RNA結合タンパク質FUSのLCドメインの形成するアミロイド様のポリマーの構造
加藤 昌人
(米国Texas大学Southwestern Medical Center,Department of Biochemistry)
email:加藤昌人
DOI: 10.7875/first.author.2017.109
Structure of FUS protein fibrils and its relevance to self-assembly and phase separation of low-complexity domains.
Dylan T. Murray, Masato Kato, Yi Lin, Kent R. Thurber, Ivan Hung, Steven L. McKnight, Robert Tycko
Cell, 171, 615-627.e16 (2017)
近年,多くのRNA結合タンパク質に存在するLCドメインの凝集および相分離がRNA顆粒などの膜をもたない細胞内構造体の形成の機構として活発に議論されている.筆者らは,凝集および相分離の機構としてLCドメインが可逆性のアミロイド様のポリマーを形成することが重要であると報告してきた.この研究においては,RNA結合タンパク質FUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を固体NMR法により決定した.FUSのLCドメインのポリマーは全長214アミノ酸残基のうちN末端側の57アミノ酸残基のみで形成され,残りの部分は構造をもたずフレキシブルな状態であった.病原性のアミロイド線維とは対照的に,FUSのLCドメインのポリマーのコア構造には疎水性のアミノ酸残基はほとんどなく,このことが,このポリマーの可逆性の原理であると示唆された.FUSのLCドメインはDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されることが知られているが,このポリマーのコア構造に存在するリン酸化部位のリン酸化によりポリマーの形成および液滴の形成は阻害された.これらの結果から,LCドメインの凝集および相分離が翻訳後修飾により制御される構造基盤がはじめて明らかにされた.
ヒトの10%以上のタンパク質はLCドメインをもち,その多くはRNA結合タンパク質あるいはDNA結合タンパク質で,遺伝子の発現,mRNAのプロセシング,核輸送など,細胞に不可欠な機能において重要なはたらきをすることが明らかにされている1).最近では,LCドメインの凝集による液-液相分離が,ながらく謎であったRNA顆粒など膜をもたない細胞内構造体の形成の機構である可能性が示されている2).一方,TDP-43,FUS,hnRNP,TIA1などのRNA結合タンパク質のLCドメインにおいて家族性の筋萎縮性側索硬化症をひき起こす変異が同定され,LCドメインの変異による異常な凝集が筋萎縮性側索硬化症など神経変性疾患の病態の発生の機構である可能性が注目されている3).以前に,筆者らは,LCドメインが生理的な条件において濃度に依存してすみやかにアミロイド様のポリマーを形成することを発見した4)(新着論文レビュー でも掲載).LCドメインの形成するポリマーは,アミロイドβタンパク質やαシヌクレイン線維など不可逆性の病原性のアミロイド線維と同様にクロスβ構造をもつが,対照的な違いとして,LCドメインのポリマーは不安定で解離しやすい.筆者らは,不安定なLCドメインのポリマーが疾患と関連した変異により安定なポリマーになることや5)(新着論文レビュー でも掲載),このポリマーが相分離した液滴および生細胞に存在することを明らかにし6),LCドメインのポリマーが細胞にて通常の状態において機能する可能性を示してきた.この研究においては,LCドメインが凝集および相分離する機構の構造基盤を明らかにするため,RNA結合タンパク質であるFUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を固体NMR法により決定した.
不溶性のアミロイド様のポリマーの原子レベルでの構造解析には固体NMR法が最適である.しかし,FUSのもつLCドメインは全長214アミノ酸残基もあり,かつ,限られたアミノ酸残基の準反復配列からなるため,NMRピークのアミノ酸配列への帰属にはかなりの困難が予想された.そのため,今回の構造解析には鍵となる2つの技術を用いた.
ひとつは,MCASSIGNプログラムを用いたコンピューターによるNMRピークの帰属である7).MCASSIGNプログラムは,モンテカルロ法とシミュレーテッドアニーリング法の組合せにより,手動によるNMRピークの帰属と同じやり方を何万回もランダムにくり返すことにより統計的に優位な帰属解をもとめる.この方法により,全長を13Cおよび15Nにより標識した試料のNMRピークをN末端側39残基目から95残基目まで暫定的に帰属した.
もうひとつは,部分的に13Cおよび15Nにより標識した試料を用いたNMRスペクトルの測定である.FUSのLCドメインを2つの断片に分け,N末端側の断片にインテインを融合した.それぞれの断片を別々に精製したのち混ぜ合わせると,DNA断片の連結反応を触媒するDNAリガーゼのように,インテインがペプチド断片の連結反応を触媒する.片方の断片だけを標識しておけば,部分的に標識された全長のLCドメインが再構築される.NMRのシグナルは標識された部分だけから得られるため,それらのシグナルがアミノ酸配列のどこに由来するのかが絞り込まれ,NMRピークの帰属が格段に容易になる.インテインによるタンパク質の連結反応は古くから知られていたが,反応効率がいちじるしく低く,構造未知のタンパク質のNMR法による構造解析の成功例はこれまでほとんど報告がなかった.最近,NpuやAvaなど反応効率が格段に高い新たなインテインが報告され8),そのひとつAvaを利用することにより固体NMR法に必要な量の部分標識された試料が得られた.60残基目あるいは112残基目で連結され,それぞれ,N末端側のみあるいはC末端側のみが標識された,計4種類の部分標識された試料を作製し,それらの試料のNMRスペクトルからMCASSIGNプログラムによるNMRピークの帰属が正しいことが確認された.
固体NMR法においては固い構造をもつ部分からのシグナルが強く検出されることから,N末端側の39残基目から95残基目までがFUSのLCドメインのポリマーにおいてコア構造を形成すると考えられた.約10の帰属されない弱いNMRピークが残ったが,それらは両側がフレキシブルな領域にはさまれた単一のアミノ酸残基あるいは2~3残基の短いアミノ酸配列に由来しておりNMRピークの帰属は不可能であった.これらのアミノ酸残基は,ゆるんだ構造をとっているか,コア構造と弱く接触していると考えられた.
NMRピークの帰属が完了したのち,アミノ酸残基どうしの距離の情報や主鎖の2次構造の情報を収集し,それらの拘束条件のもと,X-plorプログラムを用いてFUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を構築した.
アミノ酸配列からアミロイド線維を形成するかどうかを予測するプログラムがいくつもあるが,試した6つのプログラムすべてはFUSのLCドメインのポリマーのコア構造が39残基目から95残基目までから形成されるとは予測しなかった.コア構造におけるアミノ酸残基の構成はそのほかの領域とほぼ同じであり,この領域がコア構造を形成するはっきりとした理由はわからなかった.おそらく,アミノ酸配列の微妙な違いがこの領域の構造をほかの領域より安定なものにしていると思われた.FUSのLCドメインのポリマーの構造を,これまでに決定されているアミロイドβタンパク質やαシヌクレイン線維など病原性のアミロイド線維の構造と比較したところ,αシヌクレイン線維の構造ともっとも類似していた.しかし,FUSのLCドメインのポリマーと病原性のアミロイド線維との顕著な違いは,病原性のアミロイド線維には疎水性のアミノ酸残基が数多く存在し疎水結合により線維の構造が安定化されているが,FUSのLCドメインのポリマーのコア構造には1つのProのほか疎水性のアミノ酸残基が存在しないことであった.この違いが,病原性のアミロイド線維が安定でほぼ不可逆性であるのに対し,FUSのLCドメインのポリマーは不安定で解離しやすい理由であると考えられた.
FUSは真核生物のDNA修復機構において機能し,この機構の中心的な酵素であるDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されることが知られている9).以前に,筆者らは,FUSのLCドメインがDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されるとポリマーの形成が阻害されることを報告した10).質量分析法によりFUSのLCドメインにおけるDNA依存性プロテインキナーゼによるすべてのリン酸化部位を同定し,それぞれの部位のリン酸化によるポリマーの形成および液滴の形成に対する影響について調べた.その結果,14のリン酸化部位のうち,固体NMR法により決定されたコア構造に存在する6つの部位のリン酸化はポリマーの形成および液滴の形成に強く影響したが,そのほかの領域に存在する部位のリン酸化についてはほぼ影響はみられなかった.このことから,固体NMR法により決定されたLCドメインのポリマーの構造の正しいことが生化学的な方法でも確認された.さらに,LCドメインが相分離して形成された液滴の内部にもポリマーの構造が存在することが再確認され,そのポリマーの構造がリン酸化により崩壊することにより液滴が融解される機構が明らかにされた.
LCドメインの凝集による液-液相分離がRNA顆粒など膜をもたない細胞内構造体の形成の機構として注目されている.長鎖高分子の相転移あるいは相分離は高分子化学の分野においてはめずらしいことではない.しかし,それが細胞においてタンパク質が起こしていることに生命科学者は驚かされている(タンパク質も長鎖高分子ではあるが).LCドメインの相分離の機構は長鎖高分子と基本的には同じであり,分子どうしの弱い多価の相互作用により立体のメッシュ構造が構築されることと考えられるが,分子レベルでは2つの相反するモデルが議論されている.ほとんどの研究グループは,構造をもたないフレキシブルなLCドメインが弱く相互作用する機構を提唱している(図1a).それに対し,筆者らは,LCドメインが不安定なごく短いポリマーを形成し,そのポリマーどうし,あるいは,ポリマーを分岐点とした多価の相互作用によりメッシュ構造が構築されると考えている(図1b).今回の結果は,筆者らのモデルをさらに支持するものであった.今後,この構造にもとづいた変異実験などによりモデルの検証をさらに進めていく予定である.
略歴:1998年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科にて博士号取得,米国Harvard Medical School博士研究員を経て,米国Texas大学Southwestern Medical CenterにてAssociate Professor.
研究テーマ:LCドメインの構造および機能.
© 2017 加藤 昌人 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Texas大学Southwestern Medical Center,Department of Biochemistry)
email:加藤昌人
DOI: 10.7875/first.author.2017.109
Structure of FUS protein fibrils and its relevance to self-assembly and phase separation of low-complexity domains.
Dylan T. Murray, Masato Kato, Yi Lin, Kent R. Thurber, Ivan Hung, Steven L. McKnight, Robert Tycko
Cell, 171, 615-627.e16 (2017)
要 約
近年,多くのRNA結合タンパク質に存在するLCドメインの凝集および相分離がRNA顆粒などの膜をもたない細胞内構造体の形成の機構として活発に議論されている.筆者らは,凝集および相分離の機構としてLCドメインが可逆性のアミロイド様のポリマーを形成することが重要であると報告してきた.この研究においては,RNA結合タンパク質FUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を固体NMR法により決定した.FUSのLCドメインのポリマーは全長214アミノ酸残基のうちN末端側の57アミノ酸残基のみで形成され,残りの部分は構造をもたずフレキシブルな状態であった.病原性のアミロイド線維とは対照的に,FUSのLCドメインのポリマーのコア構造には疎水性のアミノ酸残基はほとんどなく,このことが,このポリマーの可逆性の原理であると示唆された.FUSのLCドメインはDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されることが知られているが,このポリマーのコア構造に存在するリン酸化部位のリン酸化によりポリマーの形成および液滴の形成は阻害された.これらの結果から,LCドメインの凝集および相分離が翻訳後修飾により制御される構造基盤がはじめて明らかにされた.
はじめに
ヒトの10%以上のタンパク質はLCドメインをもち,その多くはRNA結合タンパク質あるいはDNA結合タンパク質で,遺伝子の発現,mRNAのプロセシング,核輸送など,細胞に不可欠な機能において重要なはたらきをすることが明らかにされている1).最近では,LCドメインの凝集による液-液相分離が,ながらく謎であったRNA顆粒など膜をもたない細胞内構造体の形成の機構である可能性が示されている2).一方,TDP-43,FUS,hnRNP,TIA1などのRNA結合タンパク質のLCドメインにおいて家族性の筋萎縮性側索硬化症をひき起こす変異が同定され,LCドメインの変異による異常な凝集が筋萎縮性側索硬化症など神経変性疾患の病態の発生の機構である可能性が注目されている3).以前に,筆者らは,LCドメインが生理的な条件において濃度に依存してすみやかにアミロイド様のポリマーを形成することを発見した4)(新着論文レビュー でも掲載).LCドメインの形成するポリマーは,アミロイドβタンパク質やαシヌクレイン線維など不可逆性の病原性のアミロイド線維と同様にクロスβ構造をもつが,対照的な違いとして,LCドメインのポリマーは不安定で解離しやすい.筆者らは,不安定なLCドメインのポリマーが疾患と関連した変異により安定なポリマーになることや5)(新着論文レビュー でも掲載),このポリマーが相分離した液滴および生細胞に存在することを明らかにし6),LCドメインのポリマーが細胞にて通常の状態において機能する可能性を示してきた.この研究においては,LCドメインが凝集および相分離する機構の構造基盤を明らかにするため,RNA結合タンパク質であるFUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を固体NMR法により決定した.
1.固体NMR法によるFUSのLCドメインの形成するポリマーの構造の決定
不溶性のアミロイド様のポリマーの原子レベルでの構造解析には固体NMR法が最適である.しかし,FUSのもつLCドメインは全長214アミノ酸残基もあり,かつ,限られたアミノ酸残基の準反復配列からなるため,NMRピークのアミノ酸配列への帰属にはかなりの困難が予想された.そのため,今回の構造解析には鍵となる2つの技術を用いた.
ひとつは,MCASSIGNプログラムを用いたコンピューターによるNMRピークの帰属である7).MCASSIGNプログラムは,モンテカルロ法とシミュレーテッドアニーリング法の組合せにより,手動によるNMRピークの帰属と同じやり方を何万回もランダムにくり返すことにより統計的に優位な帰属解をもとめる.この方法により,全長を13Cおよび15Nにより標識した試料のNMRピークをN末端側39残基目から95残基目まで暫定的に帰属した.
もうひとつは,部分的に13Cおよび15Nにより標識した試料を用いたNMRスペクトルの測定である.FUSのLCドメインを2つの断片に分け,N末端側の断片にインテインを融合した.それぞれの断片を別々に精製したのち混ぜ合わせると,DNA断片の連結反応を触媒するDNAリガーゼのように,インテインがペプチド断片の連結反応を触媒する.片方の断片だけを標識しておけば,部分的に標識された全長のLCドメインが再構築される.NMRのシグナルは標識された部分だけから得られるため,それらのシグナルがアミノ酸配列のどこに由来するのかが絞り込まれ,NMRピークの帰属が格段に容易になる.インテインによるタンパク質の連結反応は古くから知られていたが,反応効率がいちじるしく低く,構造未知のタンパク質のNMR法による構造解析の成功例はこれまでほとんど報告がなかった.最近,NpuやAvaなど反応効率が格段に高い新たなインテインが報告され8),そのひとつAvaを利用することにより固体NMR法に必要な量の部分標識された試料が得られた.60残基目あるいは112残基目で連結され,それぞれ,N末端側のみあるいはC末端側のみが標識された,計4種類の部分標識された試料を作製し,それらの試料のNMRスペクトルからMCASSIGNプログラムによるNMRピークの帰属が正しいことが確認された.
固体NMR法においては固い構造をもつ部分からのシグナルが強く検出されることから,N末端側の39残基目から95残基目までがFUSのLCドメインのポリマーにおいてコア構造を形成すると考えられた.約10の帰属されない弱いNMRピークが残ったが,それらは両側がフレキシブルな領域にはさまれた単一のアミノ酸残基あるいは2~3残基の短いアミノ酸配列に由来しておりNMRピークの帰属は不可能であった.これらのアミノ酸残基は,ゆるんだ構造をとっているか,コア構造と弱く接触していると考えられた.
NMRピークの帰属が完了したのち,アミノ酸残基どうしの距離の情報や主鎖の2次構造の情報を収集し,それらの拘束条件のもと,X-plorプログラムを用いてFUSのLCドメインの形成するポリマーの構造を構築した.
2.LCドメインの形成するポリマーの構造の特徴および病原性のアミロイド線維との比較
アミノ酸配列からアミロイド線維を形成するかどうかを予測するプログラムがいくつもあるが,試した6つのプログラムすべてはFUSのLCドメインのポリマーのコア構造が39残基目から95残基目までから形成されるとは予測しなかった.コア構造におけるアミノ酸残基の構成はそのほかの領域とほぼ同じであり,この領域がコア構造を形成するはっきりとした理由はわからなかった.おそらく,アミノ酸配列の微妙な違いがこの領域の構造をほかの領域より安定なものにしていると思われた.FUSのLCドメインのポリマーの構造を,これまでに決定されているアミロイドβタンパク質やαシヌクレイン線維など病原性のアミロイド線維の構造と比較したところ,αシヌクレイン線維の構造ともっとも類似していた.しかし,FUSのLCドメインのポリマーと病原性のアミロイド線維との顕著な違いは,病原性のアミロイド線維には疎水性のアミノ酸残基が数多く存在し疎水結合により線維の構造が安定化されているが,FUSのLCドメインのポリマーのコア構造には1つのProのほか疎水性のアミノ酸残基が存在しないことであった.この違いが,病原性のアミロイド線維が安定でほぼ不可逆性であるのに対し,FUSのLCドメインのポリマーは不安定で解離しやすい理由であると考えられた.
3.LCドメインのリン酸化によるポリマーの形成および液滴の形成の阻害
FUSは真核生物のDNA修復機構において機能し,この機構の中心的な酵素であるDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されることが知られている9).以前に,筆者らは,FUSのLCドメインがDNA依存性プロテインキナーゼによりリン酸化されるとポリマーの形成が阻害されることを報告した10).質量分析法によりFUSのLCドメインにおけるDNA依存性プロテインキナーゼによるすべてのリン酸化部位を同定し,それぞれの部位のリン酸化によるポリマーの形成および液滴の形成に対する影響について調べた.その結果,14のリン酸化部位のうち,固体NMR法により決定されたコア構造に存在する6つの部位のリン酸化はポリマーの形成および液滴の形成に強く影響したが,そのほかの領域に存在する部位のリン酸化についてはほぼ影響はみられなかった.このことから,固体NMR法により決定されたLCドメインのポリマーの構造の正しいことが生化学的な方法でも確認された.さらに,LCドメインが相分離して形成された液滴の内部にもポリマーの構造が存在することが再確認され,そのポリマーの構造がリン酸化により崩壊することにより液滴が融解される機構が明らかにされた.
おわりに
LCドメインの凝集による液-液相分離がRNA顆粒など膜をもたない細胞内構造体の形成の機構として注目されている.長鎖高分子の相転移あるいは相分離は高分子化学の分野においてはめずらしいことではない.しかし,それが細胞においてタンパク質が起こしていることに生命科学者は驚かされている(タンパク質も長鎖高分子ではあるが).LCドメインの相分離の機構は長鎖高分子と基本的には同じであり,分子どうしの弱い多価の相互作用により立体のメッシュ構造が構築されることと考えられるが,分子レベルでは2つの相反するモデルが議論されている.ほとんどの研究グループは,構造をもたないフレキシブルなLCドメインが弱く相互作用する機構を提唱している(図1a).それに対し,筆者らは,LCドメインが不安定なごく短いポリマーを形成し,そのポリマーどうし,あるいは,ポリマーを分岐点とした多価の相互作用によりメッシュ構造が構築されると考えている(図1b).今回の結果は,筆者らのモデルをさらに支持するものであった.今後,この構造にもとづいた変異実験などによりモデルの検証をさらに進めていく予定である.
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- Han, T. W., Kato, M., Xie, S. et al.: Cell-free formation of RNA granules: bound RNAs identify features and components of cellular assemblies. Cell, 149, 768-779 (2012)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:1998年 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科にて博士号取得,米国Harvard Medical School博士研究員を経て,米国Texas大学Southwestern Medical CenterにてAssociate Professor.
研究テーマ:LCドメインの構造および機能.
© 2017 加藤 昌人 Licensed under CC 表示 2.1 日本