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ショウジョウバエの感覚神経系においては刺激への応答が発生の環境にあわせ制御される

兼子 拓也
(米国Michigan大学Ann Arbor校Department of Cell and Developmental Biology)
email:兼子拓也
DOI: 10.7875/first.author.2017.080

Serotonergic modulation enables pathway-specific plasticity in a developing sensory circuit in Drosophila.
Takuya Kaneko, Ann Marie Macara, Ruonan Li, Yujia Hu, Kenichi Iwasaki, Zane Dunnings, Ethan Firestone, Shawn Horvatic, Ananya Guntur, Orie T. Shafer, Chung-Hui Yang, Jie Zhou, Bing Ye
Neuron, 95, 623-638.e4 (2017)




要 約


 動物が発生する過程において外部の環境からうけた情報は,成熟期における情報の認識にどのように影響するのか.この研究において,筆者らは,痛覚の刺激を多くうけて発生したショウジョウバエの幼虫では,成熟期において痛覚の刺激に応じた忌避行動が抑制されることを見い出した.さらに,表皮において痛覚の刺激を受容するC4daニューロンから中枢へのシグナルの伝達が抑制されること,および,中枢神経系のセロトニンニューロンがこの作用にかかわることも明らかにされた.セロトニンニューロンはC4daニューロンを経由する痛覚の刺激により活性化されると,C4daニューロンの軸索の末端にはたらきかけ中枢へのシグナルの伝達を抑制した.発生期に痛覚の刺激を経験したショウジョウバエの幼虫においてはC4daニューロンのセロトニンに対する感受性が上昇しており,忌避行動をみちびくシグナルの伝達がより大幅に抑制された.すなわち,セロトニンを介したフィードバック神経回路が忌避行動を発生の環境にあわせ制御することが明らかにされた.

はじめに


 動物は周囲の状況に応じて行動を選択する.このような情報の認識および行動はニューロンの形成する神経回路によりなりたつ.外部の情報は感覚の刺激として感覚神経により受容され,その情報は脳などの中枢へ伝達される.一方で,中枢神経系は運動神経にはたらきかけ行動をみちびく.このように,動物の根幹を担う神経系は,すべてが遺伝情報にもとづき機能するのではなく,環境にあわせて性質を柔軟に変化させる.それにより遺伝情報を共有する同一の種であっても,それぞれ固有の生育環境に適した行動が選択される.神経系の機能は動物が発生する過程において外部の環境からうけた感覚の刺激によっても影響される1).しかし,発生期における経験がどのように長期にわたり神経系に影響しつづけるのかについては,いまだ多くが謎につつまれている.筆者らは,この問いに答えるため,ショウジョウバエの幼虫の感覚神経系に着目した.ショウジョウバエは遺伝学的な手法が確立されており,環境要因が遺伝情報に作用するしくみの解明が期待できる.また,ショウジョウバエは地球上の幅広い地域に生息しており,同一の種であっても発生期にうける感覚の刺激は多岐にわたる.とくに,幼虫期のショウジョウバエは移動の可能な範囲がかぎられており,それぞれ固有の生育環境に適応することが生存のために重要であろう.筆者らは,ショウジョウバエの幼虫の刺激への応答が発生期における刺激の経験にあわせ制御されると考え,生存においてとくに重要である痛覚の刺激に応答した忌避行動に着目した.

1.発生の過程における痛覚の経験は成熟期における痛覚の刺激への応答を抑制する


 ショウジョウバエの幼虫は,スズメバチなど外敵からの攻撃,強い光や高熱,殺虫剤などの化学薬品を感知すると,からだの回転をともなう忌避行動により危険からのがれようとする2).これら痛覚の刺激は感覚ニューロンの一種であるC4daニューロンによりからだの表面において受容される.光遺伝学的な手法を用いてC4daニューロンを特異的に刺激すると,ショウジョウバエの幼虫は同様の忌避行動を示す2,3).そのほか,わさびなどに含まれる刺激性の化学物質であるアリルイソチオシアネートは痛覚の刺激としてC4daニューロンに作用する4,5)
 発生の過程における痛覚の刺激が成熟したのちの痛覚神経系におよぼす影響について検討するため,アリルイソチオシアネートを含むえさのなかでショウジョウバエの幼虫を成長させたところ,成熟期において痛覚の刺激に反応して回転を示した個体の割合は,通常の条件において成長させた場合と比較して半分近くに低下した.同様の行動の抑制は,光遺伝学的な手法を用いて発生期においてC4daニューロンをくり返し刺激した際にも観察され,成熟期における忌避行動は80%以上も抑制された.以上の結果より,C4daニューロンを介した痛覚の経験は,成熟期において痛覚の刺激への応答を低下させることが明らかにされた.

2.発生期における痛覚の経験はC4daニューロンによる中枢へのシグナル伝達を特異的に抑制する


 発生期における痛覚の経験が成熟期における忌避行動に影響するしくみとして,C4daニューロンそれ自体の刺激への応答が低下していることが考えられた.そこで,C4daニューロンにCa2+指示タンパク質であるGCaMPを発現させ,痛覚の刺激に対するCa2+応答を観察した6).ニューロンは活性化するとその度合いに応じてCa2+濃度を上昇させるため,刺激に対するCa2+応答を指標としてニューロンの活性の程度が調べられる.その結果,C4daニューロンの細胞体や軸索の末端においてCa2+応答に変化はみられず,刺激の受容や軸索への伝達は抑制されていないことが示唆された.
 ショウジョウバエの幼虫のからだの表面において痛覚の刺激を受容するC4daニューロンは,頭部に位置する中枢神経系に軸索を投射し,そこで複数のニューロンとシナプスを介して結合し神経回路を形成する.痛覚の刺激を経験したショウジョウバエの幼虫においてはC4daニューロンからのシグナルに対する下流のニューロンの応答が低下しており,それにより忌避行動が抑制されると仮説をたてた.下流のニューロンとして,忌避行動の発現を媒介することが示唆されていたBasin-4ニューロン,および,新たに同様の機能のあることが明らかにされたA08nニューロンに着目した7,8)
 発生期において痛覚の刺激を多くうけた個体においてC4daニューロンを刺激し,A08nニューロンおよびBasin-4ニューロンの応答を観察したところ,ともに,細胞体におけるCa2+応答の低下がみられた.Basin-4ニューロンはC4daニューロンのほかに振動の刺激を受容する感覚ニューロンからも刺激の情報をうけるが,痛覚の経験にともなうBasin-4ニューロンの応答の抑制は,C4daニューロンを介した痛覚のシグナルに対してのみ現われ,ほかのシグナルに対する応答に変化はみられなかった(図1a).すなわち,C4daニューロンの下流のニューロンの応答は発生期に経験した感覚の刺激に対して特異的に低下することが示唆された.




3.痛覚の刺激に対する応答の抑制はセロトニンニューロンの神経活動によりひき起こされる


 活性化したセロトニンニューロンから分泌されるセロトニンは,セロトニン受容体をもつニューロンに作用し,おもにシナプス伝達を修飾する9).ショウジョウバエの幼虫において,セロトニンニューロンはC4daニューロンの軸索の末端の近辺に神経突起を投射する.このことから,セロトニンが痛覚神経系におけるシグナルの伝達を修飾する可能性が考えられた.そこで,セロトニンニューロンの神経活動を人工的に阻害すると,痛覚の経験にともなう忌避行動の抑制が低下した.同様に,セロトニンニューロンが阻害された個体においては,痛覚の経験にともなうA08nニューロンの応答の抑制は観察されなかった.すなわち,痛覚の刺激に対する応答の抑制にはセロトニンニューロンの神経活動が必要であることが明らかにされた.
 C4daニューロンを刺激するとセロトニンニューロンは強いCa2+応答を示した.このことから,C4daニューロンとセロトニンニューロンは神経回路を介しつながっており,痛覚の刺激がC4daニューロンをつうじてセロトニンニューロンの活性化およびセロトニンの分泌をひき起こすことが明らかにされた.C4daニューロンと直接に結合するA08nニューロンあるいはBasin-4ニューロンの神経活動を阻害すると,C4daニューロンの刺激に対するセロトニンニューロンのCa2+応答は低下した.一方で,A08nニューロンあるいはBasin-4ニューロンを直接に刺激してもセロトニンニューロンはCa2+応答を示した.これらのことから,A08nニューロンおよびBasin-4ニューロンはC4daニューロンからセロトニンニューロンへのシグナルの伝達を媒介することが明らかにされた.

4.セロトニンはC4daニューロンの軸索の末端に作用しシグナルの伝達を抑制する


 痛覚の刺激に誘発されるセロトニンニューロンの神経活動は痛覚に対する応答にどのように影響するのだろうか.セロトニン受容体を活性化する作動薬のひとつであるイプサピロンを用いて痛覚神経系への影響について検討した10).イプサピロンを含む溶液においてA08nニューロンのCa2+応答を観察すると,通常の条件において成長させた個体においても痛覚の刺激に対する応答が抑制された.イプサピロンはC4daニューロンとA08nニューロンのどちらに作用するのか明らかにするため,RNAi法を用いてそれぞれのニューロンにおいて特異的にセロトニン受容体の発現を阻害したところ,C4daニューロンにおいてセロトニン受容体を阻害したときにイプサピロンによるA08nニューロンの応答の抑制は低下した.すなわち,セロトニンはC4daニューロンのセロトニン受容体をつうじて作用し,その結果,下流のニューロンへのシグナルの伝達が抑制されることが明らかにされた.これらの結果から,セロトニンニューロンがフィードバック神経回路を形成してシグナルの伝達を制御することが示された(図1b).
 一般に,セロトニン受容体はセロトニンと結合することにより細胞におけるcAMPの濃度に変化をもたらす.cAMPは細胞におけるさまざまな応答に関与するが,ニューロンにおいては神経伝達物質のシナプスへの放出に関与する9).C4daニューロンにおいてcAMPの濃度を観察すると,痛覚の刺激をうけた際に軸索の末端において上昇したことから,cAMPがシナプスのあいだのシグナルの伝達を促進すると考えられた.一方,イプサピロンによりセロトニン受容体を活性化した条件においては,痛覚の刺激に応じたcAMPの濃度の上昇は抑制された.この結果から,セロトニンにはC4daニューロンの受容体をつうじcAMPの産生を抑制する効果のあることが示された.セロトニンはこの作用によりC4daニューロンの軸索の末端からのシグナルの伝達を制御すると考えられた.

5.発生期における痛覚の刺激はC4daニューロンのセロトニンに対する感受性を上昇させる


 セロトニンを介したフィードバック神経回路により痛覚に対する応答は制御される.しかし,発生期における痛覚の経験がどのようにして成熟期における痛覚に対する応答に影響するのだろうか.ひとつの可能性として,フィードバックによる抑制が痛覚の刺激の経験に応じ強化されることが考えられた.そこで,C4daニューロンへの刺激に対するセロトニンニューロンのCa2+応答を発生期の環境の異なるショウジョウバエの幼虫において比較したところセロトニンニューロンの神経活動に違いはみられず,セロトニンの分泌量は痛覚の経験に影響されないことが示唆された.一方,イプサピロンによるシグナルの伝達の抑制は発生期の環境に大きく左右された.痛覚の刺激を多く経験した個体においては,通常より低い濃度のイプサピロンによりシグナルの伝達が抑制された.すなわち,痛覚神経系においてセロトニンに対する感受性が上昇していた.この変化はフィードバックによる抑制を強化し,C4daニューロンから下流のニューロンへのシグナルの伝達を大幅に抑制すると考えられた.
 C4daニューロンの軸索の末端におけるcAMPの濃度の変化を痛覚の刺激を経験した個体において観察したところ,痛覚の刺激に応じた濃度の上昇がみられたものの,その変化の度合いは小さく,通常よりもcAMPの産生が抑制されていた.このことから,C4daニューロンの軸索の末端に作用するフィードバックによる抑制は痛覚の経験により強化されることが裏づけられた.

おわりに


 強い太陽光や刺激性の化学物質など,痛覚を誘発する因子の存在する環境において成長したショウジョウバエの幼虫は,成熟期において痛覚の刺激に対する忌避行動を抑制する.からだの回転をともなう忌避行動は危険からのがれるためには重要であるが,その一方で,えさの探索など生存に必須なほかの行動にはさまたげとなる.そのため,痛覚の刺激が多く存在する環境においては,つねに逃げまわるのではなく,逃避反応を部分的に抑制することにより生存率を上昇させることが考察された.環境に存在する痛覚の刺激に対し応答を低下させることにより,外敵などのほかの危険の刺激に対し瞬時に応答するのだろう.成体のショウジョウバエとは異なり,幼虫は生息環境を自由に選ぶことが困難であるため,環境にあわせた行動の制御を余儀なくされることが考えられた.また,ショウジョウバエの幼虫に痛覚を誘発する化学物質のなかには細菌の増殖をふせぐ作用を示すものもある.したがって,多少の苦痛に適応することは,ショウジョウバエの幼虫を細菌からまもり生存を手助けするのであろう.
 この研究により,痛覚を受容するC4daニューロンの軸索の末端が,セロトニンを介したフィードバックにより抑制されること,そして,それによりC4daニューロンから中枢への痛覚のシグナルの伝達が抑制されることが示された.さらに,発生期に痛覚の刺激を多く経験した個体ではC4daニューロンにおいてセロトニンへの感受性が上昇しており,その結果,セロトニンによる抑制が強化され忌避行動が低下することが明らかにされた.以上の機構により,発生期における痛覚の経験は成熟期における痛覚の刺激への応答を特異的に抑制することが示された.
 痛覚の経験がC4daニューロンのセロトニンの感受性を上昇するしくみについてはなお不明である.この感受性の変化は,痛覚の刺激に誘発されてセロトニンの分泌がくり返されることによりなりたつと予想される.セロトニンの分泌がくり返されるとセロトニン受容体は頻繁に活性化することになる.反復的な受容体の活性化は受容体の発現量に影響し,それによりセロトニンの感受性を高めているのかもしれない.ショウジョウバエは多くの遺伝学的な手法が利用でき分子機構の解明に適している.この研究にて新たに確立された実験モデルにおいて,今後,環境要因が神経系のはたらきを制御する分子機構がさらに理解されていくことを期待したい.

文 献



  1. Hubel, D. H. & Wiesel, T. N.: The period of susceptibility to the physiological effects of unilateral eye closure in kittens. J. Physiol., 206, 419-436 (1970)[PubMed]

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  3. Honjo, K., Hwang, R. Y. & Tracey, W. D. Jr.: Optogenetic manipulation of neural circuits and behavior in Drosophila larvae. Nat. Protoc., 7, 1470-1478 (2012)[PubMed]

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  6. Yao, Z., Macara, A. M., Lelito, K. R. et al.: Analysis of functional neuronal connectivity in the Drosophila brain. J. Neurophysiol., 108, 684-696 (2012)[PubMed]

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  9. Kandel, E. R.: The molecular biology of memory storage: a dialogue between genes and synapses. Science, 294, 1030-1038 (2001)[PubMed]

  10. Maj, J., Chojnacka-Wojcik, E., Tatarczynska, E. et al.: Central action of ipsapirone, a new anxiolytic drug, on serotoninergic, noradrenergic and dopaminergic functions. J. Neural Transm., 70, 1-17 (1987)[PubMed]


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著者プロフィール


兼子 拓也(Takuya Kaneko)
略歴:米国Michigan大学Medical School博士課程 在学中.
研究テーマ:神経系の発生が環境にどのように影響されるか.
関心事:発生生物学.動物の器官形成における細胞どうしの相互作用.

© 2017 兼子 拓也 Licensed under CC 表示 2.1 日本