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嫌気性の植物病原細菌は好気性の環境において増殖するために芳香族ポリケチドを利用する

石田 啓史
(ドイツLeibniz Institute for Natural Product Research and Infection Biology,Department of Biomolecular Chemistry)
email:石田啓史
DOI: 10.7875/first.author.2015.139

Plant pathogenic anaerobic bacteria use aromatic polyketides to access aerobic territory.
Gulimila Shabuer, Keishi Ishida, Sacha J. Pidot, Martin Roth, Hans-Martin Dahse, Christian Hertweck
Science, 350, 670-674 (2015)




要 約


 いっけん容易に栽培できそうなジャガイモであるが,じつはつねに多くの病原細菌にさらされている.これらのジャガイモ病原細菌のうち,偏性嫌気性細菌であるClostridium puniceumは嫌気性を好むにもかかわらずジャガイモの塊茎に感染し粘性腐敗病をひき起こす.このC. puniceumは世界中に存在すると考えられているが,その性質や感染の機構などについてはほとんど報告されていない.筆者らは,C. puniceumがジャガイモの塊茎に感染したのちバイオフィルムとともに産生する桃色の色素は芳香族ポリケチドclostrubin Aであることを発見し,その機能に着目した.clostrubin Aを産生しない株を作製し野生株と比較したところ,嫌気条件における成長速度はほぼ同じであったものの,clostrubin Aを産生しない株は好気条件において生存できなかった.これらの結果から,clostrubin AはC. puniceumが好気条件において生存するために不可欠であることが示唆された.さらに,clostrubin Aはほかのジャガイモ病原細菌に対し非常に強い抗菌活性を示したことから,二元性の機能をもつ可能性が考えられた.

はじめに


 多くの穀物はそれらの生育,貯蔵,輸送の過程においてつねに微生物の感染にさらされている1).四大穀物のひとつであるジャガイモにおいても,病原微生物の感染による損失は莫大である2).もっともよく知られる19世紀にアイルランドにおいて起こったジャガイモ飢饉は疫病菌によるものであったが,この影響によりアイルランドの人口は半分にまで落ち込んだと報告されている.また,わが国でも貯蔵されたジャガイモの塊茎に発生する粘性腐敗病の研究がなされており,日本中から集められたジャガイモの塊茎にClostridium属細菌の存在が報告されている3).これらのジャガイモ疾病のうち半数近くはペクチン分解酵素生産細菌によりひき起こされる.多くの植物病原細菌が報告されているなか,ジャガイモ粘性腐敗病をひき起こす偏性嫌気性細菌Clostridium puniceumは,Clostridium属のなかで唯一,植物病原細菌として同定されている4,5)C. puniceumは雨期に土壌が冠水することにより酸欠状態がつづいたときや湿った状態で貯蔵された塊茎において増殖する.ジャガイモの塊茎への感染の過程および感染ののちの過程は完全な嫌気条件ではない.しかしながら,C. puniceumはジャガイモの塊茎に粘性腐敗病をひき起こし,バイオフィルムとともに桃色の色素を産生することが報告されている.嫌気性細菌が酸素にさらされることにより生じる活性酸素種を無毒化する酵素についてはよく知られているが6-8),これまで,嫌気性細菌により産生される2次代謝産物は2例しか報告されていない9,10)

1.C. puniceumの産生する桃色の色素は芳香族ポリケチドである


 研究室においてC. puniceumをジャガイモの塊茎に感染させたところ,少なくとも4日後にはジャガイモの塊茎の内部の分解,および,桃色の色素とスライムの産生が観察された.この粘性腐敗を起こしたジャガイモを酢酸エチルにより抽出し高速液体クロマトグラフィーにより分析したところ,波長530 nmに強い吸収を示す2つの成分が検出された.これらのうち主成分に関しては,筆者らが,土壌に由来する偏性嫌気性細菌Clostridium beijerinckiiから単離した芳香族ポリケチドclostrubin Aと同じ成分であることが確認された9).また,もうひとつの成分はNMR解析などによりclostrubin Aの類縁体であると決定された.嫌気性細菌により産生される2次代謝産物としては,筆者らがClostridium cellulolyticumより単離したclosthioamideにつづき10),このclostrubin Aが2例目であった.

2.clostrubin Aはジャガイモ病原細菌に対する抗菌活性をもつ


 clostrubin Aはジャガイモの塊茎に対する毒性因子として関与していると考えたが,そのような活性はまったく観察されなかった.そこで,clostrubin Aのもつメチシリン耐性黄色ブドウ球菌やバンコマイシン耐性腸球菌に対する強い抗菌活性を考慮して9),ほかのジャガイモ病原細菌に対する効果について調べてみた.その結果,clostrubin Aは軟腐病,輪腐病,瘡痂病をひき起こすグラム陽性細菌に対しても非常に強い抗菌活性を示した.この結果から,C. puniceumは競合する細菌との生存競争においてclostrubin Aを産生している可能性が示唆された(図1).




3.clostrubin A生合成酵素遺伝子の同定


 clostrubin Aは競合の推定される細菌に対し強い抗菌活性を示したが,好気性細菌は嫌気性細菌であるC. puniceumにとり競合するのであろうか? 偶然にも,C. puniceumは好気条件のアガロース寒天培地においても増殖し,clostrubin Aおよびバイオフィルムを産生することが見い出された.好気条件とclostrubin Aの産生とを結びつけるため,clostrubin Aを産生しない株を作製することを考えた.210をこえる嫌気性細菌のゲノム塩基配列を解析したが,clostrubin Aの生合成に関与すると推定されるタイプIIポリケチド合成酵素遺伝子は見い出されなかった11).そこで,C. puniceumの全ゲノム塩基配列を決定したところ,clostrubin A生合成酵素遺伝子群の存在が確認された.この遺伝子群がclostrubin Aの生合成に関与しているかどうか確認するため,分子生物学的な手法によりこの遺伝子群を欠損する株を作製し,培養液の酢酸エチル抽出物を高速液体クロマトグラフィーにより分析したところ,clostrubin Aは検出されなかった.

4.clostrubin Aは好気条件においてC. puniceumが増殖するために必須である


 clostrubin A生合成酵素遺伝子群欠損株と野生株の表現型を比較するため,それぞれをジャガイモの塊茎に感染させて生育の状況を観察した.その結果,嫌気条件において相違はまったく観察されなかったが,好気条件においてclostrubin A生合成酵素遺伝子群欠損株の生育はほとんど認められなかった.明らかな違いは,野生株はclostrubin Aを産生し嫌気条件と同様に成長している点であった.clostrubin Aを添加してclostrubin A生合成酵素遺伝子群欠損株を培養したところ,野生株とほぼ同様の生育を示した.発酵槽を用いた高酸素分圧の液体培地における生育も観察したが,野生株は通常どおり増殖するのに比べ,clostrubin A生合成酵素遺伝子群欠損株はほとんど増殖しなかった.この結果はC. puniceumにかぎられないことを確認するため,clostrubin Aを産生するC. beijerinckiiについても同様に実験したが,得られた結果は類似したものであった.

5.clostrubin Aの真の機能は何か


 植物は病原細菌の感染あるいは創傷に対し,防御反応として活性酸素種を産生する.ジャガイモの塊茎においても同様の防御反応が起こっていることから,clostrubin Aが抗酸化物質としての機能をもち活性酸素種からの攻撃を防御している可能性が示唆された.しかしながら,clostrubin A生合成酵素欠損株は好気条件の合成培地あるいは減圧滅菌したジャガイモの塊茎の寒天培地では生存できず,また,野生株およびclostrubin A生合成酵素欠損株は高濃度の過酸化水素のもとでも生育することが確認された.残る活性酸素種として,スーパーオキシドアニオンラジカル,ヒドロキシルラジカル,一重項酸素に対しclostrubin Aが抗酸化活性をもつ可能性について調べるため,ビタミンC,システイン,リボフラビン,尿酸,ビタミンEといった抗酸化物質のclostrubin A生合成酵素欠損株に対する効果について調べた.その結果,ビタミンCあるいはシステインを添加した場合においては野生株に近い表現型が認められた.
 これまで,偏性嫌気性細菌における酸素に対する耐性は,カタラーゼ,スーパーオキシドディスムターゼ,ペルオキシダーゼのような活性酸素種を無毒化する酵素についてのみ報告されてきたが12),この発見は,C. puniceumC. beijerinckiiが酵素だけでなく,まったく異なる手段を用いて酸素が豊富に存在する環境において生存していることを示した.最近の報告において,多くの好気性細菌により産生されるフェナジンのような酸化還元活性をもつ色素が,競合する細菌の成長を阻害するだけでなくコミュニティーとしての行動を制御するレギュレーターとしての機能ももつ可能性が示唆された13).また,Pseudomonas属細菌においてはフェナジンの酸化還元サイクルが嫌気条件における生存に関与しているとの報告もあり,この現象はclostrubin Aとは逆の効果をもつ可能性が示唆された.

おわりに


 この研究において,偏性嫌気性細菌C. puniceumが好気条件において生存するため,活性酸素種を無毒化する酵素だけでなく,芳香族ポリケチドであるclostrubin Aを産生することにより,より厳しい条件における生存を可能にしていることが実証された.また,このclostrubin Aは競合する細菌に対し強い抗菌活性を示したことから,二元的な機能をもつ可能性も示唆された(図1).今後,clostrubin Aが実際に抗酸化物質としてはたらいているかどうかを検証するため,in vitroにおける詳細な抗酸化試験や遺伝子発現の制御機構の解明に取り組む予定である.この好気条件における嫌気性細菌のまったく新しい生存の機構は,ほかの嫌気性生物の研究の発展にも寄与することが期待される.また,clostrubin Aのもつ薬剤耐性細菌やジャガイモ病原細菌に対する抗菌活性は,人間だけでなく植物に対しても有用な創薬に役だつかもしれない.さらに,この新たな知見は偏性嫌気性細菌がどのようにして好気条件に適応していったのか,その進化的な意義からも興味深いと考えられる.

文 献



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著者プロフィール


石田 啓史(Keishi Ishida)
略歴:1999年 東京大学大学院農学生命科学研究科 修了,同年 同 研究員,2002年 ドイツHumboldt大学 研究員を経て,2005年よりドイツLeibniz Institute for Natural Product Research and Infection Biology研究員.
研究テーマ:新規の天然有機化合物の探索と,生合成経路および機能の解明.
関心事:細菌における天然有機化合物の機能.

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