確率,の2つの特性により定式化された3).神経での情報処理の機構の解明における重要性から,これら2つの特性の分子実体および動作原理をさぐることが神経科学における長年の目標のひとつであったが,これらがシナプス前終末に局在する分子によりどのように実装されるのか,まだよくわかっていない.とくに,シナプス小胞の放出部位の個数はシナプス伝達の強度の最大値を規定するものであるが,慣習的には,ひとつのシナプスには放出部位はひとつだけ存在すると考えられてきたものの,実際には,ひとつのシナプスにいくつ存在するのか,また,どのような分子実体により形成されるのかという点については,これまで不明であった4).
脳における主要な興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を単一のシナプスのレベルにおいてイメージングする技術を構築することにより,海馬のニューロンの個々のシナプスにおける神経伝達物質の放出の直接的な測定が可能になった.この技術はグルタミン酸蛍光センサー(glutamate optical sensor:EOS)を用いたもので5),素量的な放出の過程,すなわち,単一のシナプス小胞からグルタミン酸が放出される過程を高精細にとらえることができた.さらに,電気生理学的な解析に広く用いられる分散分析法をグルタミン酸のイメージングの結果に適用することにより,個々のシナプスにおける神経伝達物質の放出の強度を決めるさきの2つの特性のパラメーターが定量的に抽出された.とくに,シナプス小胞の放出部位の個数は,ひとつのシナプスにはひとつだけという従来の説とは異なり,シナプスあたり平均で5個ほど存在し,シナプスごとに2個~18個と大きく異なっていた.すなわち,個々のシナプスの情報量は1か0の2進数的なものではなく,複数ビットの情報量をもちうることが明確に示された.
シナプス前終末には多くのタンパク質が局在するが,神経伝達物質の放出において,Munc13-1はもっとも重要なタンパク質のひとつであると考えられている6).蛍光色素により直接に標識したモノクローナル抗体を用いてMunc13-1の分子数を定量したところ,シナプスあたり平均で50個以上のMunc13-1が神経伝達物質の放出面に存在することが見い出された.そして,グルタミン酸の可視化により推定されたシナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1の分子数とのあいだに強い正の相関がみられた.さらに,Munc13-1をノックダウンすることによりシナプスあたりの分子数を操作したところ,Munc13-1の分子数とシナプス小胞の放出部位の個数は,正の相関を維持したまま同じ程度に減少することがわかり,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1の分子数とのあいだには因果関係のあることが示された.
Munc13-1とシナプス小胞の放出部位との関係をさらに詳細に調べるため,STORM(stochastic optical reconstruction microscopy,確率的光学再構築顕微鏡法)とよばれる超解像顕微鏡技術を用いて7,8),シナプスにおけるMunc13-1の局在をナノメートルのスケールで詳細に解析した.その結果,Munc13-1はシナプスにおいて約10分子からなる超分子集合体を複数にわたり構築しており,それぞれはおよそ100 nmの間隔で秩序をもって配置されていた.超解像顕微鏡を用いた解析により,Munc13-1超分子集合体にはシナプス小胞のエキソサイトーシスに必須であるSNARE複合体の主要な構成タンパク質であるSyntaxin-1を捕捉する機能のあることもわかった.超解像顕微鏡を用いた解析とグルタミン酸の可視化とを組み合わせることにより,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1超分子集合体の個数は1対1で対応することが明らかにされた.さらに,Munc13-1をノックダウンすることによりシナプスあたりの分子数を操作したところ,Munc13-1超分子集合体の個数と放出部位の個数が同じ数だけ減少することがわかり,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1超分子集合体の個数とのあいだには因果関係のあることが示された.すなわち,Munc13-1超分子集合体がシナプス小胞の放出部位の物理的な実体であり(図1),タンパク質による超分子集合体の構築がシナプスの重みづけの分子機構の根底にあることが明らかにされた.
Munc13-1はどのような機構により超分子集合体を構築するのだろうか? シナプス前終末に局在するほかのタンパク質に依存して構築されることも考えられるが,ひとつの可能性として,Munc13-1のもつ自律的な機能により構築されることが考えられた.そこで,Munc13-1を非神経細胞である293T細胞に強制発現させ,シナプスに特有のタンパク質が存在しない環境におけるMunc13-1の挙動について調べた.シナプスにおいてMunc13-1は細胞膜の付近に局在することがわかっていたので,非神経細胞においても細胞膜移行シグナルを利用して人工的に細胞膜の付近に局在させた.その結果,Munc13-1は自発的に自己組織化し超分子集合体を構築した.超解像顕微鏡を用いて解析したところ,シナプスと同様に,ナノメートルのスケールのMunc13-1超分子集合体が確認された.Syntaxin-1はMunc18-1と共発現させるとMunc13-1超分子集合体に捕捉されることも明らかにされた.これらの結果から,Munc13-1には自己集合能があり,シナプス小胞の放出部位の形成において決定的な役割を担うことが示された.
この研究において確立されたグルタミン酸のイメージングによるシナプスの機能の解析法は,従来の技術では得ることができなかった単一のシナプスのレベルの精細な情報を抽出する非常に独創的な技術として,今後のシナプスの研究において広く普及していくであろう.また,超解像顕微鏡によるMunc13-1超分子集合体の解析は,おのおののシナプスの重みを既存の煩雑な機能解析法によらず,構造的および形態学的に容易に調べられるという点で魅力的である.Munc13-1超分子集合体は,神経回路や脳の機能を形態学的な視点から調べるうえで,おのおののシナプスの重みを示す重要なマーカーになるだろう.グルタミン酸のイメージングと超解像顕微鏡とを組み合わせたシナプスの機能の解析プラットフォームは,統合失調症やうつ病などの精神疾患,アルツハイマー病などの神経変性疾患の病態の解明に貢献することが期待される.
シナプス伝達により神経回路を形成するためには,シナプス小胞を効率よく,また,持続的にエキソサイトーシスさせるための分子機構が必須である.この点において,Munc13-1の自己集合能はきわめて重要な意味をもつ可能性がある.近年,シナプス小胞をエキソサイトーシスさせるための分子装置,とくに,SNARE複合体の立体構造がつぎつぎと明らかにされてきた.そのようななか,最近,Munc13-1のMUNドメインの立体構造をもとに,細胞膜のうえに6つのMunc13-1分子が平面的に配置されSNARE複合体を並列的に組み立てるという,シナプスにおけるきわめて効率のよいエキソサイトーシスを説明する仮説が提案された9).この仮説の検証にはまだまだ多くの実験的な事実を必要とするが,シナプスにおいて観察されたMunc13-1超分子集合体とシナプス小胞の放出部位との対応はこの仮説によくあう10).
タンパク質による超分子集合体の構築がシナプスの機能を制御するという今回の発見は,超分子集合体の構築がさまざまな生理機能の根底にあるのではないかという新しい視点をあたえる.タンパク質による超分子集合体の構築は,有限個の分子によりささえられる,細胞運動,ニューロンの可塑的な変化,遺伝子の情報の保存および読み出しなどの現象を,分子の個数のゆらぎやノイズをこえて実現するための生命の本質ではないかと考えている.
略歴:2007年 放送大学大学院文化科学研究科 修了,2011年より東京大学大学院医学系研究科 特任研究員.
研究テーマ:シナプス.タンパク質による超分子集合体の構築.
廣瀬 謙造(Kenzo Hirose)
東京大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.neurobiol.m.u-tokyo.ac.jp/
© 2018 坂本寛和・廣瀬謙造 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(東京大学大学院医学系研究科 神経生物学分野)
email:廣瀬謙造
DOI: 10.7875/first.author.2018.010
Synaptic weight set by Munc13-1 supramolecular assemblies.
Hirokazu Sakamoto, Tetsuroh Ariyoshi, Naoya Kimpara, Kohtaroh Sugao, Isamu Taiko, Kenji Takikawa, Daisuke Asanuma, Shigeyuki Namiki, Kenzo Hirose
Nature Neuroscience, 21, 41-49 (2018)
要 約
シナプス伝達は脳における情報処理の素過程である.哺乳類の脳には数十兆から数百兆におよぶシナプスが存在するといわれているが,個々のシナプスがもちうる情報量はどの程度なのかはよくわかっていない.また,これまで,シナプスの情報量を決定する分子構造は同定されていない.この研究において,筆者らは,脳における主要な神経伝達物質であるグルタミン酸のイメージングとシナプスに存在するタンパク質の超解像での可視化とを組み合わせることにより,Munc13-1とよばれるタンパク質を中心とする超分子集合体の個数が個々のシナプスにおける神経伝達物質の最大の放出量に対応することをつきとめた.すなわち,タンパク質とオルガネラの中間の大きさにあたるナノサイズの超分子集合体が個々のシナプスの情報量を決定することが明らかにされた.今回の発見は,シナプス伝達の根本的なしくみの一端を明らかにしたものであり,脳のしくみの理解や精神神経疾患の理解および克服にとり重要な知見をあたえるものである.また,タンパク質による超分子集合体の構築は,シナプスの機能だけでなく,さまざまな生理機能を実現するための生命の本質であると考えられる.
はじめに
シナプス伝達はシナプス前終末から放出される神経伝達物質がシナプス後細胞の受容体と結合することにより成立する.脳の機能の根幹は,神経伝達物質の放出量の変化や受容体の個数の変化などのシナプスの可塑性により,神経回路におけるおのおののシナプスの重みや情報量がダイナミックに制御されることにある1,2).神経伝達物質はシナプス小胞とよばれる直径40 nmほどの脂質二重膜により構成される小胞に充填されており,エキソサイトーシスとよばれるシナプス小胞と細胞膜との融合を介して放出される.1960年代に提唱された量子仮説により,神経伝達物質の放出の強度は,シナプス小胞の放出部位,すなわち,エキソサイトーシスの起こる場所の個数,および,シナプス小胞の放出の確率,の2つの特性により定式化された3).神経での情報処理の機構の解明における重要性から,これら2つの特性の分子実体および動作原理をさぐることが神経科学における長年の目標のひとつであったが,これらがシナプス前終末に局在する分子によりどのように実装されるのか,まだよくわかっていない.とくに,シナプス小胞の放出部位の個数はシナプス伝達の強度の最大値を規定するものであるが,慣習的には,ひとつのシナプスには放出部位はひとつだけ存在すると考えられてきたものの,実際には,ひとつのシナプスにいくつ存在するのか,また,どのような分子実体により形成されるのかという点については,これまで不明であった4).
1.神経伝達物質であるグルタミン酸の可視化
脳における主要な興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を単一のシナプスのレベルにおいてイメージングする技術を構築することにより,海馬のニューロンの個々のシナプスにおける神経伝達物質の放出の直接的な測定が可能になった.この技術はグルタミン酸蛍光センサー(glutamate optical sensor:EOS)を用いたもので5),素量的な放出の過程,すなわち,単一のシナプス小胞からグルタミン酸が放出される過程を高精細にとらえることができた.さらに,電気生理学的な解析に広く用いられる分散分析法をグルタミン酸のイメージングの結果に適用することにより,個々のシナプスにおける神経伝達物質の放出の強度を決めるさきの2つの特性のパラメーターが定量的に抽出された.とくに,シナプス小胞の放出部位の個数は,ひとつのシナプスにはひとつだけという従来の説とは異なり,シナプスあたり平均で5個ほど存在し,シナプスごとに2個~18個と大きく異なっていた.すなわち,個々のシナプスの情報量は1か0の2進数的なものではなく,複数ビットの情報量をもちうることが明確に示された.
2.シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1の分子数との因果関係
シナプス前終末には多くのタンパク質が局在するが,神経伝達物質の放出において,Munc13-1はもっとも重要なタンパク質のひとつであると考えられている6).蛍光色素により直接に標識したモノクローナル抗体を用いてMunc13-1の分子数を定量したところ,シナプスあたり平均で50個以上のMunc13-1が神経伝達物質の放出面に存在することが見い出された.そして,グルタミン酸の可視化により推定されたシナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1の分子数とのあいだに強い正の相関がみられた.さらに,Munc13-1をノックダウンすることによりシナプスあたりの分子数を操作したところ,Munc13-1の分子数とシナプス小胞の放出部位の個数は,正の相関を維持したまま同じ程度に減少することがわかり,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1の分子数とのあいだには因果関係のあることが示された.
3.超解像顕微鏡によるMunc13-1の可視化
Munc13-1とシナプス小胞の放出部位との関係をさらに詳細に調べるため,STORM(stochastic optical reconstruction microscopy,確率的光学再構築顕微鏡法)とよばれる超解像顕微鏡技術を用いて7,8),シナプスにおけるMunc13-1の局在をナノメートルのスケールで詳細に解析した.その結果,Munc13-1はシナプスにおいて約10分子からなる超分子集合体を複数にわたり構築しており,それぞれはおよそ100 nmの間隔で秩序をもって配置されていた.超解像顕微鏡を用いた解析により,Munc13-1超分子集合体にはシナプス小胞のエキソサイトーシスに必須であるSNARE複合体の主要な構成タンパク質であるSyntaxin-1を捕捉する機能のあることもわかった.超解像顕微鏡を用いた解析とグルタミン酸の可視化とを組み合わせることにより,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1超分子集合体の個数は1対1で対応することが明らかにされた.さらに,Munc13-1をノックダウンすることによりシナプスあたりの分子数を操作したところ,Munc13-1超分子集合体の個数と放出部位の個数が同じ数だけ減少することがわかり,シナプス小胞の放出部位の個数とMunc13-1超分子集合体の個数とのあいだには因果関係のあることが示された.すなわち,Munc13-1超分子集合体がシナプス小胞の放出部位の物理的な実体であり(図1),タンパク質による超分子集合体の構築がシナプスの重みづけの分子機構の根底にあることが明らかにされた.
4.Munc13-1超分子集合体は自律的な機能により構築される
Munc13-1はどのような機構により超分子集合体を構築するのだろうか? シナプス前終末に局在するほかのタンパク質に依存して構築されることも考えられるが,ひとつの可能性として,Munc13-1のもつ自律的な機能により構築されることが考えられた.そこで,Munc13-1を非神経細胞である293T細胞に強制発現させ,シナプスに特有のタンパク質が存在しない環境におけるMunc13-1の挙動について調べた.シナプスにおいてMunc13-1は細胞膜の付近に局在することがわかっていたので,非神経細胞においても細胞膜移行シグナルを利用して人工的に細胞膜の付近に局在させた.その結果,Munc13-1は自発的に自己組織化し超分子集合体を構築した.超解像顕微鏡を用いて解析したところ,シナプスと同様に,ナノメートルのスケールのMunc13-1超分子集合体が確認された.Syntaxin-1はMunc18-1と共発現させるとMunc13-1超分子集合体に捕捉されることも明らかにされた.これらの結果から,Munc13-1には自己集合能があり,シナプス小胞の放出部位の形成において決定的な役割を担うことが示された.
おわりに
この研究において確立されたグルタミン酸のイメージングによるシナプスの機能の解析法は,従来の技術では得ることができなかった単一のシナプスのレベルの精細な情報を抽出する非常に独創的な技術として,今後のシナプスの研究において広く普及していくであろう.また,超解像顕微鏡によるMunc13-1超分子集合体の解析は,おのおののシナプスの重みを既存の煩雑な機能解析法によらず,構造的および形態学的に容易に調べられるという点で魅力的である.Munc13-1超分子集合体は,神経回路や脳の機能を形態学的な視点から調べるうえで,おのおののシナプスの重みを示す重要なマーカーになるだろう.グルタミン酸のイメージングと超解像顕微鏡とを組み合わせたシナプスの機能の解析プラットフォームは,統合失調症やうつ病などの精神疾患,アルツハイマー病などの神経変性疾患の病態の解明に貢献することが期待される.
シナプス伝達により神経回路を形成するためには,シナプス小胞を効率よく,また,持続的にエキソサイトーシスさせるための分子機構が必須である.この点において,Munc13-1の自己集合能はきわめて重要な意味をもつ可能性がある.近年,シナプス小胞をエキソサイトーシスさせるための分子装置,とくに,SNARE複合体の立体構造がつぎつぎと明らかにされてきた.そのようななか,最近,Munc13-1のMUNドメインの立体構造をもとに,細胞膜のうえに6つのMunc13-1分子が平面的に配置されSNARE複合体を並列的に組み立てるという,シナプスにおけるきわめて効率のよいエキソサイトーシスを説明する仮説が提案された9).この仮説の検証にはまだまだ多くの実験的な事実を必要とするが,シナプスにおいて観察されたMunc13-1超分子集合体とシナプス小胞の放出部位との対応はこの仮説によくあう10).
タンパク質による超分子集合体の構築がシナプスの機能を制御するという今回の発見は,超分子集合体の構築がさまざまな生理機能の根底にあるのではないかという新しい視点をあたえる.タンパク質による超分子集合体の構築は,有限個の分子によりささえられる,細胞運動,ニューロンの可塑的な変化,遺伝子の情報の保存および読み出しなどの現象を,分子の個数のゆらぎやノイズをこえて実現するための生命の本質ではないかと考えている.
文 献
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- Ryan, T. A.: Munc13 marks the spot. Nat. Neurosci., 21, 5-6 (2017)[PubMed]
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著者プロフィール
略歴:2007年 放送大学大学院文化科学研究科 修了,2011年より東京大学大学院医学系研究科 特任研究員.
研究テーマ:シナプス.タンパク質による超分子集合体の構築.
廣瀬 謙造(Kenzo Hirose)
東京大学大学院医学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.neurobiol.m.u-tokyo.ac.jp/
© 2018 坂本寛和・廣瀬謙造 Licensed under CC 表示 2.1 日本