ライフサイエンス新着論文レビュー

ショウジョウバエにおける神経修飾物質と社会行動を制御するニューロンとの相互作用による攻撃行動の制御

渡邉 毅一
(米国California Institute of Technology,Division of Biology and Biological Engineering)
email:渡邉毅一
DOI: 10.7875/first.author.2017.104

A circuit node that integrates convergent input from neuromodulatory and social behavior-promoting neurons to control aggression in Drosophila.
Kiichi Watanabe, Hui Chiu, Barret D. Pfeiffer, Allan M. Wong, Eric D. Hoopfer, Gerald M. Rubin, David J. Anderson
Neuron, 95, 1112-1128.e7 (2017)




要 約


 ノルアドレナリンをはじめとする神経修飾物質は広範囲にわたる脳の状態,たとえば,覚醒状態を制御することが知られている.一方で,特定の行動,たとえば,社会行動などに対し特異的なはたらきをもつのかどうかははっきりしない.無脊椎動物におけるノルアドレナリンのホモログであるオクトパミンは覚醒状態や攻撃行動を促進的に制御することが知られている.筆者らは,ショウジョウバエを用いた神経回路の機能的および解剖学的なスクリーニングにより,攻撃行動を制御するニューロンとして,オクトパミン受容体を発現するオスに特異的なニューロンを同定した.解析の結果,このオクトパミン受容体ニューロンはオクトパミンに依存して攻撃行動を制御する一方,覚醒状態には無関係であることが明らかにされた.また,オクトパミン受容体ニューロンは,オクトパミンニューロンからの入力にくわえ,オスの求愛行動および攻撃行動を制御するP1ニューロンからの入力をうけていた.これらのニューロンからの入力の相互作用を解析した結果,オクトパミン受容体ニューロンはオクトパミンによる神経修飾をうけ,P1ニューロンによりひき起こされる社会行動を攻撃行動が優位になるよう変化させることが示唆された.これらの結果は,より高等な生物における神経修飾の機構を探求するうえで示唆をあたえると考えられる.

はじめに


 神経修飾物質は神経回路の機能に重要な影響をおよぼし,感情や気分に関係した脳の内部の状態を制御すると考えられている.しかし,特定の行動に対するより特異的な制御がどのようになされるかについてはほとんどわかっていない.たとえば,哺乳類において,ノルアドレナリンは脳の全体に広く分布するニューロンから分泌され,広汎な覚醒状態を制御すると考えられている1).一方で,神経修飾物質は局所において神経回路により特異的に作用し,多機能な神経回路の出力を変化させるとも考えられている2)
 神経修飾の機構を探求するうえでは,その作用する対象となるニューロンの同定が不可欠であるが,筆者らは,哺乳類に比べコンパクトな脳の構造をもち,かつ,遺伝学的な手法を容易に用いることのできるショウジョウバエをモデルとした.無脊椎動物のオクトパミンはノルアドレナリンのホモログとして知られ,昆虫や甲殻類において攻撃行動への関与が指摘されている.ショウジョウバエにおいては,オクトパミン,そして,特定のオクトパミンニューロンが攻撃行動に必須であることが示されている3-5).それでは,オクトパミンはどのようにして攻撃行動を制御するのであろうか.オクトパミンはノルアドレナリンと同様に脳の全体に広く分布し広汎な覚醒状態を制御すること6),また,覚醒状態により攻撃行動も影響をうけることから,オクトパミンによる攻撃行動の制御は脳の全体における覚醒状態の変化の結果の2次的な作用として現われる可能性のほか,局所の神経回路のレベルにおいて,たとえば,社会行動を制御する神経回路に特異的に作用し,その神経回路の出力を攻撃行動が優位になるよう制御する可能性などが考えられる(図1).筆者らは,攻撃行動にかかわるオクトパミンニューロンの標的であるオクトパミン受容体ニューロンの同定およびその機能の解明により,オクトパミンによる攻撃行動の制御の機構を明らかにすることを試みた.




1.攻撃行動にかかわるオクトパミン受容体ニューロンの同定


 オクトパミン受容体をコードする遺伝子として知られる4つの遺伝子から,その発現を制御すると推定される合計34の異なる領域を同定し,その配列を用いてGAL4遺伝子を組み込んだトランスジェニックショウジョウバエを作製した。これらの系統により標識されるニューロンの内向き整流性K+チャネルであるKir2.1,あるいは,原核生物に由来する膜電位感受性Na+チャネルであるNaChBacを発現させることにより発火を抑制,あるいは,強制発火させた.その結果,オクトパミン受容体Oambを発現すると推定される,R47A04系統において標識されたR47A04ニューロンが攻撃行動に促進的にはたらくことが示された.
 Oambの攻撃行動への関与について調べるためOamb欠損変異体において攻撃行動を解析したところ,攻撃性の有意な低下が認められた.さらに,R47A04ニューロンにOambを強制発現させることにより,Oamb欠損変異体における攻撃性の低下は野生型と同じ程度にまで回復した.RNAi法によりR47A04ニューロンにおいてOambをノックダウンしたところ,攻撃性は有意に低下するとともに,ほかのオスに対する求愛行動が上昇し,結果として,攻撃行動と求愛行動との相対的な指向性が攻撃行動が優位になるよう変化した.さらに,野生型のオスにおいてR47A04ニューロンにOambを強制発現することにより攻撃性を上昇させることができるかどうか検討した.OambにはOamb-ASおよびOamb-K3の2種類のアイソフォームが知られているが,このうち,Oamb-K3を発現させたオスにおいて攻撃性は有意に上昇した.また,オクトパミンの投与とOamb-K3の強制発現とを組み合わせることにより,オクトパミンの投与による攻撃性の上昇は増強された.これらの結果から,OambはR47A04ニューロンにおいてオクトパミンに応答し,攻撃性を上昇させることが示された.

2.オクトパミン受容体ニューロンによる攻撃行動の制御


 R47A04ニューロンはいくつかのクラスターに分類されるが,それらのうちどのクラスターが攻撃行動の制御にかかわるのであろうか.解剖学的な解析の結果,R47A04ニューロンのうち,脳のSMP(superior medial protocerebrum)とよばれる領域に存在するクラスターはfruitlessも発現することが明らかにされた.fruitlessを発現するニューロンは求愛行動や攻撃行動を含む社会行動を制御することが知られている7,8).さらに,メスにおいてこのクラスターは認められなかった.解剖学的な特徴から,このクラスターをR47A04aSP2ニューロンと名づけ,遺伝学的な手法を用いてその神経活動を制御することにより社会行動におよぼす影響について検討した.その結果,R47A04aSP2ニューロンの神経活動を活性化させたところオスどうしの攻撃性が上昇し,抑制させたところ攻撃性は低下した.いずれの操作においても,求愛行動や覚醒状態などに変化は認められなかった.これらの結果から,オクトパミン受容体ニューロンであるR47A04aSP2ニューロンがオスどうしの社会行動をより攻撃行動が優位になるよう制御することが示された.

3.オクトパミン受容体ニューロンはOambに依存的にオクトパミンに応答する


 ここまでの結果から,攻撃行動の制御においてR47A04ニューロンにおけるOambの関与が示された.そこで,R47A04aSP2ニューロンのオクトパミンに対する応答を生理学的に調べることによりその確認を試みた.R47A04aSP2ニューロンにCa2+センサーであるGCaMP6mを発現させ,2光子顕微鏡によりオクトパミンに対する応答について調べたところ,Ca2+の有意な上昇が認められた.また,この応答はオクトパミン受容体の阻害剤であるMianserinの存在のもとでは抑制された.さらに,RNAi法によりR47A04ニューロンにてOambをノックダウンした個体においてはCa2+の上昇が抑制された.これらの結果から,R47A04aSP2ニューロンがOambに依存的にオクトパミンに応答することが強く示唆された.

4.オクトパミン受容体ニューロンと攻撃行動を制御するほかのニューロンとの相互作用


 では,R47A04aSP2ニューロンはどのように攻撃行動を制御するのだろうか.ひとつの可能性は,R47A04aSP2ニューロンの発火により機械的に攻撃行動をひき起こす,いわゆる,コマンドニューロンとしてのはたらきである.赤色反応性のチャネルロドプシンであるCsChrimson,あるいは,熱感受性のイオンチャネルであるdTrpA1を用いてR47A04aSP2ニューロンを強制発火させたところ,NaChBacを用いて強制発火させた場合と異なり,攻撃行動は変化しなかった.CsChrimsonやdTrpA1により強制的な活動電位が誘導される一方,NaChBacの発現によりニューロンの興奮性は上昇するものの,活動電位の強制的な誘導はひき起こされないことが知られている.これらの結果は,R47A04aSP2ニューロンのコマンドニューロンとしての役割に否定的なものであり,むしろ,攻撃行動を制御する神経回路に対する修飾的な役割を支持した.
 そこで,R47A04aSP2ニューロンと攻撃行動を制御する既知のニューロンとの相互作用について検討した.P1ニューロンは性的二型を示すfruitlessを発現するニューロンのクラスターであり,オスの求愛行動に関与することが広く知られている4),一方,筆者らの研究グループは,このP1ニューロンが求愛行動だけでなく攻撃行動にも関与することを見い出していた5).求愛行動および攻撃行動への関与から,P1ニューロンの神経活動は求愛行動と攻撃行動とのあいだの意志決定を担う神経回路に関与すると考えられた.R47A04aSP2ニューロンとP1ニューロンとの解剖学的な関係性について検討したところ,それぞれのニューロンの神経突起どうしは互いに近接していた.さらに,軸索および樹状突起の分布の比較により,P1ニューロンの軸索とR47A04aSP2ニューロンの樹状突起は近接していることが明らかにされた.これらの解剖学的な特徴から,R47A04aSP2ニューロンがP1ニューロンから入力をうけている可能性が示唆された.そこで,光遺伝学的な手法および2光子顕微鏡を用いたCa2+イメージング法を組み合わせることによりこれらのニューロンの機能的な結合性について検討した.P1ニューロンに赤色反応性のチャネルロドプシンであるReaChRを発現させて強制発火させ,同時に,R47A04aSP2ニューロンにCa2+センサーであるGCaMP6sを発現させてその応答を調べたところ,P1ニューロンの発火にともないR47A04aSP2ニューロンにおけるCa2+の上昇が観察された.一方で,R47A04aSP2ニューロンを強制発火させた場合には,P1ニューロンにおけるCa2+の上昇は認められなかった.以上の結果から,R47A04aSP2ニューロンはP1ニューロンの下流ではたらくことが示された.
 R47A04aSP2ニューロンの神経活動はP1ニューロンの発火によりひき起こされる攻撃行動あるいは求愛行動に必須であるかどうかを行動学的に検討した.P1ニューロンを強制発火させ,同時に,R47A04aSP2ニューロンを抑制したところ,攻撃行動は強く抑制されたが求愛行動にほとんど変化はみられなかった.結果として,R47A04aSP2ニューロンの抑制により,P1ニューロンによりひき起こされる社会行動は求愛行動が優位になるよう変化した.

5.P1ニューロンによりひき起こされる行動に対するオクトパミンの影響


 以上のように,オクトパミン受容体ニューロンであるR47A04aSP2ニューロンはオクトパミンニューロンおよびP1ニューロンのいずれからも入力をうけていた.そこで,これらのニューロンがどのような相互作用によりはたらくかを検討した.その結果,オクトパミンを投与したオスにおいて,P1ニューロンへの刺激に対するR47A04aSP2ニューロンの応答はいちじるしく上昇した.また,この上昇はオクトパミン受容体の阻害剤であるMianserinを同時に投与することにより消失した.
 これらの結果から,P1ニューロンによりひき起こされる社会行動はオクトパミンにより攻撃行動が優位になるよう変化する,また,このオクトパミンによる影響はR47A04aSP2ニューロンを介する,という仮説をたて行動実験により検証を試みた.P1ニューロンの強制発火によりひき起こされる社会行動が内在性のオクトパミンのはたらきを阻害することによりどのように影響をうけるか検討した.オクトパミン受容体の阻害剤であるMianserinの投与によりオクトパミンのシグナルを阻害したうえでP1ニューロンを強制発火させた場合,Mianserinを投与していない場合に比べ攻撃性は有意に低下したが,求愛行動に変化は認められなかった.また,Mianserinの投与による攻撃性の低下は,R47A04ニューロンの興奮性を上昇させることにより部分的に回復した.逆に,オクトパミンの投与によりオクトパミンのシグナルを増強させたうえでP1ニューロンを強制発火させると,オクトパミンを投与していない場合に比べ攻撃性が上昇した.さらに,R47A04ニューロンの神経活動を抑制することによりオクトパミンの投与による攻撃性の上昇は抑制された.以上の結果から,P1ニューロンの神経活動によりひき起こされる社会行動はオクトパミンのはたらきにより攻撃行動が優位になるよう制御されること,そして,その制御はR47A04aSP2ニューロンを介することが強く示唆された(図2).




おわりに


 オクトパミンはさまざまな生物種において攻撃行動を含む多くの行動への関与が指摘されている.哺乳類におけるオクトパミンのホモログであるノルアドレナリンは攻撃行動を促進的に制御することが知られているが9),これまで,これらの神経修飾物質がどのニューロンに作用し,どのような機構により行動を制御するのかはほとんど明らかにされていなかった.今回,筆者らは,ショウジョウバエをモデルとして,遺伝学的な手法を用いてオクトパミン受容体ニューロンを介したオクトパミンによる攻撃行動の制御の機構を明らかにした.
 脊椎動物におけるノルアドレナリンと同様に,オクトパミンは覚醒状態を制御すると考えられている.このはたらきを裏づけるように,オクトパミンニューロンの投射はノルアドレナリンニューロンと同様に脳の全体に広がっている.しかし,今回,同定されたオクトパミン受容体ニューロンであるR47A04aSP2ニューロンは攻撃行動を特異的に制御し,自発運動,睡眠,概日リズムといった覚醒状態により影響されるほかの行動には関与しなかった.このことから,少なくとも,R47A04aSP2ニューロンは広汎な覚醒状態を変化させることなく攻撃行動を特異的に制御すると考えられた.
 ヒトを含むより高等な生物種において,ノルアドレナリンを含む神経修飾物質が社会行動,さらにはほかの行動をどのような機構により制御するのかは神経科学において基礎的かつ根本的な問題であるとともに,その異常がさまざまな精神神経疾患における行動障害をひき起こすとも考えられる.今回の結果は,これらの問題に直接の解答をあたえるものではないものの,今後,これらの問題に取り組むうえでなんらかの示唆をあたえると期待している.

文 献



  1. Pfaff, D., Westberg, L. & Kow, L.: Generalized arousal of mammalian central nervous system. J. Comp. Neurol., 493, 86-91 (2005)[PubMed]

  2. Marder, E.: Neuromodulation of neuronal circuits: back to the future. Neuron, 76, 1-11 (2012)[PubMed]

  3. Baier, A., Wittek, B. & Brembs, B.: Drosophila as a new model organism for the neurobiology of aggression. J. Exp. Biol., 205, 1233-1240 (2002)[PubMed]

  4. Hoyer, S. C., Eckart, A., Herrel, A. et al.: Octopamine in male aggression of Drosophila. Curr. Biol., 18, 159-167 (2008)[PubMed]

  5. Zhou, C. & Rao, Y.: A subset of octopaminergic neurons are important for Drosophila aggression. Nat. Neurosci., 11, 1059-1067 (2008)[PubMed]

  6. Roeder, T.: Octopamine in invertebrates. Prog. Neurobiol., 59, 533-561 (1999)[PubMed]

  7. Yamamoto, D. & Koganezawa, M.: Genes and circuits of courtship behaviour in Drosophila males. Nat. Rev. Neurosci., 14, 681-692 (2013)[PubMed]

  8. Hoopfer, E. D., Jung, Y., Inagaki, H. K. et al.: P1 interneurons promote a persistent internal state that enhances inter-male aggression in Drosophila. Elife, 4, e11346 (2015)[PubMed]

  9. Barrett, J. A., Edinger, H. & Siegel, A.: Intrahypothalamic injections of norepinephrine facilitate feline affective aggression via α2-adrenoceptors. Brain Res., 525, 285-293 (1990)[PubMed]


活用したデータベースにかかわるキーワードと統合TVへのリンク




著者プロフィール


渡邉 毅一(Kiichi Watanabe)
略歴:2005年 京都大学大学院医学研究科博士課程 修了,2006年より米国California Institute of Technologyポスドク.
研究テーマ:モデル生物を用いた行動の制御にかかわる神経回路の機能の解析.
抱負:自分自身がなぜあやまった行動選択をくり返してしまうのか? 神経科学を研究することによりその謎を明らかにしたい.

© 2017 渡邉 毅一 Licensed under CC 表示 2.1 日本