糸状菌Colletotrichum tofieldiaeはリン酸の欠乏した条件において宿主植物の根にリン酸を供給し成長を促進する
晝間 敬・Paul Schulze-Lefert
(ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding Research,Department of Plant Microbe Interactions)
email:晝間 敬
DOI: 10.7875/first.author.2016.029
Root endophyte Colletotrichum tofieldiae confers plant fitness benefits that are phosphate status dependent.
Kei Hiruma, Nina Gerlach, Soledad Sacristán, Ryohei Thomas Nakano, Stéphane Hacquard, Barbara Kracher, Ulla Neumann, Diana Ramírez, Marcel Bucher, Richard J. O'Connell, Paul Schulze-Lefert
Cell, 165, 464-474 (2016)
野外の植物は多種多様な糸状菌と相互作用しているが,その意義についてはほとんど明らかにされてない.筆者らは,野外の健康なシロイヌナズナに広く分布する糸状菌Colletotrichum tofieldiaeが,病原菌である炭疽病菌ときわめて近縁であるにもかかわらず根に病徴をひき起こすことなく感染し,リン酸の欠乏した条件においてはリン酸を提供し成長を促進することを明らかにした.C. tofieldiaeによる成長の促進には,植物に広く保存されたリン酸の欠乏に応答する経路,および,アブラナ科にユニークなトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成経路が必要であった.シロイヌナズナをはじめとするアブラナ科の根にはリン酸を供給する菌根菌が感染しない.C. tofieldiaeはリン酸の含有量の低い土壌において,病原性に代わりリン酸の供給能を高めることによりシロイヌナズナに広く分布していったと考えられた.今後,モデル植物であるシロイヌナズナおよび遺伝子操作の可能なC. tofieldiaeを用いることにより,これまで不明であった植物に内生する糸状菌に対する理解の深まることが期待される.
野外に生育する健康な植物は多種多様な微生物と相互作用している.次世代シークエンサーによるメタゲノム解析法の発展により,植物の根圏に存在する微生物の構成が人工培養の可否にかかわらず明らかにされた.たとえば,植物の根圏における細菌のおおまかな群集の構造は地域あるいは種をとわず広く保存されていることが報告されている1).糸状菌についても同様に調査されているが,糸状菌の群集の構造は地域あるいは種により大きく変動し一定のパターンを示さない2).また,健康な植物の根圏から頻繁に検出される糸状菌には,Fusarium属やColletotrichum属といったこれまで病原菌として報告されている属が含まれる.これら植物の根圏から検出された多様な糸状菌と植物との相互作用に,なんらかの生態生理学的な意義がひめられているのかは明らかでない.
リンは窒素およびカリウムとならぶ植物の3大必須栄養素のひとつであり,リンが成長の律速になることによりアントシアニンの蓄積といった成長の不良をひき起こす.世界中の多くの土壌においてリンは枯渇気味であり,十分に存在していてもリン酸はCa2+などの金属イオンと結びついて不溶性になっており,植物はその大半を直接的には利用できない.植物によるリン酸の吸収を助ける糸状菌として菌根菌が広く知られている.菌根菌は80%以上の地上植物の根と共生関係を樹立しており,いわば,第2の根として植物へとリン酸を輸送し成長を促進する3).菌根共生は地上植物の現われた4.5億年前にはじまったとされ,必要なシグナル伝達経路もほとんどの陸上植物において保存されている3).しかしながら,モデル植物であるシロイヌナズナを含むアブラナ科には菌根菌は感染せず,菌根共生に必要なシグナル伝達経路を構成する遺伝子はゲノムから失われている.アブラナ科が古代からの菌根菌との共生関係を捨てたにもかかわらず,リン酸の含有量の低い土壌に分布している理由は長年の謎であった.
筆者らは,野外で生育する健康なシロイヌナズナから分離した糸状菌Colletotrichum tofieldiaeが,スペイン中央部のシロイヌナズナに広く分布する意義について探究した.
スペイン中央部の4つの異なる地域において生育するシロイヌナズナの個体から,C. tofieldiaeを特異的に検出するプライマーを用いた定量PCR法によりシロイヌナズナの集団における分布の度合いを調査した.その結果,C. tofieldiaeは4つの異なる地域のシロイヌナズナの集団において季節に依存することなく高頻度で検出された.このことから,C. tofieldiaeはスペイン中央部のシロイヌナズナに広く分布する糸状菌であることが想定された.C. tofieldiaeのシロイヌナズナにおける感染を可視化するため,アグロバクテリウムを介した形質転換法により蛍光タンパク質GFPを恒常的に発現するC. tofieldiae株を作出した.C. tofieldiaeの胞子をシロイヌナズナの根に接種したところ,胞子から発芽して伸長した菌糸から根の細胞へと侵入菌糸を形成した.根の皮層細胞の内部に侵入した菌糸は宿主の細胞膜にかこまれ,この宿主の細胞膜と菌糸とのあいだで物質交換が行われていると考えられている.C. tofieldiaeは細胞へ直接的に菌糸を形成するほか,細胞の間隙にも菌糸を進展させ,さらには,細胞の間隙から伸長した菌糸がときおり導管のなかで観察された.根にC. tofieldiaeを接種したのち28日目には,一部の個体の葉の導管にそうように菌糸が観察された.以上の結果から,C. tofieldiaeはシロイヌナズナの根に感染し病徴をひき起こすことなく全体に感染する内生糸状菌であると結論づけた.
C. tofieldiaeが分離されたスペイン中央部の土壌は植物の利用することの可能なリン酸の含有量が非常にかぎられている4).そこで,リン酸の欠乏した条件における宿主植物の成長にC. tofieldiaeの感染が及ぼす影響について明らかにするため,C. tofieldiaeを感染させた植物を長期的に生育させたところ,C. tofieldiaeがリン酸の欠乏した条件において成長を促進することが明らかにされた.一方で,C. tofieldiaeによる成長の促進はリン酸が豊富に存在する条件では認められなかった.菌根菌はそれ自体の菌糸を介して宿主植物にリン酸を輸送することにより成長を促進することが知られている.そこで,C. tofieldiaeがシロイヌナズナにリン酸を輸送できるかどうか調査するため,放射性同位体33Pを用いてリン酸の輸送を追跡する実験系を構築した.リン酸の欠乏した条件において,C. tofieldiaeが根に感染することにより33Pが植物の地上部に高蓄積した.一方,近縁種であり植物の成長を阻害するColletotrichum incanumが根に感染しても33Pは地上部に蓄積しなかった.このことから,C. tofieldiaeは宿主植物にリン酸を輸送すること,C. tofieldiaeによる植物の成長促進の機構は極近縁種のC. incanumとのあいだのわずかな遺伝的な差異により決定されていることが示唆された.さらに,リン酸が成長の律速にはならない条件においては,C. tofieldiaeが根に感染していても33Pは宿主植物へと輸送されなかった.したがって,C. tofieldiaeによるリン酸の輸送および植物の成長促進はリン酸の濃度により厳密に制御されていることが示唆された.
C. tofieldiaeによる植物の成長促進の機構に対するヒントを得るため,C. tofieldiaeに感染した植物の根においてトランスクリプトーム解析を行った.植物において,リン酸トランスポーターは土壌に存在するリン酸を根から吸収し体内へと輸送するために重要である.C. tofieldiaeに感染したシロイヌナズナにおいて,リン酸トランスポーターのトランスクリプトームの変化を追跡したところ,PHT1型のリン酸トランスポーターの発現が感染していないときと比較してさらに顕著に誘導されることが判明した.同様の現象は菌根菌がほかの種と共生関係を樹立した際にも観察されており,特定のリン酸トランスポーターの発現の上昇は共生した糸状菌との相互作用において普遍的な現象であることが推察された.
モデル植物であるシロイヌナズナのメリットを活かして,リン酸の欠乏に対する応答に関与する遺伝子の変異体について調査した5).その結果,リン酸の欠乏に対する応答を中心的に制御する転写因子であるPHR1およびPHL1が,C. tofieldiaeに感染した際のPHT1型のリン酸トランスポーターの発現,リン酸の輸送,成長の促進に必要であることが判明した.さらに,phr1 phl1二重変異体においては根におけるC. tofieldiaeの菌体量が増加した.このことは,PHR1およびPHL1によるリン酸の欠乏に対する応答はC. tofieldiaeの菌体量も制御することを意味した.
C. tofieldiaeはリン酸の欠乏した条件において植物の成長を促進する内生糸状菌であることが判明した.しかしながら,トリプトファンに由来する2次代謝産物が合成されないシロイヌナズナのcyp79B2 cyp79B3変異体は,C. tofieldiaeの感染により成長がいちじるしく阻害され最終的に枯死した.したがって,植物により合成されるトリプトファンに由来する特定の2次代謝産物がC. tofieldiaeとの有益な相互作用を維持するのに必要であることが考えられた.トリプトファンの下流においては,カマレキシン,4-ヒドロキシインドール-3-カルボニルニトリル,含硫黄物質であるインドールグルコシノレートなど,抗菌活性をもつ2次代謝産物が合成される6,7)(図1).C. tofieldiaeとの相互作用に必要な合成経路を各種の合成経路が欠損した変異体を用いて探索したところ,C. tofieldiaeとの共生型の相互作用には,カマレキシンや4-ヒドロキシインドール-3-カルボニルニトリルの合成経路は必要ではなかったものの,インドールグルコシノレートの合成経路が必要であった.一方で,インドールグルコシノレートの合成欠損変異体はcyp79B2 cyp79B3変異体とは異なり枯死しなかったことから,これら既存の2次代謝産物は複合的に機能する,あるいは,未同定の2次代謝産物が関与することが示唆された.
さらに,リン酸が欠乏した条件においてC. tofieldiaeが感染した場合,トリプトファンに由来する2次代謝産物の合成酵素および制御タンパク質の発現が,リン酸が豊富に存在する場合と比較して有意に変動(おもに,低下)することが判明した8).さきに述べたphr1 phl1変異体においてC. tofieldiaeの菌体量が増加したという事実をふまえると,このことから,植物にはリン酸の欠乏に応じトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成を制御することにより,感染する糸状菌の量を厳密に制御する機構が存在する可能性が示唆された.今後,C. tofieldiaeの感染においてPHR1あるいはPHL1によりトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成が制御される可能性について検証する必要がある.
シロイヌナズナの近縁種においてトリプトファンに由来する2次代謝産物の蓄積量は異なることが報告されている9).そこで,近縁種のなかでカマレキシンを合成できないCardamine hirsuta,および,インドールグルコシノレートを蓄積しないCapsella rubellaに対し,C. tofieldiaeを接種し成長の促進の有無を調査した.その結果,C. tofieldiaeはC. hirsutaの成長を促進したものの,C. rubellaの成長はいちじるしく阻害した.このことから,インドールグルコシレートの有無が自然界におけるC. tofieldiaeの宿主域を決定していることが示唆された.
菌根共生は陸上植物が現われた4.5億年前にはじまったと考えられている.一方で,C. tofieldiaeは近縁の病原菌であるC. incanumから880万年前に分岐したことが比較ゲノム解析から示唆されている8).このことから,菌根共生とC. tofieldiaeの共生は,そのしくみに共通性が認められるものの,それぞれ独自に生じたことが示唆される.今後,その共通性および相違性を分子レベルで明らかにすることが必要であろう.C. tofieldiaeには遺伝子破壊を含む遺伝子組換え法を適応でき,モデル植物であるシロイヌナズナを宿主とするという,ほかの実験系と比較して大きな利点をもつ.この実験系をひとつのモデルとすることにより,これまで不明であった植物と共生微生物との相互作用のしくみが明らかにされることが期待される.
略歴:2012年 京都大学大学院農学研究科 修了,同年 ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding Research研究員を経て,2014年より奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教.
研究テーマ:病原菌と共生菌とを分かつ分子機構.
Paul Schulze-Lefert
ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding ResearchにてDirector.
研究室URL:http://www.mpipz.mpg.de/10563/pmi-dpt
© 2016 晝間 敬・Paul Schulze-Lefert Licensed under CC 表示 2.1 日本
(ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding Research,Department of Plant Microbe Interactions)
email:晝間 敬
DOI: 10.7875/first.author.2016.029
Root endophyte Colletotrichum tofieldiae confers plant fitness benefits that are phosphate status dependent.
Kei Hiruma, Nina Gerlach, Soledad Sacristán, Ryohei Thomas Nakano, Stéphane Hacquard, Barbara Kracher, Ulla Neumann, Diana Ramírez, Marcel Bucher, Richard J. O'Connell, Paul Schulze-Lefert
Cell, 165, 464-474 (2016)
要 約
野外の植物は多種多様な糸状菌と相互作用しているが,その意義についてはほとんど明らかにされてない.筆者らは,野外の健康なシロイヌナズナに広く分布する糸状菌Colletotrichum tofieldiaeが,病原菌である炭疽病菌ときわめて近縁であるにもかかわらず根に病徴をひき起こすことなく感染し,リン酸の欠乏した条件においてはリン酸を提供し成長を促進することを明らかにした.C. tofieldiaeによる成長の促進には,植物に広く保存されたリン酸の欠乏に応答する経路,および,アブラナ科にユニークなトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成経路が必要であった.シロイヌナズナをはじめとするアブラナ科の根にはリン酸を供給する菌根菌が感染しない.C. tofieldiaeはリン酸の含有量の低い土壌において,病原性に代わりリン酸の供給能を高めることによりシロイヌナズナに広く分布していったと考えられた.今後,モデル植物であるシロイヌナズナおよび遺伝子操作の可能なC. tofieldiaeを用いることにより,これまで不明であった植物に内生する糸状菌に対する理解の深まることが期待される.
はじめに
野外に生育する健康な植物は多種多様な微生物と相互作用している.次世代シークエンサーによるメタゲノム解析法の発展により,植物の根圏に存在する微生物の構成が人工培養の可否にかかわらず明らかにされた.たとえば,植物の根圏における細菌のおおまかな群集の構造は地域あるいは種をとわず広く保存されていることが報告されている1).糸状菌についても同様に調査されているが,糸状菌の群集の構造は地域あるいは種により大きく変動し一定のパターンを示さない2).また,健康な植物の根圏から頻繁に検出される糸状菌には,Fusarium属やColletotrichum属といったこれまで病原菌として報告されている属が含まれる.これら植物の根圏から検出された多様な糸状菌と植物との相互作用に,なんらかの生態生理学的な意義がひめられているのかは明らかでない.
リンは窒素およびカリウムとならぶ植物の3大必須栄養素のひとつであり,リンが成長の律速になることによりアントシアニンの蓄積といった成長の不良をひき起こす.世界中の多くの土壌においてリンは枯渇気味であり,十分に存在していてもリン酸はCa2+などの金属イオンと結びついて不溶性になっており,植物はその大半を直接的には利用できない.植物によるリン酸の吸収を助ける糸状菌として菌根菌が広く知られている.菌根菌は80%以上の地上植物の根と共生関係を樹立しており,いわば,第2の根として植物へとリン酸を輸送し成長を促進する3).菌根共生は地上植物の現われた4.5億年前にはじまったとされ,必要なシグナル伝達経路もほとんどの陸上植物において保存されている3).しかしながら,モデル植物であるシロイヌナズナを含むアブラナ科には菌根菌は感染せず,菌根共生に必要なシグナル伝達経路を構成する遺伝子はゲノムから失われている.アブラナ科が古代からの菌根菌との共生関係を捨てたにもかかわらず,リン酸の含有量の低い土壌に分布している理由は長年の謎であった.
筆者らは,野外で生育する健康なシロイヌナズナから分離した糸状菌Colletotrichum tofieldiaeが,スペイン中央部のシロイヌナズナに広く分布する意義について探究した.
1.C. tofieldiaeはシロイヌナズナの根に病徴をひき起こすことなく感染する
スペイン中央部の4つの異なる地域において生育するシロイヌナズナの個体から,C. tofieldiaeを特異的に検出するプライマーを用いた定量PCR法によりシロイヌナズナの集団における分布の度合いを調査した.その結果,C. tofieldiaeは4つの異なる地域のシロイヌナズナの集団において季節に依存することなく高頻度で検出された.このことから,C. tofieldiaeはスペイン中央部のシロイヌナズナに広く分布する糸状菌であることが想定された.C. tofieldiaeのシロイヌナズナにおける感染を可視化するため,アグロバクテリウムを介した形質転換法により蛍光タンパク質GFPを恒常的に発現するC. tofieldiae株を作出した.C. tofieldiaeの胞子をシロイヌナズナの根に接種したところ,胞子から発芽して伸長した菌糸から根の細胞へと侵入菌糸を形成した.根の皮層細胞の内部に侵入した菌糸は宿主の細胞膜にかこまれ,この宿主の細胞膜と菌糸とのあいだで物質交換が行われていると考えられている.C. tofieldiaeは細胞へ直接的に菌糸を形成するほか,細胞の間隙にも菌糸を進展させ,さらには,細胞の間隙から伸長した菌糸がときおり導管のなかで観察された.根にC. tofieldiaeを接種したのち28日目には,一部の個体の葉の導管にそうように菌糸が観察された.以上の結果から,C. tofieldiaeはシロイヌナズナの根に感染し病徴をひき起こすことなく全体に感染する内生糸状菌であると結論づけた.
2.C. tofieldiaeはリン酸の欠乏した条件において宿主植物の成長を促進する
C. tofieldiaeが分離されたスペイン中央部の土壌は植物の利用することの可能なリン酸の含有量が非常にかぎられている4).そこで,リン酸の欠乏した条件における宿主植物の成長にC. tofieldiaeの感染が及ぼす影響について明らかにするため,C. tofieldiaeを感染させた植物を長期的に生育させたところ,C. tofieldiaeがリン酸の欠乏した条件において成長を促進することが明らかにされた.一方で,C. tofieldiaeによる成長の促進はリン酸が豊富に存在する条件では認められなかった.菌根菌はそれ自体の菌糸を介して宿主植物にリン酸を輸送することにより成長を促進することが知られている.そこで,C. tofieldiaeがシロイヌナズナにリン酸を輸送できるかどうか調査するため,放射性同位体33Pを用いてリン酸の輸送を追跡する実験系を構築した.リン酸の欠乏した条件において,C. tofieldiaeが根に感染することにより33Pが植物の地上部に高蓄積した.一方,近縁種であり植物の成長を阻害するColletotrichum incanumが根に感染しても33Pは地上部に蓄積しなかった.このことから,C. tofieldiaeは宿主植物にリン酸を輸送すること,C. tofieldiaeによる植物の成長促進の機構は極近縁種のC. incanumとのあいだのわずかな遺伝的な差異により決定されていることが示唆された.さらに,リン酸が成長の律速にはならない条件においては,C. tofieldiaeが根に感染していても33Pは宿主植物へと輸送されなかった.したがって,C. tofieldiaeによるリン酸の輸送および植物の成長促進はリン酸の濃度により厳密に制御されていることが示唆された.
C. tofieldiaeによる植物の成長促進の機構に対するヒントを得るため,C. tofieldiaeに感染した植物の根においてトランスクリプトーム解析を行った.植物において,リン酸トランスポーターは土壌に存在するリン酸を根から吸収し体内へと輸送するために重要である.C. tofieldiaeに感染したシロイヌナズナにおいて,リン酸トランスポーターのトランスクリプトームの変化を追跡したところ,PHT1型のリン酸トランスポーターの発現が感染していないときと比較してさらに顕著に誘導されることが判明した.同様の現象は菌根菌がほかの種と共生関係を樹立した際にも観察されており,特定のリン酸トランスポーターの発現の上昇は共生した糸状菌との相互作用において普遍的な現象であることが推察された.
モデル植物であるシロイヌナズナのメリットを活かして,リン酸の欠乏に対する応答に関与する遺伝子の変異体について調査した5).その結果,リン酸の欠乏に対する応答を中心的に制御する転写因子であるPHR1およびPHL1が,C. tofieldiaeに感染した際のPHT1型のリン酸トランスポーターの発現,リン酸の輸送,成長の促進に必要であることが判明した.さらに,phr1 phl1二重変異体においては根におけるC. tofieldiaeの菌体量が増加した.このことは,PHR1およびPHL1によるリン酸の欠乏に対する応答はC. tofieldiaeの菌体量も制御することを意味した.
3.C. tofieldiaeによる植物の成長促進にはトリプトファンに由来する2次代謝産物が必要である
C. tofieldiaeはリン酸の欠乏した条件において植物の成長を促進する内生糸状菌であることが判明した.しかしながら,トリプトファンに由来する2次代謝産物が合成されないシロイヌナズナのcyp79B2 cyp79B3変異体は,C. tofieldiaeの感染により成長がいちじるしく阻害され最終的に枯死した.したがって,植物により合成されるトリプトファンに由来する特定の2次代謝産物がC. tofieldiaeとの有益な相互作用を維持するのに必要であることが考えられた.トリプトファンの下流においては,カマレキシン,4-ヒドロキシインドール-3-カルボニルニトリル,含硫黄物質であるインドールグルコシノレートなど,抗菌活性をもつ2次代謝産物が合成される6,7)(図1).C. tofieldiaeとの相互作用に必要な合成経路を各種の合成経路が欠損した変異体を用いて探索したところ,C. tofieldiaeとの共生型の相互作用には,カマレキシンや4-ヒドロキシインドール-3-カルボニルニトリルの合成経路は必要ではなかったものの,インドールグルコシノレートの合成経路が必要であった.一方で,インドールグルコシノレートの合成欠損変異体はcyp79B2 cyp79B3変異体とは異なり枯死しなかったことから,これら既存の2次代謝産物は複合的に機能する,あるいは,未同定の2次代謝産物が関与することが示唆された.
さらに,リン酸が欠乏した条件においてC. tofieldiaeが感染した場合,トリプトファンに由来する2次代謝産物の合成酵素および制御タンパク質の発現が,リン酸が豊富に存在する場合と比較して有意に変動(おもに,低下)することが判明した8).さきに述べたphr1 phl1変異体においてC. tofieldiaeの菌体量が増加したという事実をふまえると,このことから,植物にはリン酸の欠乏に応じトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成を制御することにより,感染する糸状菌の量を厳密に制御する機構が存在する可能性が示唆された.今後,C. tofieldiaeの感染においてPHR1あるいはPHL1によりトリプトファンに由来する2次代謝産物の合成が制御される可能性について検証する必要がある.
シロイヌナズナの近縁種においてトリプトファンに由来する2次代謝産物の蓄積量は異なることが報告されている9).そこで,近縁種のなかでカマレキシンを合成できないCardamine hirsuta,および,インドールグルコシノレートを蓄積しないCapsella rubellaに対し,C. tofieldiaeを接種し成長の促進の有無を調査した.その結果,C. tofieldiaeはC. hirsutaの成長を促進したものの,C. rubellaの成長はいちじるしく阻害した.このことから,インドールグルコシレートの有無が自然界におけるC. tofieldiaeの宿主域を決定していることが示唆された.
おわりに
菌根共生は陸上植物が現われた4.5億年前にはじまったと考えられている.一方で,C. tofieldiaeは近縁の病原菌であるC. incanumから880万年前に分岐したことが比較ゲノム解析から示唆されている8).このことから,菌根共生とC. tofieldiaeの共生は,そのしくみに共通性が認められるものの,それぞれ独自に生じたことが示唆される.今後,その共通性および相違性を分子レベルで明らかにすることが必要であろう.C. tofieldiaeには遺伝子破壊を含む遺伝子組換え法を適応でき,モデル植物であるシロイヌナズナを宿主とするという,ほかの実験系と比較して大きな利点をもつ.この実験系をひとつのモデルとすることにより,これまで不明であった植物と共生微生物との相互作用のしくみが明らかにされることが期待される.
文 献
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著者プロフィール
略歴:2012年 京都大学大学院農学研究科 修了,同年 ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding Research研究員を経て,2014年より奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教.
研究テーマ:病原菌と共生菌とを分かつ分子機構.
Paul Schulze-Lefert
ドイツMax Planck Institute for Plant Breeding ResearchにてDirector.
研究室URL:http://www.mpipz.mpg.de/10563/pmi-dpt
© 2016 晝間 敬・Paul Schulze-Lefert Licensed under CC 表示 2.1 日本