ライフサイエンス新着論文レビュー

39.5億年前の微生物による炭素固定の証拠

小宮 剛1・石田章純2
1東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻広域システム科学系,2東北大学高度教養教育・学生支援機構 自然科学教育開発室)
email:小宮 剛
DOI: 10.7875/first.author.2017.122

Early trace of life from 3.95 Ga sedimentary rocks in Labrador, Canada.
Takayuki Tashiro, Akizumi Ishida, Masako Hori, Motoko Igisu, Mizuho Koike, Pauline Méjean, Naoto Takahata, Yuji Sano, Tsuyoshi Komiya
Nature, 549, 516-518 (2017)




要 約


 地球上に生命が存在した証拠をどこまで古い年代にさかのぼることができるかという試みは,生命の起源を推定するうえでもっとも直接的かつ重要な手法である.筆者らは,39.5億年前の年代をもつ堆積岩を調査し,微小な炭質物の粒子を発見した.これらの炭質物は堆積構造と整合的に産出しており,当時の海底面に降り積もったものと考えられた.そして,質量分析計を用いて炭質物と炭酸塩鉱物との炭素同位体比を測定し,発見された炭質物は生命により還元的アセチルCoA経路やカルビン回路といった炭素固定経路をへて形成されたことを明らかにした.さらに,堆積岩にともなう玄武岩質変成岩の鉱物組合せや炭質物を含む堆積岩中の変成鉱物の化学組成から変成温度を推定し,これがラマン分光分析法によりもとめられた炭質物の結晶化度と矛盾しないことを検証した.これら詳細な地質学的,変成岩岩石学的,鉱物学的な研究の結果と,炭質物や炭酸塩の同位体組成のデータを統合し,39.5億年前の海洋で生命活動が行われていたと結論づけた.この結果は,世界最古の生命の痕跡を従来の推定よりおよそ1億年もさかのぼらせるものである.

はじめに


 生命がいつどこで誕生したのかという疑問は,自然科学のみならず,人類がもつもっとも本質的な問いであり,多くの人を魅了する課題であろう.しかし,その解明はいまだ道なかばである.その理由として,岩石や地質体が残されていない冥王代(45.7~40.3億年前)のみならず,原太古代(40.3~36億年前)の岩石や地質体でさえ地球上ではきわめてまれであるため,過去の生命の痕跡を直接的に探索するのはきわめて困難なこと,さらに,一般に生命の証拠は形態をもとに探索されるが,初期の生命は球状などの単純な形状をとっていたと考えられ,形態だけでは無機物か生物由来かを判定するのが困難であること,原太古代の地質体はのちの時代に強い変成作用をうけており,形成されたときの性質が失われている場合が多いこと,があげられる.現在,知られている最古の生命の痕跡は,西グリーンランド南部のイスア地域の堆積岩から発見された炭質物で37~38億年前のものとされる1).それより古いものとして,カナダのヌブアギツック地域からは37.5億年前の炭質物が,グリーンランドのアキリア島からは38.3億年前の炭質物が報告されているが,生物起源であることが疑われており,地球初期の岩石から生命の痕跡を探ることのむずかしさを物語る2,3)
 最近,カナダのラブラドル地域に産出するヌリアック表成岩帯の詳細な地質調査およびジルコンのウラン鉛年代測定が行われ,この地域に少なくとも39.5億年前の堆積岩が存在することが報告された4,5).この研究においては,この堆積岩に残存する炭質物の炭素同位体の分析により地球最古の生命活動の痕跡を探索した.

1.サグレック岩体およびヌリアック表成岩類の地質の概説および年代


 サグレック岩体は西グリーンランドに面したラブラドル半島に存在し,初期~後期太古代の花崗岩質片麻岩や表成岩(溶岩や堆積岩など地球表層で形成した岩石),中期太古代の玄武岩質なサグレック岩脈と若い花崗岩質岩脈から構成される.中央にはハンディ断層が南北に走り,断層の西側ではグラニュライト相,東側では角閃岩相から下部グラニュライト相の変成作用をうけている.この地域の花崗岩質片麻岩と表成岩はサグレック岩脈との貫入関係により2つのグループに大別され,サグレック岩脈より古いグループはイカルック-ウィバック片麻岩およびヌリアック表成岩類とよばれる.イカルック-ウィバック片麻岩中のジルコンのレーザーICP-MSによるウラン鉛年代測定の結果,St. John’s Harbourの南側の花崗岩質片麻岩は約39.5億年前という火成年代をもつことがわかった5).ヌリアック表成岩はその花崗岩質片麻岩に貫入されていることから39.5億年前より古いと考えられ,現存する最古の表成岩となる.
 この研究においては,St. John’s Harbour南側,St. John’s Harbour東側,Big Island,Shuldham Islandの4つの地域のヌリアック表成岩類中の泥質片麻岩,礫岩,炭酸塩岩中の炭質物の全岩炭素同位体を分析した.この地域は高度の変成作用をうけているため産する岩石はすべて変成岩であるが,煩雑性をさけるため,以下では“変成”という接頭語をつけずに表記する.ヌリアック表成岩類は超苦鉄質岩,玄武岩質火山岩,化学沈殿岩(縞状鉄鉱層,炭酸塩岩,チャート)と砕屑性堆積岩(泥質岩,レキ岩)から構成される.表成岩はおおむね南北走向で,40~80度ほど西に傾斜している.表成岩帯の内部は層理面に対して比較的低角な断層により境界づけられたサブブロックから構成され,そのサブブロックの内部の構造はサブユニットのあいだで類似し,構造的下位(東側)から超苦鉄質岩,玄武岩,堆積岩の順で構成される.そして,全体としてサブユニットが累重した覆瓦状の構造をなす(短縮変形をしたことを示す).とくに,St. John’s Harbour南側地域ではそれらの断層が南側では下位の断層に,北では上位の断層に収斂するデュープレックス構造をなす.Shuldham島の西海岸沿いには下位から超苦鉄質岩,ハンレイ岩由来と考えられる斜長石に富む白色の粗粒角閃岩と単斜輝石由来の角閃石に富む濃緑色の粗粒角閃岩の互層,玄武岩,泥質岩からなる超苦鉄質岩体が存在する.

2.炭質物の産状


 さきにのべた4カ所にPangertok Inletをくわえた5カ所で採取した泥質岩,礫岩,炭酸塩岩と炭酸塩岩中のチャート塊とチャートの156試料を顕微鏡により観察し炭質物を探した.炭質物はチャート以外の54試料から発見された.また,変成度が高いサグレック岩体西部の岩石には,岩相によらずすべての試料において炭質物の存在を確認することができなかった.炭質物は数十~数百μmの大きさで,一部の泥質岩で残存する堆積構造に沿うように鉱物の粒界あるいは鉱物中に存在した.また,とくにチャート塊では球状炭質物も存在した.おのおのの岩石が経験した変成温度は,変成鉱物の鉱物組合せやザクロ石-黒雲母地質温度計により見積もった.その結果,変成温度は580~800℃,グラファイトの結晶化度から推定した温度は536℃以上となり,両者が調和的であったことから炭質物は変成作用のまえから存在しており,のちの時代の混入によるものではないと考えられた.

3.炭質物の炭素同位体値


 炭酸塩岩の無機炭素同位体値は-3.8~-2.6‰で,有機炭素同位体値は-28.2~-6.9‰であった.とくに,炭酸塩岩やチャート塊の有機炭素同位体値は高く,泥質岩や礫岩は低い有機炭素同位体値を示した.また,泥質岩の有機炭素同位体値は全炭素含有量と弱い負の相関がみられ,全炭素含有量の高い試料ほど比較的低い有機炭素同位体値を示した.また,変成度の高い地域の試料ほど有機炭素同位体値が高い傾向がみられた.

4.炭質物の有機炭素同位体値と最古の生命の痕跡


 炭酸塩岩の無機炭素同位体値は一般にのちの変質によって低くなることから,当時の海洋中の炭酸イオンの炭素同位体比は最低でも-2.6‰であったと考えられた.また,流体包有物からの晶出や炭酸塩の分解など無機的に生じた炭質物は0~-15‰と比較的高い炭素同位体値をもつ.一方,独立栄養生物は炭素固定の際に軽い同位体を選択的に同化するため,炭素固定回路に依存して-20‰以下の低い値をもつ6)図1).ヌリアック表成岩類の礫岩や泥質岩中の多くのグラファイトは-20‰以下の低い炭素同位体値をもち,-28.2‰に達するものも存在した.さらに,その炭素同位体比は炭素含有量とは負の相関,変成度とは正の相関がみられたことから,変成作用の際の有機物の分解により軽い同位体(12C)が選択的に失われたと考えられた.その場合,炭質物の炭素同位体値の初生値は-28.2‰以下であったと考えられた.海洋の無機炭酸イオンと有機炭素の炭素同位体値の差(炭素同位体分別係数)は25.6‰以上になったことから,その有機炭素は生命による還元的アセチルCoA経路やカルビン回路などの炭素固定経路をへて生じたと考えられた(図1).




おわりに


 この研究により,約39.5億年前の海洋で生命活動が行われていた地球化学的な証拠が世界ではじめて示された.これまで,38.1億年前の堆積岩中の炭質物が最古の生命の証拠とされてきたが1),筆者らの発見はそれをおよそ1億年も更新した.当時の海洋に生息していた微生物種については,今後,窒素や鉄などの生元素同位体の組成や有機物結合金属元素の分布など,さらなる分析評価を重ねることにより特定されると期待される.

文 献



  1. Rosing, M. T.: 13C-depleted carbon microparticles in >3700-Ma sea-floor sedimentary rocks from West Greenland. Science, 283, 674-676 (1999)[PubMed]

  2. Papineau, D., De Gregorio, B. T., Cody, G. D. et al.: Young poorly crystalline graphite in the >3.8-Gyr-old Nuvvuagittuq banded iron formation. Nat. Geosci., 4, 376-379 (2011)

  3. Lepland, A., van Zuilen, M. A. & Philippot, P.: Fluid-deposited graphite and its geobiological implications in early Archean gneiss from Akilia, Greenland. Geobiology, 9, 2-9 (2011)[PubMed]

  4. Komiya, T., Yamamoto, S., Aoki, S. et al.: Geology of the Eoarchean, > 3.95 Ga, Nulliak supracrustal rocks in the Saglek Block, northern Labrador, Canada: the oldest geological evidence for plate tectonics. Tectonophysics, 662, 40-66 (2015)

  5. Shimojo, M., Yamamoto, S., Sakata, S. et al.: Occurrence and geochronology of the Eoarchean, ~3.9 Ga, Iqaluk Gneiss in the Saglek Block, northern Labrador, Canada: evidence for the oldest supracrustal rocks in the world. Precambrian Res., 278, 218-243 (2016)

  6. Schidlowski, M., Appel, P. W. U., Eichmann, R. et al.: Carbon isotope geochemistry of the 3.7 × 109-yr-old Isua sediments, West Greenland: implications for the Archaean carbon and oxygen cycles. Geochim. Cosmochim. Acta, 43, 189-199 (1979)



著者プロフィール


小宮 剛(Tsuyoshi Komiya)
略歴:1999年 東京工業大学大学院理工学研究科博士課程 修了,同年 理化学研究所情報基盤研究部 協力研究員,2000年 東京工業大学大学院理工学研究科 研究員,2003年 同 助手,2006年同 助教授を経て,2009年より東京大学大学院総合文化研究科 准教授.
研究テーマ:地球生命進化史.
関心事:地球の進化を地球に残された証拠からどこまでさかのぼれるか.
研究室URL:http://ea.c.u-tokyo.ac.jp/earth/Members/komiya.html

石田 章純(Akizumi Ishida)
東北大学高度教養教育・学生支援機構 助教.

© 2017 小宮 剛・石田章純 Licensed under CC 表示 2.1 日本