ライフサイエンス新着論文レビュー

イネの節に存在する新規のリン酸輸送体SPDTの欠損による穀粒におけるリンの蓄積の低下

山地直樹・馬 建鋒
(岡山大学資源植物科学研究所 植物ストレス学グループ)
email:山地直樹馬 建鋒
DOI: 10.7875/first.author.2017.006

Reducing phosphorus accumulation in rice grains with an impaired transporter in the node.
Naoki Yamaji, Yuma Takemoto, Takaaki Miyaji, Namiki Mitani-Ueno, Kaoru T. Yoshida, Jian Feng Ma
Nature, 541, 92-95 (2017)




要 約


 土壌におけるリンの多寡は作物の生産性に大きな影響をおよぼす.イネ科作物においては土壌から吸収したリンの60%以上が最終的に穀粒に蓄積するため,収穫とともに土壌からリンが収奪され,その量はリンの年間の施肥量の85%にも相当する.ところが,ヒトを含む非反芻動物は穀物におけるリンのおもな貯蔵の形態であるフィチン酸を代謝することができず,大部分のリンは吸収されずに下水に排出されるため水系の富栄養化をまねく.穀粒へのリンの蓄積を低減できれば農業の持続可能性および環境への負荷の軽減につながる.今回,筆者らは,イネの新規のリン輸送体SPDTが節においてリンの穀粒への優先的な分配を制御することを明らかにした.SPDTは細胞膜に局在し節の発達した維管束の木部に高く発現していた.spdt遺伝子破壊株においてはリンの種子への分配が減少し,逆に,茎葉への分配が増加した.玄米におけるリンの全濃度およびフィチン酸の濃度は20~30%低下したが,コメの収量,発芽,生育にはほとんど影響しなかった.

はじめに


 リンは核酸や膜脂質などを構成する元素としてすべての生物に必須であり,ヒトを含め陸上の動物が必要とするリンはもとをたどれば植物が土壌から吸収したものである.農業生産においては窒素およびカリウムとならぶ肥料の3要素のひとつであり,リン酸肥料は作物の高い生産性を維持するため広く一般に施与されている.しかし,このような地球上のリンの循環は,以下の4つの問題をかかえている1).1)リン酸肥料は有限な鉱物資源であるリン鉱石を原料としており,このまま消費しつづければ数百年で枯渇するといわれている.また,資源の大部分はモロッコや中国などわずか数カ国に偏在しており,供給の安定性も懸念される.2)土壌においてリン酸は鉄,アルミニウム,カルシウムなどの金属元素や土壌有機物などと強く結合して不溶性になるため,作物は施肥されたリン酸の10~25%しか利用できない.一方で,作物が吸収したリンは最終的に60~85%が穀粒に集中し,収穫にともない多くのリンが土壌から収奪される.この収奪量は世界の年間でのリン酸の施肥量の85%にも相当する.したがって,作物の生産性を維持するためにはリン酸の継続的な施肥がもとめられる.3)植物の種子においてリンはおもにフィチン酸(イノシトール六リン酸)の形態で蓄積される.イネ科作物の場合は種子に存在するリンの65~80%がフィチン酸でしめられており,種子の発芽や初期の生育に必要なリンの供給源となる.これまでの研究において,イネの発芽や初期の生育のために必要な種子におけるリンの濃度は1 mg/gとされているが,施肥農業において生産されたイネの種子におけるリンの濃度は2 mg/g以上にもなり,その大部分はフィチン酸として蓄積されている.ところが,ヒトを含む非反芻動物はフィチン酸を代謝することができない.食料に含まれる植物性のリンの大部分は吸収されずに排出されるため,これらのリンの流入により水圏の富栄養化をまねく.4)フィチン酸はカルシウム,鉄,亜鉛などと結合し不溶性の塩を形成するため,食料に含まれるこれら無機栄養素の吸収を阻害する.
 これらリンに関する問題の解決策のひとつとして,イネをはじめとする主要な作物におけるリンおよびフィチン酸の低減が考えられる2).しかしながら,植物が土壌から吸収したリンが種子へと分配され蓄積される分子機構はこれまで解明されていなかった3)

1.栄養素の分配における節の役割


 植物の根が吸収した土壌に含まれる無機栄養素は導管を流れる蒸散流にのり地上部へと運ばれる.近年,イネ科植物の場合には“節”(せつ)において無機栄養素ごとにその分配先が制御されることが明らかにされた4).節は葉と茎の接続する部分であり,イネ科植物の体制は節を構造単位とするくり返し構造からなり,おのおのの節には上下の茎,1枚の葉,腋芽,根(あるいは,その原基)が接続する.節と節とをつなぐ維管束(木部と篩部からなる通導組織)にも規則的なくり返し構造が反映されており,イネの場合には1つの維管束が上中下の3つの節を連絡し,おのおのの節において分散維管束(下),通過維管束(中),肥大維管束(上)として特殊化し発達したのち,上の節に付随する葉の維管束として転出する.ひとつの節には位相の異なるこれら3種類の維管束が共存し,節網維管束により接続される(図1).したがって,蒸散量の大小によらず栄養素をおのおのの器官へと選択的に配分するためには,維管束から維管束へと栄養素を移し替える必要がある.とりわけ,蒸散の少ない展開まえの新葉や穂へと栄養素を優先的に配分する経路として,イネの節においては肥大維管束から分散維管束への栄養素の積極的な維管束間輸送が明らかにされた(図1).筆者らは,ケイ素,マンガン,亜鉛などの維管束間輸送の分子機構を世界にさきがけて明らかにしてきた4,5)




2.イネの節に存在する新規のリン酸輸送体SPDT


 イネの節における無機栄養素の維管束間輸送にかかわる新規の輸送体の探索を目的としてマイクロアレイ法により遺伝子発現を解析した.その結果,節において高く発現する無機栄養素の輸送体の候補遺伝子を見い出し,コードされるSULTR輸送体ファミリーに属するタンパク質をSPDT(SULTR-like phosphorus distribution transporter)と名づけた.SULTR輸送体ファミリーは植物においてシロイヌナズナに14種類,イネにも14種類存在し,いくつかは硫酸を輸送することが知られている6).しかし,SPDTを含むサブグループについてはこれまでその機能は解析されていなかった.
 大腸菌に発現させた組換えSPDTをリポソームに埋め込んだプロテオリポソームを用いて輸送活性を測定したところ,SPDTはプロトンの濃度勾配に依存してリン酸を輸送し,硫酸は輸送しないことが明らかにされた.また,アフリカツメガエルの卵母細胞を用いた実験においてもリン酸の輸送活性が確認された.GFPをSPDTのN末端あるいはC末端と融合させタマネギの表皮細胞に一過的に導入したところ,融合タンパク質は細胞膜に局在した.以上の結果から,SPDTはこれまで知られていた植物のリン酸輸送体とは異なるファミリーに属する新規のリン酸輸送体であり,細胞膜においてプロトンとの共輸送によりリン酸を特異的に細胞に取り込むことが明らかにされた.

3.SPDT遺伝子の発現と組織における局在


 圃場において栽培したイネの生育の時期あるいは器官ごとの試料を用いて定量RT-PCR法により遺伝子発現を解析したところ,SPDT遺伝子はおもに節において高く発現し,とくに種子の登熟期の節I(穂と止葉との接点にあたる最上位の節)においてもっとも高い発現がみられた.また,水耕栽培によりリンあるいは硫黄の濃度を変えて遺伝子発現の応答を調べたところ,リンが欠乏した条件においてSPDT遺伝子の発現は顕著に上昇し,硫黄の濃度の変化には応答しないことが明らかにされた.さらに,SPDT遺伝子のプロモーターの制御のもとにGFP遺伝子を導入した形質転換イネにおいて抗GFP抗体による免疫組織染色法によりプロモーターの活性を調べたところ,SPDT遺伝子のプロモーターは節において肥大維管束および分散維管束の双方の導管に隣接する木部柔細胞,および,これらの維管束のあいだの柔細胞において活性をもつことがわかった.

4.遺伝子破壊株を用いた生理的な機能の解析


 イネの個体におけるSPDT遺伝子の役割を明らかにするため,遺伝子破壊株を入手し解析に用いた.イネにはカルス培養をへることにより新たな転移の誘発される内在性のレトロトランスポゾンTos17があり,ゲノムのさまざまな部位にTos17の挿入された系統がTos17ミュータントパネルより配布されている.そこから,SPDT遺伝子のエキソンにTos17の挿入された独立した3系統のspdt遺伝子破壊株を用いた.これら3系統の実験結果はほぼ同じであった.
 野生型のイネとspdt遺伝子破壊株の栄養成長期における生育を比較したところ,通常の栽培条件では生育量,リンの吸収量,リンの蓄積量とも違いはみられなかった.しかし,葉位ごとに細分してリンの濃度を測定したところ,spdt遺伝子破壊株では最上位葉(新葉)と基部の節を含む茎葉基部におけるリンの濃度が低下し,下位葉(古葉)におけるリンの濃度が増加していた.しかし,リンが欠乏した条件で栽培した場合にはspdt遺伝子破壊株は新葉において顕著なリンの欠乏の症状を呈し,生育がより早く阻害された.リンが欠乏した条件におかれた植物は古い組織のリンを回収し発達している器官へと再転流することにより生育を維持しようとする.そこで,リンを欠乏させる処理の前後においてリンの分布を比較してリンの再転流について評価したところ,野生型のイネとspdt遺伝子破壊株とのあいだに違いはみられなかった.したがって,野生型のイネとspdt遺伝子破壊株における葉位ごとのリンの濃度の違いは,古い組織から新しい組織へのリンの転流ではなく,新たに吸収したリンの分配に起因することが示された.このことは,32Pを用いた短期間の吸収実験においても証明された.
 圃場において野生型のイネおよびspdt遺伝子破壊株を栽培し,収量およびおのおのの部位へのリンの分配について調べた.その結果,1株あたりの穂の数,1穂あたりの粒の数,稔実の歩合,千粒重,1株あたりの玄米の収量などにほとんど違いはなく,SPDT遺伝子の破壊は通常の圃場の条件においてはコメの収量にほとんど影響しないことが明らかにされた.リンの分配については,野生型のイネにおいては地上部のリンの約64%が最終的に玄米に集積されたのに対し,spdt遺伝子破壊株においては玄米への分配は約43%に低下し,その分だけ多くのリンがわらに残留していた.また,ほかの元素の分配にめだった違いはみられなかった.玄米におけるリンの濃度は,野生型のイネに比べspdt遺伝子破壊株において約20%低下していた.そのうち,野生型のイネにおいて約9割,spdt遺伝子破壊株においては約8割がフィチン酸として存在しており,したがって,spdt遺伝子破壊株の玄米においてフィチン酸の濃度は20~30%低下していた.しかし,その低下は種子の発芽および初期の生育には影響しなかった.

5.SPDTの役割と期待される効果


 以上の結果から,イネの節に存在する新規のリン酸輸送体SPDTは根から新たに吸収したリンの新葉や穂への優先的な分配に寄与することが明らかにされた.SPDTは節の発達した維管束の木部において蒸散流により運ばれてきたリン酸を導管から細胞へと取り込む.このはたらきにより,リンの肥大維管束から分散維管束へ,あるいは,維管束において木部から篩部への輸送が促進され,優先的な分配が実現されると考えられた.すなわち,SPDTは節まで運ばれてきたリンをより上位の節や穂にふりむけるスイッチとして機能する(図2).spdt遺伝子破壊株ではこのスイッチが切り替わり,導管を流れるリンは蒸散の多い展開葉へと受動的により多く配分される.しかし,spdt遺伝子破壊株においても老化した組織からのリンの再転流は正常であり,また,蒸散に応じた受動的な分配,あるいは,未同定の別の経路によりある程度のリンは新葉や穂に到達するため,通常の栽培条件においては生育に影響はみられない.今後,さまざまな環境条件における収量性への影響,くり返し栽培した場合のリンの収支,フィチン酸の減少による鉄や亜鉛など栄養価への影響については,より詳細な研究が必要である.また,小麦,大麦,トウモロコシなどほかのイネ科作物にも同じようなリンの分配の分子機構があるなら,種子に蓄積されるリンの低減に応用できる可能性がある.




おわりに


 これまで,穀物に含まれるフィチン酸を低減する試みはおもにフィチン酸の合成経路に着目して研究されてきた.その合成経路の変異はフィチン酸の量を劇的に減少させるが,同時に,穀物の収量や生育をいちじるしく悪化させる.一方で,この研究からも示唆されたように,植物は生育に必要とする以上のリンを吸収し種子に蓄積して次世代への遺産とする.さまざまな環境の変化に対処する植物の生存戦略を理解し,その裏づけとなる分子機構を解明することにより,より好ましい農業形質をデザインできるようになる.リンにかぎらず,節における栄養素の分配の分子機構は,筆者らの研究により,ようやくその一端が明らかにされてきた.そのしくみをよりくわしく解明し的確に応用すれば,農業の生産性,持続可能性,付加価値の向上に貢献できると考えている.

文 献



  1. Withers, P. J. A., Sylvester-Bradley, R., Jones, D. L. et al.: Feed the crop soil: rethinking phosphorus management in the food chain. Environ. Sci. Technol., 48, 6523-6530 (2014)[PubMed]

  2. Rose, T. J., Liu, L. & Wissuwa, M.: Improving phosphorus efficiency in cereal crops: is breeding for reduced grain phosphorus concentration part of the solution? Front. Plant Sci., 4, 444 (2013)[PubMed]

  3. Baker, A., Ceasar, S. A., Palmer, A. J. et al.: Replace, reuse, recycle: improving the sustainable use of phosphorus by plants. J. Exp. Bot., 66, 3523-3540 (2015)[PubMed]

  4. Yamaji, N. & Ma, J. F.: The node, a hub for mineral nutrient distribution in graminaceous plants. Trends Plant Sci., 19, 556-563 (2014)[PubMed]

  5. Yamaji, N., Sakurai, G., Mitani-Ueno, N. et al.: Orchestration of three transporters and distinct vascular structures in node for intervascular transfer of silicon in rice. Proc. Natl Acad. Sci. USA, 112, 11401-11406 (2015)[PubMed]

  6. Takahashi, H., Buchner, P., Yoshimoto, N. et al.: Evolutionary relationships and functional diversity of plant sulfate transporters. Front. Plant Sci., 2, 119 (2012)[PubMed]


活用したデータベースにかかわるキーワードと統合TVへのリンク




著者プロフィール


山地 直樹(Naoki Yamaji)
略歴:2005年 愛媛大学大学院連合農学研究科 修了,同年 京都大学大学院農学研究科 ポスドク,2006年 岡山大学資源生物科学研究所(現 資源植物科学研究所)ポスドク,同年 同 助手を経て,2014年より同 准教授.
研究テーマ:植物における無機栄養素の分配,および,無機栄養素によるストレスへの耐性の機構.
関心事:節

馬 建鋒(Jian Feng Ma)
岡山大学資源植物科学研究所 教授.
研究室URL:http://www.rib.okayama-u.ac.jp/plant.stress/index-j.html

© 2017 山地直樹・馬 建鋒 Licensed under CC 表示 2.1 日本