ライフサイエンス新着論文レビュー

Cas9の改変体によるPAMの認識機構

平野清一・西増弘志・濡木 理
(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻生物化学講座構造生命科学研究室)
email:平野清一西増弘志濡木 理
DOI: 10.7875/first.author.2016.022

Structural basis for the altered PAM specificities of engineered CRISPR-Cas9.
Seiichi Hirano, Hiroshi Nishimasu, Ryuichiro Ishitani, Osamu Nureki
Molecular Cell, 61, 886-894 (2016)




要 約


 ゲノム編集ツールとして注目をあびるRNA依存性エンドヌクレアーゼCas9は,ガイドRNAと協働して相補的な2本鎖DNAを認識し切断する.Cas9が標的となる2本鎖DNAを認識するためには,標的となるDNA配列の近傍にPAMとよばれる特定の数塩基の存在が必要である.したがって,Cas9を応用したゲノム編集技術において,標的となるDNA配列はPAMにより制限されるという問題点が残されていた.この解決策として,最近,異なるPAMを認識する3種類のCas9改変体が分子進化的な手法を用いて開発された.今回,筆者らは,この3種類のCas9改変体の結晶構造をガイドRNAおよび標的となる2本鎖DNAとの複合体として決定し,それらのPAMの認識機構について明らかにした.野生型のCas9との比較から,変異の導入された複数のアミノ酸残基が標的となる2本鎖DNAの構造変化を協同的にひき起こし,異なるPAMの認識を可能にしていることが明らかにされた.今回の結果は,Cas9のさらなる改変のための基盤になることが期待される.

はじめに


 原核生物のもつCRISPR-Cas系(CRISPR:clustered regularly interspaced short palindromic repeat,Cas:CRISPR-associated protein)は,外来の核酸に対する獲得免疫機構としてはたらく1).その中心となるRNA依存性エンドヌクレアーゼCas9は,ガイドRNAと協働して標的となる2本鎖DNAを切断することから,ゲノム編集ツールとして応用されている2,3)Cas9とガイドRNAとの複合体は,まず,標的となるDNA配列の近傍に存在するPAM(protospacer adjacent motif)とよばれる特定の数塩基を認識し,そこを起点としてガイドRNAが標的となるDNA配列と塩基対を形成する.そのため,細菌Streptococcus pyogenesに由来するCas9を用いたゲノム編集においては,標的となるDNA配列の近傍に5’-NGG-3’というPAMが存在する必要がある4).最近,分子進化的手法を用いて3種類のCas9改変体が開発された5).VQR改変体はAsp1135がVal,Arg1335がGlnThr1337がArgに置換した三重変異をもち5’-NGA-3’をPAMとして認識する.EQR改変体はAsp1135がGluArg1335がGlnThr1337がArgに置換した三重変異をもち5’-NGAG-3’をPAMとして認識する.VRER改変体はAsp1135がVal,Gly1218がArgArg1335がGluThr1337がArgに置換した四重変異をもち5’-NGCG-3’をPAMとして認識する.これらのCas9改変体はヒトの細胞においてゲノム編集活性をもつことから,標的となるDNA配列の拡張につながることが期待されている.
 S. pyogenesに由来するCas9の結晶構造から,5’-NGG-3’というPAMの2文字目および3文字目のGはそれぞれArg1333およびArg1335により認識されることが明らかにされた6)Argと比較してGlnGluは側鎖が短くPAMと相互作用することができないため,Arg1335がGlnあるいはGluに置換したCas9変異体はPAMとして5’-NGA-3’や5’-NGC-3’を認識せずDNA切断活性をもたない5).したがって,さきの3種類のCas9改変体においては,Arg1335の変異にくわえほかの変異が協働することにより,異なるPAMの認識が実現されていると予想された.しかし,その分子機構は不明であった.

1.Cas9改変体により認識されるPAM


 in vitroにおけるDNA切断実験の結果,野生型のCas9は5’-NGG-3’をPAMとして認識する一方,5’-NGA-3’や5’-NGCG-3’は認識しないことが確認された.VQR改変体,EQR改変体,VRER改変体は,それぞれ,5’-NGA-3’,5’-NGAG-3’,5’-NGCG-3’をPAMとして認識する一方,5’-NGG-3’は認識しなかった.これらの結果は,in vivoにおけるCas9改変体のDNA切断活性と一致した5)

2.Cas9改変体の結晶構造


 Cas9改変体,ガイドRNA,標的となる2本鎖DNAからなる複合体について,VQR改変体はPAMとして5’-TGA-3’を含み2.0Å分解能で(PDB ID:5B2R),EQR改変体はPAMとして5’-TGAG-3’を含み2.2Å分解能で(PDB ID:5B2S),VRER改変体はPAMとして5’-TGCG-3’を含み2.2Å分解能で(PDB ID:5B2T),結晶構造を決定した.これらのCas9改変体の全体の構造は野生型のCas9と基本的に同一であったことから,変異によりCas9の構造は大きく変化していないことが明らかにされた.3種類のCas9改変体において,PAMを含む非相補鎖DNAは相補鎖DNAと2本鎖を形成し,WEDドメインとPIドメインとのあいだの溝に結合していた.変異の導入されたAsp1135はWEDドメイン,Gly1218,Arg1335,Thr1337はPIドメインに位置していた(図1,PDB ID:4UN3).




3.Cas9改変体によるPAMの認識機構


 野生型のCas9において,5’-TGG-3’というPAMは主溝の側からPIドメインにより塩基特異的に認識されていた6)図2 a, b).PIドメインに位置するArg1333およびArg1335は,それぞれ,2文字目および3文字目のGと水素結合していた.Arg1335がGlnThr1337がArgに置換したVQR改変体およびEQR改変体においては,Arg1333は野生型のCas9と同様に2文字目のGと水素結合していた一方,Gln1335は3文字目のAと直接的な水素結合を形成し,Arg1337は4文字目のGと水素結合していた(図2 a, c, d).Gly1218がArgArg1335がGluThr1337がArgに置換したVRER改変体においても,Arg1333は2文字目のGと水素結合していた一方,Glu1335は3文字目のCと,Arg1337は4文字目のGと水素結合し,さらに,Arg1218はリン酸骨格と相互作用していた(図2 a, e).野生型のCas9においてはArg1335と3文字目のGとのあいだに2本の水素結合が形成され,VQR改変体においてはGln1335と3文字目のAとのあいだに2本の水素結合が形成されていた.一方,VRER改変体においてはGlu1335と3文字目のCとのあいだには1本の水素結合しか形成されていなかった.したがって,Glu1335と3文字目のCとのあいだの比較的弱い相互作用をArg1337と4文字目のGとのあいだの相互作用により補填する必要があるため,VRER改変体は4文字目のGに対し要求性を示すと考えられた.




4.PAMを含む2本鎖DNAにおける予想外の構造変化


 野生型のCas9において,5’-NGG-3’というPAMの3文字目のGを認識するArg1335をGlnGluに置換するとDNA切断活性が消失するのに対し,Arg1335の変異にくわえて,Asp1135,Gly1218,Thr1337に変異を導入すると異なるPAMを認識できるようになるのはなぜなのだろうか? 野生型のCas9と3種類のCas9改変体の構造の比較から,この理由が明らかにされた.野生型のCas9と比較して,これらのCas9改変体においてはPAMを含む2本鎖DNAの糖-リン酸骨格が予想外の構造変化を起こし,PAMの3文字目の塩基が1335番目のアミノ酸残基に近づいていたのである(図2a).この構造変化はわずか3Åであるが,Argに比べ側鎖の短いGlnあるいはGluPAMの3文字目の塩基と直接的な水素結合を形成するには十分な変化であった.野生型のCas9においてThr1337はPAMを含む2本鎖DNAと相互作用していなかった一方,Cas9改変体においてArg1337はPAMの4文字目のGと相互作用し,PAMを含む2本鎖DNAの構造変化に寄与していた.さらに,Val1135やGlu1135はPAMの4文字目のリボースと相互作用し,PAMを含む2本鎖DNAの構造変化を促進していた.Val1135と比較してGlu1135はPAMの4文字目のリボースと強く相互作用し,PAMを含む2本鎖DNAの位置を固定していた.このことから,VQR改変体およびEQR改変体は,それぞれ,5’-NGA-3’および5’-NGAG-3’をPAMとして認識することが説明された.

おわりに


 分子進化的な手法により開発された3種類のCas9改変体の結晶構造を決定した結果,複数の変異がPAMを含む2本鎖DNAの構造変化を協同的に誘起していることが明らかにされた.この構造変化は野生型のCas9の結晶構造からは簡単に予想されるものではなかった.細菌Staphylococcus aureusに由来する小型のCas9についても,分子進化的な手法を用いて異なるPAMを認識する改変体が開発されている7).一方,最近,筆者らは,細菌Francisella novicidaに由来するCas9において,PAMに対する特異性を立体構造にもとづき合理的に改変することに成功した8)新着論文レビュー でも掲載).したがって,これら2つの手法を組み合わせることにより,Cas9のさらなる改変が可能であると考えられる.また,スイスの研究グループにより,この論文と連報で,同様のCas9改変体の結晶構造について報告された9).この論文においても,PAMを含む2本鎖DNAの構造変化に着目して筆者らと同様の結論にいたったことから,今回の結果の妥当性が裏づけられた.

文 献



  1. Marraffini, L. A.: CRISPR-Cas immunity in prokaryotes. Nature, 526, 55-61 (2015)[PubMed]

  2. Jinek, M., Chylinski, K., Fonfara, I. et al.: A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science, 337, 816-821 (2012)[PubMed]

  3. Cong, L., Ran, F. A., Cox, D. et al.: Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems. Science, 339, 819-823 (2013)[PubMed]

  4. Mojica, F. J., Diez-Villasenor, C., Garcia-Martinez, J. et al.: Short motif sequences determine the targets of the prokaryotic CRISPR defence system. Microbiology, 155, 733-740 (2009)[PubMed]

  5. Kleinstiver, B. P., Prew, M. S., Tsai, S. Q. et al.: Engineered CRISPR-Cas9 nucleases with altered PAM specificities. Nature, 523, 481-485 (2015)[PubMed]

  6. Anders, C., Niewoehner, O., Duerst, A. et al.: Structural basis of PAM-dependent target DNA recognition by the Cas9 endonuclease. Nature, 513, 569-573 (2014)[PubMed]

  7. Kleinstiver, B. P., Prew, M. S., Tsai, S. Q. et al.: Broadening the targeting range of Staphylococcus aureus CRISPR-Cas9 by modifying PAM recognition. Nat. Biotechnol., 33, 1293-1298 (2015)[PubMed]

  8. Hirano, H., Gootenberg, J. S., Horii, T. et al.: Structure and engineering of Francisella novicida Cas9. Cell, 164, 950-961 (2016)[PubMed] [新着論文レビュー]

  9. Anders, C., Bargsten, K. & Jinek, M.: Structural plasticity of PAM recognition by engineered variants of the RNA-guided endonuclease Cas9. Mol. Cell, 61, 895-902 (2016)[PubMed]



生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク


東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.



著者プロフィール


平野 清一(Seiichi Hirano)
略歴:東京大学大学院理学系研究科修士課程 在学中.
研究テーマ:CRISPR-Cas9獲得免疫機構の構造解析.
抱負:弟(央人)とは研究のよいライバルでいつづけたい.

西増 弘志(Hiroshi Nishimasu)
東京大学大学院理学系研究科 助教.科学技術振興機構 さきがけ研究者 兼任.
研究テーマ:CRISPR-Cas9獲得免疫機構,RNAサイレンシング.
抱負:仕事をもう少し早く終わらせてボクシングジムにいく.

濡木 理(Osamu Nureki)
東京大学大学院理学系研究科 教授.
研究室URL:http://www.nurekilab.net/

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