日本人のゲノムワイド関連解析によるBMIに関連する112の新たな感受性領域の同定
秋山雅人・鎌谷洋一郎
(理化学研究所統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム)
email:鎌谷洋一郎
DOI: 10.7875/first.author.2017.108
Genome-wide association study identifies 112 new loci for body mass index in the Japanese population.
Masato Akiyama, Yukinori Okada, Masahiro Kanai, Atsushi Takahashi, Yukihide Momozawa, Masashi Ikeda, Nakao Iwata, Shiro Ikegawa, Makoto Hirata, Koichi Matsuda, Motoki Iwasaki, Taiki Yamaji, Norie Sawada, Tsuyoshi Hachiya, Kozo Tanno, Atsushi Shimizu, Atsushi Hozawa, Naoko Minegishi, Shoichiro Tsugane, Masayuki Yamamoto, Michiaki Kubo, Yoichiro Kamatani
Nature Genetics, 49, 1458-1467 (2017)
肥満はさまざまな疾患の危険因子であり,遺伝的な要因の関与の大きいことが知られている.これまでに,欧米人を中心としたゲノムワイド関連解析により,肥満の指標であるBMIに関連する100をこえる感受性座位が同定されているが,それにより説明される割合は遺伝率の約10%にすぎず,90%におよぶみつからない遺伝率については解明されていない.非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析は,みつからない遺伝率の解明のカギのひとつとして期待されていた.さらに,疫学的な研究において,アジアにおいては肥満の有病率が欧米より低いことや,アジア人は欧米人より低いBMIにて糖尿病を発症することが知られていたため,さまざまな民族を対象とした研究は肥満の病因論の解明にも役だつ可能性があると考えられた.今回,筆者らは,肥満の感受性領域の同定および体重の制御にかかわる知見を得るため,17万人をこえる日本人のゲノムワイド関連解析ののち,欧米人のゲノムワイド関連解析と包括的な統合解析を実施した.
ヒトのゲノムにおいて個人間の多様性を代表する数十万から数千万のSNP(single nucleotide polymorphism,1塩基多型)のセットを用いたゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)は,2002年の世界初の報告1) ののち世界中で実施されるようになり,それにより数多くの形質と関連するSNPが発見された.ただし,ゲノムワイド関連解析により発見されたSNPは双生児の研究により予測された遺伝率よりもかなり小さく,ゲノムワイド関連解析ではみつからない遺伝率があるとの指摘があった2).これに対しいくつかの解決策が提示されたが,そのひとつは,アレルの頻度や連鎖不平衡の構造の異なる非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析であった.
ゲノムワイド関連解析の対象となる形質のなかでも,身長や体重といった形質は測定が容易で計測値のエラーがそれほど大きくなく,かつ,ほかの目的で収集したゲノムデータを流用できることから,その時代において最大の標本サイズを用いたゲノムワイド関連解析が実施されてきた.肥満の指標のひとつであるBMI(body mass index)もそのようによく研究されてきた形質であり,直近で最大のBMIのゲノムワイド関連解析は約32万人の欧米人を含む34万人のものである3).これまで,これと比肩するほどの規模の非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析は存在しなかった.バイオバンク・ジャパン計画4) には約20万人もの日本人が参加しており,そのほとんどについて全ゲノムSNPアレイによるSNPタイピングが実施され,また,その多くには身長および体重の情報があった.筆者らは,それを用いて非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団として史上最大のゲノムワイド関連解析を実施し,BMIについてみつからない遺伝率をうめることを目的とした.
ゲノムワイド関連解析の当初のもうひとつの問題として,同定された感受性SNPのほとんどは遺伝子コード領域にはなく,生物学的あるいは機能的な意義は不明であった.しかし,近年,エピゲノムのデータが蓄積されるにつれ,それらを用いることによりこれらのSNPは遺伝子制御領域にあり生物学的な機能を示すことが示唆されている.この研究においては,同定されたBMIの感受性SNPの生物学的な機能についても検討した.
バイオバンク・ジャパン計画により収集されたBMIの情報のある約16万人のデータを用いて,遺伝型の推定により得られた約610万のSNPによりゲノムワイド関連解析を実施し,LDスコア回帰法によりバイアスの少ない品質のよい結果が得られたことを確認した.ひきつづき,2つの日本人コホートである東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査および国立がん研究センターの多目的コホート研究により収集された約1万5千人において,ゲノムワイド関連解析により強い関連の検出された163のSNPを検証し,BMIに対する効果の方向性がほとんど一致することを確認したのち,ゲノムワイド関連解析とコホートの結果を統合することにより83のBMIの感受性座位が同定された.
BMIはホルモンなどにより性別に強い影響をうけるため,性別により層別したゲノムワイド関連解析を実施したところ,過去に報告のない,男性にのみ関連する2つの座位が同定された.しかし,男性と女性とでは効果サイズに強い相関がみられたこと,また,男女間で強い遺伝学的な相関が認められたことから,肥満にかかわる遺伝的な背景はほとんどが男女で共有されていると考えられた.性別により層別した解析により同定された2つの領域をくわえ,X染色体の5つの領域を含む計85の領域が日本人において統計学的に有意なBMIの感受性領域と考えられ,このうち51の領域は新規に同定されたものであった.
ひとつの領域に存在する複数の関連する遺伝的な変異を検出するため,領域においてもっとも強く関連するSNPによる条件つき解析を実施したところ,4つの領域において独立な第2のSNPが検出された.これらの結果から,85の領域に存在する89の遺伝的な変異が日本人のBMIに関連するとまとめられた.
これら89の独立した遺伝的な変異には,連鎖不平衡の関係にある29のアミノ酸置換を生じる変異があり,生物学的な体重の制御における原因変異の候補と考えられた.そのうちのひとつは末端肥大症の原因遺伝子として報告されているGPR101遺伝子に存在した.また,もうひとつの例として,GPR75遺伝子にアミノ酸置換を生じるアレル頻度が0.8%のまれなバリアントがBMIに感受性のSNPと連鎖不平衡にあったが,これは欧米人のデータには存在せず,日本人に特異的な体重の制御にかかわる変異である可能性が考えられた.
BMIの感受性座位をさらに同定するため,公開されている欧米人のデータを用いて,MANTRA法5) により48万人からなる民族を横断したメタ解析を実施した.その結果,163の領域に統計学的に有意な関連がみられ,これらのうち54の領域は過去に報告がなく新規の領域と考えられた.この解析において有意であった163の遺伝的な変異の効果サイズは民族のあいだで有意に相関しており,98.8%のSNPにおいて方向性も一致していた.この事実から,BMIの遺伝的な背景のほとんどは民族のあいだで共通することが示唆されたが,一方で,効果サイズが有意に異なる14箇所の変異も存在した.また,性別により層別した解析についても民族を横断した統合解析を実施し,男性に特異的な6つの領域および女性において関連のある1つの領域が同定された.
MANTRA法による結果を用いて,同定した領域ごとにベイズ統計学を用いて原因変異である確率の高い“信用セット”を同定した.この結果を過去に報告された同様の解析の結果と比較したところ,原因変異の可能性のある領域がより狭まったが,このことから,複数の民族の結果を統合することにより生物学的な原因変異の同定の可能性が高まることが示された.選択された遺伝的な変異の機能について調べたところ,38のアミノ酸置換をともなう遺伝的な変異の存在することがわかり,このうち15の変異は日本人の単独の研究において同定されたものと重複した.KCNJ11遺伝子およびHIVEP1遺伝子においては原因変異である事後確率が統計学的にとくに高いアミノ酸置換が同定された.
近年のさまざまな報告により,ゲノムワイド関連解析により同定されたSNPにみられる遺伝的な関連をひき起こす原因変異は,遺伝子コード領域にあるものよりもプロモーター領域やエンハンサー領域などの遺伝子制御領域にあり遺伝子の発現量を変化させることにより生物学的な形質に影響をあたえるものの多いことが示唆されている6).なかでも,エンハンサー領域は組織あるいは細胞型ごとに大きく変化し,ある細胞型において不活性化したエンハンサー領域にあるSNPはその細胞型においてなんら機能を示さないなど,細胞型の特異性が強いと考えられる.これを統計学的に逆にとらえると,ある形質に関連する原因変異は,その形質の主座となる組織あるいは細胞型において活性化した遺伝子制御領域に集中する可能性が高い.すでに,この概念の実証として,LDLコレステロールの感受性SNPが肝臓,関節リウマチの感受性SNPが制御性T細胞,精神神経疾患の感受性SNPが大脳前頭葉,2型糖尿病の感受性SNPが膵島細胞および肝臓の,それぞれ,組織あるいは細胞型に特異的なヒストンH3のLys4のトリメチル化した領域に集積するとの報告がある7).
同定されたBMIの感受性座位が集積する細胞型について調べるため,Roadmap Epigenomicsプロジェクト8) により構築された細胞型に特異的な活性型エンハンサー領域の情報を用いて,特定の組織あるいは細胞型に集中していないか検証した(図1).対象とした64の細胞型を10のグループとして評価したところ,免疫系細胞,中枢神経系組織,脂肪組織の3つのグループにおいて有意な統計学的な集積がみられた.それぞれに属する詳細な組織あるいは細胞種について検証した結果,解析に用いたすべての中枢神経系組織においては有意な集積が認められたが,免疫系細胞ではB細胞のみに統計学的に有意な集積が認められた.同様に,プロモーター領域を示唆するヒストンH3のLys4のトリメチル化への集積について,別のアルゴリズムとしてepiGWASソフトウェアを用いて検証した.この解析は集団に特異的な連鎖不平衡の情報を使用するため,日本人の解析において同定された84の常染色体のSNPのみを用いたところ,膵臓,B細胞,脳(下側頭葉)において集積が認められた.
異なる組合せの遺伝的な変異および遺伝子制御領域領域のマーカーを用いた細胞型の特異性の評価により,一貫してB細胞および中枢神経系組織が体重の制御の機構に関与することが示唆された.これまでの欧米人を中心とした報告において中枢神経系組織が着目されていたが,新たに免疫系細胞,なかでも,B細胞における遺伝子の制御も肥満の病原性に関与する可能性が示唆された.
日本人において同定された83の感受性座位により,独立した地域集団のコホートのBMIの分布がどれくらい説明されるか検討したところ,2.8%の分散を説明することが可能であると推定された.この推定値は欧米人における報告とほぼ同一であった.さらに,GREML法9) を用いて,標本の大きさが極限まで達したときにゲノムの情報により最大でBMIのどれくらいが説明されるか検討したところ,常染色体においては29.8±3.4%を説明することが可能であると推定されたが,これもまた欧米人における値と同等であった.
さらに,民族に特異的なゲノムワイド関連解析の価値について評価するため,日本人の集団のBMIが説明される度合いを日本人のゲノムワイド関連解析の結果と欧米人のゲノムワイド関連解析の結果とで比較したところ,日本人のゲノムワイド関連解析の結果を用いたほうが約1.81倍もうまく説明されることが確認された.
BMIのゲノムワイド関連解析の結果と,過去にバイオバンク・ジャパン計画を中心としてアジアにおいて実施された33のゲノムワイド関連解析との遺伝学的な相関を,二変量LDスコア回帰法10) を用いて検証した.遺伝学的な相関は形質に関連する遺伝情報の共有を表わし,同じ生物学的な経路のはたらいている可能性を示す.BMIとの有意な正の遺伝学的な相関は,2型糖尿病,心血管病(虚血性脳卒中,心筋梗塞,末梢動脈疾患),気管支喘息,後縦靭帯骨化症とのあいだに認められ,負の遺伝学的な相関は,思春期脊柱側弯症,統合失調症,関節リウマチとのあいだに認められた.BMIと心血管病あるいは2型糖尿病とのあいだの遺伝学的な相関はすでに欧米人において報告されていたが,そのほかの疾患との遺伝学的な相関は過去に報告がなく,危険因子としてのBMIの役割に新たな知見をあたえるものであった.
また,組織あるいは細胞種に対する特異性の解析によりリンパ球が体重の制御の機構に関与することが示されたが,リンパ球が肥満においてどのように遺伝学的に関与するのかは未解明である.過去の臨床研究においては,末梢血における白血球の数やその画分の数がBMIと相関することが報告されている.このような血球の数とBMIとが共通した生物学的な経路により制御されるという仮説を設定し,血球の数とBMIとの遺伝学的な相関について評価したところ,白血球の数とのあいだに有意な正の遺伝学的な相関が認められた.さらに,白血球の画分とも遺伝学的な相関について評価したところ,リンパ球の数とのあいだにのみ有意な正の遺伝学的な相関が認められた.これらの結果から,BMIとリンパ球の両者を共通して制御する遺伝的な要因が存在すると考えられた.
日本人20万人のBMIのゲノムワイド関連解析により,新たに112の体重の制御にかかわるSNPが発見された.これは,非ヨーロッパの祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析の有効性をあらためて示したものである.また,遺伝情報の多様性は,既報である中枢神経系組織のほかに,B細胞における遺伝子の制御機構における個人間の違いにより最終的にBMIの違いがもたらされる可能性が示された.さらには,BMIと生物学的な経路を共有する可能性のある疾患が遺伝学的な相関により示された.これらは,今後の肥満の生物学的な研究における新たなきっかけとなる発見である.
略歴:理化学研究所統合生命医科学研究センター リサーチアソシエイト.
研究テーマ:複雑な形質に対する大規模なゲノム解析.
抱負:非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムを研究する意義をより明らかにしたい.
鎌谷 洋一郎(Yoichiro Kamatani)
理化学研究所統合生命医科学研究センター チームリーダー.
© 2017 秋山雅人・鎌谷洋一郎 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(理化学研究所統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム)
email:鎌谷洋一郎
DOI: 10.7875/first.author.2017.108
Genome-wide association study identifies 112 new loci for body mass index in the Japanese population.
Masato Akiyama, Yukinori Okada, Masahiro Kanai, Atsushi Takahashi, Yukihide Momozawa, Masashi Ikeda, Nakao Iwata, Shiro Ikegawa, Makoto Hirata, Koichi Matsuda, Motoki Iwasaki, Taiki Yamaji, Norie Sawada, Tsuyoshi Hachiya, Kozo Tanno, Atsushi Shimizu, Atsushi Hozawa, Naoko Minegishi, Shoichiro Tsugane, Masayuki Yamamoto, Michiaki Kubo, Yoichiro Kamatani
Nature Genetics, 49, 1458-1467 (2017)
要 約
肥満はさまざまな疾患の危険因子であり,遺伝的な要因の関与の大きいことが知られている.これまでに,欧米人を中心としたゲノムワイド関連解析により,肥満の指標であるBMIに関連する100をこえる感受性座位が同定されているが,それにより説明される割合は遺伝率の約10%にすぎず,90%におよぶみつからない遺伝率については解明されていない.非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析は,みつからない遺伝率の解明のカギのひとつとして期待されていた.さらに,疫学的な研究において,アジアにおいては肥満の有病率が欧米より低いことや,アジア人は欧米人より低いBMIにて糖尿病を発症することが知られていたため,さまざまな民族を対象とした研究は肥満の病因論の解明にも役だつ可能性があると考えられた.今回,筆者らは,肥満の感受性領域の同定および体重の制御にかかわる知見を得るため,17万人をこえる日本人のゲノムワイド関連解析ののち,欧米人のゲノムワイド関連解析と包括的な統合解析を実施した.
はじめに
ヒトのゲノムにおいて個人間の多様性を代表する数十万から数千万のSNP(single nucleotide polymorphism,1塩基多型)のセットを用いたゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)は,2002年の世界初の報告1) ののち世界中で実施されるようになり,それにより数多くの形質と関連するSNPが発見された.ただし,ゲノムワイド関連解析により発見されたSNPは双生児の研究により予測された遺伝率よりもかなり小さく,ゲノムワイド関連解析ではみつからない遺伝率があるとの指摘があった2).これに対しいくつかの解決策が提示されたが,そのひとつは,アレルの頻度や連鎖不平衡の構造の異なる非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析であった.
ゲノムワイド関連解析の対象となる形質のなかでも,身長や体重といった形質は測定が容易で計測値のエラーがそれほど大きくなく,かつ,ほかの目的で収集したゲノムデータを流用できることから,その時代において最大の標本サイズを用いたゲノムワイド関連解析が実施されてきた.肥満の指標のひとつであるBMI(body mass index)もそのようによく研究されてきた形質であり,直近で最大のBMIのゲノムワイド関連解析は約32万人の欧米人を含む34万人のものである3).これまで,これと比肩するほどの規模の非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析は存在しなかった.バイオバンク・ジャパン計画4) には約20万人もの日本人が参加しており,そのほとんどについて全ゲノムSNPアレイによるSNPタイピングが実施され,また,その多くには身長および体重の情報があった.筆者らは,それを用いて非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団として史上最大のゲノムワイド関連解析を実施し,BMIについてみつからない遺伝率をうめることを目的とした.
ゲノムワイド関連解析の当初のもうひとつの問題として,同定された感受性SNPのほとんどは遺伝子コード領域にはなく,生物学的あるいは機能的な意義は不明であった.しかし,近年,エピゲノムのデータが蓄積されるにつれ,それらを用いることによりこれらのSNPは遺伝子制御領域にあり生物学的な機能を示すことが示唆されている.この研究においては,同定されたBMIの感受性SNPの生物学的な機能についても検討した.
1.約16万人の日本人のデータを用いたゲノムワイド関連解析
バイオバンク・ジャパン計画により収集されたBMIの情報のある約16万人のデータを用いて,遺伝型の推定により得られた約610万のSNPによりゲノムワイド関連解析を実施し,LDスコア回帰法によりバイアスの少ない品質のよい結果が得られたことを確認した.ひきつづき,2つの日本人コホートである東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査および国立がん研究センターの多目的コホート研究により収集された約1万5千人において,ゲノムワイド関連解析により強い関連の検出された163のSNPを検証し,BMIに対する効果の方向性がほとんど一致することを確認したのち,ゲノムワイド関連解析とコホートの結果を統合することにより83のBMIの感受性座位が同定された.
BMIはホルモンなどにより性別に強い影響をうけるため,性別により層別したゲノムワイド関連解析を実施したところ,過去に報告のない,男性にのみ関連する2つの座位が同定された.しかし,男性と女性とでは効果サイズに強い相関がみられたこと,また,男女間で強い遺伝学的な相関が認められたことから,肥満にかかわる遺伝的な背景はほとんどが男女で共有されていると考えられた.性別により層別した解析により同定された2つの領域をくわえ,X染色体の5つの領域を含む計85の領域が日本人において統計学的に有意なBMIの感受性領域と考えられ,このうち51の領域は新規に同定されたものであった.
ひとつの領域に存在する複数の関連する遺伝的な変異を検出するため,領域においてもっとも強く関連するSNPによる条件つき解析を実施したところ,4つの領域において独立な第2のSNPが検出された.これらの結果から,85の領域に存在する89の遺伝的な変異が日本人のBMIに関連するとまとめられた.
これら89の独立した遺伝的な変異には,連鎖不平衡の関係にある29のアミノ酸置換を生じる変異があり,生物学的な体重の制御における原因変異の候補と考えられた.そのうちのひとつは末端肥大症の原因遺伝子として報告されているGPR101遺伝子に存在した.また,もうひとつの例として,GPR75遺伝子にアミノ酸置換を生じるアレル頻度が0.8%のまれなバリアントがBMIに感受性のSNPと連鎖不平衡にあったが,これは欧米人のデータには存在せず,日本人に特異的な体重の制御にかかわる変異である可能性が考えられた.
2.欧米人のデータをくわえた約48万人のデータによる民族を横断した解析
BMIの感受性座位をさらに同定するため,公開されている欧米人のデータを用いて,MANTRA法5) により48万人からなる民族を横断したメタ解析を実施した.その結果,163の領域に統計学的に有意な関連がみられ,これらのうち54の領域は過去に報告がなく新規の領域と考えられた.この解析において有意であった163の遺伝的な変異の効果サイズは民族のあいだで有意に相関しており,98.8%のSNPにおいて方向性も一致していた.この事実から,BMIの遺伝的な背景のほとんどは民族のあいだで共通することが示唆されたが,一方で,効果サイズが有意に異なる14箇所の変異も存在した.また,性別により層別した解析についても民族を横断した統合解析を実施し,男性に特異的な6つの領域および女性において関連のある1つの領域が同定された.
MANTRA法による結果を用いて,同定した領域ごとにベイズ統計学を用いて原因変異である確率の高い“信用セット”を同定した.この結果を過去に報告された同様の解析の結果と比較したところ,原因変異の可能性のある領域がより狭まったが,このことから,複数の民族の結果を統合することにより生物学的な原因変異の同定の可能性が高まることが示された.選択された遺伝的な変異の機能について調べたところ,38のアミノ酸置換をともなう遺伝的な変異の存在することがわかり,このうち15の変異は日本人の単独の研究において同定されたものと重複した.KCNJ11遺伝子およびHIVEP1遺伝子においては原因変異である事後確率が統計学的にとくに高いアミノ酸置換が同定された.
3.肥満と関係する細胞型の同定
近年のさまざまな報告により,ゲノムワイド関連解析により同定されたSNPにみられる遺伝的な関連をひき起こす原因変異は,遺伝子コード領域にあるものよりもプロモーター領域やエンハンサー領域などの遺伝子制御領域にあり遺伝子の発現量を変化させることにより生物学的な形質に影響をあたえるものの多いことが示唆されている6).なかでも,エンハンサー領域は組織あるいは細胞型ごとに大きく変化し,ある細胞型において不活性化したエンハンサー領域にあるSNPはその細胞型においてなんら機能を示さないなど,細胞型の特異性が強いと考えられる.これを統計学的に逆にとらえると,ある形質に関連する原因変異は,その形質の主座となる組織あるいは細胞型において活性化した遺伝子制御領域に集中する可能性が高い.すでに,この概念の実証として,LDLコレステロールの感受性SNPが肝臓,関節リウマチの感受性SNPが制御性T細胞,精神神経疾患の感受性SNPが大脳前頭葉,2型糖尿病の感受性SNPが膵島細胞および肝臓の,それぞれ,組織あるいは細胞型に特異的なヒストンH3のLys4のトリメチル化した領域に集積するとの報告がある7).
同定されたBMIの感受性座位が集積する細胞型について調べるため,Roadmap Epigenomicsプロジェクト8) により構築された細胞型に特異的な活性型エンハンサー領域の情報を用いて,特定の組織あるいは細胞型に集中していないか検証した(図1).対象とした64の細胞型を10のグループとして評価したところ,免疫系細胞,中枢神経系組織,脂肪組織の3つのグループにおいて有意な統計学的な集積がみられた.それぞれに属する詳細な組織あるいは細胞種について検証した結果,解析に用いたすべての中枢神経系組織においては有意な集積が認められたが,免疫系細胞ではB細胞のみに統計学的に有意な集積が認められた.同様に,プロモーター領域を示唆するヒストンH3のLys4のトリメチル化への集積について,別のアルゴリズムとしてepiGWASソフトウェアを用いて検証した.この解析は集団に特異的な連鎖不平衡の情報を使用するため,日本人の解析において同定された84の常染色体のSNPのみを用いたところ,膵臓,B細胞,脳(下側頭葉)において集積が認められた.
異なる組合せの遺伝的な変異および遺伝子制御領域領域のマーカーを用いた細胞型の特異性の評価により,一貫してB細胞および中枢神経系組織が体重の制御の機構に関与することが示唆された.これまでの欧米人を中心とした報告において中枢神経系組織が着目されていたが,新たに免疫系細胞,なかでも,B細胞における遺伝子の制御も肥満の病原性に関与する可能性が示唆された.
4.ゲノムワイド関連解析により同定された遺伝的な変異により日本人の体重はどれくらい説明されるか
日本人において同定された83の感受性座位により,独立した地域集団のコホートのBMIの分布がどれくらい説明されるか検討したところ,2.8%の分散を説明することが可能であると推定された.この推定値は欧米人における報告とほぼ同一であった.さらに,GREML法9) を用いて,標本の大きさが極限まで達したときにゲノムの情報により最大でBMIのどれくらいが説明されるか検討したところ,常染色体においては29.8±3.4%を説明することが可能であると推定されたが,これもまた欧米人における値と同等であった.
さらに,民族に特異的なゲノムワイド関連解析の価値について評価するため,日本人の集団のBMIが説明される度合いを日本人のゲノムワイド関連解析の結果と欧米人のゲノムワイド関連解析の結果とで比較したところ,日本人のゲノムワイド関連解析の結果を用いたほうが約1.81倍もうまく説明されることが確認された.
5.遺伝的な相関解析
BMIのゲノムワイド関連解析の結果と,過去にバイオバンク・ジャパン計画を中心としてアジアにおいて実施された33のゲノムワイド関連解析との遺伝学的な相関を,二変量LDスコア回帰法10) を用いて検証した.遺伝学的な相関は形質に関連する遺伝情報の共有を表わし,同じ生物学的な経路のはたらいている可能性を示す.BMIとの有意な正の遺伝学的な相関は,2型糖尿病,心血管病(虚血性脳卒中,心筋梗塞,末梢動脈疾患),気管支喘息,後縦靭帯骨化症とのあいだに認められ,負の遺伝学的な相関は,思春期脊柱側弯症,統合失調症,関節リウマチとのあいだに認められた.BMIと心血管病あるいは2型糖尿病とのあいだの遺伝学的な相関はすでに欧米人において報告されていたが,そのほかの疾患との遺伝学的な相関は過去に報告がなく,危険因子としてのBMIの役割に新たな知見をあたえるものであった.
また,組織あるいは細胞種に対する特異性の解析によりリンパ球が体重の制御の機構に関与することが示されたが,リンパ球が肥満においてどのように遺伝学的に関与するのかは未解明である.過去の臨床研究においては,末梢血における白血球の数やその画分の数がBMIと相関することが報告されている.このような血球の数とBMIとが共通した生物学的な経路により制御されるという仮説を設定し,血球の数とBMIとの遺伝学的な相関について評価したところ,白血球の数とのあいだに有意な正の遺伝学的な相関が認められた.さらに,白血球の画分とも遺伝学的な相関について評価したところ,リンパ球の数とのあいだにのみ有意な正の遺伝学的な相関が認められた.これらの結果から,BMIとリンパ球の両者を共通して制御する遺伝的な要因が存在すると考えられた.
おわりに
日本人20万人のBMIのゲノムワイド関連解析により,新たに112の体重の制御にかかわるSNPが発見された.これは,非ヨーロッパの祖先をもつ集団のゲノムワイド関連解析の有効性をあらためて示したものである.また,遺伝情報の多様性は,既報である中枢神経系組織のほかに,B細胞における遺伝子の制御機構における個人間の違いにより最終的にBMIの違いがもたらされる可能性が示された.さらには,BMIと生物学的な経路を共有する可能性のある疾患が遺伝学的な相関により示された.これらは,今後の肥満の生物学的な研究における新たなきっかけとなる発見である.
文 献
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著者プロフィール
略歴:理化学研究所統合生命医科学研究センター リサーチアソシエイト.
研究テーマ:複雑な形質に対する大規模なゲノム解析.
抱負:非ヨーロッパ系の祖先をもつ集団のゲノムを研究する意義をより明らかにしたい.
鎌谷 洋一郎(Yoichiro Kamatani)
理化学研究所統合生命医科学研究センター チームリーダー.
© 2017 秋山雅人・鎌谷洋一郎 Licensed under CC 表示 2.1 日本