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脊髄の損傷からの回復期における側坐核の機能

西村幸男・澤田眞寛
(生理学研究所 認知行動発達機構研究部門)
email:西村幸男
DOI: 10.7875/first.author.2015.118

Function of the nucleus accumbens in motor control during recovery after spinal cord injury.
Masahiro Sawada, Kenji Kato, Takeharu Kunieda, Nobuhiro Mikuni, Susumu Miyamoto, Hirotaka Onoe, Tadashi Isa, Yukio Nishimura
Science, 350, 98-101 (2015)




要 約


 モチベーションが高いと脳脊髄の損傷ののちのリハビリテーションの効果があがることは臨床の現場においてよく知られているが,その神経機序は明らかではない.これまで,モチベーションを制御するといわれている側坐核は運動機能に直接の関係はないと思われてきた.この研究は,頸髄を損傷したマカクザルにおいて,運動機能の回復の途中に側坐核から大脳皮質の運動野へ活動の伝達のあることをつきとめた.さらに,薬理的に側坐核を不活性化したところ,損傷からの回復の早期において,いったん回復していた手指の巧緻な運動が障害され,運動野における高い周波数帯域の電気的な活動が大幅に減弱することがわかった.これらのことから,脊髄の損傷からの回復の早期においては,側坐核は運動野における高い周波数帯域の電気的な活動を促進することにより手指の運動を制御し,機能の回復に貢献していることが明らかにされた.

はじめに


 脳脊髄の損傷ののちのリハビリテーションにおいて,モチベーションが高いと効果があがり,うつ症状によるモチベーションの減退は運動機能の回復をさまたげることが臨床の研究により報告されている1).しかしながら,運動機能の回復をささえるモチベーションの神経機序についてはいまだ不明である.これまでの研究により,側坐核がモチベーションの形成に重要な役割をはたすことが明らかにされてきたが2-5),手指の巧緻な運動といった運動とは直接の関係はないものと考えられてきた.近年,筆者らは,サルにおいて皮質脊髄路を頸髄のC4/C5境界部にて側索背側部を切断したのち,手指の巧緻な運動が2週間から1カ月の経過により回復することを見い出し,その機能回復に対する大脳皮質を含む上位の中枢の関与について検討してきた6).機能回復の途中においては意欲や報酬に関与する側坐核を含む腹側線条体の活動が損傷前と比べて増大しており,さらに,側坐核と1次運動野とのあいだの機能的な結合が出現することが示された.この結果から,側坐核と1次運動野とを結ぶ神経ネットワークが機能回復に重要であることが示唆された7)
 しかしながら,さきの研究においては,機能の回復したサルでは側坐核と1次運動野との機能的な結合がみられるという機能回復と脳の活動とのあいだの相関関係が示されたが,因果関係,すなわち,側坐核の活動が機能回復に貢献しているかどうかについては未解決であった.そこで,この研究においては,手指の巧緻な運動の回復に対する側坐核および1次運動野の活動の因果律を明らかにするため,1次運動野を含む運動感覚皮質および側坐核から皮質脳波を測定しながら,脊髄の損傷の前後のさまざまな時期においてそれらの脳の活動の因果性を計算論的な手法により評価した.さらに,側坐核の活動と手指の巧緻な運動および1次運動野の活動の因果律を明らかにするため,側坐核を薬理的に不活性化し,それによりひき起こされる手指の巧緻な運動と皮質脳波の変化を脊髄の損傷の前後において観察した.

1.脊髄の損傷からの回復早期において側坐核における電気的な活動が上昇する


 脊髄の損傷から手指の巧緻な運動が回復する過程において,側坐核および1次運動野の活動の変化の動態を時間分解能の高い電気生理学的な手法により調べた.手指の巧緻な運動を評価するため,サルを到達-精密把持運動を行うようにトレーニングした.頸髄のC4/C5境界部において左の側索背側部のみを切断したところ,これまでの結果と同様に6,8),手指の巧緻な運動は損傷の1週間後あたりから回復しはじめ,3カ月もするころには完全に回復した.そして,脊髄の損傷の前後のさまざまな時期において,精密把持運動の最中に針電極を用いて側坐核から局所における電位を測定し,運動野の皮質脳波を同時記録した.その結果,側坐核の活動は脊髄の損傷前あるいは回復後期においては精密把持運動の開始のとき一過性に上昇していたが,回復早期において側坐核の高い周波数帯域の活動は到達-把持運動の途中の長い時間にわたり活性化することがわかった.

2.回復早期においてのみ側坐核から運動野へ情報の流れが強くなる


 側坐核と1次運動野との神経活動の因果関係を計算論的に検討するため,2頭のサルにおいて脊髄の損傷ののちの機能回復の過程のさまざまな時期において,精密把持運動の際の側坐核および1次運動野における電気的な活動を同時記録し,情報の流れをGrangerの因果分析法により解析した9).すると,脊髄の損傷前には,到達-精密把持運動の途中に側坐核から1次運動野への情報の流れはみられなかったが,機能回復の途中に側坐核から1次運動野へ周波数115~400 Hzの帯域における因果性が上昇し,機能が完全に回復するとふたたび認められなくなった.また,回復早期においては側坐核から1次運動野のみならず運動関連皮質への広い因果性がみられた.これらのことから,損傷からの機能回復の際に側坐核が運動関連皮質の活動を生成していることが計算論的に示された.

3.回復早期において側坐核の不活性化により回復しはじめていた手指の巧緻な運動が障害される


 計算論的に証明された1次運動野と側坐核とのあいだの機能的な連関を検証し,機能回復と側坐核の活動との因果律を証明するため,側坐核を薬理的に不活性化し,それによりひき起こされる手指の巧緻な運動への影響を観察した.脊髄の損傷前や手指の巧緻な運動が完全に回復した回復後期においては,側坐核の不活性化による手指の巧緻な運動への影響はみられなかった.ところが,回復早期においては,回復しはじめていた手指の巧緻な運動は側坐核の不活性化により障害された(図1).健常な状態において側坐核は手指の巧緻な運動には関与していなかったことから,側坐核は脊髄の損傷後の機能の回復早期に手指の運動の制御にかかわることが示された.




4.回復早期において側坐核が運動野における神経活動を生成する


 脊髄の損傷からの機能回復の際の側坐核の不活性化による手指の巧緻な運動の障害の機構を明らかにするため,到達-精密把持運動の途中に側坐核の不活性化中の大脳皮質の運動野から皮質脳波を記録し,脊髄の損傷の前後で比較した.脊髄の損傷前の安静な状態ではβ帯域の皮質脳波(周波数12~40 Hz)が優位になり,運動の開始とともにβ波は消失し,運動中は周波数40~80 Hzまでのγ波および周波数80 Hz以上の高γ波が優位になった.脊髄の損傷前に側坐核を不活性化としても,運動中の皮質脳波に変化はみられなかった.一方で,脊髄の損傷からの回復早期においては,側坐核の不活性化により運動中の高γ波の消失およびγ波の増強が認められた.しかし,脊髄の損傷からの回復後期においては,側坐核の不活性化による脳波の変化は脊髄の損傷前と同様にみられなくなった.高γ帯の減弱およびγ帯の増強は,1次運動野だけでなく運動前野や体性感覚野を含めた広い領域にみられた.このことから,機能の回復早期に側坐核は体性感覚野を含む運動感覚に関連する皮質の全体において神経活動の生成に関与することが示された.

おわりに


 これらの結果から,脊髄の損傷からの機能回復の過程の早期において,側坐核を起源とする運動感覚皮質の神経活動が手指の巧緻な運動の遂行に重要な役割をはたしていることが証明され,側坐核と皮質のあいだの神経ネットワークが機能回復をささえていることが示唆された(図2).脳梗塞を経験したある神経内科医は脳梗塞ののちの運動の生成には“mental energy”を高めることが必要になると記述しており,おそらく,これはモチベーションとか努力感といったことにつながるのかもしれない.これらのことを考慮すると,これまで運動機能が注目されがちであったリハビリテーション法において,心理学的な要因を考慮することが重要であると考えられ,筆者らは,モチベーションや努力といった情動を整えながらリハビリテーションを行うことを提案する.




文 献



  1. Saxena, S. K., Ng T. P., Koh, G. et al.: Is improvement in impaired cognition and depressive symptoms in post-stroke patients associated with recovery in activities of daily living? Acta. Neurol. Scand., 115, 339-346 (2007)[PubMed]

  2. Cardinal, R. N., Pennicott, D. R., Sugathapala, C. L. et al.: Impulsive choice induced in rats by lesions of the nucleus accumbens core. Science, 292, 2499-2501 (2001)[PubMed]

  3. Cardinal, R. N., Parkinson, J. A., Hall, J. et al.: Emotion and motivation: the role of the amygdala, ventral striatum, and prefrontal cortex. Neurosci. Biobehav. Rev., 26, 321-352 (2002)[PubMed]

  4. Salamone, J. D., Correa, M., Farrar, A. et al.: Effort-related functions of nucleus accumbens dopamine and associated forebrain circuits. Psychopharmacology, 191, 461-482 (2007)[PubMed]

  5. McGinty, V. B., Lardeux, S., Taha, S. A. et al.: Invigoration of reward seeking by cue and proximity encoding in the nucleus accumbens. Neuron, 78, 910-922 (2013)[PubMed]

  6. Nishimura, Y., Onoe, H., Morichika, Y. et al.: Time-dependent central compensatory mechanisms of finger dexterity after spinal cord injury. Science, 318, 1150-1155 (2007)[PubMed]

  7. Nishimura, Y., Onoe, H., Onoe, K. et al.: Neural substrates for the motivational regulation of motorrecovery after spinal-cord injury. PLoS One, 6, e24854 (2011)[PubMed]

  8. Sasaki, S., Isa, T., Pettersson, L. G. et al.: Dexterous finger movements in primate without monosynaptic corticomotoneuronal excitation. J. Neurophysiol., 92, 3142-3147 (2004)[PubMed]

  9. Seth, A. K.: A MATLAB toolbox for Granger causal connectivity analysis. J. Neurosci. Methods, 186, 262-273 (2010)[PubMed]



生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク


東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.



著者プロフィール


西村 幸男(Yukio Nishimura)
略歴:2003年 千葉大学大学院医学研究科 修了,同年 生理学研究所 ポスドク,2007年 米国Washington大学 訪問研究員,2009年 科学技術振興機構さきがけ 専任研究員を経て,2011年より生理学研究所 准教授.
研究テーマ:身体運動の随意制御機構.
関心事:とくに脳神経系の驚くほどに柔軟な適応能力について,脳脊髄損傷モデルとブレインコンピューターインターフェイス技術を使って証明することをめざしています.

澤田 眞寛(Masahiro Sawada)
滋賀県立成人病センター 医員.

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