聴覚の情報にもとづく意思決定における聴覚皮質の因果的な役割
綱田丈二・Yale E. Cohen
(米国Pennsylvania大学Department of Otorhinolaryngology)
email:綱田丈二
DOI: 10.7875/first.author.2016.006
Causal contribution of primate auditory cortex to auditory perceptual decision-making.
Joji Tsunada, Andrew S. K. Liu, Joshua I. Gold, Yale E. Cohen
Nature Neuroscience, 19, 135-142 (2016)
聴覚の情報にもとづく意思決定において,聴覚の情報処理にかかわる大脳皮質腹側経路の重要性が示唆されている.大脳皮質腹側経路とは,聴覚皮質のコア領域にはじまり,外側ベルト領域をへて,前頭前皮質にいたる聴覚の情報処理の経路である.しかしながら,複数ある聴覚皮質の領域それぞれが意思決定においてどのような役割をはたすのかについては,ほとんどわかっていなかった.そこで,この研究においては,サルに対し聴覚の情報にもとづく意思決定を要求する行動課題を訓練し,行動課題を遂行しているときの聴覚皮質の外側ベルト領域の中外側部および前外側部におけるニューロンの活動について調べた.その結果,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンは,同時に,行動に対しても高い選択性を示すことが見い出された.さらに,行動課題を遂行しているときに前外側部を電気刺激したところ,刺激された聴覚皮質のコードする周波数に対応する行動のほうに行動選択がかたよった.一方で,中外側部においては聴覚の刺激の選択性と行動の選択性との関係はみられず,電気刺激による行動選択への影響もなかった.以上の結果から,前外側部におけるニューロンの活動が聴覚の情報にもとづく意思決定において因果的な役割をはたすことが示唆された.
われわれはさまざまな感覚の情報にもとづき,おかれている状況を把握し意思決定をする.これは,ヒトだけでなくほかの霊長類にもみられる生存に欠かせない能力である.たとえば,タカを警戒する鳴き声を聞いたサルは上空からの攻撃をのがれるため藪のなかに身を隠す一方,ヒョウを警戒する鳴き声を聞いたサルは近くの木に登ることにより身を守ることが知られている1).
意思決定は視覚,聴覚,体性感覚などさまざまな種類の感覚の情報にもとづきなされるが,感覚の種類に依存しない共通の過程が存在すると考えられてきた2).ひとつは感覚入力のなかから意味のある情報を抽出する過程であり,もうひとつはあつめた情報にもとづき行動選択をする過程である.これまでの研究により,それぞれの過程に関与する脳の領域が特定されている2-4).
聴覚の情報にもとづく意思決定においては,聴覚の情報処理にかかわる大脳皮質腹側経路の重要性が示唆されている4).大脳皮質腹側経路とは,聴覚皮質のコア領域にはじまり,外側ベルト領域をへて,前頭前皮質の腹外側部にいたる聴覚の情報処理の経路である4,5).筆者らは,この経路において,聴覚皮質は聴覚の刺激の特性をコードする一方,前頭前皮質の腹外側部は行動選択を再現することを示してきた4,6,7).このことから,聴覚皮質は意思決定に有益な情報の抽出の過程,前頭前皮質の腹外側部は行動選択の過程において中心的な役割をはたすと考えられた.しかし,複数ある聴覚皮質の領域それぞれが意思決定においてどのような役割をはたすのかについては,ほとんどわかっていなかった.また,前頭前皮質の腹外側部においてみられる行動選択を反映するシグナルが,聴覚皮質において抽出された感覚の情報から,どのような過程をへて生成されるのか,明らかではなかった.
そこで,この研究においては,サルに対し聴覚の情報にもとづく意思決定を要求する行動課題を訓練し,行動課題を遂行しているときの聴覚皮質におけるニューロンの活動の特性について調べた.とくに,聴覚皮質のなかでも前頭前皮質の腹外側部と相互に結合のある外側ベルト領域の中外側部および前外側部に注目した.行動課題としては,短音を連続して提示し,高周波数の短音と低周波数の短音のどちらを多く含んでいるかを判断させた(図1).高周波数の短音を多く含んでいた場合はジョイスティックを左に,低周波数の短音を多く含んでいた場合はジョイスティックを右に倒すことを要求し,刺激の提示を開始してから2秒以内に正しく反応したときには報酬としてジュースをあたえた.試行ごとに高周波数の短音と低周波数の短音との比率を変えることにより行動課題のむずかしさを操作した.たとえば,高周波数の短音のみのときには判断が容易であるのに対し,低周波数の短音と高周波数の短音が同じくらい含まれたときには判断がむずかしい.
この行動課題を遂行するためには,連続して提示される短音の周波数の情報を蓄積し低周波数の短音と高周波数の短音のどちらが多かったのかを判断する戦略が最適である.サルがこの戦略をとっているのか定量的に評価するため,ドリフト拡散モデルを用いた2,8).これは,時間とともに蓄積される情報がある一定の閾値に達すると意思決定がくだされるというモデルである.このモデルにおいて,意思決定の種類が行動選択に対応し,閾値に達するまでの時間が意思決定に要した時間に対応する.反応に要した時間のうち,意思決定に用いた時間がどの程度であるかを推定することは,いつ意思決定がくだされたのか,また,どの程度の聴覚の情報が実際の意思決定に用いられたかを推測するうえで重要である.
行動課題を遂行しているときの行動および反応に要した時間をドリフト拡散モデルにより近似した結果,サルは聴覚の情報を時間とともに蓄積し,その情報をもとに意思決定をしていることが明らかにされた.また,意思決定に要した時間は行動課題のむずかしさが高くなるにつれ長くなった.
では,刺激の提示を開始してから意思決定がくだされた時間までのあいだ,聴覚皮質においてはどのような情報処理がなされているのだろうか? 行動課題を遂行しているときの中外側部および前外側部におけるニューロンの活動について調べた結果,聴覚の刺激に対する選択性は中外側部と前外側部とで同じ程度であった.聴覚の刺激に対する選択性と行動課題の成績との関係について調べたところ,前外側部は中外側部よりやや強い正の相関を示した.さらに,行動選択によりニューロンの活動がいかに変化するか,行動選択性の指数として選択確率を計算した.具体的には,ジョイスティックが右に倒されるか左に倒されるかにより,同じ聴覚の刺激に対するニューロンの応答がいかに異なるかを計算した.選択確率は中外側部および前外側部とも有意ではなく差もなかったが,聴覚の刺激に対する選択性と選択確率との関係について調べたところ,前外側部においてのみ有意な正の相関がみられた.このことは,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンは,同時に,行動に対しても高い選択性を示すことを意味した.さらに,この正の相関は,ドリフト拡散モデルにおいて推定された意思決定がくだされた時間および行動を開始した時間においてみられた.意思決定がくだされた時間における相関は,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが,前頭前皮質の腹外側部を含む意思決定の領域に,意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達していることを示唆した.一方,行動を開始した時間にみられた正の相関からは,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが,意思決定の領域からフィードバックをうけている可能性が考えられた.
前外側部が意思決定に用いられる聴覚の情報をコードしていることを実証するため,前外側部におけるニューロンの活動を操作することにより行動選択がいかに変化するか調べた.具体的には,行動課題を遂行しているときに聴覚皮質を電気刺激することにより,刺激した聴覚皮質のコードする周波数と対応する行動のほうに行動選択がかたよるかどうかを検討した.その結果,前外側部を電気刺激することにより,低周波数の領域の刺激では低周波数を多く含んだ刺激であるとの選択が,高周波数の領域の刺激では高周波数を多く含んだ刺激であるとの選択が増加した.対照的に,中外側部の電気刺激による行動選択にかたよりはみられなかった.以上の結果は,前外側部におけるニューロンの活動が聴覚の情報にもとづく意思決定において因果的な役割をはたすことを示唆した.
この研究において,聴覚の情報にもとづく意思決定に聴覚皮質のベルト領域の前外側部が因果的な役割をはたすことが明らかにされた.ドリフト拡散モデルにより推定された意思決定がくだされた時間において,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが行動に対しても高い選択性を示したことをふまえると,前外側部のニューロンが前頭前皮質の腹外側部を含む意思決定にかかわる脳の領域に意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達することが示唆された.
この研究において,聴覚の情報にもとづく意思決定の神経機構の一端が明らかにされたが,これにより,さらなる課題と疑問が生じる.たとえば,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが意思決定にかかわる脳の領域に意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達する,という仮説は実証される必要がある.また,先行研究をふまえると,聴覚の情報の種類により,意思決定における因果的な役割をはたす脳の領域あるいは経路は異なる可能性がある4,9,10).さらには,より高次な聴覚皮質であるパラベルト領域および吻側側頭極野の意思決定における役割はほとんど明らかにされていない.これらの点は,今後の研究により明らかにしていく必要があるだろう.
略歴:2008年 北海道大学大学院医学研究科博士課程 修了,東京都神経科学総合研究所 博士研究員,米国Dartmouth大学 博士研究員を経て,2009年より米国Pennsylvania大学 博士研究員.
研究テーマ:聴覚の情報処理の神経機構.
抱負:この研究において明らかにされた聴覚の情報にもとづく意思決定の神経機構が,音声によるコミュニケーションにおいてどのようにはたらくのかを明らかにしたい.
Yale E. Cohen
米国Pennsylvania大学Associate Professor.
© 2016 綱田丈二・Yale E. Cohen Licensed under CC 表示 2.1 日本
(米国Pennsylvania大学Department of Otorhinolaryngology)
email:綱田丈二
DOI: 10.7875/first.author.2016.006
Causal contribution of primate auditory cortex to auditory perceptual decision-making.
Joji Tsunada, Andrew S. K. Liu, Joshua I. Gold, Yale E. Cohen
Nature Neuroscience, 19, 135-142 (2016)
要 約
聴覚の情報にもとづく意思決定において,聴覚の情報処理にかかわる大脳皮質腹側経路の重要性が示唆されている.大脳皮質腹側経路とは,聴覚皮質のコア領域にはじまり,外側ベルト領域をへて,前頭前皮質にいたる聴覚の情報処理の経路である.しかしながら,複数ある聴覚皮質の領域それぞれが意思決定においてどのような役割をはたすのかについては,ほとんどわかっていなかった.そこで,この研究においては,サルに対し聴覚の情報にもとづく意思決定を要求する行動課題を訓練し,行動課題を遂行しているときの聴覚皮質の外側ベルト領域の中外側部および前外側部におけるニューロンの活動について調べた.その結果,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンは,同時に,行動に対しても高い選択性を示すことが見い出された.さらに,行動課題を遂行しているときに前外側部を電気刺激したところ,刺激された聴覚皮質のコードする周波数に対応する行動のほうに行動選択がかたよった.一方で,中外側部においては聴覚の刺激の選択性と行動の選択性との関係はみられず,電気刺激による行動選択への影響もなかった.以上の結果から,前外側部におけるニューロンの活動が聴覚の情報にもとづく意思決定において因果的な役割をはたすことが示唆された.
はじめに
われわれはさまざまな感覚の情報にもとづき,おかれている状況を把握し意思決定をする.これは,ヒトだけでなくほかの霊長類にもみられる生存に欠かせない能力である.たとえば,タカを警戒する鳴き声を聞いたサルは上空からの攻撃をのがれるため藪のなかに身を隠す一方,ヒョウを警戒する鳴き声を聞いたサルは近くの木に登ることにより身を守ることが知られている1).
意思決定は視覚,聴覚,体性感覚などさまざまな種類の感覚の情報にもとづきなされるが,感覚の種類に依存しない共通の過程が存在すると考えられてきた2).ひとつは感覚入力のなかから意味のある情報を抽出する過程であり,もうひとつはあつめた情報にもとづき行動選択をする過程である.これまでの研究により,それぞれの過程に関与する脳の領域が特定されている2-4).
聴覚の情報にもとづく意思決定においては,聴覚の情報処理にかかわる大脳皮質腹側経路の重要性が示唆されている4).大脳皮質腹側経路とは,聴覚皮質のコア領域にはじまり,外側ベルト領域をへて,前頭前皮質の腹外側部にいたる聴覚の情報処理の経路である4,5).筆者らは,この経路において,聴覚皮質は聴覚の刺激の特性をコードする一方,前頭前皮質の腹外側部は行動選択を再現することを示してきた4,6,7).このことから,聴覚皮質は意思決定に有益な情報の抽出の過程,前頭前皮質の腹外側部は行動選択の過程において中心的な役割をはたすと考えられた.しかし,複数ある聴覚皮質の領域それぞれが意思決定においてどのような役割をはたすのかについては,ほとんどわかっていなかった.また,前頭前皮質の腹外側部においてみられる行動選択を反映するシグナルが,聴覚皮質において抽出された感覚の情報から,どのような過程をへて生成されるのか,明らかではなかった.
そこで,この研究においては,サルに対し聴覚の情報にもとづく意思決定を要求する行動課題を訓練し,行動課題を遂行しているときの聴覚皮質におけるニューロンの活動の特性について調べた.とくに,聴覚皮質のなかでも前頭前皮質の腹外側部と相互に結合のある外側ベルト領域の中外側部および前外側部に注目した.行動課題としては,短音を連続して提示し,高周波数の短音と低周波数の短音のどちらを多く含んでいるかを判断させた(図1).高周波数の短音を多く含んでいた場合はジョイスティックを左に,低周波数の短音を多く含んでいた場合はジョイスティックを右に倒すことを要求し,刺激の提示を開始してから2秒以内に正しく反応したときには報酬としてジュースをあたえた.試行ごとに高周波数の短音と低周波数の短音との比率を変えることにより行動課題のむずかしさを操作した.たとえば,高周波数の短音のみのときには判断が容易であるのに対し,低周波数の短音と高周波数の短音が同じくらい含まれたときには判断がむずかしい.
1.サルは聴覚の情報を蓄積して行動課題を遂行する
この行動課題を遂行するためには,連続して提示される短音の周波数の情報を蓄積し低周波数の短音と高周波数の短音のどちらが多かったのかを判断する戦略が最適である.サルがこの戦略をとっているのか定量的に評価するため,ドリフト拡散モデルを用いた2,8).これは,時間とともに蓄積される情報がある一定の閾値に達すると意思決定がくだされるというモデルである.このモデルにおいて,意思決定の種類が行動選択に対応し,閾値に達するまでの時間が意思決定に要した時間に対応する.反応に要した時間のうち,意思決定に用いた時間がどの程度であるかを推定することは,いつ意思決定がくだされたのか,また,どの程度の聴覚の情報が実際の意思決定に用いられたかを推測するうえで重要である.
行動課題を遂行しているときの行動および反応に要した時間をドリフト拡散モデルにより近似した結果,サルは聴覚の情報を時間とともに蓄積し,その情報をもとに意思決定をしていることが明らかにされた.また,意思決定に要した時間は行動課題のむずかしさが高くなるにつれ長くなった.
2.聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンは行動に対しても高い選択性を示す
では,刺激の提示を開始してから意思決定がくだされた時間までのあいだ,聴覚皮質においてはどのような情報処理がなされているのだろうか? 行動課題を遂行しているときの中外側部および前外側部におけるニューロンの活動について調べた結果,聴覚の刺激に対する選択性は中外側部と前外側部とで同じ程度であった.聴覚の刺激に対する選択性と行動課題の成績との関係について調べたところ,前外側部は中外側部よりやや強い正の相関を示した.さらに,行動選択によりニューロンの活動がいかに変化するか,行動選択性の指数として選択確率を計算した.具体的には,ジョイスティックが右に倒されるか左に倒されるかにより,同じ聴覚の刺激に対するニューロンの応答がいかに異なるかを計算した.選択確率は中外側部および前外側部とも有意ではなく差もなかったが,聴覚の刺激に対する選択性と選択確率との関係について調べたところ,前外側部においてのみ有意な正の相関がみられた.このことは,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンは,同時に,行動に対しても高い選択性を示すことを意味した.さらに,この正の相関は,ドリフト拡散モデルにおいて推定された意思決定がくだされた時間および行動を開始した時間においてみられた.意思決定がくだされた時間における相関は,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが,前頭前皮質の腹外側部を含む意思決定の領域に,意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達していることを示唆した.一方,行動を開始した時間にみられた正の相関からは,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが,意思決定の領域からフィードバックをうけている可能性が考えられた.
3.前外側部は聴覚の情報にもとづく意思決定において因果的な役割をはたす
前外側部が意思決定に用いられる聴覚の情報をコードしていることを実証するため,前外側部におけるニューロンの活動を操作することにより行動選択がいかに変化するか調べた.具体的には,行動課題を遂行しているときに聴覚皮質を電気刺激することにより,刺激した聴覚皮質のコードする周波数と対応する行動のほうに行動選択がかたよるかどうかを検討した.その結果,前外側部を電気刺激することにより,低周波数の領域の刺激では低周波数を多く含んだ刺激であるとの選択が,高周波数の領域の刺激では高周波数を多く含んだ刺激であるとの選択が増加した.対照的に,中外側部の電気刺激による行動選択にかたよりはみられなかった.以上の結果は,前外側部におけるニューロンの活動が聴覚の情報にもとづく意思決定において因果的な役割をはたすことを示唆した.
おわりに
この研究において,聴覚の情報にもとづく意思決定に聴覚皮質のベルト領域の前外側部が因果的な役割をはたすことが明らかにされた.ドリフト拡散モデルにより推定された意思決定がくだされた時間において,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが行動に対しても高い選択性を示したことをふまえると,前外側部のニューロンが前頭前皮質の腹外側部を含む意思決定にかかわる脳の領域に意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達することが示唆された.
この研究において,聴覚の情報にもとづく意思決定の神経機構の一端が明らかにされたが,これにより,さらなる課題と疑問が生じる.たとえば,聴覚の刺激に対し高い選択性を示す前外側部のニューロンが意思決定にかかわる脳の領域に意思決定に用いられる聴覚の情報を伝達する,という仮説は実証される必要がある.また,先行研究をふまえると,聴覚の情報の種類により,意思決定における因果的な役割をはたす脳の領域あるいは経路は異なる可能性がある4,9,10).さらには,より高次な聴覚皮質であるパラベルト領域および吻側側頭極野の意思決定における役割はほとんど明らかにされていない.これらの点は,今後の研究により明らかにしていく必要があるだろう.
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著者プロフィール
略歴:2008年 北海道大学大学院医学研究科博士課程 修了,東京都神経科学総合研究所 博士研究員,米国Dartmouth大学 博士研究員を経て,2009年より米国Pennsylvania大学 博士研究員.
研究テーマ:聴覚の情報処理の神経機構.
抱負:この研究において明らかにされた聴覚の情報にもとづく意思決定の神経機構が,音声によるコミュニケーションにおいてどのようにはたらくのかを明らかにしたい.
Yale E. Cohen
米国Pennsylvania大学Associate Professor.
© 2016 綱田丈二・Yale E. Cohen Licensed under CC 表示 2.1 日本