ショウジョウバエの幼虫における相同なコマンドニューロンの多様化による適応的な逃避行動の実現
高木 優・能瀬聡直
(東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)
email:高木 優,能瀬聡直
DOI: 10.7875/first.author.2017.143
Divergent connectivity of homologous command-like neurons mediates segment-specific touch responses in Drosophila.
Suguru Takagi, Benjamin Thomas Cocanougher, Sawako Niki, Dohjin Miyamoto, Hiroshi Kohsaka, Hokto Kazama, Richard Doty Fetter, James William Truman, Marta Zlatic, Albert Cardona, Akinao Nose
Neuron, 96, 1373-1387.e6 (2017)
外界の状況に応じて適応的に行動することは生物の生存および繁栄に必須である.そのもっとも単純な例として,生物は感覚刺激をうけたときそのからだの部位により異なる応答をすることでうまく刺激源から逃れる.しかし,このような基本的な行動戦略においてさえ,適応的な行動の選択を実現する脳神経系の動作の原理はほとんどわかっていなかった.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの幼虫において体節に依存的な触覚の入力に対する逃避行動の実行を制御する神経回路の構造および機能を明らかにした.光遺伝学的な手法およびコネクトーム解析により感覚入力から運動出力にいたる神経回路の構造が明らかにされ,Waveと名づけられたニューロンが神経分節により異なる配線をすることにより,からだの異なる部位への感覚入力をそれぞれに適した逃避行動の実行に結びつけることが示された.相同なニューロンが多様化することにより適応的な行動の選択が実現されるという発見は,生物一般にあてはまる基本原理である可能性が高く,生物において行動を制御する神経回路の基盤の解明につながる成果であるといえる.また,環境に適応して脳神経系が進化あるいは発生する過程の理解にも貢献すると期待される.
生物は外界との相互作用において,数ある選択肢のなかから適切な行動を選択し実行することにより生存し繁栄する.光,熱,機械的な刺激など同じ種類の感覚刺激をうけた場合であっても,状況により適応的な行動を選択することすることが重要である.このような行動戦略のもっとも単純な例として,触覚の刺激をうけたからだの部位に応じた行動の選択がある1,2).ショウジョウバエの幼虫においては,頭部に触覚の刺激をうけると後退運動により逃避する一方,尾部に触覚の刺激をうけると前進運動により逃避するという,刺激源から合理的に逃れようとする戦略がみられる.この行動戦略は線形動物3) や昆虫4) のほか,ヤツメウナギ5) などの脊椎動物にまで広く保存されている.また,ショウジョウバエの幼虫の場合,天敵である寄生バチの攻撃による強烈な触覚の刺激から逃れる場合などの緊急的な回避策として,前進運動あるいは後退運動のほかに回転運動という別種の逃避行動を用いて効率的に危機を逃れる6).
体表に対する感覚刺激は感覚ニューロンにより中枢神経系へと伝達される.脊椎動物においては脊髄がくり返し構造をもつ分節に分けられ,それぞれの神経分節は対応する体表の領域からの感覚入力を受容する7).昆虫などの体節の構造をもつ無脊椎動物にも脊髄に対応する中枢領域が存在し,同様に神経分節とからだのおのおのの部位とが連絡する.しかし,局所的な触覚の刺激が中枢神経系においてどのように処理され,異なる運動のパターンを生成し,刺激の部位に応じた逃避行動を惹起するのかについてはほとんどわかっていなかった.
この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの幼虫を用いてこの問いに挑んだ.ショウジョウバエの幼虫においては豊富にある遺伝学的なツールや光遺伝学的な手法を用いて1細胞のレベルでニューロンの機能や形態を調べることができる.また,近年になり実現したコネクトーム解析を利用して8),調べたいニューロンの神経回路の構造を網羅的に解析することも可能になっている.このような強力なツールを用いて,ショウジョウバエの幼虫の逃避行動の制御にかかわるニューロンを探索した.
通常,ショウジョウバエの幼虫は平らな表面を前進運動により移動するが9),頭部を針などでつつかれると後退運動により一過的に逃避する.この感覚の受容を担う1次感覚ニューロンの同定を試みた.先行研究により,触覚の刺激を受容する1次感覚ニューロンの候補としてMD IIIおよびMD IVが同定されていた.これらのニューロンの神経伝達を阻害するためShibiretsタンパク質を発現させ,寒天プレートのうえを自由に行動している幼虫に対し頭部を針で刺激した場合の応答を観察した.その結果,MD IIIとMD IVのいずれを阻害した場合においても後退運動による逃避が減少したため,MD IIIおよびMD IVが頭部の接触に応答して後退運動を惹起することが示唆された.
このことをさらに確認するため,単離した脳を用いた別の実験系を確立した.この系では,神経束を電気刺激して特定の体節をねらった体性の感覚刺激をあたえたうえで,Ca2+イメージング法により中枢における運動のパターンを観察することができる.頭部の体節A1の神経束を電気刺激すると,後退運動を反映した運動のパターンが観察された.一方,MD IIIあるいはMD IVにテタヌス毒素軽鎖を発現させ中枢への神経伝達を阻害すると,同じ神経束を電気刺激しても後退運動を反映した運動のパターンはほとんど惹起されなくなった.この結果からも,MD IIIおよびMD IVが頭部への感覚入力に応答して後退運動を惹起することが示唆された.
中枢神経系において実際に後退運動を制御するニューロンの探索を試みた.さまざまなGAL4系統を用いて赤色光に応答するチャネルロドプシンであるCsChrimsonを発現させ神経活動を亢進させた結果,後退運動の惹起されるGAL4系統が同定された.このGAL4系統が標識する細胞のうち,腹部の神経分節に存在するWaveと名づけた介在ニューロンが後退運動を惹起することが示唆された.“Wave”の名前はニューロンのかたちに由来し,頭-尾の方向の長い神経投射が腹-背の方向に大きくうねりながら伸びるようすが非常に特徴的で“波”のようにみえることから名づけられた.
Waveの特異的な活性化が後退運動を惹起することを確認するため,2光子励起顕微鏡を用いてCsChrimsonを励起し,Waveを1細胞のレベルで活性化させることを試みた.2光子励起顕微鏡による刺激ではとくに深部の方向の分解能が高く,ニューロンの細胞体ひとつ分に相当する空間特異性のあることが確認された.そのうえで,Waveの細胞体を刺激した結果,後退運動のパターンが惹起され,Waveの活性化は後退運動の惹起に十分であることが示唆された.
WaveはA1からA7までの腹部の神経分節に1対ずつ存在するが,これらを特異的に標識するGAL4系統を作製し神経活動を亢進させた.その結果は予想に反し,後退運動だけでなく,屈曲運動や回転運動といった別種の逃避行動が入り混じって惹起された.
これまでの結果において用いたGAL4系統との発現パターンの差をくわしく観察した結果,神経活動の亢進により後退運動が惹起される系統では前方の分節においてWaveが強く標識されたのに対し,屈曲運動あるいは回転運動が惹起される系統では前方あるいは後方のいずれの分節においてもWaveが標識されることがわかった.このことから,Waveは神経分節により異なる逃避行動を惹起する可能性が浮上したが,これまで,そのようなニューロンは知られていなかった.
この可能性を確かめるため,単離した脳における実験系を確立した.この系では,運動のパターンをCa2+イメージング法により確認しながら,直径10μm程度の部分的な照明による限局された光の刺激により領域に特異的に光遺伝学的な手法を実施することができる.この系を用いて前後軸にそってWaveを活性化し運動のパターンを観察した.その結果,前方の分節に存在するWaveを活性化すると後退運動が惹起された一方,後方の分節に存在するWaveを活性化すると前進運動が惹起された.すなわち,Waveは神経分節によりまったく異なる逃避行動を惹起することがわかった.
Waveが体節に特異的に惹起する逃避行動を,自由行動をしているショウジョウバエの幼虫において観察した.FLP-Out法を用いてCsChrimsonの発現パターンをランダム化し,おのおのの個体に対して神経活動を亢進させ,CsChrimsonの発現パターンと惹起された運動のパターンとを対応づけた.その結果,前方の分節A3においてWaveを活性化させると後退運動が惹起され,後方の分節A4においてWaveを活性化させると前進運動が惹起された.それだけでなく,前方の分節A3および後方の分節A4においてWaveを同時に活性化させると屈曲運動という別種の逃避行動が惹起された.このことから,Waveは分節ごとの神経活動のパターンにより別種の逃避行動を惹起するという重要な役割を担うことが示唆された.
Waveの形態を観察したところ,前方と後方とで樹状突起や軸索の投射の方向が大きく異なっていた.したがって,Waveは神経分節により惹起する逃避行動が異なるだけでなく,入力部位および出力部位がそれぞれ脳神経系の異なる領域に存在するため,それぞれ異なる神経回路に組み込まれている可能性が考えられた.
そこで,コネクトーム解析を用いて,前方の分節A1においてWaveの上流および下流の神経回路の構造を解析した.その結果,予想どおり,前方のWaveは頭部の触覚の刺激を受容するMD IIIおよびMD IVから直接にシナプス入力をうけることがわかった.また,前方のWaveの下流には運動を制御する神経回路へと連絡する経路が存在し,この経路は実際に後退運動を実行する際に重要であることが示唆された.そこで,その経路において運動ニューロンの上流に存在する前運動ニューロンA03a5の神経活動を特異的に抑制し,頭部への触覚の刺激に対する応答を観察した結果,後退運動の頻度が低下した.このことから,頭部への触覚の刺激はMD IIIおよびMD IVから前方のWaveへと伝達され,A03a5を介した神経回路により後退運動を制御することが示唆された.
以上のように,Waveはその位置により神経突起の伸長のパターンを大きく変化させ,からだのおのおのの部位への触覚の刺激をそれぞれに適した逃避行動を出力する神経回路へとつなげることにより,適応的な行動の選択を実現することが示唆された(図1).
この研究において,筆者らは,おのおのの神経分節に存在する相同なニューロンがその位置により神経回路の結合の様式を多様化することで,異なる部位への触覚の刺激をそれぞれに適した逃避行動の出力へとつなげることをはじめて明らかにした.Waveのように,その活性化が特定の行動の惹起に十分であるようなニューロンをコマンドニューロンとよぶが10),この発見から,このようなコマンドニューロンの神経回路の結合の様式の多様化が,行動の選択の多様性を生じるための基本機構である可能性が示唆された.からだの前後軸にそって細胞の性質を多様化する機構として,生物一般に存在するホメオティック制御が知られている.その制御のもとでWaveのようなコマンドニューロンが多様化することにより,さまざまな刺激に対し生存に適した臨機応変な行動を惹起するよう脳神経系が進化したと考えられる.また,一般の生物においてはこのようなシステムが複合的に実装されることにより,より複雑な行動の選択の基本原理となる可能性がある.したがって,この研究は適応的な行動の発生的および進化的な起源にせまる突破口になることが期待される.
略歴:東京大学大学院理学系研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:適応的な行動の制御における神経回路の機構.
関心事:(ヒトを含めた)動物の行動の多様性.
能瀬 聡直(Akinao Nose)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授.
研究室URL:http://bio.phys.s.u-tokyo.ac.jp/
© 2017 高木 優・能瀬聡直 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)
email:高木 優,能瀬聡直
DOI: 10.7875/first.author.2017.143
Divergent connectivity of homologous command-like neurons mediates segment-specific touch responses in Drosophila.
Suguru Takagi, Benjamin Thomas Cocanougher, Sawako Niki, Dohjin Miyamoto, Hiroshi Kohsaka, Hokto Kazama, Richard Doty Fetter, James William Truman, Marta Zlatic, Albert Cardona, Akinao Nose
Neuron, 96, 1373-1387.e6 (2017)
要 約
外界の状況に応じて適応的に行動することは生物の生存および繁栄に必須である.そのもっとも単純な例として,生物は感覚刺激をうけたときそのからだの部位により異なる応答をすることでうまく刺激源から逃れる.しかし,このような基本的な行動戦略においてさえ,適応的な行動の選択を実現する脳神経系の動作の原理はほとんどわかっていなかった.この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの幼虫において体節に依存的な触覚の入力に対する逃避行動の実行を制御する神経回路の構造および機能を明らかにした.光遺伝学的な手法およびコネクトーム解析により感覚入力から運動出力にいたる神経回路の構造が明らかにされ,Waveと名づけられたニューロンが神経分節により異なる配線をすることにより,からだの異なる部位への感覚入力をそれぞれに適した逃避行動の実行に結びつけることが示された.相同なニューロンが多様化することにより適応的な行動の選択が実現されるという発見は,生物一般にあてはまる基本原理である可能性が高く,生物において行動を制御する神経回路の基盤の解明につながる成果であるといえる.また,環境に適応して脳神経系が進化あるいは発生する過程の理解にも貢献すると期待される.
はじめに
生物は外界との相互作用において,数ある選択肢のなかから適切な行動を選択し実行することにより生存し繁栄する.光,熱,機械的な刺激など同じ種類の感覚刺激をうけた場合であっても,状況により適応的な行動を選択することすることが重要である.このような行動戦略のもっとも単純な例として,触覚の刺激をうけたからだの部位に応じた行動の選択がある1,2).ショウジョウバエの幼虫においては,頭部に触覚の刺激をうけると後退運動により逃避する一方,尾部に触覚の刺激をうけると前進運動により逃避するという,刺激源から合理的に逃れようとする戦略がみられる.この行動戦略は線形動物3) や昆虫4) のほか,ヤツメウナギ5) などの脊椎動物にまで広く保存されている.また,ショウジョウバエの幼虫の場合,天敵である寄生バチの攻撃による強烈な触覚の刺激から逃れる場合などの緊急的な回避策として,前進運動あるいは後退運動のほかに回転運動という別種の逃避行動を用いて効率的に危機を逃れる6).
体表に対する感覚刺激は感覚ニューロンにより中枢神経系へと伝達される.脊椎動物においては脊髄がくり返し構造をもつ分節に分けられ,それぞれの神経分節は対応する体表の領域からの感覚入力を受容する7).昆虫などの体節の構造をもつ無脊椎動物にも脊髄に対応する中枢領域が存在し,同様に神経分節とからだのおのおのの部位とが連絡する.しかし,局所的な触覚の刺激が中枢神経系においてどのように処理され,異なる運動のパターンを生成し,刺激の部位に応じた逃避行動を惹起するのかについてはほとんどわかっていなかった.
この研究において,筆者らは,ショウジョウバエの幼虫を用いてこの問いに挑んだ.ショウジョウバエの幼虫においては豊富にある遺伝学的なツールや光遺伝学的な手法を用いて1細胞のレベルでニューロンの機能や形態を調べることができる.また,近年になり実現したコネクトーム解析を利用して8),調べたいニューロンの神経回路の構造を網羅的に解析することも可能になっている.このような強力なツールを用いて,ショウジョウバエの幼虫の逃避行動の制御にかかわるニューロンを探索した.
1.体節に依存的な逃避行動を惹起する1次感覚ニューロンの同定
通常,ショウジョウバエの幼虫は平らな表面を前進運動により移動するが9),頭部を針などでつつかれると後退運動により一過的に逃避する.この感覚の受容を担う1次感覚ニューロンの同定を試みた.先行研究により,触覚の刺激を受容する1次感覚ニューロンの候補としてMD IIIおよびMD IVが同定されていた.これらのニューロンの神経伝達を阻害するためShibiretsタンパク質を発現させ,寒天プレートのうえを自由に行動している幼虫に対し頭部を針で刺激した場合の応答を観察した.その結果,MD IIIとMD IVのいずれを阻害した場合においても後退運動による逃避が減少したため,MD IIIおよびMD IVが頭部の接触に応答して後退運動を惹起することが示唆された.
このことをさらに確認するため,単離した脳を用いた別の実験系を確立した.この系では,神経束を電気刺激して特定の体節をねらった体性の感覚刺激をあたえたうえで,Ca2+イメージング法により中枢における運動のパターンを観察することができる.頭部の体節A1の神経束を電気刺激すると,後退運動を反映した運動のパターンが観察された.一方,MD IIIあるいはMD IVにテタヌス毒素軽鎖を発現させ中枢への神経伝達を阻害すると,同じ神経束を電気刺激しても後退運動を反映した運動のパターンはほとんど惹起されなくなった.この結果からも,MD IIIおよびMD IVが頭部への感覚入力に応答して後退運動を惹起することが示唆された.
2.Waveの活性化は後退運動の惹起に十分である
中枢神経系において実際に後退運動を制御するニューロンの探索を試みた.さまざまなGAL4系統を用いて赤色光に応答するチャネルロドプシンであるCsChrimsonを発現させ神経活動を亢進させた結果,後退運動の惹起されるGAL4系統が同定された.このGAL4系統が標識する細胞のうち,腹部の神経分節に存在するWaveと名づけた介在ニューロンが後退運動を惹起することが示唆された.“Wave”の名前はニューロンのかたちに由来し,頭-尾の方向の長い神経投射が腹-背の方向に大きくうねりながら伸びるようすが非常に特徴的で“波”のようにみえることから名づけられた.
Waveの特異的な活性化が後退運動を惹起することを確認するため,2光子励起顕微鏡を用いてCsChrimsonを励起し,Waveを1細胞のレベルで活性化させることを試みた.2光子励起顕微鏡による刺激ではとくに深部の方向の分解能が高く,ニューロンの細胞体ひとつ分に相当する空間特異性のあることが確認された.そのうえで,Waveの細胞体を刺激した結果,後退運動のパターンが惹起され,Waveの活性化は後退運動の惹起に十分であることが示唆された.
3.Waveは体節に特異的に異なる逃避行動を惹起する
WaveはA1からA7までの腹部の神経分節に1対ずつ存在するが,これらを特異的に標識するGAL4系統を作製し神経活動を亢進させた.その結果は予想に反し,後退運動だけでなく,屈曲運動や回転運動といった別種の逃避行動が入り混じって惹起された.
これまでの結果において用いたGAL4系統との発現パターンの差をくわしく観察した結果,神経活動の亢進により後退運動が惹起される系統では前方の分節においてWaveが強く標識されたのに対し,屈曲運動あるいは回転運動が惹起される系統では前方あるいは後方のいずれの分節においてもWaveが標識されることがわかった.このことから,Waveは神経分節により異なる逃避行動を惹起する可能性が浮上したが,これまで,そのようなニューロンは知られていなかった.
この可能性を確かめるため,単離した脳における実験系を確立した.この系では,運動のパターンをCa2+イメージング法により確認しながら,直径10μm程度の部分的な照明による限局された光の刺激により領域に特異的に光遺伝学的な手法を実施することができる.この系を用いて前後軸にそってWaveを活性化し運動のパターンを観察した.その結果,前方の分節に存在するWaveを活性化すると後退運動が惹起された一方,後方の分節に存在するWaveを活性化すると前進運動が惹起された.すなわち,Waveは神経分節によりまったく異なる逃避行動を惹起することがわかった.
Waveが体節に特異的に惹起する逃避行動を,自由行動をしているショウジョウバエの幼虫において観察した.FLP-Out法を用いてCsChrimsonの発現パターンをランダム化し,おのおのの個体に対して神経活動を亢進させ,CsChrimsonの発現パターンと惹起された運動のパターンとを対応づけた.その結果,前方の分節A3においてWaveを活性化させると後退運動が惹起され,後方の分節A4においてWaveを活性化させると前進運動が惹起された.それだけでなく,前方の分節A3および後方の分節A4においてWaveを同時に活性化させると屈曲運動という別種の逃避行動が惹起された.このことから,Waveは分節ごとの神経活動のパターンにより別種の逃避行動を惹起するという重要な役割を担うことが示唆された.
4.Waveは運動を制御する神経回路において体節に特異的な配線をしている
Waveの形態を観察したところ,前方と後方とで樹状突起や軸索の投射の方向が大きく異なっていた.したがって,Waveは神経分節により惹起する逃避行動が異なるだけでなく,入力部位および出力部位がそれぞれ脳神経系の異なる領域に存在するため,それぞれ異なる神経回路に組み込まれている可能性が考えられた.
そこで,コネクトーム解析を用いて,前方の分節A1においてWaveの上流および下流の神経回路の構造を解析した.その結果,予想どおり,前方のWaveは頭部の触覚の刺激を受容するMD IIIおよびMD IVから直接にシナプス入力をうけることがわかった.また,前方のWaveの下流には運動を制御する神経回路へと連絡する経路が存在し,この経路は実際に後退運動を実行する際に重要であることが示唆された.そこで,その経路において運動ニューロンの上流に存在する前運動ニューロンA03a5の神経活動を特異的に抑制し,頭部への触覚の刺激に対する応答を観察した結果,後退運動の頻度が低下した.このことから,頭部への触覚の刺激はMD IIIおよびMD IVから前方のWaveへと伝達され,A03a5を介した神経回路により後退運動を制御することが示唆された.
以上のように,Waveはその位置により神経突起の伸長のパターンを大きく変化させ,からだのおのおのの部位への触覚の刺激をそれぞれに適した逃避行動を出力する神経回路へとつなげることにより,適応的な行動の選択を実現することが示唆された(図1).
おわりに
この研究において,筆者らは,おのおのの神経分節に存在する相同なニューロンがその位置により神経回路の結合の様式を多様化することで,異なる部位への触覚の刺激をそれぞれに適した逃避行動の出力へとつなげることをはじめて明らかにした.Waveのように,その活性化が特定の行動の惹起に十分であるようなニューロンをコマンドニューロンとよぶが10),この発見から,このようなコマンドニューロンの神経回路の結合の様式の多様化が,行動の選択の多様性を生じるための基本機構である可能性が示唆された.からだの前後軸にそって細胞の性質を多様化する機構として,生物一般に存在するホメオティック制御が知られている.その制御のもとでWaveのようなコマンドニューロンが多様化することにより,さまざまな刺激に対し生存に適した臨機応変な行動を惹起するよう脳神経系が進化したと考えられる.また,一般の生物においてはこのようなシステムが複合的に実装されることにより,より複雑な行動の選択の基本原理となる可能性がある.したがって,この研究は適応的な行動の発生的および進化的な起源にせまる突破口になることが期待される.
文 献
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- Kupfermann, I. & Weiss, K. R.: The command neuron concept. Behav. Brain Sci., 1, 3-39 (1978)
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著者プロフィール
略歴:東京大学大学院理学系研究科博士課程 在学中.
研究テーマ:適応的な行動の制御における神経回路の機構.
関心事:(ヒトを含めた)動物の行動の多様性.
能瀬 聡直(Akinao Nose)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授.
研究室URL:http://bio.phys.s.u-tokyo.ac.jp/
© 2017 高木 優・能瀬聡直 Licensed under CC 表示 2.1 日本