活性にもとづくタンパク質のプロファイル法による脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤のオフターゲットタンパク質の同定
小笠原 大介
(米国Scripps Research Institute,Department of Molecular Medicine)
email:小笠原大介
DOI: 10.7875/first.author.2017.064
Activity-based protein profiling reveals off-target proteins of the FAAH inhibitor BIA 10-2474.
Annelot C. M. van Esbroeck, Antonius P. A. Janssen, Armand B. Cognetta III, Daisuke Ogasawara, Guy Shpak, Mark van der Kroeg, Vasudev Kantae, Marc P. Baggelaar, Femke M. S. de Vrij, Hui Deng, Marco Allarà, Filomena Fezza, Zhanmin Lin, Tom van der Wel, Marjolein Soethoudt, Elliot D. Mock, Hans den Dulk, Ilse L. Baak, Bogdan I. Florea, Giel Hendriks, Luciano De Petrocellis, Herman S. Overkleeft, Thomas Hankemeier, Chris I. De Zeeuw, Vincenzo Di Marzo, Mauro Maccarrone, Benjamin F. Cravatt, Steven A. Kushner, Mario van der Stelt
Science, 356, 1084-1087 (2017)
2016年にフランスにおいて実施された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤BIA10-2474の第1相の臨床試験において,複数名の被験者に神経障害がみられ,うち1名が死亡するという事故が発生した.BIA10-2474がそのような神経毒性を示した原因はいまだ明らかにされていないが,ほかの脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤は臨床試験において有害事象が報告されていないことから,BIA10-2474のオフターゲットタンパク質が神経毒性に関与した可能性が予想された.今回,筆者らは,活性にもとづくタンパク質プロファイル法を用い,ヒトの細胞においてBIA10-2474のオフターゲットタンパク質を網羅的に解析した.その結果,BIA10-2474は標的である脂肪酸アミド加水分解酵素にくわえ,いくつかの脂肪酸加水分解酵素を阻害することが明らかにされた.一方で,臨床試験において安全性の確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845はそれら脂肪酸加水分解酵素を阻害しなかった.さらに,BIA10-2474はヒトの大脳皮質のニューロンにおいて脂質のプロファイルを大きく変化させたが,PF04457845にはそのような効果はみられなかった.これらの結果から,BIA10-2474によるオフターゲットタンパク質の阻害がニューロンにおいて脂質代謝の異常をひき起こしたことが示唆された.
2016年1月,フランスのレンヌにて実施された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤BIA10-2474の第1相の臨床試験において,被験者6人に神経障害がみられ,うち1人が死亡するという事故が発生した1-4).脂肪酸アミド加水分解酵素は膜結合型のセリン加水分解酵素で,内在性のカンナビノイドであるアナンダミドおよびそのほかの脂質アミドの分解に関与する5).脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害によりアナンダミドシグナル伝達系が増強することによって鎮痛作用を示すことが慢性疼痛の動物モデルなどにおいて示されていたことから,脂肪酸アミド加水分解酵素は疼痛の治療の新たな標的になると考えられていた6-8).BIA10-2474が今回の臨床試験において神経毒性を示した原因としては,以下の3つの仮説が考えられた.1)BIA10-2474の製造あるいは取扱いの過程においてミスが生じた.2)標的である脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害により毒性が生じた.3)BIA10-2474あるいはその代謝産物によるオフターゲットタンパク質により毒性が生じた.1)はフランス医薬品安全庁によりすでに棄却されている4).2)については,すでにPF044578456-8などほかの脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤が第1相および第2相の臨床試験においてヒトへの安全性が確認されていることから可能性はきわめて低い.仮説3)については,BIA10-2474に関する情報がとぼしく,いまだに検証がなかったことから,今回,筆者らは,BIA10-2474の標的となるタンパク質を,活性にもとづくタンパク質プロファイル法(activity-based protein profiling:ABPP)とよばれる手法を用いて網羅的に探索した.
活性にもとづくタンパク質プロファイル法とは,タンパク質の活性部位に対し指向性のある化学プローブを用いて標的となるタンパク質の生理条件における機能を評価する手法である9).脂肪酸アミド加水分解酵素に対しては,セリン加水分解酵素に特異的な化学プローブであるフルオロホスホネートを用いた10).化学プローブは蛍光タグと組み合わせることにより,ポリアクリルアミドゲル電気泳動およびゲル内蛍光スキャンにより複雑なプロテオームにおいて標的となるタンパク質の活性を可視化することが可能になる.また,ビオチンタグと組み合わせた場合には,標的となるタンパク質の濃縮および液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS)により標的となるタンパク質の活性を定量的に評価することが可能になる(図1).
BIA10-2474にはイミダゾールウレアとよばれる求電子的な構造が含まれており,その構造が脂肪酸アミド加水分解酵素およびほかのセリン加水分解酵素の活性中心のセリン残基と反応し,それらを不可逆的に阻害した可能性が考えられた.活性にもとづくタンパク質プロファイル法によりBIA10-2474のオフターゲットタンパク質が同定できると考え,臨床試験において安全性が確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845とオフターゲットタンパク質を比較した.
in vitroにおける評価として,ヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を過剰に発現したHEK293T細胞の溶解液にBIA10-2474あるいはPF04457845を処理し,アナンダミドを基質として脂肪酸アミド加水分解酵素の活性を測定したところ,PF04457845は以前の報告と同様に脂肪酸アミド加水分解酵素に対する強い阻害活性を示したが,BIA10-247は弱い阻害活性しか示さなかった.一方,in situにおける評価として,ヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を過剰に発現したHEK293T細胞にBIA10-2474あるいはPF04457845を処理した場合,BIA10-2474はPF04457845と同様に脂肪酸アミド加水分解酵素に対し比較的強い阻害活性を示した.蛍光タグを付加した化学プローブを用いて同様に脂肪酸アミド加水分解酵素の活性を測定した場合においても,BIA10-2474はin vitroにおいては弱い阻害活性,in situにおいては比較的強い阻害活性を示した.BIA10-2474についてin situにおける阻害活性がin vitroにおける阻害活性より高い理由は明らかではないが,細胞への薬剤の蓄積によるのかもしれない.
また,アルキンタグを付加したBIA10-2474の類縁体がヒトの脳の溶解液において脂肪酸アミド加水分解酵素を標識することも確認された.さらに,BIA10-2474は時間に依存的に脂肪酸アミド加水分解酵素を阻害したことから,BIA10-2474は脂肪酸アミド加水分解酵素を不可逆的に阻害することが強く示唆された.
多くの種類のセリン加水分解酵素を発現するヒトの大腸がん細胞株SW620細胞を用いて,活性にもとづくタンパク質プロファイル法によりBIA10-2474のオフターゲットタンパク質を網羅的に同定した.重アミノ酸および標準アミノ酸により標識したSW620細胞をジメチルスルホキシドおよびBIA10-2474あるいはPF04457845によりそれぞれ処理し,細胞の溶解液を調製したのち,ビオチンタグを付加した化学プローブを反応させた.それらの試料を混ぜ合わせ,ストレプトアビジンによりビオチンにより標識されたタンパク質を濃縮したのち,液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析を施行した.その結果,BIA10-2474およびPF04457845は,予想どおり,低濃度から高濃度までの範囲でヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を完全に阻害した.BIA10-2474およびPF04457845は低濃度ではほかのセリン加水分解酵素に対し脂肪酸アミド加水分解酵素を選択的に阻害した.PF04457845は高濃度でも脂肪酸アミド加水分解酵素に対する選択性を保持し,同定および定量された60以上のセリン加水分解酵素のうちFAAH2が唯一のオフターゲットタンパク質であった.一方,BIA10-2474およびその代謝産物であるBIA10-2639は高濃度においてFAAH2,ABHD6,ABHD11,LIPE,PNPLA6,CES1,CES2,CES3と多くの種類のセリン加水分解酵素を阻害した.同定されたオフターゲットタンパク質のうちFAAH2,ABHD6,CES2,PNPLA6をHEK293T細胞に過剰発現させ,in situにおいてBIA10-2474により処理したのち,蛍光タグを付加した化学プローブを用いて阻害活性を評価したところ,BIA10-2474は実際にこれらのセリン加水分解酵素の活性を阻害することが確認された.一方,PF04457845はこれらのどのセリン加水分解酵素も阻害しなかった.
FAAH2を除くBIA10-2474のオフターゲットタンパク質はヒトの脳において比較的高く発現しており,脂質代謝に関与することから,BIA10-2474が細胞における脂質代謝にどのような影響をおよぼすかをヒトの大脳皮質のニューロンを用いて調べた.BIA10-2474あるいはジメチルスルホキシドにより処理したヒトの大脳皮質のニューロンをリピドミクス解析したところ,脂肪酸アミド加水分解酵素の基質であるN-アシルエタノールアミドにくわえ,トリアシルグリセロール,モノアシルグリセロール,(リゾ)ホスファチジルコリン,脂肪酸,プラズマローゲンなどの脂質に変化がみられた.一方,PF04457845により処理したヒトの大脳皮質のニューロンは脂肪酸アミド加水分解酵素の基質であるN-アシルエタノールアミドのほか,脂質にめだった変化はなかった.
今回,筆者らにより,BIA10-2474が脂肪酸アミド加水分解酵素の不可逆的な阻害剤であること,および,過去に臨床試験において安全性の確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845と比べ,多くの種類のセリン加水分解酵素を阻害することが示された.BIA10-2474のオフターゲットタンパク質の多くは脂質代謝酵素であったことから,BIA10-2474によりひき起こされた脂質のプロファイルの変化が神経毒性に寄与した可能性が考えられる.とくに,BIA10-2474のオフターゲットタンパク質のひとつであるPNPLA6の阻害は有機リン酸の神経毒性と関連することが過去に報告されている11,12).
今回の研究により,BIA10-2474のセリン加水分解酵素に対する選択性が明らかにされたが,どのオフターゲットタンパク質が神経毒性に関与するのか,あるいは,ほかのタンパク質との可逆的な相互作用が原因であるのかという問いに結論は得られていない.これらの問いに結論を得るために,さらなる研究が待たれる.
略歴:米国Scripps Research InstituteにてPhD program Graduate Student.
研究テーマ:活性にもとづくタンパク質プロファイル法を用いたシグナル伝達系に関連する脂質代謝酵素の阻害剤の開発.
関心事:化学プローブを用いた生命現象の解明および創薬における新たな標的の探索.
© 2017 小笠原 大介 Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Scripps Research Institute,Department of Molecular Medicine)
email:小笠原大介
DOI: 10.7875/first.author.2017.064
Activity-based protein profiling reveals off-target proteins of the FAAH inhibitor BIA 10-2474.
Annelot C. M. van Esbroeck, Antonius P. A. Janssen, Armand B. Cognetta III, Daisuke Ogasawara, Guy Shpak, Mark van der Kroeg, Vasudev Kantae, Marc P. Baggelaar, Femke M. S. de Vrij, Hui Deng, Marco Allarà, Filomena Fezza, Zhanmin Lin, Tom van der Wel, Marjolein Soethoudt, Elliot D. Mock, Hans den Dulk, Ilse L. Baak, Bogdan I. Florea, Giel Hendriks, Luciano De Petrocellis, Herman S. Overkleeft, Thomas Hankemeier, Chris I. De Zeeuw, Vincenzo Di Marzo, Mauro Maccarrone, Benjamin F. Cravatt, Steven A. Kushner, Mario van der Stelt
Science, 356, 1084-1087 (2017)
要 約
2016年にフランスにおいて実施された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤BIA10-2474の第1相の臨床試験において,複数名の被験者に神経障害がみられ,うち1名が死亡するという事故が発生した.BIA10-2474がそのような神経毒性を示した原因はいまだ明らかにされていないが,ほかの脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤は臨床試験において有害事象が報告されていないことから,BIA10-2474のオフターゲットタンパク質が神経毒性に関与した可能性が予想された.今回,筆者らは,活性にもとづくタンパク質プロファイル法を用い,ヒトの細胞においてBIA10-2474のオフターゲットタンパク質を網羅的に解析した.その結果,BIA10-2474は標的である脂肪酸アミド加水分解酵素にくわえ,いくつかの脂肪酸加水分解酵素を阻害することが明らかにされた.一方で,臨床試験において安全性の確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845はそれら脂肪酸加水分解酵素を阻害しなかった.さらに,BIA10-2474はヒトの大脳皮質のニューロンにおいて脂質のプロファイルを大きく変化させたが,PF04457845にはそのような効果はみられなかった.これらの結果から,BIA10-2474によるオフターゲットタンパク質の阻害がニューロンにおいて脂質代謝の異常をひき起こしたことが示唆された.
はじめに
2016年1月,フランスのレンヌにて実施された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤BIA10-2474の第1相の臨床試験において,被験者6人に神経障害がみられ,うち1人が死亡するという事故が発生した1-4).脂肪酸アミド加水分解酵素は膜結合型のセリン加水分解酵素で,内在性のカンナビノイドであるアナンダミドおよびそのほかの脂質アミドの分解に関与する5).脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害によりアナンダミドシグナル伝達系が増強することによって鎮痛作用を示すことが慢性疼痛の動物モデルなどにおいて示されていたことから,脂肪酸アミド加水分解酵素は疼痛の治療の新たな標的になると考えられていた6-8).BIA10-2474が今回の臨床試験において神経毒性を示した原因としては,以下の3つの仮説が考えられた.1)BIA10-2474の製造あるいは取扱いの過程においてミスが生じた.2)標的である脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害により毒性が生じた.3)BIA10-2474あるいはその代謝産物によるオフターゲットタンパク質により毒性が生じた.1)はフランス医薬品安全庁によりすでに棄却されている4).2)については,すでにPF044578456-8などほかの脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤が第1相および第2相の臨床試験においてヒトへの安全性が確認されていることから可能性はきわめて低い.仮説3)については,BIA10-2474に関する情報がとぼしく,いまだに検証がなかったことから,今回,筆者らは,BIA10-2474の標的となるタンパク質を,活性にもとづくタンパク質プロファイル法(activity-based protein profiling:ABPP)とよばれる手法を用いて網羅的に探索した.
活性にもとづくタンパク質プロファイル法とは,タンパク質の活性部位に対し指向性のある化学プローブを用いて標的となるタンパク質の生理条件における機能を評価する手法である9).脂肪酸アミド加水分解酵素に対しては,セリン加水分解酵素に特異的な化学プローブであるフルオロホスホネートを用いた10).化学プローブは蛍光タグと組み合わせることにより,ポリアクリルアミドゲル電気泳動およびゲル内蛍光スキャンにより複雑なプロテオームにおいて標的となるタンパク質の活性を可視化することが可能になる.また,ビオチンタグと組み合わせた場合には,標的となるタンパク質の濃縮および液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS)により標的となるタンパク質の活性を定量的に評価することが可能になる(図1).
BIA10-2474にはイミダゾールウレアとよばれる求電子的な構造が含まれており,その構造が脂肪酸アミド加水分解酵素およびほかのセリン加水分解酵素の活性中心のセリン残基と反応し,それらを不可逆的に阻害した可能性が考えられた.活性にもとづくタンパク質プロファイル法によりBIA10-2474のオフターゲットタンパク質が同定できると考え,臨床試験において安全性が確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845とオフターゲットタンパク質を比較した.
1.BIA10-2474のin vitroおよびin situにおける脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害活性の評価
in vitroにおける評価として,ヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を過剰に発現したHEK293T細胞の溶解液にBIA10-2474あるいはPF04457845を処理し,アナンダミドを基質として脂肪酸アミド加水分解酵素の活性を測定したところ,PF04457845は以前の報告と同様に脂肪酸アミド加水分解酵素に対する強い阻害活性を示したが,BIA10-247は弱い阻害活性しか示さなかった.一方,in situにおける評価として,ヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を過剰に発現したHEK293T細胞にBIA10-2474あるいはPF04457845を処理した場合,BIA10-2474はPF04457845と同様に脂肪酸アミド加水分解酵素に対し比較的強い阻害活性を示した.蛍光タグを付加した化学プローブを用いて同様に脂肪酸アミド加水分解酵素の活性を測定した場合においても,BIA10-2474はin vitroにおいては弱い阻害活性,in situにおいては比較的強い阻害活性を示した.BIA10-2474についてin situにおける阻害活性がin vitroにおける阻害活性より高い理由は明らかではないが,細胞への薬剤の蓄積によるのかもしれない.
また,アルキンタグを付加したBIA10-2474の類縁体がヒトの脳の溶解液において脂肪酸アミド加水分解酵素を標識することも確認された.さらに,BIA10-2474は時間に依存的に脂肪酸アミド加水分解酵素を阻害したことから,BIA10-2474は脂肪酸アミド加水分解酵素を不可逆的に阻害することが強く示唆された.
2.BIA10-2474はSW620細胞において多くの種類のセリン加水分解酵素を阻害する
多くの種類のセリン加水分解酵素を発現するヒトの大腸がん細胞株SW620細胞を用いて,活性にもとづくタンパク質プロファイル法によりBIA10-2474のオフターゲットタンパク質を網羅的に同定した.重アミノ酸および標準アミノ酸により標識したSW620細胞をジメチルスルホキシドおよびBIA10-2474あるいはPF04457845によりそれぞれ処理し,細胞の溶解液を調製したのち,ビオチンタグを付加した化学プローブを反応させた.それらの試料を混ぜ合わせ,ストレプトアビジンによりビオチンにより標識されたタンパク質を濃縮したのち,液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析を施行した.その結果,BIA10-2474およびPF04457845は,予想どおり,低濃度から高濃度までの範囲でヒトの脂肪酸アミド加水分解酵素を完全に阻害した.BIA10-2474およびPF04457845は低濃度ではほかのセリン加水分解酵素に対し脂肪酸アミド加水分解酵素を選択的に阻害した.PF04457845は高濃度でも脂肪酸アミド加水分解酵素に対する選択性を保持し,同定および定量された60以上のセリン加水分解酵素のうちFAAH2が唯一のオフターゲットタンパク質であった.一方,BIA10-2474およびその代謝産物であるBIA10-2639は高濃度においてFAAH2,ABHD6,ABHD11,LIPE,PNPLA6,CES1,CES2,CES3と多くの種類のセリン加水分解酵素を阻害した.同定されたオフターゲットタンパク質のうちFAAH2,ABHD6,CES2,PNPLA6をHEK293T細胞に過剰発現させ,in situにおいてBIA10-2474により処理したのち,蛍光タグを付加した化学プローブを用いて阻害活性を評価したところ,BIA10-2474は実際にこれらのセリン加水分解酵素の活性を阻害することが確認された.一方,PF04457845はこれらのどのセリン加水分解酵素も阻害しなかった.
3.BIA10-2474はヒトの大脳皮質のニューロンにおいて脂質代謝の異常をひき起こす
FAAH2を除くBIA10-2474のオフターゲットタンパク質はヒトの脳において比較的高く発現しており,脂質代謝に関与することから,BIA10-2474が細胞における脂質代謝にどのような影響をおよぼすかをヒトの大脳皮質のニューロンを用いて調べた.BIA10-2474あるいはジメチルスルホキシドにより処理したヒトの大脳皮質のニューロンをリピドミクス解析したところ,脂肪酸アミド加水分解酵素の基質であるN-アシルエタノールアミドにくわえ,トリアシルグリセロール,モノアシルグリセロール,(リゾ)ホスファチジルコリン,脂肪酸,プラズマローゲンなどの脂質に変化がみられた.一方,PF04457845により処理したヒトの大脳皮質のニューロンは脂肪酸アミド加水分解酵素の基質であるN-アシルエタノールアミドのほか,脂質にめだった変化はなかった.
おわりに
今回,筆者らにより,BIA10-2474が脂肪酸アミド加水分解酵素の不可逆的な阻害剤であること,および,過去に臨床試験において安全性の確認された脂肪酸アミド加水分解酵素の阻害剤PF04457845と比べ,多くの種類のセリン加水分解酵素を阻害することが示された.BIA10-2474のオフターゲットタンパク質の多くは脂質代謝酵素であったことから,BIA10-2474によりひき起こされた脂質のプロファイルの変化が神経毒性に寄与した可能性が考えられる.とくに,BIA10-2474のオフターゲットタンパク質のひとつであるPNPLA6の阻害は有機リン酸の神経毒性と関連することが過去に報告されている11,12).
今回の研究により,BIA10-2474のセリン加水分解酵素に対する選択性が明らかにされたが,どのオフターゲットタンパク質が神経毒性に関与するのか,あるいは,ほかのタンパク質との可逆的な相互作用が原因であるのかという問いに結論は得られていない.これらの問いに結論を得るために,さらなる研究が待たれる.
文 献
- Eddleston, M., Cohen, A. F. & Webb, D. J.: Implications of the BIA-102474-101 study for review of first-into-human clinical trials. Br. J. Clin. Pharmacol., 81, 582-586 (2016)[PubMed]
- Butler, D. & Callaway, E.: Scientists in the dark after French clinical trial proves fatal. Nature, 529, 263-264 (2016)[PubMed]
- Kerbrat, A., Ferre, J. C., Fillatre, P. et al.: Acute neurologic disorder from an inhibitor of fatty acid amide hydrolase. N. Engl. J. Med., 375, 1717-1725 (2016)[PubMed]
- Begaud, B., Bousser, M. G., Cohen, P. et al.: Report by the Temporary Specialist Scientific Committee (TSSC), “FAAH (fatty acid amide hydrolase),” on the causes of the accident during a Phase 1 clinical trial. pp. 1-28 (2016)
- Cravatt, B. F., Giang, D. K., Mayfield, S. P. et al.: Molecular characterization of an enzyme that degrades neuromodulatory fatty-acid amides. Nature, 384, 83-87 (1996)[PubMed]
- Huggins, J. P., Smart, T. S., Langman, S. et al.: An efficient randomised, placebo-controlled clinical trial with the irreversible fatty acid amide hydrolase-1 inhibitor PF-04457845, which modulates endocannabinoids but fails to induce effective analgesia in patients with pain due to osteoarthritis of the knee. Pain, 153, 1837-1846 (2012)[PubMed]
- Li, G. L., Winter, H., Arends, R. et al.: Assessment of the pharmacology and tolerability of PF-04457845, an irreversible inhibitor of fatty acid amide hydrolase-1, in healthy subjects. Br. J. Clin. Pharmacol., 73, 706-716 (2012)[PubMed]
- Ahn, K., Smith, S. E., Liimatta, M. B. et al.: Mechanistic and pharmacological characterization of PF-04457845: a highly potent and selective fatty acid amide hydrolase inhibitor that reduces inflammatory and noninflammatory pain. J. Pharmacol. Exp. Ther., 338, 114-124 (2011)[PubMed]
- Niphakis, M. J. & Cravatt, B. F.: Enzyme inhibitor discovery by activity-based protein profiling. Annu. Rev. Biochem., 83, 341-377 (2014)[PubMed]
- Liu, Y., Patricelli, M. P. & Cravatt, B. F.: Activity-based protein profiling: the serine hydrolases. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14694-14699 (1999)[PubMed]
- Chang, P. A. & Wu, Y. J.: Neuropathy target esterase: an essential enzyme for neural development and axonal maintenance. Int. J. Biochem. Cell Biol., 42, 573-575 (2010)[PubMed]
- Richardson, R. J., Hein, N. D., Wijeyesakere, S. J. et al.: Neuropathy target esterase (NTE): overview and future. Chem. Biol. Interact., 203, 238-244 (2013)[PubMed]
活用したデータベースにかかわるキーワードと統合TVへのリンク
著者プロフィール
略歴:米国Scripps Research InstituteにてPhD program Graduate Student.
研究テーマ:活性にもとづくタンパク質プロファイル法を用いたシグナル伝達系に関連する脂質代謝酵素の阻害剤の開発.
関心事:化学プローブを用いた生命現象の解明および創薬における新たな標的の探索.
© 2017 小笠原 大介 Licensed under CC 表示 2.1 日本